前世物語

 
   前世物語  光のエチュード
 
     P a i d e i a  o f  t h e  P a s t l i v e s
 
               医療法人 愛香会 奥山医院 院長  奥山輝実
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  神さま、あなたを愛する勇気を私にお与えください
 
 
 
                  
   目次
第一章  ソウルメイト                    p 7
       失恋の意味                         p 3 0
       柿の実                     p 3 9
       小さな喜び                   p 4 8
 
第二章  死者との対話                    p 5 5
       娘との再会                   p 8 6
       伴侶の死                    p 1 0 0
       亡くなったお母さんへ              p 1 0 9
       しあわせ                    p 1 2 0
       自殺                      p 1 3 1
       子供との愛                   p 1 4 3
       ゆびきりげんまん                p 1 5 4
 
第三章  アルコール中毒                   p 1 6 6
       アルコール依存症                p 1 9 8
       いじめ                     p 2 1 0
       無実の罪                    p 2 2 3
       裏切り                     p 2 3 2
 
第四章  魂の自由                      p 2 5 1
       魂について                   p 2 9 4
       奉仕の意味                   p 3 2 0
       心を開く                    p 3 2 7
 
第五章  肝炎の意味                     p 3 3 3
       病気の意味                   p 3 5 4
       妻の病気の意味                 p 3 6 4
       幻覚                      p 3 7 5
 
第六章  生まれてきた意味                  p 4 0 2
       自分が好き?                  p 4 4 9
       一生懸命生きた人                p 4 5 8
       愛を育むもの                  p 4 6 9
 
第七章  愛                         p 4 8 5
       魂のつながり                  p 5 6 2
       結婚                      p 5 7 6
       J o y, e n j o y !               p 5 9 0
       失恋                      p 6 1 2
 
第八章  父への怒りについて                 p 6 2 2
       父を許せない                  p 6 2 6
       父の怒り                    p 6 3 9
       父親嫌い                    p 6 4 7
       赤ちゃんが好きになれない            p 6 5 9
 
第九章  自分を愛すること                  p 6 7 0
       幸福な人生                   p 7 2 9
       笑顔                      p 7 3 7
       うつ病                     p 7 4 3
       心の祝福の鐘                  p 7 5 2
 
第十章  ワンネス                      p 7 6 1
 
     エピローグ                     p 7 7 9
  キャスト
 
先生・・・脳外科と東洋医学の専門医だが、心療内科の一環として過去生退行催眠を行なっている開業
医。頑固でわがまま、関西人の血が濃い。何を考えているのか、誰にもわからない。
 
美子よしこ・・・先生の高校時代の同級生+他にも秘密がありそう? 長い間、先生とは音信不通であったが、
あるきっかけで半年前から先生のアシスタントをしている。精神世界はズブの素人だけに興味津々が強
すぎて簡単に洗脳されてしまうタイプの見本。こうならないように気をつけなくては・・・
 
美穂・・・美子の娘。母よりよっほどしっかりしている様子。京大心理学教室に通っている学生。純真
な母の良き理解者でもある。
 
 
 
 
 
 
           ………この物語はフィクションだと思ってお読みください。
                                       著者 拝
第一章
   ソウルメイト
 「こんにちは。今日はホントに暑いですね」
 真夏のワークに来られる患者さんは、緊張と暑さでヘトヘトになって来られます。先生のアシスタン
トとしては、患者さんが待ちに待ったワークをうまく進めることが出来るように、出会いの一言に思いっ
きりの笑顔と愛を注いでおります。患者さんが待合のソファーに腰掛けていただいた時から、どんどん
リラックスしていただけるように心がけております。 
「美子さんの前催眠は、いつ聞いても心がこもっているね」
 ワークの前の瞑想を終えた先生が優しく声をかけてくれました。
 汗を拭き拭きやって来た患者さんは待合のソファーに赤いギグバッグを投げ出して、左手のミネラル
ウォーターで息を整えていました。最後までリハビリをしていたおばあさんが帰って、ようやく静かに
なった待合に真夏の太陽のころがる音がしました。そこには陽炎かげろうが残っていました。
「一時の予約の佐藤玲子です。よろしくお願いします」
 私は冷たいおしぼりを手渡しながら声をかけました。
「暑かったでしょう。歩いて来られたんですか? 少し休まれてから、受付けをしましょうね」
 玲子さんは安心の大きな溜息をつきました。昼下がりの待合に、まったりとした時間が流れます。
 彼女は仙台に住む三十四歳のOLでした。
「ありがとうございます。やっと汗がひいてきました」
 一時のチャイムが鳴りました。今日の曲はマイ・ウェイです。
「玲子さん、マイ・ウェイはラッキーチャイムなのよ。よかったわねぇ」
「えっ、そうなんですか。よかった。実は何だか心細かったんです」
 彼女は陽炎の残った目でニッコリと微笑みました。私は玲子さんをワークの部屋へ案内しました。心
のバックミラーに先生の「グー」のサインが見えました。今日も良いワークが出来そうです。こうして
玲子さんのワークが始まりました。
「美子さん、準備はいいですか?」
 私はわざと無表情にグーのサインを返しました。
「今日はどんな問題を解決しようと思って来ましたか? どんな過去生を見ようと思って来ましたか?」
 先生はいつも通りの挨拶抜きで、いきなり切り出しました。先生は二時間という限られた時間内のワー
クでは時間を切り詰めれるところは出来るだけ切り詰めて、患者さんがたくさんの気づきと素晴らしい
体験を持ち帰っていただけるように心がけておられます。最近ではワークの内容もどんどん進歩して、
とても幅広く深遠な内容になっております。「ダイアモンドの輝きのようなワークですね」と称賛して
下さった方がおられました。その輝きこそが患者さんへの愛を支える私たちの原動力となっています。
「ソウルメイトに会いたいんです!」
 玲子さんは先生をしっかりと見据えて言い切りました。
「ソウルメイトですね。あなたにとって誰か特定の人はいますか? 心当たりの人ですね。例えば、恋
人とかがいれば、その人との関係が最もよくわかる過去生へ戻りましょう、という誘導になりますが、
どうですか?」
 ここだけの話、先生は「ソウルメイトとの関係」はあまりお好きではありません。なにしろソウルメ
イトすなわちラブラブの関係だ、と思い込んで来られる方々がとても大勢おいでになられます。聞いて
いるだけで貰い泣きしてしまうような素晴らしいワークもあります。でも、せっかく光との対話を通じ
てソウルメイトの真実の意味に触れることが出来ても、ワークが終わると「結局、ソウルメイトが誰だ
か、わかんなかったわ。私のワークは失敗だわ」と思われるケースもあるのです。
「気づいてもらえそうにないなぁ」
 そんな時、私は消耗した先生の精神的なフォースが悲しみから慈悲へと変化していくのを静かに見守
ることしか出来ません。今も先生のフォースにちょっぴり揺らぎが生じています。
「いいえ、まだ出会っていない人です。この人生でソウルメイトに出会えるかどうか、ただそれだけが
知りたいのです」
 玲子さんはリラックスチェアーから身を乗り出して訴えかけました。
「では、ソウルメイトが最もよくわかる過去生へ戻りましょう、という誘導になりますがいいですか?」
 彼女は大きく頷いて息を吐きました。彼女の目から漸ようやく陽炎が薄らいでいきました。先生がもう一度
繰り返しました。
「それでは、ソウルメイトが最も良くわかる過去生へ戻ります、という誘導になります。これを何回も
繰り返して、過去生へ降りて行きますからね」
 玲子さんはすでに自ら瞑想状態に入りつつありました。先生はいつものように過去生への催眠誘導を
始めました。彼女の呼吸がどんどん小さくなっていきます。彼女はやがて深く良好な催眠状態へと入り
ました。
 地球と宇宙のエネルギーに繋げ、そしてひとつになる長い誘導の後、先生は玲子さんに尋ね始めまし
た。
「今、あなたはソウルメイトが最もよくわかる過去生に戻っています。地面を見て、地面を感じて。ど
んな地面が見えますか、感じますか?」
 玲子さんは小さな声でポツリポツリと答え始めました。
「ゴツゴツした岩の上にいます。海辺の大きな岩の上に立っています。濡れた灰色の岩の上です」
 先生がオーケーの合図をくれました。私はメモを始めました。次第に先生の目が半開眼になっていき
ます。ここからはワークがうまくいっている限り、先生が私の方を見ることはありません。まるで先生
も患者さんの過去生を一緒に見ている様な感じがしてきます。でも先生は私にさえ、患者さんの過去生
が見えているのかどうか、本当のことを教えてはくれません。
「その岩をしっかりと踏みしめて。足は何か履いていますか?」
「素足に茶色の革のサンダルを履いています」
 先生はゆっくりと過去生の身体に意識を集中させました。
「膝まで見て、感じてください。膝はどうですか? 膝まで服がありますか?」
「膝まで何か着ています」
「太股から腰、お尻まで見て、感じて。下半身はどんなものを着ていますか?」
「白い布を巻きつけているような感じです。軽くて清潔な服です」
「ベルトはしていますか?」
「ベルトはしていません」
「腰からお腹、胸、肩まで見て、感じて。上半身はどんなものを着ていますか?」
「ワンピースみたいな白い布です。丸首でノースリーブです。軽くてサラサラしています」
「腕から手を見ていきましょう。右手、左手に何か持っていますか?」
「何も持っていません」
「手を見てください。肌の色は何色ですか?」
「白い肌です」
「その手で頭を触ってみてください。何かかぶっていますか?」 
「何もありません」
「髪の毛はどうですか?」
「長いブロンドの髪を金と銀の輪のようなもので縛っています」
「顔の輪郭はどうですか?」
「面長です」
「目の色はどうですか?」
「ブルーです」 
「その人は、男ですか、女ですか?」
「女です」
「今、そこの時間帯は何ですか? 朝、昼、夕、夜で言うと、どうですか?」
「お昼です」
「今日の天気はどうですか? 晴れ、曇り、雨、雪で言うと?」
「晴れです」
「暑い、寒い、涼しいはありますか?」
「気持ちいいです」 
 玲子さんは過去生での気持ちのいい空気をいっぱい吸い込むような大きな呼吸をしました。先生は彼
女の深呼吸に合わせて、玲子さんを過去生の女性に同化させました。
「あなたの意識はキグルミに入るように、その女の人の中にしっかりと入ります。その女の人のブルー
の目でまわりを見ると、どんな風景が見えますか?」
「青い海が見えます。反対側にはゴツゴツした岩ばかりの陸地が続いています。海で男の人が泳いでい
ます。私の知っている人です」
「その男の人はどんな格好をしていますか?」
「黒い髪で目は茶色です。白い肌に何か薄い服を着て泳いでいます。とても楽しそうです」
 玲子さんの声がいくぶん鼻にかかった高い声に変わったような気がしました。先生はさらに深く同化
していきます。
「彼の名前は何と言いますか?」
「名前はアレンです」
「では、あなたの名前は?」
「アンジェリカ」
「あなたの年齢はいくつですか?」
「十九歳です」
「アレンさんとあなたの関係は何ですか?」
「恋人です」
 先生が彼女の意識を分割して、玲子さんに尋ねました。
「アレンさんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「わかりません」
 彼女はちょっとがっかりした玲子さんの口調で答えました。先生は海辺の二人の時間に割り込んで言
いました。
「そのまま場面を進めてください。それから二人はどうしていますか?」
「アレンが海の中に一緒に入って泳ごうよ、って私を誘っています。彼はとってもニコニコしています。
私も海に入りました。私たちは小さい頃からこうやって一緒に泳いでいるのです」
「今、どんな気持ちですか?」
「楽しくて、とても幸せです」
 玲子さんが目を閉じたまま微笑みました。私にもアンジェリカが笑っているのがわかりました。先生
が先へ進めました。
「それから、どうしていますか?」
「二人で遠くまで一緒に泳いでいって、沖でのんびりと過ごしてます」
 アンジェリカが穏やかに答えました。頃合いを見計らって、先生が年代と場所を尋ねました。
「今、二人が泳いでいる年代は何年ですか?」
「八百九十四年です」
「その泳いでいる場所はどこですか? 世界地図が頭に浮かんで来て、二人が泳いでいる場所が赤く光
りますよ」
「ギリシャです」
 アンジェリカがはっきりと答えました。先生はさらに時を進めました。
「それから、どうしていますか?」
「そこの海岸を離れて、私だけが大きな柱が立ち並んでいるところへ戻って行きました。そこは神殿で
す。アレンはどこへ行ったのか、わかりません」
「神殿に帰ってきたら、そこはどうなっていますか?」
「何人かの人が掃除をしています。私は神殿の明るい部屋で服を着替えてから、気持ちも穏やかに緑の
美しい庭を歩いています」
「その神殿は、あなたの家なのですか?」
「たぶん・・・そうです」
「それから、どうしていますか?」
「白いひげのおじいさんが神殿の奥から出て来ました。たぶん私のおじいさんです。ブルーの目をした
優しい穏やかな人です。私はおじいさんのことが大好きです。おじいさんは何でも知っていて、みんな
からとても尊敬されています。この国のとても偉い人なのです」
 アンジェリカが誇らしげに答えました。
「そのおじいさんは、今のあなたが知っている人ですか?」
 玲子さんはちょっと考えてから答えました。
「知りません」
「それから、どうしていますか?」
「私はおじいさんが何かを書いているのを見ています。おじいさんもたくさんの孫の中で、私が一番好
きなようです。私はおじいさんと何かを話しています」
 先生はさらに時間を進めました。
「その日の夕食の場面に進んでください」
「長いテーブルにたくさんの人が並んでいます。ここにいるのは親族ばかりですが、お父さんはいませ
ん。お母さんもどこかにいるような気がしますが、はっきりとは見えません」
「今日の夕食のメニューは何ですか?」
「木の器に入ったスープと固いパンが見えます」
「その夕食の場面にいる人たちの中に、今のあなたが知ってる人はいますか?」
「いないようです」
「では、アンジェリカさんの人生で一番幸せな場面に移ってください」
 先生は彼女にその過去生の中での大きな場面転換の練習をさせました。私はふっと先日見てきた祇園
祭の辻廻しの光景を思い出しました。彼女は簡単にその人生をスキップしました。
「二十二歳で結婚式の場面です。広い大きな庭でパーティをしています。結婚相手はアレンです」
「今、どんな気持ちですか?」
「とても幸せです。小さい頃から好きだった人と一緒になれたのですから。おじいさんが賛成してくれ
たから彼と結婚出来ました。アレンも幸せそうです。たくさん人たちが来てくれています」
 彼女はしばらく、その幸せの余韻を味わっていました。先生は彼女の主題に向かいました。
「アンジェリカさんの人生で、ソウルメイトが最もよくわかる場面に移ってください」
「若い時です。まだ子供です。八歳くらいです。アレンと二人で遊んでいます」
 玲子さんとアンジェリカが嬉しそうに答えました。先生はソウルメイトを確認するために尋ねました。
「他には誰かそばにいませんか?」
「誰もいません」 
「今、どんな気持ちですか?」
「とても楽しいです」
「アレンと二人で遊びながら、何か決心したことはありますか?」
「この人と結婚します」
 彼女はきっぱりと言い切りました。
「ではアンジェリカさんの人生で、次ぎに大切な場面に移ってください」
「私は二十六歳の時に内臓の病気で死にます。おじいさんは私が生まれた時から、どうやらそれを知っ
ていたようです」
 彼女は淡々と答えました。先生は彼女の臨終の場面へと導きました。
「アンジェリカさんの人生で、死ぬ場面に進んでください」
「ベッドの上にいます。アレンがそばにいてくれます。子供はいなかったけれど幸せな人生でした」
「死を前にして、あなたは何を考えていますか?」
「短い人生だったけれど、ずっとあの人と一緒にいられて、とても幸せでした」
「アレンは何と言っていますか?」
「私と同じことを言っています」
「あなたを助ける手立てはないのですか?」
「これは私の定めなのです」
 彼女の口調に悲しみはありませんでした。先生は彼女を死の向こう側へと導きました。
「あなたが死ぬ場面を通り越してください。そして、あなたの魂が肉体を離れて宙に浮いたら教えてく
ださい」
 彼女はひとつ深い深い呼吸をしました。そして答えました。
「宙に浮きました」
 先生はアンジェリカの魂に語りかけました。
「あなたが死んで身体を離れた時に、何か決心したこと、決めたことはありますか?」
「次ぎに生まれて来る時も彼と一緒になろう、と思いました」
「下を見てください。アンジェリカの死体が見えますか?」
「穏やかな亡骸が見えます。アレンも私が早く死んでしまうことを知っていました。だから涙はありま
せん。彼は私の亡骸の頬を優しく撫でてくれています。彼の手の温もりが感じられます。彼の心とまだ
しっかりと繋がっています」
 私は玲子さんの手が誰かの手を包み込むように動くのを見ていました。先生は少し先へ時を進めまし
た。
「お葬式はどんな具合ですか?」
「静かに土葬されています。神殿と青い海を見下ろす丘の上です。おじいさんが祝福をあげてくれまし
た。アレンの腕に私の金と銀の髪留めが見えます。私の形見にしてくれたのです」
「あなたのお葬式を上から見て、どう思っていますか?」
「私の人生だったなぁ、という感じです」
 先生は、アンジェリカの魂を誰かが迎えに来ていないか、尋ねました。
「あなたのまわりに、あなたに何か話しかけてくる存在やあなたを迎えに来た存在がいませんか、感じ
ませんか?」
 彼女はちょっと嬉しそうに答えました。
「羽のはえた天使がふたり、ニコニコしながら近くに来てくれています。あっちへ行こうよ、って言っ
ています」
 先生はアンジェリカの魂を高みへと導きました。
「その天使と一緒に高く高く上にあがります。どんどん高く高くあがります。高く高くあがったところ
からアンジェリカさんの人生を見て、何か気がつくこと、感じることはありますか?」
「別に、特にありません。幸せな人生でした。生まれてきた目的は果たしました」
「その生まれてきた目的とは何ですか?」
「彼と一緒になることです。その前世で約束した目的だったのです」
 先生は彼女の魂をさらに高みへと導きました。
「もっともっと高く高くあがります。高く高くあがったところからアンジェリカさんの人生と、今、生
きているあなたの人生を見比べます。そして何か気がつくことはありますか?」
 彼女は淡々と答えました。
「別にありません」
 先生は彼女の魂を光の方向へと導きました。
「そこから上を見ます。すると上の方はどうなっていますか?」
 玲子さんの顎も少しあがりました。瞼の下で眼球がゆっくりと左右に揺れています。彼女は静かに答
えました。
「上はただ明るいだけです」
 先生は自信に満ちた声で導きます。
「その明るい方へ、どんどん上がって行きます。そしてその明るい中に吸い込まれます。その明るい中
はどんな感じですか?」
「気持ちいいです」
「その明るい中心へと進んで行きます。その中心に誰か人はいますか?」
「いるような気がします」
「どんな人ですか?」
「女の人です。マリア様みたいな感じです。ブロンドで茶色の目をしています。とても優しそうな人で
す。こちらを見て微笑んでいます。マリア様だと思います」
 玲子さんのエネルギーが澄み渡っていって、キラキラ輝いてきたように感じました。その美しいエネ
ルギーが部屋中に満ちていき、先生を丸ごと包み込んでいきました。先生は玲子さんの代わりにマリア
様に尋ねました。
「私の今回の人生の目的は何ですか?」
 マリア様が答えました。
「あなたは彼を探し出して一緒になるための人生を歩んでいるのです」
「彼はもう生まれていますか?」
「生まれて来ています。すでに日本で生きています」
「彼は私がもうすでに知っている人ですか?」
「いいえ。あなたはまだ出会っていません」
 玲子さんはちょっと嬉しそうに尋ねました。
「では、これから出会う予定なのですか?」
「それはあなた次第なのです」
「私次第ということは、まだ大丈夫ですよね。私はどうしたら彼と出会えるのですか?」
 マリア様が言いました。
「その答えはあなたがすでに知っていることなのですよ」
 先生が玲子さんに乗り移られたかのように聞きました。
「お願いです。どうしたら出会えるのか、ヒントだけでも教えてくださいませんか?」
「信じることです」
「何を信じるのですか?」
「愛です」
「その愛とは何ですか?」
「愛とは変わらないものです。何年経っても、何があっても変わらないものです」
「私は愛をすでに持っていますか?」
「あなたも持っているはずですよ」
 玲子さんは長い沈黙の中でマリア様と静かにお話をしているようでした。彼女の目の動きが止まって、
先生はマリア様に尋ねました。
「あなたはどなたですか?」
「皆さんはマスターと呼んでいます」
「私は今までに何回生まれ変わってきましたか?」
「百五回です」
「その中で、彼とは何回一緒の人生を生きてきましたか?」
「六十回です」
「私はなぜ何度も生まれ変わっているのですか?」
「すべての人たちは、いろいろなことを経験するために生まれ変わっているのです」
「今回の人生は、なぜ彼を探すためだけの人生なのですか?」
 マリア様が優しく答えてくれました。
「あなたはいつもそうなのですよ。ほとんどの人生がそうなのです。もっと昔々、さっき見せた過去生
よりもずっと前に、あなた方にはある約束があったのです」
 先生がマリア様に頼みました。
「その約束の場面を見せてください」
 マリア様の頭上にヴィジョンが浮かんできました。彼女は落ち着いた口調で語り始めました。
「大昔の人生です。私は女でした。ヨーロッパのどこかの国の王妃でした。彼は王様の家来でした。彼
と私は恋に落ちました。鍛冶屋の神様の祭の夜、二人で城から逃げ出しました。でも、二人は王様の追
手から逃げきれずに捕まりました。彼は殺され、私は生き残る運命でした。
 彼は河原で辱められたまま磔にされました。足下に薪がうず高く積まれました。王様が王妃に松明を
渡しました。王妃が火を投げ入れるのが古からの習でした。彼は生きたまま焼かれました。王様は彼の
最後を私に見せつけました。王妃は泣くことを許されません。彼は炎の中から私に向かって叫びました」
「再びこの大地に生まれ変わり、果たせなかった願いを必ず果たそうぞ!」
「その時、あなたはどう思いましたか?」
「私の人生は終わりました。私も死ぬはずだったのに、王様は『生きて償え』と命じました。しばらく
後に、私は彼の子どもを産みました。王様は彼の子どもをとても可愛がってくれました。でも私は幸せ
ではありませんでした。
 その子の瞳は死んだ彼とそっくりでした。その子に見つめられていると、私は彼がそばにいてくれる
ような気がしました。でも私の心は満たされませんでした。
 私は死ぬまで王様に償い続けました。私の人生は終わっていました」
 先生は王妃に尋ねました。
「その人生で死ぬ時に、何か決心したことはありますか?」
「短くてもいいから彼と一緒に人生を過ごしたい・・・」
 先生はマリア様に聞きました。
「今、見せて頂いた約束の場面から、私たちは何回一緒に生きてきましたか?」
「あなたたちが一緒に生きた人生はたくさんあります。でも二人が結ばれたのはとても少ないのです。
兄弟だったり、親子だったり・・・」
「それはなぜですか?」
「国王であったあの人が私たち二人のどの人生にでも現れて、ひどい邪魔をするのです。あの人のおか
げで、私は彼とは一緒になれない運命なのです」
「あの国王は悪い人ですか?」
「悪い人ではありません。でも、あなたにとっては悪い人に見えるでしょう」
「今回の人生で、あの国王も生まれてきていますか?」
「ええ。今のあなたが知っている人のはずですよ」
「私はまた邪魔されるのですか?」
「すでに精神的な邪魔をされたはずです。そしてこれからも続くでしょう」
 玲子さんの声が落ち込みました。先生はマリア様に聞きました。
「今回の私の人生計画は誰が決めたのですか?」
「あなたです。あなたが自分自身で決めたのですよ」
「邪魔をする国王との関係は誰が決めたのですか?」
 マリア様の口調が厳しくなりました。
「彼は一緒に生まれたら邪魔をする定めなのです。ある意味では、彼もあなたのソウルメイトなのです。
彼から学ぶことも多いのです」
「その今回の国王役の人には、私が役柄を頼んだのですか?」
「いいえ、あなたが頼んだのではありません」
「邪魔をするような役柄は誰が決めているのですか?」
「わかりません。誰も決めていません。彼には邪魔をしている気はないのです」
「では、この定めを決めてるのは誰ですか?」
「あなたです」
 しばらく沈黙が続きました。先生がマリア様に尋ねました。
「私が探している彼にとっても目的は同じなのですか?」
「はい、そのとおりです」
「私は探している彼に出会ったら、その人が探し求めた彼だとわかりますか?」
「光の中から彼が現れます。あなたも気がつくはずですよ。心配いりません」
 玲子さんはニッコリと微笑みました。先生はマリア様にお願いしました。
「私の今回の人生の目的の『愛を信じること』ができた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
 玲子さんが答えました。
「男の子と女の子を連れて買い物に出かけています。とても幸せそうです」
「その未来のあなたに聞いてください。探し求めていた彼を見つけましたか?」
「もちろんです。私はその人としか結婚しないのですから」
 未来の自分の返答に、今の玲子さんが頷いています。
「どうやって見つけたのか、ちょっとヒントを教えてくれませんか?」
「見つけようと思って見つけれたのではありません。何か大きなエネルギーが私に力をくれたのです。
その時になったら、あなたにもわかりますよ。大丈夫だから自信を持っていてね」
「あなたは今、幸せですか?」
「あなたなら聞かなくてもわかるでしょう。子供たちも元気ですよ」
「あなたもそこから、今の私を応援してくれますか?」
「もちろんですよ。がんばってくださいね」
「未来の子供たちにも聞いてください。君たちも、今のお母さんを応援してくれるかな?」
 未来の子供たちが元気に答えました。
「うん。大丈夫だよ」
「君たちはなぜ私をお母さんに選んでくれたの?」
「とっても可愛がってくれそうだったからだよ。たくさん愛情を注いでくれそうだったからだよ。とて
もお父さんと仲良さそうだったからだよ」
「君たちは、いつ私たちの子供になろうと思ったのかなぁ?」
「雲の上でお母さんの結婚式を見ていて決めたんだよ。絶対、このお母さんの子供になるんだ、ってね」
 玲子さんはとても嬉しそうです。先生は玲子さんの人生の『今』を、彼女の過去生と未来にアンカー
して言いました。
「未来のあなたとその子供たちとしっかりと握手してください。みんなの手はどんな感じがしますか?」
「暖かいエネルギーが送られて来るのを感じます。この子たちは私の子供だ、と自然にわかります」
 先生はマリア様にお願いしました。
「最後にもう一言、何かアドバイスをください」
「もうこれ以上は何もありませんよ、大丈夫です。すべては予定通りですから」
「マリア様も私を応援してくれますか?」
「はい。がんばってくださいね」 
「私の今回の人生はここまで順調ですか?」
「ある意味では順調なのです。辛いことでも、それを経験するために生まれてきたのですから。だから
がんばれますよ」
「辛い時はまた、ここに来てもいいですか?」
「何度でもいらっしゃい。ここはあなたの庭ですから」
 先生はマリア様にお別れを言いました。そして、先生は彼女をゆっくりと催眠から覚まして、今、こ
の時へと戻してきました。
 
「ソウルメイトはわかりましたか?」
 先生はお茶を飲みながら玲子さんに尋ねました。
「ソウルメイトが誰だかはわかりませんでしたが、まだ出会っていない人ですから、それが当たり前で
すよね。それよりも、彼との深い因縁がわかったので、何だかとてもスッキリとしました。もう焦らな
いで、ジックリと彼が現れるのを待てるような気がします。そう言えば、私は今よりも過去と未来ばか
りを気にしていたようです。これじゃぁ、彼が現れてもわかりませんよね。まだ頭がボーッとしている
けど、何だか足がしっかりと地に着いたような気がします。もう大丈夫です。ありがとうございました」
 そう言って、玲子さんは深々と一礼しました。
 先生も大きく頷きました。先生のまわりには、いつものエネルギーの陽炎が立ち昇っていました。時
空間を越えてきたエネルギーが木漏れ日のようにユラユラと揺れていました。マリア様の優しいまなざ
しが先生と私にも注がれているのがわかりました。
 
「美子さん、今日のソウルメイトは感動ものだったかなぁ?」
 夜の診察が途切れると、先生は私の今日のレポートを覗き見しにやって来ます。私はその日のワーク
で気に入った症例があると、それを自分なりにまとめてノートしています。もちろん先生の承諾は得て
ありますし、患者さんのプライバシーはしっかりと守れるようにしています。最近ではワークの流れを
つかんできたので、先生が夜診をしている間にまとめあげることが出来るようになりました。いつも私
の方が先に帰るのですが、先生は夜診の後でちゃんと目を通してアドバイスを書き込んでくださいます。
以前は彼のそんな律義さが正直、堅苦しくて敬遠気味でした。今、堂々たるおばさんになった私は、そ
んな先生の律義さの奥にひそむ純真な愛を素直にうれしく受け取れるようになりました。
 魂のプロセスを歩んでいると歳を取らない、と言われますが、確かに先生は昔のままの姿で生き残っ
ています。
「お母さん、病院の仕事を始めてから、なんだか若返ってきたよ。お母さんのそばにいるとホッとする
しね。流行の癒し系に変身だね」と娘に言われました。そう、先生と一緒にいるだけで、私までどんど
ん若返ってくるのを感じています。この前、お昼休みに先生とこの話題になりました。
「そりゃ、若返るよ。アインシュタインの特殊相対性理論だよ。光のスピードで移動すれば歳を取らな
い、って言うだろう。毎日、過去生ワークで時空間を行ったり来たりしていると、こちらの時間軸まで
ゆがんできちゃうのかもしれないよ。
 過去生ワークのガイド役は自分のセンターをしっかりと確立しておかないと、難しい症例に出会った
時に自分のいる場所がどこだか、見失ってしまう危険性があるからね。普通は過去生ワークひとつに対
してひとつの時空間が開放されるだけだからわかりやすいけど、時にはまったく関連のない時空間がい
くつも開放されることがあるんだよ。そんな時、ガイド役のセンターがしっかりしていれば何も起こり
はしないけど、ちょっとでもガイド役のセンターが揺らいだら最後、時空間はどう猛な野獣のようにガ
イドと患者さんに襲いかかってくるんだ。そして自分が今、生きている時空間面をボコボコにされて、
心の奥深いところで破壊が起こって自己を喪失してしまったり、心の中にワァームホールが生じて分裂
病のようになったりする可能性があるんだ。だから・・・過去生のガイド役は時空間を心して取り扱わ
ないといけないんだよ」
 私はちょっぴり怖くなりました。先生が、ではなく、そんな大切なお仕事をアシストしている自分の
立場に、です。私の武者ぶるえでもありました。
「そういう危険性を考えて、催眠誘導の段階でたくさんの安全装置を設けているんだ。誘導の時間が長
くなるけど、こればかりは仕方ないと思ってるんだよ。だって全国から患者さんが来られるということ
は、正しく『過去生ガイドのプロ』なんだからね。患者さんの私たちへの期待は、もちろん過去生が見
れて抱えている問題解決の糸口がつかめることが第一だろうけど、それも安全第一の上での期待だと思
うんだ。なんだか危ないけど問題解決はしてくれる、のを望む方は、きっと新興宗教系に行かれるだろ
うからね。美子さん、うちはあくまで安全第一だから、ね」
 私は先生がとてもたくましく見えました。過去生へのガイドは確かに誰でも出来ます。しかし、ガイ
ドによって安全性に差が出るのです。そういう信頼を求めておられる方々が、毎日、先生のところへ来
られるのです。私もあらためてこのワークを医療機関で行なう意義を考えさせられました。
美子レポート
  失恋の意味
 昔々、風車に囲まれた町に、アントニオという青年がいました。彼には青い目の恋人がいました。金
髪の美しいアニーです。二人はとても幸せでした。
 ある時、金持ちの貴族がアニーを連れ去りました。彼女を奪ったのは「今の父」です。アントニオは
一人で貴族の館へと乗り込みました。激しい口論が続きます。アントニオは思い余って、貴族を石で殴
りつけました。
 アントニオは冷たい石壁の牢の中で気がつきました。悲しみと憎しみが滴したたり落ちました。彼は町外れ
の教会の塔に閉じ込められたのです。見張りは永遠に無言でした。彼は孤独でした。
 風車が回る夜は、アニーを呼ぶ叫び声が町へも届きました。
 数年後、アントニオは死の床にいました。彼は無口な見張りに話しかけました。
「全て私が悪いことになってしまいました。私はあいつを許せません。この恨みを残していきます」
「アニーに伝えてください、君に会いたかった、と。無念だ、と」
 そして彼は胸の病で死にました。
 
 先生はアントニオの魂に尋ねました。
「死んだ時に、何か決心したことはありますか?」
「好きな人を守ることです」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。そして彼の人生を振り返ってもらいました。彼の魂が答えまし
た。
「良い人だったけど、良い人過ぎました」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてアントニオの人生と、今、生きている人生を見比べてもら
いました。
「さっきは『守る』って思いましたが、今の私は逆で『守って欲しい』と思っているようです」
 先生はさらに高みへと導きます。そこには「あったかい白い光」がありました。そして、光の中に優
しそうなおじいさんがいました。先生はおじいさんに聞きました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「人を信じることです」
「それはどういうことですか?」
 おじいさんが答えました。
「許すことです。嫌なことをされても許すのです」
「では、私の人生では嫌なことがたくさん起こるのですか?」
「違います」
「私はどうしたらいいのですか?」
「見方を変えるのです。悪くとらないのです」
 先生は尋ねました。
「父との関係は何ですか?」
「償いです」
「何の償いですか?」
 おじいさんが答えました。
「あなたは殴ったり傷つけたりしました」
「あの人が裏切ったからですよ。どうしていけないのですか?」
「それも以前からの繋がりで、あなたたちは繰り返しています」
「どうやったら、それを止やめられますか?」
「あなたが許すことです」
「今回の人生で、それが出来ますか?」
「あなたには出来ます」
「どうしたらいいですか?」
「繰り返していることに気づけば出来ます」
 先生はおじいさんに聞きました。
「父との関係は、私が今回許せたら終わりますか?」
「いいえ。でもあなたが許せたら、また同じように生まれても次は違う関係になれるはずです」
「私と父は今回、相談して生まれてきたのですか? それとも誰かに決められたのですか?」
「両方です」
「誰が決めているのですか?」
「あなたたちの指導者がいます」
 先生はおじいさんに尋ねました。
「なぜ私は、今、生きる自信がないのですか?」
「アントニオのようになるのが恐いのです」
「どうしたらいいのですか?」
「自分を信じなさい」
 先生は続けて聞きました。
「私のこれまでの失恋に何か意味はあるのでしょうか?」
 おじいさんが答えました。
「違う人を選ぶからです」
「別離も私が決めていたのですか?」
「はい」
「別離から私は何を学ぶのですか?」
「寂しさをまぎらわすために相手を選んではいけません」
「今回もそれで選ぶと失敗しますか?」
「はい」
「私はどんな人を選ばなくてはいけないのですか?」
「誠実な人です。地味だけど真面目な人です」
「そんな人を見たら私にわかりますか?」
「話さないとわからないでしょう」
 先生はおじいさんに尋ねました。
「時々、死にたくなるのですが、もし自殺したらどうなるのですか?」
 彼の魂が答えました。
「暗い中に独りで座っています」
「その彼に聞いてください。なぜ自殺したのですか?」
「価値がないと思いました。寂しかったのです」
「今、そこで何をしているのですか?」
 おじいさんが答えました。
「そこから動けないのです。間違いに気づくまで、そのまま動けないのです。そのまま生きなければい
けなかったのです。例え努力をしなくても、そのまま生きなければいけません。でも、あの暗い中だと
気づけないのです。納得できないのです」
「なぜ、そんなに暗いのですか?」
「自分で暗くしています。止まっているのです。先に進めず止まっている分、遅れてしまいます。その
まま生きていた時よりも遅れてしまうのです」
 先生はおじいさんに聞きました。
「私の人生はここまで順調ですか?」
「概おおむね順調ですが、間違っている所もあります」
「どこが間違っていますか?」
「自分には価値がない、と思う所です。自分を信じない所は間違いです」
「それは今から治したら、まだ間に合いますか?」
「大丈夫です」
「どうしたら治りますか?」
「気づくだけで変われます」
「価値のない人って、この世にいるのですか?」
「いません」
「どんな人にも価値があるのですか?」
「あります」
「大虐殺したような大悪人でも、ですか?」
 彼の魂が答えました。
「はい」
「そんな悪い人の価値とは何ですか?」
「幼稚なだけ・・・子どもみたいな状態・・・。難しくてわかりません」
 先生はおじいさんに頼みました。
「最後に何かメッセージをください」
「人生は続きます。終わりはありません」
 
 この症例からは大切なメッセージがいくつも読み取れます。
 過去生の人生を終えるときに「好きな人を守る」と決心すると、次には幾多の試練から愛する人を守
り通す人生が待っているように思います。しかし、この症例のように今回の人生では逆に「守って欲し
い」人生を体験することもあるようです。「愛する人に守られる」人生と「守って欲しい」が強すぎる
人生は、やはりまったく違った人生になりそうです。
「愛を学ぶためには、『守る』と『守られる』の両方ともマスターしなければいけないのでしょうね。
愛する人を守る、という強い信念の裏側には、愛する人に守られたい、という想いもありますから。そ
こに気づくと『守る』という概念の統合ができて、愛のジグゾーパズルの一ピースが埋まります」と先
生は言いました。この方面から愛を学んでいる方はとても多いと感じています。愛の山への大きな登山
道なのかもしれません。
 「償い」も過去生ではポピュラーな題材です。因果応報ですね。これを解消する手立てはズバリ「あ
なたが許すこと」なのです。しかし、これはとても難しいことだと思います。光は誰にでも簡単に「あ
なたには出来ます」と言いますが、現実の生活に戻るととても許せないことばかり起こります。では
「どうしたらいいですか?」という問いに光は、「繰り返していることに気づけば出来ます」と答えて
くれました。
「自分の今の人生を少し客観的に見てみることだよ。誰もがみんな自分の人生の脚本家、兼舞台監督、
兼主演女優・男優なんだからね。今回の人生劇を頭の中が真っ白になって演じているけれど、実は今ま
でに何度も練習してきているんだ。ただ今はアガッてしまってセリフが出てこない俳優なんだね。どう
したらいいかな? レスキューレメディ? それもいいけど、まず監督の自分も脚本家の自分も客席か
らこちらをじっと見てくれているのを思い出すんだ。彼らの目で舞台を見れば、どうしたらいいか? 
はすぐにわかるんだから。だって今まで辛い練習を繰り返してきたんだからね」と先生は言いました。
「幸いにも私が人生の監督で脚本家で主役なんだから」と思っただけで広い視野で今の状況を見直すこ
とが出来ます。そうすれば繰り返していることに気づいて許す、ということも心の中に見えてくること
でしょう。昔から宗教の開祖たちは、どうにかして皆の心をこの状態に持っていこうと工夫し努力され
たそうです。それがいろいろな祈り、お経等々になって受け継がれています。ですから、どんな宗教で
もかまわないのです。ただ心静かになって客観的な目で自分の人生を見れれば、許しが始まるのです。
「私が今回許せたら父との関係は終わりますか?」 
「あなたが許せたら、また同じように生まれても次は違う関係になれるはずです」
 因果応報は許しによって断ち切れるのです。その許しとは誰かに許してもらうのではなく、ただ自分
が許すことなのです。自分を許すきっかけは、同じことを繰り返していることに気づくことなのです・・・
先生は因果応報について、このように語ってくれました。
 自殺したらどうなるのか? の答えも決まっているようです。この症例では、自殺した人は暗い中に
ひとりで座っていました。その自殺の理由を聞くと、「価値がないと思いました。寂しかったのです」
と答えてくれました。自殺の原因を突き詰めていけば、このふたつにしぼられます。
「そこから動けないのです。間違いに気づくまで、そのまま動けないのです。そのまま生きなければい
けなかったのです。例え努力をしなくても、そのまま生きなければいけません。でも、あの暗い中だと
気づけないのです。納得できないのです」
「なぜ、そんなに暗いのですか?」
「自分で暗くしています。止まっているのです。先に進めず止まっている分、遅れてしまいます。その
まま生きていた時よりも遅れてしまうのです」
 このメッセージの言う「間違い」には、人それぞれのキーワードが入ると思います。価値のない人な
どいません、あなたはひとりじゃないのですよ、という答えが浮かんできますが、正解は自問した人の
数だけあると思います。人生の真理があるとすれば、「そのまま生き続けなければならない。自殺する
と先に進めず止まってしまって、魂のプロセスから遅れてしまう」ということでしょう。人生を歩みだ
したら、ともかくゴールすることが求められているようです。リタイアは貪欲に智を求めてしまう魂に
とっては、ある意味で地獄のような苦しみなのでしょう。先人たちはこれをわかりやすく説くために、
いろいろな地獄を創造したのかもしれません。今この時代になって、ようやく例え話にしなくてもすべ
てを理解できる人々が増えてきました。開祖先人たちの努力が実を結び始めたのです。私も魂の時代の
到来を感じています。そして魂は永遠なのです。なぜなら、
「人生は続きます。終わりはありません」
美子レポート
  柿の実
 明治の中頃の信州に仲の良い夫婦がいました。旦那さんはちょんまげをした優しい人でした。妻は
「みちこ」と言いました。やがて二人に女の子が生まれました。「ゆり」と名付けました。とても幸せ
な家族でした。
 ある春の日、二人はいつものように楽しく畑仕事をしていました。広い畑の中を馬に乗った役人たち
がやって来ました。みんなとても険しい表情です。夫は有無を言わさずに、どこかへ連れ去られてしま
いました。みちこはひどい寂しさの中で混乱しました。どうやって帰ったのか、わかりません。気がつ
くと、ゆりと二人、大きな家の中で泣いていました。
 みちこは待ち続けました。ただひたすら夫の帰りを待ちました。
「旦那さんは誰かに騙だまされたのかなぁ。悪いことなど、するはずがないわ・・・」
 夫の消息はわかりませんでした。
 みちこは七十四歳になりました。娘は結婚して幸せに暮らしていました。旦那さんは帰ってきません
でした。
「ひとりで死ぬのは嫌だなぁ。寂しいなぁ。誰かにずっとそばにいて欲しかったなぁ。もっといろいろ
なことを分かち合いたかったなぁ」
 彼女は眠っている間に死にました。それはとても安らかな死でした。
 
 先生は、みちこの魂に尋ねました。
「死んだ時に、何か決心したことはありますか?」
「旦那さんを探します」と、みちこが答えました。「やっぱり、かなり以前に死んでいたみたいです」
「あなたが死んだ時に、そばに誰か迎えに来ましたか?」
「旦那さんがいます。会えて良かった、って言ってます。私も会いたかった、と言いました」
 先生は旦那さんの魂に聞きました。
「あの後、どうなったのですか?」
「殺されました」
「誰かを恨んでいませんか?」
「恨んでません」
「死ぬ時に、何を考えていましたか?」
「何でこんなことになったのだろう・・・」
 先生はみちこに代わって彼に尋ねました。
「待っててくれたの?」
「待ってたよ」
「先に死んで、何か私に合図をしてくれた?」
「したよ。家の柿の木に実をならしたよ。気づいてくれるかなぁ、って思ってたよ。みちこが気づいて
くれなくって、ちょっと寂しかったなぁ」
「私を見守ってくれていたの?」
「ずっと見ていたよ」
 先生は二人を高みへと導きました。そして尋ねました。
「今、旦那さんと巡めぐり会って、何か決心したことはありますか?」
「もう離れたくありません。今度も一緒になれるように生まれよう、と思いました。探そうと思いまし
た。探したかった・・・」
「探すために、今回の人生をどのように仕組んだのですか?」
「彼が先に生まれるのを見届けてから生まれてきました」
 先生はもっと高みへと導きました。そして、みちこの人生を振り返りました。
「何事も強く想うことです。そうすれば必ず叶います」
 先生は二人をさらに高みへと導きます。そこには安らかな光がありました。二人で光の中へ入ります。
真ん中に光のポールがありました。
「そのポールに向って聞いてください。私の今回の人生の目的は何ですか?」
 光が答えました。
「人を愛することです。しっかりと愛しなさい」
「それはどういう意味ですか?」
「許すことです」
「許すとは、どういう意味ですか?」
「いろんな人がいることをわかることです」
「そのためにはどうしたらいいのですか?」
「本当にいろんな人がいるのだから、広くものを見なさい」
「私に愛せますか?」
「大丈夫です」
 先生は光に尋ねました。
「彼との関係は何ですか?」
「大事な存在です。磨き合う関係です。どんなことがあっても、お互いを想い合う関係です」
「私は今までに何回生まれ変わりましたか?」
「六十八回です」
「彼とは何回、一緒の人生を歩みましたか?」
「四十八回です」
「人間関係で何に気をつけたらいいですか?」
「クヨクヨしないことです。下ではなく前をまっすぐ見なさい」
 先生は光に頼みました。
「このまま人生を乗り切っていくために何かアドバイスをください」
「人を信じることです」
「そのためにはどうしたらいいですか?」
「穏やかな気持ちになることです」
「私はなぜ何度も生まれ変わっているのですか?」
 光が答えました。
「人間感係を磨くためです」
「私は今回の人生で、彼と結ばれる運命なのですか?」
「わかりません」
「どうしたら結ばれますか?」
「わかりません」
「結ばれなくても磨き合えるのですか?」
「出来ます。相手を思いやることが大事なのです」
 先生は光にお願いしました。
「私の今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
 するとヴィジョンが見えてきました。
「三十五歳で子どもを抱いています。女の子が二人と男の子が一人です。子どもを見て笑っています」
 先生は未来の彼女に聞きました。
「今の私に何かアドバイスがありますか?」
 未来の彼女が答えました。
「悩むことだよ、でも大丈夫。笑う日が来るからね」
「悩むなんて辛いよ」
「それが課題だよ」
「あなたは解決できたの?」
「ちょっとはね。でも、これからも悩むよ」
「私の人生はそんなに悩んでばかりなの?」
「学習しているのだよ」
「あなた、それで幸せ?」
「幸せだよ」
「どうしたらあなたのようになれるの?」
「笑うことだよ」
「どうやったら笑えるの?」
「悩み抜いたら笑えるよ」
「私に出来るかなぁ?」
「もちろん出来るよ」
「ねぇ、夫は誰? 教えてくれる?」
 彼女が残念そうに答えました。
「顔も姿もよくわかりません」
「子供たちにもメッセージをもらってください」
 未来の子供たちが答えました。
「時間が解決するよ、だから待っててね」
「君たちが私をお母さんに選んだの?」
「そうだよ」
「なぜ私をお母さんに選んだの?」
「逞しいし、楽しそうだからだよ」
「お母さんは合格かな?」
「うん。これからかな」
「私を選んで良かった?」
「うん。がんばってね。笑ってね」
 先生は光に尋ねました。
「私の人生はここまで順調ですか?」
「順調です」
「この人生は誰が決めたのですか?」
「私自身です。今回の人生はちょっと波があってもいいかな、って決めました。でも大丈夫、やってい
けます」
「あなたも私を応援してくれますか?」
「いつもいるよ」
「困った時、あなたに会いに来ていいですか?」
「うん。手の上に来るみたいです。来てくれる、って言ってくれました」
 
 これは先生のお気に入りの症例です。
「柿の木に実をならせたのが合図だなんて、粋だよね。僕だったらギンナンかな?」
 先生は私の吉野の実家の裏山に大きな銀杏の木があったことを覚えていました。それは見事な大銀杏
で、秋になると杉山の中腹に太陽のように真黄色な銀杏が輝いていました。今でも村の、そして私の大
切な守り神でもあります。昔、先生は高校の仲間たちとその銀杏の写真を撮りに来たことがありました。
「先生、私のイチョウには実はなりません。残念でした」
「そんなこと、ないよ。だってホラ、何事も強く想えば叶います、ってみちこさんも言ってるでしょう。
遺伝子操作のこの時代、美子さんの里のイチョウの性転換なんか、簡単だよ」
 負けん気が強いのは今も昔も変わりません、二人とも。
「磨き合う関係です。どんなことがあっても、お互いを想い合う関係です」
 先生は本当のソウルメイトとはこのような関係だ、ととらえています。厳しく切磋琢磨しながらもお
互いを深く想い合っているのが先生の理想像です。でもラブラブを否定してはいません。だって先生、
かなりミーハーなところもありますから。最近は私も慣れてきましたが、それでも、「おばさんには恥
ずかしくてついていけないわ」と思うことを時々しでかしてくれますから。ホント、なんでもあり、の
人です。きっと生まれてくる時に、天使回路をオフし忘れてきたんでしょうね。あの天真爛漫さを生か
してあげるのが今の私の使命なのかもしれません。
 このメッセージが似合うソウルメイト特集があれば先生と私は上位進出まちがいなし、だと思います。
「この症例では人生の悩みは学習であり、悩み抜いたら笑えるようになる、それが幸せなのだ、と言っ
てたけど、確かに悩み抜いたらもう笑うしかないという状況になるよね。悲しみに泣き崩れていくとい
つか泣き笑い状態になるし、怒りや恐怖を突き抜けるとヘラヘラした笑い顔になるだろう。人間の感情っ
て突き詰めていくと最後は『笑い』になるのかもしれないね。人間以外の動物に笑い顔は作れない、と
いうから、私たちが人間をやっている意味のひとつに『笑い』の学びがあるのかもしれないね」
 わざと真面目な顔をして先生が謎かけをしました。
「楽しい時、満たされた時、嬉しい時・・・だけが『笑い』ではないのだとしたら・・・『笑い』は心
がどんな時に起こるのかを考えてみればいいのかしら? そう、笑っている時って心が開いているわ・・・
心が閉じている時はとても笑えないもの。先生がさっき言った悲しみ、怒り、恐怖の時だって心の扉は
固く閉ざしているけれど、その感情があまりに強くなり過ぎると心を閉ざすことさえ出来なくなってし
まうのかもしれないわね・・・まるで心の門番までどこかへ逃げ出しちゃったみたいに。すると心の扉
はひとりでに開いて、中から『笑い』が漏れ出してくるのかなぁ。???先生、ということは心の本質
は『笑い』だということになりますよ」
 先生は私の目をじっと見ながら、とっても嬉しそうに笑ってくれました。
「そうだね、人間の心の本質は『笑い』だよ。赤ちゃんの笑顔が嫌いな人っていないだろう。赤ちゃん
の笑顔が疲労困ぱいしたお母さんを癒す特効薬だしね。『笑い』はすべての人間の心に共鳴する基本調
律なんだろうね。人の心の本質は『笑い』で満たされているだよ、本当は・・・すると、自分の心がい
かに閉ざされているのかが見えてくるだろう。『笑い』は心の健康のバロメーターであり、この地球は
『笑い』で満ちた星なんだよ」
 そう言いながらニコニコしている先生の顔を見ていると、私までなんだかウキウキしてきました。そ
うです、こうやって『笑い』は幸せを運んでくれるのです。
美子レポート
  小さな喜び
 紀元前七百年頃のエジプトに、マーラーという女の人がいました。毎日、夫と砂漠の向こうの山の湖
に水を汲みに行きました。時々、市場で買い物もしました。夫は白いマントを着て、とても優しい目を
していました。ダニエルといいます。ダニエルは「今の夫」です。
 夕食は村の焚き火のまわりで食べました。ダニエル夫婦と三人の子供たちとダニエルのお父さんがい
る家庭でした。子供たちがふざけあっています。マーラーは嬉しくて笑い出しました。心の中が暖かく
て熱があるみたいでした。彼女はみんなで食事ができる幸せを感謝しました。
 七十歳の頃、マーラーは老衰で死の床にいました。子供たちが手を握ってくれています。一人は「今
の娘」です。彼女は言いました。
「ありがとう」
 彼女はダニエルを思い出しました。夫は少し前に病気で亡くなっていました。彼は最後に言いました。
「ありがとう。また会おうね」
 そしてダニエルは目を閉じました。マーラーは感謝の気持ちでいっぱいでした。
 彼女は人生を振り返りました。毎日の水汲みが楽しい思い出でした。大きな嵐が来て、村も、お父さ
んも、長男も、奪い去られたこともありました。
 マーラーはダニエルと死んだ息子が迎えに来てくれたのに気づきました。夫は何も言わず、ただ笑っ
て手をつないでくれました。穏やかな死に顔を残して彼女の魂は身体を離れました。彼女は家族への感
謝の気持ちに包まれて、逝きました。
 
 先生はマーラーの魂を高みへと導きました。そしてその高みから彼女の人生をもう一度振り返っても
らいました。彼女の魂が答えました。
「私にはいつも家族がいました。その家族がいつも笑っていて、みんなが今日の出来事とかを話してく
れたのを一緒に笑って聞いている役目でした」
 先生は更に高みへと導きます。そこには「光る星」がありました。星の中は白いクリームがかったよ
うな光に包まれていました。光の中心に、白いドレスを着て、白い顔に長い金髪の女性が笑って迎えて
くれました。先生はその白い女性に尋ねました。
「夫との関係は何ですか?」
 光の人が答えました。
「夫婦でした」
「今回の人生で、私は夫から何を学ぶのですか?」
「ひとつひとつの小さな喜びを感じることが出来る幸せです。着飾ったり見栄をはったりしなくても、
そのままで十分に幸せなのだ、ということを彼と一緒に感じなさい」
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「今ある悲しみを悲しみとしないで学ぶことです。ないものを嘆いたりしないで、他に持っているもの
を喜びなさい」
 先生は白い女性に聞きました。
「夫の両親からは何を学ぶのですか?」
「あなたが今まで気づかなかったことを気づかせてくれる人たちだから、大切にしなさい」
「今の娘からは何を学ぶのですか?」
「毎日の小さな歓びを気づかせてくれるから大切にしなさい」
「娘はなぜ私をお母さんとして選んだのですか?」
「私が気づかないことが多いから、気づかせたくって」
「私が頼んだのですか? それとも娘が選んだのですか?」
「娘がずっと見ていて決めたのです」
「自分はこれでいいのですか?」
「何も恐がらなくていいから、前に進みなさい」
「今回の私の人生はここまで順調ですか?」
 白い女性が答えました。
「これからは順調ですよ」
「今回、なぜ私は夫とペアーを組んだのですか?」
「そうなることになっていました」
「今回の人生を計画した時に、何か打ち合わせをしたのですか?」
「一緒にまた会おうね、って約束だけしました。それで今回ここで一緒になったのです」
「今回のこの人生は私が決めたのですか?」
「はい」
 先生は白い光の人にお願いしました。
「今の私に何かアドバイスをください」
「何も心配してませんよ。毎日、家族に感謝していればいいのだよ。ありがとう、って言ってればいい
のだよ」
 先生は光の人に頼みました。
「今回の人生の問題をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
 白い光の中にヴィジョンが浮かんできました。
「五十歳くらいで、夫と一緒に私の実家に帰っています。今、駅にいますが二人とも笑っています。実
家でも私の両親と兄夫婦とお茶を飲みながらニコニコしています。とっても幸せです」
「その彼女にアドバイスを貰ってください」
 未来の彼女が答えました。
「ちゃんと克服できているから大丈夫だよ」
「どうやったら克服できるの?」
「愛情とか、感謝の気持ちにたくさん気づいて、ありがとう、って思うことです」
 未来の彼女は暖かくて力強い握手をしながら言いました。
「大丈夫、必ずこうなるから」
 未来の夫も実家の家族もみんなが言いました。
「大丈夫、必ずこうなるから」
 光の人も言いました。
「必ず出来るから大丈夫です」
 
 平凡ですが暖かい家族だった人生です。でも平凡だからといって、学ぶものも簡単かというと決して
そんなことはありません。
「ひとつひとつの小さな喜びを感じることが出来る幸せです」
 これは目覚めた人の至福感だよ、と先生は教えてくれました。この状態になると、目に入るもの、肌
で感じるもの、すべてが愛おしく純粋な幸に満たされるので、散歩をしていても涙が止まらなくなり、
なかなか前に進めなくなってしまうそうです。平凡な人生だからこそ、そんな小さな喜びを感じとるこ
とができるのです。
「着飾ったり見栄をはったりしなくても、そのままで十分に幸せなのだ、ということを彼と一緒に感じ
なさい」
「今ある悲しみを悲しみとしないで学ぶことです。ないものを嘆いたりしないで、他に持っているもの
を喜びなさい」
 まるで中国の偉人たちの言葉のようです。
 平凡な人生からでも、こんなに大切な学びが得られるのです。
「全ての人生には学びがあるんだよ。無意味で無駄な人生など、本当はないんだよ」
 先生は遠くの宇宙を見つめる眼差のまま続けました。
「これは国、世界、人類全体にも共通するメッセージだね、ちょっと耳が痛いけど。例えば日本。今の
大不況の悲しみを悲しみとしないで学ぶことはたくさんありますよ。閉塞した経済状況は資本主義の断
末魔のようでもあり、ある意味で世界に先駆けて経験しているのです。日本から新しい時代の経済が創
造される期待があります。ないものを嘆いたりしないで、他に持っているものを喜びなさい・・・これ
がそのヒントなのかもしれませんね」
 どんな八方塞がりの悲惨な状況でもフッと息を吐いて、「この状況から私は何を学ぼうとしているの
か?」と考えることが出来たら、そんなドン詰まりの中でもがいている自分の姿が客観的に見えくるそ
うです。「神様はどんな気持ちで私を見ているのだろうか?」と悪戯いたずらに推しはかってみるだけで、神の
目から見た自分の姿が見えてくるそうです。
「そんな神の目だなんて・・・バチが当たっちゃいそうだわ」
「そうかな? 歴史を学ぶということは、私たちの過去の経験を神の目で見てみることじゃないのかな?
 歴史から学ぶということは、それほど一種冷酷な目で智を学び取ることなんだ。中途半端でつかんだ
ものは智ではなく、感情であり結果に過ぎないんだよ。それに満足しているから歴史は繰り返す・・・
になってしまうんだ。
 そんなにかしこまらなくたっていいんだよ。自分が自分を神の目で見るだけなんだから別にバチは当
たらないよ、他人を神の目で見ちゃうのとは全く別問題だからね」
「そうかな・・・神様の目がいつも自分を見ていると思うと、何だか絶えず監視されているようで自由
に振る舞えないんじゃないの?」
「うん、確かにそういう人もいるだろうね。では、どんな人が神の目で自分を見ると自由を奪われるの
だろうね?」
「う〜ん・・・やっぱり後ろめたさ、でしょう。ホラ、先生って風俗のお姉さんたちのお友達がたくさ
んいるでしょう? 最近でこそ先生の考えが解わかってきたから私も一緒になっておつき合いしてるけど、
初めはビックリしちゃったんだから。何? この変わりようは! 昔と全然違うじゃない!? ってね」
「僕も昔々、ヨーロッパで高級娼婦をしてたことがあるんだ。ひどい環境に生まれたんだけど、そこは
持ち前の向上心とアイデア、ポジティブシンキングで炭鉱町の娼館から次第に大きな町の娼館に出世し
ていき、最後は大都会で自分の娼館を持つまでに至ったんだよ。あの人生は今に通じているし、なにか
と思い出の多い、ある意味、輝いた人生だったんだ。まぁ、具体的にどんなことをしてきたか、を話す
と、この部分だけ『袋とじ』になっちゃうから・・・。でも、さすがに美子さんだ、答えにワン・オン
だ。さぁ、バーディ・チャンスだよ、パットもがんばって!」
「もう、真面目に考えているのに、そんなに茶化さないでよ。後ろめたさと先生の違いは・・・わかっ
たわ、『許し』でしょう?」
「ナイス、バーディ! さすがだね。で、そのココロは?」
「自分を許している、自分を愛している人は、神様の目でどんな姿の自分を見ても、目を反らすことな
くジッと自分を見つめることが出来るんでしょう。神様の目の中で自由に生きることが出来るのですよ
ね。人生を楽しむことが出来るんでしょう? そしてそれが気づきであり、目覚めなのでしょう?」
 先生はニッコリと笑ってくれました。先生のこの小さな微笑みが今の私の喜びなのです。私も大きな
幸せを感じることが出来るようになってきました。
 新しい時代は目覚めの時代なのでしょう。愛の時代なのでしょう。私もそう思えるようになってきま
した。
 

第二章
   死者との対話
 過去生療法のパンフレットに「亡くなられた方の魂ともコンタクトできます」と書いて以来、これを
目的にワークを受けられる方がとても多くなりました。ほとんどの方は過去生退行をきちんと理解され
た上で受診されますが、時にはとんでもない誤解をされたままの方が来られることもあります。
「過去生? 何ですか、それ? そんなもの、どうでもいいから死んだ***に会わせてくれ!」
「実際に目で見えるんでしょう。死んだ人が目の前に現れて元気だった時のように普通に話せる、と思っ
ていました」
 このような方がうまく催眠状態を維持できるはずはありません。当院では先生の前著「生きがいの催
眠療法」(PHP研究所)を読んで、しっかりと理解していることが受診の前提条件となっています。
「ちゃんとご本は読ませていただきました」というウソは先生には通じません。ワークの主題をしぼり
ワークの注意事項を説明している間に、そのような方は自ら墓穴を掘ってしまわれます。それでもせっ
かく楽しみにされて遠くからやって来られていますので、先生は普段通りのワークをしています。
「それはあなた、恐山とか沖縄のイタコさんのところへ行った方がいいんじゃないの?」
 そんな患者さんから感情面でかなり強いストレス・パンチを浴びせられても、平然として手抜きなし
のワークをしている先生に、「一体、あなたは何者なの?」と思うこともあります。でも、ご安心くだ
さい。先生は普通の人です。そんな辛いワークがあった夜、先生はとても饒舌になってオヤジギャグを
私に浴びせ返してくれます。アホになった先生がかわいく思えて許せるのは、きっと私が少しだけ、お
姉さんだからでしょうね。
 死者との対話は、ワークを受けられる方と亡くなられた方との関係が成功率に大きく関与しています。
一番成功するのは、お母さんが死んだ子どもに会いに行くケースです。これはとても高い確立でコンタ
クト出来ています。次に成績が良いのは、子どもが死んだ親に会いに行く場合です。これもまあまあコ
ンタクト出来ています。問題が多いのは夫婦間です。会いに行く方の心のどこかに、「ちょっと文句で
も言ってやろう」などという思いがあると、うまくコンタクト出来ません。ある時、亡くなった妻のヘ
ソクリのありかを聞き出そうとした方がおられましたが、当然何も見えませんでした。そうかと言えば、
冬山で遭難された夫の亡骸のヴィジョンが見えた方もおられました。私の感触では夫婦間での成功率は
五分五分ではないでしょうか。でも、聞いていて最も涙が誘われるのは、この夫婦間のコンタクトです。
 私もこのワークを先生にしていただきました。私を先生と再会させてくれたのは亡き夫なのです。
 私の夫は大学で考古学を専攻する教授でした。三年前、調査地へ向かう飛行機が消息不明になりまし
た。八百八十日間、私の心は打ちひしがれ、昼間は気丈にしていましたが、ベッドの中で泣かない夜は
ありませんでした。泣いている時に優しい夫の気配を感じたこともありましたが、それは虚ろな夢のよ
うで、ただ悲しみが増すだけだったのです。一生泣き続けていくように思えたある満月の夜、気がつく
と私は夫の書斎にたたずんでいました。その夜の満月はとても眩しくて、私の涙を洗い流してくれるよ
うな気がしました。私は夫の机に両肘をついて、窓から金色に輝くお月さまを見ていました。不意に誰
かに肩を叩かれたような気がして、私は振り向きました。そこには誰も見えません、ただ月の光が机の
上の鏡に反射して、夫の大きな本棚の一点を照らしていました。私は月の光を目で追って・・・本棚で
照らされていた本を手に取りました。それが・・・先生の本だったのです。夫が過去生の本なんか読ん
でいたなんて全然知りませんでした。そんな話をした憶えもありませんでした。私はその夜、月明かり
の下でそれを読み切ってしまいました。そして、朝一番に先生に連絡をとりました。
 私と夫の過去生は、みなさんにお話し出来るほどはっきりとは見えませんでした。ただ、光のヴィジョ
ンの中で赤茶けた岩山に点在した飛行機の残がいが見えました。その時、光の中で優しい夫に再会でき
ました。
 夫は暖かく見守ってくれている、喜んで応援してくれている、それを知っただけで、私も生きていく
勇気と自信を取り戻しました。自分で創っていてもかまいません。自分の欲求がヴィジョンとなってい
たってかまいません。私はワークの最中に確信しました、夫に会えた、と。それでいいのです。これは
心の治療ですが、論理的である必要性は感じません。私が確信した、そして私は再び歩き始めた、ただ
それだけでいいのです。これはもう信仰の世界なのかもしれません。魂の療法という言葉がありますが、
これはまさしく魂を癒す療法でした。先生の「ただ患者さんを癒したい」という心が私を夫のところま
で押し上げてくれたのです。夫はしっかりと私をハグしてくれました。そして別れ際、最高の微笑みで
私の背中をポンと押してくれました。私は歩き始めました。白い靄の向こうに先生が・・・いるような
気がしました。
 その日の夜、夫の墜落した飛行機が発見された、という知らせを私は自宅で受け取りました。
 私は今でも夫の存在を身近に感じます。暖かい眼差を感じとれます。私はひとりぼっちではないので
す。このワークを受けられた方々からのお手紙を読んでいると、死者との対話で立ち直った方々は、み
なさん、このような感じで元気に過ごされているようです。私はひとりの患者として、先生のワークは
素晴らしい魂の療法だと思います。
 
   交通事故
「先生、今日の患者さんは、一年前に息子さんを交通事故で亡くされたお母さんです。息子さんの形見
も一緒に持って入っていいですか? と聞かれましたので、かまいませんよ、と言いました。とても楽
しみにされています。先生もがんばってくださいね」
 先生は報連相さえしっかりとしていれば、とても自由に仕事をさせてくれます。現場での私たちクルー
の判断をとても大切にしてくれています。プラス思考での失敗は絶対に責めません。ただし、当院でプ
ラス思考の失敗の王者チャンピオンはやっぱり先生です。そもそもこの過去生ワークだって失敗の積み重ねの上に成
り立っているそうですから。先生の宝箱には、お蔵入りしてしまった水晶玉やハーブ類、怪しげな器械
が眠っています。
「そうだね、今、生き残っているのは、過去生ワークとフラワーレメディ、アーユルヴェーダの脈診、
フェルデンクライス、リフレクソロジー、エネルギー治療・・・なんだ、結構生き残ってるじゃないの」
「でも先生、日の目を見なかったものや器械はその何十倍もあるんでしょう?」
「うん、まぁ、そうだよね。でも今は眠っているけど、いつの日にか奇跡の復活が起こるものもあるか
もしれないからね。過去生だって当初はいろいろなセミナーやワークショップに行ったもんだよ。今か
ら思うとかなり怪しげなものもあったなぁ。でも、ひとつの気づきがあるんだ。どんなにつまらないセ
ミナーにだって、自分がそのセミナーにいるということに何か学びが隠されているんだよ。それを見つ
けなきゃね。本当に必要のないセミナーには不思議と時間が合わないとか、急用が出来るとかで行けな
かったもの。
 これはうちの過去生ワークでも言えることだよ。本当に必要のない方は絶対に来れないよね。去年一
年間だけでも、火事が二件、直前のケガ、骨折が数件、当日の飛行機に乗り遅れた人が数件、この中の
一人なんか、空港で仮眠していて乗り損なったらしいよ。こういう方々はまだ過去生を見る時期ではな
かったんだろうね。
 逆に、キャンセルを運良く拾った方はいつもよりも成績がいいよね。キャンセルはタイミングが勝負
だろう。キャンセルを拾おうと一生懸命電話をかけてきてくれる方々でも、ちょっとしたタイミングの
ずれで拾えないものね。それでいて、初めて電話をかけてくれた方が仕留めるなんてことはよくあるも
の。これも一種のシンクロニシティだろうね。
 それに『遅刻の法則』も有名だよね。遅刻される方はなぜだか成功率が低いんだ。遅刻と言っても五
分とかの遅れで、それで気が動転して、のせいではないと思うよ。自分の心のどこかに『気が進まない』
があって、それが遅刻を引き起こすのかなぁ。これは大阪近郊の方に多いね。ともかくギリギリに飛び
込むのは避けた方が良さそうだね」
 始まりを告げるチャイムが鳴りました。
 お母さんは形見の品々が入った紫色の袋を抱いて診療室に入ってきました。私はお母さんをゆっくり
とリラックスチェアーに寝かせました。紫の袋はお母さんの左側に置きました。お母さんは目を閉じま
した。先生に促されて、お母さんはそのままいきさつを話し始めました。
「私には二人の息子がいました。兄は純一、弟はサトルと言います。去年の夏の暑い日でした。夫の会
社が倒産したり、私の母が脳卒中で倒れたり、とても苦しくて辛い日々が続いていました。夏休みなの
にどこへも連れて行けなかったので、せめて半日だけでもプールに行きましょう、と言って子供たちを
連れていきました。子供たちも我慢してくれていたのですね、とっても喜んではしゃいでいました。サ
トルはもともとお調子者で、暗く落ち込んでいた私たち夫婦をいつも元気づけてくれていました。今か
ら思えば、サトルはその日、異常なほど陽気でした。私をいっぱい笑わせてくれました。帰り道、サト
ルは風船をもらいました。黄色の風船です。サトルは風船が手に吸いついたようなジェスチャーをして
私たちを笑わせ続けてくれました。黄色い風船が本当にサトルの友達のように見えました。サトルの笑
顔が・・・」お母さんは涙声になりました。
「電車を降りて、もうじき家が見えるね、って話していると、スッと黄色の風船が空に上り始めました。
サトルの手から風船がサヨナラするように離れたのです。あんなにしっかりと握っていたのに。サトル
は走り出しました、黄色の風船を追いかけて。私たちが止める間もなく交差点に飛び出して・・・」お
母さんは涙を拭きました。
「私は呆然として立ち尽くしました。車の向こうにサトルが倒れているのはわかっていましたが、でも
私は黄色の風船が夕焼け空に消えていくのを見つめていました。それがサトルのような気がしていまし
たから」
 交通事故のお話はいつ聞いても悲しくなります。
「神様、先生をしっかりとお守りくださいね。美子のお願いです」
 私の心はいつしか静かにお祈りしていました。
 先生が誘導を始めました。
「サトル君との関係がもっともよくわかる過去生へ戻りましょう」
 
「どんな地面が見えますか?」
「乾いた黄土色の土です。畑みたいな感じがします」
「足に何か履いてますか?」
「裸足です」
「足のサイズは大人ですか、子どもですか?」
「大人です」
「下半身には何を着ていますか?」
「白い布みたいなものを帯みたいなもので腰に留めています」
「上半身は何を着ていますか?」
「ノースリーブの白い布です」
「手に何か持っていますか?」
「何も持っていません」
「手のひらを見て。肌の色は何色ですか?」
「肌色です。少し日焼けしています」
「右手で左手を触ってみてください。どんな手を感じますか?」
「ゴツゴツした男の手です」
「頭に意識を向けて。頭に何かかぶっていますか?」
「何もかぶっていません」
「どんな髪をしていますか?」
「短くて茶色のパーマがかかった髪です」
「ヒゲは生えていますか?」
「顎のまわりにあります。なんだかガッチリした顔立ちです」
「目の色は何色ですか?」
「黒い目です」
「あなたの意識はその男の人の中にしっかりと入ります。しっかりとその男の人に繋がります。そして
その男の人の目でまわりを見ると、どんな風景が見えますか?」
「荒野の中に所々、畑が見えます」
「今、あなたがいる時間帯はいつ頃ですか?」
「昼間です」
「あなたの年齢はいくつですか?」
「中年です」
「あなたの名前は何と言いますか?」
「スティーブンです」
「スティーブンさんのそばに誰かいますか?」
「女性が斜め前にいます」
「どんな服装をしていますか?」
「長いローズ色のスカートに、上は長袖のグレーのシャツを着ています。頭には何か巻いています。肌
は白っぽいですが少し日焼けしています、目は茶色です。かごに豆を拾って入れています」
「その人の歳はいくつくらいですか?」
「中年です。お母さん、っていう感じがします」
「どんな表情で豆を拾っていますか?」
「一生懸命に仕事をしています」
「スティーブンさんにとって、その女の人は誰ですか?」
「妻です。おとなしい人です。いつも微笑んでいます。良いお母さん、という感じがします」
「その女の人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「知りません」
 受け答えがしっかりとしてきました。先生はガイドのテンポを早めて場面を移しました。
「右手に石造りの宮殿が見えます。なぜだか十八世紀のような気がします。ここは南ヨーロッパのどこ
か海沿いです。私はじっと宮殿を見上げています」
「あなたはどんな気持ちですか?」
「孤独です。ずっと城を見ています。時々溜息をついています」
 お母さんの声が深く沈み込みました。
「スティーブンさん、その日の夕食の場面に移ってください。誰が一緒にいますか?」
「木の家の中にかわいい男の子がいます。おかっぱの髪にブルーの目をしています。六歳のジェニーで
す」
「その子は、今のあなたが知っている人ですか?」
「お兄ちゃんの純一です」
 お母さんはとてもビックリしました。でも涙顔が微笑んできました。
「他に誰かいませんか?」
「奥さんです。さっきの豆を拾っていた人です」
「今夜は何を食べていますか?」
「野菜の入ったスープです」
「スティーブンさんは今、どんな気持ちですか?」
「それなりに幸せです」
 過去生を見る練習は終わりました。これからが本番です。先生は切れ目なく尋ねました。
「スティーブンさんの人生で、サトル君との関係がもっともよくわかる場面に移ってください。いくつ
になって、何をしていますか?」
 お母さんは少し男っぽい声でうつむいて答えました。
「崖の上に立って下の町を見下ろしています。さっきと同じ年頃です。中世の石造りの町が見えます」
「それからどうしていますか? 場面を進めてください」
「崖から飛んだ! 森の中に向かって・・・死んだのかなぁ。横たわっている身体を上から見ています。
あららぁ、という感じがします」
 まだ主題の答えがつかみきれません。先生は出会いの場面へと誘導しました。
「スティーブンさんの人生で、サトル君と初めて出会った場面に移ってください」
「町を歩いていたら、ぬいぐるみを抱きかかえている男の子が出て来ました。茶色の髪で目はブルーで
す」
「あなたはその子を見て、何と思いましたか?」
「親のいないかわいそうな子だなぁ、育ててあげたい、と思いました。親子になる話をしながら一緒に
町を歩いています。私に感謝してくれています。その子は夕日を無言で見ながらずっと歩いています。
手をつないで家へ帰りました。奥さんは何も言いません。納得してくれています。ジェニーは楽しそう
に一緒に遊んでいます。奥からお婆さんも出てきてニヤニヤ笑っています。この人は、今の私のお母さ
んです」
 サトル君は出てきましたが、まだ話がよくわかりません。先生はさらに二人の関係を探りました。
「スティーブンさんの人生で、サトル君との関係がわかる場面に移ってください。あなたはいくつになっ
て、何をしていますか?」
「その子のお父さんは鉄砲を使って悪い仕事をしていました。子供をほったらかしにしていたので、私
はかわいそうに思いました」
 何かスッキリしません。何かが隠されているような感じのまま、先生は死ぬ直前へと導きました。
「スティーブンさんの人生で、死ぬ直前の場面に移ってください」
 お母さんはお腹を手でさすりながら答えました。
「家のベッドで寝ています。お腹が痛いです。私は病気で死にそうです。もう七十五才になっています。
奥さんとジェニーとさっきの子が看取ってくれています。子どもたちは悲しそうですが、奥さんは無表
情です」
「死ぬ直前に何を考えていますか?」
「もう治らない病気です。でも幸せに暮らせました」
 先生は死ぬ直前から、よくわからなかったところを振り返りました。
「さっきの崖のところを思い出して、あれは何だったのですか?」
 彼は淡々と答えました。
「あの後、誰かに助けられました。気がついたら町にいて、そしてあの子と出会いました」
「なぜ崖から飛んだの?」
「飛んでみたくなったのです。イカロスの時代のように・・・」
 急に彼の眼球が激しく動き出しました。彼は何かを見ていましたが、黙ったままでした。目の動きが
治まると、彼はまた答え始めました。
「背の高い白い服を着た男の人に押されたのかもしれません。その森に住んでいる悪い主みたいな気が
します」
「その悪い人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「部長です」
 お母さんは驚いた声で答えました。
「崖から飛びながら何を考えましたか?」
「あら・・・押されちゃったのね、という感じです」
「助かって気がついた時に、あなたはどう思いましたか?」
「ああ、僕は助かったのだから、やっぱり何かをやらなくちゃいけないんだ、と思いました。そして町
であの子に会った時、この子を助けてあげよう、と決めたのです。それからずっとジェニーと一緒に育
ててきました」
 これであらすじが見えてきました。先生は死ぬ場面へと戻しました。
「では、スティーブンさんが死ぬ場面に戻ってください。死ぬ場面を通り越しましょう。そしてあなた
の意識が身体を離れて宙に浮いたら教えてください」
 彼は大きな息をひとつしてから言いました。
「はい、身体を離れました」
「あなたは身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「今度生まれ変わったら長生きして子どもをちゃんと育てるぞ。押されて死にかけたことを恨みません。
もう許さないといけません」
「下にスティーブンさんの死体が見えますか? 下では何が起こっていますか?」
「みんなが泣いています」
「それを見てどう思いますか?」
「かわいそうだな」
「宙に浮いたあなたのまわりを見て、感じてください。あなたに声をかけてくれる存在はいますか?」
 彼は嬉しそうに言いました。
「きれいな女性がやって来ました。一緒に上へ行きましょう、と言っています」
「その女性と一緒に高く高く上にあがります。高くあがったところからスティーブンさんの人生を見て、
何か気がつくことはありますか?」
「普通の生活をしてきました。これといって山も谷もなく、真面目な正義感の強いお父さんでした」
「もっともっと高く高くあがります。その高く高くあがったところから下を見ると、スティーブンさん
の人生と、今、生きているあなたの人生が見えます。二つの人生が平行に並びます。二つの人生を見比
べてみて、何か気がつくことはありますか?」
「スティーブンの人生では特に何もなかったのですが、これじゃいけない、やっぱり自分はいろいろな
試練を乗り越えて何かを学んでいくべきだ、と思いました。だから今の人生はすごく山あり谷ありなの
です。極端なんですね。私が選択するのは・・・」
 お母さんの肩の力が抜けました。先生は続けて尋ねました。
「今度は上を見てください。そこから上はどうなっていますか?」
「神様みたいな偉い人が見えます」
 お母さんの声が元気になってきました。
「その神様のところまで上ってください。神様はどんな表情をしていますか?」
「雲の上でちょっと恐い顔をしてます」
 恐い顔? と私は一瞬躊躇しましたが、先生はそのまま進めました。
「その神様に聞いてください。私とサトルくんとの関係は何ですか?」
「あなたの子どもでしょう」
「サトルくんは今、何をしていますか?」
「遊んでいるよ」
「会わせてください」
「どうぞ」
 お母さんの声がつまりました。静寂が流れていきます。
 お母さんはハンカチで涙を拭き始めました。先生は優しく尋ねました。
「どんな様子ですか?」
「神様のまわりで出たり隠れたりして遊んでいます。ニコニコしています」
「お母さん、会いにきたよ」
「私に気がついて照れています」
「しっかりサトルくんを抱きしめてあげてください。どんな感じがしますか?」
「かなり照れています」
「おかあさんに何か言ってよ。ここまで会いに来たのよ」
「しっかりしなさい、って言われました」
「サトルくんは、なぜ早く死んじゃったの?」
「僕はこっちの方が好きなんだ。神様のところは楽しいんだよ」
「なぜ、お母さんのもとへ生まれてきたの? サトルくんの人生の目的は何だったの?」
 お母さんが泣きながら、ゆっくりと答えました。
「私たちの成長のためです。その役目をかって出てくれたのです」
「サトルくんは自分が早く死ぬことを知っていたの?」
「何言ってるのか、わかんないよ」
「サトルくんは、なぜ私をお母さんに選んでくれたの?」
「お母さんのことが好きだからだよ」
「またサトルくんは私たちのもとに生まれかわって来ないのですか?」
「うーん、難しいかな・・・」
「サトルくんは神様のところで幸せですか?」
「幸せだよ。だから心配しないでね」
「サトルくんが死ぬ時、痛くなかった? 苦しまなかった?」
「別に・・・車に当たった瞬間に抜け出ちゃったんだよ」
「サトルくんは誰も恨んでいない? お母さんを恨んでいない?」
「全然、誰も恨んでないよ、と笑いながら言ってくれました。生きてた時と同じ笑顔の素直なサトルく
んのままです」
「サトルくん、お父さんにも何かメッセージをちょうだい」
「お父さんもお母さんとお兄ちゃんを助けて、がんばってね」
「お兄ちゃんにも何か一言、言ってよ」
「僕のおもちゃで遊んでいいよ」
 先生は神様に尋ねました。
「サトルくんをしっかり抱きしめながら神様に尋ねましょう。今回の私の人生の目的は何ですか?」
「今のままをしっかり生きなさい。前を見て、道があって、それを行きなさい」
「お兄ちゃんとの関係は何ですか? お兄ちゃんから何を学ぶのですか?」
「優しさです。けなしてはいけません。一人の人格を持った人間として育てなさい。サトルくんはもと
もと神様のまわりにいるような魂だったので、生まれてきても普通とは違う人格だったのです。私たち
がかわいそうだから降りていってあげなさい、と神様に言われて生まれてきたのです」
 お母さんは泣き続けています。
「神様のおつきのような人なのです。でも私を見て笑っています。ニコニコ笑ってくれています。もう
この笑顔だけで十分です」
「しっかり抱きしめてあげてください」
「生きていた時よりも、やせたような気がします。そしたら、お兄ちゃんと違ってスリムになってきた
だけだよ、と言っています。こちらで成長しているみたいです」
「神様のもとでは、なぜ背が高くなっているの?」
「元々こうなんだよ、って言っています」
 先生は神様に尋ねました。
「人間は何のために生きているのですか?」
「清い心を持った人になるためです。死んだらスッーと天国に上がれるように、気持ちを真っ白にしな
さい」
「これから私はどうしたらいいのでしょうか?」
「人を助けなさい。役に立つようなことをしなさい。それで自分を磨いて、清く正しい人になりなさい」
「部長との関係は何ですか? あの人からも何か学ぶことがあるのですか?」
「人を許しなさい。恨んでいてはいけません」
「私に許すことが出来ますか?」
「大丈夫、出来ますよ」
「なぜ私は何回も生まれ変わっているのですか?」
「このテーマは今回が最後だから、いっぱい勉強してきなさい」
「今まで私は何回生まれ変わりましたか?」
「八十六回」
「その中でサトルくんと一緒に生きた人生は何回ありますか?」
「半分くらいです。三十二回です」
「お兄ちゃんとは?」
「二十八回」
「夫とは?」
「四十二回」
「部長とは?」
「三十六回」
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのでしょうか?」
「愛しなさい。まわりの人を愛しなさい。愛があれば本当に幸せですよ」
「憎たらしい人を愛するにはどうしたらいいですか?」
「自分が一歩大人になって、その人を愛で包んであげなさい」
「スティーブンさんの人生で、サトルくんの役割は何だったのでしょうか?」
 神様が教えてくれました。
「貧しい環境の子どもも大切にしてください、ということを教えたのです。その子を見過ごしていくこ
とは簡単ですが、ちょっと立ち止まって出来るかぎり愛してあげなさい、ということです」
 先生は神様にお願いしました。
「今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
 お母さんが楽しそうに答えました。
「今の家にいます。エプロン姿でご飯を作っています。サトルくんがいます。いつものように『ご飯ま
だ?』と言っています。お兄ちゃんは高校生になっています」
「その未来のあなたの表情は?」
「笑っています」
「その未来の彼女にお願いしましょう。今の私に何かアドバイスをください」
「私は乗り越えたのよ。あなたもこの辛いことを乗り越えられるから、がんばってね。大丈夫よ」
「なぜサトルくんがそこにいるの?」
「写真から出てきちゃったのよ」
「では、サトルくんにも聞いてみましょう。サトルもお母さんに何か言ってよ」
「笑っています。もう一回生まれてきたのよ、と言っています」
「サトルくん、どうやったらもう一回生まれて来てくれるの?」
「今のとおりに僕から学んで、きれいな心のお母さんになってくれれば、また一緒に暮らしたいなぁ」
 お母さんは大きな声で泣き出しました。お母さんの悲しみが出尽くすまで、先生は静かに待ちました。
「未来のあなたとしっかり握手してください。どんな感じがしますか?」
「がんばって。辛いこともあるけど、がんばってね」
「未来のサトルくんとも握手をしましょう」
「また会おうね」
「ふたりとも、今の私を応援してくれますか?」
「もちろんだよ。お母さんのこと、大好きだから」
 お母さんはハンカチを握りしめました。先生はふたりを未来へと返しました。
「神様のところに戻りましょう。そして聞いてください。今回の私の人生はここまで順調ですか?」
「大変だったでしょう。よくがんばりましたね。もうこれからは楽ですよ」
「神様もこのまま私を見守ってくれますか?」
「見守っていますよ。ひとりひとりをちゃんと見てますよ」
「辛い時には、またここに戻ってきてもいいですか?」
「構いませんが、私はいつも見てるし、あなたが祈れば聞いてますよ。何かあったら祈りなさい」
「そこにいるサトルくんにもお願いしましょう。お母さんを見守っていてね」
「いつも見てるよ。今までと変わらないよ。時々そばに行くからね」
「どうしたらサトルくんがそばに来ていることを感じられるかなぁ?」
「僕は光だからお母さんの目には見えないかもしれないけど、ちゃんと行ってるからね」
「最後にしっかりと抱きしめましょう」
「はい」
「連れて帰っちゃおうかな」
「サトルくんはそれでもいいみたいです」
「神様、連れて帰っていいですか?」
「それはちょっと難しいです。我慢しなさい」
「あなたはどうしますか?」
「神様のところに置いていきます」
「サトルくんはどうですか?」
「終止笑顔のままです」
 
 お母さんが目覚めた時、もう涙はありませんでした。
「生まれたての赤ちゃんを初めて抱いた時の笑顔だわ」
 私は先生の耳元にそう呟きました。
「本当にありがとうございます。サトルくんが神様のところで、あんなに元気にしているなんて・・・
私もホッとしました。それにまた生まれ変わって来てくれると約束してくれましたから、これから生き
ていく自信が出来ました。この悲しみや苦しみを乗り越えて行く目標が出来たから、もう大丈夫です。
未来の私みたいに、また笑える日がやってきそうです」
 先生は夜診の準備をしに出ていきました。私はお母さんに私の愛をいっぱいに込めたお茶をいれまし
た。お母さんはそれをゆっくりと飲みました。味わうように目を閉じています。悲しみと喜びをかみし
めているように私には見えました。
 フッとお母さんが振り向きました。私にも何かがキラッと光ったように思えました。
「今、そこにサトルくんがいたような気がしました」
 お母さんがニコッとして私に言いました。
「ええ、確かにサトルくんがいましたね。きっとお母さんをお家まで送っていってくれるのでしょう。
よかったですね」
「失礼ですが、あなたは霊が見えるのですか?」
 お母さんのうしろでサトルくんが笑っています。
「いいえ、普段は全然見えません。でも先生のワークに入るようになってから、お母さんのように死ん
だ方とのコンタクトを果たした後は、何となく感じやすくなっているようですね。私も先年、夫を亡く
しました。先生にワークをしていただくまでは、まったく夫の存在を感じることは出来ませんでした。
でも先生のワークを受けた日から、今のお母さんのように何でも素直に受け取ることが出来たのです。
カーテンを揺らす風にも、車のミラーの反射にも、心が素直に反応して夫のメッセージを感じることが
出来るようになりました。もちろんイライラしたり怒ったりしていると、その日一日、何も感じないこ
とがあります。いえ、感じることさえ忘れてしまっているのですね。そんな時、私も先生のように瞑想
します。感情の乱れを受け止めて、そして手放してあげます。私の心の奥に沈もうとしていた感情や想
いが開放されていきます。焦らずに、ただ、なすがままに自分自身を受け入れます。どんな自分をも受
け入れて許してあげるのです。すると心が静かになっていきます。心の静寂がやってきます。そして・・・
その静寂の向こうから魂たちの喜びの歌声が聞こえてくるのです。初めは微かに、そしてさまざまな歌
声となっていきます。喜びの大合唱、歓喜のハレルヤです。自分の意識、自分というもの、自我が融け
出してしまいます。この時、魂たちと完全にコンタクトすることも出来ます。私も先生にガイドしてい
ただいて何度かそこまでは行けました。先生によれば、その先はすべての音がひとつに収束するのだそ
うです。すべてが存在するひとつの音、それは音であり光でありエネルギーなんだそうです。そこまで
自我を保っていれば、『神さまに会えるよ』と言われました。なんだか難しい話ですね。実は私もよく
わかっていません。でも先生はいつも、それでいいんだよ、とニコニコしています。そういう先生も普
通のおじさんのようによく機嫌の悪い時がありますから、まぁ、そんなに真剣に考えなくってもいいん
ですよ。『霊が見える、霊を感じる、うん、いいんじゃないの・・・』くらいしか答えてくれませんか
らね」
 お母さんは頷きながら、じっと聞いてくれました。そうです、私も先生のワークを受けてから、仏壇
の夫に手を合わすと必ず夫の存在を身近に感じられます。私の感情がどんなに乱れていても、夫はいつ
も私を見守ってくれているのを感じています。私の心が静かな時には、夫のメッセージが浮かんでくる
こともあります。そうやって私も悲しみと苦しみから立ち直ってきたのです。だからここまで来れば、
もうこのお母さんも大丈夫なのです。きっとサトルくんの魂がお母さんを助けてくれます、そして幸せ
に導いてくれることでしょう。
「先生は私の過去生が見えていたのですか? まるで一緒に見ているような誘導をされましたけど。い
いえ、悪い意味ではありません。それはとっても嬉しかったものですから。過去生の自分だと言っても、
知らない人の中に入っていくわけですから、やはり不安がありました。でも先生も私と一緒に過去生の
中を歩いていてくれているような安心感がある誘導でしたので、とても助かりました。お陰さまでスティー
ブンさんに意識を集中できました。本当のところはどうなんでしょうね?」
 お母さんは帰り支度をしながら尋ねました。
「それはよく聞かれる質問なのです。先生は『見えませんよ』と言ってます。真実は私にもわかりませ
んね」
 私はいつもどおりの答えをしました。私の感では、先生は霊的なエネルギーに満たされて調子が良い
時には見えている、と思います。オープン・クエスチョンを心がけていますが、ついクローズドな、つ
まり具体的な質問をしてしまうことがあります。例えば、その花瓶は黄色? とか、赤い服を着た人に
聞いて、とか。患者さんが言う前に色や男女、服装を言い当ててしまうことがあるわけです。患者さん
が先生の質問に引きずられたとも言えますが、これは絶対に見えてるな、という事例がいくつもありま
す。
 ある日、「先生、今日はしっかりと見えてたんでしょう。ホラ、ネタは上がってるんだから白状しな
さい!」と問い詰めたことがあります。
「お代官さま、お許しください。なにとぞアレだけはご勘弁を」
 そう言いながら先生は笑いました。そして答えてくれました。
「今日のワークはよく見えていたんだよ。やっぱり昨日、久しぶりに熊野さんに行ってお祓いをしても
らってきた甲斐があったなぁ。エネルギー状態も良好だからね。とっても気持ち良くワークが出来たよ。
これは美子さんだけの秘密だからね。過去生が見えるといっても、私まで一緒に過去生の中へ入ってし
まったら、うまくガイド出来ないんだ。患者さんと一緒に驚いたり、悲しんだりしていると先へ進まな
いからね。それに私の感情のエネルギーが過去生の主人公と患者さん自身に流れ込んでしまう危険性が
あるんだ。この魂の療法は、あくまで患者さん自身に気づきを得ていただくことに主眼を置いているか
らね。例え時間がかかっても、患者さん自身に自らの足で一歩一歩前に進んでいってもらいたいんだよ。
だから、患者さんとは初めからしっかりとした境界線を設けているんだ。お互いにそこまでは進入しな
い精神的なラインだね。私のような精神科がズブの素人にはこの境界線が絶対に必要なんだ。この境界
線を無視してしまう、とどうなると思う?」
 私は首を傾げました。
「過去生が見えて、過去生に降りている患者さんに逐一アドバイスを与えるわけだよ。その人はそう言っ
ているけど、実はこういうことなんだよ、とかね。光との対話中に、『光さんは今、こう言ったけど、
実はこれはこういう意味なんだよ』なんてやると、もうこれは洗脳の手法になってしまうんだ。実際、
宗教的に洗脳する時はこの方法から入るそうだよ。洗脳までいかなくても、境界線があいまいだと精神
的な依存を作ってしまいがちなんだ。気づきのヒントならいいけど、ヒントがいつしか答えになってし
まったら、それは自分自身の気づきのようで本物の気づきではないからね。
 過去生が見えていて、患者さんに答えを言いたくてイジイジすることだってあるよ。岡目八目だよね。
でも言わない。絶対に言わないと誓ってるもの。言わないから境界線を遠く避けている。だから変に冷
たいところがある。わかってるんだ。でも、大丈夫だよ。ゆっくりと境界線に近づいているから。でも
答えは言わないよ。なぜならその答えは私の答えであって、患者さんの答えではないからね。
 『今回の人生は誰が計画したのですか?』と聞けば、ほとんどのワークで『自分で計画しました』と
いう答えが返ってくるよね。その気づきを得るために人生を生きているのかもしれないのに、他人に答
えを言われなくないだろう。そんな答え、死んで魂に戻ったら、元から知ってるんだから。ただそれに
気づく過程を人生という土俵で実践してみたかっただけなんだから。『アッ、そうか!』の一瞬のため
に人生があるのかもしれないなんて言うと、そんな、とてもついていけません、と言う人も多いかもし
れないね。でも、その一瞬は『神のエクスタシー』だと言ったら・・・あなたも神になれる一瞬だと言っ
たら・・・やる気が出てこないかな? そんな神の快感を知ってしまうと、もう病みつきになってしま
うよ。『気づき病』かな。もしかしたら魂がこの気づき病の禁断症状を起こしたら、人間をやりに降り
てくるのかもしれないね。不謹慎かな? でも神さまやマスター、光って意外とそんな人間らしさが残っ
ているような感じがするんだ。古代ギリシャの神々なんかそうだよね。神さまに怒られるかな?」
 そう言うと先生はペロッと舌を出しました。 
「先生も調子の悪い時はあるでしょう。そんな時のワークは、やはりうまくいきにくいのですか?」
 こんな不躾なことを先生に直接聞けるのはこの世界中で美子だけでしょう。先生はちょっとすねたポー
ズで答えました。
「確かに調子が悪い時はあるよ。肉体を持った人間をやってるからね。バイオリズムなんか、肌で感じ
ちゃうよ。このワークを始めてから運動不足がますますひどくなってきたんだ。ずっと座りっぱなしだ
ろう。腰痛はセラピストの持病なんだそうだ。でも、なるべく患者さんに悪影響を与えないように気を
つけてはいるよ。例えば早朝のフィットネスとか、瞑想を頻繁にするとか、ね」
 先生はクロールの格好をしながら続けました。
「私のワークは過去生へのガイドだから、まだガイドの調子がワークに影響するのは少ないと思うよ。
なんたって一番大切なのは患者さんの心が開いているかどうか、だからね。でもヒーラーとかチャネラー
の人は大変なんだよ、自分の調子が悪いと見えないからね。自分を無にして神さまと患者さんの間の媒
体に徹することが求められるけど、自分の調子が悪くて感情が乱れていると、その乱れた感情エネルギー
が神さまとの交信を邪魔する可能性があるんだ。ほら、ここが『魔女の宅急便』なんだよ。私も調子が
悪い時にあれを見ると、いつも涙が出ちゃうんだ」
 私は知ってますよ、先生が「魔女宅」が大好きなこと。そしていつも見ながら目がウルウルしてるこ
と。でも、そうだったんですね。そんな時は先生も飛べなくなって苦しんでいたんだ。うん、もう大丈
夫だよ、先生。これからは美子がしっかりと受けとめてあげるからね。
「せっかく予約を入れて遠くから来ていただいた患者さんに、今日は私の調子が悪くて過去生は見えま
せん・・・とは言いにくいだろう。ここで悪魔の囁きがくるんだ、お前には今までに十分な経験がある、
だから今日はその経験で乗り切ればいいじゃないか、ってね。つまりだね、本当に過去生が見えている、
光と繋がっているのか、自分で創造しているのか、があいまいなんだ。これは経験を積めば積むほど、
あいまいになってしまうのだそうだ。外国のある有名なチャネラーは、『だから僕がクライアントを癒
そうなんて考えないで冷たく接している』と言ってるよ。それくらい厳しい境界線を自分に強いらない
といけないそうなんだ。だからヒーラーやチャネラーは長続きしにくいんだね。彼らは悪い人じゃない
んだよ。なんとかして困っている人を助けてあげたかったんだ。ただ、その『なんとかして』を悪魔に
つかれて堕ちちゃうんだよ。そういう意味でも私は大いなる存在に守られているなぁ。だって、過去生
は見えないもの、ね」
 先生の秘密の笑顔を思い出した時、お母さんは立ち上がりました。そして深々とおじぎをされて帰ら
れました。
 
 私がお母さんの症例をレポートにまとめていると、背伸びをしながら先生が覗きに来ました。
「今日のワークはどうだった? 死んだ人とコンタクトする症例の時はいつも緊張するなぁ。だって、
いつ美子さんのご主人に首を絞められるか、わかんないもの」
「先生、そのうち来るわよ。私は助けてあげないからね。せいぜい今を楽しんでらっしゃい、ね」
 先生は一本取られた、と大笑いしました。
「ところで美子さん。今日のワークで、雲の上の神さまは怒っていたね。気がついたかな?」
「ええ、あの時、先生はパスして進んでいくのかと思いました。でもあの神様、答えてくれましたね。
これも結果オーライですか?」
「そうだね、あれはあれで良かったんだろうね。サトル君との関係は? 子供です、はひどかったけど、
だんだんまともになってきたからね」
「ねぇ、先生。過去生と今の人生を見比べてから上を向くでしょう。光が見える人もいれば、太陽だっ
たり、空だったり、雲がかかっていたり、夜空だったり、それに真っ暗の人もいますよね。あれが患者
さんの心の開き具合のバロメーターになっているように思えるのですが、どうでしょうか?」
「その通りだと思うよ。いきなり光が見える人は心が完全にオープンだよね。こういう人は光の中に入っ
ても、しっかりとメッセージを受け取ってこれるんだ。いきなり太陽も同じだけど、きっと患者さんの
表現の違いだろうね。雲とか青空は少し心にブロックがかかっているんだ。まぁ、もっとも心の病気の
方が受診されるのだから、これも当り前だよね。このレベルの時は、ともかく上に誘導していくと雲の
上に出るよ。そこで雲の上に誰かいないか、尋ねるんだ。雲の上に宮殿があったら、そこに入って玉座
みたいなものを探すとうまくいくよ。雲から天上へ階段が伸びているパターンもあるなぁ。そう死んだ
人の魂とコンタクトする時は、この雲の上のパターンが多いかなぁ。美子さんの時はいきなり眩しい光
の中、だったけどね」
 私は秘密の情景を思い出しながら頷きました。
「このパターンで神さま、仙人、おじいさん等々が出てきたら、『その方はどんな表情ですか?』と尋
ねるんだ。光の化身のような場合には、笑っているか、厳粛な表情がほとんどだからね。ところが今回
のように怒っているとか、無表情の場合は気をつけないといけないよ。そこは今の心のネガティブなエ
ネルギーが潜在意識に逆流して作り上げた幻宮かもしれないからね。ここでは答えはネガティブなもの
ばかり返ってくるから怪しいとわかるけど、そのままそこで終わってしまうと目覚めた患者さんは、すっ
かりネガティブな感情の奴隷となってしまうからね。これはヤバイ、と思ったら、もう一度さらに上へ
と誘導するんだ。もしその幻宮の外へ出れなかったら、その中に別次元への抜け穴があるはずだから探
すんだ。すると光のところまで行き着くことが出来るよ。こんな時はまるでインディージョーンズになっ
た気分だよ」
 先生は帽子を押さえながらムチを振る格好をしました。
「星空とか真っ暗の時は心が閉じていると考えるんだ。星空だったら、一番明るくて大きな星へ向かっ
て誘導するといいよ。心のブロックの隙間から光へと上るんだ。月を探すのもいいよ。真っ暗でも上へ
誘導していると星が出てくることが多いから、根気よくやってみるんだ。そして月や星の中に入ったら、
その中心に誰かいないか、尋ねてみるんだ。誰か出てきたら、その人の表情を見て・・・は同じだね。
でもこのレベルの場合、メッセージが患者さんにとって難しかったり、まだ受け入れられなかったりす
ることがあるから、ワークが終わってから『なんだかよくわかりませんでした』になることが多いなぁ。
まぁ、焦らないで何年、何十年後にでも気づいてもらえれば、やった甲斐はあるからね。
 真っ暗のままでどうしても上がれない時・・・たいていは患者さんの方が根負けして自ら催眠を解い
て終わりになるけど、時々、その過去生のネガティブなエネルギーに捕らわれてしまって上がれないで
いることがあるから注意しないといけないよ。そう、呪縛霊みたいなものかな。そんな時に、このワー
クの長い長い催眠誘導が生きてくるんだ。催眠誘導の中にいろいろな安全装置が組み込まれているのは
わかるだろう。例えば、地球のエネルギーと宇宙のエネルギーに繋がるとか、誰にも犯されない安全な
場所があるとかだね。ケースバイケースでこれらを駆使して、患者さんの魂を助け出すんだ。これはす
ごく自分のエネルギーも消耗するよ。フラフラして倒れそうになることもあるからね。でも、がんばら
なくっちゃ。始めたら患者さんと共に帰ってこないといけないんだよ。これは鉄則だからね」
 先生の目が私の魂をしっかりと見つめました。愛でもなく、欲でもなく、望でもない、眩しい光が私
の魂にさし込みました。私の魂が心地よい身震いをしました。その時、フッと夫が先生の肩に手をかけ
ているのが見えました。
「先生、危ない! あなた、やめて!」
 私は心の中で叫んでいました。夫が先生を殺めると感じたのです。
 でも夫はニコニコ笑っています。夫は先生と肩を組んでいただけでした。
「あなた、いいの?」
 夫は満面の笑みを私にくれました。そして先生のうしろへとゆっくりと消えていきました。
「美子さん。どうしたの、涙が出てるよ。そんなに今の話、感動したの?」
 私は先生の目を見つめながら、嘘のウンをしました。先生もじっと見つめてくれています。時が静か
に流れていく音だけが聞こえます。空から桜色した光の小玉が降ってきました。
「あれ?」
 先生が上を見上げました。
「夫から先生への祝福のプレゼントだよ」
 私は心の中で呟きました。
「あなた、ありがとう」
美子レポート  
  娘との再会
 これは十五年前に娘さんを事故で亡くされた、お父さんのお話です。
 先生はいつものように、「娘との関係がわかる過去世へ」と誘導しました。
 彼の意識の中にイメージが湧いてきました。
「大きな白い石がひとつあります。キューブで、小さな家のような感じです」
 先生は尋ねました。
「触ると、どんな感じですか?」
「ごつごつしてるけど、手に馴染む感じです」
「では、その石の中に入ります。そこはどんな感じですか?」
「お風呂のような感じです」
「大きさはどうですか?」
「大きいです。薄紫の広がりがあって、ゼリーの中に浮いてるみたいです」
「居心地はどうですか?」
「馴染んでいます。良い所です」
 先生は彼に心の中でお願いするように言いました。
「娘に会わせてください」
 彼は答えました。
「まわりのゼリーが揺れるだけです。・・・ぶどうの種のようなものがひとつ、出たり入ったりしてい
ます」
 彼はゼリーの空間に向かって尋ねました。
「この種は何を意味しているのですか?」
 種が白く平たくなって、上へと昇って行きました。上を見上げると、白っぽい空に星がたくさん見え
ました。彼はその星空に向かって娘の名前を呼びました。すると、ひとつの星が迫ってきました。先生
は彼にその星の中に入るように導きました。
「星の中はどんな感じですか?」
「まわりは暗くて、中央にピンク色の炎が見えます」
「その炎に向かって、娘さんを呼び出してください」
「炎の中で顔が見え隠れしています」
「娘さんはどんな顔をしていますか?」
「笑っています。二十歳くらいです。でも、娘ではないみたい・・・」
「あなたは誰ですか? と聞いてください」
「あなたの娘です、と言っているみたいです」
「あなたが私の娘なの?」
「前の娘だよ」
 先生は尋ねました。
「どういうことですか?」
 彼は泣きだしながら、「前の娘でもいいです・・・」と言いました。
 先生は炎の顔に向かって、「お父さんの前に出て来てください」と頼みました。
「目の前にいます。私よりも背が高い女の人です。笑っています」
「その娘さんにゆっくりと近づいて、手を握ってください。どんな感じですか?」
「自分の手と溶け合っています。気持ちいいです」
 彼に娘さんをしっかりと抱きしめながら、心の中でお話してもらいました。長い沈黙と涙が続きます。
やがて彼は答えました。
「何を聞いても笑っています」
「私のもとに生まれる前の娘は、あなただったのですか?」
「うなずいてます」
「今の娘はどうして早く死んでしまったのですか?」
「よくわかりませんが、自分で考えてみて欲しい、って言っています」
「今回、なぜ私をお父さんに選んだのですか?」
「好きだからです」
「どうしてお父さんは娘を忘れられないのかなぁ?」
「そこに意味があるから考えてね」
「どうして今の娘の姿で出てきてくれないの?」
 そう聞くと、その女の人は上へと昇っていきました。上に明るい筒が見えます。彼もその筒の中を昇っ
ていきました。
 彼は緑色に輝くバスの中にいました。広いゆったりとしたスペースでソファーがあります。坊主頭の
男の人が出てきました。ロボットのような硬い表情をしています。
「あなたは誰ですか?」
 彼はマスターの召使いです。そしてバスがどこかへ着きました。
 グレーの目をしたマスターが大きなイスに座っています。彼を落ち着いた表情で見下ろしています。
彼はマスターに尋ねました。
「今回の人生で、娘との関係は何ですか?」
 マスターが答えました。
「思いやり」
 彼は召使いにお願いしました。
「もう少しわかりやすく教えてください」
「思いやりを見せなさい、使いなさい」
「もう少し具体的に教えてください」
「娘に感じるように、自分のまわりの人に思いやりを見せなさい、使いなさい」
 彼はマスターに尋ねました。
「今の私には思いやりが足りませんか?」
「足りません」
 彼はマスターに聞きました。
「私の今回の人生の目的は何ですか?」
「力」
 彼は召使いに聞きました。
「それはどういうことですか?」
 召使いが答えました。
「力を使いなさい。見せなさい」
「それはどういうことですか? 具体的に教えてください」
「経験を人に与えなさい。知ってることを人に教えなさい」
 彼はマスターにお願いしました。
「娘と会えませんか? どうしていますか?」
 しかし彼はがっかりして言いました。
「・・・だめみたいです」 
 先生はマスターに尋ねました。
「なぜ会えないのですか?」
 マスターが答えました。
「お前がまだ、やるべきことをやってないからだ」
「何をやればいいのですか?」
 マスターが答えました。
「体験を分かち与えなさい」
 先生はマスターにお願いしました。
「ちょっとだけでもいいですから会わせてください。お願いします」
 すると彼は泣きだしました。
「目の前で遊んでいます。四歳です。友だちと一緒に遊んでいます」
「呼びかけてみて」
「そばに来ました」
「何て言ってますか?」
「今、遊んでるの、って」
「お父さん、会いにきたんだよ」
 娘が父に答えました。
「ずっと楽しくしてるよ、って。他の子供も顔を出してきました」
 彼は娘に尋ねました。
「辛くない・・・?」
「辛いことなんかないよ」
「早く死んじゃったけれど、あれで良かったの? お父さんはずっと悲しいのだけど・・・」
 すると突然、彼が楽しそうに言いました。
「私も子供になって一緒に遊んでいます」
 彼は子供に戻って娘たちと一緒に遊んでいました。しばらくしてから彼は言いました。
「ここでは楽しいことが出来そうだけど、ここにはいられないような気がします」
 先生は娘に聞きました。
「短い人生だったけど、あれは予定通りだったの?」
「大したことないよ」
「どうしてお父さんのもとに生まれてきたの?」
「僕と約束した、って言ってます」
「何の約束?」
「・・・いつも一緒だけど、たまには違う人にも思いやりを与えようね。でも最初だけは少し一緒にい
るからね、って約束しました」
 彼は娘に尋ねました。
「また、僕と一緒に生きてくれますか?」
 娘は、はっきりした声で答えました。
「もちろんだよ」
「いつ会えるかなぁ?」
「そう思った時だよ」
「お父さんのことを見守ってくれてる?」
 娘はしっかりうなずいています。
「お父さんを待っていてくれますか?」
「みんなで待ってるよ」
「お父さんはこれからどうやって生きていったらいいのかなぁ? どうして欲しい?」
「直感を大切にしてね。思ったことをやりきることだよ」
 彼はマスターに尋ねました。
「私の今回の人生は順調ですか?」
「順調だ、って」
 先生はマスターに、今回の人生の目的をクリアーできた、未来の彼の姿を見せくれるように頼みまし
た。
「子供たちに囲まれています。穏やかに笑っています」
「未来のあなたから今のあなたに、何かアドバイスをもらってください」
「今、あなたに起こっていることは全て必要なことです。真正面から取り組みなさい。ごまかさないこ
とです」
「まわりの子供たちの中に、娘さんは生まれ変わっていますか?」
「います。おさげの女の子になっています」
「その子に聞いてください。あなた、生まれ変わってきたの?」
「そうだよ」
「どうしてこんな形で、お父さんの所へ来たの?」
 彼はうれしそうに答えました。
「恥ずかしそうに笑ってるだけです」
 彼はマスターにお願いしました。
「最後に何か一言、アドバイスをください」
 マスターが答えました。
「やりかけてることをすぐに片付けなさい」
「娘さんを子供たちのもとへ返してください。そして娘さんからも、何か一言アドバイスをもらってく
ださい」
「お父さん、がんばってね」
「マスターと子供たちに、娘さんをよろしくね、ってお願いします」
「みんな一斉に、うん、って言っています」
 
 この症例は、過去生なしでいきなり不思議なところへ降り立った症例です。前世の娘が出てきたり、
マスターの召使いが出てきたりと奇想天外ですが、お父さんの強い想いがマスターのところへと導いて
くれたのでしょう。
 このお父さんの宿題「私はどうして死んだ娘を忘れられないのか?」「そこに意味があるから考えて
ね」が、「娘に感じるように自分のまわりの人に思いやりを見せなさい、使いなさい」へと展開してい
きます。そして、「今、あなたに起こっていることは全て必要なことです。真正面から取り組みなさい。
ごまかさないことです」と結論づけられます。
 子供を亡くすということはとても悲しいことです。その日以来、子供への深い愛情を泣きながら再認
識する日々が続きます。心が固く閉じてしまいます。心の中が闇になります。まわりに目が届かなくな
ります。これは子供だけではなく、愛する肉親を失った方に共通する心の反応です。肉親を失うこと、
そこに意味があるから考えなければならないのです。人生は非情なものです。過酷なものです。しかし、
今、起こっていることは全て必要なことなのです。そしてその深い悲しみの中から、まわりの人々への
思いやりの大切さ、に気づくのです。固く閉じた心が大きく開き始めるのです。あなたの心の光がまわ
りの人たちを照らします。あなたが掘った悲しみの油井が深ければ深いほど、あなたの灯火は明るく遠
くまで届き、たくさんの人たちの幸せを照らし出すのです。
 この症例から、肉親を失う意味を私はこう考えました。
 
「先生、初めに出てきた前世の娘さんの過去生って、どんな人生だったのでしょうね。ちょっと興味あ
るなぁ」
 先生にレポートを見てもらいながら私は聞きました。
「そうだね、このワークでは、ともかく亡くなった娘さんにコンタクトをとることが最優先だったから、
前世の娘さんの過去生までは見に行けなかったけど、もうちょっと時間に余裕があったら見れたかもし
れないね。いつもの二時間枠だと駆け足どころか、百メートル・ダッシュものだからね。私も辛いんだ
よ。でもね、最近は二時間半の枠も作ったから、どうしても詳しく過去生を見たい方には予約の段階で
そちらをお薦めしてくださいね。これは美子さんの大切な仕事だよ」
 私はしっかりと頷きました。
 先生の過去生ワークの時間割は分刻みです。
 初めの挨拶は抜きで、今日の主題を決めます。「***の原因となった過去生へ戻りましょう」「*
**の理由がわかる過去生へ戻りましょう」「***さんとの関係がわかる過去生へ戻りましょう」の
3タイプに大別されます。このうち一つを選んでもらいます。事前にはっきり決めることが出来なくて
も心配いりません。先生が話を聞きながらアドバイスしてくれますので、いつも五分ほどでテーマが決
まります。そして先生はこう続けます。
「順調良くいくと、その過去生が一つ見えてきます。過去生ですから、その人は死んでますね。死ぬと
上にあがって行きます。すると光、マスター、神さま、仏様、仙人、おじいさん等々、何かが出てくる
ことがあります。出てくると、そこでいろいろ聞けます。まず主題についてもう一度、尋ねます。その
原因と治し方ですね。そしてあなたの今回の人生の目的、これは聞くことになっています。これは生き
がい療法ですからね。そしてあなたの好きなことを三つ、尋ねることが出来ます。何でも構いませんよ。
ただし答えてくれるかどうか、はわかりません。例えば神様、仏様が目の前に現れたとして、何を尋ね
ますか? あなたの言葉で尋ねるとしたら、何と聞きますか?」 ここで質問が出そろうまで、だいた
い五分です。
 次に先生は説明を始めます。詳しい内容はまた別の機会に書きましょう。この説明が十五分ほどかか
ります。催眠が初めての方にとっては、この説明がとても役に立っています。説明の内容もですが、な
によりその間にリラックス出来るのです。遅刻して来られた患者さんには、この説明がカットされます。
遅刻して慌てているせいもありますが、やはりいきなり催眠誘導に入るとうまくいかないことが多いよ
うです。
「あの説明はね、前催眠の役割を果たしているんだよ。催眠に入りやすい人は、あの説明だけで十分に
催眠に入っているからね。だからあの説明も私のワークにとっては大切なパーツなんだよ。過去生を見
るだけだったら割愛も出来るけどね。そうはいかないよ、だってこれは光との対話による生きがい療法
だからね。そう、私の誘導の最短記録はね、テーマをまとめているうちに過去生が見えてきた人だった
よ。あれには驚いたね。***の原因となった過去生へ戻りましょう、と一回言っただけだったからね」
 先生はそんなこぼれ話をしてくれました。
 過去生への誘導は約四十分かかります。他のセラピストに比べるとあまりに長いようですが、先生は
自分の方法を押し通しています。この辺はすごい頑固オヤジです。ただ、東日本の方には意図的にゆっ
くりと喋ろうとしています。ワーク後のアンケートで、先生の誘導が聞きにくい、早すぎる、という方々
と、丁度良い、という方々に意見が分かれたことがありました。患者さんのデーターを分析してみると、
男女では男性に、住所では東日本に聞き取りにくい、早すぎる、という方が多いことがわかりました。
そしてこれは講演会をする方には常識のことだともわかりました。それ以降、先生は東日本の方々には
ゆっくり目に喋っています。ただし、先生の東と西の境界線はなぜだか関ヶ原です。
「先生、もしかしたら先生の過去生の中に、関ヶ原の戦で破れた西軍の侍がいるんじゃないの? だか
ら今でも徳川側を恨んでいるんでしょう。患者さんには恨みや憎しみを持ち越してきてはいけませんよ、
なんて言っときながら何ですか! ご自分は・・・さぁ、この美子が聞いて差し上げますから、すべて
を打ち明けて楽になりなさい!」
 先生は大笑いしながら走って逃げてしまいました。これも真相が解明し次第、このレポートに書き込
みましょう。
 過去生では、まず着地したところを見て回ります。過去生の中で現れた登場人物のうち、夫婦、親子、
師弟などの重要な人は「今のあなたが知っている人ですか?」と確認していきます。ですから登場人物
が多いとけっこう時間がかかってしまいます。
 そして次に、その人の人生で最も幸せだった時へと戻ります。これは過去生の中での場面転換の練習
の意味もあります。主題はだいたいネガティブな出来事が多いですから、どうしてもそんな嫌な出来事
には戻りたくないものなのです。その点、最もハッピーな場面を嫌がる理由はありませんから、場面転
換の練習にはもってこいなのだそうです。また、このハッピーな場面はその人の人生を見ていくうえで
の「安全地帯」にもなってくれます。いざとなれば、その安全地帯にいつでも逃げ込むことが出来るの
です。ちなみにこの「人生で一番幸せな時」は、子供の時に両親に見守られながら遊んでいた時と結婚
式の時が大勢を占めています。
 過去生での足場が固まったら、いよいよ本題です。先生は主題の場面へと進めます。これはそう簡単
には見えないことが多いようです。でも、先生は患者さんを追いつめたりせずに次へと進めます。
 過去生の最後は死ぬ場面です。この死の場面はほとんどの方が見えます。病気、ケガ、老衰のいずれ
で死にそうか? 身体に痛いところ、苦しいところはあるか? 看取ってくれている人はいるか? 死
ぬ直前に何を考えているか? 人生を振り返ってみて何を思うか? 等々を尋ねます。先生のズルいと
ころは、「もう死ぬ間際だよね。ここまでよく生きてきたね。がんばったね。だから人生を振り返って
みて、あの時、何が起こったの? 思い出してみて」と誘導して、見えなかった主題の場面を探り出し
ます。これがけっこう有効な手立てとなっています。これを先生は「思い出の術」と呼んでいます。
 そして死ぬ瞬間を通り越します。これはあっけないことが多いです。もちろん苦しむ方はおられます
が、それも数分程度ですぐに穏やかな呼吸に戻ります。先生は死ぬのが恐い方の事前説明に、よく例え
話としてこう言います。
「私が一番苦しかった死に方は、イスラムの麗しい踊り子だった時です。幾何学模様が美しいホールで
踊っている時に大地震が起こりました。高い天井が崩れ落ちてきて、私は大きな円柱の柱の下敷きにな
りました。肺がつぶれて息が出来なくて死にましたが、あれは苦しかったですね。背中が汗でビショビ
ショになりましたよ。それに比べたら、首を切り落とされるとか、高い塔から身を投げるとか・・・は
楽ですよ」
 果たしてこれが死ぬのが恐い方のリラックスに繋がるのかどうか、はわかりませんが、先生の口から
これを聞くと何だか過去生で死ぬのも恐くなくなってきます。
 ここまでで残り時間はだいたい二十分です。過去生での人生を振り返り、過去生と今の人生を見比べ
てから光の中へと上がっていきます。そして、後は時間の許すかぎり光との対話を楽しみます。
 光との対話が順調に運び、まだ時間的な余裕があれば、「今の人生の目的を達成することができた未
来」を見るように促します。二時間半のワークではこの未来のヴィジョンまで進むことが出来ますが、
今でもワークの内容は発展的に進化してどんどん濃密になっていますので、どうしても時間切れになり
がちです。
「二時間ワークはそろそろ限界かなぁ・・・」
 患者さんに出来るだけ素晴らしい気づきの種をたくさん持ち帰っていただきたい、そう思い続けてい
る先生にとっては、今、これが大きなジレンマなのかもしれません。
「神様、先生をお守りください。美子の心からのお願いです」
美子レポート  
  伴侶の死
 昔々、京の都に「やよい」と言う若い女の人がいました。今日もお寺の境内で「のぶさん」とお話を
しています。石段にしゃがみ込んで、楽しそうに話し続けています。彼は「今の夫」です。日暮れまで
おしゃべりが続きました。やよいは穏やかな気持ちで、のぶさんと別れました。
 町家の木戸が見えます。
「おかえり」というお母さんの声が聞こえます。お母さんは座って針仕事をしていました。お母さんは
「今の母」です。やよいはお母さんと二人で暮らしていました。
 今日あったことを楽しそうにお母さんに話しました。夕食のお魚が笑っています。
 やがて、やよいはのぶさんと結婚しました。彼女は機織りをしています。
 やよいが手を休めました。のぶさんはやよいのそばに座って話をしています。
「お茶がおいしいねぇ」
 温かい幸せが二人を包みます。
 車を引いている人が荷物を落としました。夫が行って、それを拾ってあげました。
 春日和の一日です。
 のぶさんは海岸に座って魚釣りをしています。彼は漁師です。
 夫が帰ってきました。やよいが食事の支度をしています。時がのんびりと流れます。
 食事の後、のぶさんは寝転がって話をしています。やよいはそばでお茶を飲んでいます。
 夫がたばこを吸っています。夜の闇まで微笑んでいました。
 時が過ぎ行き、のぶさんは五十七歳で死にました。やよいは悲しみに沈みました。
「また、いつか会いたい・・・。また夫婦になって一緒の仕事がしたい・・・」
 やがて、やよいも六十七歳で死を迎えました。孫が看取ってくれました。とても安らかな気持ちです。
穏やかな人生でした。
 
 先生は、やよいの魂に尋ねました。
「死んだ時、何か決心したことがありますか?」
「夫を探しています」
「見つかりましたか?」
「はい」
「彼は何と言っていますか?」
「よく来たねぇ、って。若い頃と同じです」
 先生は、やよいの人生と、今、生きている人生を見比べてもらいました。
「二つの道の形は同じですが、道がだんだん太くなっています」
 先生はさらに高みへと導きます。
「雲の上に出てください。そこに誰かいますか?」
「まわりが全部黄色いです。雲の上には、白い服を着た、白いヒゲのおじいさんがいます」
「そのおじいさんに尋ねてください。今回の人生での夫との関係は何ですか?」
「今まで体験しなかったことをすべて体験して学んでいきなさい」
「私の今回の人生の目的は何ですか?」
「良く生きることです」
「それはどういうことですか?」
「自分のやりたいようにやっていけばいいのです」
「なぜ夫は死んじゃったのですか?」
 妻の魂のすすり泣きが続きます。
「夫は早く死んじゃって、悲しんでいませんか?」
「悲しんでいません」
「あの歳で死ぬって決まっていたのですか?」
「決まっていました・・・。おばあちゃんが決めたそうです」
「それはなぜですか?」
「寂しかったそうです」
「今回、私と夫はなぜ結婚したのですか? 誰かが決めたのですか?」
「二人で決めました」
「その時、夫が先に死ぬことを知ってたのですか?」
「はい」
「二人が結婚した目的は何ですか?」
「私が強くなるためです」
 先生は彼女に代わってお願いしました。
「もう迷ったりしませんから、少しでいいですから夫に会わせてください。お願いします」
 白いヒゲのおじいさんが答えました。
「わかった」
「では、呼び出してもらってください」
「ただいま、って言っています」
「彼に近づいて、彼をしっかりと抱きしめて、そしてお話をしてください」
 彼女は長い間、静かに泣き続けました。
 彼女が合図をしてくれたので先生は再び尋ね始めました。
「あなた、どうして欲しいの?」
「何もしてくれなくていいよ」
「私、これからどうしていったらいいのかなぁ?」
「そのままでいいよ。決めたようにやっていけばいいのだよ」
「先に死んで苦しんでないの?」
「苦しんでないよ」
「死んだ後、私たちとどんなふうに接してくれているの?」
「いつもそばにいるよ」
「私はどうしたら、あなたに喜んでもらえるの?」
「無理をしないで、ゆっくりやっていけばいいよ」
「私はずっと独身の方がいいのかなぁ?」
「その必要はないよ」
「誰かと恋をして、結婚してもいいの?」
「いいよ」
「私が人生を全うするのを待っていてくれる?」
「はい」
「あなたに会いたくて、自殺したらどうなるのかなぁ?」
「来るな!」
「どうやったら喜んで迎えてくれるのですか?」
「今のままで勉強を続けなさい」
 先生は未来へと導きました。
「彼をしっかり抱きしめながら、おじいさんに聞いてください。私が今回の人生を全う出来たら、また、
この人と一緒の人生を送れますか?」
「・・・はい」
「では、それが出来た未来の私たちの姿をちょっとだけ見せてください」
 彼女は嬉しそうに答えました。
「婦人警官が見えます。髪は赤茶色で目は灰色がかっています。仕事中だから真剣な顔をしています。
夫は大学で建築を教えています。私たちは兄弟になっています」
「未来のあなたから何かアドバイスをもらってください」
「心配ないよ、って言っています」
「彼女としっかりと握手してください。どんな感じですか?」
「すごく強い」
「そのエネルギーを分けてもらってください」
「いいわよ」
「彼とは仲良いのかしら?」
「時々ケンカするけど、とても可愛がってくれるよ」
「未来の夫にも何かアドバイスをもらってください」
「よく来たね、って。お茶を出してくれています」
「彼としっかりと握手してください。どんな感じですか?」
「力強いです」
「二人に聞いてください。今の私を応援してくれますか?」
「はい。もちろんだよ」
「白いおじいさんの所に戻って聞いてください。今度は夫婦じゃなくって兄弟なの?」
「笑っています」
「夫は何て?」
「ふざけてます。残念だったね、って」
「夫に尋ねてください。あなたを感じる合図を教えてください」
「彼・・・考えてる。・・・夢の中に出るからね、って頭をなでてくれてます」
「じゃぁこれから辛い時には、あなたを呼ぶから夢に出てきてね」
「わかったよ、って約束してくれました」
「白いおじいさんに聞いてください。私の人生はここまで順調ですか?」
「順調です」
「私は乗り越えて行けますか?」
「がんばりなさい」
「私を応援してくれますか?」
「もちろんだよ、って言っています」
 
 この症例は、夫を亡くした妻が「夫との関係がわかる過去生へ」戻ったワークです。私も同じ立場で
すので、この方のお気持ちはよくわかります。私の個人的には大好きな症例です。特に際立ったメッセー
ジはありませんが、過去生も魂での対話も、全体が暖かい幸せのエネルギーで包まれています。
 春日和の一日。そんな人生を睦まじく二人で生きていくのもすばらしいことです。
「今回の人生の目的は何ですか?」
「良く生きることです」
「それはどういうことですか?」
「自分のやりたいようにやっていけばいいのです」
 この自由さは光との対話の中を流れる大原則です。
 ただ自分から一歩を踏み出しさえすれば、魂のレベルではその結果の成否を問われることはありませ
ん。自分の意志で前へ踏み出すことが良く生きることだ、と私は思います。今まで体験しなかったこと
をすべて体験して学んでいく、とは心を開いて人生を歩み続けていくことなのでしょう。どの方向に歩
んでいくのか、その選択の自由は光が保障してくれています。だから私たちは失敗を恐れず、自分で決
めた道を進めばいいのです。
「いずれは全ての失敗も成功も体験しなくてはならないのでしょうか?」 そう先生に尋ねました。
「人生の喜怒哀楽や富貴貧賎に流されてしまって、失敗や成功から魂が学ばなければ、いつまでも失敗
と成功を実体験し続けるだろうね。でも魂はそんなにおバカさんじゃないよ。実体験を繰り返して学ん
でいくうちに、人生で実際に体験しなくても魂にとってはリアルに体験できるようになってくるんだ。
学ばなくても知っている事柄が増えてくるんだよ。
 例えば、かけ算の文章題。問題の数はこの世の中に無数にあるよね。じゃぁそれをすべて解かないと、
かけ算の文章題がマスター出来ないなんて誰も思わないだろう。最初は誰でも頭をひねりながら解くけ
れど、何十題、何百題と解いているうちに、問題を見ただけで解き方も答えも『知っている』レベルに
達するよね。そしたらもうかけ算の文章題は卒業だろう。
 魂の修業もそんなものだと思うよ。人生をやり始めた頃は喜怒哀楽、富貴貧賎を散々、実体験するん
だ。肉体で悦楽と痛みを感じることに溺れ続ける人生が続く時期だね。そのうちに少し気づき始める、
肉体の中の魂の存在を。そして魂が学び始める時期になる。これも長く続くよ。永遠に感じるほど長く
学び続けなくてはならない。でも長く学んでいくうちに、人生の中で魂が占める部分が大きくなってい
くのがわかるから楽しいよ。そしてある時、知っているレベルに達するんだ。学ばなくても知っている
境地だね。そこまで行くと、もうほとんど源の光とひとつになって見えるだろうね、目で見えればの話
だけど」
「先生、それって魂の波動が高くなって姿が見えなくなる、という話のことなの?」
「それは魂が学び始める時期の後半に起こりえることだね。魂に本当はレベル分けなどない、と私は思っ
ているけどね。この時代はどうしてもまだ時間軸に合わせて事象を考えてしまうけど、初歩の時空理論
的に時間軸をはずして考えてみると、魂なんて好き勝手な人生を好きなだけ同時に体験出来るんだ。例
えば、喜怒哀楽どっぷりの人生とエンライトメントした人生を同時に体験することだって出来るんだよ。
そういう視点から魂を見てみると、魂の波動レベル云々は確かにわかりやすいスケールなんだ。
 魂の話って実際に伝えにくいだろう。この過去生のワークでも、とんでもない誤解を持って受けに来
られる方も多いからね。大昔よりは普通の人たちも魂を理解できる土壌が出来てきてはいるけれど、そ
の魂への理解を深めていこうとする時には、やはりわかりやすいスケールが必要なんだ。魂の波動レベ
ルというスケールは近未来の人々に必要なものなのだよ。だから今、一斉に魂の波動論が花開いている
んだよ。スケールなんてそんなものだろう、必要な時に現れ、要らなくなったら忘れ去られる。真珠取
引の匁とか、長さの尺寸とか、だね。だから絶対に真実だ、と頑なにならないで、便利だから取りあえ
ず使いましょう、でいいと思うよ。ファジーすぎるかな?」
 先生は、はるか遠くを見つめながら、こう教えてくれました。
 私にはよくわかりません。でもこのお話は同じ境遇の方のワークの後で、なんだか喜怒哀楽に再び飲
み込まれてしまいそうだった私をしっかりと先生の助手に引き戻してくれました。私はニュートラルな
私のポジションに戻って、その日を終えることが出来ました。
 

美子レポート  
  亡くなったお母さんへ
 昔々、カリフォルニアに「カーツ」という男の人がいました。妻と二人で草原の小さな家に住んでい
ました。ブルーの目をした妻は「リル」と言います。彼女は「今の母」です。
 カーツはヤギを飼っていました。
「いっぱい働いて、今にお金持ちになるからな」
 彼は破れた麦わら帽子を押さえながら、いつもヤギに語りかけていました。
 ある日、リルは病気になりました。高熱で寝込んでいます。カーツはリルの手を握りながら呟きまし
た。
「ヤギの病気がうつったんだ。早く医者に見せなくては・・・」
 カーツは草原を越えて、遠くの友人の家まで走りに走りました。息を切らせながら家のドアを叩きま
す。老人が出てきました。彼は「今の父」です。カーツはリルの病気のことを老人に伝えました。老人
はあわてて馬に飛び乗り町へと駆け出しました。
 カーツは家に戻りました。一晩中、リルの手を握っていました。高熱は下がりません。やっと医者が
来てくれました。でも、リルはその日の明け方に亡くなりました。
 カーツは泣きました。貧乏は嫌だと泣きました。
 リルとの思い出の教会でお葬式をしました。
「俺も死にたい。俺が身代わりになればよかった。リルにはもっと楽をさせてあげたかった。あの老人
がもう少し早く医者を連れて来てくれていたら、リルは助かったかもしれないのに・・・」
 カーツは老人に感謝していました。でも、どこかで恨めしい気持ちも感じていました。
 カーツはヤギを捨てて町に出ました。刃物研ぎを始めました。
 ある時、お客のべルーダと再婚しました。彼は子供が欲しかったのです。でも子供は授かりませんで
した。べルーダの灰色の目がいつも笑っています。彼女の賑やかなしゃべり声がいつも家中に溢れてい
ました。
 八十一歳のカーツは一人、森の中の大きな木の幹に座っていました。若い頃からのタバコが彼の肺を
蝕んでいました。
「今日も胸が苦しいなぁ。寂しいなぁ・・・」
 立ち上がった時に、ひどく咳き込みました。そのまま意識が遠のきます。
「ここでは人も呼べないなぁ。このまま死ぬのかなぁ」
 そして、カーツの魂は身体を離れました。
 
 先生は尋ねました。
「今、身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
 彼の魂が答えました。
「次はたくさんの家族に囲まれていたいなぁ。家族が死ぬのを見たくないなぁ。自分が先に死にたいなぁ、
と思っていました。だから次は女がいいなぁ、と思いました」
「身体を離れて魂となったあなたのまわりに何か存在を感じませんか?」
「子供がいます。四才くらいの日本人形みたいな男の子です。私をじっと見ています。なんだか無表情
です・・・。彼が一緒に行こう、と言っています」
「その子供に尋ねてください。私と一緒に上にあがって行きますか?」
「うなずきました」
 先生はカーツの魂を高みへと導きます。
「それでは、その子と一緒に高く高く上にあがります。その高い場所からカーツさんの人生の全てを見
ます。そして何か気がつくことはありますか?」
 カーツの魂が答えました。
「リルが死んだ時に、私と結婚して幸せだったのかなぁ、とずっと心配していたけれど、彼女は幸せだっ
た、ってわかりました。私は人を恨んで生きてたけれども、本当は恨んでなかったんだ、と気づきまし
た。お金が欲しいと思ってたけど、本当は愛情が欲しかったのです。だから誰かにそばにいて欲しい、
と一生思っていました。あなたは自分は良い人間じゃないと思って生きてきたけれども、そうじゃあり
ませんよ、と聞こえてきます」
 先生はもっともっと高みへと導きます。
「もっともっと高く高くあがります。その高い高い所からカーツさんの人生と、今、生きているあなた
の人生を平行に並べて見比べます。そして何か気がつくことはありますか?」
「してあげられなかったことへの後悔が同じです」
 先生はさらに上へと導きます。
「上には何が見えますか?」
「もやもやした光です」
「その光の中に入ります。そこはどんな感じですか?」
「水玉模様みたいな光がたくさん飛んでいます」
「その中に、光の中心のような何かがありますか?」
「大きな光があります」
「その中に入ります。すると、どんな感じですか?」
「あったかい・・・」
「その中に誰かいますか?」
 今の魂が泣きながら答えます。
「お母さんがいます。ありがとう、って言っています」
「お母さんをしっかりと抱きしめてください」
「泣きながら・・・ありがとう、って言っています」
「私、してあげられなかったことがあって、まだ後悔してるのだけれど・・・」
 お母さんの魂も泣きながら答えます。
「十分してもらいましたよ」
「お母さんの人生はこれで幸せだったの?」
「いろんなことがあったけど、ここで幸せだった、と言っています」
「今は幸せですか?」
「幸せだ、って。ここは病気もないし、こんなにきれいになったよ、って手を見せてくれました。あん
なにひどかったのに治ってるよ、って喜んでいます」
「なぜ私を残して死んじゃったの?」
「がんばったんだけど、ごめんね、って言っています」
「お母さんが死んで私はもう目的もなくて、どうしたらいいのかしら?」
「体に気をつけてね。野心を持たずに人を信じて、以前のあなたのように生きていったら、いつでも会
えるからあせらないでね、って教えてくれました。私は大丈夫だからお父さんを大事にしてね、って言っ
ています」
「そこには他に誰かいますか?」
「おばあちゃんがいます」
「おばあちゃんはあなたに向かって、何と言っていますか?」
「ごめんね、って。この私に病気のことを気づかせたかったから、お母さんを先にこっちに呼んだので
す、と言っています。だからあなたも体に注意しなさい、って」
「光に向かって聞いてください。今回の私の人生の目的は何ですか?」
「世の中不公平だ、理不尽なことばかりだと思ったら、まず自分のまわりから変えていきなさい。あな
たには人を説得する力を与えました。まわりを変えていきなさい。自分のためではなく、これはおかし
いと思うことをあなたは伝えていけるはずだから」
「今回のお母さんとの関係は何ですか?」
 光の中心が答えました。
「・・・お母さんの死によって自分が傷つくけど、人は時間が経つと傍観者になります。それを覚えて
おきなさい。人を信じるのはいいけれど見返りはなしです」
 大きな光が続けます。
「あなたは野心を持っていました。それは本当のあなたの姿ではありません。今から元に戻ってあなた
のまわりから、小さなことから、不公平を解いていきなさい。軌道修正するのです」
「私は父がお母さんを殺した、と思っています。そんな父との関係は何ですか? あの父から私は何を
学ぶのですか?」
「人の愛にもいろいろな形があります。愛し方も枠にはまりません。お父さんもあなたが考えている以
上にお母さんを愛していました。ただ恐くて看病が出来なかっただけなのです。人にはいろんな愛の形
があるのです」
「私が結婚できない意味は何ですか?」
「お前の光が望んでいないからです」
「それはなぜですか?」
「生まれ変わることに理由があります。あなたが選択したのです。あなたが何度も生まれ変わることを
選択したのです」
「下から一緒に来た、あの男の子は誰ですか?」
「いつもそばにいる者、だそうです」
「そばで何をしてるのですか?」
「人の出会いを助けています。きっかけを作る者です」
「私は結婚しないことから何を学ぶのですか?」
「孤独と慈悲です」
 先生は未来へと導きました。
「今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「八十三歳で、机に向かって眼鏡をかけて何かを書いています。きれいなおばあさんです。今、原稿を
書いているから邪魔しないで、って怒られちゃいました。忙しいから幸せだ、と言っています」
「その未来のあなたから、今のあなたに何かアドバイスをもらってください」
「結局のところ普通が一番よ、って。忙しいけれど夜は切ないよ、って言っています。外へ出なさい。
多くの人と出会いなさい。もしかしたらいくつもやり直す機会が出てくるから人と出会いなさい、と言っ
ています」
「彼女としっかりと握手してください。どんな感じがしますか?」
「あったかい・・・。お母さんの手に似ています」
「光にお願いしてください。お母さんと一緒に過ごせる予定の次の人生をちょっとだけ見せてください」
「お母さんが私の子供、女の子になっています。まだ小さいなぁ。もっと小さい男の子もいるみたいで
す」
「その未来のあなたからも何かアドバイスをもらってください」
「変えられるからね、って」
「その女の子を抱かせてもらってください。どんな感じですか?」
「前にも私の子供だったことがあったみたいですね」
 
 この症例は、病気のお母さんの看病をずっと続けてきた娘さんのワークです。娘さんはお母さんの面
倒を十分にみれなかった、と思っていました。そしてお父さんが病院にあまり来ないのを怒っていまし
た。光のメッセージはお母さんと娘さんを暖かく包み込みました。きっと娘さんはたくさんの気づきを
持ち帰ってくれたことでしょう。
「してあげられなかったことへの後悔」
 これは愛する人に先立たれた者が直面する大きな課題です。私も長い間、この課題に押し潰されて闇
の中をさまよいました。強い自己否定が続いたのです。この課題からの学びは何でしょうか? 私自身
の答えはこうです。
「人を信じて、以前の私以上に自分らしく生きていくこと」
 これはそれまでの自分自身を一度バラバラにしたうえで、客観的な目で自分を見つめながら、自分と
いうものを組み立てなおして生きていく作業です。以前と同じ自分に再構築したつもりでも、深い悲し
みと後悔を経験した後ですから、必ずどこか違うところが出てきます。その違いこそが魂の進歩であり、
人生の気づきなのです。
 魂が成長を遂げてくると、たくさんの気づきが魂の中に蓄積されてきます。魂の中で気づき同士が結
合したり、気づきが関連性の絆を結んでいきます。そのポテンシャルが新たな気づきを引き出すヒント
にもなります。自分を自分の手でバラバラにするということは、この魂の中で形成された気づきの結合
と関連性の絆をも自ら断ち切ることになります。まるで魂という鍋に入った気づきたちを強くかき混ぜ
るかのようです。そしてこの気づきの撹拌によって、新しい気づき同士の結合や関連性の絆が生まれて
きます。魂の中でも気づきの再構築が起こるのです。これは今までになかった全く新しい大きな気づき
を生みだすチャンスともなります。このような魂レベルでの大仕事をするためには、この強い自己否定
のエネルギーが必要なのでしょう。
 そう考えていくと、最愛の人を突然亡くす人生は、気づきがある程度たまってきた魂に起こる「ミッ
クスジュースの人生」なのです。ミキサーが魂です。気づきが果物です。美しい果物ひとつひとつの味
をあなたは堪能してきました。今、あなたのミキサーにはそんな果物がたくさん入っています。
 ふっと神さまの声が聞こえました。
「混ぜてごらん・・・」
 美しい果物たちが潰れてしまうのをあなたは悲しみ、躊躇しました。でも思いきってスイッチを入れ
てみました。あなたの愛する果物たちが潰れて撹拌されています。あなたは悲しみと後悔を感じていま
す。
「やるんじゃなかった」
 神さまが微笑みながらミキサーのスイッチを切りました。そして出来たてのジュースを光のコップに
注いでくれました。
 あなたは薦められるまま口にします。
「おいしい・・・」
 あなたは全く新しい甘美な味を知ったのです。そして再び、美しい果物を探す旅に出ました。前より
も元気に、前よりも自信に満ちて。
「そうだね、すてきなお話が出来たね。気づきばかりを求めていても、いつまでも気づきのコレクター
にすぎないからね。たまには魂の鍋をよくかき混ぜないと、せっかくの気づきも焦げついちゃうよね。
よく気づいたね、美子さん」
 先生はそう言って合格のハンコをくれました。
 私も今回の人生では、夫を亡くしたという出来事が自分自身を振り返ってみる良い機会になりました。
もちろん死ぬほど苦しかったです、その時は。「明日、死のう」と決めて何とかその日を生きている、
そんな毎日が続きました。自殺したら夫に会えない、夫は悲しむ、光のない地獄へ堕ちてしまう、その
ようなことはわかっていました。でも悲しかったのです。苦しかったのです。愛とは何と過酷なものな
のでしょう。神様を恨みました。自分の人生を呪いました。そんな人生を計画した自分が信じられませ
んでした。自分自身への憎しみが日々、つのりました。「消えてなくなりたい・・・」ただそれだけで
した。
 あの夜もそうでした。
「今日は死のう」
 そう決めた私は愛する夫の遺品の眼鏡を持っていくことにしました。
あの夜の私は信じられないくらい冷静でした。コーヒーを十杯飲んだくらい頭が冴えていました。私は
じっと夫の机に置いてあった眼鏡を見ていたのです。そして夫が先生の本を指し示したのです、月の光
と共に。「生きがいの催眠療法 光との対話・・・」
 夫の眼鏡をセーターの首に引っかけて、私はその本を手に取りました。
その本には途中までミミ折りがいくつもありました。ミミ折りは夫の読書のクセでした。それも必ず下
を折ります。私はしゃがみ込んで本にほお擦りしました。
「あなた、全部読めなかったのね。いいわ、私、これからあなたのところへ行くから、この続きをみや
げ話にしてあげるからね。ちょっと待っててね」
 そして私は先生の本を途中から読み始めました。
 何度も何度も読みました。冷たい涙がページを濡らしていきます。
 気がついたら「今日は」終わっていました。朝日が部屋に射し込んできました。本からゆっくり陽炎
が上っています。いつしか熱い涙がこぼれていたのです。
 真っ赤な太陽の中に微笑んでいる夫が見えました。私は夫にみやげ話をしてあげました。夫は喜んで
急に大きな太陽になりました。眩しい光が私の全てを包み込んでくれました。私は愛の光の中で夫とひ
とつになりました。その時、私はすべてを理解していました。すべてがわかった、と思いました。悲し
みと苦しみが昨日の中に去っていくのを夫と一緒に見送りました。愛に生きる私の今日が始まったので
す。
 夫は光色に輝く太陽に戻っていきました。笑顔で手を振ってくれました。私も太陽に向かって手を振
り続けました。私の頬の涙はもう消えていました。
 そして、そこに先生が待っていてくれたのです。
美子レポート  
  しあわせ
 ある日、先生は先年、ガンで亡くなった夫との関係がわかる過去生へと、ある女性を導きました。
 彼女は過去生ではなく、今の自分のままフローリングのような地面に立ちました。まわりは白いもや
がかかっています。
 白いもやの中を彼女は歩きます。
 心の中で夫に「迎えに来て」と呼びかけながら歩きます。
 白いもやの先の方に黒い影が見えます。
「その影に、あなたは誰ですか、と尋ねてください」
「俺だよ、と言っているような気がします」
「黒い影を優しく抱きしめてください。手を握ると、どんな感じがしますか?」
「愛しい・・・。彼です」
「彼はどんな表情ですか?」
「いつもの感じです。・・・抱きしめてくれ、と言っています」
「愛おしさだけで彼をしっかりと抱きしめてあげてください」
「ごめんね、って言っているような気がします。なんだか彼は無念で仕方ないような感じです。私も、
もう離れたくないわ」
 先生は彼女に心の中で二人きりでお話をして、終わったら教えてくれるように言いました。そしてし
ばらくの後、彼を抱きしめたまま彼女の魂を高みへと導きました。
「そこに何が見えますか?」
「光・・・」
「その光の中に二人がスゥーと吸い込まれます。光の中はどんな感じですか?」
「とても明るいです」
「その光の中に誰かいますか?」
「白い人がひとり・・・」
「その人に聞いてください。夫は今回の短い人生が無念で仕方ないようですが、どうしたらいいのです
か?」
 白い人が答えました。
「運命だから・・・」
「夫の今回の人生の目的は何ですか?」
「私と子供を愛するため・・・」
「なぜこんなに早く死んじゃったのですか?」
「家族から愛情をもらったから・・・」
「私も子供も、もっともっと愛情をあげたかったのに」
 彼女は泣きながら訴えました。
「もう十分でしたよ」
「夫はそうは思ってないみたいですけど?」
「それが彼にとって与えられたものです」 そう白い人は穏やかに言いました。
「夫は早く死ぬことを知っていて、生まれてきたのですか?」
「知っていたかもしれません」
「なぜガンになったのですか?」
「幸せをもらい過ぎたからです」
「幸せをもらい過ぎるとガンになるのですか?」
「お約束でした」
「誰との約束なのですか?」
「最初から決められていたことなのです」
「幸せをもらい過ぎたら死ぬことになっていたのですか?」
「そうです」
「どんな人でも、幸せをもらい過ぎるとガンになるのですか?」
 白い人は微笑みながら答えました。
「そんなことはありません」
「私の今回の人生の目的は何ですか?」
「夫と知りあって、辛い目にあいつつも、乗り切って生きていくことです」
「私は今まで何回生まれ変わったのですか?」
「三回です」
「夫とはこれまで何回一緒の人生を生きていますか?」
「今回が初めてのようです」
「私が夫を選んだのですか?」
「両方が選び合いました」
「夫はなぜ私を選んだのですか?」
「好きだったから」
「私はなぜ彼を選んだのですか?」
「幸せと試練のためです」
「彼にひとこと、あなたから声をかけてあげてください」
 彼女は威厳に満ちた声で言いました。
「定められた通りにちゃんと生きてきたから、これで人生の目的は果たせましたよ」
「夫の人生はこれで順調だったのですか?」
「理想通りです」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「順調です。これからは自分で選んだ道をまっすぐに生きるように、と言われました。それも試練だか
ら、って」
「これから先、どうなっていくのですか?」
「いろんな思いをすると思いますが、一生懸命、子供を育てなさい」
「私の子供は、こうなることを知っていて生まれて来たのですか?」
「そうです」
「子供は私が呼び寄せたのですか?」
「子供たちがあなたたちを選んできました」
「なぜ私たちを選んだのですか?」
「誰よりも愛しあってるから・・・。この家に生まれたら幸せになれる、と思いました」
「お父さんが早く死んでも?」
「愛情は私が持ってるから・・・。満たされています」
「子供たちの人生も順調ですか?」
「順調です」
 先生は彼女の自己否定について尋ねました。
「私はこのまま生きていていいのですか?」
「それが試練です」
「もしも私が早く死んじゃったらどうなるのか、を見せてください」
「ボロボロです。山の中で木にナワをかけて、首を吊って死んでいます」
「それを見てどう思いますか?」
「布団の上で死にたかった・・・」
 彼女は大きな溜息をつきました。続けて先生が未来へと導きました。
「私が人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「年をとっています。布団の上で寝ています。もうじき死ぬのかなぁ。子供たち、孫も来てくれていま
す」
「そのおばあちゃんは何を考えていますか?」
「平和そうです。やっと一生終わるんだなぁ、って。早く夫に会いたいなぁ、って」
「おばあちゃんのあなたはがんばってきましたか?」
「はい、よくやりました。自信があります」
 先生はこのワークのまとめに入りました。
「もとの白い人のところに戻って、そして聞いてください。私にやっていく力がありますか?」
「がんばれるよ、と言っています」
「あなたがここに戻ってくるまで、彼をどうしますか?」
「白い人に預けます」
「彼は何と言っていますか?」
「お前のそばにいたいけど、自分が幸せになったらここに帰っておいで」
「白い人に、私がここに戻ってくるまで彼を預かっていてくれますか? と聞いてください」
「わかった、って言っています」
「彼に、私は残りの人生をがんばって片付けてくるから待っててね、って。彼は何と言っていますか?」
「子供のことをお願いするよ」
「あなたは何て答えましたか?」
「私、がんばるから守っていてね。そうしたら白い人が、自分を信じて生きなさい、と言ってくれまし
た」
 彼女はもう一度、夫をしっかり抱きしめてから、今、この時へと戻ってきました。
 
 愛で結ばれた夫婦の再会が果たせたワークです。このように過去生なしで、そのままどこだかわから
ないところに着地した時のガイドは先生の真骨頂が発揮されます。そばで聞いている私がハラハラして
いても、先生は涼しい顔でガイドしていきます。
 この症例は愛する夫婦の典型的な光との対話でした。その中で特に興味深かったのは、この夫がガン
になった原因でした。光の答えは、「幸せをもらい過ぎたからガンになった」でした。幸せをもらい過
ぎたらガンで死ぬお約束だった、と光は言うのです。ただし、これはすべてのガンで死ぬ人にあてはま
ることではないようです。
 この「幸せをもらい過ぎたらガンになる」という命題が果たしてどれくらいのガン患者さんとその家
族に当てはまるのか、を検証してみるように、と私は先生に宿題を出されました。
 彼女はこの人生が三回目、夫と生きた人生はこれが初めてです。ですから人生の目的も「夫と知りあっ
て、辛い目にあいつつも、乗り切って生きていく」というものでした。
 人生のテーマは二つに大別されます。ひとつは人生の喜怒哀楽、さまざまな出来事を実体験しつつ最
後まで乗り切っていくものです。これは自殺したり、残りの人生を投げ出したりしなければ合格です。
この症例では、夫も光から「定められた通りにちゃんと生きてきたから、これで人生の目的は果たせま
したよ」と言われます。人生の流れに乗ってゴールまでたどりつくことが求められている生き方です。
 もうひとつは愛、信じること、楽しむこと等々の主題を決めて、それを気づくことが最優先される人
生です。人生のゴールまでたどりつけばいいものが直線的だとすれば、この主題に選んだ気づきをマス
ターするための人生はスポット的だと言えます。
 例えれば、マラソンと百メートル走のようなものでしょうか。完走を求められるものと、コンマ一秒
を求め続けていくものです。人生を完走することは必要不可欠だと思います。完走出来ないようでは、
とても気づきをマスターする段階へは進めません。ですから人生経験が浅い魂は、まずこの「マラソン
コース」から始めるのでしょう。しかし、「マラソンコース」は初心者だけが走っているわけではあり
ません。過酷な「気づきコース」を進んでいくと、どうしても魂に持久力が必要になってきます。魂が
「気づきコース」の人生を何度繰り返しても越えられない壁に当たった時など、きっと「マラソンコー
ス」の人生に戻ってきて、生きるための持久力をアップしていくのでしょう。ですから人生のマラソン
コースにはあらゆるレベルのランナーが走っているのです。マラソンは初めての完走目的ランナーから
二時間台のランナーまで、いえ、上はきりがありません。神様クラスになると百メートル走のペースで
フルマラソンをしている強者つわものもいるかもしれませんから。
 そのように考えながら、私は「幸せをもらい過ぎたらガンになる」のはこのご夫婦だけの命題だった
のではないか、と思いました。
 彼女の今回の人生の目的は「辛い目にあいつつも、乗り切って生きていく」ことですから、彼女は人
生三回目の新米マラソンランナーだと言えます。その辛い目を起こすために夫がガンで亡くなりました
が、その夫と人生を生きるのは今世が初めてでした。つまり夫との間に解消しなくてはならないような
前世からの問題はなかったのです。すると夫の役割は、ガンで死ぬことで彼女に辛い思いをさせること、
彼女の人生に大きな悲しみのインパクトを与えることだった、と言えます。神様は本当に悪魔のような
方だと思います。インパクトを大きくするために、「幸せをもらいすぎたら」という条件まで加えるの
ですから。愛のない夫婦や憎しみ合っている夫婦だったなら、夫がガンで死んでもあまり悲しみはない
かもしれません。その人生へのインパクトが小さいのです。しかし、このご夫婦のように幸せがこぼれ
出すような人生にとって、この悲しみのインパクトは再び立ち上がることなど不可能なくらい強烈な一
撃だと言えます。おそらくノックアウト寸前の状況から、よろめきながらもカウント9で立ち上がった
彼女は、今回の人生でみごと初級マラソンコースをすばらしい成績で卒業することでしょう。たった三
回の人生経験で・・・魂の世界では、驚異の新人現る! と彼女の話題でもちきりかもしれませんね。
 魂が人生の計画をする時に、この「幸せをもらい過ぎたらガンで死ぬ」というオプションが、神様か
ら薦められることがあるのかもしれません。深い深い悲しみの中だからこそ学べる愛やいろいろな気づ
きもありますから。でも、選ぶ、選ばない、は各々の魂の自由です。ですからこのオプションが魂の世
界で実際にどれくらい人気があるのかはわかりませんが、これを選んだ魂はとても元気な魂であること
は推察されます。
 私は先生にこのように報告しました。先生はうれしそうに聞いてくれました。
「すばらしいレポートをありがとう。マラソンと短距離走の例えは美子さんならではだね。とてもわか
りやすかったよ。もうどんな問題を出しても、美子さんはヒョイヒョイと飛び越えていってしまうね。
やっぱり昔から美子さんのハードルはピカイチだね」
 先生はハードルをこなす格好をしながら言いました。
「先生だって飛び越えるのは上手だったでしょう。ホラ、高飛びで先生、自分の身長のバーを飛び越え
たこと、あったでしょう。私、ちゃんと覚えてるんだから」
 私は背面跳びの格好でお返ししました。
「そうそう、あれは誰も信じてくれなかったなぁ。お前、バーの下をくぐったんじゃないか? なんて
言われたね。だって・・・」
 先生はしゃべり続けています。でも、私の意識は急に遠い昔に戻っていました。
「彼の高飛びのシーンなんて、なぜ覚えているんだろう。彼には悪いけど、私、昔の彼の思い出なんて
ほとんど覚えてないもの。彼が昔話をあまりしないから助かっているけど、それでも私、時々は悪女に
なって話を適当に合わせていること、あるものね」
 そう思いながら、私は問題の高飛びのシーンに戻っていました。
 高校の体育の授業です。阪急電車が体育祭のマスコットで見え隠れしているので、水不足だったあの
夏の終わり頃でしょう。私たち女子はハードル、男子は高飛びでした。私はハードルを走り終わって次
の順番待ちをしていました。友人たちが男子の高飛びを指さして噂話をしています。私も仲間に加わり
ました。フッと意識が真っ白になって、まわりの音が消えました。私はまばたきせずに高飛びを見てい
ます。彼が走りだします。時の流れが静かに止まりました。すべてが白いモノトーンの背景となった中
を彼は飛んでいます。私の視線だけが彼の跳躍を追っています。彼がゆっくりとバーを越えていきます。
不意に太陽が私の視線を遮ります。そう、その時です。太陽の中に、彼と私が向き合って楽しそうに話
をしているヴィジョンが浮かんできたのです。私は背面跳びの格好をしています。彼の暖かい目が笑っ
ています・・・今日まで封印されていた一瞬のヴィジョンでした。
 時が再び動きました。彼は背中の砂を払い、私は噂話をしていました。
「あの時でさえ、まったく気に留めなかったほんの一瞬の記憶がなぜ今頃、こんなに鮮明に思い出され
たのかしら? これがデジャブなの? だとしたら、私が今、彼と再び出会って、こうしてアシスタン
トをしていることは初めからの計画通りなの? ワークで神様は、あなたの人生は順調ですよ、予定通
りですよ、と言われるけど、私の人生も彼の人生もすべては計画通りで順調だということなのかしら?
 私たちは今日のこんな些細なお喋りで、各々の人生の順調さをチェックするように仕組んで来たとい
うの・・・。そんなに綿密に私たちの人生計画は練られているの?」
 私の頬に涙がこぼれました。今までに学んだ悲しみや苦しみ、喜びと愛の涙でした。
「今、私はこの人生での先生との強い絆に気づきました。もう迷いはありません、私は先生のもとで私
の気づきと学びの統合をしていきます。先生が踏みならしていってくれた道を辿っていけば、私にだっ
て出来るはずです」
 頬の涙が光色に輝いています。
「今日の私はすばらしい気づきを得たのです。私が今までに何度も生まれ変わって学んできたこと、気
づいてきたことが、今、ひとつに収束して根源の何かに変わろうとしているのです。それが何かはわか
りません。でも先生はこれからも強い絆で私を導き、見守ってくれます。先生の人生の目的は愛です。
学びと気づきの収束の向こうにある愛がどのようなものであるのか、先生なりの確信をつかんできて以
来、自分のセンターがブレにくくなった、と言っています。私の人生のテーマも愛です。私がつかんで
くる根源の愛は、先生の確信とは違っているかもしれません。いえ、違っている方がいいのです。私の
確信と先生の確信が触れ合う時、新しい根源の愛が誕生するかもしれません。神様はそれを待ち望んで
いるのだ、と私にもわかりかけてきました。
 天使が私を祝福しにやって来てくれたような気がしました。
 光の涙が七色に輝いてます。私は目を閉じて、その至福感に浸りました。
 天使が私の頬にキスをしました。その天使が誰なのか? 私にはわかっていました。私は目を閉じた
まま・・・微笑みを返しました。
美子レポート  
  自殺
 昔々、とある貧しい農村に仲の良い兄弟がいました。竜たつと良太です。
 竜が十二歳の時、両親は兄弟を捨てて村を逃げ出しました。二人はおむすび一つを持って両親を探し
に出かけました。夕方になりました。良太がいなくなりました。竜は慌てました。
「ずっと手をつないでいたのに、チビはチョロチョロするからこんなことになるんだ。どこへ行ったん
だろう」
 竜は山の中を走り回りました。息が切れます。兄は途方に暮れました。
「早くみつけなきゃ・・・」
 ふと目をやると、大きな松の木の下でチビがおしっこをしていました。兄はホッと溜息をつきました。
 二人はまた、手をつないで山を下りていきました。麓のお地蔵さんと並んで座って、おむすびを半分
ずつ食べました。そして三人は身を寄せ合って眠りました。竜は江戸へ出ようと決めました。
 数年後、竜は大工になっていました。江戸の町は賑やかです。彼は喧嘩とバクチに飲み込まれました。
大工で稼いだ金はすべて酒とバクチに注ぎ込みました。飲めば喧嘩です。毎日、同じことの繰り返しで
した。弟の良太は酒に溺れた兄とケンカして出て行ってしまいました。
 時が過ぎました。竜はボロボロでした。ひどい肝臓病で血を吐きます。長屋で寝込んで、もう動けま
せんでした。
 時々、良太が見舞いに来てくれました。弟は結婚してまじめに暮らしていました。そんな弟を見るこ
とだけが竜の喜びでした。でも、兄は口には出しませんでした。
 五十二歳の時、竜は死の床にいました。
「俺はダメな人間だったなぁ。全然、弟に兄らしいことをしてやれなかった。弟は自分独りでよくがん
ばったなぁ」
 良太がそばに来てくれています。
「兄ちゃん、死なないでくれ」
 兄は答えました。
「俺はもうダメだ。ごめんな、何もしてやれなくて・・・」
「いいんだよ、二人でがんばって来たじゃないか」
 良太が手を握って泣いてくれています。
 竜の心が落ち着き、安らかに身体を離れました。
 
 先生は竜の魂を高みへと導きました。そして竜の人生と、今、生きている人生を高みから見比べても
らいました。
「・・・酒とバクチに溺れちゃいけないなぁ。弟より先に死んじゃいけないよ。もっと真面目に、きち
んと生きなきゃいけないね」
 先生は更に高みへと導きます。真っ青な空の上に大きな白い光がありました。魂が光の中へ入って言
いました。
「・・・辛いことも何もありません」
 先生は光に尋ねました。
「今回の人生で、死んだ息子との関係は何ですか?」
 お母さんが泣きながら答えました。
「愛することです」
「息子に会わせてください」
 光が答えました。
「まだ早い」
「どうしたら会えるのですか?」
「人を憎むことをやめないとダメです」
 先生は光に頼みました。
「もう人を憎みませんから、息子に会わせてください」
「大丈夫です、息子は元気だから安心しなさい」
 先生は光にお願いしました。
「ビジョンだけでも見せてください」
「雲の上でバイクに乗ってる!」
 お母さんが驚いて叫びました。
「お願いですから息子の所へ行かせてください」
「近づきました。私に気づきました。恥ずかしそうにしています。元気?って言ったら、ああ、だって」
 お母さんが笑いだしました。
「息子さんをしっかり抱きしめてください。そして、あなたが言いたかったことを全部言ってあげてく
ださい」
 お母さんが言いました。
「ヘルメットを取って、って頼んだら取ってくれました。まっすぐな髪の毛で、カッコつけちゃって革
ジャン着ています。ごめんね、ごめんね、って抱きしめて、その後は手を握っていました。かまわない
よ、って言ってくれました。全然私を恨んでない、って。お母さんが先に死ぬのが嫌だった、って。今
はイラストを描いてバイトしてるんだ、上手くなったぜ、って。また会いに来てもいい? って聞いた
ら、いいよ、って言ってくれました」
 先生は息子さんに尋ねました。
「君は今回の人生では早く死ぬ、って決めてたの?」
 息子の魂が答えました。
「死ぬつもりはなかったけど、強くなりたかったんだ」
「死んだら強くなれた?」
「いや、バカなことをしたもんだ」
「自殺して苦しんだの? すぐに雲の上にあがって来れたの?」
「結構大変だったよ」
「なぜこのお母さんを選んだの?」
「お母さんが子どもを欲しがっていたからだよ。オレしかいない、と思ったんだ」
「君が死んでから、お母さんのことを見守ってくれてるの?」
「そんなこと、わかってるだろう」
「お母さんはどうしたら君に喜んでもらえるのかな?」
 息子の魂が答えました。
「タバコは止めた方がいいよ。ビールも飲み過ぎないようにね。仕事をしているお母さんんが好きだか
ら、出来るだけ長く仕事をして、長生きしてくれよな」
「そう出来るように手伝ってくれる?」
「それは自分の意志で決めることだ。オレを頼りにするなよな」
 先生は光に聞きました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「人を憎んだり恨んだりしてばかりだったから、あなたには本当の悲しみが足りなかった。その悲しみ
で憎しみを洗い流して、愛することを学びなさい」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「はい、悲しいこともありましたが計画通りです」
「その計画は誰が立てたのですか?」
「私自身と、天にいる『上の存在』とで決めました」
「私にそれをクリアーすることが出来ますか?」
 光が答えました。
「息子をそれだけ愛せたのだから出来るはずです」
 先生は光に続けて尋ねました。
「父との関係は何ですか?」
「勇気です。嫌なことをちゃんと拒否する勇気です。今まではそれがなかったのです。今、なかったこ
とに気がつきました。だから、これからは本当に嫌なことにはノーと言う勇気が必要です」
「夫との関係は何ですか?」
「もっと彼のことを愛して理解してあげなくてはいけません。愛も理解も足りません。自分のことばか
りを考えていました。もっとおおらかな心で人を愛することが大切です。大きな愛です。だのに愛され
ることばかりを求めていました。心の底の悲しみや本当の孤独感がわかっていませんでした。頭だけで
考えていました」
 先生は息子の魂に言いました。
「お母さんをこれからも見守っていてね」
 息子の魂が答えました。
「お母さん、元気でね」
 先生はお母さんに聞きました。
「息子さんに何を約束しますか?」
 お母さんが答えました。
「最後の日まで生きるぞー!」
 光もお母さんに言いました。
「あなたはもう大丈夫ですよ。見守ってあげますからね」
 
 これは交通事故で亡くなった息子さんとコンタクト出来たお母さんの症例です。亡くなった息子さん
が生前のようにバイクに乗って現れたことを「お母さんの強い願望が創った妄想」だと解釈される方も
おられるでしょう。ワイス博士は一連の著書の中で、過去生退行のヴィジョンには現在の知識、体験、
願望等が一〜二割入ることがある、と言っています。この症例では、ワイス博士が言う過去生のヴィジョ
ンだけではなく、博士がマスターと読んでいる「大いなる存在」が見せてくれたヴィジョンにも患者の
現在の願望が入るのかもしれない、という疑問が生じます。
 先生は、このような過去生は本当にあるのか? マスターは実在するのか? といった議論にはあま
り熱心ではありません。避けている、とうよりは、興味がない、といった感じを受けます。過去生退行
催眠の医学的治療では今や日本の第一人者なのですから、もっと科学的な論説を行なった方がいいので
はないですか? と尋ねたことがあります。
「美子さん、ありがとう。でも今はまだ、目の前にいる患者さんたちにワークをすることを優先したい
んだ。美子さんの指摘したテーマはとても大切なポイントなんだよ。過去生を認めない唯物論の方々が
攻め寄せてくる大手門みたいなところだからね。敵方はそれだけじゃないよ。マスターや光は神とも取
れるわけだからね。宗教自体が攻めかけてくることも考えられるんだ。そうなったら、もう大戦争だよ。
とても悠長にワークなんかしてられなくなるだろうね・・・。いやいや、平和が一番。私が有名になろ
うとしたり、欲を出さないかぎり、この忙しい世の中は私を放っておいてくれるからね。それに、せっ
かく美子さんが来てくれたのに、毎日、戦いくさばかりでは申し訳ないよ。それに・・・」
 先生はうつむいて言いました。
「もう二度と愛する人を失いたくないだろう」
 突然、私の涙が激しく流れ出しました。悲しみと嬉しさの入り交じった涙です。そして先生は私だけ
に教えてくれました。
「この症例をよく読み直してごらん。過去生で死んでから、その人生を振り返る場面では何も答えられ
なかったし、今の人生との対比の場面でも気づきはなかったよね。光のところでも息子さんとのコンタ
クトは断られてしまったよ、『まだ早い』とね。どうやらこの患者さんは憎しみで魂の窓が塞がれてし
まっていて、心が憎しみのエネルギーで暴走していたんだね。でも過去生はちゃんと見えたから、心の
素直さ、純粋さは残っていたと思うよ。ちょとした気づきで十分にリカバリーできる患者さんだったん
だね。
 さて、光に無理強いして息子さんとコンタクトしたわけだけど、それ以降の光と息子さんの返事はま
るで賢人のような内容だったと私は思うけど、どうだろう。
 例えば、『人を憎んだり恨んだりしてばかりだったから、あなたには本当の悲しみが足りなかった。
その悲しみで憎しみを洗い流して、愛することを学びなさい』・・・この教えは普通の人が簡単に気づ
けることではないと思うよ。この患者さんには悪いけど、それまでの受け答えからして、とてもこの患
者さんが創造したとは思えないんだ。もし光のメッセージに患者さんの創造による真偽があるとしても、
これは本物の光からのメッセージだと思うよ。
 私たちのワークは、ワイス博士が始めた過去生退行による前世療法を大きく発展させたワークなんだ。
ワークの基本にはゲシュタルト理論が入り、『今の人生』『今の自分』が必ずアンカーされた上で過去
生に降りているだろう。だから死を通り越した後の世界に入っても『今』にセンターを保っているので、
フラフラとどこかへ流されてしまうこともないし、魂の扉を開いて魂の根源へ、光へと向かうことが出
来るのだよ。『今』へのセンターリングが強固であればあるだけ、魂の光の中をより深く進んでいくこ
とが出来るんだ。個人の魂がその個人の根源たるひとつの光に問いかける形でワークは進められている
よね。このひとつの光は、少なくとも今の人類の魂の集合意識から答えてくれているんだ。歴史上、こ
の鉄の時代と呼ばれている私たちの集合意識からだね。同じ土俵からだからメッセージもわかりやすい
んだ。それに同じ時代を生きているのだから、個人の魂もその魂の集合意識の影響を絶えず受けている
からね。光のメッセージを自分で創っているように感じてしまうのも当然なんだ。光はいつも言うだろ
う、『いつでも、どこでも、みなさんを見守っていますよ』って。つまりこの時代の人類はどの歴史に
生きていようと、みんなひとつの集合意識に繋がっているんだよ。そして、ひとつの光は絶えず個々の
魂たちの気づきを吸い上げているんだ。こうやって魂の集合意識はどんどん成長し続けているんだ。ひ
とつの光がどんどん眩しく大きくなっていくんだね。
 シンクロニシティは、このひとつの光と個々の魂たちの繋がりを介して起こるんだ。すばらしい気づ
きが得られると、それは魂の集合意識を介して一瞬で多くの魂たちに伝わるんだ。また、光の中に蓄積
された気づき同士が反応して新たな気づきが現れると、それも瞬く間に魂たちに広まるんだよ。ここに
は時間軸は存在しない。過去が未来を変え、未来が過去を変えるんだよ。そしてパラレルワールドの話
は・・・また今度だね。
 さて話を戻そうか。私たちのワークはすばり『光との対話』だね。では光って何? となると、それ
は今まで話してきたように『ワンネス』だと言えるだろう。ワンネスとは大いなるもの、創造主、光、
神・・・そう表現されてきたね。この表現はほぼ丸だと思うよ。では言い換えようね。私たちのワーク
は『神との対話』です。するとホラ、『過去生は存在するか?』は『神は存在するか?』という問いか
けになってしまうだろう。ツァラトゥストラさんに答えを聞いてみたいね。それでも神は死んだ、と言
うかな?」
 先生は大きく深呼吸をしました。顔が光で輝いています。その輝きが私の心を照らし出します。私の
心は桜色に染まっています。
「緑豊かな森を思い浮かべてみてごらん。次に、その中の一本の木を思い浮かべてみよう。そしてその
木の緑色に輝く無数の葉っぱを見てみよう。その葉っぱの一枚一枚はちゃんと生きているね。その一枚
の葉っぱが私たちなんだよ。葉っぱは枝を介して木と繋がっているよ。木は森の中で生きているよ。そ
してしっかりと地球と繋がっているね。同じ枝の葉っぱ達がソウルメイトかな、木は魂の集合意識かな、
すると森がワンネスだね。春に芽吹いて秋には散る葉っぱは、よく人生に例えられるからね。『葉っぱ
のフレディ』とか、シャンソンの『枯れ葉よ』とかだね。葉っぱは枯れるけど、木も森も育ち続けてい
くよ。この世とあの世を平面的に描き出すとしたら、そんな絵になるかなぁ。でも、誰にでもわかるよ
うに平面的に表すのは難しいね。どの宗教でも苦心してるからなぁ。こういうのがマンダラであり天上
図なんだよ」
 先生はそう言いながらスケッチを見せてくれました。先生の絵はヘタクソです。私は地球らしき円を
指さしながら聞きました。
「じゃぁ先生、地球は何になるのですか?」
「地球はね、物理学者が探し求めている、すべての始まり、だよ。普段は光と対話しているだけでワー
クを終わっているけど、光の中を更に進んでいくことが出来る人もいるんだ。もちろん魂の力が尽きる
と押し戻されてしまうから、どこまで行けるかはその魂次第だけどね。光は闇から生まれるんだ。つま
り、光の先は闇の世界だね。広大な闇の世界の中に小さな光の世界が点在している、といった方がいい
だろうね。光は闇の世界の中で生まれて成長していくんだ。私たちはその光と闇が混在したエリアの中
にいるんだね。だから単純だけど激しい二元性の葛藤を味わうんだ。闇の世界を更に進んでいくと、光
の点在は少なくなり、ついには闇だけの世界になるよ。そこは光と闇の葛藤がないから、それなりに安
定した世界なんだ。そんな闇の世界から光をみると、ずっと何事もなかった平和な暗黒の世界に訳もな
く襲いかかってきた異種の存在に見えるんだ。問答無用で闇を食いつぶしていくんだからね。闇が生き
残ることを許さないどう猛な存在、すべてを光に変えようとする強欲な存在だね」
 そして先生は遠い目をして、誰かに語りかけるように続けました。
「そんな闇の世界を更に進んでいくと、闇と光が生まれ出ずるもの、虚無でありヴォイドの世界になり
ます。老子は天地万物が虚無から発生すると言ってます。それは形状がなく、見えず聞こえないもので
我々の認識を超越しているものだ、と説いています。私はそれをとても密度の濃いエネルギーだと思っ
ています。すべてのエネルギーの根源なのです。そして虚無というエネルギーは無限に拡がっています。
と言うよりも、虚無の中ではいかなる時空間も存在しません。ただひとつの虚無があるのです。
 虚無のエネルギーは、ただひとつの『在る』という意識から成っています。そう、やっとたどり着き
ました。すべての始まりは、この『在る』という意識なのです。時空間もエネルギーも根源の意識さえ
もなかった『無の世界』に、突然『在る』という意識が生まれました。在ると思うこと自体がすでにエ
ネルギーです。『在る』から虚無のエネルギーが流れ出しフィールドを形成しました。『在る』の意識
は虚無のエネルギーの中で思いました。無いとは何か? いや、在り続けたい、と。この『無いと在る』
という思いが虚無のエネルギーから闇を生み出しました。闇が生まれるとすぐに、闇の中に光が生まれ
ました。光が闇を追いつめていき、やがて光だけの世界となります。『在る』の意識が具現化されてい
る限り、光の世界は成長を続けます。知恵や美、愛が有限なら、光の世界もやがて終わりを迎えます。
『在る』という意識が意識できなくなった時、『在る』が消えて、光の世界は『無の世界』となるので
す」
 先生はもう私に話をしているのではありません。私の目を瞬きもせずじっと見つめながら、私の魂を
介して誰かに答えているのです。これは先生の宿題の答えなのかもしれません。私も先生の目の光を見
つめ続けていました。
「この『在る』が現れては消滅する一連の流れとは違ったものを創りださなければなりません。これが
すべての魂の根源の命題、存在意義なのかもしれません。意識が拡大した魂にはこの命題が与えられま
す。存在意義を思い出すのです。そして蓄積された気づきを使って、この命題を解き続けます。私は、
光と闇が安定して混在することは出来ないか、と考えています。光が『光に飲み込まれてしまう闇の恐
怖』を知り、闇が『在るという意識を顕在化していく光の勇気』を学ぶのです。猛々しかった光の中に
闇を思いやる愛が芽生え、ネガティブな感情エネルギーに満たされていた闇の中に光を許す愛が生まれ
ることでしょう。そして、この慈愛と許しで光と闇がいつしか結ばれ、新しい何かが生まれてくると思
います。それはどんなものか? はまだわかりかねますが、『在る』がまったく別の流れとなって悠々
と流れる光景がしっかりと感じ取れるのです」
 先生はこう言うと、ゆっくりと目を閉じました。私の意識の中ではまだ光と闇が渦巻いていました。
その向こうに、まだ触れることの出来ないモノリスがあることが何故だか私にもわかりました。私は深
呼吸をしながら「今この時」へと戻ってきました。そして私は先生に薔薇色の合格のハンコを押してあ
げました。
 

美子レポート  
  子供との愛
 昔々、ある暑い国に、タスコーという男の人がいました。彼は茶色の目で金の石を見つけ出すのが得
意でした。
 タスコーは小さな赤い屋根の家に住んでいました。金髪に青い目をした妻とスータという少年と幸せ
に暮らしていました。もうすぐ赤ちゃんが生まれそうです。
 茶色の髪のかわいい女の子が生まれました。ミナエラといいます。彼女は「今の死んだ息子」です。
 澄んだ茶色の目を見て、タスコーは決心しました。
「貧しいから、もっと豊かにしてやらないと」
 砂漠の向こうに二つのトンガリ山がありました。それは金の山です。
 タスコーは砂漠を越えて行きました。青い目のスータとロバがお伴しました。
 金の山の麓にオアシスがありました。水の豊かな賑やかな町です。
 茶色の鼻ひげのタスコーたちは知り合いの家に着きました。太った女主人が出てきました。それは
「今の夫の母」でした。
 タスコーは高い岩山に縄をかけながら、どんどん登っていきました。そして毎日、金の石をたくさん
掘り出しました。
「これだけあれば、まとまったお金になるぞ」
 ある日の帰り道、いきなり後から殴られました。頭の大ケガをしてしまいました。金の石も奪われて
しまいました。タスコーは考えました。
「せっかく稼いだお金をなんで治療のために使わなくちゃいけないんだ。高いお金を払うのは嫌だ」
 タスコーはがめつい人間です。ひどい頭痛が続きました。働く気がなくなってきました。目も見えな
くなってきました。そして、とうとう家へ帰る気力もなくなりました。そのまま泉の町で暮らしました。
 砂が流れていく中、タスコーは家に戻らなかったことを後悔しながら死にました。
 
 タスコーの魂は身体を離れて決心しました。
「欲張らずに早く家に戻れば良かったのになぁ・・・。とても良い家族だったのに、欲張って戻りそこ
なってしまいました。その後も途中で怠けてしまって、本当は戻りたかったのに戻りそこねてしまいま
した」
 先生は彼の魂に尋ねました。
「だから次ぎはどうしよう、と思いましたか?」
「まず強欲をやめることです。そして意地を張らないことです。今度は自分の直感に従って生きよう、
と思いました」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。そして彼の人生をその高みから振り返ってもらいました。
「ただその二つだけです。強欲と我を張ること、素直にならないことでした。でもそれはもう学んだか
ら、これからは新しい他のテーマを決めなくっちゃ・・・」
 先生はもっと高みへと導きました。そして彼の人生と、今、生きている人生を見比べてもらいました。
彼の魂が答えました。
「タスコーの時には、子供と接する時間があまりありませんでした。だから今回の人生では子供をうん
と細かく見る様になってしまいました。かまい過ぎています」
 先生は更に高みへと導きます。そこには「月のような光」がありました。先生は月の光に尋ねました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「子供をよく見ることです」
「それはどういう意味ですか?」
「子供をよく見ることと。今の私がしていることとは本当は違います。愛情を持ってみてあげることと、
世話を焼いて干渉することとは違うのです。愛情を持って接するということが違う方向に行っています」
「愛情を持って子供に接することとは一体どういうことですか?」
 月の光が答えました。
「見栄を張ってはいけません。そしてもっと自分の気持ちに正直に、心から愛情を持って接しなさい」
「どんな愛情を持てばいいのですか?」
「見栄を捨てて、子供のために、子供が望むとおりにさせなさい。子供が助けを求めた、その時には手
を差し伸べて、間違っている時には諭して、あとは子供を信じなさい。そしてただ愛してあげなさい」
「子供を信じて、ただ愛するのですか?」
「はい」
 先生は、今のお母さんが亡くなった息子さんから何を学ぶのか、月の光に尋ねました。
「今まで愛していることに気づきませんでした。手遅れでも、失ったからわかるのです」
「そんなの、ひどいじゃないですか?」
 月の光は答えました。
「でも、いっときだけのことです」
「私は彼の死から何を学ぶのですか?」
「子供との愛です」
「それは何ですか?」
「認めてあげることです。そして、ただ愛してあげるのです」
 先生は月の光に聞きました。
「私の人生はここまで順調ですか?」
「仕方ない、と思えるかもしれないけれど、でもこういうものです。これは決まっていたことですから」
「子供を失うことは決まっていたのですか?」
「決まっていたことです。約束だったのです」
 先生は月の光に頼みました。
「亡くなった子供は今、何をしていますか? ちょっとだけ会わせてください」
「願わなくても彼はいつもそばにいるはずだよ、って。・・・出て来て笑っています。大きな顔だけだ
けど笑ってる・・・」
 先生は彼に尋ねました。
「どうして君は死んじゃったの?」
「面倒臭くなって・・・でもなぜかは忘れさせられちゃった」
「今は大丈夫?」
「楽しい修行、何か学ぶことをしてる、と言っています」
「苦しくないの?」
「学ぶことは楽しいよ」
「なぜ私をお母さんに選んだの?」
「最初から決まっていたことだし、忘れちゃった」
「彼をしっかりと抱きしめて・・・どんな感じがしますか?」
「暖かいエネルギーをくれます」
「彼は何て?」
「大袈裟だなぁ、って」
「お母さんにアドバイスをください、とお願いして」
「ぼくはいつも楽しいから、お母さんもお兄ちゃんたちと楽しくしなくちゃいけないよ」
「どうしたらイライラしなくなれるのかなぁ?」
「それは自分で自分が変わらなくちゃいけないよ。何かのせいにしちゃいけないよ」
 先生は月の光にイライラする性格を治すヒントを聞きました。
「それを乗り越えることも課題だから・・・ヒントはなしだよ」
「でも、私に解決出来ますか?」
「あなたが出来る、と思って決めたことだから、出来なければ、また次も同じことをやり直さなきゃい
けないね」
「私にその力がありますか?」
「あるはずです」
「この課題は誰が決めたのですか?」
「私自身だそうです」
 亡くなった子供に呼びかけました。
「また、お母さんと一緒の人生を生きてくれる?」
「親子じゃないかもしれないなぁ。反対にするかも・・・。兄弟にするかもしれないよ。でも大丈夫だ
よ」
「お母さんをそこから見守っていてくれる?」
「当たり前でしょう」
「きみを感じるにはどうしたらいいの?」
「ときどき感じてるでしょ」
 先生は月の光に向かって聞きました。
「あなたも私を見守ってくれますか?」
「見守ってます、って。笑ってる感じです」
「もう一度、彼をしっかり抱きしめて、ひとつ約束して・・・」
「後悔しないように子供をかわいがるから・・・。もうこんなに後悔しないように」
「彼は何て言ってる?」
「そうだね、って」
 先生は月の光に彼のことをお願いしました。
「大丈夫ですよ。彼は楽しく過ごしていますから」
「また会いに来てもいいですか?」
「はい」
 
 この症例では、子供への接し方について光の世界からのアドバイスが得られました。光は子供をよく
見ることが大切だと言います。子供をよく見ることとは「愛情を持ってみてあげること」であって「世
話を焼いて干渉すること」ではない、と断言します。そして、「愛情を持って子供に接する」には「子
供のための見栄を捨てて、子供が望むとおりにさせなさい。子供が助けを求めた、その時には手を差し
伸べて、間違っている時には諭して、あとは子供を信じなさい。もっと自分の気持ちに正直に、心から
愛情を持って接しなさい」と言います。
「子供を信じて、ただ愛すること」が光の世界の教育の礎なのです。
「美子さんはこの分野のスペシャリストだから、ここは美子さんがしっかりと考察しておいてね。楽し
みにしているよ」
 先生はワクワクのポーズをしながら夜診を始めました。確かに私は美術の、夫も考古学の先生でした。
夫は学生の心をつかむのが上手だったらしく、いつも若い学生に囲まれて笑っていました。そんな夫が
亡くなるまで、私も子供たちの絵画教室を開いていました。
「先生の意地悪・・・これは科目で言うなら先生お得意の哲学じゃないの。でもいいわ。子供の教育の
神髄は何か? が確かに語られているものね。それに私も母親ですからね、考えてみましょう」
 そう呟きながら私は先生のワーク用のイスに座り直しました。私は思索する時、コソッとこの場所に
座ります。目をつぶって瞑想し始めると先生の愛のエネルギーが感じられてきます。そして意識が澄み
渡ってきた頃、ポコッと良いアイデアが浮かんでくるのです。
「光のメッセージはあれで完璧だわ。『子供を信じて、ただ愛しなさい』は教育の神髄だと言えるわ。
でもそれだけでは今、心が病んで助けを求めている子供たちや自信を失ってしまった親と先生たちを救
うことは出来ないわ。光は具体的には、親も子供も先生も見栄を捨てること。親と先生は子供が助けを
求めた時には手を差し伸べて、間違っている時には諭して、あとは子供を信じて子供が望むとおりにさ
せること。そしてもっと自分の気持ちに正直に、心から愛情を持って接することだと言うけれども、ど
れも形だけ整えただけで始めてもすぐに失敗してしまうわ。そう、何かが足りないのよ。何か潤滑油み
たいなものが足りないから、うまく回らないでギクシャクしちゃうのね。
 『子供を信じて、ただ愛しなさい』ということは、今の親と先生は子供を信じれない、純粋に愛せな
い、という示唆と読み取れるわ。確かに親も先生も見栄を張って、子供が本当は望んでいないものを押
しつけちゃっているわね。もちろん間違っている事は諭さないとね。人の迷惑になることと人を傷つけ
ることを身をもって教えていけば、今でも子供はちゃんと受け止めてくれるわ。世話を焼いて干渉して
いると、いつまでたっても自立出来ない子供になってしまうわね。大人になりきれない子供、大人にな
りたくない子供だわ。自立出来ないということは責任が果たせないということでもあるのよ。決断した
ことがない、自分から進んでしたことがない、計画が立てれない・・・こんな子供たちの親はたいてい
過剰に子供に干渉するタイプだけど、光はこのことを言っているのかしら。だとすると、自分の意見が
あり、自分の行動に責任が持てる自立した子供に育てなくてはいけないんだわ。そんな自立した子供に
するには、まず見栄は干渉の始まりだから外さないとね。そして、人として生きていくための基本的な
ルールに触れないかぎり、子供が望むとおりにさせるんだわ。もちろん子供のことだから失敗だらけよ
ね。さっきの基本ルールに触れた失敗には心から愛情を持って自分の気持ちに正直な言葉で諭してあげ
るけど、それ以外の失敗は子供にとっては自立するための大切な学びなのだから、親と先生はニコニコ
笑っていてあげないといけないのだわ。心でイライラしながら黙ってガマン、ではいけないのよ。子供
は心で感じ取っちゃうからね。親も先生も、子供は失敗を積み重ねながら自立への階段を登っていると
思わなくちゃね。もし子供が登り疲れて助けを求めたら、その時はすぐに手を差し伸べて引き上げてあ
げなくちゃいけないわ。すると子供はいつも見守ってくれているという安心感の中で、またチャレンジ
出来るのよね。この安心感が自信に変わり、やがて簡単な責任が負えるようになるんだ。責任感が決断
力を磨いてくれるから、子供はどんどん自立していけるんだわ。
 もう一度、この子供の自立への良き流れを振り返ってみると、大人が心からニコニコ笑っていること
が重要だと言えます。笑顔が潤滑油だったのです。その笑顔が見守られている安心感を子供に与えます。
子供の心を開いたままにしておいてくれます。子供の開かれた心は、必要な時いつでも愛のエネルギー
を受け取れます。子供の心は愛のエネルギーで育ちます。それは子供にとっては太陽の光なのです。心
から愛情を持って接するとは、大人が太陽になったつもりで、誰にも分け隔てなく、いつもニコニコし
ながら愛を降り注ぐことなのです。太陽のようにニコニコするには、すべてを信じれなければなりませ
ん。子供も大人も、そして何より自分を信じれないと笑えません。笑いましょう。笑いが潤滑油となっ
て、すべてのギクシャクを解決してくれます」
 私は先生にこのように報告しました。先生は聞きながら涙を流してくれました。
「美子さん、すばらしいよ。やっぱり教育のスペシャリストだね。笑いが潤滑油だなんて、よく気づい
たね。確かに今の子供たちには笑いが少ないよね。先生も無表情な感じだしね。急に笑おうと思っても
うまくいかないよね。だいたい意識して笑っても、それは笑いじゃないものね。お互いの心が開いてい
るから、笑いを潤滑油にして愛が伝わるんだ。心を開くためには、まず見栄を捨てることだったね。ほ
ら、パッチ・アダムスだってピエロだろう。ピエロって見栄を捨ててるよね。大人が見栄を捨てて心を
開くことで、子供たちの心も開かれていくんだ。だからパッチは子供たちや患者さんの心をすぐにつか
めるんだね。そしてピエロには笑いがある。もう恐いものなしだね。
 先生がピエロの格好をするわけにはいかないし、もしピエロになったとしても学校では子供たちに受
けないだろうね。学校と病院の違いは認識しとかなくちゃいけないよ。美子さんはわかっているけどね」
 私は大きく頷きながら答えました。
「先生も心をピエロにすればいいのです。ピエロの笑いの本質をつかむのですね。見栄を捨てて、心を
開いて、子供たちに接するのです。笑いを携えてね」
「うん、言葉ではそうとしか言えないけど、美子さんはしっかりとつかんでくれたね、ありがとう。よ
かった、よかった」
 先生は心をいっぱいに開いた笑顔を見せてくれました。
「でも、美子さん。教育の神髄をつかんだからといって、夫の代わりにやっぱり先生に戻ります、は・・・
かんべんしてね。これはホント、個人的なお願いだけど、ずっとここにいてね。お願いだから、ね」
 先生は私の目をじっと見つめて言いました。
「うーん、どうしようかなぁ。これでも夫の大学の学園祭では人気投票ナンバーワンだったんだから、
ね。学園のマドンナなんだから、もっと大切にしてちょうだいね。セクハラなんかしたら、やめちゃう
からね」
 私も先生の目を見つめて言いました。先生の目の緊張が緩んでいくのが見えました。私は心の中で呟
きました。
「もう二度と先生から離れはしないわよ。先生の疲れた心を癒せるのは私だけじゃないの。これからも
先生はたくさんの人たちの心の扉を開いていくのでしょう。たくさんの魂がこの世で輝きだすのを待っ
ているのが私にも見えるわ。
 だから、大丈夫よ。私が先生を笑わせてあげるからね。ほら、最近、患者さんによく言われるでしょ
う、先生の笑顔だけで治ったような気がします、って。美子さんが来てから、先生がすごく笑うように
なった、って。
 先生、気づいてない? 今、待合で患者さんたちの噂のふたりなのよ、私たち・・・でも、いいんだ、
私は。だって、今の私って、『今』を生き生きと生きているもの。ほら、夫も私たちを見て笑っている
よ。美子の好きなようにしていいよ、って。
 そう、だから今日は言うね。先生、ううん、奥山くん、愛してるわ」
美子レポート 
  ゆびきりげんまん
 昔々、青葉の美しい城下町に、サチオという男の子がいました。優しいお母さんと二人で暮らしてい
ました。サチオのお母さんは「今の亡くなった娘」です。
 十六歳の時、サチオは外国へ奉公に行きました。母は泣きながら駅で見送ってくれました。
「行かないで、サチオ!」
 彼は決心しました。
「絶対、戻ってくるぞ!」
 時が過ぎて、サチオはヒマラヤで暮らしていました。妻のマーシャと男の子がいました。黒いクルク
ルした髪がかわいい男の子でした。この子は「今のお父さん」です。妻も子供もサチオをとても愛して
いました。
 ある時、子供が心臓の病気になりました。近くに病院はありません。マーシャは神様に祈り続けまし
た。
「何とかして、この子をお助けください」
 サチオは自分で薬草を採りに行こう、と決心しました。初めての薬草採りです。彼は妻と子供に約束
しました。
「絶対、採ってくるからね」
 でも、サチオは戻りませんでした。もう少しのところで高い崖から滑り落ちてしまいました。彼は死
にました。
 サチオの魂をお母さんが出迎えてくれました。
「もう、いいんだよ」と優しく抱きしめてくれました。
 
 先生はサチオと母の魂を高みへと導きました。そしてサチオの人生と、今、生きている人生を見比べ
てみるように促しました。サチオの魂が言いました。
「人を助けないと。私は人を助けなくてはいけません」
 先生は更に高みへと導きます。
「そこから上はどうなっていますか?」
「雲の上に誰かいます」
「どんな人がいますか?」
「男の人です。神様みたいな感じです」
「その人に聞いてください。今回の人生の目的は何ですか?」
 神様が答えました。
「無理をしたらダメです」
「それはどういうことですか?」
「人のことを気にしないで、人のために助けてあげなさい」
 先生は神様に頼みました。
「あーちゃんに会わせてください」
 神様が微笑みました。
「出て来た・・・。歩いてます。ママって・・・」
「しっかりと抱きしめて、思いっきり言いたかったことをお話してください」
「・・・ごめんね。守ってあげられなくて」
 お母さんは啜すすり泣いています。
「ううう・・・寂しくない、って」
 先生はお母さんの代わりに尋ねました。
「お母さんのこと、恨んでる?」
 あーちゃんが答えました。
「ぜーんぜん」
「あなたを殺しちゃった、と思ってるんだけど、恨んでない?」
「恨んでないよ」
「あなたを元気な子供に生んであげられなかったんだけど、怒ってないの?」
「怒ってないよ」
「あーちゃんは元気にしているの?」
「元気です。飛んだりもしています」
「なぜ病気の身体で生まれてきたの?」
「神様にお願いしたんだ」
「あーちゃんが決めたことなの?」
「そうだよ」
「お母さんが悪いんじゃないの?」
「違うってばぁ」
「あーちゃんは死ぬことがわかっていたの?」
「全部わかってたよ」
「死ぬ時、お母さんを恨んだでしょう?」
「苦しくなかったよ」 
「あれは、あーちゃんが決めた人生だったの?」
「その通りだよ」
「もっと生きたかったんじゃないの?」
「あれで十分だったんだ」
「あの人生で、あーちゃんは何を学んだの?」
「お母さんにいろんなことを教えようとしたんだよ」
「いろんなことって何を?」
「人と比べないで、ゆっくりすることだよ」
「お母さんに出来るかなぁ?」
「きっと出来るよ」
 お母さんは一番心配していたことを尋ねました。
「今、苦しんでない?」
「すごく楽しいよ。ピョンピョン跳ねています。ママとダンスを踊ろう、って言っています」
「じゃあ、そこで踊ってください」
 お母さんの手がゆっくりと動きます。
「本当はこうやって遊びたかったのです」
「そこでいっぱい遊んであげてください」
「すごく喜んでくれています」
 先生は神様に尋ねました。
「あーちゃんは今、幸せですか?」
 神様が答えました。
「幸せだよ。任せておきなさい」
「私の人生はこれでも順調ですか?」 
「順調だよ」
「子供を亡くすことは決まっていたのですか?」
「決まっていた」
「誰が決めたのですか?」
「ずっと前から決まっていた。・・・宇宙が・・・」
「あーちゃんの死から何を学ぶのですか?」
「命の重さです」
「あーちゃんがお母さんを選んだのですか? それともお母さんがあーちゃんを選んだのですか?」
 元気な娘が答えました。
「あーちゃんが選んだんだよ」
「なぜお母さんを選んだの?」
「お母さん、頼りないからねぇ」
「お母さん、そんなに頼りないの?」
「でもだいぶん、しっかりしてきたよ」
 もう一度、神様に聞きました。
「私は今まで何回生まれ変わりましたか?」
「十六回」
「その中、あーちゃんとは何回一緒の人生を送りましたか?」
「十六回」
「ずっとあーちゃんと一緒なのですか?」
「そうだよ」
「あーちゃん、ずっとお母さんと一緒だったの?」
「知らなかったの、って」
 先生は神様にお願いしました。
「今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「おばあちゃんになって毛糸を編んでいます。ニコニコしています。子供たちも孫たちもまわりにいま
す。また次ぎに生まれてくる孫のために何かを編んでいます」
「その未来のあなたから今のあなたに何かアドバイスをもらいましょう」
 未来の彼女が答えました。
「何か他のことにエネルギーを注ぎなさい」
「あなたは何をしたの?」
「特別なことではなくって、障害児の子供や親たちと仲良く一緒に時間を過ごしてあげているだけです。
それだけでも助けになるのですよ」
「そこにいる孫の中に、あーちゃんはいますか?」
「いる!」
「そのあーちゃんに聞いてください。生まれ変わってきたの?」
「そうだよ、わかった、って言っています」
「なぜ?」
「ママのこと、好きだから」
「未来のあなたに聞いてください。あなたも応援してくれますか?」
「もちろん」
「孫たちにも聞いてください。みんなも応援してくれる?」
「がんばれ! って言ってくれています」
「神様に聞いてください。特別なことじゃなくって、障害児の子供や親たちと仲良く一緒に時間を過ご
してあげる、ただそれだけでいいのですか?」
「積み重ねることが大事なのです」
「あーちゃんに会うために、早く死んでもいいかなぁ?」
「絶対ダメ」
「もし早く死んじゃったらどうなるのか、見せてください」
「スーッて下の方に落ちていきます。真っ暗です。ずっと上の方に光があるだけです。狭くて深い井戸
の底みたいです。誰もいない・・・。死ななければ良かった・・・。後悔しています。あーちゃんは上
の方にいて、ここからは声も届きません」
「では、もとの神様の所へ戻ります。そして、あーちゃんに聞いてください。またお母さんの所に生ま
れ変わってくるの?」
「うん」
「あーちゃんをしっかり抱きしめながら聞いてください。お母さんを見守ってくれる?」
「いいよ」
「どうしたら、あーちゃんを感じられるかなぁ?」
「温かい風があーちゃんだよ」
「本当にお母さんを恨んでないの?」
「大好きだよ」
「ギューッと抱きしめて、そのあーちゃんのエネルギーを持って帰りましょう」
「ちょっと痛い、って言っています」
「神様は何と言っていますか?」
「よく会いに来てくれました」
「私にやっていく力はありますか?」
「辛いけど、がんばりなさい」
「その力が私にありますか?」
「あるからこそ、あーちゃんが生まれたのだよ」
「辛い時、あーちゃんに会いたい時、またここに来てもいいですか?」
「いつでもいいよ、って」
「あーちゃんは何と言っていますか?」
「またダンスしよう、って」
「あーちゃんを抱きしめて、そのあーちゃんのエネルギーを持ったまま、あーちゃんを神様に預けましょ
う。神様は何と言っていますか?」
「心配するな」
「神様としっかり握手します。あーちゃんをもう一度抱きしめます。あーちゃんに約束しましょう。お
母さん、がんばるからね、って。あーちゃんは何と言っていますか?」
「ゆびきりげんまん・・・」
 
 お母さんが病気で亡くなった娘さんにコンタクトできたケースは、いつも涙がこぼれます。私の子供
たちは元気に育ってもう自立し始めましたが、たくさんのお母さんの悲しみに接する度に、あらためて
自分の幸せをかみしめます。今あるものに感謝することを忘れないでいたいものです。
 この症例のお母さんから、後日、お手紙をいただきました。先生も私も、このお手紙でとても励まさ
れ勇気づけられました。
「美子さん、こんな方がおられるということが、このワークを続けていく意義なんだよね。過去生の真
偽、光や神さまの解釈なんて、ホントはどうでもいいことなんだ。ただ、心を苦しめていた方が一人で
も立ち直り、また人生を前向きに歩み始めていただけたら、それでいいんだよ。だって薬や手術ではど
うしようもない問題なんだから。がんばって続けてきて良かったなぁ・・・こちらこそ、ありがとう、
だね」
 先生はそう言いながら、私の手をギュッと握りました。先生の喜びが握手した手から流れ込んできま
す。私の涙が急に激しく流れ出しました。
私はもう先生の前で涙を拭きません。真夏の夕立のような清々しい涙だからです。先生は私の涙を拾い
集めながら、思い出を優しく押し返してくれました。 
「美子さん、このお手紙はレポートに載せておいてね。お母さんのご承諾も取っておいてね」
 私は女子高生のように頬を染めながらワープロに向かいました。
 
   お母さんからの手紙
 催眠療法を受け、あれほど会いたかった娘(それも元気な姿で!)を抱きしめられたことは、一生忘
れることはありません。ずっと娘を守ってやれなかった、という想いが私自身を苦しめ、前を向くこと
を拒んでいました。でも娘からのメッセージを受け取ることが出来て、心がスッキリとしました。娘に
恥かしくないように生きていこう、という力が湧いてまいりました。まだ気持ちの波はありますが、落
ち込みそうになった時は、いつも雲の上を眺めて、そこに娘が立って手を振ってくれていると思うと元
気になれます。
 ただただ娘に会えたことが嬉しくて、元気な普通の女の子の姿をしていたことがこの上なく嬉しくて、
娘を失ってからの三年というもの、何をしても誰と話しても決して癒されることのなかった私が、あの
一瞬でウソのように何かを吹っ切れる、というよりは乗り越えられたような気がします。
 先生の催眠を受けたあと、ボーゼンとしながら京阪電車に乗り込み京都に向かう途中、電車の中から
ふと外を見やると、なんと高いビルの屋上のところに大きな看板が「あさひ」と書かれてかかっている
ではありませんか!!!
 そうです、あーちゃん、と呼んでいた私の娘の名前は『あさひ』。もうびっくりして言葉もありませ
んでした。まるで娘が「ママ! 私ここにいるよ!」と知らせてくれたかのように、夕暮れの美しく染
まった空に「あさひ」という大きな文字を見た時には、さすがに、ついさっき受けた半信半疑の退行催
眠なるものを信じずにはいられない一瞬でした。
 娘が生まれるまでは何の苦労もなく脳天気に過ごしてきた私ですが、娘が障害児で生まれてからとい
うもの、人の縁というものを深く深く感じ続けてまいりました。
 娘は一歳の時に脳梗塞を起こしてからというもの、目も見えなくなり、気管切開で声も失い、口から
物を食べることも出来ず、体も思うように動かせない上、十三度もの大手術を乗り越えてきました。
 一体、娘は何のために生きているんだろう、娘が「生きて行く」ということ、その本質的な意味を模
索する日々でしたが、時には見出すことが出来ず、「一日でも長く生きて欲しい、と思うのは親のエゴ
かも」と思い悩む時もありました。
 しかし、言葉など使わなくとも、ただニコニコと天使のように笑っているだけの娘を見ていると、
「ああ、この子は自分のためじゃなくって、私や『人のために』生まれて来てくれたんだ」と、心から
実感することが出来ました。
 その証拠に娘が生まれてからどれほど不思議な人の縁に出会ったかわかりません。それは娘が天国に
逝ってからもずっとかわらず届けてくれているようです。
 奥山先生との出会い、退行催眠との出会いもまさに偶然のもののように思われましたが、きっとこれ
も『あさひ』が仕組んだことなのでしょうね。
 

第三章
   アルコール中毒
「美子さん、外が真っ暗だよ。こりゃぁ、ザーッと来そうだね。さっきのワークの人、帰りに濡れなきゃ
いいけどなぁ」
「もう駅に着くころだから大丈夫ですよ。ホントに外は真っ暗ですね。夕立も久しぶりですよね。今日
の帰りはちょっぴり涼しいかなぁ」
 ワークとワークの間の五分の休憩時間は、私が先生を独占できる唯一のひとときなのです。この時の
先生の目はとても澄んでいます。そして先生の目の中に無限の宇宙が見えるような気がします。
 雷鳴が遠くで鳴り始めました。ガラーンとした待合がいつもよりも暗く沈んでいました。私はうつむ
いた女性が待合の隅っこに座っているのに気づきました。
「下条ゆかりさんですか?」
 私はゆっくりと近づいて尋ねました。顔色の悪い、小太りの女性が虚ろな目をあげました。
「はい。三時の予約の下条です。よろしくお願いします」
 叩きつけるような雨が降り始めました。夕立に負けないように、私はわざと明るい声で話しました。
「東京から来られましたか? 新幹線ですか? 東京も暑いでしょうね。今年は水不足がひどいようで
すね。大丈夫ですか?」
 でも彼女はすぐにうつむいてしまいました。
 先生が準備オーケーのサインをくれました。私はゆかりさんを部屋へ案内しました。彼女は部屋の中
を確かめるように見回してから、小さくなってチェアーの中へ滑り込みました。
 私は部屋の明かりを落としました。
 ゆかりさんは小さな声で私たちに身の上話を始めました。
「私はひどい家庭に育ったんです。父は私が物心ついた頃からアル中で、借金ばかりしていました。生
活がとても苦しくて、小さい頃の思い出と言えば、借金取りが怖くて押入れの中でいつもビクビクして
いたことです。母もそんな生活苦のためか、私を嫌っていました。よくいじめられて、ちょっとしたこ
とで折檻されました。私は母を憎んで育ちました。そんな家庭が嫌で、高校を中退して東京へ出てきま
した。私は昼も夜も一生懸命働きました。貧乏はもう嫌だったんです。何年か後には、私は疲れを忘れ
るためにお酒を手にしていました。子供の頃あんなに憎んだはずのお酒に、です。もう私に過去はあり
ませんでした」
 彼女はハンカチを握りしめました。
「そんな私でも恋をして、そして結婚出来ました。これで幸せが来る、お酒から逃げられる、私はそう
思いました。でも、やがて夫が借金生活するようになりました。返済の催促の電話を取った時に、私の
子供時代が蘇ってきました。あの恐怖、あの悔しさ・・・」
 彼女の声が震えています。
「そんな時、女の子が生まれました。でも、かわいく感じないんです。私はつい虐待してしまいます。
まるで母が私にしたように、そう母と同じなのです。私はそんな自分が嫌なのです」
 彼女の涙が止まりません。
「アル中の父が借金だけ残して病気で死んでしまいました。私のところにまで借金取りが押しかけて来
ました。夫はさらに借金してしまいます。私のお酒の量が増え続けていきました。そして私もアル中状
態になってしまいました。あの父と同じです。なぜですか?」
 彼女は唾を吐くように言いました。
「禁断症状が出て、私はアルコール専門病院へ入院させられました。情けないですよね、全然記憶にな
いのですから。入院中に、弟が実家で自殺してしまいました。私は何もしてやれませんでした。でも、
そんな弟が天使になって私を助けてくれました。あれ以来、私は断酒会に入って完全にお酒を断ててい
ます。もう四年になります。私だけの力ではありません。弟のお陰です」
 先生はワークの主題を探しながら身の上話を聞いていましたが、ちょっと困った顔をして、ゆかりさ
んに尋ねました。
「あなたの過去生のテーマは、アルコール中毒ですか? お父さんですか? お母さんですか?」
「どれも知りたいのですが、ともかく人が怖くて困っています。仕事もうまくいきません。人が怖いの
を治したいのです」
「では、人が怖い原因となった過去生へ戻りましょう、という誘導になりますが、いいですか?」
 彼女は大きく頷きました。いつもより時間がかかっています。先生は催眠誘導に取りかかりました。
ゆかりさんは良好な催眠に乗って、人が怖い原因となった過去生へと降りて行きました。
 
「地面を見て、地面を感じて。どんな地面が見えますか、感じますか?」
「濡れてる石畳にいます。暗い石の道です」
「足下に意識を向けて。足は何か履いていますか、裸足ですか?」
 彼女の目がゆっくりと動きます。
「革の黒いブーツです。中まで濡れていて気持ち悪いです」
「身体をゆっくりと感じていきます。下半身から感じて、上半身へあがります。どんなものを着ていま
すか?」
「黒いスカートです。フレアーになっています。上着は黒いフワッとした長袖のシャツみたいです。と
ても汚い格好です」
 彼女がしかめっ面をしました。
「長袖の腕の先に右手、左手があります。その手に何か持っていますか?」
「木の杖を右手に持っています」
「では左手を見て。その手はどんな手ですか?」
「しわくちゃの年寄りの手です」
「その手を見て。肌の色は何色ですか?」
「汚れていて黒茶色をしています。垢だらけです」
「その手で頭を触って。頭に何かかぶっていますか?」
「魔女がかぶるようなグレーのとんがり帽子をかぶっています。破れていて、やっぱり汚いです」
「頭を触って。どんな髪ですか?」
「長い白髪です。ウェーブがかかっています。垢でベトついていて耳の後ろで固まっています」
「ヒゲは生えていますか?」
「口元から三角形に白いヒゲが伸びています。ヒゲの先が垢で絡まっています。・・・乞食みたいな男
の老人です」
 彼女はとても嫌そうに言いました。
「目は何色ですか?」
「黒ですが・・・白まなこが見えません・・・鋭い目をしています。怖い目ですけど、どこか悲しげで
す」
 先生は、ゆかりさんの意識をその老人に同化させました。
「その老人の中にしっかり入ります。暗い石畳の上に立って、足を入れて濡れたブーツを履きます。身
体を入れて汚い黒い服を着ます。右手に杖を持ちます。頭に魔女の帽子をかぶります。髪の毛が白くなっ
て汚くベトつきます。ヒゲも生えてきます。その老人の中にしっかりと入って一つになります。二人の
心が結ばれます。そしてその鋭い目でまわりを見て。まわりはどんな風景はですか?」
 彼女は痰の絡んだような声で答えました。
「町並みが見えます。小さいお店が二、三軒見えます。ここは街の中です」
「今日の天気はどうですか?」
「晴れています」
「気候はどうですか?」
「暑くもなく寒くもなく、普通です」
 視覚的にも感覚的にも彼女と老人は繋がりました。私はカルテに二重丸をしました。
「心に触れて、今そこで何を考えていますか?」
 老人が答えました。
「何を盗もうかなぁ、いいカモが来ないかなぁ」
 先生が老人に尋ねました。
「あなたの年齢は?」
「七十九歳だ」
「名前は何と言いますか?」
「リンキンだ」
「あなたの仕事は何ですか?」
「何もしておらんわ」
 先生が時を進めました。
「それから何が起こりましたか?」
 老人は彼女を介して答えました。
「杖で男の子を叩いて持っていたリンゴを取りました。私はただ食べようと思って取っただけなのに、
町の人たちに袋叩きにされました。私のリンゴも踏み潰されました」
「その時、どう思いましたか?」
「家族がいないから寂しくて、でも生きていかなくてはならないし・・・この歳では仕事なんかないし、
誰からも相手にされないし・・・でも食べていかなくてはならないから盗んだんです。それなのに誰も
わかってくれません。この町の人はみんな意地悪です。冷たい人ばかりです。いつもこうやって私をい
じめるのです」
「あなたがいる場所はどこですか?」
 先生の世界地図が目の前に拡がりました。
「スイスです」
「年代は何年ですか?」
「1836年です」
「そこは何という町ですか?」
「ジュネーブです」
 先生が時を進めました。
「それから、どうしていますか?」
「私は町の人たちに謝りました。でも、叩いた子供の目の前で引き倒されて蹴られ続けました。今日は
なかなか赦してもらえません。私は悪いとは思いながらも心のどこかでは、また盗みをしなくてはいけ
ない、と思っています。私には盗癖があるみたいです。町のみんなは前からそれを知っているみたいで
す。だから話も聞いてもらえずに打ちのめされたのです。ずっとこんな人生だったような気がします」
 彼女が溜息をつきました。先生は大きく時を戻しました。
「リンキンさんの人生で、一番最初に物を盗んだ場面に戻ってください」
「六歳です。友だちと輪になって遊んでいる時に、大人の人が置いていた洋服から財布を盗みました」
 彼女の嗄しわがれ声が治りました。
「なぜ財布を盗んだの?」
「家が貧しかったから。ひもじい思いをしてたから」
「それはうまくいったの?」
「はい、そのお金でパンを買いました。でもそれがお母さんにばれて、そのお金を取り上げられて、そ
れ以来、お小遣いをもらえなくなりました。あの時から盗まないと食べていけなくなりました」
「それはどんなお母さんですか?」
「とっても恐いんです。黒い目で睨みつけるんです」
「そのお母さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
 彼女は悲しそうに答えました。
「今の母親です」
「お父さんはいるの?」
「どこかに出稼ぎ行ってしまったみたいです。もう帰って来ないかもしれません」
 先生は、お父さんはどんな人か、今の誰か、を確かめに戻りました。
「お父さんとの一番楽しかった思い出の場面に戻ってください。あなたはいくつになって、何をしてい
ますか?」
「お父さんと草原で、おもちゃの飛行機を飛ばして遊んでいます。五歳くらいの時かなぁ。お父さんの
髪はゴールドがかった茶色で目はブルーです。ニコニコしています」
「お父さんは好きですか?」
「はい。お父さんはとっても優しいです」
「そのお父さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、主人のような気がします。家のお父さんです」
 彼女は黙り込んでしまいました。先生は彼女の主題に時を移しました。
「ではリンキンさんの人生で、人が怖い原因が最もよくわかる場面に移ってください。あなたはいくつ
になって、何をしていますか?」
 彼女は大きく溜息をついてからボソボソと答えました。
「十四歳の時です。何かを盗もうと民家に忍び込みました。でも家の旦那さんが帰ってきて見つかって、
棒で背中をいっぱい叩かれました」
 彼女も身体を少しよじりました。横から見ていると本当に背中が痛そうに見えました。
「それからどうなりましたか?」
「ぐったりとしたら、ネコのように首をつかまれてドブ川に放り出されました。泥水を飲み込んじゃい
ました。苦しい・・・」
「その時、どう思いましたか?」
「何で見つかったのかなぁ」
「それからどうしていますか?」
「また違う家を探して物色しています。でもいい家がないから、今日もひもじい思いをしたままトボト
ボと家に帰りました。背中がとても痛みます」
「家に帰ると、お母さんは何か言いましたか?」
「家の手伝いも満足に出来ないのかい、って感じで無視されています」
「お母さんはあなたが盗みをしていることを知っているのですか?」
「当たり前です。盗んでくるのを待ってるんです。盗むのが私の仕事なんです。稼ぎが良い時だけ上機
嫌です。酒に酔って抱きしめてくれることもあります」
「どんな物を盗むの?」
「食べ物とかだけど、一番はお金です」
「盗みに入っている時、何を考えていますか?」
「見つかるのが恐いんです。人が入ってこないかとドキドキしながら盗んでいます」
 ゆかりさんの主題にたどり着きました。でもリンキン君に悪気はありませんので、時空間を越えたネ
ガティブなエネルギーはここにはなさそうです。先生は他の場面を探りました。
「ではリンキンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください。何か見えますか?」
「真っ白で何も見えません」
「ではリンキンさんの人生で、一番大きな盗みをした場面に移ってください。何が見えますか?」
 彼女の声が少し元気になりました。
「二十歳くらいです。立派なお屋敷に忍び込んで、大きな花瓶を盗んでいます。うまくいきました。古
い街で出店を開いて盗品を売りさばいています」
「その時、どう思っていますか?」
「盗みもうまくいっているし、ボチボチ品物も売れているから楽しいです」
 先生はリンキンの人生の幕を引きました。
「ではリンキンさんの人生で、死ぬ場面に進んでください。あなたはいくつになって、どこでどんなふ
うに死にそうですか?」
「八十一歳です。老いぼれた小屋に独りで寝ています。身体の苦しいところはありません。どうやら老
衰で死ぬみたいです」
「死ぬ間際に何を考えていますか?」
「自分の人生って楽しいことは何もなかったなぁ・・・」
「その死ぬ場面を通り越して、リンキンさんの魂が宙に浮いたら教えてください」 
 リンキンはすぐに答えました。
「はい、離れました」
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「こんなしんどい人生はもう嫌です。孤独でした。結婚しなかったから、いつも独りでした。いつも寂
しかった・・・」
「だから、次はどうしようと思いましたか?」
「あったかい家庭を作りたいです」
「あったかい家庭を作るためには、どうしようと思いましたか?」
「わかりません・・・」
 先生は彼の魂にその人生での死を確認させました。
「リンキンさんの死体を見て、どう思いますか?」
「とても汚いです。痩せ細っていて汚らしいだけです」
 彼の魂が見るのも嫌そうに答えました。
「身体を離れて宙に浮いたあなたのまわりに、あなたを迎えに来た存在や声をかけてくれるような存在
はいませんか、感じませんか?」
「柱の後ろに光が見えます」
「その光はあなたに何と言っていますか?」
「こっちへおいで、って呼んでいます」
「その光はリンキンさんの知っている人ですか?」
「はい、なんだか若い感じの人です」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。
「そのまま上へ高くあがります。高く高くあがって、そこから下を見るとリンキンさんの人生が一本の
道のように見えます。その人生を高い高いところから見て、そして何か気がつくこと、感じることはあ
りますか?」
 彼の魂が静かに答えました。
「盗みを働いてはダメです。一生懸命働けば幸せになれていた人生だったのに、盗癖に負けて、それを
治そうとしませんでした。もっと努力するべきだったのです。本人はそれに気づいていましたが、治す
努力をしませんでした」 
 先生はさらに高みへと導きました。リンキンさんの人生とゆかりさんの人生が交錯しました。
「もっともっと上へ、どんどん高く高くあがりますよ。その高い高いところから下を見ると、リンキン
さんの人生と、今のあなたの人生が平行に並んで見えます。ふたつの人生を高い上から見て、そして何
か気がつくことはありますか?」
「償いです。盗みで人を困らせたことへの償いです。だから今、自分が人から奪われる苦しみを味わっ
ているのです・・・。まじめに働くことです。もうちょっと人に心を開くことです。もっと素直な心で
人を信じることが必要です」
 ゆかりさんの声が答えました。
 先生は光へ向かって導きます。彼女の魂のヴァイブレーションが高まります。部屋の空気が踊りだし
ます。そして先生が尋ねました。
「そこから上を見ると、上の方はどうなっていますか?」
「青い空に白い雲が見えます」
「その空に向かって昇って行きましょう。白い雲を突き抜けて雲の上に出ます。そこに誰かいますか、
何かありますか?」
 彼女はびっくりした声で答えました。
「死んだ弟が座っています」
「弟さんはどんな表情ですか?」
「頭の上に天使の輪があって笑っています」
「彼は何と言っていますか?」
「よう来たね、って、なんだか照れくさそうに笑っています」
「あなたに会いに来たのよ、って言ってあげたら?」
「ふーん、って感じです。今ひとつ、実感がありませんね」
「弟さんとそこでお話してください。話が終わったら教えてください」
 ゆかりさんは無言になりました。でも彼女の魂のヴァイブレーションは高いままだったので、先生は
そのまま待ちました。しばらくして彼女は話し始めました。
「これからお姉ちゃんはどうやったら前向きに生きていける、って聞いたら、お姉ちゃんは何でも決め
つけてかかるから、話を最後まで聞いてくれないんだ。そこがお姉ちゃんの悪いところだ、って言われ
ました。もうちょっと人の話を落ち着いて聞くこと、気持ちを落ち着かせることがこれから先に重要に
なるよ、って教えてくれました。これが出来なかったら、まだまだ色々なことで失敗するから、必ずワ
ンクッションを置いて落ち着くことだよ、って諭してくれました」
 先生はマスターを探しています。
「そこからさらに上はどうなっていますか?」
「白い雲で出来たお城みたいなものが見えます」
「あのお城に一緒に入ろうよ、って弟さんに聞いてください」
 でも弟は一緒に行けない様子です。先生は弟に尋ねました。
「どうして君は入れないの?」
 弟が姉を通じて答えました。
「僕はまだここで勉強中だから、あそこには入れないんだよ」
「君は何を勉強中なの?」
「僕は生きている時に、いろんなことを中途半端にしたまま生きて来たから、そういうことをやり遂げ
るために必要なことを勉強してるんだ」
「君は自殺してから、すぐにここまであがって来れたのかな?」
「最初は自殺した場所の宙に座っていたんだ。お母さんに向かって助けを呼んだんだけど、なかなか来
てくれなかったんだ。仕方ないから隣のおばさんを呼んだんだよ。警察署にお姉ちゃんが来てくれた時
にはホッとしたよ。お姉ちゃん、ありがとう。でもね、僕の死体が警察の安置室に入れられた時には寂
しかったなぁ」
 ゆかりさんが彼に「ごめんね」と言いました。
「お姉ちゃん、いいんだよ。お姉ちゃんたちが家でお葬式をしてくれて、お寿司とか僕の好きなものを
お供えしてくれたから、とっても嬉しかったよ。僕、お腹がすいてたからね」
「それからどうなったの?」
「死んだお父さんがこの勉強している場所まで連れて来てくれたんだよ」
「君のそばに、まだお父さんはいるのかな?」
 ゆかりさんの魂に戻って答えました。
「もう見えないんです。お父さんはそのお城みたいなところに行ってるのかなぁ・・・」
「では、あなたはそのお城に入ります。お父さんはいましたか?」
「はい、ニコニコ笑っています」
「お父さんはあなたに何と言っていますか?」
「お母さんのことを頼む、って。お母さんを大事にしてくれ、って。お姉ちゃんと仲良くしなさい、っ
て。お母さんをあまり怒らないでくれ、って。お母さんはあれでお母さんなりに一生懸命やっているの
だから、もういいだろう、って。お前ももうちょっと自分の家族を大事にして相手の立場になって物事
を考えるようにしなさい」
「お父さんはなぜ先に死んでしまったの?」
 お父さんが彼女を通じて答えました。
「その時が時期だったんだ。役目が終わったんだよ。最初から長くいるつもりはなかったんだ。子供を
一人前にするのが役目だったんだ。その役目が終わったから、ここへ帰ってきたんだよ」
「今、幸せ?」
「うん。ここは楽しいよ」
「お父さんはいつも私たちを見守ってくれてるの?」
 お父さんは「えへへ」と笑いながら答えました。
「お前たちにはそれぞれ旦那さんがついているから大丈夫だけど、残されたお母さんのことが心配なん
だ。お母さんのことを頼んだよ」
 先生はマスターを探しました。
「そのお城の中には王様のような人はいませんか?」
「お不動さんみたいな人がいます」
 先生がお不動さんに尋ねました。
「今回の私の人生では、なぜ人が怖いのですか?」
 お不動さんがゆったりとした口調で答えました。
「自分自身が怖いからです」
「それはどういう意味ですか? もう少しわかりやすく教えてください」
「アルコール依存症のことです。断酒会で自分を見つめなおす作業を疎かにしてはいけません。常に自
分を点検していなさい」
「アルコール依存症はどうやったら治るのですか?」
「落ち着きなさい。とにかく心に落ち着きを求めなさい。落ち着いて人に接すれば怖くはありません。
あなたは人と話をする時にいつも考え過ぎてしまっていて人の話に心が集中できないでいます。だから
自分で様々な妄想を作ってしまうのです。そう、すべてはあなたの妄想なのです。人が怖い原因はあな
たの心が生み出しているものなのです。もっと広い心であなたの中にある神を信じなさい。きっとあな
たの中にいる神に祈れば、そんなあなたに落ち着きを与えてくれますから。祈りと瞑想があなたを導き
ます」
 お不動さんの言葉のエネルギーが彼女をしっかりと包み込みます。先生が続けました。 
「今回の人生の目的は何ですか?」
「忍耐です」
「忍耐とは何ですか? どういうことですか?」
「あなたは今まで自分の力で困難を乗り越えて来たことがありません。いつもお酒に逃げてばかりでし
た。でも今回の人生ではお酒をキッパリとやめています。あなたは自分の力だけでいろんな試練を乗り
越えていくチャンスを初めてつかみ取ったのです」
「今の借金生活からいったい何を学ぶのですか?」
「お父さんを許しなさい。夫を許しなさい。お母さんを許しなさい。すべてを受け入れてあげなさい。
すべてをなすがままに受け入れなさい」
「でも、すべてをなすがままに受け入れても借金は減りませんよ。実際の生活は苦しいばかりじゃない
ですか?」
「夫の責任せいばかりじゃありません。あなたがノーと言う時に、その強さの使い方を間違えているのです。
夫の借金はあなたが意地でも止めさせようと思えば、止めさせることが出来ることだったのです。それ
なのにあなたも情に流されるところがあって借金の保証人になってしまったのです」
「では情に流されないためには、どうすればいいのですか?」
 彼女は少し黙り込みました。お不動さんのメッセージを翻訳するのに手間取っている様子です。
「最初に嫌だと思った直感を大事にしなさい。最初の閃きを大事にしなさい。心を落ち着かせると直感
が働きだします。心を開いて耳を澄ませれば私の声が聞こえます」
 先生が話題を変えました。
「人間は何のために生きているのですか?」
「成長するためです。魂を成長させるのです。魂の輝きを磨くのです」
「人間は成長していったら、最後はどうなるのですか?」
「神の国に行けます」
「あなたも神の国に住んでいるのですか?」
「神の国よりひとつ下のレベルに留まって人間の世話をしています。お父さんや弟がいたところで、い
ろんな魂を救っているのです」
「あなたもそうしながら何かを学んでいるのですか?」
 お不動さんは無言でした。先生は質問を変えました。
「お母さんから私は何を学ぶのですか?」
「許すことです。あなたは今生では許すことが大事なのです。あなたのまわりはそんな人たちばかりで、
あなたはいつも怒ったり攻撃したりしています。しかし、その怒りを解き放ってすべてを許していきな
さい」
「私に許す力はありますか?」
「あなたの努力次第です。あなたが許そうと努力すれば、その力はあなたの奥深くから湧き出てきます」
「どんな努力をしたらいいのでしょうか?」
「あなたは断酒会に行って自分を見つめなおす作業を続けなさい。必ず許せる時が来ます。私を信じな
さい。あなた自身を信じなさい」
 お不動さんが力強く言いました。先生は続けました。
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「あなたの今までの人生はアルコール依存症だったり、自殺したりばかりでした。途中で逃げてしまう
人生が多くて、まともに人生を全うしたことが少ないのです。でも今回の人生では、いつものアルコー
ル依存症から断酒会につながって、一人で人生をちゃんと歩いています。よく頑張っています」
「私は今までに何回生まれ変わりましたか?」
「八十六回です」
「息子との関係は何ですか?」
「あなたはもう答えがわかっているはずです。すでに気づいているとおりです。あなたは息子をいじめ
ています」
 彼女は囁きました。
「生まれた時もかわいくなかったんです」
 お不動さんは続けました。
「息子からいっぱい学ぶことがあるはずです。あなたもこれから息子と一緒に成長して行くのです。息
子の言葉に耳を傾けなさい。子供が言っていることだから、と疎おろそかにしないことです。息子は寂しがっ
ています。彼も孤独を感じています。あなたと同じです」
「八十六回の中で息子と一緒の人生は何回ありましたか?」
「二十四回です」
「夫との関係は何ですか? 夫から何を学ぶのですか?」
「彼はあなたの鏡です・・・彼は落ち着いています。彼は人を許せる大きな心を持っています。あなた
のすぐそばに良いお手本があるでしょう。それに気づきなさい」
「八十六回のうち、今の夫と一緒に生きた人生は何回ありますか?」
「八十回です」
 先生は人生の計画について尋ねました。
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
「予定通りです」
「これは私が計画した人生なのですか?」
「頷くだけです・・・自分が計画したんだ、って今はよくわかっています」
「今のこの人生を計画している場面を見せていただけませんか?」
「雲の上にいます。今回はいっぱい成長したいと思っています。だから厳しい人生を選びました。今ま
ではあまり成長できなかったから、今回は霊的に成長したいのです。それが人生を繰り返す目的なので
す」
「ではそこにいる、あなたの人生を計画している魂に聞いてください。今回の人生はこの調子で大丈夫
ですか?」
「ふたつの声が聞こえます。ひとつは大丈夫だよ、って。もうひとつは人生の計画は教えられないよ、っ
て言ってます」
 先生は彼女に今の人生を生き抜くための目標を与えよう、と未来へと誘いざないました。
「今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっとだけ見せてください・・・。あなたは
何になって、何をしていますか?」
 ゆかりさんの魂が嬉しそうに答えました。
「十七、八歳の若い女の子になって、パーティーで楽しそうに踊っています。白人で金髪をショートカッ
トにしています。目はブルーです。とってもチャーミングな女の子です」
「その未来のあなたから今のあなた何かアドバイスをもらいましょう。未来の彼女は何と言っています
か?」
 踊っている彼女が答えました。
「必ず乗り越えられるよ」
「どうやったら乗り越えられるの?」
「あせらないことだよ」
「あなた、今、幸せ?」
「もちろんだよ。見てごらん!」
 先生が未来の彼女にしっかりとアンカーしました。
「彼女と握手をしてみて。どんな感じですか?」
 ゆかりさんが答えました。
「手が冷たいです」
「あなた、本当は心が冷たいんじゃないの?」
 先生がちょっと意地悪をしました。
「そうかもしれないよ」
 未来の彼女は笑いながら答えました。
「パーティーに来ている人たちに彼女のことをどう思う? って聞いてみてください」
「結構人気あるみたいです。みんな、ニコニコしています。そう、ここはアメリカです」
「どうして彼女のこと、みんな好きなの?」
「明るいしチャーミングだからだよ、ってみんな口々に言っています」
「彼女の良いところは何ですか?」 
「いつでも、どんな時でも明るいことだよ。人に元気を与えてくれるからさ。一緒にいると元気をもら
えるんだよ」
「未来のあなたにお願いしましょう。あなたの元気を今の私にも分けてくれませんか?」
 ゆかりさんはガッカリして言いました。 
「・・・・分けてくれません」
「なぜ?」
「私の考え方を変えない限り、いくらポジティブなエネルギーを渡してもあなたの元気は持続しません
よ、って言われました」 
「では、私はどうしたらいいのですか?」
 ゆかりさんはしばらく考え込みました。
「祈りと瞑想から色々な気づきが得られます。心を開くように頑張りなさいね、と言われました」
「未来のみなさんに聞いてください。今の私を応援してくれますか?」
「みんな、ヒューヒューって口笛を吹いて拍手喝さいしてくれています。私を歓迎してくれています」
 彼女の頬を涙が伝いました。先生は彼女をお不動さんのところへと戻しました。
「お不動さん、私はこれから今の人生に戻って生きていきますが、最後にもう一言、何かアドバイスを
いただけませんか?」
「あなたは自分が思っている程、弱くはありません。もっと自分の力を信じなさい。もっと自分を好き
になりなさい」
 お不動さんの言葉のエネルギーがこちらにも伝わりました。
「お不動さんと握手してください。どんな感じですか?」
「お不動さんが抱き締めてくれました」
「どんな感じですか?」
「フワフワしています。お不動さんも笑っています」
「お不動さん、これからも私を見守ってくれますか?」
「うん、うん、って微笑みながら頷いています」
「これから辛い時にはどうしたらお不動さんを感じられますか?」
「祈りは必ず届いていますよ。祈りなさい、って言われました」
「下の方にお父さんと弟が見えますか?」
「はい」
「ふたりからこの人生を生き続けていくあなたに何かメッセージは届いていませんか?」
「もっと楽しみなさい。気は持ちようだよ、って言われました」
「では、あなたはもといた安全な場所に戻ります。しっかりと着地をします。あなたのまわりに何か変
なもの、嫌なものは付いていませんか?」
「羽根が背中にあります」
「その羽根を持って帰りたいですか? そこに置いて帰りますか?」
「置いて帰ります」
「では上の方にいるお不動さんに、その羽根を預かっておいてもらいましょう。お不動さんは何と言っ
ていますか?」
「笑いながら、うん、うん、って頷いてくれました」
「その安全な場所から、今この時へと戻ってきます。催眠から完全に覚めて、今のこの身体へと戻りま
す。身体を感じて。戻ってきましたか?」
「はい」
 
 ゆかりさんはしばらく手をグー・パーしながら身体を感じ続けていました。彼女の目がゆっくりと開
いた時、目の奥に素晴らし輝きが戻っていました。彼女はまだ光に包まれているかのようでした。
「ここへ戻ってくる時に天使になった弟がついてきてくれました。さっきまで手を繋いでいました。今
もまだそこにいてくれているような気がします。いつも見守ってくれているんですね。今まではそれに
気づかなかっただけなんですね。でも、もう大丈夫です。私、きっとやり遂げて見せますから。あんな
にみんな、応援してくれているんだもの、絶対に出来ると思います。頑張ります。ありがとうございま
した」
 夕立ちもすっかり上がって、オレンジ色の眩しい西日が差し込んでいました。
「お不動さんとは珍しいなぁ・・・。美子さん、お不動さんは初出演じゃなかったかなぁ?」
 先生の優しい目の光が今日のワークで私にへばり付いた重怠いエネルギーをきれいに洗い流してくれ
ました。先生には内緒ですが、先生の目の中で金色に輝く光のシャワーを浴びている夢を見たことがあ
ります。
「ほぅら、ニコちゃんエクボが出ているよ」
「えっ・・・」
 私は夕日に顔を向けました。先生は私のオレンジ顔を眺めています。まるで大仏さんの微笑みです。
夕日がふたりの頬を染めていきます。
「美子さん、ほら、あそこに小さな虹が出ているよ。天使のプレゼントだね」
「ゆかりさん、もう大丈夫だからね」
 私もオレンジの光の中で祈りました。
 
 先生のところには、アルコール中毒の患者さんやその家族の方々がよく診察に来られます。たいがい
は「催眠療法でアル中を治してください」というご希望なのですが、先生は丁重にお断りしています。
外来が暇な時に、私も尋ねたことがあります。
「先生、ダイエットや禁煙の催眠療法は出来るのに、なぜアルコール中毒はダメなのですか?」
「催眠はポジティブなイメージを用いて暗示を重ねていくのが普通なんだ。ネガティブなイメージでは
催眠状態の患者さんがきっぱりと拒絶しちゃうんだよ。ほら、前説明で言うだろう、『催眠はあなたが
嫌だ、危ないと思ったら、自分の意志ですぐに出てこれます』と。これは催眠の大切な特徴だよね。ど
んなに深く入っていても、そう例えば、催眠ショーで人間ブリッジになって人が上に乗ってもビクとも
しない! なんていう時に、もし火事の非常ベルが鳴ったら、催眠でブリッジになっていた人も逃げな
くちゃ! でドスンと下に落ちて走り出しちゃうからね。これが邪魔をするんだよ。
 アル中の患者さんはアルコールが大好きで飲んでるんじゃないよね。過去、現在、未来からともかく
逃避したいんだ。過去が辛いから、今が苦しいから、未来が心配だから、逃げ出したいんだ。催眠療法
を始めるまでに、その逃げ出したい原因が解消されていれば、うまくいくと思うよ。患者さんにとって
もポジティブなイメージが実現しそうだものね。しかし、外来に来られるアル中の患者さんを取り巻く
環境はどうだろう。患者さんひとりが変わろうとしても、まわりの環境が整っていないと難しいんだ。
患者さんにいくらポジティブなイメージを与えて断酒する意欲を高めても、家に帰った途端、またスト
レスがドカッと襲ってきたら、患者さんはすぐにアルコールへ逃避しちゃうんだ。これを繰り返せば繰
り返すほど、患者さんの自信がなくなり、心の奥の自己嫌悪が強くなっていくんだ」
 先生は寂しそうに言いました。
「だからアル中を治す催眠療法はお断りしているんだ。もっとも過去生退行催眠なら、患者さんが自分
の魂の声からアル中であることの意味に気づいて立ち直れるかもしれないよ。ただし、やはり患者さん
が本心から治りたい、逃避をやめて人生に立ち向かいたい、と思っていることが必須条件だよね。これ
は他の病気の原因を過去生退行で探るときにも言えることだけど、アル中の場合はどうしてもアルコー
ルで顕在意識がボロボロになっていることが多いからねぇ、その分、やりにくいし成功率も下がるんだ。
 でも、どうのこうの言わずにやってみることだよ。だって治る可能性がゼロなわけでもないんだから。
だからアルコール中毒の原因となった過去生退行催眠は引き受けているんだよ」
 いつも最後にはポジティブでチャレンジャーの先生です。
「ところで先生、先生はなぜアルコール中毒に詳しいのですか? 先生は全然お酒を飲まないし、脳外
科医でしょう・・・私には先生とアルコール中毒の患者さんとの接点がわからないのですが」
 こんな質問が出来るのは、この世の中で私だけです。先生は笑いながら教えてくれました。
「お酒は飲まないなぁ。一番大酒食らったのは大学に入った夏だったなぁ。ポニーテールがとってもよ
く似合う彼女に見事にふられちゃったんだよ。あれはね、木の床がギュウギュウ鳴る旭屋本店で本に埋
もれてインクの匂いにラリッていた時だったなぁ、目の前をマヤの太陽のような笑顔のポニーテールが
彼氏と腕組んで通り過ぎていったんだよ。あの男、カッコ良かったなぁ、ちょっとスペイン人ぽかった
けど・・・。そう、ポニーテールがまるでバイバイするように楽しげに揺れていたなぁ。あれ以来、ポ
ニーちゃんには会っていないなぁ・・・それは誰? かは言えないけどね、美子さんもよく知っている
女性ひとだよ。高校時代は何だか張り合うところもあって、うまく気持ちを伝えられなかったけれど、少年
の心の中ではホント、女神さま! っていう感じの人だったんだ。そう封筒に桜の花びらが入っていた
なぁ・・・あれ以来、あまり飲まなくなったよ。だってね・・・」
 先生はニコニコしながら、わざと視線を背けました。
「え? 先生、やけ酒飲んだの? そんな・・・」
 言葉に詰まった私を無視して先生は話し続けました。
「脳外科医にはあんまりお酒の豪傑はいないなぁ。忘年会でも、先生方は珍しくあまりお飲みになりま
せんね、とよく言われるからね。まぁ、たまに突然変異はいるけどね。脳外科医に酒豪が少ないのは、
どうしても夜間の呼び出しが多いからだと思うんだ。一人前になるまで、そう初めの十年は年中無休の
オンコール体制だからね。夏は外傷、冬は脳卒中、動脈瘤は年がら年中・・・ともかく手術、手術、手
術だろう。この手術がたいてい夜中だったんだ。術後の管理でも、しょっちゅう呼び出されるからね。
気を抜けるときなんて、なかったんだ。お酒でストレス発散はいいけど、飲んでも酔うことは許されな
い雰囲気があるんだな、脳外科には。そう、脳外科医としてのプライドだね。術後もね、例えば整形外
科とか外科のように教科書通りにはなかなか行かないんだ。なにせ脳というコンピューターが一時的に
壊れちゃっているわけだから、身体がバラバラに機能しちゃうんだよ。例えばね、胃に食べ物が入って
いないのに、胃酸をコントロールする指令が来ないものだから胃酸がドンドン分泌し続けて、あっとい
う間に胃に穴が開く、なんてことがよくあったんだよ。外科に出向して胃潰瘍の手術くらい一人で出来
るようになっておくことが新米脳外科医に求められていた時代だったからなぁ」
 先生は昔話にふけるおじいちゃんのような顔で続けました。
「そんな緊張の連続が充実感になっていたけど、いつ何時、急患が入って来ても対処出来るように自分
を縛ってもいたね。だから自然とお酒に手が出なくなったんだよ。脳外科では患者さんの生死を決める
判断を極く短時間でしなければならないことが多いんだ。バイタルサイン、つまり生体反応を診て、C
Tを見て、それだけで手術の適否を決めなければならないことがあるんだよ、その場でね。手術は無理
です、はイコール死、だったからね。逆に、手術する、と決めたら、もう突き進むしかないんだ。それ
は時間との戦いだったよ」
「今の先生の決断力と行動力は、その時に培われたんだわ」
 私はひとりで納得しました。
「脳外科で学んだことは、今のこの仕事にとても役立っているよ。脳外科の専門医試験の勉強で脳には
とても詳しくなったからね。三十才を過ぎて、あれだけ受験勉強できたことはやはり自信になっている
よ。なにせ頭を傾けたら詰め込んだ知識がこぼれ落ちそうだったからね。あの時、学んだ最先端の脳の
知識が下敷きになっているから、今の催眠療法もうまくいくんだよ。
 そう、そしてその専門医試験の前後、数年間だったかなぁ、週一回のバイト日に大きな精神科の病院
に行かされていたんだ。そこにはアルコール専門病院もあってね。時々、頭を打ったとか言って往診を
頼まれたんだ。それが私とアルコール中毒との接点だね。あの頃は正直、なぜ精神科の病院に行かなきゃ
ならないのか、わからなかったよ。脳外科の外来に、やって来るのは精神科に入院している患者さんば
かりだからね。午後は精神科の閉鎖病棟に往診に行くこともあったなぁ。カルテを書いていると、患者
さんに後ろから急に抱きつかれたこともあったよ。オートロックの鍵を持ってないので、病室に閉じ込
められて患者さんたちに取り囲まれたこともあったなぁ。あの経験もそれなりに役に立っていると思う
よ。そう言えば、あの病院の庭の桜はとてもきれいだったなぁ。ひがな一日、暇なものだから桜をずっ
と眺めていたっけ・・・」
「先生、それで精神科のことも知っているのね。私はね、先生がアルコール専門病院とか断酒会のこと
をよく知っているので、てっきり昔、大酒飲みで体験入院してきたんじゃないのかな? なんて勘ぐっ
ていたんだ。でも安心したわ。ごめんね、先生」
 私は先生に向かって、ごめんなさい、をしながら言いました。
「いいんだよ。まぁ、普通は変だと思うよね。それに、もともと体質的にも飲めないから、あの『桜の
女神さま』事件で酒の味を覚えきれなかったんだよ」
 先生が思い出し笑いをしています。先生は意外とネチネチ、ウジウジもしています。彼が先生になっ
ていなかったら、そしてこんな出会いをしなかったら、彼はきっと立派なストーカーになっていたこと
でしょう。私の脳裏に、鉄格子の中でいじけている彼の姿が浮かびました。私は悪戯っぽい声で聞きま
した。
「先生はもう、全然お酒を飲まないの? 美子、先生が付き合ってくれないから寂しいなぁ・・・」
「美子さんが飲め、とおっしゃるなら何でも飲みますよ。例えアブサンの一気飲みでも・・・しちゃう
ぞ」
 先生はホントにやりそうだから・・・こわいです。先生は静かに続けました。
「開業することになった頃、不思議と精神世界の本がまわりに集まってきたんだ。開業するからには経
営を学ばなくては、と思っていろいろな本を読んだけど、経営と哲学、そして精神世界とはしっかりと
繋がっていたんだよ。あの松下幸之助さんをはじめ日本の経営者の多くが自分なりの神さまを持ってい
たんだね。経営哲学に経済学なんて出てこない、あるのは生き方の哲学、魂の哲学だったんだ。もうこ
れは精神世界そのものだよ。ダスキンでは毎朝、般若心経を唱えるだろう。京セラの会長は出家しちゃ
ただろう。経営者は大いなる力に何度も助けられていることを自覚しているんだ。だから大いなる力を
大切にしているし、大いなる流れに敏感になるんだ。これが経営学の神髄なんだよ。
 私もたくさんの本を読みあさっていくうちに、大いなる流れに乗り始めたことに気づいたんだ。いや、
大いなる流れには初めから乗っていたけど、それが具現化し始めたことに気づいた、と言った方がいい
かな。だから出来ることは片っ端からやってみたんだ。そんな中で瞑想は良かったね。今までに感じた
ことのない体験だったんだ。それで瞑想には嵌はまったなぁ。今でも空いた時間にやっているけど、心の
バランスをとるのには良い方法だね。第一、簡単でお金も道具も要らないからね。
 瞑想で私の魂の窓が開かれていったんだ。そして何とかここまで大いなる流れに乗ってきたんだね。
で・・・風変わりな診療所ができた、という訳だね」
 先生の目に澄み渡った自信が見えました。
「瞑想を続けていると身体もきれいになるんだよ。味覚が敏感になるし、新陳代謝も良くなっていくん
だ。自律神経系が落ち着いてくるから当然なんだけどね。そしてもちろん、心もきれいになる。
 具体的には、お酒やタバコが飲めなくなってくるよ。甘いものや油ものもあまり食べたくなくなって
くるんだ。身体の声が聞こえてくる、そんな感じかなぁ。身体が要るもの、要らないもの、を教えてく
れるんだよ。そんな声が心で感じられるようになるんだ。お酒よりもお白湯さゆの方が欲しくなったりして
ね、ちょっとしたベジタリアンの世界だね。
 これが今、お酒を飲めない理由なんだ。もちろん、身体にごめんなさい、と訳を話して飲めば大丈夫
だよ。そう、今度、飲みに行こうか? 山の上ホテルにお洒落なバーがあるんだ。始発ののぞみに乗れ
ば朝のワークに間に合うよ」
 先生は悪戯っぽい子供の目を返して言いました。
「まぁ、またそうやって、こんな絶世の美女を食べようとするんだから。それは先生の身体が言ってる
んでしょう。もう、スケベ親父なんだから。ちゃんと瞑想して魂で反省して来なさい!」
 そう言いながら私はクロス・カウンターを先生にぶち込みました。スローモーションで先生の心はマッ
トに沈んでいきます。
「先生って私をそんなにも愛し続けていて大丈夫なの? 毎日毎日、愛に燃え続けているじゃないの。
先生が私に心も魂も開いてくれるのは嬉しいのよ。幸せよ。こんなに愛されているんですもの。魂から
無限のエネルギーが供給されているから、先生の魂が枯渇することなんかないことはわかっているわ。
でもね・・・人生の醍醐味を味わっている先生の引力に引き込まれてしまいそうな私がこわいの・・・。
先生、今ね、もう一度誘われたなら・・・」
 そして私もバッカスのテン・カウントを聞きながら、ゆっくりとマットに沈んでいきました。
 

美子レポート
  アルコール依存症
 昔々、甲府の梅里にゲンタという青年がいました。彼は十八の時に、医学の勉強をするために町へ出
て行きました。
 「はや」という診療所に着きました。中では白い服を着た先生が忙しそうにしていました。ちょんま
げが揺れています。患者さんたちから、じん先生と呼ばれていました。先生は「今の父」です。
 じん先生はゲンタに医学をしっかりと教えてくれました。とても優しくて、本当の父みたいでした。
ゲンタはいつも「先生の力になりたい」と思って勉強していました。
 ある時、先生が「自分の娘を嫁にもらってくれ」と言いました。ゲンタはとても幸せでした。妻の名
は「しず」と言いました。「今の娘」です。じん先生とゲンタ夫婦は仲良く暮らしました。仕事も順調
でした。
 ある時、ゲンタはミスをして難産の母子を死なせてしまいました。その赤ん坊が「今の息子」です。
赤ん坊はゲンタをとても恨みました。彼が失敗しなければ愛情あふれる母親と生きられるはずだったの
に、その運命が閉ざされてしまった、と赤ん坊は思っていました。赤ん坊は憎しみを持って生まれ変わっ
て来ました。赤ん坊の心が伝わります。「今度はいっぱい愛して欲しいから。死んだ母親に代わって、
あなたに愛して欲しいから」
 それからというもの、ゲンタは酒浸りになりました。来る日も来る日もお酒ばかり飲んでいて、医者
の仕事をしなくなりました。
 ゲンタは梅里の実家に帰りました。母親一人が働きました。彼と父親は毎日お酒を飲んではケンカを
して、いがみ合っていました。
 ゲンタの心がお酒で狂っていきます。三十三歳の時、彼は父を殺しました。そして自らもノドに釘を
刺して死にました。ゲンタは思いました。
「これで酒から逃げられるさ」
 
 先生はゲンタの魂に尋ねました。
「死んだ時に、何か決心したことはありますか?」
 ゲンタの魂が答えました。
「もう二度とお酒は飲みません」
「それからどうなりましたか?」
「どんどん空にあがって行きます。雲の上で少し横になって休みます。それから私を指導してくれる女
性が近づいて来ました」
「その人は何と言っていますか?」
 彼の魂が答えました。
「今までの人生の反省をしています。まず、ミスをきっかけにお酒を飲みはじめたことです。お酒に逃
げるのではなく、あれを基にしてもっと偉大な医者になるはずでした。でも自分の弱さに負けてしまい
ました。もっと医学を勉強すべきでした。自信過剰になっていました」
 指導者が続けました。
「謙虚になりなさい。今のあなたには謙虚さが必要です。人ばかり責めて、自分のことは棚にあげてい
ます。あなたがお酒に溺れていても先生や妻はずっと暖かく見守ってくれていました。だのにあなたは
実家に帰ってしまい、恵まれた環境を捨ててしまったのです。本当はご恩返しをすべきだったのに。
 今回の人生でも逃げることばかりを考えています。弱さを強さに変えなさい。その訓練をするのです。
なかなか実行に移せないのはわかりますが、それは総ての人に共通なことで、あなただけではないので
す。もっと努力しなさい。あきらめが早すぎます。持続性がないのです。
 前回の療法の時にも「忍耐が足りない」と言いましたが、未だにその意味がわかっていません。あな
たがこれ以上、彼のことを責めたりすると、あなた自身が弱さに負けてしまいます。人を責めることに
よって自分の弱さをカバーしているからです。弱さと正直に向き合いなさい。自分を受け入れなさい。
もっとお父さんを信頼しなさい。
 世の中を生きていくためには猜疑心はあって当然です。それがなければ善悪の区別がつきません。で
も、あなたは猜疑心の使い方を間違っています。自分の身近な人に猜疑心を持つのではなく、もっと幅
広く、浅く使い分けなさい。私はあなたを見守っていますよ」
 先生は指導者に尋ねました。
「今回は、どうやって彼とペアーを組んだのですか?」
 彼の魂が答えました。
「私は何回も生まれ変わって来ているのにアルコールを克服できたことがありません。それなのに、私
を本当に愛して受け入れてくれているのが彼です。もし他の人なら離婚されて、のたれ死にしてしまい
ます。今回も私のアルコール依存症を断ち切るために夫婦になってくれました。前の人生では義理の父
で上司という、先生と生徒の立場だったけれども力が及びませんでした。だから今回は夫婦になって、
直接手助け出来るように生まれ変わってきました」
 指導者が続けました。
「彼の広い心に感謝しなさい。もし今回、アルコール依存症を乗り越えられたら、もう来世では一緒の
運命は歩まないでしょう。別々の運命を歩くことになるでしょう」
「では、私は彼と一緒に今回の人生を計画したのですか?」
「私はあまり細かい計画を立ててなかったのですが、彼は細かく計画してくれました」
 先生は指導者に聞きました。
「今回の私の人生はここまで順調ですか?」
「よくがんばっています。このまま乗り越えられますよ。ここまでよく乗り越えてますよ。お酒を止め
たこの四年間はきっと実りとなって、あなたの人生に還ってくることでしょう。今までは困難にぶつか
ると、お酒に逃げて乗り越えられなかったけれども、この四年間は白面しらふできちんと乗り越えてきました。
その自分を誉めてあげなさいね」
「世の中のアルコール依存症の人は、みんな私みたいなものなのですか? 他の問題もあるのですか?」
 指導者が答えました。
「アルコール依存症は心の病気です。あなたのような人がいっぱいいます。今回のあなたは比較的軽い
方です。他の病気を併発していませんから。もっとひどい人は、うつ病や薬物依存、拒食症などの病気
をアルコールによって引き起こしています」
「あなたの指導者としっかり握手してください。どんな感じですか?」
「あったかいです。これからも私を見守って下さるそうです」
 
 この症例は、アルコール中毒の方々にとっての模範解答のように感じました。「なぜアル中の人生を
歩んでいるのか?」の答えのひとつがここに示されています。先生はその答えをこのレポートには書か
ないように、とあえて指示しました。たくさんのアル中患者さんに気づきをもたらし、アル中という試
練をクリアーできる大切なヒントがこの症例の中にあるからだ、と言いました。自分で考えて気づくこ
とが大切なのです。
 この方は幸いにして大きな愛で見守られていました。それに気づかれただけでも、きっとこれからは
人生がうまくいくことでしょう。
「これはこの方がアルコール中毒から得た個人的な気づきなのです」
 私がこのレポートを書いて先生に見せたところ、先生はこの部分に赤線を引きました。
「美子さん、この人は、過去生での師匠の愛、今世での夫の愛と何代も引き継がれてきた大いなる愛に
やっと気づいたと思うよ。確かにそれは個人的なことだよ。アル中患者さんの中には家族に見捨てられ
てしまった人たちも多いからね。夫がアル中の場合はまだ妻が面倒をみてくれるケースがあるけど、逆
の場合は悲惨だよね。この人の場合は稀なケースだとも言えるよ。だから個人的な、だね。
 でも私は思うんだ。すべてのアル中患者さんのまわりに、よくよく探したら、この夫にあたる役目の
方が必ずいるんじゃないのかな? アル中は魂にとって、学びのための大きな試練なんだろう。その気
づきのひとつが大きな愛に守られていることだとしたら、誰かが愛してくれているはずなんだ。それは
夫婦、親子、友人・・・いろいろ考えられるけど、ともかくアル中の自分の心を静めて、自分の中心に
立って、まわりをゆっくりと見廻してみたら、きっと誰かが愛してくれていると思うよ。そんなアリ地
獄のように助かる術すべはない試練なんか、いくら意地悪な神さまでも人生計画に入れはしないよ」
 今日の私はちょっと意地っ張りです。負けず嫌いでは先生の上を行きますから。
「じゃあ先生、教えて。自分を愛せないと人を愛せない、と言うでしょう。人を愛せないと人から愛さ
れない、とも言うでしょう。だったら自分を愛せない人は人から愛されないですよね。ところでアル中
の人は自分を愛しているのかしら?」
 私は白面なはずなのに、なんだかほろ酔いかげんのいい気持ちのまま続けました。
「ね、先生。アル中の原因って、いつもお酒に逃げてばかりいるからではないのですか? ほら、この
症例でも、『今回の人生でも、逃げることばかりを考えています。なかなか実行に移せないのはわかり
ますが、それは総ての人に共通なことで、あなただけではないのです』と言われているでしょう。アル
中の人は弱いのですよ、だからいつもお酒に逃げてばかりいるのですよ。白面になるとそんな弱虫の自
分が見えてくるから、またお酒を飲んで忘れようとするのじゃないですか? 自分からも逃げているの
ですよ。そんな人が自分を愛していますか? アル中じゃない人だって自分を愛せなくて悩んでいるの
ですよ? とてもアル中の人は自分を愛しているとは思えないけどなぁ」
「昨日、ビールを飲みすぎちゃったのかしら・・・でもなぜ今ごろ? 私、どうなっちゃってるの?」
 もうひとりの美子が悲鳴をあげているのを横目で見ながら、私は続けました。
「だからね、先生。アル中の人はやっぱり人から愛されるなんてことはないのよ。あれは先生のヘリク
ツでしょう。仮にですよ、自己否定してしまっているアル中の人が誰かに愛されていても、愛を受け入
れることなど出来ないでしょう、無理ですよ。人を愛せないのだから、人からの愛を不気味な攻撃だと
思うかもしれませんよ。愛に包まれているのに、その愛の中で悶え苦しみ、逆上して愛してくれる人を
殺すか、自殺しちゃうか、の結末になるのがオチですよ。実際、この世の中、そんなことが起こってい
るじゃないですか。だから無理なんです。絶対に無理だからね。無理、無理、無理!」
「もうそれ以上、やめて私! こんな姿、先生に見られたくないの」
 もうひとりの美子が泣き出しました。泥酔した私はニヤニヤ笑っています。
「だいたい先生がいけないんだわ。私、もううんざりしてるのよ、何よ、知恵だとか、美だとか、愛だ
とか・・・どうだっていいじゃないの。私は普通の生活を平々凡々に送ってきたし、『突然の未亡人』
なんて悲劇のヒロイン役が回ってきたけど結構それも楽しんでいたのよ。だのに夫と入れ違いにやって
来て、魂の学びとか、人生のからくりなんかで私を惑わしたりして・・・。絶対に前の方が楽しかった
んだから。神様が言う『人生を楽しみなさい』は前の方が出来ていたんだから。先生には今日まで言わ
なかったけど、私ね、先生のアシスタントをするようになってから、家に帰ってもそのままベッドで朝
まで熟睡しちゃうことだってあるんだから。朝、シャワーから出てきた私を見て、娘が笑って言うのよ、
『お母さん、まるでクラブですべてを出し尽くしちゃってる熱血女学生のようだよ。情熱の嵐! って
感じだけど、今時、そんなの流行んないよ。でもさ、お母さんね、とってもいい寝顔してるから、娘か
らすれば安心だけどね』 こんなこと、子供に言われたくないわ・・・。
 先生、もう哲学なんてやめちゃいなさい。哲学なんて現実に生きてる人も社会も幸せにすることなん
か出来やしないのよ。アル中の人だって、お酒を飲んで現実逃避している方が楽でしょう。なぜわざわ
ざ自分に立ち向かわなければならないの? そんなの自分がますます苦しむだけじゃないの。お酒を飲
んで楽しく生きて、そのうち死んでいく、これのどこがいけないのよ。答えてよ、先生!
・・・黙ってないで何とかおっしゃい!
 先生、ずるいわよ、夫とバトンタッチするにしても、なぜ普通の男たちみたいに言い寄ってこないの?
 私のこと、好きなんでしょう、抱きたいんでしょう? だったら本気で誘ってよ、抱いてよ。なんで
私との間に哲学を入れるの? 愛してるんでしょう? 私だって先生のこと、愛してるわ。だったらそ
れだけでいいじゃない。先生、再会してからずっと私を高い高いところから見下ろしてるよ。しっかり
と私の手を握って、ゆっくり引き上げてくれてるのはわかるけど、先生、どうして降りてきてくれない
の? なぜそんな高いところまで登らないといけないの? 先生のいるところは高すぎて、明るくて眩
しくてよく見えないよ。先生の本当の姿もよく見えないよ・・・降りてきてよ。抱きしめてよ。神様の
ところになんか行かなくていいじゃないの。一緒に下界で楽しく暮らそうよ。私がね、哲学なんか忘れ
させてあげるから、先生、そこから降りてきてよ。もういいじゃない?」
「先生、今のことは忘れて! これは美子じゃないわ。私もお酒は好きだけど、こんなに悪酔いしたこ
となんて・・・」
 泥酔した私がもうひとりの美子の口を両手でふさぎました。私たちの意識が遠ざかって足もとが崩れ
ていきます。
「でもこの手の感触は・・・たしか・・・」
 先生は私を診察ベッドにそっと横たえてくれました。先生の声が夢の中で聞こえました。
「美子さん、バッカスの神に乗り移られたんだね。大丈夫かな?」
 私は夢の中で頷きました。
「先生、私、どうしちゃったのかしら? 何がなんだか、わからなくなっちゃいました。自分でもどう
しようもなかったんです。ごめんなさい」
 先生は神様のような微笑みで言いました。
「いいんだよ。それよりも、おめでとう! だよ。あれは美子さんが魂のステップをかなり登ってきた
証だからね。これからも時々、あるかもしれないけど大丈夫だからね。僕がついているから、ちゃんと
乗り切れるよ」
 私はキョトンとした目で先生を見つめました。
「人の心の奥底には神と悪魔がいるんだよ。魂にとってはどちらも必要なんだ。普通の魂は神の部分と
悪魔の部分でバランスをとっているだよ。身体と心が生きていくためには悪魔の部分はとても大切なん
だ。食欲がなければ生きていけないし料理という文化も発達しないだろう。性欲がなければ子孫が残ら
ないし服飾文化や美術もきっとこんなに発達しなかっただろうね。金銭欲が経済を活性化させ、物欲が
工業を発展させてきたんだ。魂にとっても、そんな煩悩に陥って苦悩するから悟れるのであって、神の
部分ばかりではなかなか十分に悟れないと思うよ。
 魂のステップアップの山登りを始めると、最初に出くわすスランプは『こんなにやってきたのに、私、
全然進歩してないわ』という気づきなんだ。いくつか気づきを得て、自分でも登ってきた来たつもりで
いたら、ある時、振り出しに戻ったような気がするんだよ。今まで何やってきたんだろう、で自信喪失
しちゃうんだ。山登りに例えるなら、けっこうな登り道を息を切らして登ってきたのに、目の前に出発
地点と同じ景色がまた広がってきちゃった、そんな感じだね。
 これは『グルグル山登り』つまり、ら旋状に山を登っているんだよ。同じ景色が見えた時、落胆しな
いでちょっと下を見てみると、前よりも高いところにいるはずなんだ。ただ、それに気づかないだけな
んだね。ちゃんと登っているんだけど、初めてだからビックリしちゃうんだ。でもグルグル回っている
ことに気づいたら、あとは大丈夫なんだ。何度同じ景色が見えてきても、その景色を余裕で楽しめるよ
うになるんだ。そうやってどんどん登っていくんだよ。
 そして、次にやって来るのが『悪魔の誘い』だね。今日の美子さんみたいな葛藤が心の中で起こるん
だよ。魂のステップアップの山登りをしていると、次第に魂の中の神と悪魔が統合されていくことにな
るんだ。この時、悪魔にとっては神が悪魔を吸収合併してしまうように感じるんだ。だから山登りを邪
魔するんだよ。悪魔のやり方はただひとつ、『欲の世界で楽しく生きよう』 欲があるから生きられる、
欲がなければ生きられない、欲は善きもの、楽しいもの、だから山登りなんかやめて、一緒に楽しもう、
と言って来るんだよ。あらゆる手段を使って誘惑してくるよ。イエス様も砂漠で悪魔に散々やられたも
のね。これは難関なんだ。ここでリタイアしてしまう人も多いからね。リタイアしたからって別に恥じゃ
ないし、神さまから責められることもないから安心してもいいんだ。神と悪魔の統合なんて、そう簡単
に出来ることではないのだから。
 この悪魔の誘いをクリアーするには悪魔と戦わないことだね。戦っても勝ち目はないから・・・だっ
て相手は悪魔だからね。こちらが神でも勝てないよ。まぁ、よくて引き分けだろうな。だから、ここで
は裏技でクリアーするんだ。つまり自分の中の悪魔を認めちゃうんだよ。悪魔が自分の中にいることを
認めちゃう、悪魔の存在を許しちゃう、自分も悪魔になるということを知っておくんだよ。まず共存か
ら始めるんだね。決して悪魔を否定しないんだ。自分の中にもいるのだから、人の中にだって悪魔がい
ることを認めるんだよ。すると不思議なもので、人の中にいる悪魔の姿が見えてくるんだ。悪魔はとて
もシャイなんだよ。神は明るいところで堂々としているけど、悪魔は明るいところや人前が苦手なんだ。
他人に見つめられると恥ずかしくて逃げ出しちゃうんだよ。だからイエス様の時も砂漠でひとり、だっ
たろう。他人の中の悪魔が見えたらそれを見つめて、その悪魔の存在を許してあげるんだ。きっとその
悪魔は恥ずかしがってどこかへ退散しちゃうからね。今の美子さんはこれを覚えておいた方がいいよ。
そのうちきっと役に立つからね」
 先生はゆっくりと教えてくれました。
「弱さを強さに変えなさい、これはそういうことなのね」
 私は先生に見つめられるのが恥ずかしくて寝返りしました。
「今のは私の中の悪魔だったの? それとも悪魔の私だったの? どっちだっていいわ・・・先生の言
う通り、あの悪魔は私の影に住んでいるわ、今だって。今まではずっと上手くやって来たんだわ。顔で
は笑っていても、やっぱり心の中ではいろんな人を責めていたわね。そうね、平凡な生活って言うけれ
ど、毎日毎日、何かを誰かのせいにして憂さを晴らしてきたような気がするもの。噂話も芸能ゴシップ
も好きだったものね。自分を忘れるために誰かに責任転嫁をしてきたんだわ。そして、その誰かが見つ
けられなかった時はイライラしたり眠れなかったりしてたんだわ。そう、さっきの私は先生を責めるこ
とによって自分の弱さをカバーしていたんだわ。
『弱さと正直に向き合いなさい。自分を受け入れなさい』
 これが自分の中の悪魔を認めて、自分の中に悪魔が住んでいることを許すことなのね。これが自分を
愛するということなのだわ。先生は人の中の悪魔も見えてくると言ってるけど、本当かしら。私にはま
だまだみたいな気がするけど、でも嫌いな人の背中に乗っかっているイジワルな悪魔が見えたら、なん
だかその人を許せるような気もするなぁ。きっとこれが人を愛する入口なのだわね。
『彼のことを責めたりすると、あなた自身が弱さに負けてしまいます』 確かに確かにその通りでした。
もうちょっとのところで私は私自身に負けてしまうところでした。でも恐ろしかったなぁ・・・。今日
は先生がいたから助かったけれど、他のところでこんな魂の発作が起きたらどうしようかしら・・・と
りあえず、お酒は控えめにしなくちゃね。でも、なんだか寂しいなぁ・・・せっかく萩焼のジョッキ、
冷たく冷やしてきたのになぁ・・・?」
 私はキュッと寝返りし直して先生をにらみました。先生は右手をマリオネットのように動かしながら
言いました。
「いやぁ、ちょっと気を抜いた隙に、このハンド君ったら美子さんのまんまるおしりにまで散歩しに行っ
ちゃってたよ。こら! ハンド君、ごめんなさい、しなさい」
 先生はそう言うとハンド君の頭をペコッと下げました。私はハンド君の頭を撫でながら言いました。
「いいのよ、Hなハ・ン・ド・君。今度はお姉さんがハンド君を天国に昇らせてあげるからね、楽しみ
にしていてよ」
 私は悪女のキスマークをハンド君のうなじにつけました。もうこれで彼は私のしもべです。私の中の
悪魔と天使が一斉に怪しく笑い出しました。
美子レポート  
  いじめ
 十九世紀初めのイギリスの小さな町に、マーシャという女の子がいました。彼女はアルコール中毒の
父親と二人で暮らしていました。母が死んで以来、父は酒浸りの毎日でした。父が酒に酔うと彼女はい
つも怒られ、いじめられました。彼女はそんな父のことが大嫌いでした。その父が「今の夫」です。
 十二歳の時、マーシャは父を捨てて逃げ出しました。名前も知らない町まで来ました。空腹で途方に
暮れていた彼女を白髪の老人が助けてくれました。彼女はそのまま、その青い目の老人と一緒に暮らし
ました。怖い父から遠く離れて、彼女にもやっと普通の生活が訪れました。
 マーシャは幸せになりました。でも彼女が十六歳の時、老人は亡くなりました。彼女はまた独りぼっ
ちになりました。
 ある日、「父はのたれ死んだ」という噂を耳にしました。罪悪感が襲いかかります。彼女の心は死人しびと
のように閉ざされました。
「死にたい・・・。おじいさんが亡くなってしまって、もう私は生きてはいけないわ」
 ある朝、マーシャは汚い道端で倒れていました。ひどい空腹でした。彼女は薄れ行く意識の中で思い
ました。
「私しかいなかったのに、父を放ったらかしにして死なせてしまったわ。父はお酒と悲しみで正気では
なかったのに」
 マーシャは死の中で決心しました。
「今度はお父さんを幸せにしてあげよう。そして今度こそ、逃げないで生ききろう」
 
 先生はマーシャの魂を高みへと導きました。そして彼女の人生を振り返りました。彼女は言いました。
「誰かに何かして欲しい、という思いが強すぎました。自分で道を切り開く心の力がありませんでした。
子供だったので、逃げることばかりを考えていました」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてマーシャの人生と、今、生きている人生を見比べてもらい
ました。
「・・・主人を幸せにしてあげようと思って結婚したのに、何が原因だかわからないけれども、やっぱ
りいつもいじめられている感じがしています」
 先生はさらに高みへと導きます。そこには温かい雲と光がありました。そして光の中には神様みたい
な人がいました。先生はその神様に尋ねました。
「夫との関係から私は何を学ぶのですか?」
 光の神様が答えました。
「忍耐・・・。自分で生きなさい。自分がまわりの人を幸せに出来るような生き方をしなさい」
「どうしていつも夫からいじめられているような感じがするのですか?」
「幸せだと何もしないからだよ」
「マーシャの時も今回も、いじめられるのを私が頼んだのですか?」
「そうです」
「これは誰の計画ですか?」
 光の神様が答えました。
「あなたですよ」
 先生は彼女の魂に代わって言いました。
「私は選びませんよ」
「今の私ではなくて、魂が選んだのです」
 彼女は当り前のように言いました。先生は光の神様に聞きました。
「今回の人生の目的は何ですか?」
「まわりの人に愛を与えなさい。とりあえず夫に親切にしなさい。そしてお客さんに喜んでもらえるよ
うな仕事をしなさい。自分の力で努力して生きなさい」 
「人間は何のために生きているのですか?」
 光の神様が答えました。
「成長するためです。みんなで幸せになるために成長するのです」
「なぜ何度も生まれ変わっているのですか?」
「完全になるためです」
「完全になったら最後はどうなるのですか?」
「光になります」
「私は今までに何回、生まれ変わりましたか?」
「百八十二回です」
「その中、夫と一緒に送った人生は何回ありますか?」
「百回以上です」
「その中に、私が夫をいじめた人生がありますか?」
「あります」
「夫は忍耐をクリアーできたのですか?」
 彼女は少し驚きながら答えました。
「クリアーしているような気がします」
 先生は光の神様にお願いしました。
「私が夫をいじめた人生をひとつ見せてください」
「オランダです。私が母親で、夫は男の子です。何か失敗したので私が叩いています。子供は脅えなが
ら、いつか復讐してやる、と思っています。子供は働きに出されています。私は子供を搾取しています。
子供は大きくなると、いなくなってしまいました。私は逃げられた、と思っています。そして独りきり
になって死んでしまいました」
「死ぬ場面で何を思いましたか?」
 彼女の魂が淋しそうに答えました。
「今度は人に優しくしよう」
 先生は光の神様に尋ねました。
「今の仕事の意味は何ですか?」
「たくさんの人を幸せにするためです。みんなをかわいがるためです。」
「別の仕事をしようと思っているのですが、どうでしょうか?」
「今の仕事が十分に出来たら、次に移ってもかまいません」
「私はまだ十分に出来ていませんか?」
「はい。今、まわりにいる人たちに十分に喜んでもらえないと次には移れません」
「素晴らしい人生を送るためには、どうすればいいのですか?」
「愛することです。人も物も大事にすることです」
 先生は今回の人生の目的をクリアーできた、未来の姿をちょっと見せてくれるように頼みました。
「八十歳くらいになって、老人ホームの仕事をしています。柔にゅうがな表情で車椅子に乗って、同じような
お年寄りたちを励ましています」 
「未来のあなたに何かアドバイスをもらってください」
「信じて愛することです。自分の足で生きることです」
「未来のあなたとしっかりと握手してください。どんな感じがしますか?」
「すごく幸せな感じです」
「私に出来ますか?」
「ひとりじゃなくって、みんなと協力すれば出来ますよ」
「今の私を応援してくれますか?」
 未来の彼女が笑いながら言いました。
「そうなってくれなきゃ困りますよ」
 光の神様に聞きました。
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
「順調です」
「最後に何かアドバイスをいただけますか?」
「恐がらずに、自分のしたいことをやってみなさい」
 
 この症例はアル中の父を捨てた娘の過去生でした。
 未治療のアル中の患者さんを自宅で看病しておられるご家族の苦労は、普通の生活をしている私たち
の想像を絶するものだ、と先生に聞きました。本人が進んで専門病院に行ってくれればいいのですが、
現実逃避と自己否定の末のアル中が多いですので、なかなか受診してくれません。先生も開業してから
何回か、アル中患者さんの家族から相談を受けて専門病院への紹介状を書いたことがあるそうですが、
実際に受診されたケースは少ないそうです。家族と親族が見栄と欲で織りなした霞網のエジキになって
しまった患者さんが酒池に溺れ沈んでいくのを助けてあげられなかったこと、それがとても辛かったそ
うです。
「私はもうアル中の患者さんの診療はお断りだよ」
 先生の悲しそうな声に、先生が味わってきた苦渋がしのばれました。
 このアル中の父を持った娘が逃げ出したことはとても責められない、と先生は言いました。
「きれい事ではないんだよ。殺すか、殺されるか、のところまで行くことだってあるのだからね。まし
てやこの症例ではまだ子供だろう。いくら自分で計画したとしても、ちょっと難しすぎたんじゃないの
かなぁ。『アル中の父を持った子供』というシナリオはきっと最高難易度の人生だと思うよ。人生をやっ
ている最中に気づきを得る余裕などないだろうね。このシナリオでは父の死に際までそばにいれて、亡
くなった父に許しと感謝の涙が一粒でもこぼれれば、もう合格だよ。気づきを得るための人生というよ
りは、それまで気づいてきた事柄を実際に生きて試してみる応用問題のような人生なんだろうね。その
気づきでどこまで耐えれるか、が試されるのだよ。途中でリタイアするのが当り前で、最後まで耐えれ
たら奇跡だろうね。きっと神さまが祝福の角笛をとどろき渡らせてくれるよ」
 先生によれば、気づきから見た人生計画の立て方は三通りあるそうです。
 一つ目は、気づきを得るための人生です。これが一番多くて、「今回の人生の目的は?」という問い
に対して、光や神様が具体的な目的を答えてくれるそうです。その人生の目的がその人生で得なければ
ならない気づきなのですが、このタイプの人生には小さな気づきもたくさん練り込められています。そ
して、その魂にとってはちょっとレベルの高い上級問題にあたる気づきも予習みたいにちりばめられて
いるそうです。
「まるで人生海岸の潮干狩りだね」
 ?? これは哲学者特有の笑えないジョークでした。
 二つ目が、気づきを強めるための人生です。この「アル中の娘」のように七難八苦の続く人生を、た
だひとつの気づきを杖にして登り続けていくものです。気づきの杖は使い方がヘタだと、すぐに折れて
しまいます。折れた気づきの杖を自分の手で修理して、再び歩き出すことも求められています。しかも
気づきを上手に使いこなせるようになるのが目的の人生ですから、これでもか、これでもか、と険しい
峠が襲ってきます。でもこの人生を生き抜いてくると、気づきの杖はすっかり手になじんでいることで
しょう。
「三つ目は、幾何の問題みたいなものだよ」と先生は言いました。
前のふたつは数学で言えば、代数にあたるそうです。因数分解とか微分とか・・・の基礎問題と応用問
題だと考えればいいそうです。解法と答えがストレートだから、が先生の代数の印象のようです。
「幾何の問題は図形を眺めているといろいろな解法が浮かんでくるだろう。辺と角度からでも解けるし、
面積からでも解ける、微積分に持ち込んでもいいし、紙とハサミを使っても解ける・・・答えはひとつ
でも解法は幾通りもあるだろう。幾何の好きな人はみんな、解法をいくつも探しだすことを楽しんでい
るんだ。数学を楽しむコツをつかんだ人だね。そういえば美子さんも数学が趣味だったよね」
 確かに私は数学が趣味だと言えます、今でも「大学への数学」が通勤電車の愛読雑誌ですから。大学
に入るまでは受験数学がどうしても好きになれなかったのですが、大学の教養部になぜかとてもウマが
合う先生がいらして、気がついたら四年間、ゼミにまで潜り込んでいました。ピタゴラスのような先生
で、教室の窓から瀬戸内のたおやかな午後の海を見つめたまま、ご自分の世界に入られてしまわれるこ
とが何度もありました。そんなとき、学生達は堂々とエスケープしてしまうのですが、先生は赤い靴を
はいたアンティークドールのように海を見つめたままでした。私はそんな先生が好きで、一緒に海を見
つめていました。先生にはキラキラ光る波間に時間が悠々と流れているのが見えていたのでしょう。あ
の時、私ははじめて学問の本質に触れることが出来たのだと思います。そして私も、町の数学者になっ
ていました。私の絵画も、まるでダリのように時計や文字盤がたくさん出てきます。意図してやってい
るのではありませんが、数学が私の絵画に何かしらの見えないエネルギーを与えてくれるような気がす
るのです。
「三つ目の人生とは、それまで得た知恵、この場合は気づきだけではないかもしれないけど、ともかく
すべての知恵を使ってひとつの問題に当たるんだよ。ある意味で総力戦だね。ただ、その問題がクセも
のなんだ。公案みたいなものだね。全力で戦おうとすると、それをはるかに上回る力の敵を人生に呼び
込んでしまうらしい。そして人生が玉砕するまさにその時、粉々に砕け散った知恵の砂ぼこりの中に叡
知界への入口が垣間見られるんだよ。哲学的には『感性的な知覚を超越した叡知に満ちた世界』だと習っ
たけど、天国という印象よりはソクラテスが待っている地獄の第一層のような気もするね。普通の人は
そんなところへは行きたくないだろうね。やっぱり哲学者が集まる特殊なあの世だよ、あそこは。
 この人生を計画する際の公案とは例えば、『麦』だとか、『海』だとかが神さまから提示されるだけ
なんだ。それをどう料理するか? それが魂の腕の見せ所なんだね。この時、必ずしも全力で戦う必要
はないんだ。三つ星フレンチシェフが合格するとは限らないんだよ。なにせ神さまの舌は肥えてるから
ね。平々凡々な農夫や漁師の人生でも、わびの趣や残り香のような艶があれば合格するのだよ。例えば、
ミレーは農夫たちを描くことできっと合格しているよ。彼の絵を見ると、心の奥底から伝わってくる微
かな、でも懐かしい何かを感じるだろう? それは魂が覚えている叡知界のバイブレーションに、ちょっ
とくすぐられているのだよ。何度もこの人生コースにチャレンジして叡知界のバイブレーションにたく
さん触れてきた魂ほど、感じやすくなっているんだ。そんな人は肉体を持って人生を送っていても、こ
の世を超越している大いなるものに繋がっていることを感じ取りやすいし、叡知の力に守られて願望を
どんどん叶えていくんだ。思い通りの人生を呼び込むことが出来る人だね」
 先生は私のレポートを握りしめたまま部屋の隅に目を移しました。ゆらゆらとサンダルウッドのお香
が煙っています。先生は微笑みながら、じっとヴェーダの踊りを見つめました。
「まるで料理の鉄人ですね」
 私はつい、言ってしまいました。先生は無言です。こんな時、先生は私の恩師と同じなのです。何を
言っても答えてくれません。ちゃんと聞こえてはいます。後で思い出したように答えてくれますから。
肉体と精神の基本的維持機能ヴァイタルサインだけ残して、あとはスイッチをオフにして、先生の魂は光と戯れ、風にそ
よぎ、香りに溶けて、どこかへ出かけているのです。
「また心の逍遥をしてしまいました」
 懐かしい私のピタゴラス先生の言葉です。
「人間は何のために生きているのですか?」
 これは哲学そのものです。人間にとって、自己の存在意義を問うことは永遠の命題です。あらゆるも
のは人間のためにあるという人間中心的な答えが長く続いてきましたが、悲劇的な環境破壊が進む中で
地球全体をグローバルな目で見つめなおす考えが出てきています。人間も環境の一部である、という見
方です。しかしこれは長い過去の人間中心を否定しただけであって、新しい答えだとは言い切れません。
否定と反省だけでは世界中に閉塞感が広まり人々の苛立ちがつのるだけです。
 先生のワークの光は、この問いに対してしばしばこう答えています。
「成長するためです。みんなで幸せになるために成長するのです」
 この答えは、唯物論、唯心論のどちらにでも解釈の仕方で受け入れられるものです。産業も経済も幾
多の犠牲を払いながら「みんなを幸せにするために成長してきた」のですから、過去の人類史との矛盾
もありません。ただ近年、精神的、特に魂の領域から解釈することが出来るようになってきました。そ
れはデカルトのように人間の外に完全なる神をおいて人間を観るのではなく、人間の中から光の目を通
して人間を観る考え方になっています。この光とは狭義には、ひとりひとりの魂の中にある光を指すも
のですが、個々にある本来の光とは個々という概念を超越した万物の集合意識から発する光であり、究
極的にはあらゆる時空間、時空域に広がる精神エネルギー体、「すべての宇宙からなるひとつの全体」
なのです。先生によれば、光の世界が最終局面に達して、このひとつの全体に並んだとき、すべてが終
わり、無となると同時にすべての始まり、有となるそうです。
 ただし「人間は何のために生きているのか?」という話では、光は万物の集合意識の現れとして考え
ればいいのだそうです。こうやって考えると、人間は「完全になるため」に人生を繰り返しているので
すから、個々の魂が完全になっていけば、最後はたくさんの光がある世界になります。もちろんそうな
れば魂たちは「みんなで幸せに」なっていることでしょう。そしてこういう世界はもちろん存在するの
だそうです。ただし、たくさんの光の魂たちが見上げる上には、はるかに眩しい光が輝いているそうで
す。それが万物の集合意識が発する光であり、その輝く光の存在を知った光の魂は、その大いなる光に
吸い寄せられて上がって行くのです。個であり全体であった魂が大いなる全体に帰り着き、またひとつ
に戻るのです。これが「完全になったら最後はどうなるのですか?」
「光になります」の意味なのだそうです。
 先生は時々、このような哲学的な解法を教えてくれます。実のところ、私にも内容はよくわかりませ
ん。でも、このような話をしている先生はとても楽しそうです。
「哲学者なんて、どうせ生きている間には世間に評価なんかされないんだから、今すぐわからなくても
いいんだよ。魂の世界は宇宙旅行が出来るようになったとしても、そう例え異星人とコンタクトできて、
バルカン星やクリンゴン星の人たちとメールするような世界になったとしても、怪しくて摩訶不思議な
世界のままだろうからね。人類最後のフロンティアは宇宙ではなくて魂の世界かもしれないね」
 先生は私にはこうやってイジワルを言います。実は昨夜、先生のスタートレックのビデオを撮り忘れ
たのでした。先生は言いたいことを飲み込んでしまうタイプです。二人ともA型ですから心は傷つきや
すいのですが、同じ時代を生きてきたせいなのか、遠慮なしでも二人の心は傷つきません。
「あれ、先生、いつからドクター・マッコイになっちゃたのですか?」
「ごめんごめん、それだけは勘弁して。僕の中のバルカンの血が汚けがれるから・・・」
 先生はジャン・リュック・ピカード艦長になろうとしています。ピカードがロキュータスになった話
を見ていた時に、魂の集合意識論が浮かんできたそうです。それはとても衝撃的なことで、先生の右目
もしばらく痛かったそうです。以来、先生はロキュータスという名を大切にしています。もしかしたら
先生もボーグ化されたのかもしれませんね。
「美子さんはセブンだよなぁ。スタイルはいいし、頭は切れるし、明るいけど冷静だし、ただ者ではな
い優しさがあるからね。合理的で真面目だけど、おちょこちょいなところもいいよね。」
「まぁ、先生、えらく褒めてくれてありがとう。お礼に美子のナノ・プローブを注射して、私のしもべ
にしてあげるわ」
「僕はずっと昔から美子さんのしもべだよ。日当たりのよい木造の教室で黄色の帽子をかぶった美子ちゃ
んに初めて出会った時から、ずっとだよ。いつ注射されたんだろうね。気づいたらすっかり美子化され
ちゃっていたよ」
 先生がボーグ化された目で私を見つめました。
「そんな・・・オックンが勝手に恋しちゃったんでしょう。知らないわよ、私は」
「いや、これはきっと今生で美子化されたのではないな・・・きっと私の過去生の中に、嫌がる私をボー
グ化した美子がいるはずだ。そのスイッチが今生で入ったんだよ。これはちょっと詳しく調べてみない
といけないな・・・」
 先生と私は大笑いしました。
 私の心の中に美しい夕日が浮かんできました。先生が集合意識を介して私に送ってきたヴィジョンで
した。先生と私のシルエットが浜辺にすわって夕日を見ながらおしゃべりをしています。空はエメラル
ド色に高く澄み渡っています。海の光は恋人の色に染まっていきます。薫風がふたりの頬で回り道しま
した。私たちはまた、おしゃべりしています・・・
「これが私たち? これがもしかしてそのシーンなの?」
 先生が心の中で頷きました。私もなんだか懐かしい気がして、心がうれしくなりました。
「こんな穏やかな人生をまた一緒に送りたいね、先生」
「いつでも送れるよ。今生でもこれから送れるよ、それをふたりで願えばいいだけだよ。ふたりで祈れ
ば、いつか必ず叶うからね。でも今日のこの言葉は覚えておこうね。『幸せだと何もしないからだよ』
 人生、幸せは長続きしないように出来ているんだね。だから、私たちふたりはこれからの人生を頑張っ
てきたから幸せをちょっぴり、また頑張ってきたから幸せをちょっぴり・・・で行こうね。欲張らず、
いただいた幸せはお裾分けをしてみんなで笑いながらいただこうね。そしたらずっとずっと幸せだよ」
 私にも集合意識の向こうで光がニコニコ笑いながら頷いているのがわかりました。
 

美子レポート  
  無実の罪
 昔々、長い金色の髪をした青年がいました。カールと言います。彼は毎日毎日、楽しく旅をしていま
した。緑の瞳の奥に町々の思い出が溶け合いました。
 ある日、カールは群衆の前に立っていました。彼は処刑台の上にいました。彼には町の人々の怒りの
目が万灯籠の炎のように虚ろに見えました。
 カールはこれからギロチンで処刑されるのです。彼の罪状は宝石の盗みでした。でも彼は犯人ではあ
りませんでした。カールはやってもいないことで殺されるのです。
 広場の人々が叫びました。
「早く殺せ!」
 彼は思いました。
「どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだ! 悔しい・・・」
 彼は群衆の後ろにいる黒髪の男に目を向けました。この男こそが犯人なのです。カールだけがこの男
の走り去る姿を見ていたのです。彼は思いました。
「悔しすぎる。もう誰もわかってはくれないんだ!」
 カールの首が木枠に突っ込まれました。ギロチンが落ちてきます。彼は決心しました。
「無実の罪でこんなふうに殺されるのはもう嫌だ。もう人に疑われるようなことはしたくない。人に誤
解されるのは嫌だ」
 カールの魂が身体を離れます。
「次の人生では人に誤解されないように、もっとみんなに自分のことをわかってもらえるように、ちゃ
んとした表現がうまく出来る人になりたい」
 
「カールさんの魂が身体から浮き上がってきたら、『今のあなた』がしっかりと抱きしめてあげてくだ
さいね。そして、彼に何と声をかけてあげますか?」 と先生は聞きました。
「かわいそうだったね」
「カールさんは何と言っていますか?」
 カールの魂が答えました。
「しかたがないさ」
 先生はカールの魂に尋ねました。
「カールさんは死んだ時に、何か決心したことがありますか?」
「自分は人を無実の罪で裁いたりはしたくないです」
 先生はカールの魂を高みへと導きました。カールはそのはかない人生を高みから振り返りました。
「あまり人と交流せずに、自分だけで楽しく生きてきました。だから最後は誰もわかってくれずに、寂
しく死んでいったのです」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてカールの人生と、今、生きている人生を見比べてもらいま
した。
「やっぱり今でも自分のことばかり考えて、人のことをあまり考えずに生きてきています。でもこれか
らはもっと他の人にも思いやりを持って、お互い理解し合って、みんなと助け合って、仲良く生きてい
きたいと思います」
 先生はさらに高みへと導きます。そこには明るい光が見えました。先生はその温かい感じの光の中心
へと誘いました。そこには優しい顔をしたお母さんがいました。ついこの間、亡くなったお母さんです。
「そのお母さんに聞いてください。なぜ私は裏切られるのが恐いのですか?」
 光のお母さんが答えました。
「もっと人を信用してね。もっと人に優しくしてね。恐がらなくても大丈夫だからね」
 先生はお母さんに尋ねました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「楽しく生きてください。すべての人に愛情を持って、みんなを助けていけば楽しく生きられますよ」
「私はこれからどういう仕事をしたら良いのでしょうか?」
「・・・そんなに焦らなくても、そのうち見つかりますよ」
「どういう仕事を選んだら良いのでしょうか?」
「自分が楽しいと思える仕事をしなさい」
 先生は光のお母さんをしっかりと抱きしめるように言いました。あたたかいエネルギーが溢れ出しま
す。お母さんが言いました。
「ありがとう」
 先生は聞きました。
「死んでから苦しくはないですか?」
「大丈夫、幸せだよ、って言っています」
「私たちを見守ってくれていますか?」
「いつも見守ってるよ」
「お母さんを感じるには、どうしたらいいのですか?」
「時々、お母さん、って呼んだり、思い出してくれればいいんだよ、って言っています」
 先生はお母さんに尋ねました。
「私の今回の人生はここまで順調ですか?」
「順調ですよ」
「最後にもう一言、メッセージをください」
「家族みんなのことをよろしくね、って言っています。私は出来る限り大切に優しくします、と約束し
ました」
「一緒にあがって来たカールさんの魂を、あなたはどうしますか?」
「お母さんに預けます」
「お母さんは何て?」
「大丈夫、と言ってくれています」
「カールはどうですか?」
「嬉しそうです」
「カールに約束することはありますか?」
「これからは私も同じ様な悲しい失敗をしないように、もっと人を信用して、もっと思いやりを持って、
人々とお互いに愛情を持って、仲良くやっていきます」 
「私に出来るかなぁ、ってカールに聞いてみてください」
「大丈夫、って言っています」
「お母さんもカールも応援してくれますか?」
「応援してくれています」
 
「先生、昨日、哲学者は理解されずに死んでもいい、なんて言うから、ちゃんと神様は先生にメッセー
ジをくれたわね」
 私はそう言いながら先生にデコピンしました。先生は照れながら答えました。
「本当だね。これだから神さまはお見通し、悪いことは出来ないよ、なんだね。どこで盗み聞きしてる
んだろうね」
 私は心を指さしました。
「うん、そうだね。だから言霊ことだまって言うのだね。言葉に神さまが乗っかって心を伝えてくれるんだね」
「先生、今日の症例でちゃんと反省しなさいよ。私が講釈して差し上げますからね」
 私は胸を張って先生の前に立ち塞がりました。
「お手柔らかに頼むよ。それにしても美子さんの胸は立派だなぁ・・・」
 私は先生のホッペタを引っ張りながら怒りました。
「ちゃんとそこで聞いていなさい! いつもそんなのだから先生と私は『高橋留美子』だ、なんて言わ
れるのよ」
 先生は反省のポーズをしながら喜んで笑っています。
「?? コイツ、何か勘違いしたな・・・」
 私はそのまま先生への講釈を始めました。
「先生、このカールは自由奔放に生きていたでしょう。あまり人と交流せずに、自分だけで楽しく生き
てきたと反省していますからね。ホラ、先生もそんなところがあるでしょう。もっとも先生の場合はそ
れが幸いして、こんなに素晴らしいお仕事をするようになったのだから、美子は許してあげるけどね。
 でも、先生は友達つきあいがヘタなんだから、そこは哲学者はそれで本望だ、なんて居直らないで努
力しなさいよ。そうじゃないとカールみたいに『最後は誰もわかってくれずに、寂しく死んでいったの
です』になるからね。そりゃ、美子は先生を看取ってあげるわよ。私が先に死んでたら魂になって迎え
に来てあげるわ。でもね、先生もお葬式は賑やかな方が好きでしょう。先生はさびしがり屋なんだから、
ホントはね。だからもっと友達を大切にしなくちゃいけないわよ。
『人に誤解されないように、もっとみんなに自分のことをわかってもらえるように、ちゃんとした表現
がうまく出来る人になりたい』のなら、この美子に弟子入りしなさい。私と先生は同じだけ生きてきて、
友達の数は数十倍だものね。先生は確かにお酒は飲まないし、話の話題は哲学とかの超硬派か経済とか
のグローバル過ぎるものだけだものね。そう、それとH系、これは絶対にダメよ、話題としては女の子
には嫌われるからね。大人の女と二人きり、の時にはいいけど友達には禁止ですからね、ちゃんと覚え
ておきなさいよ。だいたい医者だからって知識がありすぎるのよ。学生時代、産婦人科の成績はトップ
だったのは確かだと思うけど、これも封印しときなさいよ。先生は話ヘタなんだから、これからもっと
聞き役に回りなさい。『もっと自分をわかってもらえるように、ちゃんとした表現がうまく出来る』と
いうのは、何もうまく話せるということだけじゃないのよ。誤解しちゃダメよ。話上手は聞き上手、と
言うでしょう。先生はまずみんなの話を聞くことから始めるのよ。ウンウン、と頷いてニコニコ笑って
聞いているだけでいいのよ。そして何か意見を求められたら、グローバルな超硬派の意見で構わないか
らピシッと決めるのよ。そこでダラダラと言わないこと。口説く言葉は十字まで、と言うでしょう。一
言だけ言ったら、また聞き役に徹するのよ。そしたらね、きっとみんなが先生の意見を聞くようになる
からね。ホラ、これが先生の友達倍増計画よ。
『これからはもっと他の人にも思いやりを持って、お互い理解し合って、みんなと助け合って、仲良く
生きていきたい』
 これはみんなに共通した思いですね。幸せとは・・・の答えみたいです。思いやりは愛、理解は許し、
助け合いも愛、仲良くは平和です。『今回の人生の目的は? 愛です』という光からの答えが多いです
が、この愛をわかりやすく解きほぐすとこのようになります。先生はこれは合格かな?」
 先生は肩をすくめて悲しそうな顔をしました。
「じゃぁ頑張ろうね。美子だってこれはまだダメです。ふたりで花マルもらえるように頑張ろうね」
 先生のはにかんだ顔がニコッと笑いました。
「自由に生きるのは良いことです。身体も心も何かに縛られてしまうと魂までもが窒息してしまいます。
魂の自由さを肉体で具現化できれば、すばらしい人生が送れることでしょう。ただ、自由を取り違えて
いる人がたくさんいます。魂は愛に満ちています。自分への愛、他人への愛、すべてのものへ注がれる
愛です。魂が自由になればなるほど人も自分も愛おしくなります。人を許せます。自分も許せます。人
を愛せます。自分も愛せます。これが自由なのです。もしカールがこの本当の自由を携えて旅を続けて
いたら、彼は行く先々で友を増やし愛を与え続けることが出来たでしょう。魂が自由な旅人は愛の花咲
じいさんなのです。彼の足跡には愛の花びらが積もります。そして私たちも人生を旅しているのですね、
花を求めて」
「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ、だね」
「ただ与えることが出来たらいいですね、お日さまのように。ただ愛を与える、ただ許しを与える・・・。
春になったら一斉に花が咲くのです。愛の花ですよね。地面に寝ころんで音を聞くと、虫たちが当り前
のように動き出しています、春が来るのが当然のようにね。その虫たちの当り前さが嬉しくて寝返りを
うつと空一面が花なのですね。花が愛と許しで魂を包み込んでくれます。花の向こうに光が出迎えてく
れています・・・下を見ると、私の亡骸を先生が愛おしく抱いてくれている・・・そんな人生にしたい
ですね。先生、私の愛と許しをいっぱい、いっぱい受け取ってくださいね」
「うん、任せといてよ。美子さんこそ僕の愛と許しをもっといっぱい受け取って欲しいな」
 ふたりのハンド君たちがしっかりとハグしています。先生の愛のエネルギーが勢いよく流れ込んでく
るのがわかりました。私の愛のエネルギーがそれを包み込んで、ゆっくりとふたりの間を循環させてい
きます。ハグしているふたりから愛のエネルギーが拡がってきます。愛のエネルギーがこの医院を包み
ます。愛のエネルギーがこの町を包みます。そして愛のエネルギーはもっともっと拡がっていきます。
日本を包みます。地球を包み込みます。そして宇宙へ拡がると・・・大いなる愛のエネルギーと共鳴し
ているのがわかります。
「先生は誘導でこのイメージを使う時、こんなふうに繋がっているんだ・・・」
 私もやっと自分のセンターを保ったままで繋がることが出来ました。
「美子さんの愛は大きいなぁ」
「先生、お花の妖精たちが踊っているよ・・・」
 とうとう私にも見えました。私は先生にハグされたまま、至福の時を楽しみました。
美子レポート  
  裏切り
 昔々、播磨の国に、ひこざという男がいました。彼はいつも木刀を持って町を闊歩していました。
 二十五歳の時、武士になるためのテストが城で開かれました。ひこざは自信にあふれています。城の
中には若者が大勢集まりました。侍大将が、お前たちの部隊を作る、と言っています。ひこざは高揚し
た気分です。彼はとても強いのです。
 ひこざが部隊長に任命されました。みんな白い鉢巻きをしています。侍大将がひこざに命令しました。
「敵の殿様を松林で待ち伏せしろ。必ず斬ってこい」
 ひこざが先頭に立って月夜の中を松林へ向かいます。彼は部隊を二手に分けて草むらに隠れさせまし
た。
 しかし、いくら待っても誰もやって来ません。若者たちはイライラし始めました。
「ひこざ、お前、間違えたんじゃないのか」
「いや、オレは間違えていない。確かにこの時間に、ここに来るはずだ」
「この襲撃に失敗したら、オレたちはまずいことになるぞ。ひこざ、お前の責任だからな」
 ひこざは答えました。
「いや、もう少し待ってみよう」
 しかし誰も来ません。
 部隊の誰かがいきなり彼を突き飛ばしました。
「お前はウソつきだ」
 それを合図に若者たちは彼を袋だたきにしました。意識がもうろうとしていきます。
「オレは確かに指示を聞いたんだ。オレが悪いんじゃない」
 ひこざは近くの冷たい沼に捨てられました。
「ああ、冷たい・・・。みんな仲間だと思っていたのに・・・。オレが悪かったのか・・・。なぜなの
か、わからない・・・」
 ひこざはとぼとぼと帰りました。とてもムシャクシャしています。
 貧しい藁ぶきの家に入りました。若い女性が待っていました。なみ、と言います。ひこざは何も言わ
ず、あぐらを組んで座りました。彼はずっと考えています。
「なんでこうなったのだろう。オレは裏切られたのか・・・」
 なみがお粥を作りました。ひこざは流し込むように食べました。そして酒を飲み干しました。
「誰も信じられない・・・信じられない。信用してたのに・・・裏切った・・・誰も助けてくれない。
自分でやるしかない・・・」
 ひこざは立ち上がって出て行きました。裏切り者たちを斬りに行くのです。
 城近くに若者たちの長屋があります。ひこざが戸を開けました。あいつがいます。一番ひこざの強さ
を憎んでいたヤツです。
 ひこざは斬りました。少し怖くなりました。
「ああ・・・みんな斬ろうと思ってたけど、もうやめた・・・」
 ひこざはぼう然と血だらけの刀を見つめます。
「オレは今まで人を斬ったことなどないんだ。戦ったけど人を斬ったことはなかったんだ。こんなふう
に斬れるなんて思わなかった。ヤツはまだ動いているぞ。怖い・・・」
 ひこざは長屋を飛び出しました。
「オレはもうどこにも戻れない。なみのところにも戻れない。死ぬしかない。こんなことをしたら、も
うここでは生きていけない。オレは死ぬ」
 そしてひこざは腹を刺しました。
 
 先生はひこざの魂に尋ねました。
「もう身体を離れましたか?」
「はい、上から見ています」
「死んだ時、何か決心したことはありますか?」
 ひこざの魂は泣きながら答えました。
「私は自分の力を過信していました。傲慢でした。自分の力を認めさせようとしていました・・・。悪
いことをしました。悪かった。許して欲しい・・・」
「そして、次ぎはどうしようと思いましたか?」
「みんなに優しくしよう。みんなに優しくなかったから、今度は優しくしよう」
「優しくするためには、どうしようと思いましたか?」
「私には人を押さえつけるところがあります。今度は人を押さえつけないように気をつけます」
 先生はひこざの魂を高みへと導きます。
「そのまま上へあがります。高く高くあがります。その高いところから、ひこざさんの人生を見てくだ
さい。そして何か気がつくことはありますか?」
「真直ぐな人でした。折れることを知らないようでした。いつも私は思い通りに生きてきました。だけ
ども多くの人を傷つけてきました。なみも、仲間たちも、みんなを傷つけてきました。だから反省しな
くてはいけません」
 先生はさらに高みへと導きます。
「もっともっと高く高く、上にあがります。どんどんあがった高い高いところから下を見ると、ひこざ
さんの人生と、今のあなたの人生が平行に並んで見えます。二つの人生を見て、何か気がつくことはあ
りますか?」
「ひこざさんの道は一本道です。私の道は木の枝みたいにいっぱい枝分かれしています」
「今、あなたはどの地点にいますか?」
「まん中です。もうそんなに枝分かれはないみたいです。後はちゃんと選んで行けばてっぺんに着きま
す」
 先生は更に上へと導きます。
「そこから上はどうなっていますか?」
「光が差し込んでいます」
「その光の中にスゥーと入ります。どんな感じがしますか?」
「あったかい・・・」
「その光の中に誰かいますか?」
「おじいさんがいます」
「そのおじいさんに聞いてください。今回の人生の目的は何ですか?」
 魂が泣きながら答えます。
「人を信じることです。・・・そうです・・・そうです。あなたは人を疑っています」
「どうしたら信じられるのですか?」
「人にゆだねることです。全てを人にゆだねてみることです」
「そうしたら、ひこざさんみたいに裏切られませんか?」
「あなたにはそれが出来るはずです。裏切られても人に優しくするのです」
「それは無理だと思うけどなぁ?」
「あなたにはわかっているはずです。あなたは恐がってるけれど・・・」
「私は何を恐がってるの?」
「裏切られることを恐れているけれども、実はあなたがそうしているのです。私が原因を作ってるんだ・・
・。あなたが自分を許さないから、人があなたを裏切るのです」
「自分を許したら、もう裏切られないのですか?」
「あなた自身を信じなければいけません。あなたは自分自身を疑っています。人を信じる前に自分を信
じなければいけません」
「それはどうしたら出来ますか?」
「ひとつひとつ自分らしく、優しく、誠実に行動していくことです。そうすれば人はそれにちゃんと気
づいてくれます」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「順調です」
「ここまでいろいろ辛いこともあったけど、これで順調なの?」
 魂の涙がこぼれます。
「あなたはいろいろ悩んで大変だったけれども、よくがんばりました・・・。やっとわかったから、そ
れを忘れずに頑張ってくださいね。応援してますよ」
「花子(仮名)は、どうして病気になったのですか?」
「花子は強い人だけれど、人に頼ることが出来ないのです。人に頼れないので、そうやって病気になっ
て人の力を借りなければならない状態に身を置いているのです。私たちはいつでも花子を助けられる状
態にあるのですが、花子は何でも自分でやりたい、と思っています。花子は人が助けてくれるありがた
さや謙虚な気持ちを学ばなければなりません」
「私はどうしたら自信を持てるのでしょうか?」
「人生を楽しむことです。今、一番興味のあることをしてみることです。とても大切なことです。あな
たはいつも後回しにします。でもそういうことは、あなたの成長にとても大切なことなのです。あなた
の好きなことをすれば、あなたはいろんな自分の面を見ることが出来ます。あなたにはきっと出来ます」
「私をこれからも見守ってくれますか?」
「いつも見守ってくれているそうです」
「私はこれからやっていけますか?」
「やっていけるそうです」
「辛い時、またここに戻ってきてもいいですか?」
「いつでもいい、って」
「お腹を刺した、ひこざさんの面倒をみてくれますか?」
「ひこざさんが現れて、よろしくお願いね、って言ったら、ありがとう、って」
「これからの人生、がんばるからね、って」
「笑って、うなずいています」
 
 人を信じられない原因を過去生に求められる方はとても多いと思います。この症例のように、過去生
で裏切られて悲惨な最後を遂げた・・・というヴィジョンを期待通り体験できることが多いテーマだと
言えます。
 この症例では、人を信じられない原因がとてもわかりやすく提示されました。
「裏切られることを恐れているけれども、実はあなたがそうしているのです。私が原因を作ってるんだ。
あなたが自分を許さないから、人があなたを裏切るのです」
「あなた自身を信じなければいけません。あなたは自分自身を疑っています。人を信じる前に自分を信
じなければいけません」
 自分自身を認める、許す、信じることが出来ない方はとても多いと思います。出来ている人などほと
んどいないのではないでしょうか。それくらいこれは難しいことなのです。この方の場合は、「ひとつ
ひとつ自分らしく、優しく、誠実に行動していくこと」だと教えてくれました。自分らしくとは、自分
に嘘をつかない、自分の直感を大切にして、ということだと思います。優しくとは愛と許しを持って、
ということでしょう。そうすれば意識せずとも誠実に行動することが出来るはずです。
 誠実に行動している人のまわりには自おのずと誠実な人が集まってきます。人を騙すような人が誠実に生
きている人たちのそばに寄ってきても、誠実に生きている人たちは直感が優れていますので、もう騙さ
れません。しかも誠実に生きている人たちは愛と許しが強いですから、騙す人をも温かく仲間に迎え入
れてくれます。騙す人にはこれは耐えられません。いくら手練手管を駆使しても、彼らの直感でどんど
んすり抜けられてしまいますし、もし騙せても騙された人は笑って許して愛してくれるからです。もう
誰も責めてくれない、恨んでくれないのです。騙す人はそんな仲間から出ていくか、本当の仲間入りを
するか、どちらかになるのです。類は友を呼ぶ、はまさにこのことだと思います。
「スピリチュアルなプロセスに足を踏み入れてしばらくは淋しくて孤立した時期がやってくるんだ。そ
れまでの友達となぜか、うまくいかなくなったり、自然に疎遠になったりするんだよ。それまで無二の
親友と思っていた人に、ひどく傷つけられたり罵られたり恨まれたりすることもあるよ。私はこんな人
と一緒だったんだわ、と気づくんだね。それまでの自分の姿を鏡のように見せてくれているんだよ。だ
から、そんな友達には心から感謝しないといけないね。魂への道へ旅立つ人をわざわざ餞別を持って見
送りに来てくれたんだから。そんな時は、ぜひ感謝して許しのエネルギーを送ってあげたいね」
「その友人は昨日までの自分なのだから・・・ですね。そしてそんな過去の自分を捨てて、今日から魂
の道を歩み始めるのですね。これが自分探し・・・と言うことですね」
「そのとおりだよ。でも友を失うばかりではないんだよ。魂の道を歩んでいる人はとても多いからね。
ステップアップした所々で、それにふさわしい友や師が待っているのだよ。その人たちとの交わりはプ
ロセスの過程で心が開いてきているので、心地良く、とても気が合う感じがするんだ。心が通じ合う、
と言うことを実感出来るんだね。
 そして、また魂の道を登り始めるんだ。どんどん速足で行く人もいれば、景色をゆっくりと眺めてい
る人もいるけど、この道の歩み方に正解などないのだよ。みんな好きにしているし、それでいいのだよ。
どの魂もプロセスを楽しんでいるのだね。頂上に何があるのか、知っているし、もう何度も頂上には行っ
たことがあるからね。だからどの魂も歩み方は自由だし、どの魂も同じ歩みをしていないと思うよ。
 だからプロセスに入って知りあった友達や師匠も、いずれ別離の時がやってくるんだ。置いていかれ
ることもあるし、自分が置いていくこともあるんだ。プロセスの初め頃はまだ恨み辛みを見せてくれる
人もいるけど、次第にそんなことはなくなるよ。だって気づきが増えてくるし、魂の光が心と身体に射
し込む時間が少しずつ増えてくるからね。別れ際にはお互いにすばらしいプレゼントを交換できるよう
になるから心配は要らないよ。
 そしてプロセスが進んでいくと親友の数は少なくなるけど、みんなまるでテレパシーがあるようにと
ても心が通じ合える仲間に囲まれるんだ。無償の愛と許しのエネルギーをまわりに放射しているので、
魂のプロセスをまだ歩んでいない人たちまでもが集まってくるようになるんだ。そばにいるだけで心が
癒されるんだね。もうその人たちから騙されたり、恨まれたりすることもないんだ。その人たちの目で
はきっと姿がはっきりと見えないからね。私のワークでも時々、魂の振動数が高くなると姿を消したり、
空中から物を出したりすることが出来るのですか? などという質問をする人がいるけど、わかりませ
ん、と言って笑うしかないよね。美子さんはどう思う?」
「そんなことが出来るには、魂のプロセスをはるか高くまで登っていることが必要だと思っていました。
でもさっきの先生のお話では、すでに私たちの魂は何度も頂上へ行ったことがあるということですから、
私たちにもそれが出来る、ということになりますよね。でも実際にはそんなことが出来る人はほとんど
いませんよ。サイババさんは有名ですけどね」
「頂上を知っているというのは簡単にわかることだよ。だって私たちの魂はどこから生まれたのかな?
 他の星からやって来た、と答える人もいるけど、それでも魂はどこから生まれたの? の答えにはな
らないよね。私たちの魂は大いなる魂の分身だよ。大いなる魂がバラバラになったのではなく、ひとつ
ひとつが大いなる魂の分身なんだ。大いなる魂はどこにいるのかな? そう、魂のプロセスの頂上だよ。
するとホラ、私たちの魂はこのプロセスの頂上を良く知っているということになるだろう。例え話にし
てみようか・・・」
 
 昔々、遠い国の高い高い山の頂上に大いなる神さまがいました。頂上からは麓まで国中がすべて見え
ました。神さまは毎日、景色を眺めて満足していました。神さまは言いました。
「私はすべてを知っているぞ」
 ある時、神さまの耳にどこからともなく威厳のある声が聞こえてきました。
「お前はまだまだ何も知りはしない」
 神さまは聞きました。
「私はこの国中の景色をすべて覚えているぞ、森の木々の一本一本まで、小川の石ころの一個一個まで。
下界に暮らす人間どもの喜怒哀楽の姿を過去から未来まですべて知っているぞ。心も感情とやらも知り
尽くしたし、それを完全にコントロールする術も知っているぞ。それでもまだ私が知らぬことがあるの
か」
 声は言いました。
「お前の分身を下界に送ってみるが良い。そして歩いてお前のところまで戻ってくるように言いつけて
みよ」
 神さまはさっそく自分の分身を作りました。そして声が言ったとおりに命じて、下界へと送りました。
 神さまは下界で自分の分身が四苦八苦しているのを見ています。肉体を持っていない神さまの分身で
も、神さまの山を歩いて登るのは大変なようです。神さまの分身の経験はそのまま神さま自身に伝わり
ました。同じ景色を見続けることに飽きていた神さまは喜びました。
「これは面白い。肉体を持った人間なら、もっと面白い経験が出来そうだ」
 神さまは自分の分身の種を下界の人間すべてに埋め込みました。そして神さまの種が発芽して人間の
中で育ち始めました。頂上にいる神さまからは、どの人間に自分の分身が育っているのかが手に取るよ
うにわかります。そんな人間を見つけると神さまは注目します。分身はいろいろな経験を送ってきてく
れるからです。分身が使っていた肉体が滅びると、分身は次の肉体を探しました。分身にとっては神さ
まの山を登りきることが最大の使命だったからです。神さまは上から見て知っていた人間の喜怒哀楽を
実際に人間になって体験することが出来ました。山を登っていく辛さを実際に知ったのです。
「あの崖を登り終えて飲んだ清水の味とは、こんな感じだったのか」
「子供を亡くす悲しみとは、こんな感じだったのか」
 神さまの耳元に声が聞こえてきました。
「知恵とは何か、わかりましたか?」
 神さまはそれからもずっと知恵を紡ぎ続けました。
 
「先生らしいお話ですね。ギリシャ神話みたいだったわ」
 私は先生をコントロールする知恵を持っています。おだてておけばいいのです。これはたしかに経験
値の積み重ねです。でも、この人生だけでこんなに彼のことを知っているのはおかしなことです。きっ
と私もこれまでに彼と苦労しながら生きた人生がたくさんあるのでしょう。その経験が知恵となって今、
生かされているのです。
 この症例でもうひとつ注目されることがあります。それは病気の意味とは何か? ということです。
この症例では、患者さんの身内の方のある病気について光に尋ねました。光はこう答えました。
「あの人は強い人だけれど、人に頼ることが出来ないのです。人に頼れないので、そうやって病気になっ
て人の力を借りなければならない状態に身を置いているのです。私たちはいつでもあの人を助けられる
状態にあるのですが、あの人は何でも自分でやりたい、と思っています。あの人は人が助けてくれるあ
りがたさや謙虚な気持ちを学ばなければなりません」
 人の助けのありがたさと謙虚な気持ちを学ぶために病気をすることがあるのです。これは実際に入院
中の患者さんがよく言う大切な気づきでもあります。病気は感謝することを教えてくれるのです。
 強くなればなるほど心の中は孤独になっていくのでしょうか・・・見栄、プライド、自尊心・・・心
が虚ろになっていくのです。人に頼れなくなってしまいます。その強さが永遠に自分のものであるかの
ような錯覚をしてしまいます。何でも自分で出来る、そう思い込んでしまうのです。でも本当はどんな
に強い人でも、目に見えないところでたくさんの人たちに支えられ、助けられて生きているのです。人
だけではありません。すべての生き物、海や森や山々、そして地球に支えられ抱かれて生きているので
す。そんな感謝と謙虚な気持ちが失われた時に、病気が始まるのかもしれません。
 では病気の予防はどうしたらいいのでしょうか?
 この問いに対するヒントもこの症例にちゃんと入っていました。それは、どうしたら自信を持てるの
でしょうか? に対する光の答えの中にあります。もう一度、読み返してみましょう。
「人生を楽しむことです。今、一番興味のあることをしてみることです。とても大切なことです。あな
たはいつも後回しにします。でもそういうことは、あなたの成長にとても大切なことなのです。あなた
の好きなことをすれば、あなたはいろんな自分の面を見ることが出来ます」
 人生を楽しむこと、も人生の目的の大きなテーマです。光から見れば、人生を本当に楽しめている人
はそれほど少ないのです。逃げている人がとても多いのです。なぜ楽しむことから逃げるのでしょうか?
 今、一番興味のあることをしてみましょう、と言うと、お金がない、時間がない、元気がない・・・
の無い無い尽くしの言い訳が返ってきます。そして後回しにされて永久にお蔵入りしてしまいます。今、
一番興味を持てることは、実はやり繰りすれば何とか出来ることがほとんどではないでしょうか。その
時に全く不可能なことには興味が湧かないものなのです。一番興味がある、ということはその人の内な
る声なのです。これは人生の成功哲学の本によく書いてあることです。お金持ちになりたかったら、お
金持ちのように振る舞ってみるのです。ただし高価な持ち物も大切ですが、それを本当のお金持ちのよ
うに使いこなせるように心がけなければなりません。マナーしかり、話題しかり、教養しかり・・・そ
こまでなりきれれば、気づいたら本当にお金持ちになっていることでしょう。
 先生はこれを私の目の前で実践して見せてくれました。この秋、先生は突然、大型バイクの免許を取っ
たのです。まわりは大ブーイングでした。ケガするぞ、命がないぞ、体力がないぞ、中年ジジイが何を
血迷ったか・・・でも先生は教習所に通い続けました。大型バイクのための体力作りまで始めてしまい
ました。私には先生の光がいっそう輝いていくのがわかりました。そして秋、とうとう大型バイクに乗っ
て通院するようになりました。バイク乗りの儀式をしている先生はとても嬉しそうです。そして、医院
での先生も変わってきました。どうしても疲れた顔が多かったのですが、また笑顔が戻ってきたのです。
そしてずっと昔の彼の面影が色濃くなってきました。そうです、若返ってきたのです。心が若返ると身
体までもが若返ってくるのかもしれません。実は、鼻が利く私には先生にも中年男性特有の体臭が少し
感じられていたのです。これは男性の更年期みたいなもので、やはりホルモンバランスに老化の兆しが
見えることと関係があるのかもしれません。でも大型バイクに乗り出してから、あの中年男性の体臭が
感じられなくなりました。その代わり、ヨットの上のアラン・ドロンから漂うような艶香が微かに漂っ
ています。先生の革ジャン姿を初めて見た時、正直、カッコいい! と思いました。私は見とれてしま
いました。それは姿にではありません。先生の輝きにでした。そこには「今を楽しんで生きている人」
が立っていたのです。そして私の「今を楽しんで生きている人」を見ていて気づいたことは、若々しい
こと、美しいこと、お洒落なこと、楽しいこと・・・がどんどん集まってくるということです。今、先
生はフィットネスで毎朝汗を流してから医院に大型バイクで来ます。サングラスに革ジャンかオシャレ
なバイクスーツです。ティファニーのマネークリップを使いこなしています。今を生きることが楽しい
人には機能美があるのです。ロダンの彫刻のような美しさが私にはちょっぴり感じられます。若い人の
若さとは深さが違います。油絵のような美しさ・・・でしょうか。先生を見ていると、私も頑張るぞ、
という気持ちになります。前向きに押しだしてくれるような気がします。こんな先生に診てもらったら、
病気なんかしてられないかもしれませんね。もっともこれは私の胸の内の秘密です。こんなことを言う
とアイツは有頂天になって天にまで登って行ってしまいかねませんから・・・。この人生で二度も同じ
悲しみを味わいたくはありませんからね。
 先生のワークでは、過去生に残った裏切りの遺恨や悲しみのエネルギーを開放するだけではなく、光
からのメッセージによって、その裏切りの人生から何を学ぼうとしていたのか、今回の人生でなぜそれ
を繰り返しているのか、の気づきにまで達していただくことを願っております。この気づきが得られれ
ば、他の裏切りの過去生があったとしても、自分でひとつひとつ開放していくことが出来るからです。
 食べ物ではなく種と育て方を、品物ではなく技術と知恵を、お金ではなく夢と希望を与えるのと同じ
です。そうしないと魂はなかなか成長していかないよ、と先生は言います。
 この方針は先生の医療哲学ですので、奥山医院の一般診療にも生かされています。先生の外来診察の
特徴は、西洋医学、東洋医学、精神医学、魂医学の集学的診断と治療だと言えます。整形外科の病気で
も内科の慢性疾患でも、例えインフルエンザで受診しても、先生の問診には心療内科的な質問が含まれ
ますし、漢方の舌診と腹診、アーユルヴェーダの脈診をします。この脈診がとてもよく「当たり?」ま
す。漢方は氣の流れを中心に、五臓六腑が陰陽・実虚・寒熱等のどのバランスにあるのか、を診ていく
のだそうです。病気を見るのではなく、全体を診ると言われる所以ゆえんです。先生の宇宙観もこう言った漢
方の考え方に影響されていると思われます。ただ先生のカルテにはヴァータ・ピッタ・カパでの記載が
多いですので、どうやら先生は東洋医学的診察をアーユルヴェーダの考え方にまとめ直しているようで
す。患者さんから食養生について尋ねられると、先生はあなたの体質はヴァータとカパが・・・という
ような答え方をしますので、これは確かです。
「そんな先生、漢方とアーユルヴェーダをごちゃまぜにしたりして診察できるの?」
「大丈夫だよ。カレーうどんならぬカレーラーメンみたいなもんだからね、でもそんなのあったっけ?」
 彼のこんなところが私は好きです。先生の直感の冴えに救われてきた患者さんがたくさんいるのよ、
と看護婦さんも言ってました。
 先生の脈診はアーユルヴェーダそのものです。インドの脈診の先生は患者さんの昔の病気まで当てて
しまうそうですが、先生もなかなかやります。先生の脈診は患者さんの心がある程度開いていれば、心
の中に繋がることが出来るそうです。そんな時、患者さんは涙を流されます。
「心の中に愛のエネルギーを送ってあげるんだよ。すると患者さんの心の扉が開かれていくのがわかる
んだ。この時に何か支え棒が出来れば心の扉が開いたままになるのだけど、個人的な意見を入れてしま
うと、もうそれは洗脳になっちゃうからね。それを入れてくれた人や教義に強い依存が出来てしまうん
だよ。心の扉は何か心が耐えきれないことが続いたから閉じてしまったのだよ。それを部屋の空気を入
れ替えるように一時的に開くことは必要なのだけど、支え棒を入れて二度と閉じないようにしてしまう
と、大きなストレスに見舞われた時に心は本当に壊れてしまうからね。私は心の換気はするけど、心の
窓に支え棒をすることだけは避けているのだよ。心療内科でも同じだけど、私に依存した患者さんだけ
は作ってはいけないと思っているんだ。これは私の診療の基本だよ」
「先生、心の扉が開くとはどんなイメージなのですか?」
「例えば妊婦さんを脈診すると、プラーナという生命エネルギーのところがよく触れるんだ。そこに意
識を合わせると、初々しくてきれいなエネルギーが感じられるんだよ。意識を向けた途端、パッと光の
イメージが出てくるんだ。その光に意識を合わせると、きっと赤ちゃんのメッセージもわかるのだろう
ね。もっとも、それは私はしていないけど。
 過去生の人生を終えて魂が上に昇っていくだろう。あの時、なかなか昇れない人がいるけど、あれは
心の扉が固く閉じている人だよ。上を見ても真っ暗な人もいるし、遠くに光があるのが見える人もいる
けど、どちらも上に昇れないのが共通しているんだ。本人は昇っていると思っているけど実は止まった
まま、ということもあるんだ。昇れない人に聞いてみると、何か壁のようなものが邪魔をしているらし
いんだ。脈診していても同じことがあるんだよ。真っ暗で、その向こうに光がありそうなんだが壁があっ
てそれ以上進めないんだ。アーユルヴェーダ的には心のアーマの壁と呼べるものだね。脈診では、その
壁に向かって愛のエネルギー、許しのエネルギーを当てることしか出来ないんだ。でもそうやってエネ
ルギーを当てていると、次第に真っ暗な中に光が見えてくることもあるよ。私が天と地のエネルギーを
吸い上げるポンプになるんだね。その天と地のエネルギーを自分の中で融合させて生まれた光を患者さ
んの心に送るんだ。固いレンガの城壁に向かって光を放水している感じかな。『水は強し』だからね。
続けていればいつかは城壁が崩れ去ることだってあるよ。ただ私は今、これを外来ではしないようにし
てるんだ。だって、ともかく疲れちゃうからね。ウルトラマンだって週一回戦うだけだろう。怪獣を一
匹倒して、お疲れさま、って帰っていく・・・わけにはいかないからね。それにこれはね、なにも私が
しなくちゃだめ、なものでもないんだ。誰にだって出来ることだからね。つまり患者さんを心から愛し
ている人が患者さんの手を握って、患者さんの胸に手を置いて祈ってあげればいいんだよ。祈る人の心
が開かれていれば、祈る人の光を介して大いなる光が患者さんの手や胸から患者さんの心の中に流れ込
んでいくからね。『祈り』は愛だからね。だから自宅でも入院先でも出来ることだよ。簡単だし機械も
要らない。副作用もないし、今やっている治療を止めなくてもいいからね。ある意味、私が脈診でやる
より、患者さんを愛している方がやる方がずっと効果的だと思うよ。美子さんなんか不死身だよ、だっ
ていつだって私の愛の『手当て』があるんだからね、健康に関しては安心していていいからね」
「先生、祈りは昔から行われてきたものでしょう。確かに奇跡的に祈りで治った、なんてことはあるか
もしれないけど、ほとんどが祈りだけでは治らないのじゃないですか? それだと単なる現実否定論者
みたいだな」
「今の治療を止めて祈りだけにしなさい、なんて危ない宗教者みたいなことを言っているのではないん
だよ。祈りを否定しないで、心の扉は祈りで開きましょう、ということなんだ。心の扉を開く薬、なん
て言うのが出来たらいいけど、いくら唯物論の皆さんでもこれは無理だと思うんだ。そして今、現実に
心を閉ざすことが原因となっている病気が増えてきているんだ。だからこそ、とりあえず祈りで心の扉
が閉じないようにしましょう、ということなんだよ。昔は祈りしかなかった。祈りしかなかったから、
欲の絡んだ邪よこしまな祈りが現れた。すぐに純粋な祈りは忘れ去られていったんだよ。今は医学が発達して昔
の邪な祈りは駆逐されてしまったんだけど、これはいいことなんだよ。悪い祈りが消え去った今だから
こそ、愛と許しに満ちた美しい祈りが出来るんだよ。その祈り方をまとめてみるね。
 祈る人の心が患者さんへの無償の愛と許しに満ちていること。つまり祈る人の心が開いていることが
大切です。
 祈る人は、外の大いなるもの、神さまに頼りすぎないこと。つまり意識を内なる自分の心に向けて、
自分の心の中にある大いなるもの、神さまからエネルギーを引き出すつもりで瞑想します。自分がエネ
ルギーのポンプになったつもりで意識を集中します。
 患者さんの病気にエネルギーを向けるのではなく、患者さんの心に向けること。患者さんの心の扉さ
え開けば、あとは患者さんの心の中の光が自己治癒力を発揮してくれるから大丈夫です。病気は他人や
外の大いなるものが治すのではありません。自分の中の光のエネルギーが自己治癒力となって治ってい
くものなのです」
 

第四章  
    魂の自由
「美子さん、休日出勤、ごくろうさま」
 汗を拭きながら医院に着いた私を先生は受付で待っていてくれました。待合の冷房がとてもよく効い
ています。
「先生、休日くらい、ゆっくりと出て来てくださいね。身体も大切にしなくちゃいけませんよ。どう見
ても先生はワーカーホリックなんだから」
「大丈夫だよ。タージマハルに住むハクション大魔王は不死身だからね」
 先生はランプをこするマネをして笑いを飛ばしました。ハイテンションは先生の危険信号です。私は
怒り顔でそれを受けました。眉間のシワを汗が流れていきます。
「いくら急いでワークを受けたがっている患者さんがたくさん待っているからって、こんなに土日、祝
日ぶっ通しでワークをすることはないんじゃないですか? 先生、先月も今月もお休みなしじゃないの?」
 先生はなおも笑顔です。
「だってここはハーレムだよ。私は麗しき女性たちを幸せにする義務があるんだからね。マハラジャは
戦う勇者だからこそ、最高の女性を手に入れることが出来るんだろう、美子さんのよ・う・な」
 そうだったんです、先生は院長であり経営者なのです。だから無理を重ねてもがんばっているんです。
先生が職員のことを「クルー」と呼ぶ訳がわかったような気がしました。先生にとって、この医院は船
なのです。それも未知の世界へと旅を続ける孤独なヨットなのです。職員はみんな大切な家族なのです。
クルーたちが船長の冒険とロマンを支えてくれているのを十分知っているのです。だから、いつもアク
セル全開なのです。私もそんなクルーの一員になれて・・・。
「もう、おバカさんには付き合えないわ。お化粧直しに行ってくるから、ちゃんとお留守番してなさい
よ」
 汗が目にしみます。私はトイレに駆け込みました。
 
 今日の患者さんは三十六才の女性です。とても痩せているのが第一印象でした。待合での物腰がとて
も古典的クラッシックなエレガントさを感じさせてくれました。彼女はチェアーに沈み込みながら、バッチ・エッセ
ンスをポケットから取り出して口に含みました。ほのかなブランディーの香りが拡がります。
「私は高校の交換留学生としてイギリスで過ごしたことがあります。その時、友人からこのレスキュー
を教えてもらいました。私の体質にぴったりのレメディも見つかり、イギリスでの生活はとても健康そ
のものでした。そのご縁でハーブやエッセンスにはとても興味がありました。大学を卒業後、東京で外
資系の銀行に勤めましたが、何だか息苦しくなってきて故郷の鎌倉に帰りました。そしてハーブと自然
食品の小さなお店を十年前に始めました。お店は順調でトントン拍子に大きくなっていきました。今で
は会社になって湘南や伊勢や倉敷にお店を展開しています。イギリス時代、夏休みに友人といろいろな
ところへ行きました。地中海の白い都市まちや北アフリカのオアシス、ヒマラヤの村々など・・・どれもす
ばらしい旅でした。そのイメージを大切にした商品が新しい時代にマッチしたのですね。仕事が楽しく
て、すべてがとても順調でした。
 三年前に突然、旅行先で病気になりました。なんとか日本まで帰ってきて、そのまま大学病院に入院
しました。たくさん検査を受けましたがはっきりとした原因がつかめないまま、病状が安定したという
ことで退院させられてしまいました。でも、いまだに身体の調子が思わしくありません。今日もこちら
に来れるかどうか、とても心配でした。お薬もたくさんいただきましたが、当ての無いお薬を飲むのが
嫌で今は全然飲んでいません。私がこの病気になってから、急に仕事もうまくいかなくなりました。本
店だけでも大変なのですが、姉妹店の方にも頻繁に私が出向かなければならなくなってきました。そん
なストレスと疲れが私の病状を悪化させています。追い討ちをかけるように父まで脳卒中になってしま
いました。父は私が病気なのを知っていて、しょっちゅう大した用でもないのに私を呼びつけます。私
がこんなに苦しんでいることがあの人にはわからないのです」
 まくし立てるように話してきた彼女が悔し涙を見せました。先生は包み込むような声で言いました。
「あなたの今日のワークのテーマは何ですか?」
 彼女は作り笑顔をしながら答えました。
「私はこの病気になるまで、とても幸せでした。でも今は不幸ばかりです。私はもう今世での幸せをす
べて使い果たしたのでしょうか? もう私には幸せが残っていないのではないでしょうか? それだっ
たら仕方ありません。確かにとても幸せでしたから・・・。
 そうだとしても、私はこれからも生きていかなくてはいけません。私だけのためではありません。私
のお店を手伝ってくれている人たちのため、私のハーブを使ってくれているお客様のため・・・。だか
ら私は今までの人生で一番幸せだった過去生へ行って、幸せのエネルギーを再充電してきたいのです。
荒唐無稽かもしれません。でも私はこれに賭けています。どうか先生、よろしくお願いいたします」
 先生は大きく頷きながら答えました。
「大丈夫ですよ。それでは、あなたが最も幸せだった過去生へ戻りましょう、という誘導になりますが、
よろしいですか?」
 彼女は涙を拭きながら初めて笑顔を見せてくれました。そしてもう一度、レスキューを口に含みまし
た。先生が嬉しそうに尋ねました。
「それはイギリスで買ってきたレスキューですね?」
 彼女も嬉しそうに頷きました。
 先生は心療内科の患者さんが増えた頃から、バッチ・レメディを診療に使い始めています。心療内科
と言っても大学病院ではありませんから、軽い症状の方から明らかに精神科にご紹介しなければならな
い方まで様々な症状の方が来られます。バッチは心療内科の範疇だけど薬を飲むほどではない方、薬は
効いているけれどあとちょっとが・・・の方、心の根本的なところを治したい方に有効だと先生は言っ
ています。ただ心が静かでないとバッチの効果は感じにくいので、先生は脈診をしてみて、ある程度心
が開けている方にバッチの併用をお薦めしています。
「本当はSSRIのような薬が有効な患者さんに、瞑想や座禅やヨガをしながらバッチで心の歪みを補
正するのがいいのだけどなぁ・・・」
 どうやらこれが先生の心療内科治療の理想像のようです。
 日本ではホメオパシーの概念がまだまだ理解されていません。薄めれば薄めるほど強い効果が出る、
というホメオパシーはかなり怪しい民間療法だ、で片づけられてしまいます。でも、バッチはイギリス
で約六十年前に生まれた治療薬です。長い間、大衆に指示されてきたということがバッチの有効性を示
すものだ、と先生は患者さんに説明しています。
 イギリスの医者であるバッチ博士は内科的な病気を治療していく過程で、同じ病気に同じ薬を使って
も患者さんの心の性質によって治療結果に差が出ることに注目していました。そこで彼はたくさんの人々
の心の性質を観察し続けました。そして心の性質を三十八種類に分類したのです。例えば糖尿病の患者
さんを治療する場合、患者さんの個性や心の性質まで考慮に入れて治療することはほとんどありません。
薬物だけで病気が治るのでしたら、確かに心の性質など考える必要はありません。しかし病気の治療に
は薬だけでなく、食事や運動と休息、ストレスと緊張等々のアンバランスが改善されることも必要なの
です。そして彼はホメオパシーの理論に基づいて、それぞれの性質の歪みを補正することが出来る花を
経験的に見つけ出していきました。
「でも、なぜ効くのかしら? お花を水につけてお日さまに当てておくだけでしょう。レメディを作っ
ているところを見ると、やっぱり怪しいなぁ、と思ってしまいますよね」
「美子さんは正直だなぁ、でもその通りだよ。ホメオパシーに触れていないと絶対にわからない世界だ
よね。
 花に人の心の性質のひとつが当てはまっているとしてみよう。花言葉というのが昔から世界中にある
けれど、同じようにある花にはその花の持っている想いのエネルギーが隠こもっているのだね。心の周波数、
心のオーケストラみたいなものだね。心が病気の時、すべての楽器が壊れているのではなくて、調子の
高い楽器、調子の低い楽器、音がこもった楽器・・・などがいろいろに入り交じった状態にあるのだよ。
そこで調子が悪い楽器のレメディを使うとその楽器は奇麗な音色を出すようになるのだよ。例えて言え
ば、調音のための音叉みたいなものかな。ひとつの音にはひとつの音叉があるだろう。楽器の音程を上
げすぎても下げすぎてもダメなんだ。振り子が振れるように行ったり来たりしながらピッタリのところ
へ落ち着くまで使い続けないとね。ひとつがしっかりと調音できたら、他の楽器の調子のずれがよくわ
かるようになるよ。ひとつひとつ根気よく音合わせをしていったら、いつか素晴らしい心のシンフォニー
が聞こえてくるからね。
 なぜ水と日光と花からレメディが出来るのか? 花々はそれぞれが人の心の音叉なんだよ。水に花を
つけてお日さまに当てると、お日さまが花の音叉を叩くんだね。その響きは水の中に拡がるんだ。その
響きの一滴を別の水に入れると、その響きは新しい水の中を更に拡がっていくんだよ。こうやって花の
響きがずっと拡がり続けていくのだね」
 先生はどうも例え話で人を納得させてしまうのが得意です。私はいつもソクラテスと話をしているよ
うな気がします。
「でも、先生。薄めれば薄めるほど強力になる、と言うのはどうなのですか?」
「楽器を目の間で聞くのもいいけど、音響効果の抜群なホールや聖堂で聞く方が音色に艶が出るだろう。
あの感じだろうなぁ。ホールの一番後ろで聞いていると音色が艶めかしく熟れているのがわかるのだよ。
ワインで言えばボンジョレヌーボーもいいけど、ヴィンテージものにはかなわないな・・・そんな感じ
かな。バッチの水はワインで言えば時間なんだね」
 時間という言葉を口に出した先生は必ず遠くを見ています。本当に時間が見えているかな? と思う
ことがあるくらいです。
「先生はレメディを作る人や売る人の心の大きさが効き具合に影響する、と言っていますけど、あれは
どういうことなのですか?」
 先生はひとつ肩の力を抜いてから答えてくれました。
「心の響きはとても精妙なものだよ。レメディそのものの扱いでは割れたりしない限り、特に影響はな
いよね。ただ心の響きが詰まっているものだから、扱う人の心の響きに影響されやすいのだよ。扱う人
の心が調子外れな音を出していたら、レメディの響きだって狂いやすくなってしまうだろう。癒しとは
口先だけで実は儲け第一、なところへ置いておくだけでレメディの妙なる音色はくすんでしまうだろう
ね。だから、レメディの取り扱いはかえって難しいかもしれないよ。商品管理の指標が心だからね」
「それじゃ心が病んでいる患者さんが持っただけで、そのレメディは効かなくなるのじゃないですか?」
「そんなことはないよ。そのレメディはその患者さんの心に合った音色のレメディなのだからね。それ
にすべてのレメディに共通した音色が隠されているのだよ。それは愛の音だよ。この愛の音はレメディ
たちの中でじっと出番を待っているのだよ、それを本当に必要とした人が現れるのを。そして患者さん
の手に渡った時に、愛の音が力強く響きだすのだね。この愛の音はとても強力で、レメデイの持ってい
る心の響きをしっかりとガードしてくれるのだよ。だから患者さんの手に渡った時から、実は患者さん
の心は癒しを受けているのだよ。レメディを持っているだけで効いたような気がする、というのはこう
いうことなんだね」
 元々確かめようのない世界の話ですので先生に騙されているのかもしれませんが、私はこのまま騙さ
れている方が幸せなような気がしています。
 先生のレメディのうんちく話を思い出しているうちに、患者さんは過去生に降り立っていました。私
は万年筆を握り直しました。
 
「あなたは一番幸せだった過去生へ戻っています。足もとを見て。どんな地面が見えますか、感じます
か?」
「白っぽく乾燥した固い地面です。所々に草が生えています」
「足には何か履いていますか?」
「裸足に近い感じがします・・・いえ、サンダルみたいなものを履いています」
「下半身は何を着ていますか?」
「白くて軽いヒラヒラした布を肩から身体にまとって、青い紐で腰に留めています」
「手に何か持っていますか?」
「右手に白い壷を持っています」
「その手を見てください。肌の色は何色ですか?」
「とっても白くて美しい肌をしています」
「頭には何かかぶっていますか?」
「何も感じません」
「髪はどんな感じですか?」
「あまりロングでなくて、少しカールしてて、金髪に近いブルネットです」
 先生はクエスチョンの顔をして私を見ました。きっとブルネットの意味がわからないのでしょう。
「顔の輪郭はどうでしょうか?」
「少し面長です。大きな目が印象的です」
「その目の色は何色でしょうか?」
「グリーンぽい感じです」
「性別はどちらですか?」
「女です」
「その壷は重いのかな?」
「水が入っていますから」
 先生は彼女を上手に過去生の舞台に上げてしまいました。先生は同化の仕上げをしながら場面を進め
ていきました。
「では、その女の人の中にしっかりと入ります。そのグリーンの目でまわりを見渡してください。あな
たのまわりの風景は何が見えますか?」
 彼女はアフリカの風のような渇いた声で答えました。
「背後に神殿があります。そこから階段が町へと続いています・・・この近くには人が大勢住んでいま
す。近くに海も見えます」
「気候はどうですか?」
「強い風がよく吹き抜けます」
「あなたは今、誰かと一緒にいますか?」
「まわりに人がたくさんいます。下町のような賑わいです。女の人はみんな、私と同じように布を巻い
たような格好をしています。男の人は足に何か巻きつけて、身体は紐で編んだような短い服を着ていま
す」
 聞いているだけで白い都市まちの雑踏の賑わいが見えてくるようです。先生はそのまま場面を進めていき
ました。
「私は神殿の階段を登っています。目の前に高い台が見えてきました。その上に女神の像の彫刻があり
ます。人々はみんなここに集まってきます。壷のなかには海の水が入っています。それを持って上がっ
て女神さまに供えるのです。そしてお祈りするのです」
「あなたは神殿に仕えているのですか?」
「その女神に仕えております」
「その女神のお名前は何ですか?」
「アテナです。アッティカの守護神です」
 先生のお得意の分野が出てきました。先生はニコニコしながら続けました。
「それからどうしていますか?」
「お祈りが終わりました。私は壷を持って階段を降りていきます。もう夕方です。誰かが私を迎えに来
てくれました」
「それはどんな人ですか?」
「短い栗色の髪の男の人が笑っています。もうひとり小さな子どもがいます。三人で一緒に海に向かっ
て歩いて行きます」
 先生は歩きながら尋ねました。
「年齢はいくつですか?」
「二十八才です」
「名前は何と言いますか?」
「フレアです」
「その子はあなたの子ですか?」
「はい、女の子です」
「その子は今のあなたが知っている人ですか?」
「会社で私のアシスタントをしてくれている男の人だと思います」
「迎えに来てくれた男の人はあなたの夫ですか?」
「はい。名前はドロー・・・」
「こうやっていつも迎えに来てくれるのですか?」
「はい」
「夫の仕事は何をしていますか?」
「壷を作っています」
「その夫は、今のあなたが知っている人ですか?」
「知りません」
 どうやら海に着いたようです。先生が尋ねました。 
「海に着いてから、どうしていますか?」
「私は夕方の海から明日のことや先のことの暗示を受け取ります」
「それはどうやったらわかるのですか?」
「太陽が沈むと海が光で一杯になります。その時、そこからメッセージをもらうのです。これは私の仕
事です。私は毎日この時間にここへ来ます」
「それはいくつの頃からやっているのですか?」
「小さい頃からです」
「それはフレアさんだけが出来ることなのですか?」
「他にも出来る女の人が数人います」
「その能力は持って生まれたものなのですか?」
「はい」
「それは血でつながっている能力なのですか?」
「私の家系では、私の前にもいたような気がします。おばあさんだったかな」
「あなたはそれをずっと仕事にしているのですか?」
「はい、どうしてもみんなに頼まれるものですから」
「個人的な予言もするのですか?」
「時々はすることがあります。身体の悪い人とかに頼まれた時です」
 この能力は血で伝わるものでした。先生はきっと残念がっていることでしょう。先生はこういう能力
が出てくると、持ち帰りが出来ますか? と必ず尋ねます。能力の持ち帰りが出来る時は、過去生から
今の患者さんにその能力を引き継いで持ち帰ってもらいます。もちろんワークが終わった途端、過去生
の能力が発揮できるわけではありませんが、ワーク後の患者さんの顔に不思議な自信が輝いているのが
わかります。
「その日はちなみに何という予言を賜りましたか?」
「多分、我が国ギリシャが何年か後に、他の国に滅ばされることを私は知っているのです」
「それを誰かに言いましたか?」
「誰にも言いません」
「それはどうしてですか?」
「言っても同じことでしょう。普通の人々を混乱させたくはないのです。今はみんなと一緒で毎日が楽
しいですし、それはそんなに近い将来でもありませんから」
「夫にも言ってないのですか?」
「夫には話しました。でも夫も、誰にも言わない方がいいよ、と言いました」
 先生は頷きながら尋ねました。
「それからどうしましたか?」
「家に帰りました」
「どんな家ですか?」
「海の近くの石造りの白い家です」
「では、その日の夕食の場面に進んでください。あなたたち三人の他に誰かいますか?」
「私の母がいます。それと黒い犬です」
「そのお母さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「今の母です」
 彼女は嬉しそうに答えました。先生はこのワークの主題の場面へ移るように促しました。
「フレアさんの人生で一番幸せな場面に移ってください」
 急に彼女から温かいエネルギーが溢れ出してくるような感じがしました。
「あれから少し先の出来事です。私のまわりにたくさんの人がいます。私はもうお祈りだけしているの
ではありません。神殿の近くで、人の身体に良い食べ物で病気の治療みたいなことをしています。髪の
黒い友人がひとり手伝ってくれています。彼女も違う神に使える巫女をしています」
「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、わたしの友人で最近イギリスから帰ってきた人です」
 彼女は大きく頷きました。
「それからどうしていますか?」
「私は薬膳のような食べ物を作っています。彼女はマネージメントをしてくれています。私のまわりの
環境を整えてくれているのです」
 先生は幸せの確認をしました。
「その時、何が幸せだったのですか?」
「そうやってたくさんの人たちの気持ちを楽しく出来ると私たちも幸せになれます。ここは海も近いし、
きれいだし、魂がとても自由なのです。それがたまらなく楽しいのです。こんなに自由に意識を拡げる
ことが出来るのはいいですね。私は金持ちではないし、大それたことは出来ないけれど、みんながそば
にいてくれます。私はその人たちのために何かをしてあげることが出来るのが幸せなのです」
 彼女の頬に喜びの涙がこぼれます。しばらくの間、彼女は幸せを噛みしめていました。
「フレアさんの人生で、次に大切な場面に移ってください」
「歳をとって寝ています。白い家の中の固い木のベッドの上です。もう身体に力が入りません。今、七
十五才です。私は自分が病気で死ぬ年齢としを知っていました。そしてその年齢になったのです。私はもう
じき死にます」
 彼女は平然と答えました。時が静かに流れていました。
「死ぬ直前に何を考えていますか?」
「また次の人生でも一緒に過ごした人たちと会いたい・・・」
「まわりに誰か看取ってくれる人はいますか?」
「自分の娘と夫がいます」
「娘は何と言っていますか?」
「何も言わず、ただ手を握ってくれています。もう片方の手は夫が握ってくれています」
 彼女の喜びの嗚咽が聞こえてきました。
「その二人に対して何を思っていますか?」
「すごく感謝しています。またいつか二人にめぐり会いたい・・・。その時はまた、人の役に立てるか
もしれません」
 そしてフレアは心静かに死を迎えました。この人生での幸せをしっかりと胸に抱いて身体を離れまし
た。祝福の調べが彼女の魂を抱き留めてくれました。
「魂が口から抜けて宙に浮かびました」
「下の死体を見て何を思いますか?」
「死ぬ時もとても心静かで苦しくありませんでした。すごく安らかな死に顔です。・・・これは私が日
頃考えている死のイメージとはすごく違うかもしれません」
 彼女が持っていたすべての不安の根源が崩れ去る地鳴りが聞こえてきました。彼女は不安から開放さ
れたのでした。
「看取ってくれた夫と娘はどうしていますか?」
「そばでずっと手を握ってくれています」
「それを見て、どう思いますか?」
「自分のことよりも大事な人たちなので、大丈夫かな、と心配しています」
「あなたが死んだ時に何か決心したことはありますか?」
「また次の人生でも、自分に出来ることは何でもたくさんあります。だからひとりでは出来なくても、
自分の想いを人に伝えて、世の中のためになることをします」
 フレアさんは自信にあふれた声で言いました。
「あなたのまわりにあなたを迎えに来た存在を感じますか?」
「父かもしれません」
「それはどんな感じですか?」
「大きな手をしています。何も恐がることはない、と言っています」
 先生はフレアさんの魂を高みへと導きました。
「そのお父さんと一緒に上に高く高くあがります。あがったところからフレアさんの人生を見て、何か
気がつくことはありますか?」
「自分に与えられた能力を十分生かし切った人生でした。それに対する迷いとか、不安とか、恐れとか、
そういうのがとても少ない人でした。それは私の道がとてもはっきりしていたことと、まわりの家族が
十分サポートしてくれていたからです。私も相手のことがよくわかっていたからです」
 先生は彼女を更に高みへと導きました。
「もっともっと高く高くあがります。あがったところからフレアさんの人生と、今のあなたの人生を比
べて見て、何か気がつくことはありますか?」
「子どもの頃はすごく似ていたかもしれません。けれでも今の私は途中からすごく恐くなってしまった
のです。そして私の魂は閉じ込められて、前世の幸せな時のように自由な魂にはなれないでいます」
「それは何が起こったからですか? 何がきっかけで恐くなったのですか?」
 彼女は重く悲しげな声で答えました。
「多分、病気が続いて起こったことです」
 彼女の声が小さくなりました。先生は光へと誘いざないました。
「そこから上はどうなっていますか?」
「金色というか、白っぽく光っています」
「その光っている中にスーッと入ります。そこはどんな感じですか?」
「すごく落ち着いています」
「その光の中心に誰かいますか?」
 彼女は再び楽しそうに言いました。
「りんごの木があります。金色の実がなっています。ギリシャの時の夫がいます。ニコニコと笑って手
招きしてくれています」
「その夫に尋ねてください。この木は何の木ですか?」
「りんごに何かメッセージが入っているらしいです」
「あなたのメッセージが入っているりんごはありますか?」
 夫は彼女のりんごを取ってくれました。するとりんごが八つに割れて、中にメッセージが入っていま
した。
「何というメッセージでしたか?」
 彼女は少し元気になった声で答えました。 
「もう大丈夫だ、と書いてありました」
「その実をどうしたいですか?」
「そこに置いておいます」
「夫に尋ねてください。もう大丈夫、とはどういう意味なのですか?」
「もう何も恐がることはありません。私は私の役目を果たすことが出来ます。それがちゃんと見つかり
ます。もうすぐだ、と言ってくれています」
 彼女に自信が湧いてきたようです。先生も大きく頷きながら質問を続けました。
「私の今回の人生の目的は何ですか?」
「私は今までもずっとそうでしたが、今回もやはり人を気持ち良くさせる働きをするはずです」
「どんなことをすればいいのですか?」
「身体のことをもっと勉強しなさい。具体的には食べ物に関することです。とにかく何かを始めないと
いけません」
 夫が少し厳しく言いました。彼女は素直に頷いています。先生は話題を変えて、彼女から依頼された
質問をしました。
「今の両親のもとに、なぜ生まれたのですか?」
「人との人間関係を学ぶためです。人を大事にして自分も大事にすることを学ぶのです」
「私が両親を選んだのですか?」
「私が選びました」
「なぜこの両親を選んだのですか?」
 彼女の表情が一瞬、ハッとしました。
「両親、特に父親との関係は失敗しましたが、そのことによって他の人たちとの関係をもう一度考え直
すことが出来ました。両親がこのチャンスをくれたのです」
 彼女の目じりに許しと感謝の涙が見え隠れしています。
「私は今までに何回生まれ変わりましたか?」
「七十二回です」
「今の父とは何回、同じ人生を送りましたか?」
「六十二回です」
「今の母とは?」
「全部です」
 彼女は小さく頷いて両親を受け入れてくれました。先生はギリシャの夫に尋ねました。
「これから充実した人生を送れますか?」
「送れます。送れないわけがないよ」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「何が順調ではなかったのか? と聞き返されました」
 彼女は当惑して言いました。先生がサポートに廻りました。
「何と答えますか?」
「病気は良くならないし、未だに望んだものが手に入りません」
「夫は何と答えましたか?」
「お前が望んだものは全部手に入れたはずだ」
「いいえ、まだ手に入っていませんよ」
「それはお前が望まなかったからだよ」
「本当に私は望んだものが全て手に入っているのですか?」
「そうだ、そしてこれからもそうだよ」
「私が望んだのにまだ手に入っていないと思ってるものは、本当は私は望んでいないということですか?」
「そうみたいです」
 彼女は狐につままれたような顔で答えました。気づきとの出会いとは、いつも、誰でもこういうもの
なのです。先生もフッと一呼吸置きました。そして独身の女性が必ず聞く質問を続けました。
「私はパートナーに出会えますか?」
「絶対に出会うと約束したから大丈夫です」
「もう出会っていますか?」
「まだのようです」
「その人はどこにいますか?」
「違う国にいるような気がします」
「それでも出会えるのですか?」 
「もうすぐ会えるらしいです」
「私はその人を見たらすぐにわかりましか?」
「わかるようです」
「その人も私がわかりますか?」
「わかるよ。向こうの方が先に私のことをわかるようです」
「その人もまだ独身ですか?」
「笑っているだけで何も言ってくれません」
「その人から私は何を学ぶのですか?」
「人の気持ちを学びなさい」
「それはどういう意味ですか?」
「相手を思うことです。相手を、人を愛するということが本当はどういうことなのか、それがわかりま
す」
「これから出会うパートナーとは何回一緒の人生を送りましたか?」
「五十八回です」
 彼女は喜びと驚きが入り交じった声で答えました。先生はこのワークの締めくくりに入りました。
「最後にもう一言、何かメッセージをください」
「頑張れ、と励ましてくれました」
「私、このまま頑張れるかなぁ?」
「大丈夫だよ。なぜそんなに迷うのかわからない、と言われました」
「この迷いと不安は何とかなりますか?」
「もう迷わない、と言ってくれました」
「私をこのまま見守ってくれますか?」
「ずっと応援してきました。そしてこれからも応援します」
 彼女は嬉しくて泣き出しました。先生は最後に尋ねました。
「ところで、あなたはどなたですか?」
「あなたの魂です」
 
 ワークが終わって、彼女はゆっくりとお茶を飲んでいました。頬にはまだ涙が光っています。彼女の
瞳が私を呼びました。私は彼女の横にゆっくりと腰掛けました。
「ありがとうございます。とても素晴らしい体験をさせていただきました。深い海と真っ青な空、白い
都市まち・・・絵はがきを見ているようでした。でも、あれは自分の創造ではありません。ビジョンは絵は
がきのようでも、魂の奥から湧き出て心を温かく包み込んでくれたあの至福感は本物でした。幸せが心
の中に拡がりました。幸せの大きさを実感できました」
 彼女はハンカチを取り出して目頭を押さえながら言いました。
「今世で私が使い切ったと思っていた幸せのなんと小さかったことでしょう。彼女が安らかな死を迎え
た時に抱かれていた幸せに比べると何千分の一、いえ、比べものにはならないくらい小さなものでした。
そんな小さな幸せにしがみついていた私は心まで小さくなっていました。小さな幸せにしがみついてい
たから、心の視野が狭くなって私を助けてくれている人たちが見えなくなってしまっていたのです。幸
運の女神さまが目の前を幾度も駆け抜けてくれても、狭い視野では捕まえられませんよね。心が小さく
なってしまっていました。小さな幸せにしがみついて独り占めしていたからです」
 私は彼女の背中をさすりながら、ただ聞いていました。
「あの人生では今世と同じように幸せからスタートしました。でも、彼女はその幸せを自ら進んでみん
なのために使いました。幸せになればなるほど、その幸せを如何にみんなのために役立てれるかを考え、
そして実行していました。彼女の幸せの袋はどんどん大きくなっていきましたが、いつも中身は空っぽ
だったのです。神様は空っぽの幸せ袋を見つけると、すぐに幸せをあふれるくらいに満たしてくれるの
です。幸せ袋がまた大きくなります。でも、彼女はその幸せをみんなのために使い果たしてしまいます。
神様は幸せの大食漢が大好きです。ニコニコ笑いながら幸せのおかわりを大盛りで入れてくれるのです。
こうして彼女は死ぬまでたくさんの人々を幸せにしてきました。そして彼女が死を迎えた時、神様は彼
女の巨大な幸せ袋にはち切れんばかりの幸せを詰めてくれました。その幸せに包まれながら彼女は死を
迎えたのでした。
 私は気づきました。幸せを充電するには、先まず今持っている幸せを使い切らないといけないのです。
幸せは自分のためには使えません。自分で持っていても目減りはしませんが古く錆びてしまいます。幸
せは人のためにしか使えないのです。その人が喜んでくれなくても構いません。ただその人のことを想っ
て、その人の幸を祈って使えば、ひとまわり大きくなった自分の幸せ袋に神様が新しい幸せをいっぱい
充電してくれるのです。そうギリシャの彼女が教えてくれました。そして彼女も応援してくれています、
『あなたの幸せ袋と大きさ比べしましょうね』って」
 彼女の涙が輝く自信へと変わりました。彼女はしっかりとした足取りで帰っていきました。
 私は彼女を見送りながら、頬を流れる温かい涙を感じていました。私は泣き虫です。よく患者さんに
もらい涙をしてしまいます。ワークの後は私の心も大きく開かれるので、ひどい泣き虫になってしまう
のです。でも今日の涙は・・・どこか変です。私は慌ててワークの部屋に飛び込んでドアを固く閉めま
した。一気に涙が流れ落ちてきます。私は訳がわからないまま膝掛けタオルに顔を埋めて泣きました。
 私の遠い記憶の中から何かがゆっくりと浮かび上がってきました。
 それは高校の交換留学生に選ばれて一年間、イギリスで暮らしていた頃でした。希望と自信に満ちて
いた私は学校で馬の世話をしていました。私はブラッシングをしながら馬に語りかけています。
「ねぇ、アグネス、どう思う・・・ホント馬鹿、いえいえ、アホだよね、あなたのことじゃないのよ、
アイツよ、アイツ。君がいなくなって途方に暮れています、なんて言われても困っちゃうよね。だいた
いこんな舞い上がった手紙、普通の神経していたら出せないわよね。絶対に普通じゃないわよ、アイツ、
だってこれって本物の真夜中のラブレターだよ。見てみる、アグネス? フッー・・・見たくもないわ
よね。私だって困っているのだから笑わないでよね」
 私は大げさな困り顔をしながら馬に話し続けました。でもどこか楽しそうです。馬の世話が楽しかっ
たのでしょうか・・・。
「最後に何て書いてあったと思う? 当てたらニンジン一本サービスしちゃうけどな」
 そう言いながら私は反対側に回ってブラッシングを続けました。
「私が持って生まれた幸せを全部、いえ、私のこの人生の幸せを全部君にあげます、だって・・・もう、
いいかげんにしてよ! アイツ、ナルシシストもいいとこだわ」
 急にアグネスが私の方をじっと見つめました。彼女の澄み渡った目の奥に何かが光ったような気がし
ました。そしてアグネスが本当に微笑んだように見えました。私はしばらく呆然と立ち尽くしていまし
た。
 私の涙が急に止まりました。私はアグネスの目を通して、あの時の私とつながったのです。あの時、
アグネスの目に光ったものは今の私の涙だったのです。私も気づいたのです。私にすべての幸せを捧げ
てくれたアイツは今、とても幸せになっています。本人はワーカーホリックですから幸せを噛みしめる
ことは出来ていないかもしれませんが、端から見ると大きな幸せ袋を担いだ大黒さまのようにアイツが
見えます。ニコニコしながら今日も幸せをみんなにプレゼントし続けています。そうなのです。幸せは
人にあげればあげるほど、新しい幸せが必ずいっぱい入ってくるのです。アイツの幸せ袋は確かにあの
時、空になりました。彼は私にすべての幸せを使ったのです。その時、アイツはきっと幸せの使い方を
学んだのでしょう。そして神様はお約束通り、幸せをいっぱい彼に与え続けているのです。私はアイツ
にもらった幸せをどうしたのでしょうか・・・私の留学生活はとても幸せでした。夏のヨーロッパ旅行
中に私は未来の伴侶と出会いました。夫はとても大人でした。私を大人の女に磨き上げてくれました。
そして最高に尊敬できる先生でした。学んでいる分野は違っていても、学問という絆でしっかりと結ば
れていました。家庭も幸せでした。子供たちも元気で明るく正直な子に育ってくれました。思い返して
みても夫が身罷みまかったあの日まで、私はずっと幸せでした。
 アイツのくれた幸せとは、それほど大きなものだったのでしょうか?
 愛のエネルギーとは、それほど美しいものなのでしょうか?
 こればかりは先生に聞くわけにはいきません。私は結跏趺坐になって瞑想を始めました。心が静まっ
ていきます。静寂の中にアグネスの目が浮かんできました。私は目の中に吸い込まれていきます。そし
て、私がアグネスの目になっていました。私は私をじっと見つめています。私の日輪草のような黄色の
オーラが輝いて見えています。あっ・・・ 私の目が光で満たされました。私にはわかりました。アイ
ツの幸せが私を包み込んだ瞬間です。その時から私は黄金色に輝いていました。色褪せることなく、い
え、むしろ齢よわいを重ねるにつれて目のくらむような輝きを発するようになりました。それは私自身のオー
ラも輝きを増していったからでした。
 他人から頂いた幸せはその人のオーラに働きます。オーラに欠損や傷みがある人には補強材、修復材
として幸せは消費されますが、オーラが正常に機能している人には幸せはオーラに溶け込んでエネルギー
の増幅剤として働くのです。幸せが普通のエネルギーに変換される時には、質量×光速の二乗の法則が
成り立ちます。ちっぽけな幸せでも、とても大きなエネルギーを生みだすのです。アイツは自分の一生
分の幸せをプレゼントしてくれました。幸せは愛や美と等価交換されます。アイツの幸せは愛と美に変
換されて私を守っていてくれたのです。アイツの幸せが底をついたから、あの悲しみがやって来たので
はありません。だってこうやって瞑想していると、自分のオーラが昔以上に黄金色に輝いているのが見
えますから。きっとあれも私の人生の計画のひとつだったのでしょう。
 私の静まった心の奥底から湧き出でてきたイメージをゆっくりと噛みしめていました。理解しがたい
ところもあります。でも人様から頂いた幸せを大切にして、自らをそのエネルギーでさらに輝きださせ
て万灯会の灯明のようになりたいものです。
 やっと心が落ち着いてきました。でも今は先生に顔を見られたくはありません。私は濡れたタオルケッ
トを抱きかかえながら、こそっと部屋を出ました。
「美子の夕立はあがったかな?」
 先生は待ち伏せしていたかのように声をかけてくれました。私が時々、夫のことを思い出して泣いて
いるのを温かく見守ってくれているのです。何も言わないで欲しい・・・そんなときでも声をかけてく
るから、先生は普通の女性にはからっきしモテません。いいところまでいっても、いつも口が災いして
しまいます。心根が優しい男は得てして愚直過ぎるものなのです。「結婚するなら優しい人」と世の女
性たちは申しますが、自分のエゴに惑わされて「優しいつもりの男」を選んでしまうのです。都合のい
い男は優しい男ではありません。これは大人の女にしかわからない世界です。神様は正直だと思います。
昔の先生には私は何も好感を持てませんでした。そして夫がそんな私を磨き上げてくれました。私は大
人の女になれました。夫が身を挺してしてくれた熟女マダムの資格試験に合格した途端、先生が再び目の前に
現れたのです。
 大人の女は観音さまです。良い男を手のひらに載せて自由に遊ばせることが出来ます。男はどこまで
行っても観音さまの手中にあります。いつも観音さまの慈悲の心に守られています。良い男はそれに心
根の優しさで答えるのです。愛から性や親子関係などの世俗的な要因をどんどん剥ぎ取って、純化され
た愛の真理に触れることも必要です。でも、男女の性を持った愛の姿とは何か、を探求することも必要
なのです。そうでなければ哲学はこの世から乖離してしまいます。
 今の私にはこんな愚直な先生を心の中に受け入れるだけの余裕が十分あります。これは純粋な愛では
ありません。先生の何気ない言葉に身体がほとぼることもあります。女と男であるからこそ味わえる愛
の媚薬なのです。身体がなければ決して飲むことの出来ない怪しい艶酒えんしゅなのです。肉体を持って生きる
意味とは、意外とこんなところにあるのかもしれません。
「これ、悪いけど洗濯にまわしといて」
 先生が私の手からタオルケットを奪い取ると看護婦さんの方へ持っていきました。
「先生、またおしっこ、漏らしちゃったんでしょう」
「はい、ごめんなさい。年取るとどうも締まりが悪くなっちゃって」
 先生と看護婦さんたちの楽しそうな会話が聞こえてきます。弾んだ声がいつも私を元気づけてくれま
す。私のデスクの上に、ちゃんとお茶が用意してありました。アールグレイの香りが私を誘います。私
はイスの上で大きく背伸びをしました。背筋を伸ばして、足を組んで、ゆっくりとお茶をいただきまし
た。先生がカップ片手に戻ってきました。まるでタイミングを計ったようです。私はわざと組んだ足を
先生の方へ向けました。先生の視線が右往左往しています。これで形勢逆転です。
「鏡の神様、ありがとう。大正解だわ」
 今朝、出がけに私はどのスカートにするか、鏡の前で迷っていました。ちょっとタイトで短めのスカー
トを合わせた時、鏡がキラッと光ったのです。
「美味しいお茶を入れてくださってありがとうござます、先生。一緒に飲みましょうよ、ここにお座り
になって。そうだ、さっきのワークでいくつか質問があるのですが、教えていただけますか?」
 大人の女は悪女です。私は先生をちょつぴり斜め前のスペシャルシートに座らせました。
「ほら、先生、恥ずかしがっちゃダメよ。大人の男はまず涼しげな目でジッと見つめてからエスプリの
効いたセリフを返すものよ」
 私の心の中でMデートリッヒが囁きました。
「そうだね、今日のワークは面白いところがたくさんあったね。でも、それがたくさんわかるというこ
とは美子さんも目が肥えてきたね。私もやりがいがあるというものだ」
 先生はまだまだGクーパーにはなれません。私は悪魔の微笑みのまま質問しました。
「過去生での能力や才能を今に持って帰ることが出来るのですか?」
「具体的にそういう誘導をやった症例は少ないし、その結果もすぐにわかるとは限らないものだから、
まだはっきりとコマーシャルは出来ないけど、かなり好い線をいくのじゃないか、と期待している分野
なんだ。音楽や絵画等の芸術やスポーツでのスランプ脱出には即効的な効果が期待できると思うよ。一
種のポジティブなイメージトレーニングだからね、かなり強力だけど」
 先生はニコニコしながら話し続けました。時折、視線が私の腿にそっと触れていきます。私は足を組
みかえながら尋ねました。
「自分の過去生の中で最もその能力や才能を持っていた時代に降りて、昔の自分からその能力や才能を
直接伝授していただく、というのはいい発想だと思います。元々は同じ自分なのですから、例え一子相
伝の奥義であっても教えてくれそうですからね。でもこんなこと、思いついても誰も実際にはやってみ
ないですよ、先生以外はね」
 先生はうれしそうに頷きました。でも、ちょっとシドロモドロです。何がそんなに嬉しいのでしょう・・
・?
「最高の能力や才能を今の自分の中に持って帰ってきたという確信が少しでも心の中に芽生えれば、後
は自己暗示を繰り返すことによって、その確信が希望と自信を呼び覚ますことが出来ると思うよ。そし
てこれはとても強力なイメージ療法になるんだ。スランプが劇的に治る可能性があるよ。人生の目的に
気づくことに比べたら、スランプのきっかけなんか大したものではないからね」
「でも先生、果たしてイメージ療法的な効果だけなのでしょうか? 本当に過去生から能力や才能は持
ち帰れないのでしょうか?」
 先生はカップをもて遊んでいます。その何気ない手つきが悪女には刺激的です。
「患者さんが最高の能力や才能を伝授していただいた過去生を信じているかぎり、彼らの持つ潜在能力
は無限大に発揮されると思うんだ。過去生の力を今、実現出来ていると無条件に信じれるということは、
心が大きく開かれている証拠だからね。それは大いなるものと繋がるための必要条件でもあるんだよ。
大いなるものと強く繋がっていれば、この世では何でも可能だろうね。だって大いなるもの、この際、
神さまと言い換えると、たいていの神さまは全能だからね。人間には遠く及ばない全ての能力があるら
しいから、そんな神さまと強く繋がることが出来れば、もう恐いものなしになると思うよ。もっともそ
の神さまの能力を制御出来る知恵が備わっているかどうかがキーポイントだけどね。昔から人間は何度
も神さまを怒らせてきただろう。その度に大地震や火災で痛い目にあってきたからね。もっと知恵があ
れば・・・と悔いてきた歴史を見ていると、神さまに触れることと知恵を深めることが相対している間
はいいけれど、完全に知恵を否定し得た心開かれし者が現れた時、神々の力は具現化され、天使は歓喜
のラッパを鳴り響かせるのだろうね」
「先生、それってヨハネの黙示録じゃないの? やめてよ、冗談は・・・本当に危ない預言者みたいじゃ
ないの」
 先生はまじめな顔をしてカップを見つめています。私も何だか恐くなってカップを見つめました。先
生が不意に私の組んだ膝の上にカップを置きました。見事な瞬間催眠、いえこれは魔法です。私はもう
身動きできなくなりました。
「そんなに心配しなくていいよ、大丈夫だよ。ルチフェル堕天使を創ったりはしないからね。もっともこんな
に可愛い小悪魔は大歓迎だけど・・・」
 先生は私の横に廻りました。私は思わず腹筋に力を入れました。小悪魔は意地っ張りです。サタンさ
まに醜悪の美などをお見せするわけにはまいりません。でも、私のふくらはぎが笑っています。
「過去生から持ち帰れる能力や才能は、その患者さんの心の開き具合に左右されるのだよ。ワークを見
ているとわかるけど、心を強く閉ざしている人は過去生から光のもとへは戻れないよね。過去生で死ん
で魂となった後、上を見ても真っ暗な闇だけしか見えないシチュエーションに陥ってしまうだろう。で
も上手に誘導していけば、なんとか真っ暗な宇宙の中にひとつくらいは星が見えるところまで行けるん
だ。あれは閉じた心に開いていた針穴から漏れ出て来た光を見ているのだよ。星に入って・・・という
ことは、その針穴から光のもとへと抜け出して・・・ということなんだね。どうやら心が閉じた人ほど
光を見つけにくくなるし、光とコンタクトしにくくなるみたいだよ。
 反対に心が開かれている人にはいきなり、大きな光、眩しい光・・・が見えるんだ。こういう人は光
からのメッセージを受け取りやすいし、もちろん過去生での能力や才能を持ち帰りやすいんだ。
 ここで心の開き具合と知恵の深さの関係がどうなっているのか? が問題なのだけど、ほとんどの人
たちは正の相関関係にあると思うよ。心が開いている人ほど知恵も深い、ということだね。知恵を深め
るには心が開かれていることが必要だからね。知恵というのは気づきの集合体みたいなものだけど、気
づきは心が開いていないとつかめないものだから、知恵には心の開放が必要なんだよ。
 では逆はどうだろうね。心が閉じている人は知恵を深められないのだろうか? ほとんどの人の場合、
答えはイエスだね。この世の中だけではなく、いつの世の中を見てもそんな人ばかりだからね。あのギ
リシャでさえソクラテスを殺しただろう。無知を知ることで初めて知恵の道に立てることがわかった人
は極く少数だったんだ。あの時代はこの世に比べると・・・いやいや、今を生きるためにはこれは禁句
だったね。
 ただ極く稀に完全に知恵を否定しているにもかかわらず、心が大きく開かれている人が現れることが
あるんだ。知恵の微塵もないから善悪、喜怒哀楽の感情さえないだろう。あるのはエネルギーゲーム、
すなわち強いものが勝つというゲームの中で味わえる自己存在の確認、在るという実感だけなんだ。
 厳密に言えば、光のもとへと帰るのに必要なのは心が開かれることであって、知恵の有無は関係しな
いんだ。だから、知恵を否定した心開かれし者はすんなりと光の中心へと入ることが出来るんだ。光の
中心へコンタクト出来れば、全知全能の神さまの化身となることだって容易だよ。するとどうなると思
う? 神さまがエネルギーゲームを始めるんだ。全知全能のエネルギーを使ってね。神々の黄昏・・・
の再演だね。
 でも心配ないよ。そんな人はめったに出て来やしないからね。そもそも普通に生活している人がそう
なったら精神的にはかなり不安定な状態が持続するから、自分の心が大きく開かれていることを自覚す
る機会はそれほどないはずだよ。だから、自分に備わっている力の使いようはとてもわからないだろう。
それにかなり心がクールでないと、コンタクトした神さまを自分のエネルギーゲームに引き入れられな
いからね。
 神さまの技を使い切るには、心が鏡のように静かであることが必要なんだ。波ひとつない湖は月と星々
を美しく幻想的に映しだすだろう。神さまのも同じだよ。心に乱れがあると、つまり波紋ひとつでさえ
神さまの技に乱れを生じさせてしまうんだ。神さまに近いほど、神さまからのより大きなエネルギーを
自分の心に受けとめることになるんだ。心が無限に広く、しかも静かに開かれていれば、神さまの技を
思う存分使いこなすことが出来るだろう。しかし心に乱れが生じると心の中で神さまのエネルギーが乱
反射して、たちどころに己を焼き滅ぼしてしまうだろうね。だから・・・」
 膝のカップがプルプルと震えています。先生はカップのふちを撫でながら言いました。
「まぁ、心配しないでいいんだよ。二元性のこの世の中ではそんな偉人は現れないからね、たぶん・・・」
 先生はイスを蹴って私の正面に戻ると魔法を解いてくれました。
「じゃあ、やっぱり過去生の能力や才能は持って帰りにくいのですか?」
 私はカップに気を取られていて、実は話がよくわかっていませんでした。
「さっきのは神さまの技についての話だったんだよ。普通はそこまでの才能や能力は求めていないだろ
う。神さまにお願いする時でも、神さまの力を貸してください、とは言うけど、神さまの力をそのまま
ください、とは言わないよね。そこまで言うと何となく危ない気がするだろう。それこそバチが当たるっ
てね。先程の話はそのバチの話だね。
 普通の人が求めている最高の才能や能力とは、心がそれほど開かれていない、心の迷いがいっぱいあ
る中での『神の技に近いもの』なんだよ。もちろん限りなく神の技に近いものを求めているのだけど、
悲しいかな、似ているけど似ていないもののレベルなんだよ。
 作家にしても画家にしても音楽家にしても、彼らは人生のどこかで必ず光に照らされ神さまに触れて
いるんだ。本人にその自覚がなければ、絵が得意、音楽が得意というだけで終わってしまうけれど、そ
の自覚があれば心の中に光や神さまの残像が焼き付いてしまうのだね。すると、それを如何に具現化す
るかということが彼らの残りの人生のテーマとなってしまうんだ。光や神さまに触れる度にスランプに
陥るのは、前より光や神さまがはっきりと見えるようになったからなんだよ。今までの作品ではまるで
ダメだ・・・となってしまうんだね。そして急に作風がガラリと変わってしまうことだってあるよね。
歴史に名を残した芸術家は、心が開いて眩しい光をしっかりと見据えることが出来た人だったのだろう
ね。彼らも初めは瞬間的なコンタクトしか出来なかったけれど、光を求め続け、美と愛を描き続けてい
るうちにコンタクトも断続的になっていったのだろう。彼らの才能や能力がピークを迎えた時、彼らの
心の光の残像はきっと生きている残像になっていたと思うよ。それはまるで神さまが乗り移ったように
創られたことだろう。その芸術家の最高の心の目を通して見た光の姿なのだから・・・」
 先生は今、私の肉体を介して魂の美を見つめている・・・フッとそう感じました。すると不思議に身
体全体がとてもリラックスしていくのがわかりました。
「過去生から才能や能力を持って帰るのがメインテーマの時には、過去生で光や神さまとコンタクトし
た瞬間を必ず再体験させる必要があるのはこういう理由わけなんだ。才能や能力をそのまま持って帰りましょ
う、と誘導するのは簡単だけれど、それだけで本当に持って帰れるのかの確証がないからね。私はワー
クを通じて、ある才能や能力で大成功した過去生の中の、その成功を引き起こした光や神さまの息吹を
もう一度、生で感じ取ってもらうことで、今の人生における新しい気づきをも一緒につかみ取ってもら
いたいのだよ。そうすれば、その気づきが秘められた才能や能力を解き放つ鍵となってくれるからね。
過去生から才能や能力をただ持ち帰るよりも、神さまとの直通ホットラインの電話番号とアクセスコー
ドを覚えて帰った方がよっぽど役に立つと思うんだよ。ただし電話のかけ方を知っていたら・・・の話
だけどね。すると知恵が電話料金みたいなものかな、料金滞納しているとせっかく神さまの電話番号を
知っていても通じない・・・うーん、悲しいだろうね」
 そう言いながら先生は立ち上がってアールグレイのおかわりを入れています。ハリタとカップを手際
よく洗っています。先生のガラス洗いはピカイチです。なんでも昔、化学実習の試験管洗いでしごかれ
たとか・・・でも、とても楽しそうに洗っています。刀の手入れと相通じるものがあるそうです。心を
無にしてガラスとお話をするのだそうです。でも今日はガラスではなく、私とお話ししてくれました。
「今の事柄を美子さんのためにまとめておくね。ある才能や能力が最も高かった過去生へ戻ることは出
来ます。その才能や能力がその過去生でピークを迎えた時を再体験することはスランプからの脱出や自
信の回復に有効です。しかし重要なのは、その過去生の中で神さまや光とコンタクトした瞬間を再体験
することです。たとえそれがちっぽけな意味のない経験でも、今の自分に秘められた新たな能力や才能
を目覚めさせる鍵となるものかもしれません」
 私は先生のお尻を見つめながら、その言葉をしっかりとメモに残しました。
「はい、お待ちどうさま」
 先生はカップをふたつ持って私の前に座りました。私はまた金縛りの術に会わないようにサッと手を・・
・手には六花亭のマルセイが載っていました。
「はい、これは昨日の患者さんのお土産だよ。このワークのお陰で、日本全国の美味しいお土産を味わ
うことが出来るね、感謝、感謝」
 先生も看護婦さんもみんな単純な子供みたいな方ばかりです。お土産を持ってきてくださる方に悪い
人はいないよ、なんて言いながらお昼にワイワイ頂いています。正直言って、初めは戸惑いました。慣
れ親しんだ絵画教室の雰囲気とは別世界だったからです。自由とはこういうものなの? と思いました。
でも、私にもすぐにわかったことがあります。自由なほど、自己のコントロールが必要になるのです。
ここではお山の大将になることも、仕事をサボることも簡単に出来ます。あまりに簡単過ぎて、自分で
も気づかないことがよくあるようです。厳しい自己のコントロールが出来ないと普通の方はとてもここ
では務まらないでしょう。ただここの看護婦さんを見ていると、とてもそんな立派な自己コントロール
が出来るようには見えません。では何がそうさせているのか? 最近になってやっと私にも見えてきま
した。先生も看護婦さんもただのアホなのです。嬉しいことは嬉しいけど、嫌なことも笑顔で吹っ飛ば
せ! なのです。看護婦さんが先生を巻き込んで、患者さんの癒しに最も大切なものを毎日毎日配り続
けているのです。彼女たちにエゴは感じられません。先生は時々、経営者の顔に戻りますが、その顔が
結局一番うまくいかないことをよく会得されているようです。患者さんのためになること、この発想が
最優先されていることが自由を生みだしているのでしょう。
「いただきます」
 そんなことを思いながら、私は北を向いて合掌しました。先生はお茶を飲みながら言いました。
「ほう、美子さんもとうとう看護婦さんの仲間入りだね」
「え? これはここの決まりじゃないのですか? お土産がやって来た方角にお礼を言うのは」
 私はわざと騙されたふりをしました。先生は大笑いしました。
「また誰かに担がれたね」
 私も心から大笑いしました。だって最近やっと看護婦さんの仲間入りが出来ているな、と自信が持て
るようになってきましたから。ちょっぴり涙がこぼれそうです。私は次の質問に話題を変えました。
「このワークの中で、過去生の彼女は未来の自国の滅亡を予言していましたよね。でも、本当に未来が
わかるのでしょうか?」
 先生はますます大笑いしながら答えてくれました。
「美子さんも何か私に未来を占ってもらいたことがあるのかな? 美子さんの未来は決まっているよ。
それは・・・」
 私は思いっきりまじめな目で先生を見つめてやりました。急に熱い想いが湧き出てきます。
「さぁ、言えるものなら言ってみなさい。先生が何を言いたいのか、私にはよくわかっているのだから
ね。ここで告白しちゃいなさい。今なら私、素直に頷けそうだから・・・」
 でも先生は咳払いをひとつして、塩を取りに行きました。また仕切り直しです。
「勇気も歳を取るのかな・・・やっぱり、おじさんとおばさんなのかしら、私たち・・・」
 そんな想いを知ってか、知らずか、先生は愛情のこもった優しい顔で答えてくれました。
「よく患者さんにも、未来が見たい、未来はどうなっているのか、と聞かれるよね。雑誌の占いみたい
に差し障りのない占いは結果が何でもかまわないけど、このワークで見た未来は取りようによってはそ
の後の人生を変えてしまいかねないからね。だから私は最初から未来へ戻るのが目的のワークはお引き
受けしないことにしているんだよ。もちろん今の誘導を単純に逆転させれば未来へだって行けるし、き
ちんと未来へ行くための誘導だってあるんだけど、今のところ一般の患者さんにワークするつもりはな
いんだ。別に出し惜しみしている訳じゃないんだよ。せっかく自分の足で歩んでいるこの人生を台無し
にしてもらいたくないんだ」
 先生の目が右の遠くを見ています。まるで時空間の歪みを見つめているようです。こんな時の先生の
目には光も闇もありません。私もそんな目をまともに見つめたことはありません。何だか恐いのです。
磨き抜かれた鏡の向こうの世界・・・十次元の世界なのでしょうか?
「今ここから見れば、未来は揺れ動いているんだよ。未来になればなるほど無数の可能性が拡がるんだ。
そう説明すれば、たいていの患者さんは納得してあきらめてくれるよね。時間とはそういうふうに理解
されているし、マクロ的にみればそれで正しいのだからね。時空論はまた今度の機会にするとして、私
のワークでも未来を見せることはあるよね。過去生で死んで魂となって、光や神さまのところまで昇れ
た時に、光や神さまにお願いして見せてもらう形をとっているだろう。ただしワークの時間が残ってい
る事、未来を見る必要がある事という条件があるから、二時間のワークではかなりキツイよね。最近で
は二時間のワークで未来まで行くことはとても少なくなったなぁ・・・以前のようにワークを延長して、
ワークが終わるとすぐに夜診開始では、私の固有時空フィールドが裂けてしまいそうだしね。まぁ、そ
のお陰で分裂病の一因がおぼろげながらわかってきたけど・・・この話もまた今度だね」
 先生は私に宿題を出しているのでしょうか? 私はまじめな顔のままメモを取り続けました。
「さて未来を見る場合、まず特定の条件を絞らなければならないんだ。ひとつの人生での出来事はすべ
て決まっていて、人生の各ポイントでその課題をクリアーできたかどうかの成否など関係なしに、ただ
人生が流れていく、と考えている人もまだまだいるけど、これはどうやらハズレらしいよ。アインシュ
タインが相対性理論を発表してもニュートン物理学の人たちはなかなか受け入れようとしなかったとい
うから、これも同じようなものだね。それが今や、アインシュタインは古典物理学に入れられているの
だろう、統一理論だとか大統一理論・・・何だかさっぱりわからない世界だものね」
「やっぱりだ・・・」
 私は思わず大きく頷いてしまいました。前々からどうも先生の普段の言動に疑問を抱いていたことが
ありました。女の直感は男のヘタクソな嘘を見逃しません。先生の浮気の相手、それは最新物理学でし
た。十次元、二十六次元・・・これは臨界次元の概念ですし十一次元はM理論です。でもこんな話、高
校の物理の先生でもお手上げの分野です。なぜこんな分野に興味を抱いているのでしょうか? 私はメ
モの片隅に「ヒモ理論」と走り書きしてハートマークをつけました。
「お母さん、この手帳って、まるで中学生の手帳だわ。いっぱいハートマークつけちゃって。お母さんっ
て最近、少女趣味になってない? 何だか可愛いんだから」
 私の娘がこの手帳を見て、私を散々虚仮こけにしました。
「でもお母さん、変わったね。お父さんが死んじゃった時にはあんなに落ち込んでいたのに、今はとて
も明るく元気になったよ。母を愛する娘としましては一安心でございます、だね。これで私もゆっくり
と恋が出来るわ」
 娘も大きくなったものです。私をしっかりと支えてくれています。娘の年頃には、私はもう先生と出
会っていました。娘も先生のような人にもう出会っているのでしょうか・・・期待と羨望と嫉妬が入り
交じった感情が湧いてきました。私は心を静めるために目を閉じました。遠くに先生の声が聞こえてい
ます。メモをする手だけが動いていました。
「未来が揺れ動いているという立場に立っていると、未来に対してある程度の条件を絞ってやらないと
明確な未来は見えてこないんだ。先程言ったように、私のワークでは光や神さまにいろいろ質問した後
の残り時間で見せていただく形を取っているから、『今回の人生の目的を果たすことができた未来』と
いう条件にすることが多いね。この条件は、今回の人生での最も幸せな場面、と言い換えても良さそう
だね。
 この未来を見る意味は大きいのだよ。この人生を頑張って生きていったらこうなるよ、という手の届
く目標が具体的に見えるのだからね。それは他人ではなく、未来ではあるけれど自分自身だよ。『そう
か、今は辛いけれど、ここを頑張って乗り越えたら、あんな風になれるんだ』という具体的な目標が見
えることはとても強力な精神的サポートになると思うんだ。『このまま死ぬまでいいことなんか、ない
んだ』 『どうせ私の人生なんてこんなものよ』と思っていたけど、頑張れば、踏ん張れば、私にだっ
て結構いい未来が待っているじゃないの・・・これは人生に疲れた人たちに素晴らしいブレークスルー
を起こしうるテクニックだと思うんだ。山登りで言えば、厚い雲にかぶわれていた山頂がほんのチラッ
と見えた感動だよね。もう一歩も進めやしない、と諦あきらめていた足が不思議とまた一歩、一歩進み始める
んだよ。例え自分の希望を創ってしまっていてもいいんだよ・・・そんなことは。また勇気と自信を持っ
て人生を歩み始めてくれれば・・・誰が何と言おうとね」
 先生の深い優しさが感じられます。そしてのし掛かってくるストレスの大きさも・・・私は言葉に詰
まってしまいました。涙が頬を伝って手帳に落ちていきました。
「じゃあ、そんな先生を誰が癒せるの?」
「お母さん、この手帳、所々がにじんでるよ。お仕事中でもお父さんのことを思い出して泣いてるんで
しょう。私ね、そんなお母さんのこと、大好きだわ。私もね、お母さんみたいな恋をしたいな・・・お
父さん、結構幸せものだね」
 娘は娘なりに気を使って私を励ましてくれています。私はハンカチで手帳をそっと拭きました。
「未来を見てきた患者さんに共通する気づきがあるのだけれど、美子さんはもうわかったかな? 皆さ
ん、見てきた未来は絶対ではない、ということを知っているんだよ。ワークが終わってから『未来は揺
れ動きますよ』と言うと、そんなこと、当り前じゃない、という感じで頷いていただけるんだ。きっと
未来を見ている時に、同時に時空理論のエッセンスが意識下にインプットされちゃうのだろうね。未来
を見てきた人に『未来はひとつだけ』と考えている人はいないのだよ」
 先生は大きな背伸びをしました。私は先生に聞こえるようにまとめを読みました。
「未来を見る意味は、ただ意識をそれに向けてこの人生で努力すればその未来が叶う、ということ。そ
れは国でも同じこと。このままの状況ではいずれこうなる、ということであって、国の中の何かが変わ
れば未来も変わっていく」
 先生は目を閉じたまま私に続きました。
「未来は揺れ動き、未来は無限の可能性を秘めているが、未来は今そのものなのだ」
 私も目を閉じてゆっくりと時を眺めてみました。過去も未来も今この時に収束されていく姿が見えた
ような気がしました。先生は毎日のワークで絶えず時間を見つめています。いつしか先生には時間が見
えるようになってきたのかもしれません。
「美子さん、今日のワークの最後のメッセージ、『私はお前の魂だよ』の意味はどう思いましたか?」
 先生は個人指導の教授のように尋ねました。私も自然と彼の生徒になって答えました。
「光の中心にいる人たちはマスターであれ神様であれ、本当はすべてが自分の中にいるのではないか、
と思います。自分の内なる声、魂の声ではないでしょうか? だからメッセージは元々自分が知ってい
たこと、薄々思っていたことだ、と感じるのです。個々の存在は魂を介して大いなる存在、神様と繋がっ
ており、そこではすべてがひとつ、ワンネスなのです。元々がひとつ、なのではなく、今この時のみん
ながワンネスなのです。
 心が開くと魂からの声が聞こえてきます。その魂は個人的なレベルからソウルメイトと呼ばれている
小集団へ、人類の集合意識を経てすべての集合意識へ、そしてひとつの意識であるワンネスへと深まっ
ていきます。個人の魂からどの声も聞こえてきますが、それがどのレベルからの声かによって内容が異
なってきます。レベルの深いところからの声ほど、メッセージの内容もグローバルで簡潔になっていく
ようです。深いレベルからの声は決して難解なものではありません。物理法則みたいに例外なく、あま
ねく人々に共通するメッセージなのです。その言葉は簡素で美しく、エネルギーに満ちたものなのです。
これが真理というものなのでしょう。『私はお前の魂だよ』というメッセージは、この真理のことを指
していると思います。そして人々の心の持ち様に合わせて、その真理はあらゆる表情を見せてくれます。
 ともかく心を開くことです。心が開けば誰に教わるでもなく、誰にでも真理が伝わってくるのです。
心を開いて耳を澄ませましょう。きっと魂を通って大いなる存在や神様、そしてワンネスからの真実の
メッセージが聞こえてくることでしょう。
 真理を人に求めてはいけません。人から求められても強制すべきものではありません。真理はひとつ
ですが魂の数だけ、心の在りようだけ顔を持っているのです。人間ひとりにひとつの顔ではありません。
喜怒哀楽があるように、百八の煩悩があるように、魂の顔も無限に在るのです。だから、人が真理の本
質を教えることは出来ないのです。悟ったと思っているのは真理の一顔だけなのです。それを高く掲げ
てはなりません。真理を悟ったと思った瞬間が真理へ最接近した地点なのです。真理の悟りを手放さな
い限り、再び真理に近づくことは出来ません。無知であること、無知という知恵のみが真理へと近づき
続けるために必要なのです。 そして宗教とは人々が心を開き魂の声を聞けるように導くためにあるの
です。ある宗教者の得た真理の一顔を真理を探求し続けている者たちに決して押しつけてはならないの
です。パンを与えてはなりません。小麦の種と育て方、パンの焼き方を教えてあげるのです。辛い道程
ですが、来年には彼ら独自のパンを焼いてくれるでしょう。神様はパンの量よりも、その種類の多さに
祝福をくださるのです」
 私は一気に答え続けてしまいました。頭が真っ白です。何を喋ったか、よくわかりません。そう気が
つくと、また急に涙があふれてきました。とても温かな涙です。とても幸せな涙です・・・先生がそっ
とハグしてくれました。私の魂の光がはっきりと見えました。眩しい光です。その光がどんどん大きく
なっていきます。そして私の魂が光でいっぱいになりました・・・光に包まれた私の涙は止まりました。
その日、私は心の開き方をマスター出来たのです。
 

美子レポート 
   魂について
 昔々、あるところにマルコという青年がいました。マルコは教会でおじいさんのお手伝いをしていま
した。石畳の町の人々も手伝ってくれます。きれいな庭には噴水があります。美しい祭壇のある小さな
教会です。そこは穏やかで喜びにあふれていました。
 亡くなったおじいさんの後をマルコが継ぎました。そこは平和な教会のままでした。
 ある時、イスラムの美しい人々がやってきました。灰色の石の町の人々はその美しさにあこがれまし
た。
 やがてイスラムの美しい人々も灰色の町の人々も、教会に住む者を憎み始めました。でもマルコはお
じいさんを尊敬しています。マルコは独りぼっちになりました。
 ある時、灰色の人々はマルコを深い穴に落としました。だれも話を聞いてくれません。マルコは怒り、
憎しみに溺れました。
 背中に見張りの憎悪の視線が突き刺さります。マルコの憎しみが地獄の烈火の如く深い穴から吹き出
します。マルコは衰弱しました。
 ある時、見張りに石を投げ込まれました。頭くらいある石をマルコの頭めがけて。恐怖とこれで終れ
るという安心感の中を、石がマルコの頭を打ち砕きました。それは「いつもの頭痛の場所」でした。
 先生はマルコの魂に尋ねました。
「身体を離れましたか?」
「はい」
「身体はどうなっていますか?」
「頭から血が出ています。嫌ですね」
「あなたが死んで身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
 マルコの魂は答えました。
「その場にいた町の人たちに対しては、この人たちは何も知らなかったんだ、と思いました。穴の中に
いたときの怒りと憎しみから離れました」
 先生はマルコに尋ねます。
「あなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「おじいさんが迎えに来てくれています」
「おじいさんは何と言っていますか?」
「ご苦労さま、といういたわりの言葉をかけてくれました」
「イスラムの人々に対して、今、どう思っていますか?」
「もう許しています。彼らも何も知らなかったんだ、と」
 先生はマルコの魂を高みへと導きました。
「上へ高く高くあがります。高くあがったところから下を見ると、マルコの人生が一本の道のように見
えます。そのマルコの人生を高いところから見て、何か気がつくこと、感じることはありますか?」
「もう少し積極的に動けば良かったかなぁ・・・」
 先生はもっと高みへと導きました。
「では、もっともっと高く高く上にあがります。高く高くあがったところから下を見ると、マルコの人
生が一本の道のように見えます。そして今のあなたの人生が一本の道のように見えます。ふたつの人生
が近寄ってきて平行に並びます。マルコの人生と今のあなたの人生をその高い高いところから見て、何
か気がつくこと、感じることはありますか?」
「もう少し自己主張をしなくては・・・。自分の考えを積極的に知ってもらう努力をしなければいけま
せんでした」
 先生はさらに高みへと導きます。
「その上には何が見えますか?」
「空が見えます」
「空を突き抜けると何がありますか?」
「宇宙に出ました」
「その宇宙の中に何がありますか?」
「星があります」
「その星の中に、特にあなたを呼んでいる星がわかりますか?」
「はい」
「その星のなかにスッーと入ります。中はどんな感じですか?」
「平和です」
「そこに誰かいますか?」
「ひとり、誰かいる感じ・・・。スッとごく自然におられます」
 そう言ったまま、患者さんは黙り込んでしまいました。先生は場面を進めました。
「傍そばにおじいさんもいますか?」
「はい」
「そのおじいさんに聞いてください。人生の罪って何ですか?」
「悲しそうな顔しています。今、お前に知らせるには大きすぎる問題だと・・・」
 患者さんは大きく肩を落としました。
「それを知る力をつけるには、どうしたらいいのですか?」
「もう少し修行を重ねて強くならないといけないよ」
「どんな修行ですか? 何をしたらいいのですか?」
「今のまま、正しいと思ったことをやり通しなさい」
「そうしたら強くなれますか?」
「お前は強くなれる」
「強くなれたら、その問題を見ることが出来ますか?」
「お前の準備が出来たら教えてあげよう」
「その準備はこの人生の中で出来るのでしょうか?」
「時間はたっぷりとあります。でも、出来るかどうかはお前次第だよ」
「この人生で出来なかったら、持ち越すのですか?」
「そうです」
「その問題をマルコの人生から、この人生まで持ち越してきたのですか?」
「マルコの人生では、その課題はありませんでした」
「私は今までにその課題の人生を何回送ったのですか?」
「これで三回目です」
「それらを通して私は進歩していますか?」
「してるけれども問題が大きすぎるのです」
「私はなぜそんなに大きな問題を選んだのですか? 誰が選んだのですか?」
「自分で選んだに決まっています」
「私はなぜ選んだのですか?」
「お前はより深く成長するために選びました」
「この大きな問題に他の魂も取り組んでいますか?」
「いっぱい取り組んでいます」
 患者さんは少し安心した様子です。先生はもう一度、聞いてみました。
「その罪について、私が深く傷つかない程度にヒントだけでもいただけませんか?」
「・・・・罪の償い・・と続くのだが、罪は今のお前にはまだ大き過ぎて教えられません」
「その大き過ぎる罪を私が解決するために、生まれる前にわざわざ選んだのですか? それとも私がミ
スをして罪を犯したのですか?」
「すべての問題は自分で作って、自分で解いているのです」
「人生で罪を犯してしまうのは、犯してしまう人生をもともと選ぶのですか? 悪いことをする、悪い
人になることを知っていてその人生を選ぶのですか?」
 先生は倫理学的な質問をしましたが、おじいさんはゆっくりと答えてくれました。
「その可能性がある、ということを含めて、その人生を選びます。その可能性の方に行かなくてもいい
わけですし、それを選べば選んだで、ただ課題となって残っていくだけのことです」
「悪い魂はいないのですか?」
「いません」
「人間界でとても悪いことをした人の魂も、上に昇ればみんな同じですか?」
「汚れた魂などいません」
「とても悪いことをした人の魂も、とても大きな問題に取り組んでいる、すごく頑張って修行している
魂なのですか?」
「すべての魂は修行をしようとして生まれてきますが、その方法をあやまる魂はいます」
「その方法をあやまった魂は悪い魂なのですか?」
「悪い魂というものはありません。ただ、そちらの道を選んだというだけなのです」
「どんな魂も、そういう道を選んでしまう可能性があるのですか?」
「その可能性はあります」
「悪い道を選んでしまうことも修行のひとつなのですか?」
「・・・・・・・」
「悪い魂がないのなら、良い魂もないのですか?」
「魂は一緒です」
「出来の良い魂、悪い魂もないのですか?」
「魂の段階ではみんな同じです」
「修行が早く終わったからといって、良い魂とはいえないのですか?」
「魂に良い悪いはありません」
 おじいさんが少し遠くなりました。先生は質問を戻しました。
「私に何かアドバイスをください」
「気をつけてがんばりなさい」
「私に出来ますか?」
「出来ます」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「予定通りです」
「そんなに大きな問題を解決する力を私は持っているのですか?」
「魂の力は測り知れません」
「だから私にも出来ますか?」
「出来ます。大丈夫です」
「おじいさんは私の大きな問題をもうクリアーしたのですか?」
「おじいさんはそれを持ってないみたいです」
「なぜ?」
「必要ないから」
「それぞれの魂に必要のある問題とない問題があるのですか?」
「・・・魂が問題を選ぶ時、その段階での必要のある問題とない問題に分かれるのです。おじいさんの
これまでの人生では、それを選ぶ必要がなかったみたいです」
「これからも私を応援してくれるますか?」
「どうしてそんなこと聞くのかな?」
「だって自信がないんだもの」
「いつでも見守っているよ」
 
 このワークは魂について、いろいろなことが語られています。まず、この患者さんのその後の変化に
ついてのお手紙を見ていきましょう。
「ワークが終わって、現実の世界に戻って、最初に感じたのは『うれしい!』 ということでした。催
眠がうまくいったからではなく、(実際、その時見たのは、四、五枚のピンぼけ写真のようなものでし
た。)『何百年か前にも確かに私は存在した』ということが実感できたからです。
 それまで『私は間違って生まれてきてしまったのではないか? 自分がここにいるのはいけないこと
なのではないのか?』 と思ってウツウツとして生きてきました。それが自分が偶然生まれたアブクの
ような存在ではなく、何か意味があってここにいる、そして何か意味があってこれからも生まれてくる
はずだ、と思えるようになったのです。
 それならこの人生をいい加減に思わず、命の質を高めるために生きてみようと思いました。初めて
『生きている』と感じることができるようになりました。ありがとうございました」
 このお手紙を見ながら、先生はとても嬉しそうに話してくれました。
「過去生を見た人たちがみなさん、持ち帰ってくれる気づきがひとつ、ここに書いてあります。それは
『自分が今、ここに生きているのは偶然ではなく、何かの意味があることなんだ』という自覚です。こ
の方のように自覚が勇気となって『生きている』と感じていただければ、あとはもうご自分の足でこの
人生を歩んで行かれることでしょう。過去生退行催眠のとてもわかりやすい効果の一例です。この方は
元々がポジティブな性格のようでしたが、ネガティブな性格な方や心がネガティブな状況に落ち込んで
いる方でもこの気づきは得られますから大丈夫です。つまり過去生を見るということは、心の先天的、
後天的な陰陽タイプには関係ないと言うことです。
 しかしこの気づきが得られない例外のタイプもあります。それはこの方法に依存している方です。過
去生を見ればすべてが解決する・・・過去生退行して光や神さまと対話できれば、すべてが自分の思い
通りに行く・・・光や神さまに自分の決めかねている問題の答えを出してもらおう・・・そんなふうに
思ってこのワークを受けられる方々がおられます。自分の足で歩こうとしない人たちです。
 今のところ、そのような方々にもワークをしておりますが、成績は当然の如く芳かんばしくありません。こ
のワークを受けられてから誹謗中傷に走られている方々の噂を聞くと心が痛みます。いっそ予約時の審
査を厳重にした門前払い制度をアメリカの先生方のように取り入れることも考えてしまいます。でも事
前審査に絶対はあり得ません。実際のワークでも、これは難しいと思った方々が素晴らしい体験をされ
て、しっかりと気づきを持ち帰られることがよくあるのです。ですから私はワークのあいだ中、患者さ
んを一切、主観的にも客観的にも判断しないことにしています。もちろん感情的にはワークが終わった
後も全く判断しておりません。私の感情的な判断は例えそれがどんな感情だろうとも、ある種のエネル
ギーを生み出します。そのエネルギーは瞬時に患者さんに影響を与えるからです。
 人にネガティブな感情を生み出させるような患者さんの肉体は今を生きていますが、その心は過去か
未来へと行ったきりになっています。過去も未来も『今』の中にあることを忘れて、果てしない虚構の
世界で力尽きてたたずんでいるのです。そして主あるじのいない『今』は砂に埋もれていくのです、深く深く、
ゆっくりと深く・・・。心の閉じる原因はいろいろありますが、このタイプの方々の心はこうして閉じ
ていったのです。過去と未来が『今』の中にあることはわかりやすいのですが、過去生も未来生もある
意味では『今』の中に収束されているのです。ただ四次元の時空間に生きている私たちには、時間の流
れが時系列的に一本の道のように見えるだけなのです。
 他人から生じた感情的なエネルギーは、主のいない『今』に猛烈な砂嵐となって襲いかかります。
『今』はますます深く沈んでいきます。仮に主が報われない長い旅から帰郷してきたとしても、主が砂
に深く埋もれた『今』を見つけ出すことはもう不可能になっていることでしょう。砂嵐は『今』から過
去と未来へも侵入していきます。そして過去と未来はその姿を変えてしまうのです。
 私が過去生やインナーチャイルドのリフレイミングを積極的にしない訳もここにあります。リフレイ
ミングする際の修正基準は私の常識や知恵、そして感情がスケールとなって決められます。ここで、元々
みんなはひとつだから、ワンネスだから・・・と言う解釈は間違っています。それは『私は神である』
の論法になってしまうからです。リフレイミングは人の人生を書き換える作業です。過去を消せば楽に
なるでしょう。嫌な未来を思うがままに出来れば幸せになれるでしょう。でもそれで本当に良かったと
思うのでしょうか、死んだ時に? 要らんことしてしもうた・・・また一からやり直しや・・・ではな
いでしょうか? リフレイミングは神さまのようにまったく無感情では出来ません。神さまと光にリフ
レイミングを頼んでもいつも知らん顔されてしまいますから。人間のレベルではどうしても何がしかの
感情と判断が入ります。それが如何に患者さんの『今』から過去と未来を、そして過去生と未来生に影
響を及ぼすかをしっかりと見極めることが必要なのです。
 もっとも自分で自分の今の人生をリフレイミングすることは安全に出来ます。これは自己実現などと
呼ばれているものと同じです。まず『今』にしっかりと足を着いて立つことが必要です。過去や未来へ
逃避しないで今の目の前にあることを直視するのです。そしてポジティブなエネルギーを『今』の自分
に送るのです。自分を褒める、勇気づける、励ます・・・地に足がついている自分を見つめるのです。
許して、褒めて、愛するのです。すると『今』の自分の中にポジティブな竜巻が現れます。その竜巻は
足もとの砂も押し寄せてくる砂嵐も拭き飛ばしてくれます。『今』の全体像が現れます。心が開かれた
瞬間を迎えるのです。心の中に過去と未来が直に見えることでしょう。過去と未来の奥には過去生と未
来生も見えることでしょう。その時、書き換えたければ自由に自分で書き換えることも出来ます。ただ
し心が開かれた後でも書き換えたかったら・・・の話ですが。なぜならばその時はもっと大切な気づき
を得ていますから、もうそんな必要は感じないでしょう」
 先生はタバコは吸いません。でも、こんな饒舌な先生にはパイプが似合いそうです。そう、来年のバ
レンタインにはブライアーのパイプをプレゼントしましょう・・・「私に火をつけて」なんてセリフを
添えて。
「美子さん、何か質問はあるかな?」
「プレゼントを考える時が一番ワクワクするね」
 先生は私にそう言いながら、よくエスプリの効いたプレゼントをくれます。なんでも、あの学生時代
から再会するまでの間の誕生日とクリスマスとバレンタインの数だけ、私は彼からプレゼントを受け取
る義務があるそうです。それだけじゃありません。来年の分、再来年の分・・・おまけに過去生の時の
分? つまり永遠にプレゼントする権利が彼にはあるそうです。そしていつしか彼のプレゼント病は私
の心を冒してしまいました。ウインドウショッピングしていると、私の心が突然咳き込むことがありま
す。私はハートが苦しくて立ち止まります。するといつも目の前に素敵なプレゼントがあるのです。彼
が驚く顔、照れる顔、喜ぶ顔、笑う顔がこの不治の病の唯一の妙薬なのです。
 この不治の病はいつ発作が起こるか、わかりません。今も先生の講義を聞いていた私はこの発作に見
舞われてしまっていたのでした。私は慌てて質問を探しました。
「L e t  m e  s e e・・・(ブライアーの吸口に深紅のルージュを忘れずに・・・と)自分の足で人
生を歩こうとしない人たちとはどのような人たちなのでしょうか? もう少しわかりやすく教えていた
だけますか? (二月だからホンノリした梅の色もいいかもしれないなぁ、そうだ、梅の花びらをいっ
ぱい詰め込んでおこうかなぁ・・・)」
 重病人の私に構わず、先生は答えてくれました。
「そうだね、例えて言うならば・・・私はこのワークを通じて、人生を歩いて行くための杖と草履ぞうりを人
生の道端で売っているだけなのです。私の目の前を力強く歩いていかれる方々もたくさんおられます。
そんな方々には杖も草履も要りません。でも、私の前に息も絶え絶えに辿り着かれる方々もおられます。
そんな方々には冷たい清水を汲んできて差し上げましょう。傷んだ草履を取り換えましょう。杖も差し
上げましょう。でも私がおぶって人生のゴールへ連れていってあげる訳にはまいりません。なぜならそ
の人生はその方の人生だから・・・その方が歩まなければならないのです。
 疲れ切ってもう一歩も前に進めなければ、そのままそこに座っていればいいのです。それもその方の
人生の選択だから・・・。疲れて倒れ込んだ所の景色を楽しんでみましょう。ゴロンと上を向いて・・・
きっと青空の中に太陽が笑っています。後ろを振り向くと、ホラ、もうこんなに歩いてきたじゃないで
すか? 今まで死ぬ思いで歩いてきたので、きっと景色どころではなかったのでしょう。そして、この
景色はどこかで見たことがありますよね。そう昔、同じ道、同じような道を歩いてきたのです。前回は
もっと前であきらめたかもしれません。前々回はもっと先まで悠々と行けたかもしれません。だから大
丈夫なのです。本当はまだまだ自分の足で歩けるのです。
 私は自分の足で歩かない人を責めたり卑下しているのではありません。それも含めて彼らの人生の選
択なのです。
『このワークが終わった後は、このワークの内容をあなたがどのように考えても、どのように使っても、
どのように利用しても全く構いませんよ』 と私は説明しています。そして本当にその通りなのです。
『おぶってくれないのなら、こんな草履や杖なんか要らんわ』
と投げ捨てて下さっても構いません。いつかそれを拾って『これ幸い』とばかりに人生を進んでいかれ
る方が現れるでしょうから。
 自分の人生の歩みを忘れた方々の投げつけた石で私は新しい杖を削りましょう。おんぶを覚えてしまっ
た方々の脱ぎ捨てた草履をほぐして私は新しい草履をあざないましょう。今はまだ、彼らの心を覆い隠
しているネガティブなエネルギーの雲がいつしか切れることをお祈りしながら、清水を差し出すことし
か出来ないのです。今の自分に出来ることをやるだけなのです」
「先生、ちょっとハムレットになってるよ。カッコいいけどかなりクサイよ」
 先生は照れながら答えました。
「そうだね、これは患者さんの前や講演会では言わないようにしておくよ。また良いのが思いついたら
聞いてね。美子さんの批評には愛があるから落ち込まないけれど、看護婦さんたちは好き勝手なご批評
をしてくださるから、それはもうガックリくるからね。これは内緒だよ、ただでさえ美子さんにだけは
陰口を言うんだから、と釘を刺されているのだからね。バレたらまたお仕置きされちゃうもの・・・。
さてと、他に質問はあるかな?」
 看護婦さんたちから先生に内緒で言われていることがあるのです。
「美子さん、先生が毎日、すごいストレスを浴びているのがわかるでしょう。先生はそれをずっと外に
出せないできたのよ。毎日毎日、先生を見ているとね、わかるの。それまでは今日の天気予報、みたい
に先生の顔色を伺っていたこともあるのだから。それがあなたが来て以来、先生の心はとても安定した
わ。何だか心に支えが出来たみたいなの。先生はあなたに心を全開にしているわ、それは私たちが一番
よく知っているわ。美子さん、あなたが先生のストレスを開放してくれているの。ホントに感謝してい
るわ。あのままだったら先生は倒れていたと思うもの。だからみんなからお礼を言いたいの。ありがと
う、美子さん、よく来てくれたわ。あんな先生だけど、これからもお世話、よろしくね」
「こちらこそ、ありがとうございます。私、がんばりますから、これからもいろいろ教えて下さいね。
お陰で私の仕事がひとつはっきりとしてきました。先生の心の窓みがきと魂のランプの給油ですね。任
せておいて下さい。毎日、患者さんをしっかりと照らせるように磨き上げときますからね」
「それとね、先生ね、悪口を言わないように自分を縛りつけているから、たまには私たちや患者さんた
ちの悪口を言わせてあげてね。美子さんには言うと思うの。溜まってくると毒になって心を蝕むからね。
嫌な役目だけど、これは美子さんにしか出来ないの、だからお願いね」
 私は質問を考えているふりをしながら、先日のレディ・ミーティングを思い出していました。そうと
は知らない先生の方から尋ねてきました。
「このワークでは罪についてのコメントがあったよね。そのメモからちょっとまとめてみてくれるかな」
 私はメモに矢印をしたり書き入れたりしながら報告を始めました。
「生まれる前にわざわざ罪を犯すことを計画したのか? それとも人生を歩む上での失敗が罪となった
のか? つまり罪は人生計画に組み込まれていた先天的なものなのか、後天的なものなのか?
 答えは『すべての問題は自分で作って、自分で解いている』でした。そして『悪いことをする、悪い
人になる可能性がある、ということを含めて、その人生を選ぶ。その悪人になる方に行かなくてもいい
し、それを選んでも、ただ課題となって残っていくだけのこと』だそうです。
 次に『悪い魂、汚れた魂はいない』と断言されました。『すべての魂は修行をしようとして生まれて
来るが、その方法をあやまる魂はいる』のだそうです。それでも『悪人の道を選んだというだけ』であっ
て悪い魂ではないのです。そして『どんな魂でも悪人の道を選んでしまう可能性はある』のだそうです。
 良い魂・悪い魂、出来の良い魂・出来の悪い魂の区別はなく、『魂は一緒』なのです。修業の早い遅
いも関係ないのです。
 それぞれの魂に必要のある問題とない問題があるのか?
 答えは『魂が問題を選ぶ時、その段階で必要のある問題とない問題に分けて選ぶ』ようです」
「ありがとう、美子さん。ではそのままコメントもお願いしますね」
「これじゃまるで面接試験じゃないの。でもいいわ、私だって先生と同じくらい心臓に毛が生えている
のよ。これでも学生時代は一発逆転、メンタツ・キラーの美子だったんだから。じゃぁ行くわよ、しっ
かり聞きなさいよ!」
 そう呟きながら考察を始めました。
「罪は先天的か、後天的か? という問いかけは、性悪説と性善説にも相通じる問題です。そしてこれ
は哲学の永遠のテーマのひとつだとも言えます。人間は罪深きもの、生まれながらに原罪を負うものと
いう概念さえこの問いかけに関係してきます」
「美子さん、そこからのコメントは慎重にね」
 私の心に緊張が走りました。先生はいつも宗教とは距離を置いて話をしています。生まれ変わりを否
定している宗教の方々でも、この過去生退行をしている方々は大勢おられます。ご自分の宗教は大事に
されながら、心理学的治療として利用しているだけの方もいれば、宗教は形式的な儀式として残したま
ま過去生の存在を信じている方もおられます。
「あなたがどの宗教かはお聞きしません。どんな宗教の方でも構いません。例え過去生を否定するため
にワークを受けようと思われていても構いません。あなた自身の宗教は大切にしていただいて結構です。
でも他の人の宗教感にまで口出しするのは止めて下さいね」と先生はいつも言います。
 私は水たまりを避けるようなステップを踏んで続けました。
「このワークでの答え『すべての問題は自分で作って、自分で解いている』の意味するところは、魂の
罪は先天的でもあり後天的でもある、ということのようです。
『あなたの人生の計画は誰が作りましたか?』と問うとほとんどの症例で『私が計画しました』と答え
ます。自分の人生計画を練っている時に罪を犯しやすい設定にすれば、実際にその人生で予定通りの罪
を犯すことでしょう。そしてその罪から多くを学び、津波のように自らに押し返してくる罪の波紋を実
体験できるのです。もし罪を犯さない設定にして計画すれば、罪を犯すことなど考えられない人生を歩
むことでしょう。罪など犯す人のいない世界をパラダイスだとすれば、その住人は罪の実地練習から学
ぶことを卒業した人たちばかりなのかもしれません。私たちのレベルから見れば、もう罪を具現化しな
くてもシュミレーションだけで学べるレベルの人たちだと言えますし、魂のレベルから見れば肉体を持
ちながら心の窓はいつも全開で光に満ちている人たちが集うところなのです。
 そう考えていくと、私たちのこの世界が善悪入り乱れ絶えることなく罪が生みだされ続けているのは、
罪からたくさんの学びを得るためなのです。私たちは各々が自分の人生計画を練っている時に、罪の犯
しやすさとその罪の内容について自由に選べます。
 例えば罪の犯しやすさが軽度の1から重度の一〇までの目盛りがあるとすれば、罪の犯しやすさ9を
選べば世の中が乱れきった戦国時代の盗賊の子供はどうかな・・・と神様に薦められるのかもしれませ
ん。同じように2を選べば、今のような平和な時代の平和な国の普通の家庭の子供を薦められるかもし
れません。
 このような目盛りは罪の犯しやすさだけではなく、罪の深さにもあるかもしれません。罪の深さの重
度9を選べば戦国時代の将軍になって敵国の子女を虐殺する人生を薦められるかもしれませんし、軽度
1を選べは些細な嘘で本当は誰も傷つけていないのに自分をずっと責め続けてしまうような人生を薦め
られるかもしれません。もっとも魂のレベルでは罪の深さはあまり意味のないことかもしれません。そ
の罪から何を学んだか、どんな気づきを得たか、が大切であって、罪の深さはその学び、気づきのため
の単なる手段でしかないのですから。
 このようにこの世に生きる人々は罪から多くの学びを得るために、すべてが罪の犯しやすさと罪の深
さを人生計画の中に練り込んで生まれてくるのです。人生計画の中にすでに罪が練り込まれているとい
う点では、この世の人間の人生は性悪説です。しかし、もし罪を人生に練り込まなかったら罪から自由
だと考えると、人間の本質は性善説だと言えます。性善説は魂の本質であり、性悪説は人間の宿罪だと
も言えます。『人は生まれながらに原罪を負っている』のは正しいのです。ただなぜ負っているのかと
言えば、罪から学ぶためなのです。
 これについてこのワークでは、『すべての魂は修行をしようとして生まれて来るが、その方法をあや
まる魂はいる』が、それでも『悪人の道を選んだというだけ』であって『どんな魂でも悪人の道を選ん
でしまう可能性はある』と言われました。すべての人間が悪人の道を選んでしまう可能性があるという
のは原罪論そのものだと言えます。
 人間は人生の目的、つまりこの人生で学ぶべきことを抱いて生まれてきます。例え休養の人生でも
『楽しむこと』等のなにがしかの目的があります。『すべての魂は修行をしようとして生まれて来る』
とはこのことを示しています。もし罪の犯しやすさと深さの目盛りを共に1にしておいても、罪から完
全に開放されているわけではないのです。だから・・」
 突然、先生が私をさえぎって言いました。
「すばらしいよ、美子さん。ここまでの考察は見事だよ。花マルあげるから、そのままレポートにして
おいてね。出来たら私が責任者としてサインしてあげるからね。さあ、ここからは一緒に考えていこう
ね」
「先生はどんなことがあっても私を守ってくれるんだ」
 私はそう実感しました。先生の勇気と骨太の愛が私の心の中にストーンと入ってきました。何の抵抗
もなく、何のためらいもなく・・・。
「この世の人間はすべて罪を犯す可能性があるのだね。それは原罪論の『人間は生まれながらに罪深き
もの』そのものだと言えるかな。私はクリスチャンではないのでキリスト教の原罪はよくわからないん
だよ。わからないことを持ち出すのはよくないから、ここではキリスト教以前のギリシャ哲学的に考え
ていこうね。
 『人間は生まれながらに罪深きもの』は真実だとしよう。そしてこのワークからわかったのは、人間
は人生から多くを学ぶが、その学びとは己の罪からでさえ学ぼうとするほど貪欲な本質なんだね。
 美子さんは、人間が罪を人生に練り込まなかったら罪から自由だから人間の本質は性善説だ、と言っ
たけど、私もそれは正しいと思うよ。この人間の本質とは魂と言い換えても良さそうだね。つまり魂の
本質は性善説なんだ。
 さてこの世の中をもう一度、性善説の魂の目で見てみよう。ウッ・・・吐き気がするよ。ひどいもん
だね。悪意と偽善、嘘と欺瞞が渦巻いているよ。考えられるすべての罪がショーアップされているよ。
こんなところに魂は何しに来たのだろうね。よほどの決心がないと来れないよ」
 先生はダンゴ鼻をつまみながら言いました。私は笑いながら何かが閃きました。先生はアレを言わせ
ようとしてる? そう思いながら私は続けました。
「この鼻つまみの世界の元凶は人間です。人間がいなければ、植物も動物も悠久の時の中で調和して生
きていくことでしょう。いえ、人間だって自然の一員として調和して生きていた時代もありました。す
べてが調和している世界では罪はありません。生きるために植物や動物を殺しても罪ではありません。
そこには罪の意識がないからです。罪の意識がない世界は善悪のない一元性の世界です。例えば動物に
とって弱肉強食や適者生存は善でも悪でもないのです。生後間もない子鹿を襲ったライオンが他の動物
から非難されることはありません。私たちは人間界から見れば罪に当たることでも、動植物界の中では
自然の掟と呼んで我々の罪の意識の外へ置いています。自然の掟の中では罪はその存在を保てないので
す。なぜなら自然の掟にすべての動植物が従っています。すべての動植物が従う根本法則が例え罪だと
しても、そこにはもはや罪の意識は存在しません。罪は存在し続けられないのです。そして自然の掟は
宇宙の法則の一部でもあるのです。
 物理法則に善悪はありません。しいて言えば物理法則は美しく単純だということです。弱肉強食も適
者生存も、この地球の動植物たちを見ていると美しく単純な法則で調和しています。物理法則が美しく
単純であるためには法則に仮定や例外があってはなりません。物理法則は一元性の中になければならな
いのです。
 さて人間世界の法則を見てみましょう。善悪、損得、優劣・・・二元性を如何にコントロールしよう
か、と人間は苦心惨憺してきました。人間が法則を作る時、必ず二元性が入り込みます。人間社会が複
雑になるほど、人間の作りだす法則は複雑になり美しさを失っていきます。自然の掟を無視して宇宙の
法則を乱すのです。
 宇宙の法則の微かな揺らぎは地球を瀕死の状況にまで追いやります。それでも人間は二元性の世界を
謳歌しています。善悪が地球を厚く厚く包み込んでいます。神様がその気になれば、バベルの塔を破壊
したように自然の掟のほつれを直すことなど訳ないでしょう。でも今のところ、人間が罪から学ぶのを
愛でておられるようです」
 私はつい神様という言葉を使ってしまいました。先生は私の目を読んで言いました。
「いいんだよ、美子さんが言っている神さまは日本人特有の八百万やおよろずの神様だろう。ここは日本だからね、
ともかく今日はファジーに日本の神さまと言うことにして話を続けてください。この話は各人各人が自
分の信じる神さまを当てはめて考えても、そんなに違いはないだろうから。いい加減なようだけど私の
神さまはとてもファジーなもので、どうも杓子定規に考えられないんだ」
 先生の神さまはギリシャ神話の神々がベースのようです。そしてここ数年、神道にも詳しくなったよ
うです。ワークの部屋には神社の御札が置いてあります。朝、先生がブツブツ言いながらお祈りしてい
る姿を何度も見かけました。柏手かしわでが素人ではありません。後で何をお祈りしていたのか、聞いてみたこ
とがあります。
「禊みそぎ祓はらいの詞ことばだよ。柔道着の黒帯をギュッと締めるようなものかな。今日も良いワークが出来ますよう
に、ということだよ。祝詞も勉強したことがあるのだよ。だからね、神社でお祓いをして頂く時、神主
さんの祝詞がよくわかっちゃうんだ。この神主さんは真面目にやってくれているな、とかね。今度一緒
に神社巡りに行こうか。楽しいよ」
 なんてバカなヤツなのでしょう。私はおかしくて大笑いしました。先生も笑っています。でもフッと
先生とタンデムして神社巡りをしている私の姿が浮かんできました。深い森の中の神社に着いて青色の
ヘルメットをとった私です。私は笑いながら頭を振りました・・・まとまっていた髪がサラッと美しく
揺れて長く広がりました。
「私の髪が長いの・・・? そう、きっと先生にそそのかされて髪を伸ばしたのだわ・・・私って単純
ね」
 そんな思いを振り払うように私はもう一度頭を振って話を続けました。
「神様が人間を様子眺めしているということは、人間が二元性の苦しみの中でもがき苦しんでいること
はとりあえず良いことなのです。魂の本質は善だとしましたが、肉体を持って人間となる時には学ぶべ
き課題に沿った悪を秘めて生まれてくるので人間は性悪説です。そして人間の顕在意識と魂の間に心が
あります。心は魂と顕在意識を結ぶ窓であり、過去生退行では死後、死体の上に浮いた時から光の中に
入るまでの空間に相当します。
 性悪説の顕在意識だけで生きている時、人間は人生に何の疑問も持ちません。人間界自体が性悪説で
流れていますので、顕在意識だけで生きた方が流れに逆らわずに上手に生きていけるかもしれません。
学ぶべき課題を忘れてしまった人たちです。ただ、誤解してはいけません。このような人たちでさえ、
生きている、この世に存在している価値は十二分にあるのです。映画で言えば、セリフのない俳優さん
たちに当たります。彼らなしには性悪説の人間界の流れが維持出来ないのです。心を完全に閉ざして心
の存在すら忘れて、ただ性悪説で人生を生ききってみることも魂にとっては良い経験なのです。物理法
則を実験的に得ようとすると無数の失敗を繰り返します。無数の失敗の中からキラッと光るものが見え
るのです。失敗が多いほど美しい法則が導き出せるのです。気づきとは宇宙の根本法則に触れることで
す。深い気づきとは美しく単純な宇宙法則に触れることなのです。そんな気づきを得るためには、まず
無数の失敗体験をしてみることが必要なのです。
 性悪説を極めていけば、ある人生で大悪人の人生を選んでしまうこともあるでしょう。多くの人を不
幸のどん底に陥れるような人生です。大悪人の人生を生きていると、さすがに性善説の魂が悲鳴を上げ
ます。しかし心の窓がしっかりと閉じていて顕在意識には聞こえません。魂と顕在意識との間に無限に
思えるような厚い黒雲が立ちこめているので魂の善き光が人生を照らすことも出来ません。そして悪人
のまま人生を終えるのです。
 そんな大悪人の人生を終えた魂は『マスターの下で今、終えたばかりの人生を見せつけられ大いに反
省させられる』と言われてきましたが、先生と私はちょっと違った解釈を組み立てました。
 性善説の魂にとって、そんな大悪人の人生を送っている間は堪え難い苦しみ、辱めを感じていたかも
しれません。いくら叫んでも肉体の主は性悪説の顕在意識ですので全く聞く耳を持たずに無視され続け
ました。でも、肉体を離れると魂は自由になります。大悪人の人生を終えたばかりの魂は良い体験をし
てきただけであって、マスターの下でその悪しき体験の報告はするでしょうが、もうマスターと魂の間
には喜怒哀楽などの人間的な感情など存在していません。確かに人間的な感情は死後、光の中へと帰っ
ていく初期にはまだ残っているかもしれません。この光への帰り道は心だと定義しましたが、今、終え
たばかりの人生で受けた感情的なネガティブなエネルギーが強すぎると、心の中で立ち往生してしまう
こともあります。そんな時にはマスターが降りてきて今の人生を振り返りながら、魂のネガティブなエ
ネルギーを浄化するのかもしれません。この心の中でのネガティブな感情エネルギーの浄化は人間の顕
在意識から見れば『人生の反省』に見えるかもしれませんが、魂からすれば人間界での泥を落とすだけ
のことなのです。先生は、マスターが風呂で背中を流してくれるようなもの、だと言いました。『人生
の反省』と言われると、もうそれだけで気持ちが萎縮してしまったり迷いが深まったりして、この人生
の今の一歩をますます踏み出せなくなっている人がいますが、先生はそんな人たちに『そんなに大した
ことじゃないから心配しないで気楽に生きましょう』と言われています」
 先生は大きく頷きました。私は微笑みながらテーブルの下から缶コーヒーを取り出して一息入れまし
た。先生も微笑みながら手を出します。私はもう一本取り出してプルを引きました。そして先生の優し
い手に渡しながら話を続けました。
「これで、悪人でさえ存在価値がある、という説明はできたと思いますが、悪を犯した人からしか見て
いない、と指摘されるかもしれません。『悪を犯された人はどうなるのか?』ということです。顕在意
識は悲しみ、絶望、怒り、憎悪・・・全てのネガティブな感情を体験することでしょう。そんなネガティ
ブな感情から何を学ぶのか? 先生のワークで得られた答えはやはり『許し』です。そして、許しは
『信じること』から『愛』へと続きます。悪を犯された人はみんな許しを学んでいると言ってしまって
もいいようです。
 では、悪を犯されることから許しを学んでいる人たちとはどんな人たちなのでしょうか?
 許し、信じること、愛は性善説の魂の本質の一部でもあります。悲しみや憎悪などのネガティブな状
況からこれらに気づくためには、多少とも魂の光が顕在意識に届いていることが必要だと思います。悲
しみや憎悪のネガティブな暗黒の世界に全く光が射し込んでいなければ、ただ行く当てもなく彷徨さまよい続
けてしまうことになりかねません。心の窓がわずかでも開いていることが必要なのです。
 先生のワークでも過去生で死を迎えた後に、強いネガティブな感情にとらわれてしまって肉体の死に
気づかない人もいます。悪霊だとか幽霊スポットだとか言われているものの多くは、ネガティブな感情
エネルギーに溺れてパニックのまま彷徨っている肉体を持たない意識体なのです。すでに肉体は朽ちて
しまっているのに生きていた時と同じように、魂をネガティブな感情エネルギーで厚く覆いつくしてし
まっている状態にあるのです。このような状態は死後、肉体を離れた時のわずかな間に起こり得るもの
ですが、肉体を離れると時間軸からも離れますので、人間界から見ればあたかも長い時間が経ったよう
に見えるのです。何十年、何百年呪い続けてきた・・・などと言っても当の死んだ人からすれば、つい
今しがた、のことなのです。先生のワークでもこのような『幽霊』になった過去生に降りることがあり
ます。ほとんどの場合はその過去生の意識体に話しかけて死んだことを理解させると落ち着きます。自
らネガティブなエネルギーを手放してくれるのです。すると魂が顔を出してくれますので、後はいつも
のとおり光へと戻っていけば良いのです。先生によれば、時には過去生の意識体に対して更に過去生退
行しなければならないこともあったそうです。過去生で死後にネガティブなエネルギーを手放せない原
因が別の過去生に強く関係していた場合だそうです。ただそのようなことは滅多にないそうです」
 先生は目の前で幽霊の手つきをして笑っています。
「私は真面目にやっているのに・・・でも、話がちょっとずれちゃっているかな」
 私は笑いながら知らんプイの顔をして続けました。
「悪を犯される人は心の窓が開きかけている人です。例え心に厚い雲が広がっていても、雲の切れ目か
ら光が射し込んでいる人です。善なる魂の声が僅かでも聞こえてきている人なのです。悪に犯されネガ
ティブなエネルギーが心を満たしていきます。しかし、どこからか『許し、信じ、愛しなさい』と言う
声が聞こえてきます。顕在意識と魂は心の中で強く葛藤し続けます。何度も何度も人生を繰り返すうち
に魂は『許す・信じる・愛する』ことの気づきを得ていくのです。そして心が開かれていき、魂の光が
大きく人生を照らすようになるのです。
 心を開いて魂の光と共に人生を歩んでいても二元性の世界を生きているのには変わりありませんから、
悪はいっぱいやって来ます。神様に試されているのか、神様は私を見捨てられたのか、と思うかもしれ
ません。人間界に生きている限り『愛』を試されるのです。そして『愛』を学び続けるのです。この人
間界に完全な愛はありません。生きている限り、愛の何かを学んでいるのです。そして『愛』を完全に
学び終わった時、『愛』によって人間の二元性が統合されることでしょう。魂は光へと戻り、再び人間
界に降り立つことはないのでしょう。その魂は光の奥へと進んでいき、そしてまた別の知恵に満ちた世
界へと旅立つのです」
「愛によって統合された世界とはどのような世界なのだろうね。二元性、つまり善悪を超越しているは
ずだけど想像もつかない世界だなぁ・・・。ワークで光に尋ねてみたこともあるけど、どうやら人間の
理解を遥かに越えた世界のようで、いつもうまく表現できないんだよ。私たち人間の魂レベルでは及び
もつかない世界なのだね。
 でも、それはそんなに遠い世界ではないと思うんだ。今は遥か彼方に思えたとしても一瞬でもそこに
辿り着ければ、そこはすぐ隣の世界になることを私たちは今まで学んできたのだからね。科学の進歩と
同じように、これは知恵の進歩だね」
 先生は嬉しそうに笑いました。
「さてそろそろお終しまいにしようか。今日の一言、は何かな?」
 私はグチャグチャになったメモを見返しながら答えました。
「悪い魂、汚れた魂はいない、ですね」
 先生は私を拝むように柏手を打ちながら大笑いしました。私もつられて大笑いしました。ふたりの笑
い声が二元性を越えた愛の世界を開闢かいびゃくしていくかのように響き渡りました。
美子レポート  
    奉仕について
 昔々、日本の涼しいところに、アヤメという女性がいました。彼女は巫女をしていました。毎日、太
陽が昇るのを見ながら森の中の洞窟へと向かいました。コラという所です。いつも清々しい気配で満た
されている所です。
 そこでは白い服を着た女ばかりが草を叩いてお供え物を作っていました。長老のババさまはちょっと
怖い方でした。水といろいろな食べ物を神棚に供えます。そしていつもみんなで祈ります。小さな光が
チラチラと行き交いました。
 アヤメの夫は侍です。警察のような仕事をしていて、いつも偉そうに威張っています。でも家では楽
しい人でした。名前は木村吉右衛門と言いました。彼は「今の夫」です。彼女は夫のことがとても好き
でした。夫と楽しく話をしていると、とても幸せでした。夫の好きなカボチャを炊いて、いつも夫の帰
りを心待ちにしていました。
 吉右衛門はよくコラに来てくれました。みんなにいつも楽しい話をしてくれました。アヤメと夫はコ
ラの神様が縁えにしの糸を結んでくれたのです。
 アヤメは六十九歳の時、胸の病気になりました。死の床で彼女は振り返りました。
「死ぬのは悲しくはありません。楽しい人生でした」
 息子と嫁と孫の男の子が看取ってくれています。アヤメは夫のことを思い出しました。
 彼女が四十九歳の時、夫は後ろから刺されて死にました。
「あの時は悲しかったなぁ。何も考えられなくなりました。でも、死んでからも夫がそばにいてくれて
いるのがわかりました。それからは頑張って畑仕事や縫い物をしました。苦しい生活だけど、苦しいと
は全然思いませんでした。だってコラの神様がついてくれているし、毎日を感謝していたから乗り越え
ることが出来ました」
 
 先生は死んだばかりのアヤメの魂に尋ねました。
「体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「次も夫と一緒になることと、神様に感謝することです」
「魂となったあなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「何かいます。よくがんばったね、って言ってくれています」
 先生はアヤメの魂を高みへと導きました。
「高い所からアヤメさんの人生を見て、何か気がつくことはありますか?」
「もうちょっと頑張れたはずでした。感謝することを忘れないように・・・」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてアヤメの人生と、今、生きている人生を見比べてみるよう
に促しました。
「同じような人生です。もっと神様に・・・うまく言葉に出来ません」
 先生はさらに高みへと導きます。
「そこから上はどうなっていますか?」
「青い、丸い中に光があります」
「その光の中に入ります。どんな感じですか?」
「何もかも忘れている感じです」
「その中に誰かいますか?」
「何かがたくさんいる気配がします」
「その光の中心に向かって聞いてください。今のお父さんとの関係は何ですか?」
「愛することです」
「それはどういうことですか?」
「求めるだけではなくて与えるものです。ただ与えるものです。あったかいものです」
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「奉仕と学びと愛です」
「奉仕とは何ですか?」
「人の役に立つことです」
「学びとは何ですか?」
「自分を鍛えるため、自分の魂を鍛えることです」
「人間は何のために生きているのですか?」
「愛するためです」
「なぜ私は何度も生まれ変わってるのですか?」
「まだまだ出来ていないからです。愛することの意味がわかっていません」
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのでしょうか?」
「過ちを犯してもそれに気がついて、そこで変わればいいのです。間違ってもやり直しは効きます。そ
れを繰り返して少しずつ良くなっていくようにすることが大切なのです」
「今回の私の人生はここまで順調ですか?」
「自分が良く知ってるでしょう、って」
 先生は今回の人生の目的をクリアーできた、未来の姿を見せてくれるように頼みました。
「おばさんになって誰かと話しています。五十歳くらいです。おだやかでニコニコしています」
「その未来のあなたからアドバイスをもらってください」
「これが修行だよ、って言っています」
「あなたは奉仕と学びと愛をまっとう出来ているのですか?」
「まだ進行形みたいな感じです。でも、今の私よりはすごい・・・」
「未来のあなたとしっかり握手してください。どんな感じがしますか?」
「あったかい・・・」
「そのエネルギーを分けてください、ってお願いしましょう」
「うなずいています」
「そのエネルギーをどこに感じますか?」
「胸です」
 先生は胸の中に温かいエネルギーをいっぱい吸い込むように言いました。
「あなたも私を応援してくれますか?」
「がんばれ、って言ってくれています」
「私、がんばれるかなぁ?」
「自分次第だよ、って」
 先生は光に最後のメッセージをもらいました。
「今回の人生でも魂をきれいにすることが一番大切です。そうするようにがんばりなさい。そうしたら
奉仕の意味もわかってくるし、何もかもがわかってきますよ」
「そこにいるたくさんの存在にも聞いてください。これからも私を応援してくれますか?」
「みんなニッコリしています。応援してくれています」
「辛い時、またここへ来てもいいですか?」
「いつでも来なさい」
 
 このワークの最中、私は静かに涙してました。アヤメの夫の死が私の夫の死に重なってしまったので
した。私もアヤメと同じように突然、夫を亡くしてしまいました。あれほど深い悲しみはありませんで
した。私も何も考えられなくなりました。夫のところへ行く力も残っていませんでした。ただ悲しかっ
たのです。
 アヤメは「死んでからも夫がそばにいてくれているのがわかった」そうです。だから、それからは頑
張って畑仕事や縫い物を続けれたのです。「苦しい生活だけど、苦しいとは全然思いませんでした」
 アヤメは本当に頑張って生きてきたからこそ、人生を振り返ってこのように言えたのだと思います。
もしも悲しみに沈んだままだったら、苦しい生活に押し潰されていたことでしょう。愛する人が先立っ
た時、残された者の心は閉じてしまいます。あまりの悲しみのために、心が悲しみ色にこれ以上染まら
ないように、悲しみで愛する人を忘れてしまわないように・・・。そんな心の扉を再び開いてくれるの
は亡くなった愛する人だけなのです。愛する人の魂がそばにいてくれる、愛する人がいつも見守ってい
てくれる、そう感じることが出来た時、心が悲しみの中で癒されていきます。その想いが再び人生を生
き始めさせてくれるのです。
 愛する人を亡くした方々が愛する人の魂の存在を感じることはよくあることです。心静かにしている
と、フッと何かを感じることがあります。もちろん今の科学では計り知れないことです。私たちは未亡
人と呼ばれています。愛する人を亡くしたから半分死んだ人なのだそうです。死人に科学は通用しませ
ん。だから、私たちの愛する人の存在感を脳の生化学的に、心理学的に創られた幻覚、幻想だと言われ
ても構わないのです。ただアヤメのように再び自分の人生を生き始めることが出来れば、科学など取る
に足らないことなのです。先生は、宇宙の法則は物理法則のように美しくて単純だ、と言います。肉体
は死んでもその魂は生き続け、残された愛する人を静かに見守っていてくれる、これは美しく単純な魂
の法則です。既存の科学を駆使して私たちの想いを理解しようとした優れた理論を見ても、そこに夜空
の星々のような単純な美しさを見出せないのはどうしてでしょうか? 私たち未亡人の目は泣き過ぎで
曇ってしまったのでしょうか?
 アヤメにはコラの神様がついていてくれました。彼女は最後にこう言いました。
「毎日を感謝していたから、乗り越えることが出来ました」
 私は毎日を誰に感謝しましょうか? 今日生かしてくださった神様に、今日も見守ってくれた亡き夫
に、今日も私を支えてくれた家族に、今日も愛してくれた先生に、今日も私を助けてくれたクルーたち
と患者さんたちに、そしてすべての人たちに・・・。そんな感謝の気持ちがほんのひとときでも持てる
ようになった時、私も深い悲しみを乗り越えることが出来たのです。
 アヤメはコラの神様を信じ続けました。コラの神様はアヤメの苦しい生活を直接救うことはしないで、
アヤメに苦しい人生を苦しみと思わずに乗り越えていく勇気と知恵を授けたのです。私にはそこまで信
じきれる神様はいませんでした。でも、今は神様を信じて感謝しています。特定の神様ではありません。
私の魂の中にいて、私の心を通じて話しかけてくださる私の神様です。この神様が幼い私に夫を結びつ
けてくださったのです。そして愛する夫が亡くなった時に、先生を呼び寄せてくださったのです。そう
です、私の人生はずっと誰かに愛され続けてきた人生です。それに気づいた今、私も毎日、いえ何時で
も感謝しています。心静かに心を澄まして、ありがとうございます、と。
「魂をきれいにすることが一番大切です。そうしたら奉仕の意味もわかってくるし、何もかもがわかっ
てきますよ」
 光はこうメッセージしてくれました。もちろん奉仕とは「人の役に立つこと」ですが、その奉仕とい
う言葉に秘められている深い意味を悟っていくには、日々の感謝の心を拡げて魂をきれいにしなければ
ならないのです。感謝の心が拡がると自然に自分の信仰に出会えます。感謝に無償の祈りが加わるので
す。感謝と祈りが魂を輝かせます。感謝と祈りの中に奉仕の意味が見えてくることでしょう。そして何
より、感謝と祈りは輝く魂の中から愛を生みだします。
「人間は何のために生きているのですか?」
「愛するためです。愛とは求めるだけではなくて与えるものです。ただ与えるものです。愛とは温かい
ものです」
 この愛という言葉を奉仕という言葉に置き換えてみると、奉仕の本当の姿が見えてくるのではないで
しょうか。感謝と祈り、そして愛。奉仕とは魂の輝き、そのものなのかもしれません。
 

美子レポート  
    心を開く 
 今から七十年前のヨーロッパのある町に、トニーという少年がいました。彼は生まれつき足が不自由
で車イスの生活をしていました。女の先生が彼の世話をしてくれていました。毎日、先生と庭で花を見
たり絵を描いたりしました。トニーはとても幸せでした。
 二十四歳の時、先生が病気になりました。トニーは泣きながら看病しました。先生も泣いています。
彼は深い悲しみを学びました。
 先生は死にました。彼は毎日、先生のお墓にお花を持っていきました。トニーはとても感謝していま
した。そして彼は先生に誓いました。
「これからは一生懸命に生きます」
 二十八歳になってトニーは死の床にいました。身体がとても衰弱しています。彼は先生と一緒に庭で
絵を描いていた楽しかった思い出とともに死にました。
 
 先生はトニーの魂に尋ねました。
「身体から離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「今度は丈夫な身体になって、先生みたいになりたいなぁ」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。そしてトニーは彼の人生を振り返りました。
「身体が不自由だったので自分の殻の中に閉じこもっていました。後半生では身近な人や自然に対して
気持ちを開きましたが、もっとたくさんの人々に触れ合うチャンスを自分で見つけなければいけません
でした。幸せな人生でしたが、上から見るとすごく細い線に見えます」
 先生はさらに高みへと導きます。そこにはゆったりした光がありました。そしてその光の中には白い
教会のようなものがありました。先生は尋ねました。
「そこに誰かいますか?」
「マリア様です」
 先生はマリア様に聞きました。
「今回の人生の目的は何ですか?」
「心を開きなさい」
「それは具体的には、どういうことですか?」
「受け入れなさい。優しくしなさい」
「今の不安感から何を学ぶのですか?」
「心を自由にして、とらわれないことです」
 先生はマリア様に今の病気について尋ねました。
「今の喘息の意味は何ですか? どうやったら治るのですか?」
「心配しないことです。そして母親に愛されることです」 
「なぜ何度も生まれ変わってるのですか?」
「人に会うためです」
「人間は何のために生きているのですか?」
 マリア様が答えました。
「慈しみ合うためです」
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
「はい、順調です」
 先生はマリア様に最後のメッセージをお願いしました。
「自分を信頼して進みなさい」 そうマリア様が答えてくれました。
 
 私は、このワークから身体の不自由な方が何か学べるものがあるのではないか、と考えて先生にレポー
トに挙げてもらうように頼みました。
 この症例のトニー君は生まれつき「身体が不自由だったので自分の殻の中に閉じこもっていました。
後半生では身近な人や自然に対して気持ちを開きましたが、もっとたくさんの人々に触れ合うチャンス
を自分で見つけなければいけない」人生だったようです。そして、トニー君の魂は人に会うために何度
も生まれ変わっているようです。たくさんの人々に会って、みんなと慈しみ合うことを学び続けている
のです。そのためには心を開かなくてはなりません。光のマリア様は言いました。
「心を自由にして、とらわれないことです」
 人を拒むのには心のエネルギーが要ります。心を閉ざす最初の段階は、心にエネルギーシールドを張っ
てしまうことです。この段階では心はまだ開いています。ただ、他人がズケズケと心の中に入ってきて
自分の心と魂を痛めつけるのを阻止するためのシールドなのです。またこのシールドは自分の心が自己
否定によって内部から崩壊するのを防ぐ働きもしています。心の目の前に置かれたスリガラスのような
働きもあるのです。
 この心のエネルギーシールドは自分の心の持ちようで強弱が決まってきます。このシールドが破られ
るのではないか? という心の奥の不安がいろいろな形を持った不安症となって現れてくるのではない
でしょうか? 「心を自由にして、とらわれないことです」とは、この心のシールドを外してみなさい、
と言うことなのです。これはとても勇気の要ることです。いくらマリア様から言われたことでも、そう
簡単に出来ることではありません。みんなを無条件に受け入れて優しくしていたら、また誰かが心の中
で大暴れするでしょう。そんな一握りの人たちに心は幾度も辱められ痛めつけられてきたのです。瀕死
の心を守るために作り上げたシールドですから、もう外したくはありません。もしシールドが破られた
ら、もっと強力にすればいいだけなのです。その方が勇気など要らない簡単な方法なのです。心を閉ざ
していると、とりあえずシールドの中は平和なのです。
 でもトニー君は教えてくれました。
「幸せな人生でしたが、上から見るとすごく細い線に見えます」
 心を開くということは、とても大きな人生の目的なのかもしれません。すべての人たちを心の中に優
しく受け入れるためには勇気が要ります。人々を疑っていては心は開きません。みんなを信じることも
必要です。心を自由にして物事にとらわれないようになるためには、一段高いところからすべてを見れ
るようにならなくてはなりません。そのためには自分の信仰が必要でしょう。自分の外の神様でも、魂
の中の神様でも、どんな神様でも構いません。ただ生かされていることへの感謝と祈りが心を自由にし
てくれます。
 心が開くとたくさんの人々が心の中を訪れてくれます。もちろん相変わらず心の中で狼藉を働く人も
いることでしょう。でも意外と開かれた心の中には狼藉者は入りにくいようです。そして開かれた心に
集つどってくれた人々が狼藉者が壊していった心を一緒になって修復してくれるのです。以前は心の門を閉
ざして一人泣きながら修理していた心を、今はみんなが一緒になって修理してくれるのです。以前は心
の破片を繋ぎ合わせるのに悲しみや憎しみを糊として使っていました。これは乾きが遅くて、またすぐ
に壊れてしまいます。でも今はみんなが愛で心の破片を繋いでくれています。これは人間界で最高の接
着剤です。こうして開かれた心はどんどん強くなっていくのです。開かれた心の人生はもう細い線には
見えません。愛で継ぎ接はぎされた巨大なパッチワークになっていることでしょう。
 このように開かれた心の中を自由に行き来して、お互いに愛を分かち合う姿が慈しみ合うことだと思
います。身体の不自由な方々はチャレンジパーソンと呼ばれています。困難な問題を抱えて人生を歩ん
でいる方々は確かに素晴らしい人生のチャレンジャーです。
 でも心を閉じて、困難な問題を一人で抱えっきりにしてはいませんか? 頑張って生き抜いた黄金色
に輝く人生でも、トニー君のように細い線に見えたら残念ではないでしょうか?
 勇気を出して心を開いてみましょう。すべての人たちを優しく受け入れてみるのです。心が壊れそう
になったら泣きながら助けを呼びましょう。神様はいつもあなたを見守っていてくれます。そしてたく
さんの人たちがあなたを助けにやって来てくれます。あなたは泣いているから気がつかないだけかもし
れません。涙を拭いて目を開けてみると、もうみんな集まってあなたの壊れた心で愛のパッチワークを
作り上げているかもしれませんよ。だから人生にチャレンジする時、心を開きましょう。大丈夫、あな
たもみんなと一緒になって愛のパッチワークを作りましょう。死んだ後、地球を包み込めるくらい大き
な愛のパッチワークを。
 マリア様は最後にこう言いました。
「自分を信頼して進みなさい」
 これは心を開いた自分を信じて、みんなの中に勇気を奮って飛び込んでいきなさい、と言うふうに私
には聞こえました。
 
 P.S. 先生はこのワーク以来、光にこう尋ねるようになりました。
「心を開くためにはどうしたらいいですか?」
 

 第五章
    肝炎の意味
「美子さん、次のワークの方はどうやらご夫婦で来られているようだから、前説、よろしくね」
 先生はそう言い残すとトイレに駆け込みました。
 ご夫婦の場合、ワークを受けられる方と一緒の部屋に入ってパートナーの過去生の話を直に聞いてみ
たい、と希望される方がおられます。先生はワークを受けられる方が了承されていれば、どなたが一緒
に入っても構わないことにされています。ただ、過去生に戻っている方はそばでパートナーが聞いてい
ることをしっかりと認識して話しますので、もしもパートナーに聞かれたくない内容が出てきた場合に
は、せっかく降りた過去生から飛び出してしまうこともあります。ですから、なるべくならパートナー
は外で待っていることを先生はお奨めしています。それを事前に説明するのも私の大切な仕事のひとつ
なのです。
 今日の三時のワークは奥さんが一人で受けられることになりました。先生はもうじき戻ってきます。
私は患者さんを部屋へ案内しました。
「私、身体が弱いんです。冷房はちょっと苦手なんです」
 患者さんはチェアーにもたれながら訴えました。
「弱冷房にして温度も上げておきましょうね。外はこの暑さですから、さすがに冷房がないと、この部
屋はサウナになっちゃいますからね」
 私は患者さんにタオルケットを掛けながら意識して優しい口調で言いました。そして先生用のミニ扇
風機のスイッチをそっと入れておくのも忘れません。これは先日、汗を拭き拭きワークをしていた先生
への私からのプレゼントなのです。先生は気に入ったモノにはすぐにあだ名をつけてくれます。「美子
のハナイキ、助かるよ」いつもニコッとしながら両目ウインクしてくれます。私はわざと鼻息で答えま
す。青春時代の二人に戻るひとときです。先生が「カバ目」のまま、ワークを始めました。
「木村雅子さんですね。こんにちは、奥山です。こちらはアシスタントの美子さんです。よろしくお願
いします。さて、今日のワークの主題からお聞きするのですが、今日は何の問題を解決しようと思って
来ましたか? どんな過去生を見ようと思って来ましたか?」
「私、病気なのです。C型肝炎なのです」
 雅子さんは先生に訴えかけるように言いました。
「私は肝炎で、いつも身体が怠くて重くて何も出来ません。いろいろしたいことはあるのですが、ちょっ
と身体を動かすとすぐに肝炎の検査数値が飛び上がってしまいます。寝込んじゃうこともしばしばで、
そんな自分が嫌なのです」
 彼女は大きく肩を落としました。
「インターフェロンもがんばって受けました。いろんな漢方や民間薬も試しました。ヨガと気功をした
こともあります。でも、どれも効きませんでした。お医者様は、ガンにはなっていないからこのまま様
子をみましょう、としか言ってくれません。もう私は治らないのです。みんなから見捨てられたのです」
 彼女は寝返りをうって壁に向かったまま言いました。
「私が落ち込んでいた時に主人が図書館からワイス博士の前世療法を借りてきてくれました。私はそれ
まで生まれ変わりだとか、過去生なんかには興味がなかった、いえ、避けていたのですが、あの本は私
の心をなんだか軽くしてくれました。そして私のこの肝炎も私の過去生に原因があるんじゃないのかなぁ、
と思うようになりました。私も是非この前世療法を受けたくて主人にかなり無理を言いました。でも主
人は嫌な顔をせずに探し続けてくれました。そして・・・とうとう先生を見つけ出してくれたんです」
 彼女の目が潤んできました。
「では、肝炎の原因が最もよくわかる過去生へ戻りましょう、という誘導になりますが、いいですか?」
 雅子さんはしっかりと頷きました。
「目を閉じて。そしてゆっくりと呼吸します・・・」
 彼女の意識はすぐに深い催眠状態に入りました。先生はどんどん催眠を進めていきました。過去生へ
の光の扉をくぐった後、先生は尋ねました。
「地面を見て。地面を感じて。どんな地面が見えますか、感じますか?」
「乾いた白っぽい土です。所々に緑の草がはえてます。青い空が見えます」
「足は何か履いていますか?」
「こげ茶色の革の靴に白いレースの靴下を履いています」
「下半身は何を着ていますか?」
「白っぽいスカートです、ワンピースかもしれません」
「では、上半身は何を着ていますか?」
「半袖の白いワンピースです」
「手を見てください。肌の色は何色ですか?」
「きれいな肌色です。この手は女の子です」
「頭に何かかぶっていますか?」
「白っぽい帽子をかぶっています」
「どんな髪ですか?」
「金髪を長く垂らしています」
「目の色は何色ですか?」
「ブルーです」 
 先生は雅子さんの意識を青い目の女の子に同化させました。
「その女の子の中にしっかりと入ります。まわりはどんな風景が見えますか?」
「青い空で、少し遠くに海が見えます」
「今の時間帯は、朝、昼、夕、夜で言うと?」
「お昼です」
「そこの気候は、暑い、寒いで言うと?」
「さわやかです」
「年齢はどうですか? 頭に数字が浮かびますよ」
「十二歳です」
「名前は何と言いますか?」
「メ、メ、メリーです」
「メリーはそこで何をしているの?」
「風に吹かれながら遠くの景色を見ています」
「どんな気持ちで見ているの?」
「気持ちいいなぁ、って感じています」
「それからどうしているのかな? 時間を進めてください」
「まわりに木がたくさんあります。・・・まわりの景色を見ています。とっても気持ちいいです」
 雅子さんはフゥーと大きな深呼吸をしました。そこでは何も起こりませんでした。先生が時間を進め
ました。
「家まで戻ってください。メリーの家はどんな家ですか?」
「赤いレンガの家で三角屋根をしています。緑の木々に囲まれた一軒家でまわりは芝生です」
「メリーさんが今いる年代は何年ですか?」
「千五百七十年です」
「メリーさんのお家がある場所はどこですか?」
「イギリスです」
「お家に帰りましたか? お家に誰かいましたか?」
「お母さんがいます。金髪でシニヨンに結っていて、目は薄いブルーです。食事の用意をしています」
「そのお母さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「少し恐い目をしています。・・・主人のお母さんです」
「では、その日の夕食の場面に進んでください。誰と一緒に夕食をしていますか?」
「両親と私より大きなお兄さんがテーブルについています」
「お父さんはどんな人ですか?」
「黒っぽい髪でヒゲをはやしています。目は深いグリーンです。お兄さんは少し明るい茶色の髪を束ね
ていて、目はグリーンです」
「そのお父さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「わかりません。知らないみたい・・・」
「ではお兄さんはどうですか?」
「お兄さんのことが大好きです・・・でも誰だかわかりません」
「そこには他に誰かいますか?」
「犬がいます。黒くて精かんな顔つきです。ジョンと言います」
 先生は雅子さんに場面転換を指示しました。
「メリーさんの人生で一番幸せな場面に移ってください。メリーさんはいくつになって、何をしていま
すか?」
 雅子さんが嬉しそうな声で答えました。
「教会での結婚式です。私は二十二歳です。相手の人は背が高くて、細身で金髪で優しそうな顔をして
います。薄いグレーの目が輝いています」
「その夫は、今のあなたが知っている人ですか?」
「知りません」
「夫を愛していますか?」
「はい。教会から出てきて、みんなから祝福されています。とても幸せです」
「結婚式に来ている人たちの中に、今のあなたが知っている人はいませんか?」
「今の友達が数人、来てくれています」
 先生はいよいよ平岩さんの主題に導きました。
「メリーさんの人生で肝炎の原因となった場面に移ってください。メリーさんはいくつになって何をし
ていますか? 何が起こりましたか?」
「三十三歳になっています。静かな夜です。暖炉に火が燃えています。お酒の入ったグラスが見えます。
家の中は暖かそうですが誰も傍にいません。私ひとりです」
「今、どんな気持ちですか?」
「もう幸せじゃありません。どうしよう、と言うのか、困っている、悩んでいる感じです」
 雅子さんの声が沈んでいきます。
「何を悩んでいるのですか?」
「何か今、水が渦巻いている中で男の子が溺れていて、私に助けを求めている場面が見えます」
「それは一体、何ですか?」
「自分の子供が溺れて死んじゃったんです。金髪で青い目がきれいな男の子でした。まだ七歳だったん
です。私のボブ・・・。ごめんなさい、ボブ・・・」
 雅子さんは激しく泣きだしました。
「ボブは、今のあなたが知っている人ですか?」
「誰だかわかりません」
「それはあなたが何歳の時に起こった事件ですか?」
「二十八歳の時です。私は幸せな家庭の主婦でした。その日、ちょっと目を放した隙にボブは一人で川
に行ってしまいました。あの子は前から川遊びをしたがっていました。でも私が止めていたんです。だっ
てあの川岸はとても滑りやすいんですもの・・・。私がもっときつく叱っていたら、あの子はあの日、
川には行かなかったんです。私のせいです、私が悪いんです・・・」
「ボブのことを知った時、あなたはどうなりましたか?」
「お皿が手から滑り落ちました。お皿が割れていくのをじっと見ていました。時が止まりました・・・。
全身の力が抜けて冷たくなっていきました。私は気を失いました」
「ボブの遺体はあがりましたか?」
「川底に沈んでいました。水色の顔になっていました。家まで担荷で運ばれてきました。私はそれを呆
然と見ていました。涙も出ませんでした」
「その時、何を思っていましたか?」
「取りかえしのつかないことになってしまった。何も考える余裕などありませんでした。私はゆっくり
とボブの亡骸を抱き上げました。肌は透き通っていました。でも目に光はありません。そう、私は昨夜
も眠ったボブをこうしてベッドまで運んだのです。手がダラリと落ちて・・・。かわいい寝息が止まっ
ています・・・。ボブはどこに行ってしまったの」
 彼女は激しく泣き続けました。
「夫はあなたに何か言いましたか?」
「夫も慌てていました。何か私に言って出ていきました。何となく責められている感じが私の心に残り
ました」
「お葬式にまで進んでください。どんなお葬式でしたか?」
「小さなお棺に白い花をたくさん入れました。最後に青いボブの頬に触れました」
「その時、何か決心したことはありますか?」
「私はただ泣き崩れています。ボブに、ごめんね、って言い続けています。私は自分を呪っています。
自分自身を責め続けています。もう自分を許すことはないでしょう」
 ドロドロしたエネルギーが雅子さんから流れ出てきます。先生は彼女をじっと見つめたまま、左手で
私にシールドを張ってくれました。私も彼女を見つめて愛のエネルギーを送りました。先生は場面転換
を指示しました。
「先程の三十三歳の場面に戻ってください。あなたに何が起こったのですか?」
 彼女は物憂げに答えました。
「昼間は家事をしていますが、気持ちはいつも沈んでいます。帰ってくるはずの夫が今朝もいませんで
した。私はひとりぼっちです。毎日、毎日・・・。お酒を飲んでいたかもしれません。そう、お酒です
よ」
「なぜですか?」
「何かでこの寂しさ、虚しさを紛らわせたかったのです」
「それは誰に対しての寂しさですか?」
「夫がわかってくれないのです。子供を亡くしてしまったことを今でもまだ引きずっているのです。後
悔みたいなもの、そう罪悪感を感じています。こんな自分を恨んでいます」
「夫は帰ってこないことが多くなったのですか?」
「ひとりぼっちの夜ばかりです。そんな日は朝からお酒を飲んでいます。こんな生活じゃいけないとは、
もう自分でもあまり感じていません。お酒が美味しくて飲んでるわけじゃないんです。お酒だけがこん
な私を慰めてくれるのです」
 彼女は深い溜息をつきました。
「メリーさんの人生で次に大切な場面に移ってください。あなたはいくつになって何をしていますか?」
「四十歳になっています。やはり私はお昼時に家にいますが、三十三歳の時よりも少し明るくなってい
ます。昔、飼っていたのと同じような犬がそばにいます。夫の後ろ姿も見えます。私たち、仲直りした
のかな・・・。私はホッとしています。明るい笑顔が見えます。心に以前のような暗い感情はありませ
ん。私は立ち直ったんです。もうお酒は飲んでいないでしょう」
 先生は時計を横目で見ながら、メリーの人生をさらにたぐり寄せました。
「メリーさんの人生で次に大切な場面に移ってください。何が見えますか?」
「緑の丘の上に青々とした大きな木が見えます。私はその木の下で黒いドレスの喪服を着て立ちすくん
でいます。四十七歳の時です。夫のお葬式の場面です。夫は胸の病気で死にました」
「その時、何を考えていますか?」
「夫が死んだことが未だに信じられません。夫のお棺を埋めようとしています。二十人位の人たちがお
棺を取り囲んでいます。私は無表情で、彼が土に帰っていくのを見ています。雨が降ってきました。私
の代わりに神様が泣いてくれました」
「夫が埋葬されるのを見て、どう思っていますか?」
「ただただ途方にくれているだけです。雨の滴がゆっくりと落ちていきます」
「それからどうしていますか?」
「みんなが帰ってからも、そこにずっといました。雨は降り続いていました。私は濡れていました。涙
が出ないほど悲しくて、ただ悲しくて、そのまま濡れていたかったのです」
「子供が死んだことも、夫の笑顔も優しさも、いろんなことを思い出していました。たくさんの思い出
を洗い流した雨が土に染み込んでいきました。たくさんのありがとうが夫に届いたでしょうか・・・。
頬を伝わる雨がほんのり暖かくなりました。私はただ濡れていました」
 雅子さんが息を吐きました。先生は場面を進めました。
「メリーさんの人生で次に大切な場面に移ってください。何が見えますか?」
「病院にいます。ひどく慌てている看護婦さんが見えます。私はどこにいるのかわかりません。でも・・・
宙に浮いている感じがします」
 彼女は静かに答えました。
「何が起こったのですか?」
「私は五十六歳でした。早く処置をしないと・・・。私が横になって運ばれて来ました。私はぐったり
しています。でも、どこも苦しくはありません」
「何が起こったのですか? あなたが倒れる前まで戻ってください。何が見えますか?」
「大きな木が見えます。緑の芝生の上を犬と散歩していました。結婚式をした教会を眺めていました。
ふっとあの時の素敵な夫の眼差を感じました。そこからは何も覚えていません。気がついたら病院にい
ました」
「宙に浮いているメリーさんは何を考えていますか?」
「私はこのまま死んじゃうのかなぁ」
「それからどうなりましたか?」
「病室の扉が閉められたところで、私は肉体を追いかけるのを止めました」
「なぜ?」
「これでいいんだ、と思いました。もう、よかったんです。夫を亡くしてひとりぼっちで寂しい何年か
を過ごしていました。だからこのまま死んでもいいや、って思いました。十分に生きてきたんです」
 彼女はしっかりと答えました。
「あなたのまわりに何か存在を感じませんか?」
「光が二つ見えます。夫とボブが迎えに来てくれました」
 彼女は嬉しそうに答えました。
「二人は何と言っていますか?」
「にこやかに笑っています。ボブはかっこいい青年になっています。若いころの夫によく似ています。
二人、肩組んでニコニコ笑っています。二人が元気そうで良かった・・・」
「ボブに聞いてください。あなたを助けられなかったことを恨んでいますか? このお母さんを憎んで
いますか?」
「首を横に振って笑っています。目がとてもきれいです」
「お母さんを許してくれますか?」
「頷いています。許してくれています。ありがとう、ボブ・・・」
「夫は何か言っていますか?」
「もういいんだよ、一緒に行こう、って手を握ってくれました」
 先生はみんなを高みへと導きました。
「三人一緒に上へ高く高くあがります。どんどん高く高くあがります。高くあがったところからメリー
の人生を見てください。そして何か気がつくこと、感じることはありますか?」
「幸せでしたが少し孤独でした。それは自分にも原因があるのですが、ボブを亡くしたことと、それか
ら夫が私から少し離れてしまったことが悲しかったです。でも仲直り出来て、また幸せに暮らせて良かっ
たです。夫が死んでしまってからは寂しい毎日でしたが、今やっとそれも終わったなぁ、という感じで
す」
 先生はさらに高みへと導きました。
「もっともっと高く高く上にあがります。どんどん高く高くあがります。その高く高くあがったところ
からメリーの人生と、今のあなたの人生を見比べてみます。二つの人生から何か気がつくことはありま
すか?」
「今の私も同じ様に寂しい思いをしていることがあります。ひとりぼっちと言うのかなぁ・・・そうい
うところが似ています。今の夫と子供はそばにいてくれるけど、私が病気で外に出られないから、どう
しても置いてきぼりになってしまいます。私の病気が治るのを待っていたら埒らちが明かないから二人で旅
行に行ってきてね、って送り出しますが、やっぱり寂しいのです。かと言って、べったり一緒にいて欲
しくもないのです。これは私のわがままなのでしょうか。それと私は元々、人と付き合うのが苦手でし
た。昔から大勢の輪の中に入っていけなかったのも似ています。人見知りではないのですが、なぜだか
疲れるのです」
 先生は光へと導きます。
「そこから上を見てください。上の方はどうなっていますか?」
 雅子さんは明るい声になりました。
「きれいな光に包まれた存在がたくさん上にあがろうとしています。上の方に大きな光が見えます。と
ても偉大な光です。みんな、その大きな光に吸い込まれています。ハレルヤが聞こえてきそうな美しい
光景です。とても懐かしい感じがしています」
 彼女から暖かいエネルギーが溢れ出しています。先生の自信に満ちた声が聞こえました。
「その光の中に入りましょう、大丈夫ですよ。あなたは光の中心へと招き入れられます。光の中心に誰
かいますか?」
「もっともっときれいに光っている存在が見えます。とても眩しい光ですが、その存在をはっきりと感
じることが出来ます。大きな大きな存在です。優しく暖かく私を迎えてくれました。言葉で言い尽くせ
ないような至福の愛で包み込んでくれています」
「その大きな光の存在に聞いてください。今の私の病気、肝炎の意味は何ですか?」
「妬みです」
 彼女の声に動揺が見受けられました。
「もう少しわかりやすく教えてください。それはどういうことですか?」
「独占欲です。何でも自分のものにしておきたい、しておこうとするような独占欲が強いからだそうで
す」
「どうしたらこの肝炎は治りますか?」
「ちょっと難しい顔をされました。治らない、って言われました」
「私が独占欲をなくすことが出来たら、どうなりますか?」
「笑っています。軽くなるよ、って言われました」
「独占欲をなくすことは出来ますか?」
「私には出来るそうです」
「そのためには私はどうしていったらいいのでしょうか? 何かアドバイスをいただけませんか?」
「もっとおおらかになりなさい」
「どうしたらなれますか?」
「愛を持ってみんなに接していけばいいのです。そうしたら自然と楽になれるそうです。みんなに愛情
を持って接していきなさい、って言われました」
「具体的には私はどうしていったらいいのでしょうか? 何から始めればいいのでしょうか?」
「家族を大切にしなさい」
「メリーと夫とボブの魂を光の中へ呼び出してください。三人に聞いてください。今の私に何かアドバ
イスをくださいませんか?」
「メリーが笑って、ごめんね、って言っています」
「あなたは何と答えますか?」
「彼女に何も言うことはありません」
「メリーにお願いしましょう。謝らなくていいですから、今の私に何かアドバイスをくださいませんか?」
「信じていけばいいのよ」
「誰を信じたらいいのですか?」
「自分を含めて家族とまわりの人たちを信じればいいそうです」
「私はどうしたらあなたの轍を踏まずに生きていけますか?」
「ただ待ってばかりいないで、自分から何かをすればいいんじゃないかな」
「私は何をすればいいのですか?」
「あなたの好きなことなら何でも・・・」
「夫に聞いてください。何かアドバイスを頂けませんか?」
「心配することはないですよ、って笑っています」
「ボブは何と言っていますか?」 
「照れくさそうに笑ってるだけです・・・ただ笑ってくれています」
「三人とそこでしっかりと握手をしてください。どんな感じがしますか?」
「暖かいものが感じられます」
「三人とも私を応援してくれますか?」
「わかった、わかった、ってみんな笑っています。何だか自信が湧いてきます」
「私に出来るかな? 克服出来るかな?」
「出来るに決まっているよ。あなたも計画に加わったんだから大丈夫だよ、って言われました」
 先生は三人を光の中へと戻しました。そして、大きな光の存在に尋ねました。
「私の人生はここまで順調でしょうか?」
「とても順調だよ、って頷いてくれています」
「私を苦しめているこの病気も私が選んだものなのですか?」
「その通りだよ、って頷いています」
 先生は偉大な光の存在にお願いしました。
「私が今回の人生を計画していた場面をちょっとだけ見せてください。明るい光の上の方にそのヴィジョ
ンが見えてきますよ。何が見えてきましたか?」
「白いフワフワした雲の上に座り込んで、白い服を着た私が何かを一生懸命描いています。何を書いて
いるのか、ピンボケで良く見えませんが今の私の人生計画のようです。私はニコニコしながら楽しそう
に描いています。時々後ろからのぞき込む人がいるようです。二人で描いているものを指さして大笑い
しています。そして私は消しゴムのようなものでチョッチョッと消して、また書き込んでいます。私は
ずっと笑ったままです」
 雅子さんはちょっとむくれています。先生は雲の上の彼女に尋ねました。
「今回の人生で肝炎になることを本当にあなたが選んだのですか? 彼女はとっても苦しんでいますよ」
 雲の上の彼女は微笑みながら答えました。
「もちろん私が計画した人生です。とってもうまくいっています。いい具合に妬みが熟成されてきてい
ます。そろそろ思い出し始める頃です。おおらかな愛を実際に体験出来る最高の時を迎えつつあります。
とっても楽しみです。ワクワクしています。ここまで良くがんばってきましたね」
「今回の人生はあなた一人で決めたのですか?」
「いいえ、計画が出来あがったら上に持っていって見てもらいます」
「上ではかなり修正されるのですか?」
「いいえ、小さなアドバイスをくれることもありますが、大抵はウンウンと頷いているだけですよ。とっ
ても自由にさせてくれます。自分の人生ですからね、自分で決めなくちゃ、面白くないでしょう」
「この病気を乗り越える力はありますか?」
「もちろんです。可能性があることしか計画しませんよ。今回はちょっぴり苦しいですが、今までもっ
と苦しい人生でも乗り越えてきましたから大丈夫です。出来ますよ。そうら、その弱気な性格も計画通
りです」
 雲の上から笑い声が聞こえてきたような気がしました。
「あなたは自分が計画した人生の今、ここまでを見て満足していますか?」
「もちろんです。病気で悩み、苦しみ、イジイジしている自分がとっても愛おしいです。思わず舞台に
駆け上がりヒロインをギューと抱きしめたい気持ちです。みんなが結末を楽しみにしています。みんな
上から見ています。みんながヒロインを応援してくれていますよ」
 雲の上から歓声があがったような気がしました。先生はおおらかな光の存在に尋ねました。
「私はいろんな問題を抱えていますが、解決する力を私は持っているのでしょうか?」
 光の存在が優しく答えました。
「大丈夫です。あなたは全ての知恵イデアと力フォースを持って生まれてきました。生まれる時に全てを封印しただけ
なのです。ただ使い方を忘れてしまっただけなのです」
「その封印を解く鍵は何ですか?」
「人生を一歩前に歩もうとする勇気と私にだって出来るという自信です。自分を信じなさい。自分を愛
しなさい。そうすれば人を信じれます。人を愛せます。その時あなたはいつでもここへやって来ること
が出来るようになるでしょう。それはあなたの封印が完全に解ける時です。そしてあなたのまわりの人
たちの封印も解け始める時なのです。あなたは新しい時代を生きるのですよ。がんばってくださいね。
楽しんで生きてくださいね」
 光の存在が彼女を暖かく包み込んでくれています。
「これからも私を応援してくれますか?」
「いつも見守ってくれているそうです」
「下に見える光の存在たちにも聞いてください。私はこれから続きの人生を生きていきますが、みなさ
んも私を応援してくれますか?」
「みんなが笑って頷いたり暖かく励ましてくれている感じがします」
 先生は大きな光の存在のところから雅子さんを、今この時へと戻しました。彼女は催眠から覚めた途
端に泣き出しました。先生は黙って見つめています。カバ目に先程の光の存在の優しいエネルギーが溢
れています。私は温かいおしぼりとお茶を用意しました。彼女はようやく落ち着きました。
「ありがとうございました。なんだか、まだ納得できないこともありますが、聞こえてきたというより
も私の心の奥深くから自然に湧き出でてきた感じのメッセージだったので、私にとっては本当に光とい
うか、神様の言葉でした。帰ったらもっとしっかりと噛みしめてみます」
「しばらくの間、突然感情が乱れることがあります。泣きたくなったらドンドン泣いてくださいね。泣
くことで今まで溜まっていたエネルギーが出ていきますからね」
 彼女は微笑みながら頷きました。待合のソファーで大きなアクビをしている夫が見えました。彼女は
嬉しそうに言いました。
「いつもああなんですよ。ノンビリしているというのか、鈍感というのか・・・。私の気持ちなんか、
わかっちゃくれないんだわ、って思ったことが何度もありました。でも今は違います。夫はああやって
私を温かく、しっかりと包み込んでくれていたのです。わかっていたつもりでしたが、光の存在に諭さ
れて、今は本当に夫の愛を感じられるようになりました。これが第一歩なんですね。これからゆっくり
と本当の愛を育んでいけそうな気がします。病気にばかり目が向いていて、いつの間にか病気の中でし
か生きていませんでしたが、振り向けば光に満ちた世界が、愛の世界がすぐ隣にあったのです。もうこ
れからは光を見失いません。もう大丈夫です。やっていけそうです。ありがとうございました」
 雅子さんは夫と楽しそうにしゃべりながら医院を後にしました。彼女の足取りがとても軽やかに見え
ました。私は二人が夕日の中に消えるまで静かに見送りました。
「光の天使たちが雅子さんを守ってくれているんだわ」
 私はそう呟きながら目を閉じました。二人が光の天使たちに導かれて、夕日の中を歩いていくのが見
えました。
「良かった、本当に良かったわ。先生、ありがとう・・・」
 不意に夕日からオレンジ色の風が吹いてきて、私の右頬にキスしていきました。私は思わず振り向き
ました。一瞬、何かがいたように感じました。でも、そこには誰もいませんでした。こそばゆい何かが
心の中でコソッと動きました。
「おーい美子さん、そろそろ夜診を始めるよ」
 先生がそう言いながら出てきました。
「きれいな夕日だねぇ。美子さんの顔が黄疸色、いやいやオレンジ色に染まっているよ。うーん、カリ
フォルニアのルビーレッドかなぁ」
 先生はいつものように茶化しながら私の顔を覗き込みました。
「もう、そんなことばっかり言って! さぁ、お仕事、お仕事」
 私はわざとそっぽを向いて診察室に走りました。私の耳たぶに残っていた夕日のピアスが揺れてキラ
キラ輝いていました。おしゃれなキッスをありがとう、先生・・・。
美子レポート
    病気の意味
 昔々、エジプトに、ベンという黒人の男がいました。
 ベンは脅迫されていました。グリーンの目をした王様の命令です。
「お前の美しい妻を差し出せ」
 ベンは自分を追い詰めていました。誰とも話をしなくなりました。娘を殴っては後悔する日々でした。
「かわいくない娘だ」 その娘は「今の子供」でした。
 ある日、ナイルの瞳をした妻と娘は宮殿にいました。娘はうれしそうです。
 ベンは窓もない牢獄に繋がれていました。左手、左肘、左足。冷たい石壁がのしかかります。とても
静かです。彼は呟きます。
「早く死にたい・・・」
 やがてベンの魂は頭から抜けました。彼の魂はまだ憎しみを持っています。
「あいつがオレの幸せを奪ったんだ」
 ベンの魂はそれから三千年もの間、暗い牢獄の中にいました。壁を抜けられないのです。静寂が石壁
を滴ります。憎しみが闇に溶け出します。
 
 先生は尋ねました。
「今のあなたはベンさんの魂に何と言ってあげますか?」
「良かったね・・・死ぬことが出来て・・・。ベンさんは頷いています。恨んじゃいけないよ。恨んだ
り、憎しみを持っては・・・憎んではいけない。すべてを許さなくてはいけないよ・・・。彼は頷いて
います。あっ・・・壁を抜けました・・・」
 先生はベンの魂共々、高みへと導きました。
「ベンさんと一緒に上にあがりますよ。高く高く、どんどんあがります。その高いところからベンさん
の人生を見おろします。そして何か感じること、気がつくことはありますか?」
「憎しみを持ったまま人と接してはいけません。すべてを受け入れなさい」
 先生はさらに高みへと導きました。
「もっともっと高く高くあがります。下の方にベンさんの人生と、今のあなたの人生が平行に並んでい
ます。その高い高いところからふたつの人生を見おろします。そして何か感じること、気がつくことは
ありますか?」
「いつも怒っていて不本意なことが許せません。納得のいかないことは我慢ならないのです。今の人生
の中での様々な問題は結局、ベンさんと一緒なのです」
 先生は遠い上へと導きます。
「その上はどうなっていますか?」
「宇宙です」
「その宇宙を突き抜けると何が見えますか?」
「明るいモヤ・・・誰か・・・」
「どんな人ですか?」
「仙人みたい・・・」
「その仙人に尋ねましょう。今の子供との関係から私は何を学ぶのですか?」
「すべてを許しなさい」
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「笑ってます。そのままでいいよ、って」
「今回の私の人生でのいろいろな病気の意味は何ですか?」
「憎しみを持ってはいけません。許しなさい」
「持ち越してきた憎しみを私はどうしたらいいのですか?」
「すべてを許しなさい」
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「許すことを学ぶためです」
「私は今までに何回生まれ変わりましたか?」
「いっぱい・・・」
「それらの人生の中で、今の子供とは何回、人生を共にしましたか?」
「何回も・・・。憎たらしい・・・」
「私はいつもあの子を憎むような人生なのですか?」
「はい」
「あの子も私を憎んでいますか?」
「本当は愛してもらいたいのです。いつも私があの子を拒んできたのかもしれません」
「私があの子に愛された人生はありますか?」
「はい」
「私が一番あの子に愛された人生を見せてください」
「あの子が主人で、私は奴隷です。私は畑仕事をしています。あの子が私を見ています。私はあの子が
嫌いで、いつも怒っています。私はどこかに閉じ込められました。出て来れません。また憎しみながら
死んでいきました」
「あなたたちは、いつもそんなに憎しみを溜め込む人生ばかりなのですか?」
「そうです」
「では私はどうすればいいのですか?」
「愛してあげなさい」
「どうやったら愛せるのですか?」
「私も傷つけています。みんな傷つけています。でも、みんな愛を欲しがっています。理解してあげな
さいね、って言われました」
「私が一番あの子を傷つけた人生を見せてください」
「私は侍です。あの子は町娘です。障子の木戸の中に連れ込んで無理矢理抱いています。あの子は舌を
噛んで死にました」
「死んだ町娘はどんな気持ちでしたか?」
「私を憎んでます。そんなに嫌いじゃなかったのに・・・」
「あの子も私に憎しみを溜め込む人生をたくさんしてきたのですか?」
「・・・・・・」
「人間は何のために生きてるのですか?」
「愛のためです」
「私はどうやって愛したらいいのでしょうか?」
「もっと自分を愛しなさい」
「ここまでの私の人生は順調ですか?」
「よく頑張っていますよ」
「私に愛する力がありますか?」
「あります。自分を信じなさい」
 
 非常に強い憎しみの症例でした。
「ベンの魂はそれから三千年もの間、暗い牢獄の中にいました」
 ベンの魂に憎しみを捨てるように誰かが言わないかぎり、ベンの魂は憎しみの中で永遠に氷ついてい
たことでしょう。ベンが閉じ込められていた部屋はベンの魂が開放された後も、彼の憎しみのエネルギー
が強く染み込んでいることでしょう。このようなネガティブなエネルギースポットは世界中いたるとこ
ろにあります。憎しみ、恨み、妬み、悲しみ・・・強いネガティブなエネルギーに我を忘れた魂は、肉
体を離れてもすぐに光に戻ることが出来ないのです。これらの強いネガティブなエネルギーは、まるで
真っ黒でネバネバしたタールのように光の魂にへばりつき、魂の光を完全に遮断してしまうからです。
 肉体を離れた魂のレベルでは時間軸は存在していませんから、ある意味では、強いネガティブなエネ
ルギーの魂は永遠に生き続けるのです。
 ベンの魂は部屋に閉じ込められました。本来、強いネガティブなエネルギーの魂も普通の魂と同じよ
うに自由に空間を移動できます。先生の解釈では、憎しみや恨みなどのあまりに強すぎるネガティブな
エネルギーにさらされた魂は肉体を離れて魂に戻ったことさえ気づかずに、ただ憎しみや恨みなどのネ
ガティブなエネルギーが燃え盛っている火の玉状態にあるのだそうです。例えば太陽が核融合で光り輝
くように、強いネガティブなエネルギーがきっかけとなって、憎しみや恨みなどが核融合反応を引き起
こすことで魂が火の玉状態になるのだそうです。火の玉となった魂は光に戻ることさえ忘れて、その場
に立ち尽くして燃え続けるのです。ベンの魂はこの状態だったのでしょう。
 強いネガティブなエネルギーを持った魂は自由に時空間をさまよいます。ただし、ポジティブなエネ
ルギーの人に近づくとネガティブなエネルギーが中和されて元気がなくなってしまいますので、どうし
てもネガティブなエネルギーを持った人のところに集まります。これは生きている時でも同じだと思い
ます。恨みには恨みが、憎しみには憎しみが、悲しみには悲しみが・・・集まってきます。「前世から
の呪い」もあるかもしれませんが、前世から持ち越したちょっとしたネガティブな癖が彷徨っている強
いネガティブなエネルギーを引き寄せているのかもしれません。「あなたは深い業ごうだから今生だけでは
救われない」のではなく、今生でその「ちょっとしたネガティブな癖」に気づいて止めることが出来れ
ば、取り憑いている強いネガティブなエネルギーはどこかへ行ってしまいます。先生の話を聞いていて、
私はそう確信しました。
 過去生退行催眠で今回の症例のように、過去生で「成仏していない」魂を光へと戻してあげることは
珍しくないそうです。
 では、悪魔だとか、悪い霊などはいないのでしょうか?
 先生は、強いネガティブなエネルギーを意図的にコントロールして患者さんに取り憑いていた意識体
に数例出会ったそうです。詳しくは教えてもらえませんでしたが、とても一回のワークで解決できるも
のではなかったようです。もちろん、映画「エクソシスト」に出てきた悪魔のようなものではなかった
そうですが、カトリックの長い歴史では、ああいった「悪魔のようなもの」も確認されているらしい、
そうです。ワークの部屋に神社のお札が置いてあるのも、先生が言うには「イザという時のお守り」な
のだそうです。なんだか心配になってきた私に先生はこう言ってくれました。
「大丈夫だよ、美子さん。臭いセリフだけど、この命をかけて君を守り抜くからね」
 その後、先生は話題を移しました。
「美子さん、この症例でおもしろいことに気づかなかったかな?」
「生まれ変わりが一本のヒモのように連綿と続いていくものだったら、ベンさんの魂が今までの三千年
間、光に戻らずに閉じ込められていたのに、なぜこの患者さんが今、存在しているのですか? 生まれ
変わりが一本のヒモのように続くのだったら、この患者さんはベンさんの生まれ変わりではない、とい
うことになります」
「いいところに気がついたね。その通り、これはとても解釈が難しい問題なのです。パラレルワールド
の概念でも説明できます。生まれ変わりなど存在しない、ただ過去に生きた人々の記憶がどこかに蓄積
されていて、過去生退行はその膨大な記憶の中から問題解決に最もふさわしい人生記録を見ているだけ
だ、とも説明できます。そして私はこれを駅伝理論で説明しています」
「駅伝理論ですか???」
 私はいつもこうやって、先生の訳のわからない話に丸め込まれてしまいます。
「正月恒例の箱根駅伝は知っているでしょう。あれは各大学十名で箱根まで往復しますよね。一本のタ
スキを繋げていくところは、生まれ変わりが一本のヒモのように見えるのと似ています。各々の人生を
十名の選手としましょう。自分の担当区間を無事に走り終えていけば、タスキは繋がっていきます。で
もあの駅伝、途中棄権する選手もいますよね、アキレス腱を切ったり、骨折したりして。途中棄権した
選手がベンさんなのです。タスキはベンさんのところで途絶えてしまいます。でも、駅伝には繰り上げ
スタートというのがあるのです。途中棄権や規定時間内にゴール出来なかったら、次の走者は繰り上げ
スタート用のタスキをかけてスタートするのです。ここでタスキを魂と考えてみてください。ベンさん
の次の人生の走者は、ベンさんがゴールしないため繰り上げスタートとなって、繰り上げスタート用の
タスキをかけて走り始めました。
 個々の魂は光の源に近づくにつれて個を失いひとつになっていきます。ワンネスです。そんな光さん
はベンさんのタスキも繰り上げスタート用のタスキもまったく同じ色とデザインにしました。なぜなら
光にとってはどのタスキも同じものだから、です。これが駅伝理論です」
「なるほど・・わかりやすい、いえ、イメージしやすいですね。選手個人のレベル、各大学のレベル、
大学生全体のレベル、そして箱根駅伝というグローバルなレベル、そういう視点が同時に存在している
のですね。でも先生は生まれ変わりが連綿と続いている・・・なんて思っていなかったでしょう?」
「そうだね。すべての人生、過去生も現生も未来生も今、この時に同時に動いているという概念だね。
直感ではこの概念が一番、当を得ていると感じるけど漠然としすぎていて、まだ美子さんにもうまく説
明できないんだ。パラレルワールドも駅伝も時空理論も・・・すべてが収束されている感じかなぁ。き
ちんと説明してあげれるようになるまで、楽しみにしておいてね」 
 
P.S. 先生の思考は奥深くてよくわかりません。もしかしたら気が狂ってる? のかもしれませんね。
でも、新しい時代を切り開いていった人たちは、みんなそういうものだったのかもしれません。私の今
回の人生はこれ一回きりです。だからこそ今を楽しみ、ポジティブになれる人と共に生きていきたい、
と思います。先生は私にこう言いました。
「美子さんは私を弾よけにして前に進んでください。私が倒れたら私を踏み板にして前進してください
よ。後ろを振り向いてはいけません。ただ前に進んでください。これが私の美子さんへの遺言ですから
ね」
 そう、私も前進あるのみ! そう誓いかけて、私は先生の催眠にかかっているのに気づきました。私
は意地悪な反撃に出ました。
「じゃぁ、もし私が先に倒れたら、先生はどうするのかな?」
「そりゃぁ当然、助け起こして神さま、仏さま、ブルーウォーターに美子さんが生き返りますように、っ
てお願いするよ」
「ほらね、先生はズルいんだから。いつもそうやって主役を持っていっちゃうでしょう。そして二人が
死んで魂になったら、私の魂は先生の魂に『助けてくれてありがとう』って言わされちゃうんだから。
いいですよ、どうせ私の魂は先生の魂に『感謝』を学ばされているんだから・・・。それと『許し』も
ね。だってね、ここの看護婦さんたちはみんな、何度も先生のトンチンカンで独りよがりな言動にブチ
切れて『辞めてやる!』を繰り返してるのよ。みんな、先生の『許し』の実地研修にヘトヘトなんだか
らね。だから私だってそのうち、先生にブチ切れる時が来るわ。『感謝と許し』はペアーだものね・・・。
先生の感謝は私たちの目に見えない波長なのよ。強い紫外線みたいに、気づかないうちに心にシミだけ
を残しちゃうんだわ。だからね、もっと目に見える光にならなくちゃね。見れる人だけでいい、じゃダ
メなのよ、誰からも光として見えないとね。私のテーマが『感謝と許し』なら、先生のテーマは『あま
ねく広がる光』かな?」
 先生は困り顔で答えました。
「美子さん、ここP.S.だろう・・・長過ぎるんじゃないの?」
 ホント、懲りないヤツです。私はおかしくなって笑いながら言いました。
「いいのよ、中谷彰宏さんも書いてたわ、P.S.から面白くなるって」
 
P.S.2 せっかくの過去生レポートがふたりの交換日記になってしまうので、以後、P.S.は封じ手となり
ました。
 

美子レポート
    妻の病気の意味
 昔々、東京の下町に、いつも野球帽をかぶった少年がいました。ひとし、と言います。
 ひとし君はさびしん坊でした。いつも石をけって帰って来ました。大きなランドセルが黒いカタツム
リに変身します。
 ひとし君の夕食はいつも仏さまと一緒でした。ちゃぶ台が野球場のように広がります。彼はキャッチャー
が得意でした。
 夜遅く、お母さんが帰ってきました。お母さんは女工をしていました。ひとし君はお母さんが大好き
です。優しい目をしたお母さんは「今の妻」です。
 今夜、彼はお母さんに頼みました。
「一緒に寝て欲しいなぁ」
 でもお母さんはとても忙しいのです。ひとし君はお母さんのニコニコした顔を見ながら眠ってしまい
ました。
「だって仕方ないもの・・・」
 朝、ひとし君は一人で起きました。もうお母さんは出かけていません。彼は一人で食事の支度をしま
した。お母さんは近所でも評判の働き者です。そしていつもニコニコしていました。
 ひとし君は大学生になりました。今日は入学式です。彼は新しい学生服と大学帽をかぶっています。
お母さんもきれいな着物を着ています。二人が門の前までやって来ました。彼はお母さんに何か言われ
ました。怒られているわけではありません。でも彼は思いました。
「ごちゃごちゃ言わないで欲しいなぁ。そういうの、嫌なんだ」
 ひとし君はとうとうお母さんに言い返しました。そして怒って一人だけで門の中へと入って行ってし
まいました。
 その夜、彼が家に帰るとお母さんが黙って座っていました。ニコニコしていません。彼も黙って座り
込んでしまいました。
 ある時、大学生のひとし君は流感に罹りました。身体が寒くてたまりません。どんどん衰弱していき
ます。お母さんが心配そうに見ています。彼は思いました。
「もう死ぬのかなぁ・・・。お母さんに何も出来なかった。何もしてあげれなかった。これじゃぁ、生
きてきた意味がなかったよ。何にも成しえなかったよ」
 お母さんが励ましてくれます。
「ひとし、がんばりなさい」
 
 先生はひとし君の魂に尋ねました。
「死ぬ場面を通り越しましたか?」
「はい」
「下では何が起こっていますか?」
「お母さんが泣いています」
「それを見てどう思いますか?」
「お母さんに何もしてあげられませんでした」
「お母さんの涙を見た時に、何か決心したことはありますか?」
「入学式の時に母に怒ったことと何もしてあげられなかったことが悔やまれます。母に何かしたかった・・
・」
「あなたが死んだ時に、何か決心したことはありますか?」
「今度は自分が面倒を見てあげるんだ」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。そして、ひとし君の人生を高みから振り返りました。
「苦労してきた母親に対して何もしてあげられなかった後悔がとても大きいです」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてひとし君の人生と、今、生きている人生を比べて見ました。
「人生をそのまま返しています。前の人生を返しています」
 先生はさらに高みへと導きます。彼の魂はそこに柔らかい光を見ました。そして光の中へと入りまし
た。光の中には静かな人がいました。先生はその静な人に尋ねました。
「今回の人生での妻との関係は何ですか?」
「お返しをしたい、という気持が強いのです」
「今回の人生の目的は何ですか?」
「妻の病気を通じて自分が向上することです。前の人生で出来なかったことです」
「今回の人生で私は何を学ぶのですか?」
「人に尽くすことです」
「妻の病気の原因は何ですか?」
「私が自分で決めました。人に尽くすことを私に気づかせるために、自分で決めてきたのです」
「妻の病気を私が決められるのですか?」
「私の強い意志が伝わったからです。その意志がすごく強かったのです」
「私が妻を病気にしてるのですか?」
「でも大丈夫です。妻も納得しています」
「妻は恨んでませんか?」
「恨んでいません」
「妻の病気はどうしたら治りますか?」
「すでに治っていますよ」
「妻は自分の病気から何を学んでいるのですか?」
「病気が治った意味を二人で勉強して同じように気づくことです」
「人間は何のために生きているのですか?」
「人生の目的に気づくことためです」
「なぜ私は何回も生まれ変わっているのでしょうか?」
「勉強のためです」
「今、私は人生の転機に立っていますが、この意味は何ですか?」
「人に尽くすことを思い出すためです」
「どうしたらいいのですか?」
「自分の思うままに・・・。それでいいですよ」
「今回の私の人生はここまで順調ですか?」
「ものすごく順調です」
「こんなに大変な状況なのに、ですか?」
「順調だ、って言われています」
「妻が病気になって、仕事が大変になるのは、私たちが計画してきたのですか?」
「はい」
「妻も私もこの転機を乗り越えるだけの力がありますか?」
「あなたがたなら出来ますよ」
 先生は今回の人生の目的をクリアーすることができた、未来の姿を見せてくれるように頼みました。
「ニコニコしてます。二十歳くらいの男の人です。茶色がかった髪に黒い目です。事務所にいます。会
社をやっています」
「その未来のあなたから今のあなたへ何かアドバイスをもらってください」
「ニコニコしていれば大丈夫だよ、って言っています。自信を持ちなさい、って」
「未来の彼としっかり握手してください。どんな感じがしますか?」
「自信が湧いてきました」
「その事務所には他に誰かいますか?」
「いるような気がします」
「その人たちの中に今のあなたが知っている人はいませんか?」
「金髪の女の人が今の妻です。ちょっと年上かなぁ」
「その金髪の女性に聞いてください。今の私に一言アドバイスをください」
「がんばってね、って言っています」
「今の妻にも一言お願いします」
「何も心配することなどないですよ」
「みなさんも私と妻を応援してくれますか?」
「もちろん応援するけど大丈夫だよ、って言っています」
「もとの光の中に戻りましょう。そして最後にもう一言何かメッセージをもらいましょう」
「あなたの思うままに生きなさい」
「辛い時はあなたの所に来てもいいですか?」
「いつでも来なさい」
 
 この症例では、前世でとても面倒をかけてしまったので今回の人生では自分がしっかりとその魂の面
倒をみよう、という主題テーマで人生のシナリオを書いたことが明らかになりました。その思いが強かったた
めに今生の妻の魂も納得の上で病気になったそうです。ふたつの魂の間に恨みなどはありません。妻の
病気によって「人に尽くす意味」を学び、今、ふたりで「病気が治った意味」を学び始めています。
「これこそ、本当のソウルメイトだね」
 先生がうれしそうに言ったのが印象的でした。
「過去生から見ると、病気の原因は患者さんだけにあるのではないのですね。このケースのように、夫
の思いが強いと二人が合意の上で妻が病気になることもあるのです。私は正直言ってビックリしちゃい
ました」
 私はそう言いながら考えてしまいました。
「夫の突然の死も私にとっては大きな学びになったわ。とても大きな人生の転機になったもの。夫が生
きていれば、私はここでたくさんの魂の声に触れることは出来なかったのだから。でも、この人生の転
機は誰が決めたのかしら? 私? それとも夫が命を懸けてくれたプレゼントかしら?」
 先生は私が何を考えているのか、まったく気づかぬままに話を続けました。
「確かにビックリしちゃうね。自分の人生は自分が決めている、と固く思い込んでいると、ちょっと信
じられない感じがするかもしれないね。でも、それよりも大変な問題がここには潜んでいるのだよ。
 思いが強ければ他人の人生に影響を与えられるなんて言うと、どうしても今の自分の不幸はあいつの
仕業ではないのだろうか? と考えてしまう人が多いということなんだ。病気や不幸な状況にいる時、
人はネガティブな考え方に支配されているからね。自分が自分の人生を決めたのなら誰恨むことなく人
生を歩んでいかざるを得ないけど、もしかしたらアイツの思いのお陰で私の人生は無茶苦茶になってい
るのだわ、なんて考える余地が残されていたりすると、ネガティブな人はどうしても立ち止まったまま
後ろ向きに他人への憎悪を燃えたぎらせてしまうことになってしまうからね。だからここで大切なこと
を強調しておかなければいけないね。
 この症例でも明らかなように、自分以外の人や神さまと人生計画を立てる時は必ず本人の同意が必要
だ、ということだよ。自分の気づきのためにあなたの人生を犠牲的に計画してください、と頼まれても、
もしそれが嫌なら断れるということです。誰かのために病気になると計画しても、その人生計画の最終
認定は自分が行なうということなのです。もちろん相手の人生計画にしっかりリンクしておかないと、
まったく違う時代へ降りたり、遥か彼方の国に降りたり、夫婦のつもりが同性だったりしてしまいます。
つまり強い思いで相手の人生に影響を与えようとすると、どうしても二人の綿密な話し合いと二人の合
意が必要だという訳です。
 さて強い思いの魂が別の魂と一緒に、これから生きる予定のお互いの人生について話し合っていると
しましょう。お互いに魂ですから相手の思いは確実に伝わって来ます。つまり魂の世界では嘘などつけ
ないのです。そこで魂のレベルでは考えられないことですが、仮にある魂が前世の恨みを隠し持ってい
たとしましょう。そして今度一緒に生きた人生で、その恨みを晴らしてやろう、と思っていたとします。
魂レベルですから、そう思った瞬間に相手にもマスターにもばれてしまうのですが、ここでは仮に誰に
もばれなかったとしてみましょう。相手の魂と話し合います。私はこれを学びたいけど、そのためには
あなたが妻となって重病になってもらうのが一番学びやすいからお願いします、云々と言えば、話はす
んなりと決まることでしょう。マスターも頑張っていらっしゃい、と言って送り出してくれることでしょ
う。そして人生を始めます。予定通り出会って、予定通り夫婦になります。予定通り妻が重病になりま
す。やっと恨みを晴らす時がやって来ました。夫は妻をほったらかしにしたり、辛く当たったりするこ
とでしょう。時が流れて二人とも死を迎えます。妻に散々恨みを晴らした夫の魂はスッキリした面持おももち
でマスターのところへ帰ってきます。マスターが尋ねます。
『ご苦労様でした。では、今の人生で何を学んできましたか?』
 夫の魂が答えます。
『恨みを晴らすことを学んできました。こんなにスッキリするとは思っていませんでした』
『それは良かった。ところで恨みを晴らしてスッキリした後、何が残ったのかな? そもそも恨みとは
何だろうね?』
 ここで夫の魂が恨みを晴らすことの学びをしっかりと解き明かせれば、彼の魂はもう恨みという課題
を卒業出来たでしょう。もし十分な答えが出来なければ・・・
『そうか、お前はそんなに恨みを探求したいのだね。では卒業できるまで、ずっと恨みを掘り下げてい
なさい。答えが出たら、また私のところまで来なさい。私はいつもお前を見守っているからね』
 こうなるとある意味では、恨みの地獄に落とされたようなものですね。ただし誤解しないでよ、これ
まで言われてきた地獄などは存在しないからね。だいたい肉体は滅んでいるのだから、肉体的な痛みや
苦しみなど何の役にも立ちやしないよ。死んで間がない時、つまりまだ肉体を持っていると錯覚してし
まっている時には、疑似的な苦痛を想像してしまうこともあるだろうけど、普通はすぐに自由な魂に戻
るからね。
 自由な魂に戻ると、悲しみや恥ずかしさといった感情からも自由になってしまうから、魂を感情で縛
りつけることも出来ないのだよ。だから魂にとっての地獄などは考えつかないのだけど、唯一、辛いと
いう感情があればの話だけど、同じテーマを何度も何度もやり続けるのは辛いかもしれないね。別に誰
に笑われるわけでもなく、誰に怒られるわけでもないし、自ら進んでそんな難問に口笛吹きながら挑み
続けている魂だって無数にいるはずだからね。まぁ、マスターに嘘をつけるほどの魂だから、きっと
『嘘はつけないことだ』という気づきを同時に探求し続けるかもしれないね。
 逆説で話を振り回すのはこの辺にして、今日のワークをまとめると・・・」
 そう言って先生は私に話を振りました。
「うーん、ちょっと無理が多い逆説だったわね。これはきっとボツだわね・・・」
 そんなことを考えて微笑みながら、私は話をまとめました。
「家族の誰かが重病の時、その病気の原因は病人本人だけが抱え込んでいるのではなく、もしかしたら
他の家族の誰かの強い思いが病気を引き起こしているのかもしれません。それは必ず病気になった人の
納得を得た上でのことですし、二人の魂の間に恨みなどはありません。家族の病気から家族全員が『人
に尽くす意味』を学ぶのです。家族全員の気づきが病気を続ける意味を消し去るかもしれません。病気
が治るかもしれないのです。なぜなら病気が治れば家族全員で『病気が治った意味』を学び始めなけれ
ばならないからです。今一度、自分の病気の意味、家族の病気の意味を考え直してみましょう」
「うん、とても良いまとめでした。花丸だね。ところで美子さん、今日のワークの最中、ご主人が亡く
なったのは私の強い思いが関係しているのでは、なんて思っていなかったかな? 私自身はいささか考
えるところもあって、ちょっと落ち込んだけど・・・」
 先生はこの件に関しては本当にあらぬ責任を感じています。何度も先生には関係ないのよ、と言って
も小心者なんですね、何かあるごとに自分を責めているようです。昔の美子さんよりご主人との時を過
ごして来た美子さんの方がとっても魅力的だよ、そばについているご主人ごと美子さんを愛していくか
らね、なんてプトレマイオスのローマ人でも恥ずかしくて言えないようなことを平気で言うくせに・・・。
ここで私は女の特権を使いました。
「先生、大丈夫ですよ。実はね、昨夜、夫の夢を見たのです。いつもの夢よりもはっきりとしていまし
た。まるで過去生のヴィジョンのようでした。真っ白な雲の上で夫と私と先生が何事か、相談している
のです。三人のおでこがぶつかり合うくらいに近づいて、みんな大笑いしながら何かを覗いているので
す。私も仲間に入れてもらって見せてもらいました。それは何と私の人生の計画書だったのです。何が
書いてあるのか、私には読めませんでした。でも、私はとても嬉しかったのです。だって夫と先生がと
ても仲良かったんですもの。私はそっと夫に尋ねました。これからの後半生、先生と一緒に歩んでもい
いの? って。夫と先生は二人、ニコニコしながら肩を抱きあってくれました。夫はガンバレのポーズ
を、先生は任せておけのポーズをしてくれました。それを見ていた私の魂はとても幸せそうな顔をして
大きな拍手をしてくれました。そして三人で夢の中の私をハグしてくれました。今朝はとても気持ちい
い目覚めでした。最高の気分でした。枕が涙で濡れそぼっていました。その涙がキラキラと輝いていま
した。私は夫がいて先生がいて、それだけで幸せです」
 先生の目から涙がいっぱいこぼれてきました。映画だったらここで私はきつく抱きしめられていたこ
とでしょう。涙した愛する男に抱きしめられる女・・・とてもいい役柄です。ジダンの香りが漂ってき
そうです。「今、少しでも私が動けば、彼は見境なく私を抱きしめて唇を奪ってしまう、他の誰でもな
いアイツのことだから、そして・・・」
 私の女の直感が冴え渡っています。私はただじっと思いを巡らせていました。そして夫がそっと席を
外したのに私は気づきました。フェードアウトしていく夫の背中に F i n eの文字が浮かび上がりまし
た。
美子レポート  
   幻覚
 十九世紀の初頭のイギリスに、アンドリゲスという騎士がいました。いつも黒い革の靴に紅い刺繍ししゅうの
ある靴下、薄茶色の半ズボンに青いベスト、茶色の革の手袋につばの広い帽子というナイトの姿で馬に
乗っていました。剣の腕前が素晴らしく、国王の信頼も厚く、町の人々からも敬愛されていました。
 二十五歳になって、アンドリゲスは悪夢を見るようになりました。
 いつも暗い闇の中に古いお城が浮かんできます。彼は城壁の上から遠くを見ています。何かがやって
来ます。敵の大軍でした。しかし彼には何もなす術すべがありませんでした。それは十三世紀の戦いで、彼
が三十歳の時の記憶でした。彼は城壁の上で決心しました。
「やはり戦わなくてはいけない。とにかく自分だけでも防がなくては」
 彼は城の中庭へ降りて行きました。すでに敵が侵入して戦いが始まっていました。もう間に合いませ
ん。彼は奮戦しましたが首を刎はねられました。
 古い悪夢が黒雲のようにアンドリゲスの心を厚く覆い隠していきました。
「また、敵が攻めてくるぞ」
 古い悪夢が彼とともに町へ歩き出しました。
 アンドリゲスは次第に疲れやすくなりました。原因は彼にもよくわかりません。ただ身体が重くてイ
ライラします。黒髪の妻が怒って彼に言いました。
「あなたは怠け者よ」
 彼は小さな息子のピーターに八つ当たりしました。妻は息子をかばいながら彼を罵ののしりました。
「これは本当の自分じゃないんだ」
 彼はそう思いながら馬をとばして走り去りました。
 ある日、アンドリゲスはイライラしながら罪人を取り調べていました。壁に手足を繋つながれた罪人を拷
問しています。
「敵のスパイに違いない」
 彼は確信していました。罪人はもう死にかけていました。彼は国王に進言しました。
「こいつは悪人ですから、もっと痛めつけてやりましょう」
 罪人は叫びました。
「私はやっていません!」
 彼は殴りながら言いました。
「そんなはずはないんだ!」
 国王の許可を得た彼はその罪人をなぶり殺しました。
 アンドリゲスは城を出て町を悠然と歩いていました。突然、後ろから誰かに殴られました。彼の剣が
反射的に抜かれます。彼は女を突き殺していました。それ以来、町の人々は彼をとても恐れました。
 ある夜、アンドリゲスは悪夢の終わりを見ました。いつもの城で敵と戦うために彼は中庭へ駆け降り
て行きました。でもそこには敵はいませんでした。彼は町の人々に取り囲まれました。いつもアンドリ
ゲスに敬愛の眼差まなざしを向けてくれていた人々です。彼は気づきました。
「これはオレの思い過ごしだったんだ。オレの独りよがりだったんだ」
 町の人々が彼に石を投げ始めました。
「違うじゃないか!」
 町の人々の叫び声が聞こえてきます。彼は袋叩きにされました。人々の信頼が彼の血とともに滴り落
ちて、彼の夢を赤黒く染めていきました。
 二十七歳のある日、アンドリゲスは牧草地の大きな木の下に馬を休めていました。これから彼は決闘
へ行くのです。彼の心は不安でいっぱいでした。なかなか踏ん切りがつきません。家族のことも気がか
りでした。
 彼は想いを振り切るように馬に乗って走り出しました。町外れの草むらで誰かが彼を待っていました。
シルクハットにステッキ姿の貴族の男、ロドリゲスとその妻ルーシーたちでした。ロドリゲスは「今の
父親」です。アンドリゲスとルーシーの夫は言い争いを始めました。
「お前が妻を苦しめたんだ!」
 ルーシーの悲しそうな緑の視線を感じました。アンドリゲスは思いました。
「ルーシーは結婚しているのにオレが好きになってしまったんだ」
 突然、ロドリゲスが銃を構えました。アンドリゲスは剣を抜きました。
「頭を撃たれそうだ」
 アンドリゲスは倒れました。赤黒い血が草むらを染めていきました。
 
 先生はアンドリゲスの魂に尋ねました。
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
 彼の魂が答えました。
「バカなことをしたなぁ。すごく独りよがりでした」
「次の人生はどうしようと思いましたか?」
「もっと人の話を良く聞いて優しくしないといけない、と思いました。強かったからその強さに奢って
しまっていて、人の気持ちがわからなくなっていました」
「あなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「何かがいるような感じです」
「それは何と言ってますか?」
「それは必然でした。あなたはもっと学ばなければいけません」
 先生はアンドリゲスの魂を高みへと導きました。そして彼の人生を振り返るように促しました。
「自分は本当は人のためになりたい、と思っていたのに出来ませんでした。後悔しています」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてアンドリゲスの人生と、今、生きている人生を見比べても
らいました。
「すごく家族に迷惑をかけていました。よくわからないけれど、すごく苦しい感じがあります。・・・
あまりにも気ままな感じで生きてたので、今度は『しんどい』というのを経験しないといけないのです。
なかなか簡単には報われないことです。そうじゃないとわからないことです。前の人生では私は器用で
何でもすぐに出来ていましたから」
 先生はさらに高みへと導きます。そこにはほのかな光がありました。彼の魂が言いました。
「光の中はとても楽です。すっごく楽です。すごく優しい表情でドレスを着ている女の人がいます」
 先生はその女の人に聞きました。
「今回の私の人生で、疲れやすい理由は何ですか?」
 彼女は微笑みながら答えました。
「あなたが頑張れるためです。そうでないと、あなたはなかなか気づかないでしょう。でもそうやって
頑張ればきっとわかりますよ」
「なぜ今は器用じゃないのですか?」
「能力のない人の気持ちをわかるためです。たやすく身につくとわからなくなるからです」
「どうしたらこの疲れやすさは治るのでしょうか?」
「もっと他の人に優しくしなさい」
「どうして今回はこんなに身体が弱いのですか?」
 女の人が答えました。
「悪いものを食べたのです。身体に良くないものをたくさん食べました」
「例えば?」
「おいしそうなキノコ。でも毒が入っていました」
「どこで食べたのですか?」
「アンドリゲスの時です。そのキノコを食べたらすごくうまくいく、と思っていたのです」
「この身体の弱さから私は何を学ぶのですか?」
「身体が弱くてうまくいかない人たちの気持ちがわかるようにです」
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「あなたには使命があります」
 先生は尋ねました。
「それは何ですか?」
「スピリチュアルなものをしっかりと伝えないといけません。でも、アンドリゲスの人生で何もしませ
んでした。あなたはずっとそういうことに関わってきましたが、あの人生では何もしませんでした。だ
から今回の人生でそれを精算する必要があるのです」
「私は今まで何回生まれ変わりましたか?」
「八十七回です」
「私は今の父をなぜ選んだのですか?」
「どうしてもわからない人を説得できるようになるためです。わかる人ばかりの中にいてもダメなので
す」
「どのようにして私はこの両親を選んだのですか? どのような仕組みなのですか?」
 女の人がお母さんの声で答えました。
「あなたは今回、あなたを撃ち殺した男のもとに生まれなければなりませんでした。だから私はあの人
と結婚したのです」
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
 女の人が答えました。
「計画通りですね」
「この人生の計画を立てたのは誰ですか?」
「あなたでしょう」
 先生は尋ねました。
「ところで、あなたはどなたですか?」
「微笑んでいます。大いなる存在だそうです」
「あなたも私を応援してくれますか?」
「あなたが気づかないだけで、ずっと応援してるのですよ」
「どうしたら気づけるのですか?」
「夜、ゆっくりと瞑想してごらんなさい。そうしたらわかりますよ」
「最後に何かメッセージがありますか?」
「まだまだ素晴らしい出会いが待っていますよ。出会いを大切にしなさいね」
 
 このワークの最中、先生は少し頭を抱えて考え込むような格好をしていたのが印象的でした。私は夜
診の終わった後、丁寧な秘書口調で先生に尋ねました。
「先生、今日もお仕事、ご苦労様でした。夜診の診察はこれでもう終わりですが、看護婦さんたちはま
だリハビリで忙しそうにしておられますので、みなさんのお仕事が終わるまでお茶でも飲みながら、ちょっ
とお伺いしても宜しいでしょうか?」
 先生は大きな背伸びを繰り返しながら答えました。
「何をそんなにかしこまっているのだい? 美子さんの質問なら、何時でも何でも大歓迎だよ。ところ
で何だい?」
「今日の二つ目のワークの最中、先生は何か深く考え事をしながらガイドしていたでしょう。何か具合
でも悪かったの?」
「いいや、身体の方はまったく元気だよ。でも、そんなにいつも心配してくれているなんて、もうそれ
だけで泣けてきちゃうよ」
「はい、ハンカチ!」
 私はすかさず先生にハンカチを差し出しました。先生は夜診で目が疲れるからなのでしょう、いつも
この時間に涙を拭いているのを私はちゃんとチェックしていました。たまには私に先制の一本を取らせ
てもらわないと、私も人生を楽しめませんからね。先生はとても嬉しそうにハンカチを受け取って涙を
拭いてくれました・・・でも、何だか余計、先生の涙が溢れています?
「やったわ、今夜は私の連続一本勝ちだわ」
 実は今夜で二十二日目だったのです。私が彼のこのクセに気づいて、彼用のハンカチを買ってきて、
そして毎日、彼の好きなお香を染み込ませてきたのは・・・。正確に言えば、初めの三日間は朝、早起
きしてハンカチにお香を薫き込めていました。
「お母さん! 恋の力って偉大だわね。お母さんがお父さんに注いでいた愛はすぐそばで見ていた娘と
しましても、世界で一番大きな愛だと認めざるをえなかったのですけどね・・・最近のお母さんはまっ
しぐらに恋している、というオーラが滲み出ているからね。娘としても、正直、心から尊敬しちゃいま
すよ、恋する乙女のお母さま!」
 朝の苦手なはずの娘がめずらしくニコニコしながら起きてきました。
「でも朝からこの薫りはちょっとね・・・そうだ、お母さま、この朝の薫りに私、慣れてあげるから、
その代わりね、今度、その先生に紹介してよ。恋する母のお目付け役としましては、ちゃんとどんな殿
方なのか、把握しておかなければなりませぬからのう・・・」
 娘は鼻をつまみながら言いました。
「私に遠慮は要らないからね。ご挨拶だけでいいから・・・私、ちゃんと先に帰ってあげるから、いい
でしょう? 大丈夫よ、夜中にヤボな電話したりしないから。私だってもうレディなんだから心配しな
いで。ホラ、お母さん、いつも言ってるでしょう、お父さんに大人の熟女マダムに育ててもらったって。私だっ
てお父さんにレディとは? を教えてもらったんだからね」
 彼女はそう言いながらヒールで華麗にターンする姿を見せてくれました。
「でも、私ってお母さまと同じくらい意地悪ですからね。口が滑って先生のことを『お父さま』って呼
んだら、ごめんなさいね」
 そう言い残すと彼女は部屋へ一目散に逃げ込みました。
 朝日がお香で染まっています。私は娘に感謝しました。そしてこんなに素敵な娘に育て上げてくれた
夫にあらためて感謝しました。そしてその朝以来、私の帰りが遅くなった夜には、娘が明日のお香を薫
き込んでくれています。
 先生はハンカチを顔に載せたまま、話し始めました。
「アンドリゲスは幻覚妄想に駆られていたとは言え、人妻のルーシーに懸想けそうして夫のロドリゲスに撃ち
殺されたのだったよね。その時、フッと思ったんだ、僕たちは美子さんのご主人が亡くなってしまった
んだなぁ、ってね。ちょっと人事じゃない気がしたんだよ。ただそれだけなんだ」
「先生、それは普段、患者さんに言っていることと違うじゃないですか! 肉体を離れて魂に戻ったら、
その人生で自ら仕組んできた学びのからくりと意味が全てわかってしまって、恨みや憎しみから開放さ
れてしまいますよ、魂は喜びに満たされているから大丈夫ですよ、なんて言ってるくせに・・・何です
か、自分は急に弱気になっちゃって!」
 でも、私は黙っていました。強気一辺倒の先生が見せてくれた心の弱さです。私はそっとそれを受け
取ってしまいました。そして、ともかくこのままウジウジした先生で帰してはなりません。私はとって
おきの話をしてあげました。
「先生、優しい心遣いをしてくれてありがとう。でも大丈夫です。実はね、今朝の夢の中に夫が出て来
てくれたのです。最近、よく出て来てくれるのですよ。いつも元気なニコニコ顔で出て来てくれます。
 実はね、その時、私は先生の夢を見ていたの。どんな夢かは内緒だけどね、良い夢だから心配しない
でね。・・・知りたいの? ダメ、内緒なんだから。良い夢だったわ、ちょっぴりHだったかな」
 先生はハンカチの暖簾のれんをくぐって私を見ています。
「春の縁側でね、先生とふたりっきりで日なたぼっこしているとウグイスが飛んできたの。それが夫な
の、私にだけわかったわ。ウグイスがとても良い声で鳴いてくれるの。私がウグイスにありがとうのウ
インクをすると、ウグイスの夫は嬉しそうに鳴いてくれるの。そして私の肩に留まってスイングしなが
ら鳴いてくれるの。とっても良い声だったわ。私には夫がふたりを祝福してくれているように思えたわ。
私、とっても嬉しかったの。
 それからウグイスは先生の頭に留まったわ。相変わらず良い声で鳴いてくれたわ。暖かい春風が、そ
う恋風と言うのかしら、南からサッと吹き上がってきたの。ウグイスはその風に乗って青空に帰っていっ
たの。私には夫が笑いながら手を振ってくれたように見えたわ。そう、その時なの、先生の頭にウグイ
スのフンが落ちてたの・・・私はお腹の底から大笑いしちゃったわ」
 楽しそうに聞いていて先生の表情がちょっと曇りました。
「美子さん、それってご主人の憎しみの爆弾が私の頭を直撃したということじゃないの? やっぱり恨
まれてんだ・・・」
「先生、何を言ってんですか! いつも患者さんの思いっきりネガティブな話を魔法のようにポジティ
ブに捉とらえるくせして。ホラ、私がついてるのだから自信を持ちなさい! 医院の前に犬のウンコが落ち
ていても怒らないで、『今日は運がいいよ! いいことが起こるから頑張りましょう!』って言ってる
じゃないですか。だからね、私は夢の中で大笑いしながら思ったのよ、『ウグイスが夫の残した良運を
先生におすそわけで運んで来てくれたんだ』ってね。ホラ、シャンとしなさい!」
 先生はイスから立ち上がると敬礼の姿勢をとりました。
 そしてふたりで大笑いしました。先生のウジウジ虫も春風と共にどこかへ飛んでいてしまったようで
す。
 
 先生はこの症例を、過去生の概念を取り入れて実際にいろいろな医療の現場で活躍されている医者と
医療関係者の集まりで発表することにしました。
「今度の講演はなかなかセンセーショナルな内容になるよ。昨夜、書き上げたけど、昼寝している暇な
どない程の充実した内容になった、と思っているんだ。後は美子さんに校正してもらってレジメにする
だけだよ。内容は医者とその関係者の集まりということで、ちょっと専門的になっているけど、平たく
言うとすぐに『オカルト!』と言われちゃうからね。わかったような、わからないような・・・で置い
とく方がいいかもね。きっと興味のある人は何度も読み返してくれるだろうからね」
 その講演原稿が手元にあります。これを私が勝手にまとめるよりも、先生の講演を聞いているつもり
で生のままお読みいただく方が良いと思います。先生のことですから、本番ではアドリブをたくさん入
れることでしょうが、その辺の笑いの部分はカットさせていただきます。
 
  過去生と精神分裂病の関係について
   (アンドリゲスの症例を提示する)
 さて、この過去生はレポートにして読み返してみるとアンドリゲスの人生がはっきりとわかりました
が、私自身もワークの最中は何が何だか混乱してしまいました。この混乱の原因は、アンドリゲスの過
去生が出てきたからなのです。
 もう一度、レポートを読み返してみると、十九世紀のアンドリゲスの時、十三世紀の戦いで悔いを残
して死んだ過去生を思い出してしまったのです。その時、アンドリゲスは二十五才、過去生の人物は三
十才でした。そして、それは悪夢として何度もアンドリゲスを襲いました。次第に彼は十三世紀の戦い
で死んだ自分と十九世紀の今の自分の区別がつかなくなってしまったのです。アンドリゲスは幻覚と妄
想に苦しんだのです。これについて、これから詳しく解説していきましょう。
 これは今で言うところの精神分裂病の幻覚と妄想だったのではないか、と思われます。特に同一性意
識障害の交代人格の症状が強かったようです。
 つい最近まで、精神科の先生方は過去生という概念が存在することすら知らなかったのですから仕方
ありませんが、そしてまだ先生方が過去生を受け入れるか否かの問題が残っているとしても、ともかく
今までは幻覚と妄想のすべてが異常な精神症状だと決めつけられてきました。しかし、この症例は過去
生が幻覚と妄想の原因になることを示してくれました。もちろん幻覚と妄想のすべてが過去生から来て
いるわけではありません。多分、ほんの一握りの幻覚と妄想が過去生由来のものなのでしょう。ですか
ら過去生と分裂病の関係の解明が精神科の教科書を塗り替える、などと言うことは決してありません。
もっともその方がこのまま自由に過去生ワークを続けさせてもらえますから、ありがたいですけど。
 さて今日は、過去生から見た分裂病の原因について話を進めてみましょう。
 その前にまず、時間についての概念から話さなければいけません。前から時々述べているように、時
間は過去から今を経て未来へと一本線に続いて流れて行っているわけではなさそうなのです。これは最
近の物理学でも同じようなことを言っているように私には思えます。時間に関しての理解は物理学者の
方がお得意の分野になっていて、古くはアインシュタインが相対性理論で時間が固定したものではない
ことを明らかにしていますし、時間はビッグバーンの後に生まれたものだということもわかってきまし
た。
 もちろん私には難しい量子力学などはわかりませんが、この過去生ワークを通して多くの症例に直接
触れていると、私なりの時空理論が育まれてきました。確かに症例のほとんどは普通の時間論、つまり
過去から未来への一本線で説明がつきますが、時々、奇妙な時間と空間の歪みを伴った症例に出くわす
ことがあります。今の科学では過去生退行は唯物論的に解釈され否定されていますが、仮に過去生があ
るとして、もっと仮にすべての過去生の症例は宇宙の物理的法則に則った時空間的関係を呈している、
簡単に言えば、どの症例の過去生も時空間的関係上で嘘はない、と仮定すると、奇妙な立ち振る舞いを
見せる過去生たちをまとめる美しい法則が新たに必要になってきます。とどのつまり、今までの時間軸
一本線では説明がトンとつかないということなのです。物理学で言えば、ゲージ理論だとか重力子グラ
ビトンみたいなアッと驚く新概念です。私はここで物理学者さんたちに心からの感謝と尊敬の念を示し
たいと思います。彼らは新しい理論や概念を打ち立ててから、何十年かけて実証していくのです。私に
とって、これはなんだかとても心強いのです。例え机上の空論であっても真実だと思うものに向かって
頑張ろう、という気になるのです。それに何ですか? 素粒子にアロマだとかカラーだとか名づけちゃっ
て。本当に学問が楽しくて仕方ない! という感じがします。意外と最新物理学が唯物論を内側から崩
してしまうかもしれませんね。さて物理の話はここまでにして・・・。
 それでは過去生退行から見た時間とは一体どのようなものなのでしょうか?
 それはすべての過去生も未来生も今この時に同時に起こっている、という概念になります。ただし、
人間界から二つの目だけで見ている限りは、時間は永久に一本線に流れているようにしか見えないので
す。でもいはゆる第三の目が働き始めると、心が開いて魂を感じられるようになるのです。そしてすべ
ての時間が今に収束しているようにも感じられてくるのです。私たちの人間界から見ている限り、時間
は波動と素粒子の性格を持っている光のように、一筋に流れているような、そしてひとつの集合体のよ
うな相反する性質が内在しているように見えるのです。
 なぜすべての過去と未来は今、起こっていると言えるのでしょうか?
 それは過去生退行ワークにヒントがあるのです。ワークでは、過去生へ導いて過去生を体験していき
最後に過去生での死を迎えます。そして過去生で死んだ途端、もはや魂には時間の感覚が全くなくなっ
ているのです。しかもこの過去生での死を通り抜けると、どんな過去生、未来生でも見ることが出来る
ようになります。つまり死によって既存の時間軸から開放されてしまうのです。これは多くの過去生に
関しての報告からでも明らかだと思います。「死後は時間の観念がない」と言うよりは、「時間は人間
界で生きている間しか存在しない」と言うことになるのです。
 しかし、ここで人間界という概念について誤解が生じてきます。例えば地球から五万光年離れたB星
が人間時間の今年、超新星爆発したのが望遠鏡で観測されたとしてみましょう。科学者にとってはB星
の爆発が起こったのは約五万年前の話です。光が超新星爆発の情報を地球まで運んで来てくれるのに光
速で五万年かかるからです。さて人間は五万年前にはサルだった? から時間は人間の生まれる前から
あって人間だけに当てはまるものではなく、宇宙全体を司る自然法則だ、と思われています。ここで言
う人間界とは人間が存在する世界という意味ではありません。人間の思考で想像し得た最大限の世界と
いう、もっと広大な意味なのです。人間が本当にサルだった頃は光速さえ人間界に組み込まれていませ
んでした。今でも例えば最新物理学では重力子のベールが剥がされようとしていますが、まだ人間は重
力を全然コントロール出来ていませんから、重力は人間界の外にあると言えるのです。ましてや時間と
空間の概念となると、もうこれはSFの分野にしかならないですよね。
 先程のB星の爆発に関して言えば、確かに人間界の中で観測している限り、地球とB星の間には五万
年の時間が横たわっています。時間が距離になっているのです。これをもっとわかりやすく例えると、
おなじみの世界地図を思い浮かべてみて下さい。日本が地球でサンフランシスコがB星だとしてみましょ
う。時間は距離だから日本とサンフランシスコ間は五万光年になります。さて地図のいいところは折り
たためることです、バイクのツーリングの時なんか重宝しますよ。さて今、日本とサンフランシスコが
裏表になるように折ってみましょう。そしてサンフランシスコ側を上にしておきます。裏は日本ですよ
ね。
 おっと万年筆のインクが一滴、サンフランシスコに落ちちゃいました。あわてて地図を拡げてみると
日本にもインクの染みが・・・ありますよね。さてさて、このインクがB星の爆発だとしたら・・・五
万光年は何処へ行ったのでしょうね? 答えは簡単でしょう? それは私たちが今、地図の上にいない
からなのです。こうやって地図を上から見ているからなのですよね。これが人間界の外にいる、という
ことなのです。
 では今度は地図をどんどん折りたたんでいきましょう。物理学的にどんどん小さく折りたたみ続けて
いきます。機械を使って圧縮すれば世界地図はクシャクシャになって梅干しの種くらいになってしまう
でしょうね。するともう裏も表もわからなくなります。でもその種には世界のすべての距離が詰まって
いるのです。距離は時間でしたね。つまりすべての時間が詰まっているのです。太陽との距離も、土星
との距離も、アンドロメダとの距離も、イスカンダルまでの距離も、そして宇宙の果てまでの距離も、
みんな種の中に詰まってしまったのです。
 ではもっともっと小さく圧縮していきましょう。すると最後に目で見えるのは・・・光になった世界
地図です。光の中にすべての時間が溶け込んでしまったのです。そしてそれはもう時間ではなくて、あ
る種のエネルギーなのです。
 過去生退行では時間のない世界に入り込んでいます。そこはある意味で光の世界なのです。先程の例
えのように、その光の世界では時間は普遍的宇宙法則に則のっとって、ある種のエネルギーに変換されていま
す。だから何時でも時間を概念として取り出せますが、普段は時間は見えなくなっているのです。死後
の世界、つまりは光の世界では時間から開放されているのです。
 症例によっては過去生での死後、まわりが薄明るかったり、すぐ近くに眩しい光がある場合がありま
すが、そういう人はかなり心が開けていて本来の魂に戻るのが早いのです。一般的に死後は薄暗いか真っ
暗なところに肉体を失った意識が浮いています。ほとんどの魂はすぐに光の中へ戻って行きますが、こ
の死の直後の暗いところから次第に光となっていく過程は、肉体を持って生きてきた魂が人間界を生き
抜くために身につけてきたクセを洗い流す過程でもあるのです。チベットで言うところのバルドーに当
たります。そう、つまり死の直後から光の中へ戻るまでの間には、まだ時間が観念的に残っているので
す。正確に言うと、魂が時間や空間を光のエネルギーから呼び起こすことが出来る時期なのです。では
魂はなぜそんなことをするのでしょうか? 
 それは魂が人間界で一生懸命、その人間を演じてきたからなのです。まさしく役柄に没頭してきたの
です。だから死後、その人間の役柄も引きずって来てしまって、すぐには純粋な魂に戻れないのです。
阪神ファンが試合後、帰りの電車の中でも六甲おろしを大合唱しているのと似ていますね。
 人間時代の知識を手放しきれない死後の魂は、時間を創ったり、地獄や天国といった空間を創ったり
することが自由に出来ます。だから人間時代の宗教感などはとても反映されやすいのです。死んだらお
花畑の天国に行く、と信じて死ねば、気がついたらちゃんとお花畑の天国にいるのです。もちろん自分
の身体もホログラフィーで創ってあります。これは本当に天国でしょうね、だってフッと思っただけで
それが目の前に現れる世界なのですから。人間界であまりに辛いこと、悲しいこと、苦しいことなどを
体験してきた魂は、こういった天国でしばしの休息を取るのかもしれません。これがまだ死んでいない
人間だったら、ずっとそんな天国にいたいでしょうが、残念ながら死後は魂の本分がすでに目覚めてい
ますから、魂にはこの天国がホログラフィーに過ぎないということがすぐにわかってしまいます。そし
て自ら光へと帰って行くのです。
 ですからここでもネガティブな人は損ですよ。「死んだら地獄に落ちる」なんて信じていると、その
通りの地獄のホログラフィーを創ってしまいますからね。「地獄に落ちたら永久に地獄の責め苦に苛さいなま
れる」なんて絶対に信じない方がいいでしょうね。誰かがホログラフィーのスイッチを切ってくれるま
で「永久」に地獄巡りをし続けてしまいますからね。
 これらの例え話から気づかれたでしょうが、その時代の人間の知識の範囲内において自分でホログラ
フィーを創りますから、その知識以上の天国は創れないのです。つまり平安時代の人に例えれば、天国
とはかぐや姫の月の御殿が精一杯の創造物であって、平安時代の日本の名もない庶民が死んだ時、イエ
ス様が両手を拡げて笑顔で迎えてくださった、ということはあり得ないはずなのです。だって平安時代
の庶民にキリスト教は入っていなかったですからね。平安時代だったらお出迎えは八百万の神様か仏様、
というところでしょう。
 さて、ちょっとわき道に外れますけど、この過去生での死後から光の中へ戻るまでのところ、いわゆ
るバルドーにも、神様や仏様、マスター、仙人等々が現れることがあるのです。こういった方々が果た
して本物の高次の存在なのか、それとも高次の存在モドキなのか、過去生のガイドはしっかりと見極め
ないといけません。患者さんの心はこの段階ステップではまったくの無防備ですからね。ガイドが自分一人でしっ
かりと守ってあげないといけないのです。もちろん神様が本物のこともあります。親切にも出迎えに来
てくれた存在です。でも、時には人間時代の感情的にネガティブなエネルギーの化身みたいなのもいる
から注意が必要です。そういうのは少し対話していると直にボロを出してくれますからわかりますが、
もし過去生のガイドがそれに気づいていないと、思いっきりネガティブなメッセージをドーンと患者さ
んの心の奥底に入れられてしまいます。過去生のネガティブなエネルギーに洗脳されちゃうことになる
のです。これはヤバイですよ。死後に残ったネガティブなエネルギーだからつかみどころがないのです。
心に入れられてしまうともう消去しきれません。将来、皆さんがワークをするようになったら、この点
は十分に気をつけておいて欲しいと思います。
 ここまでで過去生ワークから見た時空間が少しわかっていただけたでしょうか? では、ちょっと基
本的な部分をまとめてみましょう。
 まず人間の目で見ている限り、時間は過去から未来へと続く一本の線に見えますが、魂の世界では時
間はありません。人間界を離れて見ると過去も未来も今に収束しているように見えます。魂の本質は光
であり、物理学的なエネルギーとしての光と同じものだと考えられます。そして光のエネルギーの中に
時間と空間が包容されているのです。
 それでは過去生退行からみた分裂病の解釈に入ります。ただし分裂病と言っても私は専門家ではあり
ませんから、普通の医者の知識として幻覚妄想がある内因性精神病として考えてみます。そして特にこ
こでは幻覚妄想にスポットを当ててみます。
 先程述べてきたように、「時間は人間界で生きている間しか存在しない」と過去生ワークから推測さ
れました。人間界というと人間だけ、と誤解されてしまって意地悪な人から、「植物や他の動物、それ
にもし宇宙人がいたら、それぞれ固有の時間を持つのか?」と詰問されそうですね。ここで言う人間界
と言うのは、「私たちが光と呼んでいるエネルギーの速度、つまり光速が同じ系の世界すべて」と定義
出来ます。光子フォトンで定義される世界であって、超光速粒子タキオンは認知しない世界なのです。
人間が炭素を核にして出来ている炭素ユニットと言えるように、物理学上、この世界は光速を核にして
出来上がっています。地球上のすべての生物はこの光の物理法則に完全に支配されていますから、人間
界の中に含めても構わないのです。そしてもし宇宙人が私たちの前に現れても、私たちに認識されると
いうことは人間界の光の物理法則に支配される状態で現れるのですから、彼らもまた人間界に含まれて
いるのです。もしも光速以外の何かを物理法則の核にした系からなる宇宙があっても、我々の宇宙と彼
らの宇宙はお互いに認識し合えないし、ぶつかることもありえないのです。
 さてここでは時空間から完全に自由である魂の立場に立って、時空を見直してみるとわかりやすいと
思います。
 この人間界で肉体を持って生きている間、どのようにして時間と空間を一定に維持しているのでしょ
うか? 
 過去から未来へと一本線のように見える時間と空間を作るために、肉体を持った人間は人間界用の時
空フィールドに包まれている、と私は考えています。この時空フィールドは人間各々という個人のレベ
ルから地球レベル、宇宙レベルにまで拡がっています。もちろん植物だって、例えば木々の一本一本の
レベルから森のレベル、そして地球のレベルの時空フィールドがあるでしょうし、動物だって同じです。
ただし地球レベルと個人レベルの違いがとても僅差のために、どの時空フィールドも同じように見える
のです。これは宇宙レベルで見ても、ほとんど差が生じないものです。なぜなら巨大なブラックホール
や銀河同士の関係でわずかに時空間の歪みが観測される程度なのですから。ただしここまでは物理学的
に見れば、の話です。
 そしていよいよ過去生ワークから見ると・・・の話に入ります。
 魂が肉体を持って生きているこの人間界では、各人に人間界用の時空フィールドがあると仮定しまし
た。この固有時空フィールドの発生源はどこにあるのかと言うと、私はその個人の魂がフィールドエネ
ルギーの源だと考えています。魂は光だから、光のエネルギーが物理法則的に心と肉体と時空間に変換
されているのです。肉体と心を持って時間の流れる三次元の空間を生きているのが人間なのです。深く
良好な瞑想状態では、肉体も時空間も認識されなくなって自我の意識だけが残る一瞬がありますが、こ
の時、心が開いて自我の意識が魂に触れることが出来るのです。そう、つまり瞑想状態は肉体と時空間
を仮想的に消し去ることで、光となった魂に戻ることなのです。瞑想とは人間が意図的に自己の時空フィー
ルドを降ろす作法なのです。物理法則的に目に見える形でこれをやれば、例え一人の肉体を消すだけで
も数十キロの肉体が完全にエネルギーに変換されてしまうわけですから、とんでもない巨大なエネルギー
を人間界が受け止めなくてはならなくなります。これは水爆どころの話ではありません。
 瞑想とはこれを仮想的に想念の中で行なうワークなのです。肉体と時空間を消去して生じたエネルギー
は、そのまま心を通じて魂に還元されているのです。もともと魂は光の世界だから、これしきのエネル
ギーの変動は小さな魂のエネルギーが起こしたさざ波程度のものであって、魂の世界に何ら影響は起き
ないのでしょう。そして瞑想とは固有時空フィールドを日々、再構築する作業にほかならないのですか
ら、固有時空フィールドは絶えず再生されて強固で美しくなっていきますし、自我が自己の中心にしっ
かりと足を降ろした状態を作り上げていくのです。
 さて、魂は時間も空間もないところにいたわけですし、人間界用時空フィールドの外には過去と未来
が今と同時に混沌として渦巻いているわけですから、人間が時間を一本線に見立てて空間を固定するた
めには、この人間界用時空フィールドに僅かな裂け目があってもならないのです。例え小さな裂け目で
も時空フィールドの外の魂の光の世界の方がはるかに巨大なエネルギーフィールドなのですから、どろ
どろに溶けた時空間が流れ込んでくることになります。
 人間界の時空間を守っている時空フィールドは、個々の人間のフィールドの総和でもありますから、
黙示録のラッパが鳴り響いたりしないかぎり、とても強固で破れることはないと思います。しかし個人
の時空フィールドには時々、不良品があるようです。そう、つまり精神分裂病とはこの人間用時空フィー
ルドに穴が開いている状態だと考えられるのです。分裂病の発生頻度は人口千人当り約八人と言われて
いますから、時空フィールドの不良品発生率は最大コンマ8%になります。全知全能の神様が不良品を
作るはずがない、と考えると、ここに面白い推論が出来ます。
 神様は光の中で魂に無制限の自由を与えてくれていますが、肉体を持った人間にもある程度の自由を
与えてくれています。人生計画は一本道ではなく、大小無数の選択枝が用意されていること、そして人
生を歩んでいく上でどの選択枝を選んでも構わないことは今までにも触れられてきました。その人生の
計画は自分が立てることが多いようですが、いくら自由に計画させてくれると言っても、まさか魔女の
ようにホウキにまたがって空を飛んだり、肉体を光に変換してテレポーテーションteleportationした
りは許してくれそうにもないようです。肉体を持って生きていくというのは結構自由のないものなので
す。
 では人間の自由度はどれくらいあるのでしょうか? 
こう考えると先程の最大コンマ8%を使えば、人間界に肉体を持って生まれてきた時、その人間界の世
界すべてに対して自分で自由に決めれるのは最大コンマ8%なのではないでしょうか。だからやっぱり
ひとりの人間はちっぽけな存在でしかないのだよ・・・なんて溜息をつくのは早すぎます。昔々、小さ
な自分の村だけがすべて、外の世界といえば嫁を隣村から迎えたくらい、の時代なら、このコンマ8%
の自由度は目に見えて実感できるには小さいかもしれません。でも例えは今なら、人間界は宇宙の遥か
彼方から極小のナノの世界までを把握し具現化してきています。この広大な世界のコンマ8%はどれく
らいのものになるのでしょうか。文明が進むにつれて人間の自由度もどんどん大きくなっていくのです。
だから私たちはそれをしっかりと理解して、十分に使いこなさないといけないのです。
 さて、個人用の時空フィールドに小さな穴が開いていると、その穴から過去生や未来生が収束してい
る時間軸のない「今」と繋がってしまいます。すると過去生や未来生が個人の意識の中に流れ込んで来
るのです。過去生退行に慣れた人や瞑想、座禅などに秀でた人は自我の中心がしっかり安定しているの
で、意識の中に流れ込んできた過去生や未来生を自我の意識で冷静に客観視できますが、普通に生きて
いる人々にとってはそれは幻視、幻聴になってしまうのです。見る気もないのに勝手に過去生や未来生
を見せられているようなものなのです。過去生という概念がまったくない人がいきなり過去生を見せら
れたら、これは心理的にパニックになると思います。
 初めは小さな穴だから過去生や未来生が少しだけ流れ込んで、人間の意識上に過去生でのワンシーン
のヴィジョンや会話を浮かび上がらせるだけで済みますが、普通に生きている人々は自我の中心がずれ
ていたり、揺らいでいたりしている人が多いですから、過去生の流入が繰り返して続くと、自我のセン
ターへのアンカーが切れてしまい、自我がさ迷いだしてしまうのです。
 精神分裂病をこの個人の時空フィールドの裂け目によるものと考えてみると、突然の発症はフィール
ドの裂け目が突然できることを意味しますし、幻覚妄想は過去生や未来生が流入してきて、揺らいでい
る自我を押しのけて意識上に上ってくることが原因であると考えられるのです。そして末期に自我が崩
壊するのは、自我が裂け目から時空フィールド外にさ迷い出してしまうためだ、と解釈できるのです。
この自我が最後にさ迷い出してしまう所とは、普通は肉体の死後、魂が肉体から「浮かび上がった所」
であり、魂が光へと帰るまでの間の仮想的スペースと同じところなのです。肉体が死んだ時はそれなり
に魂もわかっていますからパニックになってさ迷い続けることは少ないですが、肉体がまだ生きている
のに時空フィールドの裂け目から放り出された自我にとっては、このスペースは暗黒の無限空間に感じ
られることでしょう。
 このように時空フィールドの裂け目から流入して来た過去生や未来生とセンタリングが不十分でふら
ついている自我の優位さによって、いろいろな症状が説明出来ます。
 自分が自分以外の誰かに支配されているように感じる作為体験は、自我が揺らぎながらもセンターを
保っているので、自我が流入にして来た過去生等を別人だと認識できている状態だと言えます。もう一
人の自分の存在を外界に認めている二重視、自己像幻視という形もこれと同じ状況だと思います。
 何だか不合理な思考が突然に訳もなく浮かび上がって来て、その思考をどうしても払拭できないとい
う脅迫体験は、自我のセンターリングが不十分で過去生等に支配され始めている状態だと言えます。
 自分のしていることを自分がしていると認識できないという離人症は、自我のセンターリングが崩壊
してしまって、自我が過去生等に完全に押しやられてしまった状態なのです。最近話題の同一性意識障
害、本来の自分と別の第二の自分が時間的に交代して現れると言う交代人格、つまり多重人格ですね、
これもこの状況で説明出来ますが、多重人格の場合、いや、この時空フィールドの裂け目説全般にわたっ
て言えることなのですが、時空フィールドの裂け目がなくても自我のセンターリングが崩壊していれば、
自我の空席に誰でも座ることが出来るのです。誰が自我のシートを横取りするのかと言えば、肉体の死
後、恨みや悲しみが強すぎて死んだことを受け入れられないでいる魂が入ってくることもあるのです。
これは「ウォークイン」と呼ばれている現象です。怪しげに言えば、悪霊とか悪魔になるでしょうか?
 私も実際に出会った症例がありますが、巷で言われているような悪意は感じられませんから心配あり
ません。彼らはともかく深い深い悲しみと憎しみ、恨みに我を忘れているだけなのですから。過去生退
行でゆっくりとヒーリングすることも出来ますが、それはとても時間がかかるワークになるのです。
 ともかくこう言ったウォークインされた人も同じ症状を呈することは覚えておいていただきたいと思
います。ただし私がワークで受けた感触としましては、分裂病の人は時空フィールドの裂け目由来が多
いですし、うつ病や重度の自律神経失調症の人にはウォークインがちょっと混じっているかな、という
感じを持っております。
 さて幻覚妄想を説明するには、更にもう少し理論の展開が必要です。 私たちのような精神神経科で
はない医者が精神分裂病を疑う決め手の一つに、「人の声が頭の中に聞こえてくる」というのがありま
す。幻聴ですね。これまでの論法で、時空フィールドの裂け目から流入してきた過去生や未来生での会
話が聞こえている、と言いたいところですが、過去生退行した時の特徴として、過去生がヴィジョンで
見えるタイプと感覚でわかるタイプがそれぞれ半々を占めていて、聞こえるタイプはほんの僅かしかい
ないのです。聞こえるタイプがそれほど少ないのに、「頭の中に声が聞こえてくる」患者さんが多いの
は説明つかないように思います。そこで私はこのように解釈していきました。
 時空フィールドには、この人間界用の特定の時空係数があるようなのです。今、私たちがいるこの世
界特有の時空係数があると仮定するのです。それは一種の周波数みたいなものだと考えるとわかりやす
いでしょう。この時空係数にわずかなズレが生じると、固有の時空フィールドに変調を来して、自分の
「今」にずれが生じてくる、と私は解釈しています。固有の時空フィールド内では、本来は一本線のよ
うに流れていなければならない時間にわずかな位相のズレが生じてくるのです。この固有の時空フィー
ルド内で生じた位相のズレが、昨日自分が言ったことが聞こえたり、数年前に自分が聞いたことが聞こ
えたりする形で幻聴等の幻覚妄想を引き起こすことがあるのです。もちろん過去だけではなく、未来だっ
て同じようにありえます。なぜなら時間は元々が三次元以上の空間的な世界(仮に時間空間と呼びましょ
う)を呈していると推察され、その時間空間をこの人間界に合わせるべく無理矢理に一次元化したので
すから、位相のズレが生じ始めるということは、時間が本来の多次元を回復するということになります。
時間空間の中では、過去も未来も今に収束する形で存在していると仮定していますから、一次元化が解ほぐ
れ始めた途端、過去も未来も今に収束してきます。今の意識の中に、過去と未来が混じり始めるのです。
 初めは極く僅かな位相のズレでしょうから、自分の過去と未来の発言や思考だけが混じるのでしょう。
しかし位相のズレが大きくなっていくと、家族や友人などとの過去と未来まで巻き込み始めるでしょう。
そしてさらに大きく固有の時空係数に変調が起こると、その人が生きている世界自体が、本来は時空フィー
ルドによって認識出来ないはずの時空間を越えた別の世界とあたかも繋がっているように行き来できる
現象が生じてしまうと考えられます。これはSFでパラレルワールドと名付けられていて、今の子供た
ちはテレビを通じて私たちよりも直感的に、そういった世界を認識しているようです。このようなパラ
レルワールドに出入りしてしまった人間はもはや自分の状況が理解できず、恐怖感にかられて周囲を無
条件に激しく攻撃するか、心を完全に閉ざしてしまうことになるのです。これは精神科的には重病であ
り、自我が状況を把握できるまで回復に向かうことはないでしょう。
 このように固有の時空フィールドの裂け目による過去生や未来生の流入と、同じフィールドの時空係
数の変調による時間の多次元への復帰とは発症機序は全く異なりますが、人間界から見た人間の病状に
関して言えば同じ症状を呈するのです。ただ人間界の外部から多次元の時間が入ってくるのか、内部の
時間が多次元化するのか、の違いがあるのです。
 どちらにしても今の所は治しようがありませんが、このような患者さんと接する際に、これまで述べ
てきた推論を念頭に置いて話を聞いてみる必要があるでしょう。幻覚妄想を持っている患者さんは、過
去生や未来生の話をしているだけなのかもしれません。患者さんの意識レベルがまだ高くて、このよう
な仮説を理解出来るだけの知能が残っていれば、その患者さんの自我の中にこの仮説を組み込んでおけ
ば、次に時空フィールドの裂け目が生じたり、時空の位相に変調が起こっても、パニックにならずに自
己の力で何らかの対処が出来る可能性があります。また自我をしっかりとセンターリングしておくため
に、瞑想したり座禅をしたりする必要性も理解してもらいやすくなるでしょう。この推論が精神分裂病
の患者さんを救うヒントになることを祈っております。
 

 第六章
    生まれてきた意味
 もう十月になります。この時期の日曜日、ゆっくりと朝食を取っている私がいるなんて、とても信じ
られません。小さい頃からおてんばだった私は大のスポーツ好きです。この運動会シーズンになると、
もう心はウキウキ、身体はムズムズしてきて、一年で一番ハイテンションな美子になるのです。そんな
自分が好きでしたから、学生時代はずっと体育会系のクラブで活躍してきましたし、結婚してからもリ
トルリーグのお世話をしたり、テニススクールに通ったりしていました。ですから秋はとても忙しくて、
いつもグラウンドを走り回っていました。
「ずっと走ってきたんだ・・・」
 私はシャワーの湿り気がちょっぴり残った髪を触りながら、窓の外の大阪城をただ眺めていました。
「おまちどうさま、ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」
 愛情と尊敬と信頼の心を込めて盛りつけたアントレが目の前に広がっていました。先生はいつも私の
センチメンタルを抱きとめてくれます。
「なんだかジョンウェイン艦長がセクター001、地球を懐かしんでいるような目をしていたよ。そう
だ、そういう時にはルビーグレープがお薦めなんだよ。今、取ってくるからね」
 先生はそう言いながらスタスタとブュフェの方へ戻っていきました。私、こんなバイキングは初めて
です。先生ったらテーブルが決まるともう私専属のメーテル・ド・テールです。私をブュフェへエスコー
トして私の好きなもの、嫌いなものを言い当てていくのです。もちろんハズレもありましたけど。ふた
りで笑いの前菜をほおばりながらブュフェを一巡したら私をテーブルまで案内して、そう、ちゃんと上
手にイスまで引いてくれて(そう、ホテルの方より上手だったわ)・・・冷たいオレンジジュースとたっ
ぷりのカフェ・オーレを持ってきてくれました。
 運動会日和の朝日を浴びながら、今朝の私は先生と瞑想して、ホテルのフィットネスで一緒に泳いで・・
・まだ朝早いのにまるでブランチな気分です。オレンジジュースが最高に気持ちいい汗をかいた身体に
染み込んでいきます。私はカフェの女王様になるために足を組み直しました。
 先生は意外と小食です。本当は甘いものが大好きなのですが、フィットネスに通い始めてからダイエッ
トに気をつけているようです。医者になってから、特に開業してからは運動量が極端に少なかったよう
です。過去生のワークの間は全く動けませんから確かに健康には悪過ぎます。昨年、とうとう何でもな
い階段で息切れをしたそうです。自分で脈診すると生命の源であるプラーナが分厚いアーマ(ドーシャ
の老廃物)でかぶわれて見えなくなっていたそうです。
「この息切れは神さまからの注意シグナルだ! ここで生まれ変わったつもりで肉体改造しよう」 と
決心したそうです。それからフィットネスに通い続けています。先生のダイエットは患者さんにもすこ
ぶる好評です。先生につられてダイエットし始めた糖尿や高脂血症の患者さんがおられます。「医者の
不養生」が通じた時代は終わりました。医者だからこそ、健康であらねばならない時代なのです。病気
を治していた時代から健康を伝授する時代へ急速に移り変わっているのです。今朝、プールで見た先生
の身体は昔のおデブの彼ではありませんでした。ボディービルダーまでとはいきませんが、太股とヒラ
メ筋が引き締まっていますし、肩だってちゃんと逆三角形に見える?ような体形になっていました。四
十代半ばでこの体形まで戻した努力はさすがです。でも中身は変わりません。医院のクルーといつもこ
んな会話をしていますから・・・。
「先生、とってもスリムになりましたね」
「うん、君のためだよ。君とのせっかくの夜に腹上死しちゃったら心残りになるからね」
 彼奴アイツはいつまでたっても「はぐれ雲」のままですね。刀の代わりにメスを抜くことはもうありません
が・・・いいえ、毎日、心のメスを抜いている魂の外科医になっていたのです。そんなふうに彼を許せ
る気持ちになった私は彼のいい恋女房になれるかしら・・・そんなことも思いながら先生と楽しくブラ
ンチしました。
「先生、本当にいい身体になってきたわね。肩なんか逆三角形モドキじゃぁないの。先生、ホルモン補
充療法を自分で実践していると言っていたけど、確かに効果があるわね。ねえ、先生、私もホルモン補
充療法をやってみようかな?」
 私は前々から気になっていたことに話を向けました。
「ホルモン補充療法は不妊症や更年期障害の治療として日本でも受け入れられてきた、と言ってもいい
だろうね。産婦人科関係の病院の生き残りはこれからの少子化の時代、この分野にかかっているからね。
ただ、こういったホルモン補充療法はいずれ内科一般にも広まってくると思うんだ。それもきっとグロー
バル化の波にのって、ほとんどの医者が予想している以上のスピードで広まってくるよ。技術や知識の
グローバル化によって何がもたらされてきていると思う? 善悪、正邪は考慮しない『神の目』で見て
ごらん・・・見事な二元性だよ。持つものと持たざるもの、ただそれだけだよ。ここでは数が問題じゃ
ないんだ。二極化が際立ってきているということなんだ。お金の話だけじゃないよ、技術と知識を使え
るかどうか、がはっきりしてきているんだ。そんなグローバル化が健康や寿命にも及んできていると言
うことなんだ」
 私はクロワッサンを口にしました。フレッシュ・バターの香りが耳元まで広がっていきます。
「ここのクロワッサンはいけるだろう? 何だったらおかわり、持ってこようか?」
 私がニッコリするよりも早く、先生は立ち上がっていました。
「彼がこんなに議論好きだとは思わなかったわ。確かに大昔から児童会活動がやたら好きで、将来は政
治家になる! なんて言ってたこともあったっけ・・・。でもあの性格では政治家は無理だわね、正直
過ぎるもの。でも・・・これからどうなるかなんてわかったものじゃないから、スピリチュアルな新し
い時代が展開したら意外と意外かもね・・・フフフッ・・・そしたら私がファーストレディか・・・」
 昨夜の寝不足が私をハイテンションにしています。私はジャクリーンとなって楽しい空想に耽ふけりなが
らカフェオーレを楽しみました。
 先生が目の前にクロワッサンを置いてくれました。ちゃんとイチゴが添えてあります。かわいい伊達
者なんだから・・・。
「何をニヤニヤしてるんだい? そう、何の話だっけ? ホルモン補充療法だったね。これからうちで
やっていくのは『不老医学』と呼ばれている分野なんだ。アメリカではすでにHGH・ヒト成長ホルモ
ンを中高年に用いるリサーチが続けられているんだ。その結果がとても魅力的なんだよ。まず第一に、
今のところ致命的な副作用がないんだ。むくみや手関節の痛みなどはあるけど、投与量を減らせばすぐ
に回復するそうなんだ。ただし長期間の使用で副作用は出ないか? はまだわからないけどね。ここが
ギャンブルなんだよ。HGHが完全に安全であるかどうか? に結論が下されるのは何十年後になるか
もしれないよね。私たちはまだいいよ、中年のおじさん、おばさんだからね。私たちはまだ間に合うけ
ど、今六十才、七十才の方は待っていられないだろう。そこでギャンブルになるんだね。未知の副作用
のリスクと十〜二十才分の若返りを賭けたギャンブルだね。このギャンブルを楽しめる人にだけ、HG
H補充療法をお薦めしようと思っているんだ。ギャンブルは楽しまなくちゃいけないからね。ここだけ
の話、必死の血相でやって来る人はお断りするよ。だって必死に若返りたい人って、いざ若返ったら・・・
人生を楽しむことが出来ないんだもの。また若返った分だけ必死になって生きていくだけだからね。こ
れでは不幸のプレゼントになっちゃうよ。そうじゃなくって、自分の人生を楽しんで生きることが出来
ている人に若返ってもらいたいんだ。充実した第二の人生を生きれているような人に第三の人生、第四
の人生があったら、とても素敵だろう。
 なぜこんなことを考え出したかというとね、過去生のワークは『生きがい療法』つまり、生きがいを
見失った人の生きがいを再発見するお手伝いをする療法だけど、これはあくまで心の話、魂の話だけに
なっちゃっているからね。確かに生きがいを持って生きている人は生き生きしてるし身体も元気そうだ
から、肉体のことは放っておいても構わないかもしれないよ。でもね、心だとか魂ばかりに目が行き過
ぎると、肉体を持って生きている意味、つまり生まれてきた意味、生と死の意味が疎かになってしまう
ことがあるんだよ。ほら、今朝方まで話し込んだあのワークだって、肉体の生と死がベースにあって魂
の世界が展開していっただろう」
 そうなんです。昨日のワークは私にとっては難しすぎる内容でした。でも何とか理解したい、という
気持ちがとても強くて、夜診が終わった後も先生に付きあってもらいながら、私はあのワークのレポー
トを書き続けました。途中でしばしば先生と議論になります。それがまた楽しくて、気がついたらシン
デレラ・タイムになっていました。
「この世の中を二元性で割って考えてみると、肉体と心・魂が二元性のペアーだね。この二元性で支配
されている世の中を生きがいを持って生きていくには、心と魂だけが満たされているだけではまだまだ
不十分なんだ。肉体的な若さが必要なんだよ。老化がネガティブだとすると若さはポジティブだよ。心
をポジティブに向け続けるには、この肉体的な若さが必要なんだよ。ただ今まではそれが実現出来なかっ
ただけなんだ。確かに約二十年前は成人に成長ホルモン・GHを使うことは人道上、許されなかったん
だ。なぜならGHは屠殺した家畜の下垂体を何千と集めてきて抽出して、やっと手に入れることが出来
る超貴重品だったからね。GHを待ち望んでいる小人症の患者さんに優先的に使われていたんだよ。で
も今は違う。遺伝子工学的に合成されたHGHがあるからね。さっき言った『神の目』で見てみると、
HGH補充療法の台頭は私たちの魂の療法の進歩にシンクロして進展しているように思えるんだ。
 心を開いて魂の光を取り戻すこと、そして肉体の老化をコントロールして人生をしっかりと楽しめる
ようにすること、このふたつが今、始まるべき時が来たような気がするんだ」
「ねぇ、先生、そのお話はよくわかったわ。それで先生のことだから、HGHをまず自分の身体で試し
てみるのでしょう。でもね、先生だけ若返っちゃったら同い年の私はどうなっちゃうの? ね? だか
ら今回は一緒にしましょうよ。先生がHGHを始める時は私にもHGHを始めてちょうだい。費用は私
のお給料から差し引いてくれていいから。先生だけ若返っちゃうのはずるいわ。それに副作用を見るの
だったら一人より二人の方がわかりやすいでしょう?」
 私は自分で言っていることが支離滅裂になっているのがわかっていましたが、ここは熱意のドリヴル
で中央突破を計りました。そうでも言わないと、先生は絶対に私にギャンブルさせてくれませんから。
先生は急にとても優しい顔になって答えました。
「うん、わかったよ。今、私は筋肉マン作戦でドーピング・ダイエットをしているから、それが一段落
ついた頃にHGHを始めようと思っているんだ。これはお約束します。だって美子さんの寝顔、初めて
見せてもらえたもの。もういつ死んでもいいや、と思ったもの・・・」
 昨夜、先生は馴染みのコンシェルジェさんに電話したかと思うと、そのまますぐに私と私のパソコン
を抱えてこのホテルへ連れてきました。タクシーの中でもずっと話し続けていたので、私ったらドキド
キすることさえ忘れてしまっていました。
「あなたって、いつもこんな手を使うの? まるでフランス人だわ。そう言えば、どうしてだかわから
ないけど何度もフランス語に挑戦してしまう、って言ってたわね。きっとあなたの過去生にフランス人
の大悪党がいたんだわ。きっと町々の最高の女たちを泣かせてばかりいるような悪い男だわ。でも大人
の女って・・・そんな奴を憎めないのよね」
 そんな思いが一瞬、心に浮かびましたが、私もすっかりマドモァーゼルに変身していました。
 先生ったら、このホテルでは有名な方のようです。革ジャン、革パンツのバイカーの正装でフィット
ネスに通っていれば確かに目立ちますけど。チェックインなしでそのままお部屋へ案内されました。見
事なスゥィートでした。
「あなたったら何する気なの?・・・ちょっぴりウフッだけど」
 テーブルにはお饂飩うどんとおにぎりが用意してありました。なんという段取りなのでしょう。でも、彼の
良さは絶対に二枚目にはなれないところです。きっともうすぐボロを出すことでしょう。
 それにしても、話し続けてクラクラしていた頭に温かいお饂飩はごちそうでした。
「受験生の頃を思い出すね」
 二人して同時にそんな思い出話をしたものですから、お腹を抱えて大笑いしちゃいました。
「HGHがなくっても、私たちってもう若返ってるんじゃないの?」
「そうだよ、笑いに勝る治療法はないからね。笑いが一番だよ。ノーマン・カズンズが・・・」
 そう言いかけて、頭を掻きながら先生はもっと大笑いしました。自分の話がすぐに脱線するのが面白
かったのでしょう。
 ルームサービスさんがコーヒーを持って来てくれました。私たちはその日のワークの議論を再開しま
した。でも何だかホッとしたのでしょうか、もう私には先生に噛みつく気力は萎えてしまっていました。
私たちはソファーに座ったまま、ワークについてのいろいろな話を夜遅くまでしていました。とても眠
くなって、先生に手を振りながらシャワーを浴びに行ったことまでは覚えていました。
 朝、大きなベッドの中で明るい光に包まれながら私は目覚めました。先生はソファーで眠っています。
彼もシャワーは浴びたようです。ガウンのまま毛布をかけて高いびきです。私は裸のまま、大の字に伸
びをしてお日さまを受け止めました。
 おひさまが照らすサイドテーブルに先生のメモがありました。
「七時になったらフィットネスへ行こうね」
 
 私と先生の格好よすぎる初夜のきっかけを作ってくれたのは、四十才代の女性でした。彼女からはナ
イーブな感じの地味な印象を受けましたが、少しお話をしていると彼女の内面には強い心棒があるのが
わかりました。口数はとても少ないのですが、先生のワークの要点はとてもしっかりとつかんでいて、
先生の問いに的確な答えを返していました。
 彼女はこのワークで「生まれてきた意味」に触れてみたい、と言いました。興味本位ではなく、何か
とても深い考えがあるように察しられました。私は始まる前から、ただではすまないワークになりそう
だと胸騒ぎがしていました。でも先生はいつも通り、何事もないかのように誘導を進めて行きました。
「地面を見て、地面を感じて。どんな地面が見えますか、感じますか?」
「濡れた茶色い砂が見えます。道の両脇に緑の草がたくさん生えています」
「足を見て、何か履いていますか?」
「いいえ、裸足です」
「下半身は何を着ていますか?」
「黒いズボンです」
「上半身は何を着ていますか?」
「長袖のゆったりした服です。模様が入っています」
「手に何か持っていますか?」
「持っているような気がします・・・右手に棒を、左手に三つの指輪を持っています」
「手を見て、どんな手ですか?」
「関節の太い男の手です」
「頭に何かかぶっていますか?」
「インディアンの髪飾りのようなものが見えます」
「肌の色は何色ですか?」
「ちょっと浅黒い感じです」
「どんな髪をしていますか?」
「黒くて長いおさげです」
「目の色は何色ですか?」
「青です」
「他に荷物はありませんか?」
「右の腰に革の袋のようなものをさげています」
 先生は彼女の意識をその男の中にしっかりと入れてから尋ねました。
「まわりはどんな風景ですか?」
「前に小高い山があります。それ以外は平原です」
「今そこは朝、昼、夕、夜で言うと、どの時間帯ですか?」
「昼間です」
「天気はどうですか?」
「晴れです」
「そこの気候はどうですか?」
「少し暑いです」
 彼女は暑そうに身体を動かしました。先生は少し間を置いてから尋ねました。
「それからどうしていますか?」
「そこに立って山を見ています」
「どんな気持ちでいますか? 心に触れてみてください」
「寂しい。とても物悲しい気持ちです」  
「では場面を続けます。時間が動き始めます。時間が流れ始めると、その男の人は何をしていますか?」
「場面が止まってるようです。動きません」
 先生は慌てずに時間が動き出すのを待ちました。
「あなたの年齢はいくつですか? 頭に数字が浮かんできますよ」
「四十才です」
「名前は何と言いますか?」
「・・・ジェロニモです」
「そこで何をしているのですか?」
「見張っています・・・何かを待っています」
「あなたが今、いる場所はどこですか?」
「アメリカの中央の辺りです」
「待っていたら、誰か来ましたか?」
「動物です・・・鹿と見合っています。角のしっかりした大きな鹿です・・・私が鹿に倒されています。
私は横向きになって、その上から鹿が私を見つめています」
「その鹿は何と言っていますか? 心の中で聞いてください」
 彼女の心は鹿の魂と通じることが出来ました。鹿が言いました。
「わかったか?」
「あなたは何と答えましたか?」
「わかりません・・・鹿は『わかったか?』と言って去って行きました。私は倒れこんだ姿のままで夜
空のきれいな星を見つめていました。『これで終わりだ』と思っています。静かに目を閉じています。
これで死んだような気がします」
「その時、何を思いましたか?」
「その通りだと思いました」
 私には何が何だか、さっぱりわからなくなりました。ただ、彼女と先生の間に流れているエネルギー
は決して嫌な感じはしませんでした。私はそのまま見守ることにしました。
「ジェロニモさんの人生で一番幸せな場面に戻ってください。何が見えますか?」
「三十才の頃です。娘とテントの中にいます」
「その娘の名前は何と言いますか?」
「リナです。黒い髪で目は茶色です。愛しい大事な娘です」
「そのリナちゃんは、今のあなたが知っている人ですか?」
 彼女はしばらく考えてから、ちょっぴり残念そうに答えました。
「わかりません」
「テントの中で何をしていますか?」
「向き合って・・・楽しそうに笑いながら話をしています。話の内容はわかりません。今、妻はいない
ようです」
「その日の夕食の場面にまで進んでください。そこに誰がいますか?」
「おじいちゃんが見えます。酋長です。偉い人です」
「酋長さんはどんな人なのですか?」
「黒い目をしています。ともかくすごい人なのです」
 彼女には表現しきれないような偉大な酋長のようです。
「その酋長さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「わかりません」
「他には誰がいますか?」
「若いインディアンがいます。血の繋がりはありませんが同じ部族の若者です。仲間です」
「その仲間は、今のあなたが知っている人ですか?」
「亡くなった弟のようです」
「他には誰かいますか?」
「酋長の妻か娘が見えます」
「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「私の母親です」
「他には誰かいますか?」
「私の子どもです。男の子です」
「その子の名前は?」
「ユリと言います」
「ユリは、今のあなたが知っている人ですか?」
「私の兄です」
「他に誰かいますか?」
「私の母親が見えます」
「その母親は、今のあなたが知っている人ですか?」
「知っている気はしますが、誰だかわかりません」
「他に誰かいますか?」
「さっきとは別の若いインディアンの男がいます」
「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「太郎君(仮名)です」
「大勢で食事をしているのですか?」
「これは食事ではありません。酋長の広いテントに集められて酋長から何かを言われています。・・・
太郎君ともめているようです。彼と対立しています。酋長が両者の言い分を聞いています。私は一生懸
命に何かを訴えかけています。相手は黙っています。酋長が言いました。
『おまえの言い分はよくわかった・・・だが、今は聞き届けてやることは出来ない』
 それでも私は何かを言い続けています。酋長は立ち上がって言いました。
『これで終わりだ』
 みんなが酋長に従うように出ていきました。私は不満を残したまま、まだテントにいます。心の中に
悔しさが込み上げてきて泣き崩れています。
『どうして誰もわかってくれないのか』 と地面を叩いて嘆いています。母が慰めてくれています。息
子は呆然としています。
 それから立ち上がってそのテントを出ました。黙ったまま歩いています。静かに夜空を眺めています」
「その時、何か決心したことはありますか?」
「・・・・ひとりでもやるんだ」
「それからどうしましたか?」
「家に戻って何か準備をしています。そして朝早く、大きな袋をさげて出かけました。小高い山の上に
立っています。そこに小さなテントを張って、焚き火をして、それからじっと座っています。・・・何
かを待っています」
 先生はこの辺りで一度、場面転換を入れようと思ったようです。
「ではジェロニモさんの人生で、生まれてきた意味が最もよくわかる場面に移ってください。どこにい
て、何をしていますか?」
「さっきの場面から動けません」
「では、そのまま続けてください」
「古びた本を開いて地面に置きました。立ったり座ったりを繰り返しながら祈りの言葉を捧げています。
そうやって山の上で祈りの儀式をずっと繰り返していたある夜、何か光のようなものに撃たれました。
夜なのに昼のように明るい光です」
 私は思わず身を乗り出して耳を振り立てました。
「その光はどこから来たのですか?」
「空でしょうか? 光に包まれていますが炎ではありません」
「その時、どんな気持ちでしたか?」
「神の啓示が降りて来た、と思いました」
「それから?」
「やった、という感じに心が満たされています」
「それから?」
「その光とともに山を下りました。胸のあたりに光を抱いたまま歩いて行きます」
「それから?」
「自分の村に戻って来て酋長に会いました。『私は正しかったのです』と言いました。しかし酋長は何
も答えずにただ怒っています。酋長は怒った目のままテントを出て行ってしまいました。酋長のそばに
いたインディアンたちが駆け寄ってきて『すごい!』と驚いてくれてはいますが、私はガッカリしてい
ます。そして『このまま独りで続けなければならない』と覚悟を決めました」
「それからどうしましたか?」
「娘の前で、このまま続けることを宣言しています。娘は泣いて悲しんでいます」
「なぜ悲しんでいるのでしょうか?」
「私がどんどん離れて行ってしまうからです」
「あなたは娘さんの気持ちをどう思っていますか?」
「でも、やらないといけません。・・・私は再び最初の場面のような格好をして村を出て行きました。
ずっと道に立っています。朝も昼も夜も過ぎて行きます。私はただ待っています。そして先程の角の立
派な大きな鹿が現れたのです」
「その大鹿に尋ねてください。あなたは誰ですか?」
 大鹿はゆったりとした口調で答えました。
「私は大いなるもの。鹿であって、鹿でない。おまえは何を求めているのか?」
「あなたは何と答えましたか?」
「私はただ真実を求めている」
「すると鹿は何と言いましたか?」
「真実とは何ぞや」
「あなたは何と?」
「わからない。だから知りたい」
「そしたら鹿は何と?」
「知ることは出来ない」
「あなたは何と?」
「ならば生きる意味はない」
「すると鹿は何と?」
「生とはそのようなものではない。ただ生きるのは苦痛だが、苦痛もまた生なり。生とは何ぞや。それ
を知りたいか? 知りたい。では、と言って角で突かれました。私は驚いていますが予感もしていまし
た。さっきの夜空を見ながら旅に出ます。だから心安らかなのです」
「それはどんな旅ですか?」
 大鹿が威厳に満ちた声で答えました。
「生とは何ぞや? それを知ることになるだろう」
「あなたは肉体からだを離れましたか?」
「はい。今、上から見ています」
「それからあなたの魂はどうなりましたか?」
「彼の肉体から細い糸で繋がっていますが、とても自由になりました。もしかしたら彼はまだ死んでい
ないのかもしれません。私は自由になって、どんどん上の方に向かって上がっていきます。もう宇宙に
まで来ています。宇宙の中で何かに向かって飛んでいます。大きくて重い光輝く扉の中に吸い込まれま
した。そのままトンネルのようなところをスッーと進んで行きます」
「そのまま進んでください。その先はどうなっていますか?」
「光がいっぱいです」
「あなたはどうなっていますか?」
「小さな男の子になっています。あのインディアンと繋がっています」
「光は何か言っていますか?」
「私に何か言っている様です。・・・笑っています。私はその光の中で浮かびながら戸惑っています。
どうなってるのかわかりません。
 光の中からたくさんの手が出てきて、赤ん坊のように私を支えてくれています。
 私は赤ちゃんに戻っています。
 そして小さな丸いものになって、今、弾けました。弾けたらたくさんの小さな丸い粒になってしまい
ました」
「その丸い粒は光っていますか?」
「すべて光っています。みんな四方八方に広がっていきます。広がっていきますが細い光の糸ですべて
が繋がっています。とってもきれい・・・光の真珠のネックレスのようです。それがどんどん地球に降
りていきます。そしていろいろな人の中に入っていきます。ひとりは長いスカートをはいたヨーロッパ
の女の人です」
「その人の中には元々の魂がいたのではないですか? 元々の魂との関係はどうなるのですか?」
「でも入れました。私がその女の人の中に入っているのではなくて、光の粒がその人の中に入っている
ようです」
「粒が入ってから、その女の人に何か変化はありましたか?」
「特にありません」
「光の粒はその女の人のどこに入ったのですか?」
「腰の辺りです」
「どの光の粒もみんな腰の辺りに入ったのですか?」
「いいえ、いろいろなところです。みんないろいろなところでしたが、この女の人の姿だけが、今、はっ
きり見えています」
「腰の辺りとは子宮のことですか?」
「そうかもしれません。腰から入ってお腹に降りている感じがします」
「それからどうなりましたか?」
「女の人のお腹が大きくなって、私が生まれます」
「他に飛び散った光の粒からも子供が生まれていますか?」
「いいえ。ひとりは兵隊の男の人で頭に入りました。鉄砲を持っていますが、何か疑問を感じながら勤
めを果たしている感じです」
「その男の人とさっきの女の人は同じ時代の人ですか?」
「いいえ。時間を超えています」
「男の人に入ってからの変化は何ですか?」
「男の人が私を受け入れるような心理状態を持っていたから、私は彼の中に入れました」
「そうやって、あなたはたくさん飛び散ったのですか?」
「はい」
「では、あなたは何ですか?」
「・・・・・・」
「あなたは無数に飛び散ったのですか?」
「いいえ、十個くらいでした」
「光の粒として飛び散って、人々に入って、そしてそれからどうなりましたか?」
「その人が死ななくても足下から出て行って、地中でまたひとつになります。光りの玉になってインディ
アンのところに戻って来ました。そして起き上がりました。でもジェロニモではありません。スーツを
着た金髪の青年になっています。場所はイギリスの森の中です。緑の木々が円形のアーチを形作ってい
ます。その森の出口を抜けて行くと、城のような建物がありました。木の扉を開けて階段を数段登って
から、その横の扉を開けて中に入って行きます。ここは教会でしょうか? 長い椅子が並んでいて、前
に牧師さんがいます。私は後ろの方の長椅子に座って礼拝を聴いています。ステンドグラスからきれい
な光が差し込んできて私だけが照らされています。また何か聞こえてきます。光が何かを言っています。
『何かをしろ!』と言っています」
「私は何をしたらいいのでしょうか?」
「お前のなすべきことをしろ!」
「それは何ですか?」
「それを自分で見つけろ! 私は立ち上がって教会を後にしました。すると中年の男の人になっていて、
教室で何かを人に教えています」
 彼女は混乱してきた様子です。返事が間延びし始めました。先生はジェロニモの意識へ戻しました。
「鹿の角に突かれた場面に戻って、大きな鹿に聞いてください。今のこの経験は何ですか?」
 彼女は大鹿の声で答えました。
「答えを求めるな」
「ジェロニモの魂は未だに何かを、生の意味を求めているのですか?」
「エサーナ!」
「それは何ですか?」
「わかる必要はない」
「エサーナという言葉、諳おんは何ですか?」
「何だろうな」
 先生は彼女に代わって大鹿に尋ねました。
「今の私にもジェロニモの小さな光は入っていますか?」
「かなりたくさん入っている」
「ジェロニモのあの光は私の中で何を求めているのですか?」
「答えを求め続けている」
「それは何の答えですか?」
「生きる意味の答えを求めている。だが、お前はもう見つけている。だからもう問う必要はないのだ。
もうお前は理解している、理解しているはずだ。だからもう私は必要ないのだ。違うか?」
「それに対してあなたは何と答えますか?」
「そうかもしれません」
「そしたら?」
「それを続けるのだ」
「何を?」
「お前にわかったことを続けていけ!」
 彼女は深く頷きました。先生は少し話題を変えて大鹿に聞きました。
「私が今回生まれてきた意味は何ですか?」
「完結。この世の終わり」
「それはどういうことですか?」
「この生で終わらせる終わりだ」
「何を終わらせるのですか?」
「お前の役割を終わらせるのだ」
「私の役割は何ですか?」
「知ることだっただろう? お前は知ったから、もう終わりだ」
「わたしが知ったら、この世は終わるのですか?」
 彼女は淡々と答えました。
「私が終わるのです」
「私が終わったら、私はどうなるのですか?」
「宇宙に戻るのだ」
「それから私はどうなるの?」
「大いなる意志となって・・・人々を見守り続けるのだ。女神、神、見守り、見続ける・・・ただそれ
だけだ」
 先生はわざと不思議そうな声で尋ねました。
「本当に?」
「本当だとも」
 彼女は大きく息を吐きました。先生は少し時間をあけました。
「それでは死んだ弟との関係は何ですか? 弟から私は何を学んだのですか?」
「助けてもらったのだ。彼の死の意味が私を助けるようです。物質的にも精神的にも私を助けてくれま
す」
「太郎さんとの関係は何ですか? 私は彼から何を学ぶのですか?」
「対立するものと一緒になることだ」
「それはどういう意味ですか?」
 彼女は静かに答えました。
「彼が男で、私が女で、夫婦になることです。現実的な結婚という意味ではなく精神的に結ばれること
です。でも交わることはありません」
「精神的に結ばれることとは一体どういうことなのですか?」
「共に歩くことではあるけれど、ただそれだけなのだ。いろいろな、そしてあらゆる意味で共に歩むの
だ。お前は今、それをすごく拒否している。彼を受け入れることを強く拒否している。だからお前には
この意味はわかるまい」
「彼を拒否したら駄目なのですか?」
「駄目ではないが、拒否をしてはいけないのだ。拒否するな、と私はずっと言っているだろう、それと
もお前には聞こえていなかったのかな。そのうち彼と向き合う時も来るだろう。今はそれまで待つしか
ない。
 そう言うと場面が変わって、私と彼がインディアンの時、火をはさんで向き合っている場面が見えま
した。この状態がいずれ来るのです。その時、焚き火が眩しい光となって空高く登って行きます」
 彼女は光の煙がユラユラと昇って行くのを目で追いました。先生は質問を変えました。
「今の仕事の意味は何ですか?」
「光が強過ぎて仕事の意味が見えてきません。・・・仕事の内容はどうでもいいのです。その光が大切
なのです」
「その光は何ですか? その光は何から来ているのですか?」
「太陽のように強いもの、みんなに影響するものです。その光がどんどん小さくなって降りてきて、そ
して手に触れます。それを口から飲み込んで自分のものとします。だから仕事だけではなく、すべての
ことが光を体現することなのです。だから仕事に意味はないのです。仕事は道具なのです。表現するた
めの道具でしかないから、仕事自体に意味はないのです。私自身が意味なのです」
 彼女は一言一言、確かめるように答えました。先生はまた少し時間を取ってから尋ねました。
「私の今回の人生はここまで順調ですか?」
「まあ、だいたいはなぁ、これでいいだろう。多少、遠回りはしてきたな。これからも遠回りをするか
もしれない。だが恐れなくても必ず行き着く」
「行き着く、ってどこにですか?」
「どこだろうか・・・元の宇宙に行き着くだろう。さっきの鹿に倒されたジェロニモの場面にも行き着
くだろう。そして永遠に行き着くのだ」
「永遠に行き着くのですか?」
「そんなものよ」
「このジェロニモの人生は私だけのものですか?」
 大鹿が諭すように答えました。
「いや、違う。でもお前だけのものでもある。集合はひとつでもあるが、ひとつではない。難しいか・・・
わからなくともいい。わからなくともすべては動いておる」
「どうしたらあなたを呼び出せますか?」
「呼び出さなくてもいつもお前と共にあるではないか。
 そう言って鹿の姿が白い人間の形に変わりました。男なのか女なのか、性別はわからないままで光に
包まれているので、見えないようで見えている状態です。優しくて女性的な感じかと思うと、力強くて
男性的にも見えます」
 先生はその白い人に尋ねました。
「あなたはどなたですか?」
「意志です」
「どんな意志なのですか?」
「意識です。そう言うと、また宇宙に帰って行きました」
「どの宇宙に帰って行きましたか?」
「クネクネと蛇みたいに舞い上がって宇宙になります・・・宇宙から更に上があります。そこは光、す
ごい光です! そしてどんどん上に昇って行くと、そこは静かな闇のような空間ですが落ち着いた感じ
もしています」
「そこをもっと上に昇ると?」
「何かが開きました。そこは層になっていて円が回っているのが見えます。景色が見えます。人間の営
みが見えます」
「この人間の営みの絵は何ですか?」
「それよりも、私は途中でまた落ちて行きました。落ちて行った先で円錐のそばにぶら下がっています」
「そこから上に昇れませんか?」
「上がれます」
「上がると、どうなっていますか?」
「光です。光の庭園です。眩しいけれど、すごくきれいです」
「ここはどこですか?」
「天国です・・・中心に円形の噴水があります。そこに向かって歩いています。そこに座ってみると、
何かが降り注がれてきました。すると私が浄化されていきます。羽のようなものが後ろからフワッと包
み込んでくれました」
「これからいつでもここに戻って来てもいいですか?」
「いいよ」
「どうやったら来れますか?」
「深く瞑想した時・・・それが必要な時ならば」
 
 このような形で、この不思議なワークは終わりました。彼女には何かとても感じるものがあったので
しょう、目覚めた後もしばらく静かに泣いていました。私はワークの内容が理解できなかったので、彼
女に何を言ってあげたらいいのか、わかりませんでした。ただ彼女のエネルギーも静かに落ち着いてい
るのが感じられたので、そっとしておくことにしました。
 先生も口数少なく夜診の準備をして診察室で座っています。私は先生にお茶を入れました。先生はニッ
コリと微笑んで美味しそうに飲んでくれました。私も何も言わずに、黙ったまま先生の肩を揉み始めま
した。今、とても誰かに触れていたい気持ちがしています。心の響きが共鳴する誰かに触れて、心の響
きを伝え合いたい・・・心をひとつにしたい、そんな思いだったのでしょうか。このワークで私の心も
何かに共鳴したのだ、とわかりました。先生の肩に私の静かな涙がこぼれました。
「まるで宇宙の子守歌のようだろう」
 先生はそう呟きました。その時、私にもワンネスを少しだけ実感できたように思いました。
 彼女はしばらくしてから、「ありがとうございました」の言葉だけを残して帰りました。彼女の足取
りが一歩一歩地面を踏みしめているように見えました。彼女は生きる意味をしっかりとつかんで帰られ
たのだ、と思いました。
 
「美子さんは今日のワークで何が一番面白かった?」
 この一言が初めての二人だけの夜の始まりの言葉でした。
「先生、今日のワークは私には難しすぎました。あらすじは何となくわかったのですが、内容となると
もうサッパリです。ただ比較的わかりやすかったのは『今の仕事の意味』についてのところです」
「光が強過ぎて仕事の意味が見えない。仕事の内容はどうでもいい。その光が大切なのだ。その光とは
太陽のように強いもの、みんなに影響するものだ。その光を口から飲み込んで自分のものにする。だか
ら仕事だけではなく、全てのことが光を体現することなのだ。仕事は表現するための道具なのだ。仕事
自体に意味はなく、自分自身が意味なのだ」
 先生が自分のメモを読みあげてくれました。先生の字はまるで早稲田速記です。私にはとうてい読め
ません。このままこのお仕事を何十年か続けていけば読めるようになるかもしれませんが・・・この夜
はいつもの楽しい妄想は消し去って、私は先生の話に集中していました。
「これだけでも深い意味が込められているね。『自分自身が意味なのだ』なんて言われちゃうと、もう
何も返す言葉がないよ。この世の仕事は自分を表現するためのひとつの道具に過ぎないものであって、
この世に生きている自分のすべてを使って光を体現化することが、この世に自分が存在している意味だ、
と言っているのだね。昨今の姦かしましい政治家と官僚に例えれば、肩書き、権力、資金等々があれば、確か
にこの世を生きていくのは楽になるだろうね。とりあえず好きなことが出来るから。しかし彼らは光を
体現化できているのだろうか? 彼らが体現化しているとすれば、それは光の中の地獄の部分だけだろ
うね。彼らにとっては仕事とその結果だけが大切なのであって、確固たる自分の光を持ち続けながら仕
事を道具として使いこなしている人はこの時代には見受けられないよ。本末転倒して仕事に飲み込まれ
てしまった人たちばかりが目につくからね。
 ここで気をつけておかないといけないのは、光は善であり正義であり喜びである、と偏った捉え方を
してはいけないのだよ。それはいわゆる神と光を混同していることになるからね。神が善、美、正義、
喜び、幸・・・で、悪魔が悪、醜、偽、悲、不幸・・・だとすれば、光は神と悪魔を合わせたすべての
根源だと言えるんだ。こういう考え方は未開社会の考え方だ、と否定してはいけないんだ。悪魔は二元
論的な世界観を支えるための大黒柱としてモディファイされてきたものなんだから。古代ギリシャでは
ダイモーンは死者の魂であって、単なる霊的存在にすぎなかったんだ。哲学や倫理学が社会を支えてい
た神々の黄昏の後の世界だね。そして次第に世界に二元性が浸透していき、神対悪魔の図式が確立され
ていったんだよ。今、私たちがやろうとしているのは二元性からの脱却ではあるけれど、決して元の一
元性にそのまま回帰しよう、と言っているのではないからね。二元性を踏まえて、まったく新しい根本
概念を生み出そうとしているのだよ。その現れが『光』だと思うんだ。
 さて話を戻して、光の体現化と言えば何だか神の部分だけを肯定しがちになるけれど、悪魔の部分を
体現化する必要があれば、いつだって誰だってそれを体現化してしまうのだよ。『確固たる自分の光』
を持って、歴史に名が残るような大悪党をする人だっている、と言うわけなのだよ。
 では、事の善悪が生きる意味の判断基準にならないとすれば、何をもってして光の体現化が出来てい
るかどうかを判断するのかと言うと、それは『光の前進性』だと私は考えているんだ。
 光はすべてを知っているが、その知恵はシュミレーションみたいなものであって具現化されてはいな
かったのだよ、する必要もなかったしね。光がある事象を具現化して体現化しようと思った時、この世
が生まれたのだよ。だから、この世を生んだ光はすべての知恵を体現化しようとしているんだ。なぜな
ら体現化・未体現化が存在するということは二元性であり不安定なんだ。思考や運動エネルギーが絶え
ず変化している世界だからね。この世界では今のところ、二元性は必ず安定した一元性に戻ろうとする
んだ。一度体現化が始まると、全てを体現化し尽くすまで一元性には戻れないからね。この全てを体現
化し尽くすという意図が『光の前進性』なんだよ。ともかく前に一歩進もう、という光のクセなんだよ。
光がひとりの人間を具現化した時、必ず何かを体現化しようとした意図があるはずなんだ。光はすべて
の知恵に満たされているから、ひとりの人間を具現化した際に起こりえる可能性はすべて知っているは
ずなんだ。ただし、すべてを体現化できるなどとは思っていない。それが二元性の世の中では相矛盾し
て無理なことだってあるからね。だから何度人間を具現化してもなかなか体現化できないようなことを
ようやく体現化してくれた人間のポイントは高いだろうね。もし新しい知恵でももたらすような体現化
を見せてくれた時には、ボーナスポイントものだろうね。これが光の前進性なんだ。そこには善悪はな
いんだよ。まぁ、人間は悪の方に陥りやすいから、悪の体現化はすぐにいっぱいになってしまうだろう
けどね。
 私はね、人間はイソギンチャクの触手のようなものだと思っているんだ。一本一本の触手が一人一人
の人間だよ。無数の触手はイソギンチャクの胴体から出ているよね。あの胴体が集合意識であり、ワン
ネスだとも言えるんだ。イソギンチャクの触手はきっと一喜一憂しているだろうね。オレは長いとか、
オレは場所が良いとか、オレは魚に食われやすい場所だとか言ってね。でもイソギンチャク自身にとっ
ては触手のおしゃべりなどどうでもいいことであって、すべての触手の使命はエサを取ることなんだ。
プランクトンでも結構、小魚は大歓迎、ゴミは要らん・・・イソギンチャクにとっての『光の前進性』
とは生きることなんだ。イソギンチャクが生きるために触手はエサを求め続けているんだね。
 でも、そのように大局的に考えると、人間をやっていくのは味気ない気がしてくるかな? しかし触
手一本一本が生き生きとしているイソギンチャクは元気そうだし、エサもたくさん寄ってきそうだと思
わないかな? 触手、つまり人間にとっても、個人個人が人生を楽しく生き生きと生きていけば、エサ、
つまり気づきのチャンスや幸運が集まりやすくなってくるんだよ。人間がイソギンチャクの触手と違う
ところは、気づきのチャンスをうまく捕まえて魂の学びを深めることが出来れば、その魂の輝きが大き
く明るくなることなんだ。触手で言えば、太く長くなるイメージだね。そんなイソギンチャクを想像し
てみてごらん。ホラ、それが二元性の世界なんだよ。なんだか醜いイソギンチャクだね。とても神さま
の創造物だとは言えないよ。でも、神さまはそのような美の一元性を壊してまでも、私たち人間に何か
を求めているんだよ。生きることが『光の前進性』だった時代から、学ぶこと、具現化して体現化する
ことを『光の前進性』に据え直してみて、その先に何が見えてくるのか? 神さまもきっと興味津々で
見守られていることだと思うんだ」
 突端とっぱなから先生の大演説で始まりました。ここで止めとけば良かったのですが、このワークの不可思議
さに私は魅了されていたのでしょう。私はノートを取る手を休めて、大きな拍手を送ってしまいました。
「先生、鹿に突かれて魂が身体から離れた時、魂は細い糸で身体と繋がっていましたよね。あのお話は
ネイティブ・インディアンの何かの物語で読んだことがあるような気がしたのですが?」
「そうだね、美子さんもよく勉強しているね。そんな物語があったね。この患者さんがその物語を知っ
ていたのかどうかはわからないけど、インディアンだということが共通しているね。それにあの魂が宇
宙の中を進んでいき、光でいっぱいの世界に入り、そして小さな男の子から赤ちゃんに戻って・・・こ
の部分はまるでキューブリック監督の『2001年宇宙の旅』を彷彿させられたよ。何だか聞いていて
嬉しくなってきちゃったよ。このワークでは赤ちゃんが光となって飛び散り、時間を越えて地球のいろ
いろな人の中に入っていく、そして光の粒が大地でひとつに集まってジェロニモの中へ帰っていく、で
も起き上がったのはイギリスの金髪の青年だった・・・この結末なんか、キューブリック監督に映画化
してもらいたかったなぁ」
 先生と私は大笑いしました。誰もいなくなった医院にふたりの笑い声が響き渡りました。
「そういえば、あの映画が来た頃、あなたとは遠く離れ離れになっていたわね」
 私は地獄の黙示録の話題へ独りで脱線している先生を笑いながら見つめました。私の両親はとても転
勤が多くて、私には幼い頃の思い出の町が何ヶ所もあります。ちょうど小学校低学年の数年間、私は先
生と同級生でした。先生と私はクラスで一番を競い合う「良い生徒」だった・・・ことしか正直、記憶
にありません。・・・そう、私が大阪を離れて転校する日に、先生はプレゼントをくれました。それは
ヒマワリのブローチでした。他にもみんなからいろいろなプレゼントをもらいましたから、先生が何と
言ってくれたのかは覚えていませんが、不思議とそのブローチはいつまでも私の机の中にありました。
「ごめんね、先生。私ね、あの映画、中学生の頃、彼と見に行ったんだ。それも黄色のヒマワリのブロー
チをつけて、ね。これは私の思い出だから先生にも内緒だけどね」
 懐かしくて胸がキュンとする想いが私のテンションも上げていきます。私は先生としばらく映画談義
の花を咲かせていました。
「先生はジェロニモのような体験をされたことがあるのですか?」
「自分では残念ながらないなぁ。瞑想している時に、身体から離れて何だか意識だけがどこかへ行って
いた? ということはあったけどね。ジェロニモのように身体と糸で結ばれた魂となって自由に飛び回
れたら素晴らしいだろうなぁ。でもこういう体験をするには、それなりのガイドが要るんだよ。ジェロ
ニモには大鹿がいただろう。このジェロニモの不思議な体験は瞑想や催眠などによって今の赤ちゃんか
ら胎児へ、そして過去生へ戻る形を取っている、年齢を退行していく古典的な方法のルーツだとも言え
るんだ。ただ、このジェロニモの体験のレベルまで行き着くことはなかなか容易ではないと思うよ。な
ぜなら大鹿のような達観したガイドがそう簡単には見つからないからね。
 前から言っているように、ガイドの能力を越えた領域へは誘導できないという原則があるだろう。そ
してもうひとつ、例えガイドに余裕があっても、患者さんの能力の限界を越えた領域へは誘導してはな
らないんだ。なぜなら患者さんが持っているキャパシティ以上の情報が患者さん固有の潜在意識に一度
にインプットされてしまうと、患者さんの潜在意識がオーバーヒートして焼き付いてしまうかもしれな
いからね。患者さん固有の潜在意識が焼き付いてしまうと、それが修復されるまで患者さんは人間や宇
宙の集合意識から分断されてしまうことになるんだ。つまり潜在意識の破壊された、顕在意識だけの心
になってしまうんだ。これはもう心なんて呼べた代物ではないよ。肉体の本能が完全に心を支配してし
まうことになるからね。そして集合意識との再開通が起こり新しい心が芽生え始めたとしても、肉体の
本能の優勢に打ち勝つことは難しく、結局、イスカリオテの悪魔として生き続けることになるんだ。恐
ろしいことだよ。
 魂の道を歩み始める時、そう、よく私が言うプロセスの始まりだね、それが良き道であり、出立する
に良き時であれば、必ず良き師、良き友が現れるんだ。ガイドが走れば走ってついていく、ガイドが休
めば自分も休む。歩むのは自分の足でだが、進むペースはガイドに従う方がいいんだよ。そして良きガ
イドは自分の限界をわきまえているからね。プロセスがガイドを凌駕りょうがした時、彼は必ず新しいガイドを
紹介してくれるはずだから、あなたはただ黙々とプロセスを進めばいいのです・・・そんな宇宙の声が
聞こえてきそうだね」
「先生はジェロニモの経験がないのに、何だか何度も自分で体験してきたような話し方をしているわ。
ホラ、隠さないで白状しちゃいなさい。美子には嘘はつけないわよ」
 私は先生の演説口調をちょっと懲らしめてやろうと思いつきました。
「私のワークは美子さんも知っての通り、安全装置満載の超安全型の過去生退行だろう。さっき話に触
れた赤ちゃんから胎児を経て中間生に入り、そこから過去生へ戻る形が一番古典的な方法なんだ。これ
は過去生退行催眠の第一世代と呼べるね。この方法は現世を強く引っ張りながら過去生へ戻るので、比
較的安全な方法だと言えるんだ。ただし過去生ははっきりと見えるけれど、それを気づきに繋げていく
のにはちょっと無理があるんだ。うまく当たれば過去生のエネルギーを開放できるけど、なかなか当た
らないところに問題があったんだよ。鉄砲で言えばさしずめ『種子島』だね。
 そして誘導方法を改良していった結果、ワイス博士が報告して世界的なセンセーショナルを巻き起こ
した、マスターとの対話が出来る形の第二世代が生まれたんだよ。ただし、この段階ではマスターとの
対話は重要だけど、それは死後に魂が浮かんだ中間生において行われているからね。マスターが出てき
てくれればいいけれど、出てこない場合も多いんだよ。それにこの中間生には、生きていた時の感情エ
ネルギーを持ち越したままの魂も浮かんでいるからね。そう、魂の本質に目覚めきれていない『居眠り
魂』だよ。従来の宗教観で言われていたように、神(マスター)もいれば、悪魔もいる世界がこの中間
生なんだ。だから、その領域でマスターからメッセージをいただいても、いちおう疑ってみる必要があ
るんだよ。たまに毒リンゴだった、なんてこともあるからね。でも、これはこれで偉大な一歩だったん
だよ。私はワイス博士をとても尊敬しているんだ。何より彼の勇気が、今、こうやって世界中でたくさ
んの患者さんたちを救うきっかけを作ってくれたんだからね。
 私たちが過去生退行に使っている誘導は、ユング心理学やゲシュタルト心理学などが導入された第三
世代の過去生退行だと言えるんだ。このレベルになると、もう古典的な年齢を退行させていく方法より
もダイナミックなイメージ誘導で直接、目的の過去生へ戻っていくことが出来るようになったんだ。こ
の第三世代の特徴は、今の人生と過去生の対比から気づきを得ることを重要視している点なんだ。これ
はまさしくゲシュタルトだね。私のワークでも、過去生と現世が『図と地』を行ったり来たりしている
だろう。この過去生と現世を見比べるという概念はとても大切なんだ。なぜなら、これはある意味、神
の目で自分の人生を見てみることになるのだからね。『過去生を見るだけ』から『気づき、学ぶ』
ことに視点が移ったんだよ。この進歩もとても大きい一歩だったんだ。なぜなら過去生退行が心理療法
として確立され、一般の心理学者や精神科・心療内科のドクターにも受け入れられてきたということな
のだからね。
 そしてちょっと自慢話になるけど・・・私のワークでは、光、神様、仏様、仙人・・・まぁ、いろい
ろな形で出てくるけど、そういった光とのコンタクトを意図的に行い、光からの直接的なメッセージを
受け取ってくることが出来るんだ。これは外国にはあまりないそうだよ。なぜならね、キリスト教圏で
は、どうしてもそこまで神と近づくのは心苦しいそうなんだ。その点、宗教に無頓着な日本人だからこ
そ、神をも恐れずに、神さまに患者さんを直接コンタクトさせるまねが出来るのだそうだよ。
 でも、恐れないでいいよ。神さまの力、宇宙の意志の力のすごさは十分に身にしみてわかっているつ
もりだからね。もしもこれが罰当たりのことだったら、今頃はみんな抹殺されちゃっているよ。そうし
たら、こうやって美子さんと再会することもなかったんだろうね。だからね、私の勝手な解釈としては、
美子さんと見事、再会出来たのは神さまからのご褒美だと思うんだ。神さまはご褒美は絶対に忘れない
からね」
 真面目に話していたかと思うと、いきなりこれです。私はヘラ女神の目つきで彼に投げキッスを送りまし
た。
「それで先生はどうやって光とコンタクトする方法を見つけたの。まさか光に聞いた、なんて言うのじゃ
ないでしょうね」
「先に釘を刺されたら、もうそれは言えないね。実はさっき説明した第三世代の誘導をしていた時だっ
たんだ。下を見て現世と過去生を見比べるだろう。その時ね、フッと、『では、そのまま上を見て』と
誘導したんだよ。そうしたら上には神々しい光が輝いていた、という次第だったんだ。偶然と言えば偶
然だよ。その時の患者さんがとても心が開かれていた方だったから、はっきりと光が見えたんだからね。
でも昔から発見なんて、そういうものなんだよね。偶々たまたまとか、偶然に・・・とかがきっかけなんだよね」
「だったら先生のワークは第四世代になるのじゃないですか?」
「いやねぇ・・・自分で言い出すにはちょっと内気なのかなぁ。美子さんには面と向かって『愛してる
よ』と言えるのにね」
 こいつのどこがナイーブなのでしょう。私はなんだか可笑しくなって大笑いを始めました。先生も一
緒になって大笑いしています。私たちの笑い声が夜の診察室に再び響き渡りました。
「ねえ、先生。今日の患者さんの中にもジェロニモの小さな光が入っていますか? と尋ねたら、たく
さん入っている、と答えが返ってきたわね。その光の意味は何か? を尋ねたら、生きる意味の答えを
求め続けている、と言われたわ。そして、彼女はこの人生ですでにその答えを理解したのでもう生まれ
変わることはなく、この後は宇宙に戻って『大いなる意志となって・・・人々を見守り続けるのだ。女
神、神、見守り続ける』だけだ、と言われたわ。もう彼女は人間を卒業した、と思っていいのかな? 
この人生は人間として生きる最後の卒業試験だと思っていいのですか?」
 私はメモをめくりながら尋ねました。
「あの問答はそういう内容に取れるよね。それはそれでいいんだよ。ジェロニモの人生を自分の過去生
として見てしまうと、本人もそんな気になっちゃうだろうからね。このワークは・・・」
「患者さんが前向きに歩き出すための杖代わりに使ってくれればいい、でしょう?」
 先生は笑いながら大きく頷きました。
「でも先生、私はちゃんと聞いていましたよ。先生の意図はちょっと違っていたのじゃないですか? 
『私が知ったら、この世は終わるのですか?』
 あの尋ね方は変ですもの。先生はどういうつもりで聞いたのですか?」
 先生は悪戯がばれた子供のように頭を掻きながら答えました。
「スピリチュアルに成長した美子さんには、かなわないなぁ。確かにね、私が今回生まれてきた意味は
何ですか? に対して、『完結。この世の終わり』と答えが返ってきた時に、何か引っ掛かるものがあっ
たんだ。だから聞き直してみたんだよ。ある人の人生の目的がその魂の完結だった、というのは構わな
いけど、それでこの世を終わりにされちゃうと困るからね」
「また、そうやってしらばっくれる・・・何か気づいたことがあるんでしょう?」
「今夜の美子さんは本当に鋭いね。夜が更けるといつもそうなの? カミソリ美子だね」
 私はゲンコツを振りかぶりました。先生はわざとイスから尻餅をつきました。
「小さい頃、この世の中にあるすべてのもの、すべての出来事は全部想像じゃないか、と思ったことは
ないかな? 前に言ったホログラムだね。自分以外のすべて、両親も学校も、茜色に染まった空も、昨
日も今日も・・・みんな自分の想像じゃないか、ってね」
 私は横に首を振りました。だって子供の時だけではなく大人になっても、そんなセンチメンタルになっ
たことはなかったですもの。でもフッと、この人ならありえるな・・・と思いました。
「自分の人生が完結すればこの世は終わる、と聞いた時、昔のその想いが蘇ってきたんだよ。なんだ、
やっぱりそうか、ってね。
 生きる意味のすべてを知っている状態とは、どんな状態なのだろうね。スピリチュアルの世界ではよ
く、エンライトメントとか覚醒という言葉を使うよね。すべてを知っている状態とは、この覚醒状態だ
と思うんだ。覚醒状態に行き着くまでに、何回も気づきを繰り返すのが普通のプロセスなんだ。だって
気づきはなかなか長続きしないからね。
 なぜなら気づき、アウェアネスが訪れると、しばらくの間は自分でもスピリチュアルにアップしたなぁ、
と思えるんだ。これは良い感じだよ。宇宙の真理にもう少しで手が届きそうなんだからね。でもその後
がひどいものなんだ。いい気になっている所へドッーと現世的な問題が押し寄せてくるんだ。もうこれ
は悪魔の災いだ、と思ってしまうほどだよ。たいていはコテンパンに叩きのめされるね。これでスピリ
チュアルなプロセスから離脱してしまう人も多いんだよ。スピリチュアルにアップすればするほど、現
世の反動は辛辣になるようだね。しかも生きていかなければならないから、真正面からまともに受け止
めることになってしまう。なぜこんな現世の反動が起こるのかな?
 ある人は、気づきでステップアップしたら、その気づきに関しているすべての過去生、未来生のエネ
ルギーが現世に吸い寄せられてきて、そのエネルギーが現世で開放される際に、現世の反動的な事象を
生み出してしまうのだ、と言ってるんだ。そう考えると、大きな気づきを得ると大きな反動を食らって
しまうのが説明できるよね。そうしたら、すべてをずっと知っている状態の覚醒に至ったら、時間軸上
のすべてのエネルギーが現世に収束してくることになるからね。そしてそれが人間の目に見える形の巨
大な反動となって最後の決戦を挑んでくるわけだ。本当の最終決戦になるね。なんとかそれを乗り切っ
た時、人間の目に何が見えるのだろうね。もう過去も未来もないわけだよ。ただ今に生きているだけ、
そしてすべてを知っているんだよ。生きているけど、もう誰も何者も関わってきてはくれないんだ。何
でも知っている、何でもわかる、何でも出来るんだ」
「先生、それってすごく孤独じゃないの?」
「孤独の何たるか、孤独の意味を知っているから、心に波風は立たないんだよ。ただ孤独を受け入れて
いる。きっと感情も湧かないかもしれないね。感情の何たるかを知っているので、完全にコントロール
出来てしまうからね。覚醒した人の心はどこまでも澄み切っていると思うよ。そして何かを想った瞬間
にそれが現れているんだ。生きていくには困らないけど、次第に何も想わなくなっていくだろうね。ま
さしく神となって見守るだけ・・・になっていくのだよ」
 先生は急に憂いに満ちた顔になりました。何かが先生の心に去来したのでしょう。私の愛がそれにつ
いては触れるな、と言いました。
「ある人の意見では・・・だったら、先生は一体どう考えているの?」
 先生は私の中へ戻ってきて答えてくれました。
「過去生、未来生と言った一本の時間軸で考えてもいいけれど前にも触れたように、『過去も未来も今、
同時に起こっている』と言い出している人が最近、急に増えているんだよ。誰も確証なんかないよ。で
も確かに直感的にそのような気がするんだ。過去、今、未来を一本の時間軸で考えるよりも、この考え
の方が想像もつかないくらいの膨大な事象を含むことになるんだ。そしてそのエネルギーは言い表せな
いくらい巨大になってしまう。果たしてそんなエネルギーが・・・いやいや、わからないよね。
 生きる意味に気づくことと、こんな宇宙の神秘に触れることとは関係ないように思えるかもしれない
けど、ドッコイ、関係があるんだよ。生きる意味には自分がこの世に存在する意味も含まれるだろう。
例えば、ある人の今の人生の中に十ヶ所の人生の節目があったとするよ。それぞれイエスかノーを選べ
る節目だ。もうそれだけでその人生は1024通りあることになるよ。すると約千人の自分が生きてい
るわけだね。その中には、これが本当に自分のなれの果て? と認めたくないような人だっているだろ
う。でも、自分がこの世に存在する意味を知るにはどうしてもその千人の存在を認めなければならない
んだ。だって自分なんだから。たまたまあの節目でノーと言ったからそうなっただけであって、どんな
人になっていようとやっぱり自分なんだよ。ホラ、子供がどんな悪人になっていても親は子供がかわい
いものだろう、愛しているだろう。子供でさえそれなのだから、自分の分身を愛せないわけがないもの
ね」
 先生はわざとアッケラカンに言っているように聞こえました。
「自分がこの世に存在する意味は全ての人を愛すること・・・なのですか」
 私は静かに尋ねました。温かい涙が溢れてきます。
「それは個人個人が気づいたらいいことなんだよ。その気づきが正解だったら、お待ちかねの現世の大
反動がやって来るから正解だとわかるよ」
「この世に存在する意味ですら、そんなに深遠な気づきなんだから、生きる意味となると、もうとても
手が届かない気づきなんでしょうね」
「いいや、そんなことはないよ。確かに宇宙の彼方にあるように思えるけど、意外と手を伸ばせば届く
ものなんだよ。手を伸ばせば、ね」
 先生は両手を前に伸ばして大きく背伸びをしました。私も微笑みながら一緒に背伸びをしました。
「彼もまだプロセスを歩んでいるのだわ。私は彼の足跡を追ってここまで来たけれど、確かに彼は私の
道標をしてくれているわ。そして彼自身もとても苦しんでいるのだわ。顔で笑って偉そうなこと言って
るけど、襲い来る孤独と悲哀の嵐に向かってプロセスの頂上付近で仁王立ちしてるんだわ。心が凍傷で
崩れ去っていくのを愛の灯火ともしびでかろうじて防いでいるのだわ。そんなところにいないで早く降りてくれ
ばいいのに・・・。
 あなたは私のザイルをつかんでいるの? 私を引き上げようとがんばっているの? それだけじゃな
いわ、あなたの両手には無数のザイルがあるじゃない。誰を助けようとしているの? 何のためなの?
 私にはわからないわ・・・」
 突然、そんな思いが湧きだしてきました。私は背伸びの姿勢のままで、心に込み上げてきた彼への言
葉をじっと押さえつけました。私の耳元で何かが囁いた気がしたからです。
「まだ言っちゃダメだよ」
 それは私のエンジェルの声でした。私も初めて聞く声です。でも、私にはエンジェルが何を言おうと
したのか、がすぐにわかりました。まるでエンジェルが時間を戻してくれたように、私と先生は大きな
息を吐きながら向かい合っていました。
「ねえ、先生。『精神的に結ばれること』という件くだりがあったわね。私ね、あれを聞いていてゾクゾクし
ちゃったの。だってね、私たちのことを言われているような気がしたもの」
 先生はカルテを見ながら、おさらいしてくれました。
『共に歩くことではあるけれど、ただそれだけなのだ。いろいろな、そしてあらゆる意味で共に歩むの
だ。お前は今、彼を受け入れることを強く拒否している。だからお前にはこの意味はわかるまい。拒否
するな、と私はずっと言っているだろう、それともお前には聞こえていなかったのかな。そのうち彼と
向き合う時も来るだろう。今はそれまで待つしかない』
 先生は大きく頷きながら私に続けるように促しました。
「ここでは対立する者同士が精神的な夫婦だと言われていたわね。肉体的には決して結ばれることなど
なくっても、精神的に結ばれることは拒否してはならないのだわ。対立する者を受け入れなくてはなら
ないのね。対立することも、『ある意味で共に歩む』ことなのだから。
 ソウルメイトという言葉が独り歩きしていて、狭い意味で『夫婦』になる魂だと思われているわ。こ
の世の夫婦が肉体的な夫婦だとすれば、精神的な夫婦だってあってもいいですもの。ね、先生、二元性
の世界なんだから、でしょう」
 先生はニコニコしながら親指を立てました。私は微笑みながら続けました。
「精神的な夫婦の定義が『共に歩む者』と言うだけで、対立する者、平たく言えば一番嫌いな奴を含む
と言われると、もう簡単にソウルメイトなんて言葉を出せなくなっちゃうわね。
 でも、この話はこのワークだけではなくって、前からいろいろな先生方が言われてきたことだわ。ソ
ウルメイトだからこそ、時には宿敵を演じてくれるとか、殺し殺されるような状況にまで追い込んで共
に深い学びを得るとか・・・。だけど、このワークみたいに露骨に言われちゃうとなんだか応えますよ
ね」
 先生はウンウン言ってます。
「私ね、ゾクゾクしながら先生のことを思っていたの。だって先生と私の関係って、今は本当に『精神
的な夫婦』なんですもの。なんだか私のことを言われているような気がしちゃったの。だからゾクゾク
もの、だったのね」
 私は寒気のポーズをして先生を笑わせました。
「でも今は大丈夫よ。ホラ、こんなに先生のこと、受け入れているでしょう」
 私もアッと思いました。そこには左手の指輪をはずして先生に差し出している私がいました。
「私って何してるんだろう?」
 先生が観音様の微笑みに変わりました。そしてゆっくりと指輪を受け取るとハンカチできれいに拭い
てくれました。リングには私と夫のイニシャルが入っています。観音様はそれをじっと見つめていまし
た。指輪がどんどん光輝いていきます・・・光のリングを観音様は私の指に戻してくれました。そして
伸ばした指をそっと温かな掌てのひらで包み込んでくれました。私は観音様の愛に触れていました。
『私と彼がインディアンの時、火をはさんで向き合っている場面が見えました。この状態がいずれ来る
のです。その時、焚き火が眩しい光となって空高く登って行きます』
 先生は何事もなかったかのように続きを読み上げました。
「そうね、今はこうやって先生と向かい合っているもの。ここまで二人は別々の道を歩んできたけど、
お互い、自分の道を精一杯歩んできたからこそ、またこうして再会できたのよね。本当に不思議な縁えにしだ
けど、でも私も感じるのよ、それがとても大きな流れに支えられていることを。先生がいつも言ってい
る宇宙の意志とはこれなのだなぁ、てね」
 先生は観音様の半開眼のまま私のリングを見つめています。私も半開眼になって左手のリングを見つ
めました。
 リングのオーラが見えてきました。静けさが私の心に拡がります。
 二人の間のリングが輝き始めました。それは炎のように明るく輝いています。炎がふたりを包み込み
ました。焚き火の煙に乗って、二人の魂が夜空へと舞い上がっていきます。医院の屋根が見えます。ど
んどん昇って行きます。大阪のきらびやかな街が見えます。先生が手を繋いでくれているのがわかりま
す。明るい日本が見えました。アジアは夜ですが、夜でもやっぱり日本が一番明るかった・・・私は何
だか嬉しくなりました。
 私たちはスッーと巻雲のような層を通り越しました。すると、それまでのアジア地図が一変していま
した。とても小さな、でもとても明るく輝いている光の粒がアジア全土に散らばっています。日本とチ
ベット、インドとヒマラヤ、古代メソポタミア地域に光の粒が集まっています。先生が心の声で話しか
けてくれました。
「あの光の粒のひとつひとつが魂の光なんだよ。心を完全に開くことが出来た人はこうやって輝いて見
えるんだ。大災害の時、死ぬ人と助かる人が紙一重のことがよくあるだろう。以前にね、光の中で尋ね
てみたことがあるんだよ。
『大災害の一瞬の間に、助けるべき人と死ぬ定めの人をどうやって見分けるんですか? いくら神さま
だからと言っても、たまにはミスすることもあるのではないですか? 助けるべき人を死なせたり、間
違った人を助けてしまったり・・・なんてね』
 光はそんなことを尋ねても怒らずに答えてくれたんだ。
『それは簡単なことです。私はただ光を拾い上げるだけですから。私から見れば助けるべき人たちは簡
単にわかります』
 そして私にこのヴィジョンを見せてくれたんだよ。どんな人を助けるのか、という基準は光次第で私
たちには立ち入れない領域だし、『最後の審判』思想みたいになってしまうのは本意ではないのだけれ
ど、ただ心が開いている人、愛に満ちている人はこうやって夜の地球に輝く光の粒としていつでも見守
られているんだ、ということを美子さんに知っておいてもらいたかったんだ」
 私はそれを聞きながら日本に目を向けました。大阪の辺りで先生の明るい光を見つけました。そして
真新しい光の小粒が寄り添っているのを見つけました。
「そう、それが美子さんだよ」
 私は優しく彼の魂に抱かれていました。
「後ろを見てごらん」
 後ろを振る返ると、そこに大鹿が立っていました。大鹿は私の目の前で白い光の人に変身しました。
私の心の揺れ方で白いヒゲを蓄えた老賢人にも見えますし、白いローブを身にまとった女神にも見える
のです。
 女神の後ろには大きく眩しい光の世界が拡がっていました。私は先生の手を握ったまま女神に従って
光の中へと入りました。
 光の中で女神の姿は光に溶けてしまいました。私は先生の手の感触だけを頼りにして光の中を泳ぎま
わりました。これまでのワークで患者さんたちが体験してきた光の世界を今、私も深く体験しているの
です。
『このジェロニモの人生は私だけのものですか?』
 光の中でフッと先生の問いの真意がつかめました。そうなのです。人の人生はその人だけのものでは
ないのです。でも、その人のものでもあるのです。集合意識も、魂も、『ひとつでもあるが、ひとつで
はない』のです。その時、私は宇宙の意識に触れることが出来たのだ、と感じました。そう、そして
『すべては動いている』のでした。
 気がつくと私も光の庭園の噴水に座っていました。横に夫がいます。
「あなた、こちらで元気にしていらっしゃるの?」
 私は何の疑問も抱かずに夫が生きていた時と同じように話しかけました。夫はニコニコ笑いながら頷
きました。私の心に残っていた心配が眩しい天国の青空に消えていきました。私たちは久しぶりにおしゃ
べりを楽しみました。夫はとても元気そうです。笑顔で私の話を聞いてくれています。
 私は先生への想いさえも夫に打ち明けていました。夫の笑顔は変わりません。私は今でも夫の愛に支
えられているのです。
 どれくらい夫とお話をしていたのでしょうか? 夫はゆっくりと立ち上がり、私の左手にそっとキス
をしてくれました。リングは眩しく輝いています。その光の中を夫は天国の空高く昇って行きます。私
は夫が大きな光の中に溶けてしまうのをずっと見つめていました。
 意識が真っ白になっていきます。
 気がつくと、私は診察室に戻っていました。先生は静かに瞑想しています。私は意識を身体にしっか
りと戻していきました。
 リングがニコッと微笑みました。私はリングを外しました。リングに刻まれていた銘が消えています。
私はリングの中を見つめました。そこには夫と先生と私のにこやかな笑顔が見えました。私はリングを
右手にはめ直しました。そして、うれしそうに光を放ちながら笑っているリングをゆっくりと握りしめ
ました。
 

美子レポート  
   自分が好き?
 昔々、ナイル川の近くに茶色の肌をした女の人がいました。彼女には明るい茶色の髪と茶色の目をし
た双子の男の子と女の子がいました。彼女は毎日が平和な気持ちでした。ただ座って縫い物をしている
のが好きでした。
 夫は兵士でした。がっしりとした体に槍がよく似合いました。彼女は優しい夫が大好きでした。家で
は子供たちとよく遊んでくれました。平和な家庭でした。でも彼女はいつも思っていました。
「人殺しは嫌です。夫が殺されるかもしれないし、戦って欲しくないのです」
 戦いが近くなると、夫は張り切って帰ってきました。彼女の心配が大きく膨らんでいきました。
 時が過ぎました。彼女は砂漠の町を見下ろす丘の上にいました。夫が戦いで殺されたのでした。彼女
の心も悲しみを通り越して、もう死んでいました。深い脱力感と無気力が彼女の心を癒しました。
 彼女は今度の戦いで夫がもう帰ってこないことを知っていたのです。彼女は思いました。
「娘が病気で死んでから、すべてがおかしくなったんだわ」
 娘の突然の死が彼女と夫の心を悲しみで閉ざしてしまったのです。それからはエジプトの砂のような
生活が続きました。息子はそんな家庭が嫌になり、どこかへ出て行ってしまいました。夫の寂しさが堪
え切れなくなっていきました。ますます二人はお互いの心を閉ざしてしまいました。
 二人は別れるでもなく、淡々とした時が過ぎていきました。そして夫はとうとう帰るあてのない戦い
に出ていったのでした。
 その後、彼女は病に倒れました。薄暗い部屋に一人で寝ています。無気力が身体を蝕むしばみます。食事も
せず、彼女は死を心待ちにしていました。死の床で彼女は思いました。
「幸せな家庭が作れるはずだったのに、自分から心を閉ざしてしまったんだ」
 そして彼女の魂は痩せ衰えた身体を離れました。先生は彼女の魂に尋ねました。
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「今度は良いお母さんになります」
 先生は彼女の魂を高みへと導きました。そして、そのエジプトでの人生を振り返るように促しました。
「夫が戦うことをすごく嫌がっていたはずの自分自身が一番、命を無駄にしてしまいました。子供の死
は仕方のないことでした。自分や人を攻める必要などなかったのです。なぜかあの時、自分ばかりを責
めて心を閉ざしてしまいました。それを後悔しています」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてエジプトでの人生と、今、生きている人生を見比べてもら
いました。
「自分を責め過ぎています。仕方のないことは仕方のないことなのです。自分が思ってるほどまわりは
責めていないし、共に悲しんだりすればいいだけのことであって、自分ひとりが苦しむ必要はありませ
ん」
 先生はさらに高みへと導きます。そして穏やかな明るい光の中へと入っていきました。先生がその光
の中心へ向かって尋ねました。
「今回の人生の目的は何ですか?」
 光が答えました。
「平和を祈りなさい。あなたに出来ることがそのうち見つかりますから。今は今の仕事をしなさい。そ
れには意味があります。離れる時が来れば離れるのです。今は間違っていないですよ」
「私の人生はここまで順調ですか?」
「頑張ってますね」
「人間は何のために生きているのでしょうか?」
「お互いを思いやるためです。思いやりはいつかは拡がっていくのです」
「まず何から始めたらいいのでしょうか?」
「自分が幸せになりなさい。幸せな家庭を築きなさい」
「そのためにはどうしたらいいのでしょうか?」
「大丈夫です。心配し過ぎないことです。自分を責めないことです。仕方がないこともたくさんあるの
です。些細な争いごとにも、宗教的な複雑な争いごとにも、仕方がないことがあるのです。そこから学
びなさい」
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「平和の本当の意味を知るためです」
「それは何ですか?」
「平和は幸せです。まず自分が幸せになりなさい。その上で成すべきことが見つかりますから。まず今
の自分を責めるのを止めなさい」
 先生は光に聞きました。
「弟のうつ病の意味は何ですか?」
「何よりも弟本人の試練ですが、私たち家族の試練でもあり、弟の家族の試練でもあります。そこから
得たものがたくさんあるでしょう。家族の繋がり等をいっぱい知ったでしょう」
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのですか?」
「人を信じなさい。自分を信じなさい。祈りなさい。想うことも大切で、想いはパワーを持っています
から、あきらめないで祈りなさい」
 先生は光に、今回の人生の目的をクリアーできた、未来の姿をちょっと見せてくれるように頼みまし
た。光の中にヴィジョンが見えました。
「二十代後半になって、男の赤ちゃんを抱いています。穏やかな表情です」
「未来のあなたに頼みます。今の私に何かアドバイスをください」
「あまり気にしなくて大丈夫ですよ。大切なことは心配することでも、人を恨むことでもありません。
自分を信じなさい。まわりを信じなさい。家族にもっと感謝をしなさい」
「赤ちゃんはどんな表情ですか?」
「笑ってます」
「その赤ちゃんを抱かせてもらいましょう。どんな感じですか?」
「抱いたら温かい・・・」
 先生は赤ちゃんに尋ねました。
「なぜ私をお母さんに選んだの?」
「幸せになれると思ったから」
「赤ちゃんを返して、未来のあなたとしっかりと握手しましょう。どんな感じですか?」
「温かくて強いです」
「あなたのその強さを分けてくださいませんか?」
「あなたも持ってるけど、活かし方を知らないだけなんです。あなたは十分パワーを持ってるし、何も
心配することはありませんよ」
 先生は光に聞きました。
「私はこれからまた、今の人生に戻っていきますが、最後にもう一つ、何かアドバイスをください」
「自分を活かしなさい。自分の力をムダに使わずに大切に使いなさい。信じなさい」
「これからも私を見守ってくれますか?」
 光が答えました。
「これまでもそうだったし、これからもそうだし、心配しないでいいですよ」
「これから辛い時、いつでもあなたのもとに戻って来てもいいですか?」
「あきれて、いつもいるじゃない、って言っています」
 
 後日、お手紙をいただきました。この患者さんは「軽いうつ状態を脱するには、この人生の目的を知
らなければならない」と考えて、このワークを受けられました。そしてこの療法の後、ゆっくりと軽い
うつ状態が治っていったそうです。
「今は良い意味で『自分が好き』で、過去にとらわれるでもなし、必要以上に未来を心配するでもなく、
今を大切に生きているように感じています。
 疲れた時には素直に休むようになりました。以前はかなり体を酷使してしまっていました。心も体も、
自分を大切にするようになりました。甘やかすのとは違って、とても良い状態になったのだと思います」
 
 『自分が好きだ』と言うのはとても難しいことです。それはこの患者さんがワークの後で気づかれた
ように、過去と未来から心が開放されて『今』を大切に生きることだ、と私も思います。先生のワーク
の真髄は、過去や未来に向き過ぎてしまった意識を『今』に収束させることなのです。『今』が大切な
のであって、過去生や未来生は『今』を意識下に再浮上させるための支点に過ぎないのです。ですから
先生は、過去生や未来生がホログラフィーであってもいい、とさえ考えているようです。
 この患者さんのように『今』を大切に生きれるようになると、心の声、身体の声がしっかりと聞こえ
てきます。心と身体が良いバランスをとれるようになるのです。すると心と身体、そして時間に無駄が
なくなります。心と身体、時間に余裕が持てると、自然と自分をポジティブに見れるようになるのです。
自分が愛おしくなるのです。と同時に、人も自然もすべてのものが愛おしくなる瞬間がしばしば訪れて
くれるようになります。光の愛を間近に感じるようになるのです。
 これは私の体験談でもあります。私も先生に『今』の大切さを教わってから、このプロセスをどうに
か自分の足で歩んで来れました。ですから、この患者さんのお手紙の内容が本当によくわかります。思
い出の地からの絵はがきを見せていただいたような感じがしました。
 このワークで見た過去生の女性は、自分を責めて自分から心を閉ざしてしまった結果、約束されてい
た幸せな家庭を失ったのでした。光はこう言いました。
『自分を責め過ぎています。仕方のないことは仕方のないことなのです。自分が思ってるほどまわりは
責めていないし、共に悲しんだりすればいいだけのことであって、自分ひとりが苦しむ必要はありませ
ん』
 しかしこの世の中を生きていく上で、『仕方がないこと』で済ませれないことだってたくさんありま
す。「仕方がないよ」と手放せれば、生きていくのがとても楽になることがわかっていても、どうして
も手放せないのが人間の業なのです。私も夫が突然の事故で亡くなった時に、みなさんからたくさんの
励ましの言葉をいただきました。
「自分を責めちゃいけないよ」
「あなたが彼の分まで幸せになりなさいね」
「一緒に神様にお祈りしましょう」
 みなさんの愛は感じられましたが、どの言葉も固く閉ざされた私の心の中には届きませんでした。あ
のどん底で「仕方ないよ」と手放すことなど出来るわけがありません。もしかしたら私だって、この女
性のような一生を送っていたかもしれないのです。
 そうです、同じなのです。雷鳴を轟かせながら突然襲ってきた暗黒の世界が恐ろしくて悲しくて、固
く閉じてしまった心の窓はそう易々とは開くことが出来ませんでした。閉ざされた窓の内側で、私は確
かに膝を抱えて脅えていました。泣くことさえ恐くて出来ませんでした。雷鳴が聞こえなくなっても、
たた真っ暗な中で奮えているだけでした。立ち上がることさえ出来なかったのです。黒雲が去り、お日
さまが輝く光の世界が戻ってきていても、例え小鳥の平和な囀さえずりが聞こえてきたとしても、心を閉ざし
た私の耳には雷鳴がずっと鳴り響き続けていたのです。
 ただ幸運にも私には先生がいただけなのです。先生と再会して、私もようやく自分を許すことが出来
たのです。私の『今』を取り戻すことが出来たのです。先生は私の心の扉を開いてくれました。今の私
には「あれは仕方がなかったのよ」と言える心の余裕があります。自分に向き合い、あの暗黒の中で膝
を抱えてうずくまっていた私の存在を認めて、抱きしめてあげることが出来るのです。彼女はまだ私の
心の中で膝を抱えてはいますが、もう脅えてはいません。私は彼女を愛しています。時々、彼女のもと
に降りていって彼女を抱きしめてあげます。彼女はまだ窓の外に出ようとはしませんが、でも窓の外は
青空の広がる光の世界だ、ということを知っています。
 私と先生とは神様しか作ることの出来ない頑丈な細い糸で結ばれている、と思います。先生は以前、
こんなことを言いました。
「自分の人生を自分の足で歩み始めた途端、美子さんに再会したんだ。変に意識しちゃって話さえ十分
にしたことがないのに、なぜこんなにあの子に夢中なんだろうって、ずいぶん悩んだこともあるんだよ。
青春まっただ中だったから『これが愛なんだ』なんて思っていたけど、どこかに不思議な感覚を感じ取っ
ていたんだね。今のこの時代の若者だったら、『ソウルメイトなんだ』ということになるのかな。ただ
ね、あの当時も美子さんを中心に据えて考え、決断していったら、意外と何でもうまくいくことに気づ
いていたんだよ。不思議だな・・・とは思っていたけどね、さすがに、これが宇宙の法則だとか、神さ
まに見守られているんだ、なんてことは考えなかったけどね。でも今、振り返ってみると、あの頃の人
生の選択枝はどれも、美子カードを引けば当りだったんだよ。まぁね、神さまが強引に美子カードを引
くようには仕向けていたけどね。だってずっと同じクラスになる確立は千分の一なのだよ。勉強でもちょ
うどライバル的な関係にされるし、性格は適当にぶつかるくらいの距離を三年間キープだろう・・・磨
けば輝く原石のような思い出をいくつか残して卒業して・・・それぞれ大学に入ってからは全くの音信
不通、それから再会するまでのたくさんの出来事だって、今の美子さんに繋がっていることばかりだか
らね。もしかしたら結局、ここまでずっと私は美子カードを引き続けてきたのかもしれないな。美子さ
んと私は赤い糸どころじゃないよ、神さま印のトラクタービーム牽引光線で固く繋がれているのかもしれないな・・
・」
 先生の昔話によると、私のために医者になろうと死に物狂いで(三当五落って死語?)勉強したこと
が後々の人生での頑張りの素になっていること、そして人を愛するということを学んだこと、(失恋し
て)心が閉じるということを体験したこと、(私に幸せを全部プレゼントしたので)不幸なことを不幸
だと思わなかったこと、そんな自分でも愛してくれる人が現れてとても感謝したこと・・・先生の意識
下には常に私がいたようです。確かに先生ならずとも、これは神様の仕業かな? と勘ぐりたくなりま
す。今、こうやって先生と再再会して、さて、これからふたりの人生はどのように展開していくのでしょ
うか? ヒロインの美子自身が神様からのシナリオが届くのをワクワク楽しみにしています。これも
「人生を楽しむこと」なのでしょう。神様、私はどんな役柄だって頑張ってこなしますから、良いシナ
リオを書いてくださいね・・・いえ、違いますよね・・・私のパーフォーマンスが神様のペンを走らせ
るのですよね。神様は私をじっと見つめてくれています。神様のシナリオを私がどう演出して、私がど
う演じるのか、を見ながら神様は次のシナリオを書いてくれます。私の人生劇は私が決めているのです。
私が監督兼ヒロインなのです。神様のせいにしてはいけなかったのです。私の人生は私のものなのです。
自分の人生を自分の足で歩んでいるからこそ、大いなる存在、宇宙の法則、神様のまなざしを感じ取る
ことが出来るのです。そんなことを思いながら、私は神様にお願いしました。
「神様、やっぱりハッピーエンドにしてくださいね♡」
美子レポート  
   一生懸命生きた人
 大昔のギリシャの都に、エリックと言う娘がいました。左腕に貴族の印の金の輪を着けていました。
 今日は海辺で嬉しそうに誰かを待っています。舳先へさきの反った軍船が着きました。背の高い立派な戦士
が笑いながら降りてきました。ピーターと言います。丸い盾と大きな剣が彼の勇気の証です。彼は「今
の夫」です。
 二人は大理石の円柱が立ち並ぶ廊下を肩を寄り添って歩きました。奥からエリックの父がにこやかに
出迎えました。父は金髪のあごひげを嬉しそうに撫でながら、結婚の許しを二人に与えました。
 祝宴が始まりました。みんなが祝福してくれました。二人は祝い酒に囲まれたままバルコニーへ退却
しました。エリックはとても幸せでした。酒宴が続きます。ピーターがバッカスの神の生贄となりまし
た。エリックはメイドたちに守られながら白い奇麗な部屋へ戻りました。歓喜の歌声が聞こえてきます。
月の光も小窓で踊りだしました。
「これでいいのかなぁ。とても嬉しいけれど、何だかちょっと違うような気もするなぁ・・・」 
 彼女は少し悩んでいたのです。
 エリックはピーターと結婚しました。そして男の子が生まれました。彼女は幸せでした。
 彼女が四十代だったある日、盗賊が突然、家に押し込んで来ました。ちょうど居合わせたピーターが
勇ましく戦い、家族と家を守りました。しかし、その時のケガがもとで夫は死んでしまいました。夫は
死ぬ間際に言いました。
「また会おうね」
 エリックは手を握りながら答えました。
「また会えるからね」
 そして彼女は決心しました。
「もう誰も好きにはなりません」
 やがて大きな戦争が起こりました。息子も少年兵として戦争に行きました。彼女は一人、家に残され
ました。
 息子は戦死してしまいました。彼女は泣き崩れました。
「ずっと帰りを待っていたのに。私はこれから何をしたらいいの・・・」
 黒い服を着たエリックは夫と家族の墓に毎日お花を供えました。
「もうこれで終わったんだね」
 彼女の気持ちに光が射し込んできました。
「今まで普通に結婚して生きて来たけれども、私の人生はこれからなんだよ。これから好きなように生
きて行くんだ!」
 やがて彼女は心の声を聞きました。
「これからは自分で生きて行かなくてはなりません。自分のためにも人のためにも、何か役に立つこと
をしたいのです。今日まで家に仕えてきました。今日からは自分のために幸せになりたいのです」
 それからエリックは孤児たちと小さな岩の家で暮らし始めました。彼女はとても幸せでした。やがて
孤児院はみんなに認められ、寄付も集まるようになりました。若い女の人たちも大勢手伝ってくれまし
た。孤児院は大きくなっていきました。
 九十歳の頃、エリックはお腹の病気になりました。若い頃の自分にうりふたつに娘さんが献身的に看
病してくれました。
「あぁ、良かった。一生懸命に生きたから悔いはないよ。これで良かった」
 彼女は安らかに死を迎えました。
 
 エリックの魂が肉体を離れました。自分の亡き骸を見て彼女は言いました。
「あぁ、一生懸命生きた人だなぁ」
 先生は彼女の魂に尋ねました。
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「今度は自分のために生きます」
「あなたのまわりに何か存在を感じますか?」
「丸いものが『おいでよ』って言っています」
 先生は高みへと導きました。そしてエリックの人生を振り返ってもらいました。
「エリックさんは両家のお嬢さんです。少女時代は幸せでみんなに愛されていました。幸せな結婚もし
たけれど、夫と息子が死んでから自分の生き方を見つめ直して、最後は孤児達と暮らして良い人生を送
りました」
 先生は更に高みへと導きました。そしてエリックさんの人生と、今、生きている人生を見比べてもら
いました。
「二人の少女時代は一緒です。主人も良い人に恵まれました。だけど今の人生は何かがずれています」
「何がずれていますか?」
「したいように生きてません。肝心なことをしていないのです。恐がっています。愛情を失うことを恐
がっているのです」
 先生はもっと高みへと導きます。そこには雲の上にひとつの大きな光が見えました。先生は光の中へ
と導きました。
「中に入るとどんな感じですか?」
「あったかい感じです」
「その中に何かありますか?」
「階段が見えます」
「それを登ると何かありますか?」
「すごく優しい表情の白い服の人が一人おられます。そのまわりにも何人かおられます」
 先生は白い服の人に尋ねました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「・・・人を救え」
「それはどういうことですか?」
「・・・魂、心を救いなさい」
「どうやったら出来ますか?」
「・・・体験したことを人に話しなさい。優しくしなさい。心に残るものを残しなさい」
「今回の私の天職は何ですか?」
 白い人が答えました。
「・・・・何でもいい」
「ヒントを教えてください」
「人と接することです」
「今回の人生で私は天職を決めてないのですか?」
「・・・まだ経験してない、やり残したことがあるから、もう少し経験しなさい」
「なぜ私は自信が持てないのですか?」
「人まかせにしているからです」
「どうしたら自信が持てますか?」
「好きなことを見つけて、本当にやりたいことを探して、それだけに絞りなさい」
 先生は白い人に聞きました。
「私がこれから大事にしなくてはいけないものは何ですか?」
「優しさと触れあい。思いやる心。家族」
「なぜ私は愛情を失うことを恐がっているのですか?」
「・・・親の愛情を受けないことがあったからです」
「どうしたらそれを克服できますか?」
「自分を大切にしなさい」
「私はなぜ何度も生まれ変わっているのですか?」
「本当にしたいことをしていないからです」
「私が本当にしたいことって何ですか?」
 白い人が答えました。
「もうお前は知っているだろう」
「ヒントだけでも教えてください」
「いろんな道があります。ひとつの道に決められないなら、平行しながら行ってもいいのです」
「私は今まで何回生まれ変わりましたか?」
「六回です」
「そのうち、今の夫とは何回一緒に生きましたか?」
「三回です」
「なぜ私は今回、夫とペアを組んだのですか?」
「前の人生で夫に早く死なれているから、今回はゆっくり過ごせるように・・・」
「今回、私は夫から何を学ぶのですか?」
 白い人が答えました。
「自由。自由なことをしてもいいのです」
「夫は私から何を学ぶ予定ですか?」
「家庭の暖かさです」
「私はなぜ今回この両親を選んだのですか?」
「自立心を持たせるためです」
「どうやって選んだのですか?」
「信仰を持っていたからです」
「私は今の親から愛情を受けないことがあるって知っていましたか?」
「困難があることは知っていたよ」
「それを知っていて選んだのですか?」
「そうです」
「私の今回の人生はここまで順調ですか?」
「大体順調だそうです」
 先生は白い人にお願いしました。
「私の今回の人生の目的をクリアできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「花束を抱えています。白っぽい服を着て、まわりに子どもたちや大人の人がたくさんいます。すごく
優しそうできれいな顔をしています。私は表賞されています。・・・何かに貢献しているのか、何かの
お祝です」
 先生は未来の彼女に聞きました。
「今日は何の日ですか?」
 未来の彼女が答えました。
「本を書いたのです。子どもたちが優しくなれるように、いっぱい本を書いたんだよ」
「幸せですか?」
「とっても幸せです」 
「今の私に何かアドバイスをください」
「今は辛いと思うけど、その先にはいいことがいっぱいあるから頑張って乗り越えて行ってね」。
「その力が私にありますか?」
「大丈夫ですよ」
「未来のあなたとしっかり握手してください。どんな感じですか?」
「その人から光をもらいました」
「あなたは子どもはいるの?」
「ひとりできたよ。とってもかわいいよ」
「私は子育てに自信がないんだけど、大丈夫でしょうか?」
「とっても良い子だから大丈夫だよ」
「これからも私を応援してくれますか?」
「いつもそばにいるから頑張ってね」
「お祝に来てくれた人たちにも聞いて下さい。みなさんも私を応援してくれるますか?」
「みんな応援してくれます」
「あなたもみなさんに頑張る、って約束しましょうか」
「頑張るよ」
 先生は未来から白いおじさんのところへ戻しました。
「最後にもう一言、何かメッセージをください」
「もっと楽しんでおいで。苦しいこともあるけど、もっともっと楽しんでいいんだよ」
「私のところに生まれてくる予定の魂はいますか? いたら会わせてください」
「ちいちゃいのが出て来ました」
 先生は小さな魂に尋ねました。
「未来のお母さんに何かメッセージをください」
「・・・お母さんが産んでくれるのを待っているからね」
「なぜ私をお母さんに選んだの?」
「私がお母さんのそばにいたいからだよ。お母さんを支えてあげるからね」
「そのちっちゃい魂をしっかり抱きしめてください。どんな感じですか?」
「すごく柔らかくて、あったかいです」
「その子に何と言ってあげましょう?」
「もうちょっと我慢してね。もう少し落ち着いたら産んであげるから待っててね」
 先生は小さな魂を光の中へ帰しました。そして白いおじさんに尋ねました。
「あなたも私を応援してくれますか?」
「いつでも応援してるよ、大丈夫だよ」
 
 この症例は私のセレクションです。この一見、特記すべきことがないように思われるワークの中で、
私がとても心を揺さぶられたシーンがあったからです。それはエリックが死んだ後、自分の亡骸を見て
こう言ったシーンです。
「あぁ、一生懸命生きた人だなぁ」
 私は彼女にとてもピュアーな嫉妬を感じました。それは学生時代に先輩が好記録で優勝した時に感じ
たような祝福の中に潜むジェラシーです。次は私の番。私にだって手が届くわ、でも・・・という青い
エネルギーに満ちたパッションなのでしょう。
 貴族とまではいきませんが、このエリックに似た人生を送ることはとても多いのではないかと思いま
す。私の人生も似ているように思いますから。だからこの症例を見る度に、なんだか私まで励まされて
いるように感じるのかもしれません。
「確かに美子さんの言うとおりだよ。死んだ時、自分の亡骸を見て、『一生懸命生きてきたね。ごくろ
うさまでした。そして、ありがとう』と言いながら自分の亡骸をしっかりと抱きしめてみたいものだね。
それは生への執着なんかではなく、生への深い感謝の気持ちだからね。死んですぐに、今、生きてきた
人生に向かって感謝すること、その人生を乗り切ってきてくれた亡骸に手を合わせることが出来たら、
その人生はとても輝いた人生となって魂の中にいつまでも残ることだろうね。そう、まるで錦織の金糸
のようにね」
 先生のワークの中では、過去生の人生を終えて肉体を離れた時に、必ず亡骸を見ていただきます。そ
れまで死ぬのが恐かった方、死ぬのが不安でいっぱいだった方にとって、この過程はとても大切です。
前にも述べたように、不安症の根源とは『死への不安』だからです。この過程を体験することで、死へ
の不安が和らぐことが多いのです。そしてほとんどの方々は静かに冷ややかに亡骸を見おろします。魂
に帰るとこんなにも冷静なのかしら・・・と考えてしまうほどです。このエリックの様な感想は稀なの
です。一生懸命生きてきたからこそ、生きている最中に魂もしっかりと目覚めていたのかもしれません。
魂が目覚めたまま肉体の死を通り過ぎたので、魂は素直に肉体を慈しむことが出来たのでしょう。
 エリックの場合は辛い試練によって彼女の魂が目覚めたから、一生懸命生きることが出来たのかもし
れません。そして一生懸命生きていたから、魂も更に目覚めていったのかもしれません。しかし、夫と
息子の死という試練を気づきに変えていったのは彼女自身だったのです。ここに彼女の人生の大きな分
岐点があったのです。彼女にはとても辛い試練が二度もやって来たのです。彼女はそれを見事に乗り越
えました。
「あぁ、一生懸命生きた人だなぁ」
 この一言に私は、エリックの魂の大きな自信を伺い知ることが出来ました。そんな魂だからこそ、
『今は辛いと思うけど、その先にはいいことがいっぱいあるから頑張って乗り越えて行ってね』と言え
るのです。そして、今の辛さを乗り越える力は誰にでもあるのです。そうです、『大丈夫ですよ』なの
です。
 

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  愛を育むもの
 昔々、南の島に、コンガという男の人がいました。日焼けした肌が逞たくましく、いつもたくさんの魚を捕っ
てきました。
 ある日、彼は激しい嵐に襲われました。一緒に漁へ出た船は海に飲み込まれてしまいました。コンガ
だけが知らない島へ流れ着きました。ヤシの木の向こうから踊りの音楽が聞こえてきました。彼はフラ
フラと歩きながら考えました。
「仲良くなれるかなぁ」
 小さな村の広場が見えました。焚き火を囲んで、お面をつけた人々が踊っています。祭壇の前で赤ん
坊に乳をふくませている女もいます。コンガは子供たちに見つかってしまいました。手を引かれて踊り
の輪の中へ連れ出されました。腰ミノが大きく揺れています。彼は安心しました。
 踊りが激しいスコールを呼びました。村人たちは一斉に小屋へ逃げ込みました。ブタもニワトリも入っ
て来ました。みんな、とてもお喋しゃべりです。
「お前、どこから来た?」
「流れ着いたんだ」
 みんな、優しくしてくれました。
「船を貸してくれるかどうか、わからないなぁ。しばらくここにいることにしよう」
 スコールが彼の涙も濡らしました。
 時が過ぎました。コンガは六十五歳になっていました。もう村の長老です。小屋で車座になっては若
者たちに魚の知恵や漁の心得を教えていました。彼はいつも言いました。
「あまり沖には行くなよ。無理するなよ。必ず帰ってこいよ。漁は気をつけろよ」
 船のいない白い砂浜で、コンガは夕日が沈むのを見つめていました。
「私の島へとあの夕日は帰っていく。私は帰りたいけど帰れない。長老としてこの島を守っていかなく
てはならないから。みんなから信頼されているから・・・」
 彼は子供の頃を思い出しました。ヤシの木のブランコに、お母さんが弟に乳をやりながら座っていま
した。コンガが後ろから押してやりました。お母さんが嬉しそうに笑いました。お父さんが森から獲物
を持って帰ってきました。それは大きな鳥でした。お父さんは強くて狩の名人でした。
 お父さんはレイキといいます。
 お母さんはハルといいます。
 弟はジークといいます。
 みんなとても仲良しでした。
 コンガは十八歳で結婚しました。妻はシュールといいます。同じ村の幼なじみでした。村のみんなが
祝ってくれました。彼は決心しました。
「これからは一人前の男だ。怖いものなしだ。恐れちゃダメだ。守るために戦うのだ」
 やがて二人にかわいい男の子が生まれました。ルーといいます。彼はもっとたくさんの魚を捕ってく
るようになりました。
 七十八歳になって、コンガは死の床にいました。老衰です。島のみんなが来てくれています。小屋に
入りきれず広場でじっと座っています。
「島のみんな、ありがとう」
 コンガの魂は感謝しながら、頭から抜けました。
 
 先生はコンガの魂に聞きました。
「死んだ時、何か決心したことはありますか?」
「前の島に帰りたい。もっと上がったら他の島が見渡せます」
「もっと高く上がって行きましょう。あなたの生まれた島が見えますか?」
 彼の魂が答えました。
「あそこでも誰かが死んで上がって来ています。別の島でも上がっています。死ぬと上がるのです」
 先生は彼を高みへと導きました。そして彼の人生を振り返りました。彼の魂が呟きました。
「海の道です。じっとしてません、たぶん・・・島から島へ行きました。流れています・・・」
 先生はもっと高みへと導きました。そしてコンガの人生と、今、生きている人生を見比べてもらいま
した。
「今のは真っすぐな線です。昔のはちょっと曲がっていました。だけど昔のは細くありません。今の方
が細いです」
 先生は更に高みへと導きます。彼の魂が答えました。
「空に黒い穴が何個も開いています。その中に入らなくてはいけません。どれに入るかは自分で決めま
す」
 先生は言いました。
「自分で決めて入ってみてください」
「入った瞬間に宇宙の星々のような光の点々が見えます。上には明るい渦巻きの雲が見えます。そこを
突き抜けると雲の上に出ます。雲の上には燃えている太陽が見えます」
「その太陽に向かって昇ります。そして太陽の中に入ります。太陽の中はどうなっていますか?」
「たくさんの白い玉がフワフワしています。自分と一緒に上がって来た人たちです」
「その中心はどうなっていますか?」
「噴水がある池のような所に女神さまのような人がいます。ぽっちゃりしていて笑っています」
 先生は女神さまに尋ねました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「本当の優しさでみんなを守りなさい。本当の優しさは難しい。だけどみんなを守りなさい」
「自分自身がわからないのは、どういう意味があるのでしょうか?」
「しゃべらないからわからないのです。いろんな人と話をしなさい」
 そう言って女神が笑いながら肩を叩きました。
「自分に意見がなくて人の意見に流されるのですが、どうしたらいいのですか?」
「最後に残すのは一つだけにしなさい。そうすれば答えは見つかります」
 先生は女神に聞きました。
「人間は何のために生きているのですか?」
「それぞれの目的が違います。けれども目的のないものはいません。目的は明確じゃなくても構いませ
ん。その過程で変化するのです」
「私はこれから先、どうなるのですか?」
 女神が答えました。
「それは言うべきことではありません。それを探しながら、探すために生きるのです。見つけなさい。
見つかるから」
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのですか?」
「悪意を取り払うことです。そうすれば心が病気になりません」
 先生は女神にお願いしました。
「私の今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「四十五歳で、ユニフォームを来た子供たちと野球をしています。俺が投げて子供が打っています。俺
は笑ってるけど子供は歯をくいしばって真剣です」
 先生は未来の彼に聞ました。
「何をしてるの?」
「子供たちと甲子園へ行くのです。この子たちの中からプロになる子がきっと出ます。だけど厳しい練
習は絶対しません。楽しく遊ぶ。遊んで勝つ。自分に出来なかった夢を話したら、子供たちがそれに興
味を持ってついてきてくれました」
「あなたは今、幸せですか?」
「幸せです。充実しています」
「未来のあなたに何かアドバイスを貰ってください」
「選択枝は多いけど、全てが正解です。でも選べるのは一つだけです。本当に幸か不幸かは自分が感じ
取るものだから、どれが正解かはありません。どれを選んでもいいのです。選ぶのは自分です。あまり
迷っていても何にも変化は起こりません。どれかを選ばなければ変化は起こらないのです。立ち止まる
な!」
「あなたも今の私を応援してくれますか?」
「応援してなきゃ今、ピッチャーしてないよ」
 先生は女神に聞きました。
「今回の人生はここまで順調ですか?」
 女神が答えました。
「あなたは恵まれてる方です」
「あなたも私を応援してくれますか?」
「私はすべての人をサポートしています。だから私が応援してくれるかどうか、という不安は必要ない
のです」
 先生は女神の下の白いフワフワした人たちにも尋ねました。
「みなさんも私を応援してくれますか」
 白いフワフワした人たちが、おしくら饅頭みたいに動き出して答えました。
「がんばれよ。逆に俺がそうなった時には応援してくれよな。がんばれ!」
 
 先生の診療にはたくさんの心の病気の方が来られます。一般の保険診療ではどうしても薬に頼らざる
を得ないケースが多いことを先生も気にしています。しかし最近では、心療内科に来られる心の病気を
軽快させ、治癒させてしまう薬も現れてきました。ですから先生は薬物療法を否定したりはしていませ
ん。どんな治療法にも有効と無効があって然るべきことを知っているのです。いろいろな治療法の中か
ら、その患者さんに最適な治療法を見つけ出してあげるしか能がないんだよ、と先生は言います。この
言葉の底には、患者さんに裏切られ、罵倒され、踏みつけられても、また這い上がって慈しみの心を患
者さんに向けている先生の苦悩が私には感じ取れます。心を開いて患者さんに向かうからこそ、先生の
心の傷が深く大きくなるのです。
 先生は私を愛してくれています。もちろん私も今は先生を愛しています。きっと誰よりも深く暖かく・・
・。でも、先生は私にさえ慈悲の心で接してくれています。私に彼の心の奥底に溜まってしまった悪意
の掃除をさせてくれません。彼の心は開いています。彼は心の中にも入れてくれます。でも・・・彼の
心の中では、私はまだ汚れ仕事をさせてもらえないのです。彼の愛が邪魔していることは知っています。
そんなに愛してくれていることを感謝しています。しかし今の私には彼を救えないのです。私は彼の観
音様にはなり切れないのです。
「素晴らしい人生を送るためには、どうしたらいいのですか?」
「悪意を取り払うことです。そうすれば心が病気になりません」
 このワークでこの対話を耳にした時、私の心の中にそんな熱い想いが湧き出してきたのです。
「心が病気なのは心に悪意が取り憑いているからだ、なんて言うと、オカルト医者だ! と言われるだ
ろうね。ここで言っている悪意は憎しみや恨み、妬みだけではなく、悲しみ、絶望、恐怖等のネガティ
ブな感情すべてを含んでいると思うのだけど、そんな悪意は確かに心の病気の原因だと言えるよね。そ
して、そんな悪意が現れない心で人生を送ることが出来れば、それは素晴らしい人生だと言えるだろう。
 ポジティブな感情、喜びや至福感、慈悲や愛の心等で満たされた人生は素晴らしい人生だと言えるけ
れど、それだけではなくて、悪意が現れない心の領域まで達することができた人生もまた素晴らしい人
生だと言えるんだよ」
 先生はワークが終わった後で、このように話しかけてきてくれました。
「先生の言っていることは何となくわかるわ。極く稀には善意に満たされた人生を初めから歩む人もい
るでしょうが、ほとんどは悪意からスタートしたり、途中で悪意に落ち込んでも、頑張って最後には善
意でゴールできた人がほとんどのはずですよね。悪意が悪魔の誘惑だとすれば、心を狂わせる煩悩の誘
惑を振り切って善意に辿り着けた人たちなのですから、その人生は充実感に溢れた素晴らしいものだっ
た、と感じることでしょうね。ただ、これでは悪意と善意という二元性の中を生きただけなのでしょう。
 そうではなくって、先生が言っている悪意が現れない心とは、悪意と善意という二元性を統合した境
地のことなのでしょう。それがどんな境地なのかはさっぱりわからないけど、そんな境地があることは
直感的にわかるわ。そんな境地になれば、誰だってもう心が病んだりはしないわよね」
「その通りだよ、さすが美子さん。もう哲学の講義が出来そうだね。悪意を捨てなさい、とよく言うけ
れど、悪意は善意の対極にあるものであって、悪意を捨てるには善意も捨てなければならなくなるよね。
これって今の世の中のことじゃないかな? 今の世の中が進化したということではないよ。むしろ逆だ
よね。悪意と善意は哲学的な知恵がなければ生じないものなんだ。だから人間の世界は二元性で、動植
物の世界は一元性なんだね。すると最近の世の中は・・・一元性に逆行していると言うことになるのか
な? そう、本能のままの世界にね。
 でもね、神さまがこの本能のままの世界を今、私たちに見せてくれているのは、この一元性の世界を
参考にして、悪意と善意の二元性を統合した新しいフィロソフィーを創り出しなさい、と言われている
ように私には感じられるんだ。それは悪意が現れない人生なんだね」
「善意に満ちた人生はとても素晴らしい人生だと思います。そんな善意に満ちた人生を送っている時、
まるで晴天の湖面に広がる細波さざなみに揺れるように、心はキラキラと美しく輝いていますよね。そして悪意
が現れない人生には、鏡のように静まり返った湖面に映る満月のような冴えた美しさがあるような気が
します」
 私は瞑想するようにイメージを浮かべていました。
「そうだね、すてきなイメージだね。善意がキラキラ光っている湖面は美しいけれど、ゲシュタルト的
に湖を主体にしてみると、湖面は風で波立っているだけで、たまたま晴天で光が射し込んでいただけな
んだよ。ここでは悪意を雷雨だとすれば、湖面を眺めている人にとっては美と恐怖の両極端になってし
まうけど、湖にとっては晴天か雷雨かの差であって、波立っていることには変わりないのだね。つまり、
湖にとっては善意も悪意も同じだということになってしまうんだ」
「すると悪意が現れない人生とは鏡のような湖面なのだから、湖からみれば晴天の光が揺れる美と鏡の
月明かりの美とは違うものなのですね。その差とは実際にはどんな感じなのでしょうか?」
 私は瞑想したまま尋ねました。
「悪意は誰でも得意だから説明は要らないよね。善意の時の心の揺れとは、例えば共同募金にお金を入
れて赤い羽根を付けてもらった時の心の揺れかな。ホラ、ちょっと心がくすぐったかったりするだろう。
バスや電車の中ではちょっと胸を張っていたりしてね。あれが心の細波なんだよ。良いことをしたのだ
から胸の辺りが輝いているよね、キラキラと・・・。善意って実際はそういうことが多いのではないか
なぁ」
 静かな私の心の中に先生の言葉が心地よい風となって流れ込んできます。
「月明かりの湖面とは鏡のように心が静かな状態でしたよね。そんな時、心はレンズとなって魂を光と
して映しだすのですね。魂の光が内面から輝き溢れ出す一瞬なのです。そこには悪意も善意もありませ
ん。ただ神様の光が心と肉体を支配して、光の世界が肉体を持ったこの世界にも具現化できることを示
されるのです。
 神様はずっと長い間、私たち人間に光と水と土を与え続けてくださいました。ずっとずっと、人間と
いう知恵の種が発芽するのを楽しみにしておいでなのです。でも、人間の知恵の種は固い固い殻で包ま
れていることもよく知っておられます。だから根気よく私たちの世話をしながら、毎日毎日、人間社会
を覗いておられるのです。
 今日はいくつ芽を出した・・・
 今日はいくつ葉を茂らせた・・・
 今日はいくつ花を咲かせた・・・と
 そして神様は知っているのです。ある日のこと、無数の種が一斉に発芽して神様の庭一面を緑の葉で
覆いつくし、色とりどりの見事な知恵の花を咲かせてくれることを」
 私は瞑想中に浮かんでくるイメージをそのまま先生に伝えました。
「素晴らしいよ。そのままその神さまの庭にいてごらん」
 先生は私をしっかりとサポートしてくれています。私は知恵の花々が咲く庭で瞑想を続けました。
「私は神様に尋ねました。
『あなたの光の世界が肉体を持ったこの世界に具現化して、何が得られるのですか?』
 神様はおっしゃいました。
 私は愛の何たるかを知っている。それは大きな愛だ。お前たちの魂の求めているところはこの大きな
愛であろう。
 お前たちはゆっくりと歩む。それはそれでいいのだ。肉体を持つものたちよ、お前たちは歩みが鈍のろい
が故に、小さな小さな愛を味わうことが出来るのだ。だから嘆くのではない、そんな小さな愛の美も大
きな愛の美と勝るとも劣らない尊いものなのだから。
 神の足は光のように早い。だから神は肉体を持たなければ、お前たちの小さな愛を味わえないのだ。
 そして死から免れえない運命さだめのものたちよ、お前たちは祝福されている。神の光がお前たちの肉体に
入る時、生老病死が愛を永遠とわに創造するからだ。お前たちは愛の創造主なのだ。
 魂の光に輝く肉体を持つものたちよ。新しき時代、お前たちは『愛を育むもの』と名乗るがいい。お
前たちの花々はやがて神の庭を甘美な愛の果実で埋め尽くすのだから。神はいつもお前たちと共にある。
神は愛の僕しもべであり、愛を育むものこそが愛のマスターなのだから。
 土から生まれしものたちよ。神の庭より善悪を知る旅に出て、今再ふたたび神の庭に帰ってくるが良い。善
悪を越え、愛を育むものとなって」
 私には神様の言葉がはっきりとわかりました。私の心が最も澄み切っていた一瞬でした。そして気が
つくと私は砂浜に引き上がられた舳先の反った船にもたれながら夕日を見つめていました。私は屈強な
戦士です。ヘファイストス鍛冶屋の神の丸い盾に夕日が射し込んで真っ赤に燃えています。私の名前は・・・わか
りません。しかし明日は戦いがあります。私は死ぬかもしれません。いえ、死を望んでいました。友の
ために、名誉のために、そして神々のために。
 私は夕日に吸い込まれて、そして先生の前に帰ってきました。
「ミューズたちの悪戯はどうだったかな?」
 先生がニコニコしながら言いました。
「先生、私たち、ずっと昔から無二の親友だったんですね。今のヴィジョンは後になって常識が働いて
くると、さすがに作っているような気がしましたけど、だけどそんなことはどうでもいいのです。今、
私にもそれがはっきりとわかりました。この世の中は夢幻ゆめまぼろしだとも言います。過去生だって未来生だって、
夢幻で構わないのです。大切なものは、ただ今、この時だけなのです。今を生きるとは『今』に全ての
力と神経を集中して生きることなのです。過ぎ去ったことも、起こり行くことも、『今』に集中してい
れば、それらは夢幻に過ぎないのです。『今』に集中して生きていれば、過去も未来も『今』に追従し
てくるのです。過去も未来も『今』より遅れてやって来ます。だから『今』の生き方によって、過去も
未来をも決めることが出来るのです。
 先生はよく「あなたは私で、私は彼で、彼は彼女で」という言い方をされますよね。その意味が今、
しっかりつかめました。誰がパトロクロスだってヘクトルだっていいのです。親友の間にも、敵味方の
間にも、必ず愛があったのです。善悪の統合だけが愛ではないのです。ふたつの人生が友か敵で絡み合
う時、そこには愛があるのです。それを学ぶために、私たちは幾つもの人生を絡み合わせながら生きて
いるのです。
 先生、これで私もこのお仕事をみんなに説明しやすくなりましたわ。
過去生退行で何が学べるの? と聞かれたら、これからはこう答えることが出来ます。
『生きる意味が学べます』
 それは何なの?
『愛の本質に触れることです』
 そして私はトロイアで先生の愛の原形を知りました。それでもう私には十分なのです」
 先生の目から涙が溢れています。それはアキレウスの涙であり、パトロクロスの涙なのでしょう。
「よくそこまでわかったね、美子さん。もう教えてあげることなんか、ないんじゃないかなぁ・・・。
そう、ひとつだけ、補足できたよ。
 『今』に集中してくると過去も未来も『今』に追従してくる、というのは素晴らしい気づきだよ。ビ
ジネスの世界で流行っている成功理論などは、まさしくそれを言っているのだからね。『今』が過去も
未来も引っ張っているのだから、『今』に集中して願望を念じれば、過去と未来がその願望を叶える形
に変化してくるんだよ。過去が変化すると言うとわかりにくい人もいるだろうけど、簡単に言えば、過
去の人脈や経験が願望を成就する方向に働き始めるということだね。過去の人脈や経験が突然生き返っ
て目の前に立ち塞がっていた壁を木端微塵にしてくれた、なんてことはビジネスで成功したことがある
人なら誰しも経験があると思うよ。『今』に集中して生きていれば、過去だって生き返ってくるんだね。
もちろん未来は意のまま、に出来るはずだよ。
 そしてもっともっと『今』に集中して生きていると、その人の一次元的な時間軸が破れて、その人の
まわりの時間軸が多次元化し始めるんだ。以前に言ったように、病的に個人の時間軸が多次元化すると
本人にはそれを理解することも制御することも出来ないから重度の幻覚妄想になってしまうんだ。でも
『今』に集中して生きている人は、ある意味で確信犯だからね。意図的に過去や未来を旅することが出
来るんだから楽しいだろうね。想念が強ければ集合意識から集合無意識の中にも入り込めるだろうから、
人類はおろか、神々の全てのメモリーバンクにだってアクセス出来るのだよ。預言者やアカシック・レ
コードを読むような人々は、こういうプロセスを歩んでいるのだと思うんだ。これは大変な道だから、
『お子様の手の届かないところへ』置いておかなけりゃいけない甘美な魔道だね。私も自信がないから、
そっちの道へは行かないことにしているんだ」
 先生はそう言うと大きく深呼吸しました。
「あれ? 先生は時々、アカシックで自分の過去生を読んでくると言ってたじゃないの? 私の過去生
なんか、全部読んじゃったんじゃないかって、私、前から心配してたのよ。だって不公平でしょう。先
生の過去生は私にさえ教えてくれないくせして・・・」
 私はわざとむくれてやりました。先生は頭を掻きながら言いました。
「大丈夫だよ。アカシックを使うのは自分の過去生を見る時だけだよ。これはオリンポスの神々に誓っ
てもいいよ、美子さんの過去生は見ていません、ってね」
「ホラ、やっぱり怪しいわ。全部見ていません、と誓いなさい。誓わないと・・・」
 そう言いながら、私は次の言葉が出ませんでした。頬が急に火照っています。
「誓わないと・・・どうなるのかな? パラス・アテーナイに睨まれると恐いからね。そう言えば、美
子さんってアテーナイの生まれ変わりじゃなかったのかな? 確かそんな気がしたのだけど・・・」
「何言ってるのよ。先生と私は巨人族の時代、ふたりで一人だったんじゃないの、忘れたの? ホラ、
どっちが表でどっちが裏か、よくケンカしたじゃない・・・」
「うん、そうだった。手が四本、足が四本の時代だったね。あの頃から美子さんの足は速かったなぁ。
僕の足が遅れると言って、よく怒られたよ。神々に追い立てられて、二人に引き裂かれた時は悲しかっ
たなぁ。もう二度とひとつになれないんだ、って僕が泣いていたら美子さんに喝を入れられたんだった
ね。いつまでメソメソしてんのよ、新しい世界を生きていくのよ、なんてね。どうも二つに引き裂かれ
る時に、内面の男性生は美子さんの方にたくさん入っちゃったようだね。いつも美子さんの方がしっか
りしているもの。私の内面の女性生は何だかいつも男性の肉体を持て余し気味にしているよ。まぁ、こ
のミスマッチな感覚が神さまにとっては刺激的なのかもしれないけどね」
 二人してここまでウソを並べられたら上出来です。私たちは大笑いしました。
「こんな話、講演会なんかでは冗談でも言えないよね。みんな信じちゃうよ。そうか、究極のソウルメ
イトと言うのは手足が八本のタコ人間のことを言うんだ・・・なんてね。するとすぐに、ソウルメイト
のルーツは火星人だ、火星はプレアデスの植民星だった、なんて新説が出てきたりしてね。危ない、危
ない・・・美子さん、誰が聞いているか、わからないから外ではこういう冗談は禁止だね」
「じゃぁ、どこで盛り上がろうか?」
 私は先生の目をジッと見つめてやりました。先生はタジタジしながら答えました。
「ホラね、そういうところが美子さんの男性生むき出しのセクシーなところだよ。僕の内面の女性生が
今、ドキドキしながら高ぶってきたじゃないの。あんまり刺激しないでね。私はもう男性生と女性生の
統合が終わっているんだから・・・優しくしてよ」
 私の中でも内面の男性生と肉体の女性生が軋きしみだしたのがわかりました。私の中でも、また新たなプ
ロセスが始まりだしたのです。
「ねぇ、先生、私の中でも両性の統合のプロセスが始まったような気がするわ。先生が火をつけたのよ。
だから最後まで私のアシストをしてちょうだいね。どんなプロセスになるのか、先生は知っているんで
しょう」
 先生はニコニコ笑いながら筋肉質の胸をドンと叩きました。
 今、私は彼を男として眺めています。彼が生まれて初めて本気のダイエットに取り組み、見事にシェ
イプアップして私好みの身体になってきたのもあまりに偶然過ぎます。私が両性の統合のプロセスを行
なうために、彼が一生懸命にフィットネスしているようにも見えます。ふたりで事前に決めた計画通り
に事が運んでいるように感じられます。さすがにちょっと恐ろしい気もしてきます。
「本当に幸か不幸かは自分が感じ取るものだから、どれが正解かはありません。どれを選んでもいいの
です。選ぶのは自分です。あまり迷っていても何にも変化は起こりません。どれかを選ばなければ変化
は起こらないのです。立ち止まるな!」
 今日のワークのこの言葉が、そんな私の迷いを吹き飛ばしてくれました。
「順調、順調、オーライ、オーライ」
 先生はキングコングのまねをしながら私の周りを回っています。
「まぁ、こいつに賭けてみようじゃないの!」
 私もレディーコングのまねをしながら、先生とグルグル回り続けました。
 

第七章
     愛
 昨日の日曜日、先生は脳神経外科の総会にお出かけでしたので、私も久しぶりの休日を楽しみました。
秋が深まってくると思い出します。夫と私は毎年の紅葉狩りを欠かしたことがありません。ふたりとも
夏が大好きでした。夏の光をいっぱい受け止めてくれていた木々の緑葉がいつしか美しく錦色に輝いて
いるのを見ながら、今年の夏に感謝して、夏を讚えながら二人で歩いたものです。
 今年は何を思ったのか、娘が私を誘ってくれました。
「お母さん、明日ね、京都に紅葉狩りに行こうよ。キャンパスから見てると、東山がとても奇麗に紅葉
してるの。私、思ったんだ。これはお母さんを連れてこなけりゃいけないわ、ってね」
「あら、珍しいわね。あなた、紅葉狩りなんて大嫌いだったんじゃないの? 学園祭の掛け持ちで超忙
しいはずなのにねぇ」
 そう言いながらも私は嬉しさで笑みがこぼれています。
「いいのよ、たまにはお父さんの代わりをしてあげなくちゃ、ね。だってお母さんこそ、ここのところ
お休みなしだったでしょう。いくら先生に惚れてるから、一緒にいたいからって言っても、やっぱり息
抜きは必要だと思うの。それにね、お母さん、まだ先生とセックスしてないでしょう? 心理学的に言
うとね、今のお母さんは精神的なエネルギーの方が勝っちゃってるわ。それってアンバランスなのよ。
この頃、お母さんを見てると、そういうアンバランスが行動面に出始めているんだもの。だから明日は
私と身体を動かして、肉体と精神のバランスを回復しなけりゃね。でも、ディナーは豪勢におごってよ
ね。やっぱり栄養が肝腎だもの」
 娘は私にそっくりな性格をしています。京都の大学で心理学を学んでいますが、いつの間にか、こう
やって私の良きカウンセラーになってくれています。
「あなたの言う通りだわね。最近、何だか心がザワザワしてるもの。わかったわ、明日はしっかりと歩
きましょうね。そして晩ご飯はドーンと張り込んじゃおうかな。ねえねえ、何にしようか・・・」
 娘と二人して歩く東山の紅葉は、とても力強い大地のエネルギーを感じさせてくれました。眼下から
立ち昇ってくる若者たちの熱気とスピリッツが、この東山の紅葉をより紅く染めているのかもしれませ
ん。
 私たちのハイキングはいつもハイペースです。二人とも走るのが大好きですから、まるで千日回向えこうの
行者さんのようなペースで歩きます。それでも景色はしっかりと見ています。まわりの人たちから見る
と二人で鬼ごっこをしているように見えるかもしれません。
 お昼頃になると、さすがに娘の若さに負けてしまいました。私たちは秋晴れの空の下、のほほんと流
れ行く鴨川を見下ろしながら、お弁当をいただきました。
「やっぱり運動はいいわね。気分がスキッとするわ。心の中に溜まっていたゴミがみんな吐き出されて
しまったみたい。空気も美味しいし、言うことなし、だわね」
「あら、お母さんでも心にゴミが溜まるの? もう毎日が幸せいっぱいかと思ってたわ」
「そんなことないわよ。先生と一緒にワークに入っているとね、患者さんのネガティブなエネルギーを
どうしてもかぶっちゃうんだから。患者さんがそんなエネルギーを開放してくれるのは、先生も私も大
歓迎なんだけどね。ワークが終わってホッとすると、やっぱり心がしんどくなるの。先生なんか、右の
頭が重い、といって頭をゴロゴロ振るんだから」
 そう言いながら私は先生のマネをして見せました。娘も大笑いしながらマネしています。
「今のゴロゴロ、うちのゼミで流行らせちゃうからね。お母さんの先生ってね、公には誰も口に出せな
いけど、結構、心理の学生に読まれてるんだよ。私が先生のサイン本を持ってるのを、みんな不思議がっ
て集まってくるんだもの。この前も院生のセミナーの打ち上げで盛り上がっちゃったんだ。ある教授な
んかね、酔った勢いでね、こういう医者は『バカと天才は紙一重』の貴重な症例であります、なんて言っ
てたんだよ。でもね、なんだか好意的な感じがしちゃった。だってね、どんなに興味があっても教授に
は簡単には手を出せない分野だもの。なかなかワイス博士のような勇気は出せないよ、特に日本の学閥
の中ではね。私ね、そんな先生がすごく身近にいるように思えて、なんだかとっても嬉しかったんだ」
 娘はそう言いながら東山の空気を胸いっぱい吸い込みました。若さが私のジェラシーをくすぐります。
「そうそう、美穂は奥山先生の知りあいなの? って聞かれるとね、いつも私、こう答えることにして
るんだ。『ええ、未来のパパなの』・・・ウソウソ、そんな『社内秘』を漏らしたりしませんから、ご
安心くださいませ。
 それにしても『頭ゴロゴロ』の感じって私もわかるなぁ。試験勉強ばかりしていると何だか左の頭が
重いんだもの。やっぱり頭を振りたくなるわよ。で、お母さんの先生はどうやってストレスを開放して
るの?」
「最近はね、フィットネスに行ってダイエットしてるのよ。生まれて初めて本気でダイエットしようと
思ったんだって。そう言えば、お母さんが先生と初めて出会った小学校の頃から、先生はかなりのオデ
ブちゃんだったわ。彼の痩せてる姿なんか想像できないもの。それがね、この前なんか、生まれて初め
て力こぶが出来た、なんて言って看護婦さんたちと大はしゃぎしてるのよ。みんなに力こぶ、触っても
らって喜んでるのだから。まだまだ子供のままなんだから」
「そう言いながら、お母さん、とっても嬉しそうな顔してるじゃん? で、お母さんも先生の力こぶ、
触らせてもらったの?」
「もちろんよ、お母さんは先生の前ではそんなシャイじゃないんだから。それがね、本当に立派なのよ。
モッコリしてカチカチでね、ドーピング剤をうまく使っているらしいけど、本物の力こぶだったわ」
「じゃあ、お母さん、楽しみだわね。筋肉モリモリに生まれ変わった先生に抱かれるなんて、うらやま
しいわ・・・私が盗っちゃおうかしら」
 私はその時、フッとこの娘に彼を紹介してはいけないわ、と思いました。この不安は娘の若さへのジェ
ラシーだけなのでしょうか?
「何、言ってるのよ。先生のダイエットは右脳と左脳のバランスを取るためのものなんだからね。先生
にそんな下心なんか、ないわよ」
 私はむくれた顔をしながら、先日の先生との初夜の話を聞かせてあげました。娘は途中から笑い転げ
ています。
「お母さん、それっておかしすぎるわ。このまま笑い過ぎて東山から転がり落ちそうだわ」
 本当に娘は笑い過ぎて、その日寝るまでシャックリが止まらなくなりました。
「おふたりさんとも本当に大人でございますわね。でもお母さん、何やってんのよ。そういう時はね、
先生を押し倒しちゃうのよ。燃える時は燃えまくらなくちゃ、ホラ、何もかも忘れてね」
 そして娘は私を押し倒して、私の上に馬乗りになりました。娘の顔が午後のお日さまに眩しく重なっ
ています。お日さまの光に一瞬、目がくらんだような気がして・・・私は突然、エクスタシーに襲われ
ました。娘に押さえ込まれている私の仙骨が、まるで地球から噴き上げてきた熱いマグマに満たされた
ように真っ赤に燃え上がっています。そのメラメラ燃えたぎるマグマが、龍が天に昇るように私の背骨
を頭頂まで一気に駆け上がって行きます。私の意識はその赤い龍と一緒に私の肉体を離れて天高く昇っ
て行きました・・・すぐに私の意識は宇宙に漂っているのがわかりました。
 私は青い地球を眺めています。久しぶりの地球です。夫とのセックスで、私はよくこうやって青い地
球を見せてもらいました。いつも夫は私の心も身体も丹念に愛してくれました。私が心を開きさえすれ
ば、夫はしばしば宇宙旅行に連れ出してくれたのです。今だからこそ、このステージは過去生で死んだ
後、魂が上に昇っていった時に達するのと同じステージだと言うことを私は知っています。過去生での
死後、魂となって青い地球を眺める人は結構おられるのです。先生はこのステージに入ると、宇宙に目
を向けて、宇宙の中の特に明るい星へ向かって進むように導きます。今日の私も地球から宇宙へと目を
向けてみました。
 宇宙は真っ暗なはずですが、意識の目で見ている私には、宇宙は明るい光で満ちあふれていました。
明るい光の中を、まるで調べを彩色したようにいろいろな色の群れが行き交っています。私は一番大き
くて眩しい光に入ろうと決めました。
 そう思った瞬間、私はその大きな光の中心に立っていました。そこには若々しい姿の先生が微笑みな
がら待ってくれていました。筋肉が今以上に盛り上がっています。その姿はまるでボディービルダーそ
のものです。でも笑顔はまちがいなく先生です。私の意識がホッとしているのを私は感じとりました。
その時、私の意識は彼の姿に男性の本質と美を感じていました。ロダンの彫刻を見つめるように、私の
意識は先生の身体を見つめました。
「美子さんが今度、エクスタシーの中に泳ぎ出てきたら、スピリチュアルな性について一緒に考えよう
と思って待っていたんだよ」
 先生はそう言いました。私にもその意味がすぐに感じ取れました。
「美子さんはエクスタシーがどんなものかは、もうわかっているよね。そうでなければ、ここまで来れ
ないからね」
 私は頷きながら気づきました。ここは魂のステージです。私の想いはたちどころに先生にわかってし
まうのです。先生が手を差し伸べてくれました。そうです、私は先生と手を繋いでいたかったのです、
光の中で先生を見失わないように。
「美子さんがいるこのエクスタシーの世界は、シャーマンが太鼓や踊り、秘伝の薬などを使って変性意
識状態に入る世界と同じだと考えてもいいんだよ。誰でも身体をリラックスさせて肉体のなすがままに
させてやり、心を開いて、瞑想するかのように心を無にした瞬間にこのレベルのエクスタシーに入るこ
とが出来るんだ」
「私が今いるエクスタシーのレベルは、一体どういうレベルなのですか?」
「青い地球を見てきただろう。ユングも百年前、まだ誰も宇宙飛行をしていなかった頃に、あの青い地
球を眺めたんだよ。彼はセックスではなく瞑想によってだろうけどね」
 先生がウインクしたように感じました。私は先生の手をしっかりと握りしめました。
「ここはスピリチュアルな気づきのプロセスが始まる入口なんだよ。ここでは意識が肉体から離れて、
意識自体が覚めている状態だからね。肉体を持ちながら、魂が目覚め始めたステージなんだよ。だから
とっても気持ちいいんだ。肉体的よりも精神的にね。自分の本質が目覚め始めたことに気づけば、この
エクスタシーの大切さがわかるのだけど、ほとんどの場合がセックスが最高潮の時に女性に訪れる気づ
きだからね。いつも気づきとのファースト・コンタクトまであと一歩なんだけど、シャワーを浴びて肉
体の次元に戻るとその意味を忘れてしまって、ついエクスタシーを肉体的な快感の極地だと納得してし
まうんだ。無理はないけどね、こんな魂レベルの快感を生きている間に味わうことなんて、普通の人た
ちにはそうないのだから。それでつい見逃してしまうんだよ。
 例えば世界三大珍味のキャビア、トリュフ、フォアグラがどれも心底美味しい! と思っている人っ
てそうそういないだろう? 値段を見て、評判を聞いていて、トレ・ビヤン! と言っているだけの裸
の王様が多いのじゃないのかな。魂レベルの快感とは、そんな珍味の本物の味を知ってしまった、味覚
が目覚めてしまった人と似ているんだよ。もう後戻りは出来ないんだ。ペリゴールのトリュフを堪能し
てレストランを出てきた時、値段の話や珍味の自慢話をしている人たちは肉体的なセックスがお好きな
方だろうね。レストランを出てからずっと黙り込んで歩きながら、ただ時々ニヤついている人こそが今
日の料理の素材もシェフの心も味わい尽くした人なんだよ。彼の肉体は歩いてはいるけれど、彼の魂は
まださっきの料理の中にいるんだ。そして、その魂に染みついた味わいは永久に消えないものなんだよ」
 魂レベルでも、やっぱり先生はちょっと外れた物語をしています。私はおかしくなって下を向いてク
スクス笑ってしまいました。確かに先生の言う通りです。子供に「これは世界の三大珍味だよ」と言っ
たって、「美味しくない、要らない!」と言って逃げ出しちゃうでしょうね。でも、それとセックスと
どう関係があるの?
 先生はすぐに答えてくれました。
「人間社会で言う大人とは物事のわかった人を指すようだね。しかし大人が哲学に長けているか、知恵
を愛しているか、と言うと、これは問題だよね。そんな人はまだまだ少ないよ。足下を見てごらん」
 私は真下に意識の目を向けました。青い地球が見えます。パッとライトを消したように地球が真っ暗
になりました。その時です。蛍が光るように、地球のあちらこちらで明るくて優しい光がいくつもいく
つも灯ともり始めました。このヴィジョンは私も以前、見たことがあります。そうです、魂の本質に目覚め
始めた人たちの光、愛の光なのです。
「そうだよ、魂のプロセスを歩んでいる人たちの光だよね。そしてもう一枚、フィルターをかけてみよ
うか」
 すると再び地球が真っ暗になって、今度は淡い虹色の光が散在しているのが見えました。赤も黄も青
もあります。
「そうだよ、これが両性の統合プロセスを歩んでいる人たちの光だよ。元々の性別とその人の統合のプ
ロセスのステージによっていろんな色の光に見えるけど、みんなエクスタシーの意味に気づいた人たち
なんだよ」
 私は感心しながら虹色に光る地球を眺めていました。私の先輩は思っていたよりも多そうです。
「ずっと昔から宗教家たちはこのエクスタシーの真理に気づいていたんだ。しかし、人々に気づきをも
たらす、という使命に殉じることを厭い、肉体的な快楽に溺れた宗教家たちはこのエクスタシーでの目
覚めを怖れたんだよ。なぜなら、それは神さまから女性に与えられた祝福だったのだからね。女性は肉
体的にエクスタシーに達しやすくなっているだろう。男性は射精するほんの一瞬にエクスタシーを感じ
るけれども、その一瞬ではとてもじゃないけど宇宙旅行してくる時間などないからね。射精しちゃった
ら意識はすぐに現実に戻ってしまうようになっているんだ。男はあの凝縮した快感が女性のエクスタシー
と同質だと思っているけど、とんでもない誤解だよ。男は何も知らないからね。女性のエクスタシーは
世の男性諸君の想像が及ばないくらい素晴らしい快感なんだよ。そして、エクスタシーの余韻が続いて
ちゃんと宇宙旅行してくる時間まで取ってあるのだから、神さまの創造力はすばらしいよね」
 私は目をあげて先生を見つめました。先生はいつもと変わらない微笑みを浮かべながら話してくれて
います。
「女性はセックスのエクスタシーによって、しばしばこのスピリチュアルな世界の入口にやって来れる
んだ。何度もここまでやって来ていると、例え肉体的な快楽に溺れていたとしても、エクスタシーの都
度、スピリチュアルな快感にも感作されていくのだよ。
 スピリチュアルな快感は本人が気づかないところで、魂と心を隔てている厚い壁をゆっくりと溶かし
始めるんだ。エクスタシーの真意が心と魂に染み込んでいくのだよ。そして・・・あるエクスタシーの
中で彼女は魂の本質と繋がることが出来るんだ。スピリチュアルな目覚めの一瞬であり、そこからプロ
セスが始まるんだね。こうやって女性はいち早く目覚めるべく創造されているんだ。こうやって普通に
生きていてもスピリチュアルに感作されていくように肉体が仕組まれているんだよ。だから女性の方が
スピリチュアルに目覚めやすいと言えるのだけど、この仕組こそが女性が長い間、男性に虐げられてき
た元凶でもあるんだよ」
 私は先生の話に引き込まれていきました。肉体を持って聞くよりも、先生の想いがダイレクトでピュ
アーに伝わってきます。
「源氏物語に見られるように、貴族社会では通い婚による女系家族が主体だっただろう。母方が一族の
リーダーシップを握っている形だね。母系は元々が平和を好み、生み育てる、慈しむ・・・ことに長け
ているけど、スピリチュアルに目覚めると愛に生きるようになるから、その平和な体質はますます顕著
になっていったんだ。確かにそんな貴族社会を支えていた底辺の人々は虐げられ搾取されていたけど、
それは今だって同じことだからね。グローバル化しただけで、世界中に貧富の差が二極化してきている
だろう。だからここでは貧富の差はあえて勘定に入れないで進めるからね。
 さて、平和な貴族社会からは雅や風流が生まれたよね。これは女性的な美だろう。女性的な貴族社会
ではセックスもおおらかだったし、何より女性が主導権を握ることが出来たんだ。母性による母系社会
だったんだね。
 しかしそんな平和な貴族社会の中で、男性本能が爆発を迎えたんだ。戦い、破壊、競争・・・武家社
会の到来だよ。男たちは武力社会を作り上げたが内心は心配だったんだ。どんな武力も美には適わない
ことを知っていたんだよ。そこで女性から気づきのチャンスを奪う影の社会体制も作り上げていったん
だ。つまり、セックスは恥ずかしい、女性は汚れている、女性は弱いから武力で守らなければならない・・
・等々の社会的既成概念が出来上がったんだ。これで女性は長い間、そう、つい最近まで男性に虐げら
れてきたんだね」
 先生はそう言いながら男性を代表して私に謝りました。
「そして私たちが生きているこの時代、女性は目覚め始めたんだ。肉体的にも、精神的にも、スピリチュ
アルにも、新しい気づきをつかみ始めたんだよ。それは偶然のことではないんだ。暗く長い闇の時代の
中で、女性の中に母性本能からの脱皮が起こってきたからなんだ。これは子供がかわく感じられない、
といった困った問題のように男性社会では報じられているけど、実は女性が魂の本質について無意識の
うちに考え始めた兆候なんだよ。魂のレベルで価値判断をし始めたということなんだ。そして、それま
での男性社会からの幻覚的な既成概念の押し付けを考え直して、男性と戦うのではなく、そんな男性社
会を包み込み、慈しみ、愛することが出来るだけの知恵を新しい時代の女性たちは持っているんだよ。
そんな女性たちがどんどん目覚めて、スピリチュアルなプロセスを歩んでくるよ。もちろんその後には
男性だって大勢歩んでいる。そして、もうすぐ新しい愛と美の社会がやって来るんだね」
 先生は嬉しそうに言いました。
「先生、それで最近、離別や離婚が多いのですか? いえ、先生の個人的なことを聞いてるんじゃあり
ませんよ」
 私は心の中でずっと先生の離婚の原因が気になっています。こういう何一つ隠し立ての出来ない世界
は結構、不便なこともあるのです。
「まぁ、私の話はまた別の機会にするとして・・・。新しいスピリチュアルな時代の入口にあたる時期
は、どうしてもギクシャクしてしまうことが生じやすいんだ。夫婦や恋人の片方がスピリチュアルに目
覚めてしまうと、魂のレベルから物事や人々を見てしまうようになるんだ。美にしても愛にしても、唯
物論対スピリチュアルになってしまうんだよ。
 魂の知恵のプロセスを進んでいった時、パートナーが同じスピリチュアルなプロセスを歩み始めてい
たら、とても良い関係を続けることが出来るんだ。きっとそれまで以上にパートナーが愛おしく思える
だろうし、そんなパートナーからの愛が今まで以上にダイレクトに感じ取れるようになるよ。なぜなら
スピリチュアルなプロセスでは心が開いていることが必要だからね。毎日の生活の中、唯物論の世界で
受けてきた心の傷がスピリチュアルなプロセスを歩んでいるパートナーには見えるんだ。だからパート
ナーの心の傷を癒してあげれる。開いた心を通して魂の本質で通じ合っているから、お互いに素直な心
で同じ道を歩めるんだ。こちらこそが私のソウルメイトです! って、自信を持って紹介できるんだ。
 しかし、悲しいことに相手が頑なに唯物論に固守していると、二人の間の葛藤は日増しに憎悪してい
くんだ。文字通り『住んでる世界が違う』ので相手のことが見えなくなってしまうんだよ。スピリチュ
アルなプロセスを歩んでいる人は心を開いているので、唯物論の人の言動ですぐに心を傷つけられてし
まうんだ。スピリチュアルな人は、唯物論の人もきっといつかは目覚めてくれる、と信じているから、
いつまでも傷つきっぱなしになるんだ。傷つけている人にはそれがわからないからね。果てしない忍耐
が人生の目的になってしまうんだ。そんな苦渋の忍耐の中でもマリア様の微笑みを保てたら・・・こん
な茨の道はきっと神への道だと思うよ。私は歩きたくないな・・・」
 先生の額に深い皺が刻まれていました。誰にもわかってもらえない彼なりの忍耐の証なのかもしれま
せん。
「さて、さっき目覚めは女性から始まる、と言っただろう。と言うことは、最近の離婚の増加は女性が
社会の主導権を取り戻し始めた証拠なんだね。でも、もう昔の母系社会には戻れないよ。目覚めた女性
たちは新しい社会を作り上げていかなくてはならないんだ。願わくは魂が輝ける世界であらんことを、
だね」
 先生は心を開いてくれています。私には先生の離婚の真相がわかったような気がしました。
「美子さんはセックスが好きかい?」
 先生が突然、心の中で尋ねました。ここではウソはつけません。
「もちろんよ。愛して、愛されて、また愛して・・・私、セックスは大好きだわ」
 先生が大きく頷いてくれたので私も安心しました。
「肉体のこの世界は、セックス好きとセックス嫌いの二つに分かれるんだ。これも大きな二元性だ、と
言えるね。この世界の人間の肉体はセックスを快感として感じるようにプログラムされているだろう。
プログラマーは神さまだね。熱いものに触れば熱い、針で刺せば痛い、のと同じで、セックスは快感だ
とプログラムされているんだ。これは例外なしだよ。セックス好きな人は身体の快感が素直に開放され
ているだけなんだ。
 しかし、現実にはセックスを快感だと感じない人がたくさんいるよね。セックス嫌い、不感症の原因
はすべて心のブロックにある、と言ってしまってもいいと私は思っているんだ。なぜなら神さまのプロ
グラムにミスはないからね。もし仮に心は開かれているが身体が閉じているように見える人がいても、
それは心のスイッチで身体の快感反応を切っているだけなんだ。心頭滅却すれば火もまた涼し、と言う
だろう。心の力は偉大だよ。身体に対しては何だって出来るからね。
 するとセックス嫌いはみんな心が閉じているのか? ということになる。この肉欲の世界を見ている
と、身体が開放されていて心が閉じているのが普通のようだね。そんな世界で、セックスが好きだ、と
言える人は心の開き具合は定かではないけれど、少なくとも素直で正直な人なんだよ。神さまの贈り物
を楽しんで使っているのだから。セックス好きは身体の快感の開放だ、と言ったけど、心の開放と身体
の開放の両方が相まって進んでいったら、両性の統合プロセスがとても早く完成して、目覚めのプロセ
スを駆け上がっていくことが出来るだろうね。
 それに反して、セックス嫌いの人は心が重く閉じているんだ。陰気だ、嘘つきだ、という話ではない
からね。明るく陽気で皆の人気者、という人だってたくさんいると思うよ。ただ、そういう人でも心の
奥深くはわからない、ということなんだ。心を重く閉ざしてしまうと、自分で心を覗き込んでも心の奥
深くは見えないんだよ。心を閉ざしていることにさえ気がつかない人が多いからね。そんな人はセック
ス嫌いになりやすいんだ。私は明るい性格なのに、なぜだかセックスは好きになれないわ、という人に
は心を開くワークをお薦めしたいね。神さまが人生の目的の中でよく言うだろう、人生を楽しみなさい、っ
てね。一度、神さまに言ってもらいたいよね、セックスを楽しみなさい、って」
 こんな不謹慎な事を平気で言う先生にも慣れてきました。初めはバチが当たらないか・・・と心配し
てましたが、つまらない心配をすると心が閉じてしまいます。先生とのセックスのチャンスが巡ってき
た時に私が不感症になっていたら・・・きっとその方が神さまに怒られるでしょうね・・・。先生は私
の心を読んで大笑いしています。
「最悪は身体も心も閉じている人なんだ。セックス嫌いで心も閉じていると外界からのストレスエネル
ギーは身体に溜まる一方だし、魂から放射される内面のエネルギーは心の奥底で滞ってしまうから、ま
ともなエネルギー循環が消え去ってエネルギーがそれぞれ内熱化してしまうんだ。そして最後には心と
身体が焼け死んでしまうんだよ。セックスを溜めすぎると身体に悪い、って世間では言うけれども、あ
れはあながちウソではないようだね。心が焼け死んでしまったら、ともかく肉体に憑依しようと彷徨さまよっ
ている悪しき感情エネルギー体の格好の餌食だからね」
 それってひどい精神病になってしまうということなの? という私の問いに先生はゆっくりと頷いて
くれました。
「この肉体を持った世界で目覚めるためには、心も身体も開放することが必要なんだ。神さまはちゃん
とそのヒントを与えてくれているんだよ、セックスの快感としてね。今の時代の人々はやっとそのヒン
トに気づいて、セックスの本当の意味を理解し始めた人たちなんだ。
 そして、心も身体も開放するためには男性と女性の性の統合を経験する必要があるんだよ。これはセッ
クスのテクニシャンになれだとか、同性愛を体験しなさい、なんていうことではないからね。この両性
の統合というプロセスは、肉体的な快感、エクスタシーを心の目を通じて見つめることから始まるんだ。
意識が覚醒したままエクスタシーを体験して、神さまのセックス・プログラムを解読する必要があるん
だよ。心の目が見開きっていない頃には神さまは男女別々のセックス・プログラムをお作りになったよ
うに思えるけど、心の目が全開になって魂の目でエクスタシーを見つめれるようになると、神さまのセッ
クス・プログラムはひとつだということが理解できるようになるんだ。そして肉体同士を流れるエネル
ギーだけではなく、魂から心を通じて肉体へ、肉体から心を経て魂へ循環する崇高なエネルギーが見え
てくるんだ。両性の統合過程が進んでくると、そんな崇高なエネルギーをコントロール出来るようになっ
てくるけど、そうなるとエクスタシーは言葉では言い表せないくらい素晴らしいものに進化しているよ。
宇宙旅行どころではないね、銀河旅行? 神々のエクスタシー・・・そう、宇宙の法則を体感できた感
じになるだろうね。
 そして最後に、スピリチュアル・マリッジのレベルに達するんだ。魂の結婚だね。二人がエクスタシー
の真意を理解して、二人の身体と魂の間に流れるエネルギー循環を高めていくと、二人の魂が融合を始
めるんだ。このレベルに達した二人は神さまのエクスタシー・プログラムを自由に使いこなせるから、
プログラムをマニュアル・モードに切り替えて二人の間を循環しているエネルギーをシールド化して、
二人の個の意識を保ったまま一気に魂のワンネスの世界まで押し上げてしまうことだって出来るんだ。
そこでは全ての魂はひとつになっているけど、個の意識はエネルギーシールドによって覚醒を保ってい
るから、ワンネスに触れるだけではなく、ワンネスを直接見て体験することが出来るんだよ。ワンネス
の中では神々や全ての魂に直接コンタクトすることが出来るから、二人の魂の間でも意志が完全に通じ
合うことになるんだ。美子さんと私の今の状態と同じだね。これは個の意識は残っているけど、魂はひ
とつになっているのと同じなんだ。結果的に二つの魂がひとつに融合したことになるんだ。元々はワン
ネスだった魂が無数の個に分かれているだけなのだから、融合というよりは帰還と言った方がいいかも
しれないけどね。スピリチュアル・マリッジすると、ワンネスの世界から肉体の世界へ戻ってきても、
二人の個の意識はひとつの魂を共有することになってしまうんだよ。でもね、これってどんなに愛し合っ
ていてもプライバシーが完全に無くなるわけだからね・・・あんまりお薦めできないステップだね」
 自分を愛せるから人を愛せる、と言います。そんなスピリチュアル・マリッジしてしまったら、愛す
る人が他人ではなく自分になってしまいます。自分を愛せるから・・・で終わってしまいますよね。
「その通りだね、美子さん。個であるということは、それの属する集合体からなにがしかのプライバシー
が保たれているということなんだ。この人間界の存在の意味とは意外とそんなものなのかもしれないね。
『人を愛することを学ぶ』ために男女の肉体に入るのかもしれないね、それはワンネスの魂の世界では
出来ないことだから・・・」
 私はとても大切なことを学んだように感じました。私の頭上には眩しい大きな光が輝いていました。
私は地球を見下ろしました。地球が真っ暗です。
「世紀末、セックスは善かれ悪しかれ人類の前面に出てきただろう。セックスの肉体面へ人類の思いが
大きく傾いていたんだよ。肉体と商業主義が結合して、肉体的快楽の追求と消費がエスカレートしていっ
たんだ、スピリチュアルな面は置き去りにしてね。その結果がエイズを具現化してしまったんだ。
 これまでのセックスは子孫を残すためと肉体的快楽だけが主体であったけど、これからはスピリチュ
アルにお互いを高めあうことが前面に出てくるようになるだろうね。肉体的なセックスが悪いわけでは
ないよ。肉体的にも精神的にも調和の取れた、フィジカルとスピリチュアルという二元性が統合された
愛の繋がりが広がっていくんだね。
 新時代、セックスでも肉体面とスピリチュアルのバランスがうまく取られるようになるから、これか
らしばらくの間は女性の主導で肉体的な快楽を包み込む形で、セックスのスピリチュアルな快感、至福
感が広く理解されるようになるだろう。新しい時代はすでに女性の手の中で芽生え始めているのだよ」
 先生はそう言いながら、私の手の中に何かを握らせてくれました。それは男性生のエネルギーシンボ
ルでした。私の心は先生の愛に満たされたまま、私は娘の所へと戻っていきました・・・。娘は私に馬
乗りになったまま、私を覗き込んでいます。私は大きな深呼吸を三つしてから、ゆっくりと目を開きま
した。
「お母さん、大丈夫? 走り回りすぎたの? 目が回るの? 気がついた?」
 どうやら私は気を失っていたようです。娘はゆっくりと私を引き起こしてくれました。彼女の目の中
にも愛が溢れているのが見えました。私は思わず娘を抱きしめて泣き出してしまいました。私はこんな
にもみんなに愛されている・・・。
 その日から私は素直に愛を受け入れることが出来るようになりました。傷つくこと、騙されること、
臆病・・・みんな私の心から消えてしまいました。私はごく自然とみんなの愛に身も心も委ねていまし
た。そして、先生の心が前よりはっきりとわかるようになりました。
 
 月曜日の私はいつも大忙しです。一週間分のワークの予定表を書き直して、キャンセルのチェックを
して、録音マイクの電池を交換して、タオルケットも白衣も新しくして・・・診察の患者さんが多いと
そちらの援軍にも呼ばれます。でも、そんなふうに走り回っている自分が好きです。先生一人にべった
りではなく、奥山医院の歯車の一つになって、みんなと噛み合っているのがとても嬉しいのです。
 忙しさが一段落ついたお昼前、私は先生に背中を向けたまま予定表を書き込んでいました。
「美子さん、昨日は山歩きでもしてきたのかな? 今日は何だかとても元気だね。顔が輝いているよ。
それでいて目は静かに落ち着いているし・・・。何かいいことがあったのかな?」
 私はちょっと振り向いて、知ってるくせに・・・のウインクをしました。先生は投げキッスで答えま
した。私はアカンべーで応戦です。通りがかった看護婦さんが大笑いしています。
「先生、今日の患者さんは三日間連続で予約しておられますからね。力リキ入れて頑張ってくださいね」
 連続して予約を入れられると、先生も私もかなりプレッシャーを感じてしまいます。初日が上手くい
けば後はとても楽勝なのですが、初日がトラブルとこちらまでガチガチに緊張してしまいます。ですか
ら予約を受ける時には出来るだけ連続しないようにお薦めはしているのですが、北海道や九州、時には
外国から来られることがありますので、旅費を考えると無理強いは出来ません。
 この日の患者さんも遠路遥々、大阪へやって来られた方でした。
「大阪は暖かいと聞いてきましたが、今日は寒いですね」
 ダークブラウンのイタリアン・スーツにハイヒール姿の女性が今日の患者さんです。サングラスなん
かしたら格好いいだろうな、と思っていたら、ちゃんと胸に差してありました。カールした黒髪にマニ
キュアなんて、お洒落です。笑顔もきれいで、すぐに誰とでも打ち解けそうな雰囲気のある方でした。
「今日は初めて北風が吹いていますね。熱いお茶を入れますから暖まって下さいね」
 このワークをお受けになられる患者さんは、どうしても心に悩みや苦しみのある方が多くなります。
ワークまでの待ち時間に、ポツンと待合で孤立してしまわないようにすることも私の仕事です。しかし、
心の扉を閉ざされた方に話しかけるのはとても難しいことだと思います。ワークが始まって先生が話し
かけた途端、涙ぐんでしまう方もたくさんおられます。狭いワークの部屋の中で何を言っても構わない、
そんな安心感からなのでしょう、感情を爆発させるというよりも、溜め込んできた心のストレスを開放
できるという安堵の涙なのだと思います。そんな涙のワークもすばらしいのですが、この彼女のように
笑顔で始まるワークは私の心までワクワクしてきます。始めから患者さんと先生と私の心が開かれてい
る、そんな繋がりが感じられるのです。
 彼女のテーマは夫との関係でした。彼女は自分の抱えている問題点を簡潔にまとめて話してくれまし
た。
「夫は悪い人ではありません。とても良くしてくれています。一生懸命、私を愛してくれていました。
でも、私は初めから彼を心から信じられませんでした。その不信感は夫婦生活が長くなるにしたがって、
私の中で大きく膨らんでいきました。その不信感の原因はわかりません。何もないのです。ただ、どう
しても信じられないのです。
 そんな気持ちが伝わるのでしょう、最近、彼と不仲になってしまいました。彼が注いでくれていた愛
を私はずっと拒んできたのですから仕方ありません。彼はもうじき去っていきます。私は出来れば彼を
笑顔で見送ってあげたいのです。彼には感謝の気持ちでいっぱいです。私にはどうしても彼を心から愛
せなかったのです。信じれなかったのです。そして今、なぜ? だけが残っています。なぜ彼を信じら
れなかったのか? これがわかれば彼を笑顔で見送ってあげることが出来そうなのです。彼へのせめて
もの恩返しなのです。
 もしかしたら二人の過去生の中に、私が乗り越えなくてはならなかった何かがあるのかもしれません。
私はどうしてもそれが知りたいのです」
 彼女の心はとても落ち着いていました。夫との関係が最もよくわかる過去生へ、と先生が催眠誘導を
始めました。彼女は誘導が始まると、すぐに深い催眠状態へと入っていきました。
 
「地面を見て、地面を感じて。そこはどんな地面ですか?」
「正方形の大きな灰色っぽい石畳です」
「足は何か履いていますか?」
「昔のぺたんこのサンダルです。素足です」
「下半身は何を着ていますか?」
「白い服です。白いひもを腰に巻いています」 
「上半身は何を着ていますか?」
「同じ白い布ですが金の縁取りがあります。ひらひらした長袖のワンピースです」
「手に何か持っていますか?」
「何も持っていません」
「その手の肌の色は何色ですか?」
「白に近い茶色です」
「その手はどんな手ですか?」
「しっかりとした男の人の手です」
「頭に何かかぶっていますか?」
「何もかぶっていません」
「どんな髪ですか?」
「肩くらいの長さでウェーブがかかっています。栗毛色です」
「ヒゲはどうですか?」
「ありません」
「顔の輪郭はどうですか?」
「面長で端正な顔立ちです」
「目の色は何色ですか?」
「青です」
「何か荷物を持っていますか?」
「左に剣を持っています」
「太ってますか、痩せてますか、筋肉質ですか?」
「背が高くてがっしりした大人です」
 彼女の目がピクピク動き出しました。
「では、その男の人の中にしっかりと入ります。足から入って、身体を入れて、両手を入れて、頭を入
れます。あなたはその男の人の中にしっかりと入っています。そして青い目でまわりを見て。まわりは
どんな風景ですか?」
 彼女は少し低い声で答えました。
「遠くに海が見えます。近くにはいろんな家が見えます。ここは町かな。石造りの白っぽい家が並んで
います」
「そこの天気はどうですか?」
「よく晴れています」
「気候はどうですか?」
「心地良い所です」
「海には船が見えますか?」
「はい」
「あなたはそれからどうしていますか?」
「街を歩いています」
「町を歩いているあなたの年齢は?」
「三十四才です」 
「あなたの名前は何ですか?」
「オルヌ・・・」
「オルヌさんはどこに着きましたか?」
「町の中にいます。人がいっぱい集まっている市場です。とても賑やかです。みんな、私と同じような
格好をしています」
「そのまま場面を続けて見て。そして誰か来ましたか? 何か起こりましたか?」
「・・・まだわかりません」
「オルヌさんが町を歩いている年代は何年ですか?」
「紀元853年・・・」
「その場所はどこでしょうか? 目の前に大きな世界地図が浮かんできます。そしてオルヌさんがいる
場所が赤く光りますよ。さて、どこでしょうか?」
「アメリカの下の方の島です」
「オルヌさんの国の名前は何と呼ばれていますか?」
「アトランティス・・・」
「オルヌさんがいる町の名前は?」
「ディオノ」
「オルヌさん、あなたの仕事は何ですか?」
「役人です。町の見回りをしています。時々、家族のことを考えながら歩いています」
 アトランティス・・・そんな名前が出てきても先生はいつもと変わらず、ただ平然と誘導を続けてい
きます。過去生の内容の吟味などはワークが終わってからゆっくりとすればいいことであって、誘導中
は先生も『今』に集中しているのです。
「その日の夕食の場面に移ってください。何が見えますか?」
「光が入っている石の家にいます。・・・部屋の中には瀬戸物があります。大理石のテーブルと椅子が
見えます。女の人がいます。私の妻です。栗毛色の髪で目はブルーです。やはり同じような白い服を着
ています。名前はオルラーヌです。妻は二十四才です。私は彼女のことが大好きです」
「その奥さんのブルーの目をしっかりと見て。意識を集中して。あなたの妻は、今のあなたが知ってい
る人ですか?」
「わかりません」
「その他には誰かいませんか?」
「いません」
「夕食のメニューは何ですか?」
「魚介類のシチューみたいなものです」
「夕食を食べながら何を考えていますか?」
「今日は疲れました。いろんな国の人々が出入りしているので、それを見廻らなくてはなりません。最
近、人が増える一方です」
「奥さんは何か言っていますか?」
「大変ね、って優しい表情をいつも向けてくれます。毎日の疲れが和なごんでいきます。私たちにはまだ子
どもはいません」
 先生は場面転換を指示しました。
「オルヌさんの人生で一番幸せな場面に移ってください。あなたはいくつになって、どこで何をしてい
ますか?」
「結婚式です。二十八才です。海の見える丘に建つ神殿のような所です。わたしの両親と親戚がいます」
「お母さんはどんな様子ですか?」
「金糸がいっぱい使われた長い白いドレスにスカーフをかけています」
「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、今の母です」
「お父さんはどうですか?」
「今の父かな・・・」
「オルヌさんの兄弟はいますか?」
「友だちならいます」
「その友達の中に、今のあなたが知っている人はいますか?」
「妹がいます」
「その人を見て、どんな気持ちがしますか?」
「嬉しいです」
「奥さんとはどこで知りあったのですか?」
「街角です。二十四才の時でした。仕事の帰りしなにバッタリと出会いました」
「その時、どう思いましたか?」
「びっくりしたのと、何か心に感じるものがありました」
「なぜ、びっくりしたの?」
「彼女がきれいだったからです」
 先生は今日のテーマへと場面を進めました。
「オルヌさんの人生で、夫との関係が最もよくわかる場面に移ってください。あなたはいくつになって、
何をしていますか?」
「五、六才の男の子と家の外で剣で遊んでいます。その子の名前はアントニウスと言います」
「その子はあなたたちの子ですか?」
「自分の小さい時の場面です。私も五、六才です」
「アントニウスはどんな格好をしていますか?」
「ふたりとも同じような格好です。黒の混じった青っぽい服を来ています」
「彼はあなたの何ですか?」
「友達です。よく一緒に遊んでいます。茶色の髪でグレーの目をしています。私達はとても仲良しです」
「アントニウスは、今のあなたが知っている人ですか?」
「主人です」
「それから何か起こりましたか?」
「いいえ、ただ遊んでいるだけです」
「遊びながら、何を考えていますか?」
「剣の練習みたいな感じです。強くなりたいと思っています」
 今の夫との関係があまりはっきりとしません。先生は更に場面転換をしてみました。
「ではオルヌさんの人生で、夫との関係が最もよくわかる場面に移ってください。何が見えますか?」
「真っ暗です。・・・ライバル同士みたいな感じで・・・今のところなにも出てきません」
 何か事件があるのかもしれませんが彼女の潜在意識が彼女を守っていて、それ以上は見せてくれませ
ん。先生は場面を戻しました。
「結婚式の場面に戻ってください。アントニウスはそこにいますか?」
「見当たりません」
「オルヌさんの人生で、あなたが死ぬ場面に移ってください。あなたはいくつになって、どこで死にそ
うですか?」
「家の中にいます。六十才くらいです。病気で死にかかっています。胸が悪いのです。でも、そんなに
苦しくはありません」
「死ぬ間際に、あなたは何を考えていますか?」
「もう死ぬんだなあ・・・」
「あなたは死んだらどうなる、と思っていますか?」
「生まれ変わります」
「あなたは次は何に生まれ変わろう、と思っていますか?」
「女性に」
「なぜ?」
「疲れました」
「何に?」
「権力、戦い、守ることにです。高度な社会についていくのが大変でした。働くばかりでした」
「そばに誰かいますか?」
「妻がいます」
「妻はどうしていますか?」
「泣いています」
「それを見て、あなたはどう思っていますか?」
「先に死んで申し訳ない、と思っています」
「あなたがアントニウスに最後に会ったのはいくつの時でしたか?」
「仕事で会いました。三十三才の時でした」
「彼は何の仕事をしていましたか?」
「やはり役人でした。建築の研究をしていました」
「その後、彼はどうなりましたか?」
「別れたままです。その後のことはわかりません」
 やはり夫との関係のキーポイントはわからないままでした。先生は先へと進めました。
「そのまま死ぬ場面を通り越してください。そして魂が宙に浮いたら教えてください」
 彼女はすぐに答えました。
「はい、浮きました。下に自分が見えます」
「それを見て、どう思いますか?」
「やっと終わりました」
「身体を離れた時、何か決心したこと、決めたことはありませんか?」
「・・・この世界、この国はどうなってしまうのだろう・・・心配です。一足先に死ねて良かった・・・」
「あなたのまわりを見て、感じて。まわりにあなたを迎えに来た存在を感じませんか?」
「います。さあ、行きますよ、って言ってます。二人組の男性で白い服を着ています。私を迎えに来て
くれたのです。でも、私の知らない人たちです」
「その人と一緒に上へどんどん高く高く上がります。高く上がった所からオルヌさんの人生を見下ろし
ます。そして何か気がつくこと、感じることはありますか?」
「・・・わかりません」
「では、もっともっと高く高く上がります。高く高く上がった所から下を見ると、オルヌさんの人生と、
今のあなたの人生が平行に並んで見えます。ふたつの人生を見比べて見て、何か気がつくことはありま
すか?」
「夫とはライバル同志でした。常にレベルを競っていて、物事がうまくいきませんでした」
 彼女は深く溜息をつきました。
「そこから上はどうなっていますか?」
「光・・・」
「その光の中に入ります。光の中はどんな感じですか?」
「・・・・・・」
「その光に向かって聞いてください。夫との関係は何ですか? 私は夫から何を学ぶのですか?」
「・・・愛です」
「愛とは何ですか?」
「戦うことではなく、守ることでもなく、手放すものです」
「何を手放すのですか?」
「求めないところに愛があります。求めないことです」
 私は先生を見つめました。先生はいつものように、ただ目を閉じたまま語りかけていました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「感謝です」
「それはどういうことですか? もう少し私にわかるように教えてください」
「感謝による愛が愛の形です。愛にはいろんな形があります。感謝される愛と感謝する愛があるのです」
「私のはどっちですか?」
「両方です。すべてです」
 彼女は少し涙ぐんでいます。先生は淡々と続けました。
「母親との関係は何ですか? 私は母から何を学ぶのですか?」
「・・・・過去生から持ってきたものです」
「何を持ってきたの?」
「数々一緒に旅した仲間です」
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「人を助けるため、自分で選んで来ました」
「今回の人生であなたは誰を助けるのですか?」
「父であり、母であり、家族です」
「私は今まで何回生まれ変わりましたか?」
「八十六回です」
「その中、母とは何回一緒に生きましたか?」
「三十四回です」
「父とは?」
「六十四回です」
「夫とは?」
「八十四回です」
「今の子供とは?」
「八十四回です」
「今の病気の意味は何ですか?」
「それを手放す過去生に戻りなさい」
「戻って、どうするのですか?」
「戻れば意味がわかります」
 彼女は微かに頷きました。
「人間は何のために生きているのですか?」
「人を愛するためです」
「シャーリーさんから私は何を学ぶのですか?」
「彼女はあなたに愛を与えるために、あなたを選んで降りて来たのです。あなたにとっては愛の存在な
のです」
「私のおばあちゃんからは何を学ぶのですか?」
「ひとつのものを続けることの意味の大切さ」
「おばあちゃんと私は何回一緒に生きましたか?」
「七十回です」
「おばあちゃんは今、どうしていますか?」
「新しく生まれ変わっています」
「そのビジョンを見せてください」
 光の中に、おばあちゃんの生まれ変わったヴィジョンが見えてきました。
「・・・誰かの子供になっています。女の子です。元気そうです。日本人みたいです」
「その子に声をかけてあげて。おばあちゃん、って呼んでみて。気がついてくれましたか?」
「笑顔で、ありがとう、って言ってくれています」
「おばあちゃん、がんばってね、って言ってあげて」
「うん、幸せになるからね、って言っています」
「その赤ちゃんのおばあちゃんにお願いします。今の私に何かアドバイスをください、って」
「自分の信じた道を行きなさい」
「私と一緒の人生は幸せだった?」
「幸せだったよ。満足してるよ」
「がんばってね、と言って、手を振ってあげてください」
「また一緒になろうね」
 そしておばあちゃんのヴィジョンが光に帰っていきました。
「光にお願いしましょう。今回の人生の目的をクリアできた、未来の私の姿をちょっと見せてください」
「・・・ダメです、見えません」
「なぜ見せてくれないの?」
「まだ心の中にわだかまりがあるから、それを取り除かないと駄目だ、と言われました」
「そのわだかまりとは何ですか?」
「あなたは愛されることにおいて、まだわかっていない点があるから」
「私は一体どうしたらいいのですか?」
「・・・人を信じることを怖れるために、大切なことがわからなくなっています」
「私はどうしたらいいのですか?」
「人にばかり合わせないで、もっと自分の楽しみや好きなことを持ちなさい。そういう幸せになる気持
ちや、楽しい、嬉しい気持ちから愛が生まれるのです。誰もが自分が幸せだと人を愛せるようになりま
す。感謝も人に強制されるのではなく、自分の心から出来るようにならなくてはいけません。このテー
マについて、あなたは何度も同じことを繰り返しています。あなたは自分を小さく見過ぎています」
「今回の私の人生はここまで順調ですか?」
「努力した方です」
「これからも、あなたは私を応援してくれますか?」
「あなたが気づきさえすれば、私はいつも同じところにいますよ」
「これからも辛い時には、あなたのところに相談に来てもいいですか?」
「すべてを信じることです。信じることから始まるのです」
 
 催眠から覚めた彼女は、しばらくそのままオルヌの人生について考え込んでいました。先生が夜診の
診察を始めた後に、彼女はワークの部屋から出てきました。困惑した表情と失望感が目に浮かんでいま
す。彼女は黙ったまま洗面所に行きました。私はお茶を入れ直して、彼女がお化粧から帰ってくるのを
待ちました。
 戻ってきた彼女は心を押し殺して、明るい表情に戻っていました。私は彼女の横に座って一緒にお茶
を頂きました。
「愛とは手放すものなのでしょうか? 私にはまだよくわかりません。私は彼に求めすぎていたのでしょ
うか?」
 彼女は独り言のように呟いています。これは彼女の心の扉が大きく開かれている証拠です。今、彼女
は自分の半開きの心を通じて、彼女の本質である魂と対話しているのです。この状態の彼女に何かアド
バイスをすることは先生から厳しく禁じられています。今の私にはその重要性がよくわかります。今、
彼女に何かアドバイスじみたことを言えば、その言葉が彼女の心の扉の新しい鍵になってしまいます。
彼女を洗脳してしまうことになるのです。
 私は彼女の独り言を静かに聞いてあげました。
「私はなぜ、人を信じるのが恐いのでしょうか? 私は人に愛される価値などないのでしょうか? 私
の心が貧しいから、私には人を愛せないのでしょうか? 私は永遠に幸せにはなれないのでしょうか?」
 彼女は空っぽの湯飲みを見つめながら、ポツリポツリと言葉を漏らしています。
「ホラね・・・あなたは自分を小さく見過ぎていますよ」
 私はそう心の中で呟きながら彼女の目を見つめました。心の中でだったら大丈夫だわ、早く気づいて
元気になってね・・・そんなつもりもありました。しかし彼女は私の心のスキを見逃しませんでした。
彼女の目が私を押し倒して、依存の剣を私の心に突き刺しました。もうこうなったら彼女の依存心が満
足できる言葉を私が言わないかぎり、彼女は私を自由にはしてくれないでしょう。その時、私にはよく
わかりました。先生がいつもワークの後、あまりにそっけなく、患者さんに冷たい理由わけが・・・痛いほ
ど身に沁みました。私は心の中で先生の助けを呼びました。
 診察室の扉が開いて・・・先生が思いっきりの笑顔で私の心に突き立っている依存の剣を抜いて、彼
女に優しく返してくれました。
「今日は疲れたでしょう。早くホテルに帰ってゆっくりとお休みくださいね。そう、しばらくは急に泣
き出したくなることがあります。何が原因かは考えなくて構いません。ただ泣いて出し切ってください
ね。涙の原因はじっくりと煮込み過ぎたカレーのようになっていて、ジャガイモもニンジンもお肉もみ
んなとろけちゃって、何が何だかわからなくなっていますからね。ともかく出し切ることが大切です。
町中で泣き出したくなったらトイレに駆け込んで泣いちゃってくださいね。
 それと、これからしばらくの間、夢の中で今の過去生の続きが出てくることがあります。それは異常
ではありません。大丈夫ですから心配しないでくださいね。では、ごゆっくりと大阪の夜をお楽しみく
ださいませ」
 彼女は笑いながら帰っていきました。彼女はまだ左手に依存の剣を握りしめていました。そんな彼女
の後ろ姿を見送りながら、私はホッとしました。少し膝がガクガク震えています。
 私はタイムカードを早めに押して先生の夜診が終わるのを待ちました。どうしてもお礼を言いたかっ
たのです。
 夜診が終わると、いつも先生はヘトヘトになっています。待っている間に私は近くのコンビニまで自
転車を飛ばして先生の大好物を買いに行ってきました。スピードを大切にすること、これも先生から教
わったことです。もっとも先生だって中谷彰宏さんに洗脳されちゃっているんですけど・・・。
 夜診が終わると、やっぱり先生はグッタリしてました。
「先生、今日はヘルプ、ありがとうございました。これ、お礼です。それと肩もみもサービスしちゃう
からね」
 私は花林糖とお茶を先生の机に置くと、肩もみを始めました。先生は何も言わずに、ただ気持ち良さ
そうです。少し居眠りしているのでしょうか? 今日は私も何も言わずに、ゆっくりと先生の肩もみを
続けました。虫の音も懐かしい秋の夜がゆっくりと深けていきます。
「人生の目的や生きる意味を考えてばかりではなくって、こういう時の流れに身をまかす時間も必要な
んだわ」
 私は安心しきった顔の先生を見つめながら、何だかまたひとつ、人間としての大切な気づきを得たよ
うな気がしました。
 
 翌日、彼女は元気を取り戻してやって来ました。私は彼女の一つ前のワークの患者さんとお話をして
いましたので、彼女とは事前にお話しをしないままワークに入りました。でも心配は要らなかったよう
です。一晩ぐっすりと眠った彼女は、昨日のワークはそのまま宿題で置いたまま、今は今日のワークに
意識を集中していました。実はこれも先生のアドバイスだったのです。連続してワークを受けられる方
には、くれぐれも前日のワークを引きずらないようにお願いしています。
「今に集中して、今日のワークのことだけを考えてお越しください」
 先生はこのように患者さんに指示しています。
 具体的には、良く眠ること(多少の飲酒もオーケーです)。
 その夜にノート等を取らないこと(慌てなくてもちゃんと覚えていますから)。
 友達、家族への電話でワークの内容をくどくど説明しないこと(興奮してきてパニックになってしま
います)。
 朝、起きたら散歩でもジョギングでもいいですから、何か運動すること(ワークでは右脳を酷使しま
す。左脳を使っておくと、うまくバランスが取れます)。
 朝食は、ゆっくりと、しっかりと、楽しく取ること(コーヒーだってオーケーです。ただし、レスキュー
レメディを入れることを忘れずに!)。
 彼女はすべてをクリアーして来られたようです。彼女の手に依存の剣はありません。私もホッと安心
して、私の意識を今に集中してワークに臨みました。
 彼女の今日のテーマは、「幸せだと感じられない原因となった過去生へ」でした。彼女は夫を心から
愛せない、信じられないために結婚以来ずっと心の奥底から幸せだと感じたことがないのが辛い、と先
生に訴えました。
「子供が生まれた時でさえ、心のどこかに幸せを拒んでいる私がいたような気がするのです」
 それを聞いた時、私の心の中に昨日のワークでの光のメッセージが浮かんできそうになりました。で
も私だって同じミスは致しません。私は念じるように、ただ今に意識を集中し続けました。
 先生は昨日のワークのことをすっかり忘れてしまったように、彼女にテーマを提案しています。
「ではちょっと長いけど、幸せだと感じられない原因となった過去生へ戻りましょう、という誘導でい
いですね」
 先生にとって今日のテーマはあまり良くないことに私は気づいていましたが、先生がそのまま受け入
れていたので私は何も口を挟みませんでした。
 ワークのテーマは、***の原因となった過去生へ、***の意味がわかる過去生へ、***さんと
の関係がわかる過去生へ、最も***だった過去生へ、の四つに大別されます。この***の語句をワー
クの前に絞り込んでいくのですが、あまりに長かったり、言いにくかったりするのは困りものです。ま
た、否定形(***でない)がつくのを先生は出来るだけ避けています。催眠誘導の原則の一つに、否
定形は使わない、というのがあるからです。使ったらいけない訳ではありませんが、潜在意識は否定形
を認識しにくい、と言われているからです。これはダイエットや禁煙目的の暗示型の催眠では大切な原
則なのですが、過去生退行ではそれほど問題にはならない、と先生は考えています。しかし、せっかく
遠くから来られる患者さんなのですから、出来るだけ悪いジンクスは避けたい、とも思っているようで
す。ですから患者さんの話されるテーマの内容をまとめていく時に、出来るだけ肯定形に置き換えるよ
うにしているのです。
 先生が昨日と同じ誘導を始めました。彼女はすぐに深い催眠状態へ入りました。そして、「幸せだと
感じられない原因となった過去生へ」と戻りました。
 
「地面を見て。どんな地面が見えますか?」
「小さな四角いグレーの石畳が続いています。その先に井戸があります」
「足は何か履いていますか?」
「薄い紫の靴を素足で履いています」
「下半身は何を着ていますか?」
「・・・布の服です」
「上半身は何を着ていますか?」
「上下が繋がっています。ベージュのような色合いです。丸首で襟なしです。長袖です」
「手に何か持っていますか?」
「何も持っていません」
「頭に何かかぶっていますか?」
「かぶっています・・・修道服みたいな感じです。尼さんみたいです。髪は見えません」
「その人は女性ですか?」
「はい」
「肌の色は何色ですか?」
「黄土色です」
「目の色は?」
「・・・茶色です」
 今日の彼女は、この過去生の女性の中へはあまり入りたくない様子です。
「その女性の中へ入っても、映画を観るように客席側から少し離れて観ていても構いません。ただ意識
をその女性にしっかりと集中しましょう。その女性のまわりはどんな風景ですか?」
 彼女は意を決して過去生の中へ入ったようです。
「大きな古い教会です。町全体が教会です」
「あなたはそこで何をしているのですか?」
「石で囲まれた大きな通路に立っています」
「あなたの名前は何と言いますか?」
「ロザリーナです」
「あなたの年齢はいくつですか?」
「三十八才です」
「その教会の町はどこでしょうか? 目の前に大きな世界地図が浮かんできて、あなたが立っている場
所が赤く光ますよ」
「イタリアです。フィレンツェのようです」
「あなたが立っている年代は何年ですか?」
「1612年です」
「あなたの仕事は何ですか?」
「神に仕える仕事です」
 彼女は口が重そうに話しています。先生は今日のテーマに進みました。
「ロザリーナさんの人生で、幸せだと感じられない原因となった場面に移ってください。あなたはいく
つになって、何をしていますか?」
「十才です。家にいます。行商人の家です。母がいます。白い洋服を着ています。茶色の長い髪で目は
ブルーです。私は母が好きです。でも、もうすぐ母に会えなくなります。私は神に仕えるための準備を
しています」
「そのお母さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、たぶん今の母です」
「家の中に他には誰かいますか?」
「小さい子供たちが見えます。たぶん私の弟と妹です」
「その子たちは、今のあなたが知っている人ですか?」
「女の子は今の娘で、男の子は今の妹です」
「お父さんはいますか?」
「はい、でも今は行商の旅に出ています。父はあまり記億にありません。父はいつも家にいませんから」
「そのお父さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「今の父かなぁ」
「他に誰かいませんか?」
「おばあちゃんがいます。灰色の髪にブルーの目です。私はおばあちゃんも好きです」
「そのおばあちゃんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「亡くなった祖母です」
「十才のあなたの髪は何色ですか?」
「きれいな茶色です」
 彼女の口が少し軽やかになってきました。先生は本題に質問を向けました。
「あなたは神に仕えるように言われて、何を感じていますか?」
「悲しい気持ちでいっぱいです」
「それはなぜですか?」
「自由がなくなるような気がしています」
 彼女は沈み込んだ口調で黙ってしまいました。先生は少し時間を進めました。
「それからどうしてますか?」
「十七才の時に洗礼を受けました。もう親にも会えない、誰にも会えません。会っても言葉を交わすこ
とさえ出来ないのです。ひとつの道で生きて行くしかありません。それを断ると、とても家族が困るの
です」
「なぜですか?」
「この時代は、逃げて帰るとみんな首切りにされてしまいます。それがとても恐いのです」
 彼女は泣き出しました。悲しく、重い涙です。
「そしてそれから、あなたはどうなりましたか?」
「祭壇でたくさんの女性と一緒にお祈りをしています。毎日毎日お祈りばかりしています。私はいつも、
教会からわずかに見える町並みを眺めています」
「それは何という教会ですか?」
「セント・・・・」
 彼女は思い出すのも嫌だったのでしょうか? 重い沈黙が続きました。先生は場面転換を指示しまし
た。
「ロザリーナさんの人生で、次に大切な場面に移ってください。何が見えますか?」
「・・・何も浮かびません」
「では先程の場面に戻りましょう。それからあなたはどうしていますか?」
「毎日、みんなとお祈りしています。ここには自分というものがありません。神に仕えるもの、と言う
のが私の名前なのです」
 はがゆそうに彼女は言いました。先生は人生の最後の場面へと進めました。
「ロザリーナさんの人生で、死ぬ場面に移ってください。あなたはいくつになって、どこで死にそうで
すか?」
「教会の中で寝ています。六十四才になっています。インフルエンザに罹っています」
「死ぬ間際に、あなたは何を考えていますか?」
「早く死にたい・・・」
「なぜ?」
「幸せじゃなかったからです」
「なぜ?」
「普通に結婚したかったのです。もちろん神様は信じてますが、実は神様にではなく、いつも目の前の
シスターや王やいろいろな権力者たちに仕えてきました。それが幸せだとは感じられませんでした。他
の人たちはそれを心から幸せだと感じられたのに、なぜ私だけが出来なかったのか・・・、だから私は
いつも自分を責めていました。神に仕える私が自殺をすると家族が迫害されてしまいます。だから、私
はずっと死にたいと思っていたのです。死を迎えた今、私は幸せなのです」
 彼女はか細い声で答えました。先生は一気に死を通り越させました。
「その死ぬ場面を通り越して、そして宙に浮いたら教えてください」
「・・・はい、浮きました」
「魂が身体を離れた時、何か決心したこと、決めたことはありますか?」
「次の人生では、忍耐と苦労を苦労と思わずに人に尽くすこと、自分を愛するよりも人を愛するように
尽くすこと、見返りを求めないこと、自分のことは二の次にして、とにかく忍耐することを学び直さな
ければなりません」
「あなたのまわりに、あなたを迎えに来た存在はいますか?」
「とてもきれいな女の人がいます」
「その人はあなたに何と言っていますか?」
「マリアさまです。・・・よく頑張りましたね。もう苦しみは終わったのですよ。あなたはとても貴い
人生を生きたのですよ。この人生は苦しみではないのですよ」
 彼女がとても優しい表情に変わりました。
「そして?」
「愛。愛をみつけることが人間にとってはとても大変な作業なのです。」
「愛をみつけるためには、どうしたらいいのでしょうか?」
「あなたが相手の中に愛をみつけた時に、あなたの中にも愛を感じることが出来るのです。これはとて
も意味のある作業なのです。あなたの人生は決して単純な人生だったのではありません。あなたにとっ
ては暗く寂しく、孤独を感じただけの人生だったかもしれませんが、あなたの魂はすべてを知っている
のです。すべてを知っていて、今生を決めたのです。そのことを心に思いながら、また自分で段階を歩
み、自分で壁を乗り越えていくのです」
 先生は彼女に直接、質問をさせてみました。
「マリアさんにあなたが聞きたいことを聞いてください」
 彼女はしばらく黙った後、話し始めました。
「愛の段階にも努力が必要なのですか? 愛とはどういうものなのか、教えてください」
「そしたら何と答えてくれましたか?」
「・・・愛とは貴いもので純粋無垢です。愛とは、愛してばかり、愛を受け取ってばかりではつかみ取
れるものではありません。愛には種類や形がたくさんあります。愛を受けなこと、愛されないことも、
そういう体験があるからこそ、愛を受けた時の気持ちがよくわかるのです」
「他には何か尋ねましたか?」
「寂しさはどこから来るのですか? と尋ねたら、愛が足りないからだ、と言われました。寂しさは人
に愛を与えることによって、その愛を受け取った人の心の中が温かくなることで癒されるそうです。自
分が愛をもらうのではなく、人に愛を与えることによって寂しさや孤独がなくなっていくのです」
 彼女は自分の言葉をゆっくりと噛みしめています。しばらくしてから先生はマリア様に尋ねました。
「今回の私の人生の目的は何ですか?」
「あなたは神というものを知りました。神はすべてにおいて、万物において存在するのです。神の存在
は愛です。それを知らない人はもっと孤独なのです」
 彼女はとても輝いた表情になっています。先生がマリア様に聞きました。
「今の人生に戻っていく私に、最後に何かメッセージをください」
「・・・寛容、そして思いやり・・・・・・あなたは人々からたくさんの愛を受け取っていることを忘
れないように」
「そこでマリア様にしっかり抱いてもらってください。どんな感じがしますか?」
「心から安心できます。これは初めての気持ちです」
「これからも私を見守ってくれますか?」
 マリア様は優しい声で言いました。
「いつもあなたを見ていますよ」
 
 彼女はゆっくりと目覚めました。マリア様に抱かれたまま戻って来たかのような、とても幸せに満ち
た表情でした。今日も私はそのまま彼女の話を聞くことになってしまいました。
「今日の過去生はとても辛かったです。途中で逃げ出したくなってしまいました。でも、ロザリーナが
私を捕まえて放してくれなかったのです。きっと彼女も、彼女の心の苦しみを誰かにわかってもらいた
かったのでしょう」
 そう言いながら彼女の中に悲しみが込み上げてきました。彼女はそのまましばらく泣き続けました。
私はただ黙って、彼女に寄り添っていました。私も先程のマリア様の愛を感じ続けながら・・・。
「私は愛が足りない、と言われました。でも、人々からたくさんの愛を受け取っている、とも言われま
した。どういうことなのでしょうか? 私は夫を愛せないから、愛が足りないのでしょうか? そう、
寂しいのも愛が足りないからだ、と言われました。一体、どういうことなのでしょうか? ますますわ
からなくなってきました。私はどうしたらいいのでしょうか?」
 彼女の気持ちが深く深く落ち込んでいるのがわかります。しかし私は彼女の問いかけには答えません
でした。
「二日続くと、とても頭が混乱しちゃいますよね。あなたはとても過去生がよく見えるタイプだから、
よけい大変だと思います。頭の中がゴチャゴチャになってしまった時には眠るのが一番ですよ。今晩は
早めに寝て、明日の朝すっきりと起きれば、きっと二つのワークの共通点が閃きますよ」
 彼女は依存の剣を抜いて私に向かって切りつけようとしています。
「だってマリア様のお言葉が頭の中でグルグル廻っているんですよ。これじゃ眠れませんよ。今からちょっ
とまとめてみますから、もう少しつきあってくださいませんか?」
「大丈夫ですよ、眠れますって。そうだ、太閤さん直伝の眠れるおまじないを教えてさしあげましょう。
大阪人はみんな、こうやって眠るんですから。まず・・・たこ焼きを買ってきます。大きなホテルでし
たら、大阪ではルームサービスにもありますよ。どこにお泊まりですか? あっ、ニューオータニです
か、それは良かった。あそこのたこ焼きはお上品ですけど結構いけますからね。お風呂に入ってリラッ
クスします。ビールが美味しいですよね。そして、たこ焼きを食べ始めます。実は、大阪の夜のたこ焼
きには太閤さんの呪いが掛けられているのです。そう、もうかれこれ四百年になりますね。それは、た
こ焼きを十個食べるまでに深い眠りに落ちて死んでしまう、という恐ろしい呪いなのです。昔は本当に
死んでいたみたいですが、最近は呪いも薄れてきて、明くる朝まで死んだように眠ってしまうだけになっ
たんです。だから安心して、ゆっくりとたこ焼きを味わってくださいね。きっと・・・気がついたら、
生駒から昇ってくる朝日で目が覚めますから」
 彼女は私の作り話を聞きながらニコニコし始めました。
「そうですよね・・・今日はパーとやりますよ。そのたこ焼きのお話、いただきます!」
 彼女はロザリーナの悲しみを心の整理棚に投げ込んで、明るい顔で帰っていきました。
 
 彼女とのワークも三日目になりました。今日が最終日です。彼女は髪を少しショートにして、明るい
黒色に染めていました。表情が一段と明るくなっています。その日の外来はとても忙しくて、先生も私
も彼女と話が出来ないまま、ワークの時間になってしまいました。
 彼女が選んだテーマは、「夫との関係が最もよくわかる過去生」でした。同じテーマを続けて行なっ
た場合、同じ過去生に降りることもありますが、ほとんどの場合、前に見た過去生での学びはすでに得
られていますので、別の過去生に降りることになります。この際、前の過去生から気づかなければなら
ないことに気づいたか、過去生からの学びを十分に消化できたかどうか、は関係ありません。ですから、
消化不良の方がいくつも過去生を見続けていくと、頭がパンクしてしまうことになりかねません。さら
に、気づきから自分の心の目をそらすために、単なる過去生マニアになってしまう方もおられます。こ
れは一種の過去生への依存症です。このようなケースを作らないように、先生は過去生を見るのは連続
しても三日まで、ということにしています。
 彼女はとても過去生へ降りやすいタイプですので、先生はこの日の誘導を少し短めにしました。彼女
は簡単に、夫との関係が最もよくわかる過去生へと降り立ちました。
 
「地面を見て。どんな地面が見えますか?」
「茶色の石畳の町です。石畳は少し濡れています」
「そこはどんな町並みですか?」
「ガス灯があります。レンガ作りの町です」
「足は何か履いていますか?」
「ドレスを着ているから足は見えません」
「そのドレスは何色ですか?」
「薄いピンクです」
「あなたは女性ですか?」
「はい」
「肌の色は何色ですか?」
「白い手袋をしているのでわかりません」
「頭に何かかぶっていますか?」
「羽のついた帽子です」
「どんな髪をしていますか?」
「薄い茶色の髪です」
「目の色は何色ですか?」
「ブルーグリーンです」
「何か荷物を持っていますか?」
「レースの日傘と小さなポーチです」
 今日の彼女はどうやら澄まし屋さんです。先生はいつものように彼女を過去生の主役ヒロインの中に入れまし
た。
「その女の人の中にしっかりと入ります。そしてまわりの風景は見て、どんな風景が見えますか?」
「独りで歩いています」
「歩きながら何を考えていますか?」
「どこかへ行こうとしています。寂しい気持ちです」
「あなたの年齢はいくつですか?」
「二十四才です」
「あなたの名前は何と言いますか?」
「マデリーンです」
「その町はどんな感じの町ですか?」
「階段がたくさんあって、道には歩道があります」
「あなたが歩いている年代は何年ですか?」
「1904年です」
「その場所はどこでしょうか?」
「ロンドンです」
「歩き続けて、どこに着きましたか?」
「大きな河です。・・・河辺に立っています。河の流れを見ています。どうして結婚がうまくいかない
のかな・・・親が反対しています」
「そこで何をしているの?」
「彼の家に行こうとしています」
「彼の家はどんな家ですか?」
「大きなお屋敷です。玄関で彼を呼んでもらっています。彼が来ました。彼は茶色の髪に茶色の目をし
ています。背は高いですが痩せています。ふたりで結婚について話しています。どうしようか、と悩ん
でいます」
「彼の名前は何と言いますか?」
「ハンセンです」
「その人は、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、主人です」
「それからどうなりましたか?」
「まだボソボソと話しています」
「あなたはどんな気持ちですか?」
「迷っています」
「何を迷っているのですか?」
「彼と結婚して幸せになれるのだろうか・・・難しい気がしています」
「何が気になっているのですか?」
「彼は気難しい人だから・・・」
「その日はどうしましたか?」
「別れて帰りました」
「あなたの家はどんな家ですか?」
「お屋敷です」
「両親はいますか?」
「はい」
「お父さんのことは好きですか?」
「あまり好きじゃありません」
「なぜ?」
「厳しいからです」
「そのお父さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「父です」
「お父さんの仕事は何ですか?」
「貴族です」
「お母さんはいますか?」
「出て来ません」
「兄弟はいますか?」
「います。妹がいます。ジョセフィーンです。九才のかわいい妹です」
「その妹は、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、妹です」
 先生は今日の主題へと場面を移しました。
「そのマデリーンさんの人生で、夫との関係が最もよくわかる場面に移ってください。あなたはいくつ
になって、どこで何をしていますか?」
「さっきと同じ年頃です。彼と結婚しています。家で彼は怒って私を殴っています。他の男としゃべる
な、自分だけを見るように、と言われています」
「その時、何を考えていますか?」
「彼は気難しいから、私も結婚を迷っていました。両親の言う通りだったなぁ、と泣いています」
「そして?」
「彼が大声で怒鳴っています。彼が部屋を出て行ってしまいました。私はひとりで泣いています。死ん
でしまいたい・・・。私たちは貴族同志なので離婚は許されないのです」
 彼女はマデリーンのまま、しばらく泣き続けました。
「そのマデリーンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください。あなたはいくつになって、何をし
ていますか?」
「子どもがいます。女の子はマリアン、男の子はヨハンセンと言います。子供たちと一緒に遊んでいま
す」
「マリアンは、今のあなたが知っている人ですか?」
「娘です」
「ヨハンセンは?」
「弟です」
「一緒に遊んでいて、どんな気持ちですか?」
「子供といる時が一番楽しいのです」
「夫はどうですか?」
「相変わらずです」
 そう言いながら彼女は大きな溜息をつきました。
「そのマデリーンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください。何が見えますか?」
「娘マリアンの結婚式です。彼女には幸せになって欲しい」
「夫はどうですか?」
「・・・・・・」
「娘の夫はどんな人ですか?」
「とても優しい人です」
「その人を見ていると、夫に対してどんな気持ちが湧いてきますか?」
「娘には幸せになって欲しいのです。離婚していたら、こんな盛大な結婚式をしてあげられなかったか
ら、別れなくて良かったのです。母として良かったと思います」
 彼女の声に次第に強さが感じられてきました。先生はそのまま彼女の人生をたぐり寄せています。
「そのマデリーンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください」
「夫とふたりでいます。四十才くらいになっています。ふたりで話をしています。・・・いろいろあっ
たけど、この人は私を愛してくれています」
「そのマデリーンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください」
「夫が病気で寝ています。私は五十才くらいです」
「あなたは何を考えていますか?」
「以前は夫なんかいなくなればいい、と思っていました。でも本当にこの人が死んでしまったらどうし
よう・・・。私はこの人を愛している、と感じられないまま、私の人生は終わってしまうのかな・・・」
「夫はどうなりましたか?」
「・・・・・・」
 ここが彼女の三日間続けたワークのポイントのようです。先生はもう一度、聞き直しました。
「そのマデリーンさんの人生で、夫と最後に別れた場面に移ってください」
「自分の家にいます。五十才くらいです。夫が病気です」
「夫はあなたに何と言い残しましたか?」
「申し訳なかった。愛していた。信じて欲しい」
「あなたは何と?」
「その時になっても、正直に言うと、なぜ夫を信じられないのだろう、と心の中で自分を責め続けてい
ます」
「夫は死にましたか?」
「はい」
「お葬式の場面に進んでください。あなたは何を考えていますか?」
「すごく寂しいです。夫がいなくなったら楽になるだろう、と思ってきたのに、自分でも訳がわからず
に泣いてばかりいます。娘が心配してくれています。次の人生では私が先に死にたい・・・」
 彼女の声の中に戸惑いが出ています。私は心の中で彼女に声援を送りました。
「そのまま、あなたが死ぬ場面に移ってください。あなたはいくつになって、どこで死を迎えています
か?」
「六十才です。老衰です。家で寝ています」
「死ぬ間際に、あなたは何を考えていますか?」
「これで夫の所へ逝けます。夫とちゃんと話をしたいのです。でも本当は生きている時にしたかった・・・

「その死ぬ場面を通り越してください。そして宙に浮いたら教えてください」
「はい」
「死んだ時、何か決心したことはありますか?」
「今度こそ自分に正直に生きよう。両親から反対されても自分の気持ちを大切にしたい」
「あなたのまわりに、あなたを迎えに来た存在はいますか?」
「夫がいます」
「どんな様子ですか?」
「全然違っていて、すごく優しいです」
「夫は何と言っていますか?」
「さあ、行こう」
「ふたりでどこに向っていますか?」
「光です」
「それからどうしていますか?」
「たくさんの魂がいるところに着きました。・・・もう一度やり直そう、と約束しています。ここはとっ
ても自由で、話さなくても心で会話が出来ます。生きている時は話すのがとても大変だったのに、今は
こんなに楽で信じられません」
「他に何か約束しましたか?」
「何があっても一緒になる、って誓いました。今度こそ、ちゃんと向き合って愛し合えるように努力す
る、って。優しくする、って誓ってくれました」
「あなたは何と?」
「生きてる時は彼を信じられなかったのに、死んでからは何の疑いもありません。このままでもいいな、
と思っています」
「あなたは何を約束しましたか?」
「今度は母としてだけではなく、妻として夫を愛せるように努力します。今度は自殺しないように気を
つけます」
 彼女はそのまま言葉が詰まってしまいました。そのまま光の中で夫と寄り添っている姿が私には見え
ました。しばらく二人きりにして、ただ静かに時間が流れていくのを先生と私は眺めていました。そし
て彼女は自ら催眠を解いて、今、この時へと戻ってきました。
 
 三日目のワークが終わった彼女には、あれほど強かった他人への依存心が消えて無くなっていました。
少なくとも、彼女の目はこれから歩き出すべき方向へ前向きに向けられています。彼女は心の扉を開い
て立ち上がったのです。これだけでもワークを受けられた価値がある、と私は思いました。
「私と夫は何があっても一緒になる、って誓い合っていたのですね。だから何だか相性も良くないのに
結婚したんですね。この人生で二人が向き合って、愛し合えるように頑張らなくちゃいけないのですか・・
・。そう、確かに夫は誓った通り、優しくしてくれています。後は私が夫を愛さなくちゃいけないので
すね。難しいなぁ、妻として夫を愛するのですか・・・。
 そうですね、光が言ってたように、いつの間にか私は妻ではなく子供たちの母になってしまっていま
した。妻は形だけ、になっていました。もちろん、やるべきことは全てこなしてきました。でも、それ
は日々の作業でしかありませんでした。妻という仕事に愛情は全く注いでいませんでした。それは単な
る毎日の流れ作業になっていました。それでいて、私は夫の愛を求め続けていました。夫の愛が大きく
ならないと、私はとても苛立ちました。夫の愛のエネルギーが弱くなると、心の影の世界で自分を哀れ
み、夫を恨んできたのです。私は子供たちの母だけになっていました。子供たちを独占すること、それ
がとても心地よかったのです。もしかすると、夫の愛が子供たちに奪われないように、子供たちと夫の
間に大きな溝を掘り続けていたかもしれません。子供たちも私と一緒になって、夫を怖れ、憎むように
仕向けていたのかもしれません。子供たちが夫に対して心の扉を閉ざせば、夫の愛をひとり占め出来る
からです。そうまでして私は夫の愛を奪い取ろうとしてきたのかもしれません・・・これは母ではあり
ませんね。母は子供たちの心の光にならなくてはなりませんから。人を信じることが愛への道であるこ
と、人を信じれることが心の扉を開く鍵となることを、妻として人として、夫を信じて愛する姿を通し
て、子供たちに教え続けなければいけなかったのです。母は子供たちの心に光を灯さなくてはならない
のです。私は・・・逆をしていたのですね。妻として夫を信じ、愛のエネルギーを送り続けていれば、
例え子供たちに分かち合える愛のエネルギーがなくなったとしても、そのまま放っておいても子供たち
の心は光に満たされるのです、そんなヴィジョンが見えたような気がします。子供たちを自分のスケー
プゴートにしてはならないのです。夫を愛せない、信じられないのは自分から心を閉じてしまっていた
からだったのです。それをいつまでも他人の責任にしてしまっていました。夫、姑、義理の兄弟・・・
果ては夫の友人、仕事仲間・・・夫の趣味、健康、仕事そのものにまで嫉妬と恨みをぶつけていました。
私の心の影の世界がどんどん大きくなって、悲しみや憎しみばかりを吸い寄せてきました。夫との関係
が急激に悪化したのも、そのせいだったのです。私が引き寄せていたんですね」
 彼女は心を開いたまま、まだ光と対話しているかのように語り続けました。
「でも、今となってはもう、どうしようもないことなんです。夫の心は私から離れて、どこか遠くへ行っ
てしまいました。私は今回の人生でも失敗したんです。後は夫を笑顔で送り出してあげるだけしか出来
ません。私は夫の愛をずっと奪い続けていました。夫の命のエネルギーを吸いつくしてきたのです。そ
れを考えただけでも、夫には申し訳ないと思います。私はもう、消えてなくなりたい気分です。これま
で何度も失敗してきて、また今回も夫に迷惑をかけてしまったのですから。あんなに愛してくれたのに、
私は奪い尽くすことしか考えてなかったなんて・・・」
 彼女の心はどんどん小さくなっていきました。私は彼女に何と言ってあげたらいいのか、言葉が詰まっ
ていました。
「もう一度、目をつぶってごらんなさい。そしてゆっくりと息を吐きましょう。あなたの心の中の悲し
みをゆっくりと吐き出します。そして息を吐く度に、あなたはこの人生で夫を愛した場面へ戻っていき
ます。ゆっくりとこの人生を遡っていきます。最も夫を愛した場面に戻ったら、大きく息を吐きましょ
う」
 彼女はすぐに催眠状態に戻りました。そしてゆっくりと息を吐き出しました。彼女の頬を涙が伝いま
す。しばらくして彼女は大きな息を吐きました・・・彼女は声を出して泣き始めました。
「あなたが最も夫を愛した場面に戻っていますね。その時のあなたの心のときめきを、今、この時へと
持って帰りましょう。その時のあなたの愛のエネルギーを、今、この時へと持ち帰ります。その時の夫
の目を見て、もう一度、夫の愛に触れてください。そしてその夫の愛の中で、今のあなたは何を誓いま
すか? 声に出さなくても構いません。ただ、あなたは夫の愛のエネルギーの中で何を誓いますか? 
何かを誓えますか?」
 彼女は無言のまま静かに意識を集中していました。そして突然、大声で泣き崩れました。私は彼女の
背中をゆっくりとさすりました。両手から私の愛のエネルギーが彼女に染み込んでいくのが感じ取れま
した。夏の暑さにうな垂れたヒマワリが夕立を一気に飲み干すように、彼女は私の愛のエネルギーを吸
い尽くしてくれました。私は先生のいつもの誘導の通り、地球の愛のエネルギーと宇宙の中心の光のエ
ネルギーに私の魂を繋げました。空っぽになった私の中に新しい愛と光のエネルギーがどんどん流れ込
んでくるのがわかりました。そのエネルギーは尽きることなく、それまで以上に私を愛と光のエネルギー
で満たしてくれました。私は彼女にエネルギーを送りながら、愛を与えることの意味を悟り始めていま
した。
『寂しさは人に愛を与えることによって、その愛を受け取った人の心の中が温かくなることで癒されま
す。自分が愛をもらうのではなく、人に愛を与えることによって、寂しさや孤独がなくなっていくので
す』
 私も夫や子供たち、そして先生の愛に支えられながら、ここまで生きて来れました。私も愛をもらう
側だったのです。でも、夫も先生もとても喜んで愛してくれています。愛をもらう側だからダメなので
はないのです。私はみんなの愛を喜んで受け取っています。みんなにも神様にも感謝しています。私は
心を開いて、素直に、笑顔で、みんなの愛を受け入れてきたところが彼女との違いなのでしょうか・・・
でも、これは私の元々の性格なのです。私を愛してくれる方は、皆さん、私の笑顔で心が救われるんだ
よ、と言ってくれます。私は確かに皆さんに愛されることで皆さんの寂しさと孤独を癒してきたのかも
しれません。私はこの人生で彼女のような苦労をしてきませんでした。同じ愛される道を歩みながら、
なぜ彼女は茨の道を歩み、私は幸せに愛される道を歩んでいるのでしょうか?
 そんなことを考えていると、私の中の地球と宇宙のエネルギーの交点から、何かがスゥーと心の中に
浮かび上がってきました・・・私の思い悩んでいた心が急にとっても軽くなりました。
「そうだわ、愛を受け取る、愛される役がいないと、愛する人たちの寂しさと孤独を癒して差し上げら
れないんだわ。だから、これでいいんだわ。愛する人っていつも、とっても孤独で寂しいからね・・・
愛される役の人は、いつも笑顔で感謝して思いっきり愛されたらいいんだわ。愛されているエネルギー
を心に大きく受け止めて、それを感謝のエネルギー、喜びのエネルギーに変えて私自身が光り輝けばい
いんだわ。全身全霊で愛を受け止めて、眩しい魂の光で世の中を明るく照らし出せば、愛する人の心は
至福感に満ち、愛する人に新しく崇高な愛のエネルギーが流れ込んでくるのだわ。愛する人、愛される
人、どちらがいい、悪いなんか、ないのだわ。ただ、彼女は愛され方を間違えたんだわ。愛され方のコ
ツは笑顔と感謝なのよ。
『もっと自分の楽しみや好きなことを持ちなさい。そういう幸せになる気持ちや、楽しい、嬉しい気持
ちから愛が生まれるのです。誰もが自分が幸せだと人を愛せるようになります。感謝も人に強制される
のではなく、自分の心から出来るようにならなくてはいけません』
 私はこれが自然にクリアーできていたけど、これはすでに過去に私がこのポイントをクリアーして来
たのか、私にはこのポイントが必要ないのか、だっただけなのでしょう。彼女は、『人間にとってはと
ても大変な愛を見つける作業』にチャレンジし続けているだけなんだわ」
 彼女はようやく泣きやみました。その瞳は虹色に輝いて見えました。彼女は一言、私たちに言いまし
た。
「もう大丈夫です。すべてがわかりました」
 見送りに出た私に、彼女は澄んだ瞳で私を見つめながら握手を求めてきました。彼女の瞳に青空が映っ
ていました。きっと彼女は夫に、心からのありがとう、が言えることでしょう。それは彼女の中に芽生
え始めた精いっぱいの愛なのです。夫がそれに気がつくかどうかはわかりません。でも、どんな結果に
なろうとも、彼女はこれからの人生を感謝で満たされた愛を育みながら生きていくことでしょう。そし
て私は彼女の後ろ姿に向かって言いました。
「私にたくさんの気づきを与えてくださって、ありがとうございました」
 
 その日の夜診の患者さんはとても多くて、彼女の一連のワークについて、すぐに先生とお話すること
は出来ませんでした。そして翌日から月初めとなり、先生はレセプト作成と日々の診察に忙殺されて、
しばらく二人でゆっくり過ごす時間は持てませんでした。でも、それはまるで神様が私に、ひとりでし
ばらく考えなさい、とおっしゃっているように感じられました。私は心の中で、『愛とは何か?』とい
う問いかけをマントラのように繰り返し唱え続けていました。
 一週間が過ぎました。木曜日の午後のワークが終わって、久しぶりに先生とゆっくりとお茶が飲めま
した。私はまだ、愛についてのはっきりとした気づきをつかめていませんでした。以前の私だったら、
まるで八月末の子供たちのようにムシャクシャ、イライラしていたと思います。でも先生の近くで一日
を過ごすようになってからは、そんなイライラも何処かへ飛んでいってしまったようです。
「気づきなんていうものはね、シャカリキに求めたって得られるもんではないよ。アー・ハーって言う
だろう。ある日、ある時、突然にやって来るもんなんだ。それもハレー彗星のように人生に一、二度見
られるかどうか、なんて頻度ではないんだよ。私たちのまわりには素晴らしい気づきがゴロゴロ転がっ
ているんだ。ただね、私たちにそれが見えないだけなんだよ。
 『今』にしっかりと着地して、『今』の中で心を開けば、『今』の中に過去も未来も見えてくるんだ
よ。すべての存在ものの中に八百万やおよろずの神々が居ましめすのも肌で感じ取れるようになるんだ。妖精とお話し
だって出来るんだよ。ただ心を開いて、『今』に生きればいいことなんだ。
 気づきは妖精たちが運んできてくれるのかもしれないね。そのためには、妖精たちにごあいさつが出
来ないといけないだろう? どんな人でも心を開いて『今』に集中できれば、必ず妖精が心の中に話し
かけてきてくれるからね。一度、妖精たちとお友達になれたら、後は妖精たちがどんどん気づきを運ん
できてくれるからね。磁石で引き寄せたように気づきが集まってくるから、覚悟しとかなきゃいけない
よ」
 以前、先生が教えてくれた妖精のお話です。今、確かに私もたくさんの人たちに支えられているのが
わかります。ただそれだけじゃありません。もっともっと大きくて広大な力に見守られているのがわか
るのです。それが愛・・・なのかもしれません。私はそんな愛を知ってから、心がますます静かになっ
てきたように思います。
「美子さん、今日ね、これからバイク屋さんに行くんだけど、一緒に行かない?」
 今朝、私が顔を洗っていると私のニンフたちがやって来て、今日はジーンズをはいていけ、と勧めた
のです。昨夜買ってきた黄色のバラたちもパウダールームの中で元気な声で笑っています。私はとって
おきの日のために買っておいたトラサルディをはいてみました。鏡に映った私がとても生き生きしてい
ます。私は鏡の中の彼女に思わず話しかけてしまいました。
「何か良いこと、あったの?」
 先生が予備のヘルメットを貸してくれました。さすがにブカブカです。
「まぁ、すぐそこまでだから辛抱してね。さぁ、乗った、乗った」
 先生のバイクに乗せてもらうのはこれが初めてでした。いえ、私が初めてのはずです。お互い緊張で
身体がガチガチになるはず・・・でしたが、二人とも意外とリラックスしています。私は先生を優しく
抱きかかえるように大きな腰骨につかまっていました。
「息がピッタリだわ。この感じ・・・なんだか懐かしいけどなぁ、何だっけ?」
 そんなことを考えているうちに、バイク屋さんに着いてしまいました。
「はい、これ、美子さんのヘルメット。サイズは大丈夫かな? タンデム用のヘルメットだからジェッ
トタイプにしたんだ。何と言っても夏はこっちの方が快適だからね」
 先生はそう言いながらブルー・ホワイトにペインティングされたヘルメットを差し出しました。ヤマ
ハのマークが兜の紋章のように見えます。サイドにはネームまで入っています。
「Y O S H I K O . ___  A +」
「先生、ありがとう! 素敵なヘルメットだわ。ブルーがとってもきれい。ねぇ、先生も買ったんでしょ
う、見せて!」
 先生は当然、色違いのお揃いにしているはずだわ、だって・・・あの先生だもん・・・ホラ、やっぱ
りね。
 先生のヘルメットは黄色でした。車体が黄色だから・・・とは言っていますが、実はタンデムしたら
私のブルーが一番引き立つように、と考えているんです、そういう先生なんですよ。そう、ネームは・・・
「T E R U M I . O K . A + 」
 やっぱり、です。先生と一緒だと、「この歳になって・・・」という口癖がはるか未来へと消え去っ
ていきます。心も身体もどんどん若返っていくような気がします。いえ、実際に身体が若返ってきてい
ます。肌も爪も光沢が戻ってきました。髪だって黒くツヤツヤしてきました。
「恋すると成長ホルモンが大量に分泌されて身体が若返っていくんだよ。更年期障害の一番の薬は、
『ドキドキする恋をしなさい』なんだからね。そして心を開いて魂のレベルから愛のエネルギーを汲み
上げていると、成長ホルモンが枯渇することはないんだよ。はっきりとした証拠はないけれども、恋す
る人、誰かを愛している人は一目見ただけでわかるだろう。愛のエネルギーがオーラとなって後光のよ
うに輝いているし、肌艶だってピチピチしているものね。歳は関係ないよ。老人ホームで恋愛関係になっ
たお年寄りが一気に若返ることがしばしば話題になっているからね。恋して愛することが老化予防、健
康維持のための最も安全で強力なアイテムなんだよ」
 以前、先生はそんなことを言ってました。それにしても・・・こんなクレージーな先生と楽しくおつ
き合いしている私も結構、クレージーなラブリーおばさんなんですね。でもこれが、そしてこの今こそ
が「人生を楽しみなさい」なんです。私はブルーのヘルメットを見つめながら、心地よい気づきに満た
されていました。ん!? まさか・・・ヘルメット三つ当てたら愛してるのサインだよ、なんて言わな
いでしょうね・・・そう言えば、先生のMDコンポのそばにドリカム、置いてあったなぁ・・・。これ
は危ないぞ!?
「美子さん、ヘルメットにこのイヤホン・マイクをつけるんだよ。これでライディング中のお話もオー
ケーだからね」
 私がホッとした隙に、先生は革ジャケットを肩に掛けてくれました。
「これもいいだろう。私には小さ過ぎたんだけど、美子さんにはやっぱりピッタリだった! 良かった、
良かった。ホラ、鏡を見て! 今日のジーンズとのコーディネートが抜群だなぁ。とっても格好いいよ。
でもこれ、秘密にしてたんだけどなぁ、どこでバレたんだろう?」
 私はイタリアン・スタイルの革ジャンに身を包んで、ブルーのヘルメットをかぶってみました。鏡の
中にはブロンドで瞳がグリーンの私が颯爽さっそうと自信に満ちた面持ちで立っていました。彼女はまるで私の
過去生のようでした。その瞬間、私は過去生の仕組、時空の本質にわずかですが触れたような気がしま
した。
 秋の夜は早くやって来ます。大きなお月さまが昇ってきました。私たちのディナーは山科の湯豆腐に
決まりました。先生はお月さまに向かって走り出しました。
「ねえ、美子さん、愛とは何ですか?」
 先生が私の心にポツンと問いかけました。先生の声が波紋となってヘルメットの中を拡がっていきま
す。バイクの軽快なエンジン音と気持ち良い振動が私の思考を止めました。私は心のままに話しました。
「先日のワークで、感謝の愛が愛の基本形のひとつだ、と言われました。そこには感謝される愛と感謝
する愛があります。今、私は先生に感謝しています。これは愛です。そして先生は私に感謝されて愛を
いっそう深めています。これも愛です。
 プレゼントだとか、行動だとか、それらはあくまでも物質にすぎません。愛を映すスクリーンなので
す。愛とは純粋なエネルギーであり光です。それを放つ人の心のフィルターによって、どんな色にだっ
て変わります。心が開けない人には暗い光しか放てません。心が閉じていても、心の奥底に憎悪を燃え
上がらせている人は憎しみ色や悲しみ色にスクリーンを染め抜いてしまいます。
 心が全開になって美しい愛のエネルギーを放つ人は、どんなにちっぽけなスクリーンでも真夏の太陽
のように輝かすことが出来ます。ホラ、今の私たちは、あのお月さまに負けないくらい輝いていますよ。
私たちの感謝の愛は心地よい波動となって、きっと銀河の果てまで届いています。目を閉じると、宇宙
の愛のハーモニーが聞こえてくるような気がします」
「おっと、目を閉じたらダメだよ。おっこっちゃうからね」
 私は我に返って先生をしっかりと抱きしめました。
「夫婦、親子はもちろんですけど、お友達、お客様、そして知らない人たちに何か物質的なこと、この
世ではモノとサービスになりますが、そんな何かに関わる時には、それが自分の心のフィルターを通っ
てきていること、自分の心の奥底のエネルギーを放出していることを知っていなくてはなりません。特
に夫婦、親子では、時々自分がどんなエネルギーを放出して、どんな光に見えているのかを鏡でチェッ
クした方がいいでしょうね。毎日の生活に疲れ果てていると、自分でも気づかないうちに心のフィルター
が雲ってくるし、心の底にネガティブな感情を溜め込んでしまいますから。最後にはフィルターが真っ
黒になって心が閉じてしまい、心の奥で憎悪のエネルギーが核融合反応を起こして大爆発してしまいま
すからね。そして心のブラックホールが出来上がります。心のブラックホールはどんな光をも吸い込ん
でしまいます」
「そして、家族が崩壊してしまうんだよ」
 先生は寂しそうに呟きました。
「今日は私が先生の心を掃除してあげるわ。大丈夫だからね。私は先生にこうやって命を預けているの
だから、先生は私に心の鍵キーを頂戴ね」
 私は先生の背中に身体を押しつけました。背中のプロテクターが先生の心のように感じられました。
「愛とは貴くて純粋無垢です。愛には種類や形がたくさんあって、愛してばかり、愛を受け取ってばか
りではつかみ取れるものではありません。愛されないという体験があるからこそ、愛を受けた時の気持
ちがよくわかるのです。この前のワークでこのように言われましたが、これはそのまま受け入れること
が出来る言葉だと思いました。
 私は正直言って、大きな愛されない体験はなかったのですが、先生と再会して色々な愛の形を知るこ
とが出来ました。先生は私に愛されなかった時の気持ちと愛を受け入れられた時の気持ちを鏡のように
何一つ隠すことなく教えてくれたからです。私は先生とひとつの魂だったんだろうな、と思っています。
スピリチュアルに二人の人生を眺めてみると、DNAのワトソン・モデルのようにしっかりと結びつい
ています。二人で共に愛を学んでいるのです。
 そして、私は先生の心の強さを尊敬しています。先生は愛されない世界にいても、心を開いて誰かを
愛し続けてきました。もちろん先生は親や兄弟、友達に愛され続けてきたのですが、ワークに来られる
患者さんを見ていると、そんな身近な愛に気づかない人がとても多いのに驚きました。いえ、これは愛
されない人だけの課題ではありません。逆に愛されている人の方がこの課題に気づけないかもしれませ
ん。私だって夫を亡くしてはじめて、そんな身近な愛に気づいたのですから。先生は愛のない暗黒の世
界でも愛を失わなかったのです。報われなくても、ただ愛し続けることが大切なのです。
 人間は何のために生きているのですか? という問いに光は、『人を愛するためです』と答えました。
愛されない時に愛さなければならないのです。それが生きる意味なのですね」
「そんなに持ち上げてもらったら、何だか湯豆腐だけでは申し訳ないなぁ」
「そんなこと、ないわよ。先生のラブストーリーは愛されない病、愛せない病の人たちの心を開くこと
が出来ると思うわ」
「そうかな? まぁ、神さまが書いたシナリオ通りに二人の人生が進んでいるからね、きっと誰かの役
に立つんだろうね」
 湯豆腐と精進料理が私たちの心を温かく癒してくれました。楽しく笑いあっている二人に中居さんが
尋ねてくれました。
「朝粥のご用意をいたしましょうか?」
 私と先生は顔を見合わせてから、ありがとうの笑顔で答えました。
「今日は私たち、一見さんですから、またの機会にさせていただきます。今度は雪見酒がいいですね」
 私は心を開いて感謝の光をいっぱい込めて彼女に送りました。彼女の頬がパッと明るくなりました。
「私共も一見さんに朝粥をお薦めすることはないのですが、お客さまはとても良い気を放たれておられ
ますので、ここの女将が、ぜひ朝粥もお召し上がりになっていただきたい、と申しております」
 先生は大きく愛と書いてある医院の絵はがきを取り出して、本日はご好意を辞退させていただきたい
旨を女将さん宛てに認したため、届けてもらいました。女将さんから、ごゆっくりどうぞ、という言葉と乾湯
葉のお土産が届きました。
「先生、今度これで湯葉巻きを作ってあげるからね。こう見えても手料理には私、自信があるんだから」
 私はとても幸せでした。このまま美味しいお酒を飲みすぎても、先生は何も咎とがめないでしょう。
「大丈夫だよ、朝粥をいただいてからバイクでかっ飛ばせば、朝の外来には間に合うよ。それにその革
ジャンだと、看護婦さんたちにも二人の朝帰りはバレないからね」
 そう言われることはわかっています。私の中で二つの愛が葛藤しています。
 私はこの気持ちを話題にしてみました。
「この前の患者さんは一連の愛のワークが終わった後、愛するがために、愛を独占しようとしたがため
に、自分の心の奥底に憎悪と悲しみを募らせてしまった、と言っていました。今の私は、この目の前の
お酒を一気に飲み干して先生の全てを独占してしまいたい、という熱い想いがあります。そして、今の
心と魂の愛をもっと育んでいきたい、という眩しい想いもあります。ある意味で今の私は彼女と同じな
のです。この愛から生まれた熱い想いは、いつ憎悪と悲しみに変わるかもしれません。先生、どうした
らいいのでしょうか?」
 私は薩摩切子を手に取りました。先生はお銚子を眺めながら言いました。
「この人間界ではなかなか心が通じ合わないだろう。肉体を離れて魂に戻れば他の魂の想いがすべてわ
かることに比べると、ここはとても不便な世界だよね。美子さんも知っているように、私たちはわざわ
ざ想いが通じ合わない世界を選んで生まれてきたんだ。魂の世界では愛を純粋に磨き上げていくことは
出来るが、それは理論哲学的な愛であって、言わばクリスタルの愛になってしまうんだ。愛のクリスタ
ルが純粋であればあるほど、それは巨大な愛のエネルギーを増幅することが出来るようになるんだ。つ
まり、より眩しく輝けるようになるんだよ。その究極は神々の光のように・・・だね。魂の愛を磨きあ
うだけなら肉体など持たずに魂のままでいる方が勉強になるはずだろう。想いが全て通じ合うのだから
ね。
 と言うことは、私たちが人間界で生きていることにも重要な役割があるはずなんだ。ここは愛につい
ての実践哲学的なセミナーなんだろうね。人間界では肉体と制限された時空間があり、心が通じ合わな
いが故に憎悪や悲しみなどのネガティブな感情、独占欲と嫉妬、そして制御不能な熱い想いなどが生じ
てくるんだ。肉体を持っている限り、あらゆる煩悩が襲いかかってくるからね、とてもじゃないけど、
愛を純粋無垢に研ぎ澄ましていくことなど出来るはずがないんだよ。それは魂の世界にお任せ、なんだ
よ。
 この日本酒を見てごらん。お米を研ぎ澄まして大吟醸となっていくんだけど、これは魂の世界での愛
の学びと同じだと言えるだろう。ホラ、この澄み切ったお酒を見てごらん、目を閉じて心の目で見つめ
るんだよ。雪解けの水音、田植えの雨音、ゲンゴロウやオタマジャクシの遊び声、青田を吹き抜ける夏
風の声、お日さまの笑い声、コンバインのエンジン音と育ててくれた人たちの喜びの声・・・田んぼの
香りが染み込んでいるだろう。これが人間界で学ぶべき愛なんだよ。とても土臭い愛だね。
 人間界で学ぶ愛とは、すべての中に愛がある、ということなんだ。その愛は魂の世界で燦然と輝いて
いる光の愛と本質的には同じ愛なんだよ。人間界のすべての物質、想い、エネルギーの本質は神々の愛
と同じなんだ。憎悪や悲しみのエネルギーの本質は私たちが愛と呼んでいるエネルギーの一面でもある
わけだね」
 私は薩摩切子を万華鏡のように玩もてあそびながら尋ねました。
「自然界の動植物や鉱物、それらが織りなす様々な美のすべては愛で出来ている、ということはわかり
ます。でも、憎悪や悲しみなどのネガティブなエネルギーまでもが至高の愛だと言われても、なかなか
理解できないのではないでしょうか?」
「美子さん、愛の反対は何だろうね? 憎悪や悲しみかな?」
 切子が私の手の中でお辞儀しました。
「この人間界は二元性の世界だよね。すると愛と憎悪、悲しみがペアーなわけだ。では、もっと昔々の
一元性の世界だった頃、そう魂の世界がそのまま物質的な世界として具現化されていた時代はどうだっ
たのだろうね。愛と憎悪、悲しみを一元化すると何になるのかな?」
 もう投了です。私は切子がキラキラ輝くのを見つめながら言いました。
「神々の黄金の時代、すべては愛で満たされていたのですね。神々は憎悪も悲しみも嫉妬も自由に使い
こなしていたのです。神々は知っていました、すべてが愛で出来ていることを、愛の本質を知れば世界
のすべてを創造することが出来ることを、何人でも神々になれることを」
 先生は頷いて続けてくれました。
「そして神々は人間を次のステップに導き入れたんだ。二元性の世界だよ。魂を肉体と心の中に押し込
み、魂を磨き上げるだけではなく、愛がすべての中に見出せることに気づくように仕向けたんだ。一元
性の愛を大いなる愛と呼べば、この二元性の世界では大いなる愛の光の当たる部分を愛と呼び、闇のネ
ガティブな部分を憎悪、悲しみ、嫉妬などと呼ぶんだね。ネガティブな闇の部分は暗黒の鏡のように人
間の心の闇の部分を映し出しているけど、そこに愛の光を当てる勇気さえあれば、そんな深い闇の底で
愛が湯船の栓のようにはまり込んでいることに気づけるんだよ。そう、あとは・・・栓を抜くだけなん
だ。貯め込んでいたネガティブなエネルギーは大いなる愛に向かって還っていくからね。すべての愛が
ひとつに戻る瞬間だよ。きっと神々は美しいスモークを焚いてくれるよ。天使のドラムが鳴り響く中・・・
神々しいスモークの中から愛の二元性を統合しえた肉体と心をもつものが進み出て来るんだよ。神々の
創造した人間が神々の手から自由になる瞬間なんだよ」
「先生、そんなお風呂掃除みたいなことはどうやったら出来るのでしょうね?」
「難しいよね、実践哲学と言ったけど、そう簡単には実践出来ないからね。まず、愛と憎悪などのネガ
ティブな感情エネルギーは同じものだと知ることだよ。そして二つの愛のバランスを取ることだね。愛
は磨き上げ、ネガティブな感情の中には勇気を持って分け入って、その奥深くに潜む愛に触れることだ
よ」
「そこで大切なのは、許しの愛、でしょう?」
「その通りだよ。さすがに美子さんだ、よくわかっている」
「じゃあ、続きも言うわね。そんな人間の愛の表裏を知ることが人間の使命であり、愛の表を知り裏を
知ってバランスを取れるようになれば、人間界を卒業となるのでしょう」
 先生は大きな拍手をしてくれました。
「それこそが、『愛とは戦うことではなく、守ることでもなく、手放すものなのです』の極意なのだね」
 私はじっと先生の目を見つめました。先生も私の魂を見つめてくれています。二人の魂がひとつに還
ろうとしています。すべてがひとつの無に還っています。そんな無の中で、かろうじて私という魂の微
かなフィーリングだけが感じられています。私は先生の魂に寄り添っています。すべての想いがひとつ
の無の中にあります。私たちの魂もこのまま無に融けていきます。私たちの魂は全ての始まりである無
へと続くヴァージンロードに立っているように感じられました。下には虚無の海が静かに広がっていま
す。
「ここを渡りきったら全ての始まり、『無』が『在る』となるところ、ビッグバーンの始まりを直接見
れるんだよ」
 先生の魂の囁きが聞こえてきたような気がしました。私にはもはや思考も意志もありません。私とい
う自我さえ、皆無となっています。ただ微かなフィーリングだけが漂っていました。私は無の渦の中に
吸い込まれています。
「こんばんは。少しご一緒させていただいて宜しいでしょうか?」
 そう言いながら女将さんが入って来ました。私たちと同じ年代の若い女将さんでした。
「せっかくの良きご縁ですから、このままお泊まりいただきたかったのですが、とても残念ですわ。今
夜は寒くなりそうですから、うちのもののお夜食に私がお善哉を作りました。板さんの手ではないです
からお味の方は勘弁していただいて、ご一緒にどうでしょうか?」
 先生は大喜びしています。私も急に人間界に戻って来てしまいました。先生がお椀の蓋をファーと取
りながら言いました。
「ほら、ビッグバーンだよ」
 私は熱々のお善哉の湯気の中に、さっきまで立っていた摩訶不思議なフィーリングを感じていました。
「そういうことなのね」
 先生は女将さんと笑いながらニーチェの話をしています。
「お善哉を食べながらツアラトゥストラを語る人たちっているんだわ・・・やっぱりここは京都なのね」
 私は一人で感心しながら超人の仲間に加わりました。
 女将さんは京大の哲学科を出られた方でした。若い頃は自由奔放な生活を送り、エサレンやフィンド
ホーンで暮らしたこともあったそうですが、お母さんが亡くなられてからは、こうやってこの実家を継
がれているのだそうです。過去生退行についてもしっかりと理解が出来ている方でしたので、話題が自
然とそちらの方へと向かいました。私はお善哉で血糖値が上がったためなのか、とても心地よい睡魔に
襲われました。まどろみの中で、先生のこの話だけがしっかりと記憶に残っていました。
「・・・また別の分け方をすれば、過去生退行はこういうふうにも取れます。一つは、何かの原因となっ
ているエネルギーを開放すべき過去生退行です。これは恐怖や不安などの心の症状やアトピーや痛みな
どの肉体的な症状の原因となった過去生へ戻り、その事件を再体験してエネルギーを開放することによっ
て心身の症状を癒すというものです。このタイプでは過去生での事件を今の人生に思い出させるような
トリガー的な何気ない事件が起こっていますが、今の人生そのものが過去生と似ているとは言い切れま
せん。ある人生のある事件で溜め込んでしまったネガティブなエネルギーが、別の人生で同じキーワー
ドが揃った時に一気に噴出してくるのです。子供の場合に多いことですが、何故だか父が嫌い、母が嫌
い、水が恐い、車が恐い等々が過去生に関連している時、その事件が過去生の中でのことであって、も
う終わってしまっていること、今の人生とは関係ないことを知ることで過去生から開放され、症状が癒
されます。
 もう一つは、今、その人にとって必要な気づきを得るために最適な過去生を潜在意識が見せてくれる
ものです。この人生の目的や自分の使命、愛や許し、ある人との関係といった哲学的な命題へのヒント
を得ようとするものです。この場合も、もちろん過去生へ戻り様々な事件を再体験していきますが、あ
る一つの事件でエネルギーを開放することよりも人生全体の流れを眺めることが大切なのです。そして
過去生との対比において、今の人生とよく似ていたり、全く正反対だったりすることが多いようです。
人生のある地点までは全く重なっているけれど、ある事件以後は過去生は左で、今の人生は右に曲がっ
ている、などということもよくあります。このように、ある過去生と今の人生を比較することによって、
今の人生の目的やある人との関係に気づきが得られるのです。そして自分が生きてきた複数の人生を見
比べてみることによって、愛や許しといった人間界で学ぶべき大きな命題に近づくことが出来るのです。
 こういったタイプの過去生は、過去生の中でのエネルギーの開放よりも、過去生を見終わってからの
気づきへのプロセスが重要なのです。でもそれは茨の道でもあります。なぜなら催眠状態では潜在意識
と誘導しているガイドが患者さんをしっかりとガードしていますから、ある事件を再体験してネガティ
ブなエネルギーを開放することは比較的容易なことなのです。しかし、大きな気づきを得ようとすると
催眠から自ら完全に覚醒して、独りで再びこの世を歩き始めなければならないからです。自分の足だけ
が頼りの巡礼になるからです。いえ、同行二人。神さまが温かく見守っていて下さいますが、決して奇
跡は起こしてくれません。この世では気づきを妨げるものが後から後から押し寄せてきます。それはま
るで気づきを磨き上げる砂嵐のように襲いかかってきます。苦しさと恐怖のために、せっかくの気づき
の種を捨て去ってしまう人々が大勢います。催眠のまま覚醒せずに神さまの懐に潜ったままの人たちも
います。依存症の人たちですね。
 私はこのワークを実践的哲学だと思っています。ですから、例えその患者さんが気づきをすぐに得ら
れなくとも静かに見守ることにしています。何年先、何十年先に気づきが訪れるかもしれませんから。
もしこの人生で難しかったとしても、次の人生で気づきを得るための貴重な礎の人生なのかもしれませ
んから。長い目で見れば、無駄な出来事、無意味な人生などないのです。そして何より、ワークをして
いる私にとっても数々の気づきがやって来るのですから。毎日のワークが神さまの哲学の授業なのです」
 翌朝、私は肌を切るような澄んだ空気に目覚めました。冬の訪れが間近に感じられます。先生は隣の
お布団の中で大イビキをかいています。きっと夜遅くまで話し込んでいたのでしょう。私の枕元に女将
さんからのお手紙と着替えが置かれていました。
「お着替えをご用意させていただきました。地階のお風呂もお使いいただけます。朝粥のご用意を致し
ておりますので、先生がお目覚めになられましたら、お知らせ下さいませ。 P.S. すてきな先生です
ね・・・」
 私の中に爽やかな嫉妬心が湧き出てきましたが、すぐにそれは女将さんへの感謝とすべての人たちへ
の深い愛に変わって拡がっていきました。先生のそばにいると、どんな感情も愛に変わってしまうので
しょうか?
 私は先生の寝顔に近づきました。子供のような寝顔です。
 先生の左のほっぺたに女将さんの微かなルージュが残っています。
 私は女将さんが残しておいてくれた唇に、そっとキスしました。
 少し離れて先生の目を見つめました。優しい寝顔です。
 トントンという俎板まないたの音が聞こえてきます。
 私はもう一度、唇を重ねました。
 

美子レポート  
  魂のつながり
 二十世紀の暗い時代のウィーンに、フリードリッヒという男がいました。彼は哲学を教えています。
町が平和な頃、彼はよくカフェで議論をしていました。
 フリードリッヒの妻は地味で清楚ですが楽しい人です。マリアと言います。二人には子供が一人いま
した。ルイーズという栗毛のかわいい女の子です。
 ある日、ナチスが侵攻してきました。社会が混乱しています。講堂の中でも誰かが演説しています。
フリードリッヒはそれを聞きながら悲しみに沈んでいました。
「このままじゃダメだ」
 群衆が騒然としています。彼は群衆にモミクチャにされながら外へと押し出されました。
 フリードリッヒはドイツ人です。でもマリアはユダヤ人でした。町は騒乱状態です。彼の友人にもナ
チスに狙われているユダヤ人がたくさんいました。彼は、なんとか助けたい、と思っていました。しか
し実際に行動に移すと自分までもナチスに狙われてしまうので、そんな勇気は出ませんでした。
 彼の目の前で妻が助けを求めています。マリアもナチスに連れていかれそうです。
「どうしたらいいんだ!」
 彼は叫びました。ルイーズが、「お母さんがいない」と彼にすがりついて泣いています。彼は、「と
もかくお前は逃げろ!」と娘に言いますが娘は手を放しません。 
「ダメ!お母さんを探して!」
 フリードリッヒは、もうどうしていいのかわからなくなりました。
「ともかく、ここを逃げ出そう!」
 しかし娘は動きません。仕方なく、