前世療法ビデオ 体験談
これからの生き方がわかる過去生へ
今回で過去生を体験できたのは4度目ですが、今まででもっとも感動的な経験をしました。今までも私の大切なソウルメイトとの人生を何度か見る事ができましたが、今回は彼女が見た過去生と同じものを見ることができました。内容は以下のようなものでした。
奥山先生の誘導に従い階段を下りて過去生への入り口に入ったとたん、周囲がいやに土臭い感じがし、先生の誘導よりも早く、自分の足元がはっきりと見えました。立っていた場所は赤茶けた乾いた土の上で、私が履いていたのは土で汚れた茶色のヨレヨレの革靴でした。ずっと同じ靴を履いているかのようにボロボロの靴でした。そして、自分の姿を下から上へと見ていくと、サスペンダーのようなもので吊られたズボン(おそらく灰色)と白い肌着のシャツのようなものを着、頭にはボロボロの山高帽のようなものをかぶっていました。顔は白人の顔で、無精ひげが伸びていました。そして印象的だったのは、とにかく体中が土ぼこりで汚れていたことでした。その時だけ汚れているという様子ではなく、もうずっとその汚れにまみれているような感じでした。年齢は30代であると感じました。場面を動かしていくと、農家のような家が一軒あり、そこで木の桶で水を運んだり、荷物を運んだり働いていました。ただ黙々と一人で働いていました。家畜の糞尿の匂いが印象的でした。周囲の状況は西部劇に出てくるような場面そのものでした。その日の夕食時に場面を移すと、一人で黙って豆のスープのようなものを食べていました。誰も家族は居ないようでした。
それから、その人生でもっとも幸せだった時に移ると、5,6歳くらいの子供時代に場面が変わりました。両親と妹と思われる女の子と楽しく暮らしていました。無邪気に遊んでいる自分の姿が輝いている感じでした。
そして、これからの生き方がわかる場面に移りました。そこは私の周囲に10人ほどの人たちが居て、その人たちと私の前方には制服のようなものを着た男たちが数人居ました。その男たちのうち幾人かは馬に乗っていました。そして一頭の馬の後ろに女性が一人、両足をロープで縛られて馬のくくりつけられ、乾いた赤土の地面の上に横たわっていました。しばらくすると、女性を縛り付けた馬は走り出し、女性は馬に引きずられて行きました。いったん、私たちの視野から遠ざかって見えなくなりましたが、しばらくするとまた戻ってきました。戻ってきた時には女性は服はボロボロになり、体は傷だらけて死んでいました。おそらく処刑されたのだろうと思いました。そして、その女性は今の私のソウルメイトその人でした。女性の死体は足と腕を持たれて荷馬車に放り投げられました。そしてその荷馬車は荒野を走って行き、視界から消えました。私は無意識に「その死体は荒野に捨てられ、動物に食べられてしまう」とわかっていました。しかし、その場面を見ている私は無感情でそれを見ていました。可哀想とも何とも思わず、ただ漫然と見ていました。
それから場面は自分の死の時に移りました。最初に見えた農家のような家の中に一人で床に横たわっていました。周囲には誰も居ませんでした。一生ずっと一人で暮らしてきたようでした。生きている時も死ぬ時も、とにかく無感情という印象がとても強かったです。しかし、死んだ時に一つだけ心に思ったことがありました。それは「あの時(女性が処刑された時)、埋めてあげれば良かった・・・」ということでした。死体が捨てられた後、埋めに行ってあげれば良かったと思いました。
それから死を通り越し、上へと上っていきました。そして自分のその人生を振り返ると、生きるためにただ黙々と働いて一生を終えたと感じました。光の中に入っていくといつも出てきてくれるおじいちゃんが待っていてくれました。そしてもらったアドバイスは「慌てず騒がずのんびりと・・」、「(ソウルメイトを)包んであげること・・」という内容でした。その人生を生きた自分からもらったアドバイスは「働け・・」ということでした。未来の自分からもらったアドバイスは「このままゆっくりと一つずつ着実に・・」ということでした。これらのアドバイスはそれぞれ異なるものですが、私がこれからの生きていく上でとても重要なものであると感じています。
今回、以上のような過去生を見ることができました。これからの生き方がわかる場面で見たソウルメイトが処刑される場面で、私とソウルメイトの関係の新たな面を知ることができました。ソウルメイトはその人生で面識が無くても、どこかに接点があるのだということをあらためて感じさせられました。今回の人生ではなんとか互いにソウルメイトであることに気付く事ができ、無事にソウルメイトとしての絆を確かめ合って共に生きていくことができたことにあらためて深く感謝しています。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
はじめまして。私は飯田先生の講演会のテープをある方からいただき、たくさんの本を読む事でこちらの奥山医院を知り大変興味を持ちましてビデオを購入させていただきました!私が今回購入させていただいた事によりビデオから私はすごく新しいようなわかっていたような不思議な気持になりました。さてさて。私の体験レポートを書いていきますが、なんせ初体験ですので(一回目は寝てしまったし!)ぼんやりしていますが、読んでいただけたらなぁと思います。
見えてきた私の過去生はいつの時代かわからない昔の外国でした。(地図で思い浮かんだのはウクライナ?)湖のほとりに立っていてすぐ左側には森があります。私の足下には短い草が生えていて天気は薄曇り。もしかしたら湖なので霧がたっていたのかもしれません。左手には花を数本持っていて私の洋服は白いワンピースで首まわりに少し模様があって大きく開いている服でした。靴ははいているようでしたがデザインはわかりませんでした。ただ覚えているのは皮だった事です。髪の毛は黒っぽく長くてクセっ毛でフワフワしていました。一人でした。夕飯のシーンはシチューみたいなものとパンでテーブルに全部で4人くらいいました。でもどんな人かはわかりません。夕飯のシーンはそれくらいしかわかりませんでした。
次に人生で一番幸せだったシーンです。私は25〜27くらいで結婚する所でした。背の高い素敵な男性でと〜っても優しく私を抱きしめてくれました。誰かはわかりませんでした。
次に今回の人生の目的がわかるシーンです。一番初めに見た湖に私は立っています。すると後ろから男の人に襲われるのです。多分知っている男の人。。その人が今の私が知っている人かはわかりませんでした。襲われて私は暴行を受けます。でもすぐに私は走って逃げます。そして旦那さんに泣きながら全てを話しました。彼は優しく抱きしめてくれました。
次に私が死ぬシーンです。寝床で寝ている私。首が苦しい…私は首を絞められているのですよ…。(ショック)絞めている相手は自分の子供で男の子です。どうやら彼はあの暴行を受けた時に出来た子供で、彼もその事実を知っているようです。私はその子を本当に愛せなかったのです。暴行されて出来た子供だから…男の子も私に愛してもらいたかったんです。愛を知らないようです。私は抵抗することなく死にました。死んでから思った事は『ごめんね。もっともっと愛してあげれば良かった』と言う想いです。その男の子は私の好きな好きな人でした。彼とはとても縁がある人で、付き合いもしましたが今は離れた所に住んでいます。でも連絡は取っていてどういうわけか縁が切れません。どんなに私が愛を送っても冷たく返されてしまう感じなのですが 彼のヒネクレた心の暖かさは感じています。なんだか、この過去生の関係性にちょっと泣けました。何だかすごく『わかった』って気持ちなんです。私の光の存在は大きな暖かいオレンジ色した空のようでした。そしてそこに亡くなったおじいちゃんもいました。おじいちゃんに会った時過去生の旦那さんはおじいちゃんだったような気もしました。将来の私にも会えました。私は過去生の自分の子供=今の好きな人と結婚をしていて男の子を抱いていました。男の子に頬をよせ幸せそうでした。男の子はおじいちゃんのような気がしました。私から私へのメッセージとして「頑張って!絶対思いは通じるから!」という言葉でした。光さんからは(もしかしたらそこにいたおじいちゃん?)本気で愛しなさい と言う言葉をいただきました。
今回私がこのビデオを選択したのは本当は仕事についてだったんですが。。やっぱり愛という事が出てきて何だかとても心があらわれました。 好きな人とも離れてしまったし、将来やりたい計画もあって。でも現実難しかったりとても先がわからなくて、そして寝れなかったり寝ても夢にうなされたり。ちょっと苦しい時でしたが 将来の私のあの笑顔を見たら頑張ろうって思いました。そうそう私の過去生の女性の名前ははっきりわかりませんが「セ」「ジョ」がはいった名前でした!花を持っていたので花が好きだったようです。私は今絵を描いたり文章を書いたりしているのですが、花をテーマにした話が多くてなんだかウフフと思いました。とってもぼんやりした感じでしたので いつかはっきりと見たいなと思いました。それと小さい頃からたまに見る遊廓?で働く私。の夢があるので今回てっきり、そちらが出るかな?って思っていましたが意外に外国でビックリしました。何かのテーマで遊廓が出てきたらちょっとビックリするのだろうなぁなんて思います!悲しくて淋しくで泣く事が多かった最近の私に 悲しくても淋しくても一人じゃないって光さんが言ってくれた事がとても嬉しく思います!そうだよね!って。それでは長くてヘタな文章でしたが思うままに書かせていただきました。
今回の天職がわかる過去生へ
先生の誘導が終わる間際に一枚の写真で、日本晴れの秋の田んぼが見えました。お米の収穫を終えて、一息ついて、「幸せだな〜」と家族で、幸せを分かち合っているお百姓さんの自分がいました。名前は、「松っつあん」年の頃は、35、6歳で、風貌は、舟木和夫さんの若い頃のようでした。と、同時になぜか、目元に彼は、歌舞伎の化粧のような隈取をしていました、それは、どうやら長崎とか天草出身のの旅役者でさらに隠れキリシタンだったようです。公演であちこち行くよりそろそろ定住したいとこの地−東北の米どころを選んで、そこで見初めた奥さんと世帯を持ったようでした。妻や家族は、今の関わりのある人がイメージと浮かびましたが、具体的に誰かとかは、わかりませんでした。その日の夕食は、家族みんなで根菜類のごった煮を、自分の作った白いご飯で嬉しそうに食べていました。
次にその人生で一番幸せな場面は、息子(今の私の息子)が生まれたことでした。そのときは、ご馳走が、大きな茶碗に白飯と大きな梅干と質素だけれどとても美味しく感じられました。今の私は、パスタやパンが好きなので、お米に対する郷愁は感じないのですが、当時は、白米はあまり食べれなかったようで複雑な気持ちになりました。
その後、死の場面に誘導されると隠れキリシタンであることがばれて、家族一族全員子供までもが、槍で突かれて殺されたようです。先生の誘導で今の人生と隠れきりスタンの人生のときを比較すると宗教心というものに対して、今もはっきりとは言明できず、生きがいの創造クラブで出会う人たちと位しか話せない点が似てるなぁと思いました。その後、身体が段々上のほうにあがっていきました、するとマリア様が、私のことを「松吉」と呼ばれました。その後、左手からはマリア様、右手からはキリスト様がいらして、真ん中で融合されました。その光の神様に聞くと今回の天職はとの問いに、『実業』という言葉が浮かびました。 当時も今も私は、信仰をもつことが素晴らしくて『世俗』は、どこかで馬鹿にしていたようなところが有ったけど、『信仰の中に「生」をごまかしてはならない。』とのメッセージがきました。更に『まず、今の仕事を3年!滅却するまで続けてみよ、石の上にも三年だ、ここからがもうひとがんばり、いつまでも続く夜は無い、しっかりしろ。いつもいつもお前と一緒にいるよ』と仰いました。ここ数ヶ月は、仕事上岐路に立たされていると感じ、公私共に上手くいかないし、体調も最悪で塞ぎがちだとフト『死んだら何にも無くなり楽になるのかな〜』と思う事もありました。(瞑想で回復しましたが???)今の仕事は、しんどいし、かっこ悪いし、なんか自分の天職はもっと違うものかも〜と思った私に厳しくも有難いメッセージでした。 ところで、私は奥山先生で無いセラピストの方のセッションの時、短い誘導で催眠状態になった事があるので、今回は誘導ビデオにも慣れたことだし、誘導部分を端折って、途中から始めたら、ネガティブなイメージが、怖い像イメージしてとても怖かったので、もう一度最初からビデオの誘導で始めると、ネガティブなイメージは、消え去りました。あの長い誘導にも、とても意味があるんですね。という訳で、天職を改めて考えるきっかけとなりました。先生皆さん長いメールを読んでくださりありがとうございました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
奥山先生の誘導にしたがって、石段を降りていくイメージをしました。あまり上手に降りていくことはできず、えっちらおっちら、降りていきました。誘導をあまり上手にイメージすることはできませんでしたが、過去生はずいぶんはっきりと見えました。私は石畳の上に立ち、足にサンダルをはき、白いドレープ状の布をまとっていました。背は高く、体つきは筋肉質でがっちりしています。髪は赤茶色の巻毛で、首の付け根までたらしていました。髭は、口の周りからあごまではやしています。あごひげは特に長く、鎖骨にかかるほどのばしています。古代ギリシャによく出てくる、ローブをまとった思想家みたいな人でした。場所はやはりギリシャで、エーゲ海のすぐそばの、海に隣接する都市でした。私は男性で、37歳。名前を『ラシュネー』といいます。私が過去生に降り立ったとき、ラシュネーは石畳の緩い坂道を歩いてのぼっていました。向こうから、髪の黒い短い巻毛の、若い美しい青年が歩いてきます。その人は私が今の人生で不仲の、近所のAさんでした。ラシュネーはその青年とすれちがってから、振り返って、その青年に聞こえるように大声で罵声をあびせています。特に青年に非があるわけではなく、「何をやっても相手がはむかう性格ではない」ということにつけこんで、一方的に攻撃して悦に入っていたのです。驚きました。今現在の人生では、私とAさんがまったく逆の立場で同じことを繰り返しているからです。私は昔から、一方的にそのAさんに悪口を言われ、罵声をあびせられているのです。それが、過去生ではまったく逆の立場で、私がAさんに同じようなことをしていたのです。その日の夕食は、石造りの大きな建物の中で、大きな細長いテーブルで、大勢が並んで食事をとっていました。家族というわけではなく、思想家の仲間か、学問仲間のような人たちが一緒に生活しているような様子です。みな同じように、白いローブをまとい、サンダルをはいていました。私にはよくわからない、どこかの外国の言葉で、みな食事しながら思想について真剣に談議していました。ラシュネーもその中に参加していました。
人生で一番幸せだったときは、ラシュネーが42歳のときです。ラシュネーの思想(方針?)が仲間のみんなに絶大な支持を受け、ラシュネーはみんなの中心になって、揃って熱狂します。「俺はみんなに受け入れられている!俺は優れている!俺は偉いんだ!俺は偉い!」と何度も歓喜の声が心の中でこだまします。自分が主役に踊り出た優越感にひたって、全身が喜びに熱く打ち震えていました。その仲間の中には、今現在の私の友人が2人混じっていました。
「今回の人生の目的がわかる」場面に進みます。ラシュネーは47歳になっています。ラシュネーは一転して絶頂期から転落してしまっていました。みんなに支持されなくなり、仲間からはじき出されてしまい、孤立無援でした。思想をめぐって仲間と殴り合いまでしますが、逆にみんなから殴られ、結局疎外されてしまいます。「みんなに自分をわかってもらえない、辛い辛い苦しい苦しい」と、悩みもがき苦しみます。ただひたすら嘆き悲しみ、自分をわかってくれない仲間を恨み呪い、夜の岩場からエーゲ海に身を投げて自殺してしまいました。頭に地図が浮かんだとき、そばのエーゲ海が気になったのは、そこが自分の死に場所だったからのようです。ラシュネーは溺れ死んだのではなく、海の中で鮫に襲われて死にました。身体から抜け出して2、3メートル上から自分の身体を見下ろしてみると、ローブが血にそまって身体が海面に浮かんでいました。私が鮫を異常に怖く思うのは、このときの体験が元のようです。ラシュネーは自殺でしたが、鮫に殺されて死んだので、そのまま上に上がっていくことができました。
上に上がっていくと、声が聞こえました。聞こえるというより、心の中にダイレクトに言葉が浮かんでくるような感じです。「他人にわかってもらおうというのは不可能。人の意見というものは都合でころころ変わる。それに頼って生きていても仕方がない。」というようなものでした。『今回の人生の目的』は、「自分に辛くあたったり自分を嫌う人、自分に反発したり裏切ったり悪く言ったりする人も、自分の中でああだこうだと加工したりせず、ただありのままに認め、あるがままに受け入れる」ということでした。私は今の人生で、何度も死にたいと思うことに襲われてきました。それは過去生で、孤立無援に苦しみ、自殺して人生を投げ出してきたために、現在の人生では「死にたくなる」という気持ちを克服して生きることを試練として自分に課してきたようです。現在の人生でも、私は他人に理解されず受け入れられなくて村八分にされると、死にたくなります。また、私は他の過去生でも3〜4回は同じように自殺して何度も人生を投げ出していました。ですから、今回の人生の最大の目的は、「自殺しないこと」でもあると思います。この過去生を見ることで、「今度の人生こそ、自殺という過ちを犯してはならない」というとても重要なメッセージを受け取ったように思います。
今、やるべきことがわかる過去生へ
今回、数ヶ月ぶりに過去生体験にトライしたので、うまく奥山先生の誘導についていけるか心配だったのですが、始めてみると順調に進んでいくことができました。今回見たのは“今 やるべきことがわかる過去生”です。 奥山先生の誘導で降り立った場所で光の霧が晴れて見えてきたのは一つの星が特に輝いている星空でした。周囲を見回していくと、土と石に覆われた道と、そのすぐ脇に林が見えました。自分の姿を足元から見ていくと、足には革製のサンダルを履き、膝から下は素足でそれから上は白い布を巻いたような服を着ていました。服は体全体を覆っており、脚の部分はスカートのようになっており、腰には茶色の紐、袖はノースリーブのような感じでした。そして顔は顔の半分にひげをたくわえており、髪はクルクルとパーマのかかったような感じでした。左手には何も持っていませんでしたが、右手には誰かの手を握っていました。その手からずっと相手の顔を見ると、それは現在の人生でソウルメイトである人でした。正直言って、現れることは当たり前と思っておりましたが、こんなに最初から現れるとは思っていませんでしたのでビックリしました。そしてその場所は太平洋のアメリカ寄りのようでしたが、陸地のある場所では無いようでしたので、きちんと場所を特定できなかったのかもしれません。それから場面が動き始めたのですが、二人は夜空の下を手を握り合って散歩をしているようでした。今も二人で夜空の下を同じように散歩することがあるので、過去生を見ている自分とその過去生での自分の感情がリンクしているような感じでした。穏やかな、ひたすら穏やかな散歩です。 その日の夕食の場面に移ると、石造りの家の中で二人で食事をしていました。食べているものは野菜を中心とした煮込み料理のようなものでした。その家には他に人が居なさそうでしたので、二人きりで生活していたのかもしれません。とても穏やかな夕食でした。
それから、その人生で最も幸せだった場面に移りました。その場面は二人がちょうど結婚をした場面でした。多くの人に囲まれ、祝福されていました。二人はとても幸せな気持ちであることが見るだけでわかりました。その場面を客観的に見ている私もまるでその場に居るかのように幸せな感情に満たされていました。その幸せな日の夕食の場面に移っても、結婚式の宴は続いているようでみんな夜空の下でにぎやかに食事をし、酒を飲み交わしていました。 そして、今やるべきことがわかる場面に移ると、何故かソウルメイトの死の場面でした。私は彼女の脇に居て、彼女の髪を撫で、頬を触っていました。すでに死んでしまった後なのか、ちょうど死ぬところだったのか分かりませんが、彼女は動くことはありませんでした。そして、彼女の髪や頬を触る私の心には悲しさや寂しさはありませんでした。あるのは、ただひたすら穏やかな満たされた気持ちだけでした。彼女を看取ることが出来た幸せを感じているようでした。
次に私自身の死の場面に移りました。私は石のベッドの上で一人で横たわっていました。誰も周りにはいません。私一人でただ何もせずに眠っていました。おそらく本当に眠りについていたと思います。眠ったまま死んだようです。死の原因は老衰のような気がしました。誰も看取ってくれない状態なのですが、私は何の寂しさも感じていませんでした。ただ穏やかに死んでいきました。ふと思ったのは、そのうち誰かが訪ねて来て亡骸を発見してくれるだろうということでした。そして死を通り過ぎて、自分の体を離れました。自分の亡骸を見ながら思ったのは、幸せな人生であったということでした。大きな何かが満たされて、心の底から幸せで穏やかな人生を送ったのだろうと思いました。そして、死んだあとに決心したことは何もありませんでした。
光に向かって上がって行く時に上で待っていたのは、その人生で先に死んだソウルメイトでした。そして私に向かって彼女は「さあ、行こう」と一言言いました。そして一緒に上がっていきました。途中、その人生を一本の線で見ると、穏やかな人生であったことを心の底から感じました。そして、愛に満ちていたのだろうと感じました。言葉で説明するのは難しいのですが、人生の一本線に目に見えない何かを感じるのです。今回感じたのは穏やかさと愛でした。それから、今の人生と比べてみると現生でソウルメイトと出会った頃と思われる部分から今の時点までの人生は、今回見た過去生と同じ色に染まった感じなのです。ソウルメイトに出会う前の人生は、言うならば何の色も無い、無味乾燥な感じを受けました。そこで思ったのは、今回の人生でソウルメイトに出会ったことで、私は何か大きなものを得たのだろうということです。それからさらに光に向かって上がっていき光の中に入ると、いつも光の中で会う老人が居ました。彼は私に、「人生で大事なのは愛」ということ・・「仕事やその他の生活は取り返しがつくが、愛に関しては取り返しのつかないことにならないよう、何よりも愛を大切にすること」・・・などを伝えました。私が今回の人生でソウルメイトと私が持っている難問の意味を問うと、「愛は強くなるもの・・・愛は成長するもの・・・愛を成長させるために計画した必要なものだ」と答え、「愛を強くするのだ」「解決できないものは計画していない」と言いました。つまり、今回の人生でソウルメイトとの関係でお互いに持っているものは、愛を強くするために、愛を成長させるために、我々が自分で計画した、解決できる問題だということなのでしょう。そして、今やるべきことが何かと考えてみると、それはとにかく愛することだということが分かりました。実は最近、ソウルメイトとの間で慣れが出てきたのか、安心してしまったのか、愛する気持ちを意識することが少なくなってきたのかもしれないのです。そのせいで、お互いにギクシャクすることが多い場面が出てきました。それで、今回の過去生でこのような愛に満ちた、ソウルメイトを愛し尽くした人生を見たのかもしれません。それから未来の自分の姿を見ました。初老の姿になったソウルメイトと二人でニコニコとこちらを見ていました。これからの私を応援してくれるかと聞きましたら、「当たり前だろう。自分のことなのだから」と言われました。 今回の過去生体験で、私は一人勝手な考えなのですが、はたと気付いたことがありました。それは、光の存在が「解けない問題は計画していない」と言ったことと、その言い方から、光の存在は私の魂そのものではないかということです。マスターとは自分自身の魂の母艦のようなもので、今こうして肉体の世界に生きている私が帰る場所なのではと思いました。そして、今回過去生で見た人生はこれから我々が生きる人生でもあり、一方では我々の原点の人生ではないかということを感じました。過去も未来もなく、そして人生の順番もないのではないかと・・・。これから何度も過去生を体験することでまたさらに気付きを得るかもしれません。過去生は生きていく知恵を得ることのできる最高のものではないでしょうか。自らの心の奥に入っていき、気付きを得ることができるような気がするのです。
自分に自信が持てる過去生へ
以前から、私の直前の過去生はどうなんだろうと思っていましたが、このワークでやっとわかりました。光のトンネルを抜けて見えたのは、噴水のある小さな駅前広場でした。実は、この光景は、最初にある先生のところで前世療法を受けたときに見えたのと同じです。頭の片隅に「トリノ」という言葉が浮かんできたので、北イタリアのトリノのようです。その時は過去生=大昔というイメージに縛られていたので、「あれ?どうして自動車が見えるんだろ」と思ってそこから止まってしまったのですが、1950年代か60年代ならもう自動車はありますから、別に矛盾していないですよね。名前はベリッチ(ベリッティ?)。年齢は24歳。背が高く超ハンサムな男性です(今の自分とは大違い(笑))。モデルか俳優みたいです。いかにもプライド高そうで「フン、俺はカッコいいんだぞ」って鼻にかけてる感じです。どうやらデートの待ち合わせのようです。そこにやってきた恋人は、すぐに誰だかわかりました。こともあろうに前の職場のある女性でした。仕事はできるけどプライドがすごく高くて、私はいつも見下された態度を取られていました。同じチームなのに1週間に1度口をきくかきかないかくらいの冷戦状態でお互いに嫌っていました。その過去生での彼女は同じモデル仲間みたいでした。どうやら心から愛し合っているというよりは、お互いのプライドを満たすために恋愛ごっこをしているような感じです。出会った二人はそのまま列車に乗ってミラノに出発します。その日の夕食の場面は、二人でミラノのレストランで食事をしています。ちょっとした口喧嘩になっているようです。
一番幸せな場面は、18歳でした。オーディションか何かでスカウトされたようです。もともとは、子供のときからピアノを習っていたようで、ピアニストとしても活動し始めた時に、モデルにスカウトされたみたいです。
私が最も自信の持てた場面では、私は22歳。主役で出演した映画が大ヒットしたみたいです。ちょっと街を歩けば、「追っかけ」の女性達に囲まれ、大変そうです。車に乗り込んでもファンが走って追いかけてきます。この頃に先ほど出てきた恋人に出会ったようです。
わたしの死の場面では、その恋人と赤いスポーツカーに乗って、猛スピードで走っています。トンネルの手前でハンドル操作を誤って、対向車線のトラックと正面衝突してしまいます。そのまま車の外に投げ出され、後ろから来た別のトラックにはねられます。痛い。体全体が痛い。そして魂が体から抜け、下を見下ろしてみると、血を流して横たわった私の体が見えました。「あ〜、終わったんだな」という感じで割合冷静です。
そして天高く上がって、今の自分の人生と比べました。ベリッチの人生の線は太いけど、短いです。そして今回の私の人生の方は長いけど細いです。過去生の自分からのアドバイスは、「この人生では自信過剰になってすべてを失った。だから今度は自信をなくす人生を選んでいるのだ。」「でも、あまり不細工にするとショックで生きる気力さえなくなるだろうから、そうならない程度に崩しておいたんだ。」と言われました。こんなところで「オチ」をつけてどうするんだと心の中で少し笑ってしまいました。でも確かに、今の自分の顔は自分ではとても嫌ですが、客観的に見れば普通なのかもしれないし、背が低いのも少しコンプレックスを持っているのですが、166cmだから、やや低いくらいなので、確かに言われた通りになっていると思いました。人生の杖言葉は「バランスが大切」でした。自信過剰もダメなら、自信がなさすぎるのも良くないということだと思います。無理して自信を持とうとせずに、自信がないなら自信がないままでいいから、何でもやっていきなさいということでした。その後の光との対話の場面は、正直あまりはっきりわかりませんでした。もしかしたら、まだ自信がない状態を味わう必要があるので、出てこなかったのかもしれません。もっと学んでいってから再度チャレンジしてみようと思っています。
あなたにソウルメイトを招く過去生へ
奥山先生、掲示板をご覧の皆様、こんにちは。一ヵ月ほど前に「あの人とであった本当の理由が分かる過去生へ」で体験談を載せて頂きました おれんじ です。今度は「あなたにソウルメイトを招く過去生へ」にトライしましたので、ご報告させて頂きます(またまた長いreportになってしまいました)
「あの人とであった本当の理由が分かる過去生へ」ビデオ体験の効果・・「あの人」とは色々な事情があり、別れることが決まっていたのですが、このビデオで多くの気付きを得たことにより、それまで彼に対し抱いていた執着やネガティブな感情が消えて、彼に対する感謝の気持ちでいっぱいになりました。自分が変われば相手も変わるというのは本当ですね。彼も今まで以上の感謝と愛を私に与えてくれて、私たちはとてもお互いを分かり合うことが出来、そしてお互い別の道を歩んでいく決心ができるようになりました。このビデオと飯田先生の生きがい論に出会っていなかったら、‘私の人生返して!’と叫んでいたかもしれません(苦笑)。今は、貴重な学びの機会と愛を貰ったと思っています。お蔭様で、毎日の仕事も以前と比べると格段に集中力を持って臨むことが出来ています。奥山先生のフラワーレメディも飲みはじめました!
・「あなたにソウルメイトを招く過去生へ」にトライするきっかけ・・あのビデオの次にこのビデオ・・ばればれですね(笑)彼と別れたので、では、今生の私の結婚相手はどーなってるの?と考えました。でも奥山先生も飯田先生も繰り返しおっしゃっていますね。ソウルメイト=ラブラブ=結婚相手ではないと・・。といいつつ、3*歳の私には、結婚は大きなテーマであるので、何かのきっかけになればと考えました
・「あなたにソウルメイトを招く過去生へ」の結果・・今回も、前回の「本当の理由が分かる・・」の時同様に、3回位試して総合的に分かったことです。私の催眠は多分浅いのでしょうね。ぼやーっとしているので、集中していないと分からなくなってしまいます。もうすっかり馴染んだ奥山先生のお声に従って、戻っていきますと・・。登場人物:現在の私・・キク(おぉ〜日本人だぁ!前回の過去生は外国だったので、日本人だったのが妙に嬉しかった私)この前別れた彼・・おまえさん(名前は不明、しかし、今生のソウルメイトを探すのに何故別れた彼がまた出てくるんだ〜。ひょっとして、もう彼だけで、今生は出会いはないのかしら?とドキドキ・・)その他、今生では誰か分からない人・・タロウ(私の赤ちゃん)・・大店のだんな様と奥様(キクとおまえさんがお世話になっている)
ストーリー 一番幸せな場面:江戸時代(おぉー嬉しい。過去生というと、外国の話が多いので、日本が出てきてなんだか嬉しい私)キクとお前さんは夫婦。タロウのほかにもう一人子供がいる様子。おまえさんは職人で、何か作っている(かんざしや傘など)。キクはおまえさんが作ったものを行商するのが仕事。仕事も順調で子供がいてとても幸せ(タロウと子供が今生の誰か知りたいのに、全然分かりませんでした!)。子供を真ん中に家族で手をつないで神社にお参りしたりしている
私にソウルメイトを招く場面:なんとキクは胸か肺の病気で寝込んでいる模様!(なぜこれが私にソウルメイトを招く場面なのお?(?_?)と不思議に思う催眠中の私・・・)大店の旦那さんのお宅で療養中で、おまえさんがやさしく看病してくれている。タロウともう一人の子供は多分、先に死んでしまったようです。おまえさんを一人残して死ぬことになってしまう
キクが死ぬ場面:ソウルメイトを招く場面の続きのような感じ。大店の旦那さんと奥様とそこのお女中が非常によくしてくれたようで、キクを看取ってくれている。もちろん「おまえさん」も。キクはまだ38歳で若いので、「もっともっと働きたかった」と思っている(そういえば、今の私も仕事が好きだし、男運はないけれど、仕事運には恵まれていると以前から思っていた(笑))。おまえさんを一人で残していってしまうので、いい人を見つけて再婚してほしいと思って亡くなる
光さん&未来の私との会話:私:「早くソウルメイトと出会うにはどうすればいいですか?」光さん:「やりたいことをやること」今、今生の私は、現在ある企業で勤務していますが、その勤務は続けつつ、アロマテラピーやマッサージなどをしたいと思っている)私:「やりたいことをやると会えるんですか?」光さん:「その活動のなかで会える。なんでもいいからやりたいことをやりなさい」私「どうしたら少しでも早くソウルメイトに会えますか?」光さん:「すぐ会える」私:「すぐってどれくらいすぐですか?今年中ですか?」(←しつこい^^; )光さん:「本当にすぐ」私:「もうソウルメイトには出会っていますか?」光さん:「まだ出会っていない」私:「それは、この前別れた彼じゃないんですね?」光さん:「違う」私:「もうすごく寂しいので、早く会いたいんです」未来の私:「(赤ちゃんを抱いている)あなたは私、私はあなただから、あなたの寂しい気持ちは良く分かる。でも大丈夫だからやりたいことをやってね。それがないと、今の私もないから」
私の感想&気付き:この前と違うビデオで違う過去生なのに、また、この前別れた彼が出てきたのはびっくりでした。そしてその2回とも彼の子供を生んでいるという・・。やっぱり彼とのつながりを感じずにはいられませんが、いずれにしても、今生では彼とは別の道でお互い生きていくことが学びのようです(何でわざわざこんな試練を選んじゃったのー(;_;)とも言いたいですが、自分で決めたようですから仕方ありません。全くチャレンジングなやつだ。はは・・)キクはもっと働きたいと思って亡くなりました(うーん勤勉な子だぁ)。私も働くことが好きですし、結婚しても出産しても一生どんな仕事ででもずっと働かなければと前から思っていました。結婚願望はすごくあるけれど、専業主婦になりたいと思ったことは一度もなかったのです。まさかおキクちゃんの影響だったとは・・(笑)そして今、今の仕事のほかにもまた人の為になるような仕事をしたいと思っています。少しずつ情報収集&行動をしてはいるものの、この前の彼の別れや、一人の孤独から、抜け出せない部分もあります。でも、やりたいことをやりなさい、そしてそのやりたいことを通じて、ソウルメイトが見つかるよ、と光さんと未来の私は言ってくれました。今やりたいことをやって、ソウルメイトも見つかるなんて、なんて最高なんでしょう!と思いました(笑)そういえば、何かの本にも、恋人や結婚相手と出会うのは、自分が好きなことに熱中しているときだと書いてあったことを思い出しました。同じステージ、同じ価値観の人同士が惹かれあうものだ、とも・・。 読んで下さり有難うございました。奥山先生の愛でいっぱいのビデオを通じて得られた気付きで、皆さんの心と、日常生活がより輝きますように!
あなたに今、一番必要な過去生へ
二回目の投稿になってしまいますが・・・。今回のトライでは、自分でもちょっとびっくり!!というか、何だか腑に落ちたと思うビジョンが見られました。今回のトライでは、江戸時代の浜松あたり(?)の場面でした。私は武士の装束をしており、馬に乗って江戸に向かっていました。同行していたのは、のぶまさどのという武士仲間です。のぶまさどのが今の誰かと言いますと、先日投稿した時に少し触れた「なかなか諦められない彼」でした。私と彼はお互いに尊敬しあっている、よきライバルのような武士仲間で、馬に乗って一緒に江戸に行く途中でした。江戸に行く目的は将軍様に認めてもらうためのステップだったように思います。馬に乗って楽しく話しをしながらの旅の途中だったのですが、いきなり彼が私の前で落馬してしまい、強く腰を打ってしまって動けなくなってしまったのです。先生の「今一番必要な過去生の場面へ行ってください」の誘導の前に、過去生に降りたとたん、この場面が見えてしまいました。そして「今一番必要な過去生の場面へ・・・」の誘導でもこの場面が見えました。彼の腰をかばうように馬に乗せ、私は彼と一緒に旅を続けましたが、次第に彼が足手まといのように感じている自分がいました。彼を医者に診てもらう必要があったのですが、余分なお金ももっておらず、十分に手当てをしてあげることができませんでした。とうとう彼は私の気持ちを察してか、「私を置いて先に江戸へ行ってくれ」と言い、私はその言葉に甘えて、町人に彼を預け、「また来るから」と言い残し、江戸へ行ってしまったのです。しかし江戸で用を済ませて戻ったときには彼はいませんでした・・・。腰が思うように直らなかったのか、それを苦にして蒸発(?)してしまったようでした。私はその後彼と会うことができず、それを死ぬまで後悔しました。「あたかも彼を見捨てたかのように、自分だけ江戸に行って、武士としての地位を高めることを選んでしまった・・・。なぜ一緒にいてやらなかったのか・・・。今度は一緒にいて彼を守ってあげたい・・・。」その生を終える頃、そんなことを思っていました。すごく悔やんでいたようで、深いため息までついている自分がいました。とてもびっくりです。今生ではその彼には、片思いでなかなか進展しそうにないので、諦めようとするのですが、そうすればそうするほど、彼への気持ちが固執してしまって、精神的に相当疲れていたのが正直なところです。しかしこのビデオ体験のおかげで、過去生で私は彼に対してこんなことをしていたから、今生でこんなに彼のことが気になるのか・・・と自分なりに納得してしまいました。また、過去生では私が彼を置いて「江戸」に行ってましたが、今生では逆で、最近まで彼が仕事の都合で「東京」に住んでいたのが、とても不思議な気がします。本当に神秘的ともいえるような体験をさせてもらっている感じです。奥山先生、スタッフのみなさま、貴重な体験をさせていただいてありがとうございます。このテーマはとても応用がききそうですので、心の栄養ドリンクとしてまたときどき活用させていただきます。
あなたにソウルメイトを招く過去生へ
私は頑固なせいか、何度トライしても、なかなか過去生が見られた気分にはなれず単に自分が勝手に好きなようにイメージしているだけに思えて、「これがそうなの?」と疑心暗鬼でした。自分が他の登場人物とどんなおしゃべりをしているのかわからないことが多いですし、あやふやな部分も多く、本当の「過去生」はもっと生々しく感じるのではないか?私にはもしかしたら見られないのでは?と、ちょっと諦めかけていました。でも今回のトライでは、今までの中で一番うまくでき、「過去生かも?」と感じることができた気がしますので、ご報告します。見えにくい方の参考になれば幸いです。私が降り立ったのは、赤茶けた小石がまざった(砂利?のような)地面で、周りは少し大きな岩で囲まれた高台のようなところでした。私は月桂樹か何かの葉っぱでできた輪のようなものをかぶっていて、足は膝まで紐で縛るタイプのものをつけていました。そのときはどの国なのか、自分では気づいていませんでしたが、「世界地図でいうとどのあたりですか?」の先生の誘導で、イタリア半島がでてきて、長靴の先端付近の島らしいということがわかりました。あとで調べたら、ギリシャで、自分ではギリシャの場所を忘れていたのに、そのときのいでたちがまさにギリシャっぽかったので、びっくりしてしまいました。これは単なる自分の好き勝手なイメージではないのかも?と思いました。その時の私は15か17歳の男の子で、弓矢をもって馬に乗り、狩りの練習(?)をしている様子でした。一緒にいるのは狩りを教えてくれる師匠で、この師匠は今生の祖父のようでした。(確信ではないのですが)またこの師匠はその時の生の父だったようですが、何らかの事情で父とは知らずにいたようです。名前は最初「ピグレット」という言葉が思いついたのですが、「ピグレット」とは飯田史彦先生のHPで見た映画の題名と同じなのでこれは、違うのでは、と思ったら「ミカエル」という言葉が浮かんできました。ソウルメイトを招く場面では、5歳で同い年くらいの女の子(名前は「サラ?」)と出会う場面でした。彼女が今生の誰なのか、結局よくわからなかったのですが、その女の子とはとても仲良く、楽しく遊び、14歳くらいまで一緒に遊んだり勉強したりしていたようです。しかし何らかの事情で、彼女が遠くへ行ってしまうことになり、結局その人生ではそれ以来、彼女に会うことができなかったようです。その人生を終えるとき、「また彼女と出会って、今度は一緒になりたい」と思いました。今回の生でソウルメイトに出会って何を学ぶ予定なのか、という光さんへの質問では「信頼」「忍耐」「愛」という言葉が返ってきました。「どうしたらソウルメイトに早く出会うことができますか?」の質問では光さんから「あせるな、素直になれ、大丈夫」という言葉が返ってきました。未来の私は男の子の赤ちゃんを抱いて、笑っていましたが、ソウルメイトは誰なのか、教えてくれませんでした。最近の私はずっと辛い恋愛をしていて、彼のことをなかなか諦めきれず、悶々としている毎日でした。今回、このビデオで何か解決の糸口が見つけられたらなぁと思ってトライしました。ビデオで過去生体験をして、光さんからいただいた言葉によって、心の疲れがかなりとれ、あれほど固執していた彼への気持ちもとれ、心が穏やかになれた気がします。まさに前世療法ビデオは「栄養ドリンク」と言えると思います。素晴らしいビデオを、ありがとうございました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
ビデオを購入してから長い間トライする時間がなく、一月半後偶然時間ができやっと見ることができた。見始めてすぐに体がしびれたようになり自分が催眠に入ったのが分かった。誘導の声は絶え間なく力強く繰り返され、その声に守られて何の不安も恐れもなく、又全くの邪気も入り込むこともなく過去生へ戻って行った。階段で既に修道女の姿に変わっていた私は階段の下に野戦病院のようなところ(瀕死の病人や怪我人がゴロゴロしている)があるのを感じたが、ガイドに守られて外に出た。修道女から赤毛の太った裕福そうな白人女性、痩せたアメリカンインディアンの男性、そして痩せこけたお爺さんへ変わって行った。老人は監獄暮らしで足に重り、鎖の手錠をつけ外に散歩へ出、夕食にはパン一切れと野菜が少し入っているスープのみ与えらていた。若い頃のシーンで私はギリシャのミコノス島で泳ごうとしていた。そこへ現在の夫が現れすぐに姿をマリーアという女性の姿に変わった。ランチの入ったカゴを下げ後ろからは現在の子供たちが同じく現れ私に向かって嬉しそうに走って来ている。このシーンが現れて私は一瞬にして涙が溢れた。私は今生、アダルトチルドレンで苦しんでいて育児、家事に苦痛を感じながら生きていた。そこへ現れたこのシーンは「平凡だけど家族と暮らす以上の幸せはないんだよ」と私に伝えてくれた。ミケランジェロという過去生の私は高価な宝石を盗もうとして店の前で群集に取り囲まれ捕まった。それから家族に会うこともなく一生を汚い牢屋の中で枯れ木のようになって死んで行く。ハイヤーセルフは私の最も信頼している人の姿で現れた。もっと自分に自信を持って、今のままでいいから、自分を信頼して、信じて。たくさんの励ましの言葉をかけてくれた。照れくさかった。未来の私は洋風の二階建ての家のデッキで紅茶を飲んでいた。庭の芝生で孫たちが楽しそうに走り回っている。彼女は目が悪そうで少し太めだ。手をとると彼女の体中に黒いシミのようなものがあった。体に毒素がまわっているか、癌のような病気におかされている、という感じだった。彼女は言った。「人の悪口ばかり言ったり、人や物事の暗い面ばかり見ると私のように自分を真っ黒にしてしまうのよ。あなたは私のようになってはいけない。」私は教えてくれたことに感謝を述べた。昔ギリシャの島めぐりをしたとき、自分の生まれ育ったところにあまりにそっくりであきれたことがあった。今私は故郷で同級生の夫と結婚して暮らしている。なぜ自分は田舎暮らしをしているのか、その答えが分かった。ギリシャ時代とできるだけ同じ状況で同じ家族たちとやり直して平凡だけど幸せな人生を全うしたい、妻や子供たちに償いをしたい、と思って自分で選んだのだ。自分の行動、選択に意味があることが分かり、深く癒された。このエクササイズ以来子供たちといることにストレスを感じなくなったし、夫を愛せるようになった。私は今生のみじめな子供時代のみに頭がいっぱいになっていた。人の魂は悠久の時の流れの中でいろんな経験をし学びを繰り返していることを身を持って体験することで、そんなことがほんとにチッポケなことなんだ、という気がした。そして今生を悔いなく存分に楽しもう!と思えることができた。最後に素晴らしい誘導をありがとうございました。本当にビデオを購入して良かったです。ありがとうございました。
あの人と出会った本当の意味がわかる過去生へ
奥山先生、みなさん始めまして(^^)私の体験談が少しでも皆さんのお役にたてたらと思い&周りの友人には話せないので聞いて頂きたくてメールします!(なるべく簡潔に書いたつもりが、長くなってしまいました)詳細は省きますが、つらい恋愛のなかで、飯田先生の生きがいシリーズを読んだ事がきっかけです。2週間ほどまえに会社の近くで前世療法を受けましたが、その際は、一瞬見えそうでしたが、見えませんでした。ですので、自分には見えないのではないかと心配でしたが、絶対見るぞ!と張り切っていました。このゴールデンウィークに満を持して?トライ!先生のHPのアドバイスにあったように、午前中にトライしたにも関わらず・・・寝てしまいますね4回連続寝てしまいました(-_-)zzzしかも最初のほんの数分ですぐ爆睡しているようでした・・気合を入れなおして「今度こそ寝ない!」という目標を持って臨みました(「今度こそ見えるように!」じゃないところが情けない・・(^_^.) )まず結果をご報告します。寝なかった一度目から見えました!おぼろげでしたので、数日間かけて3回チャレンジしました。私の場合、時代や場所などの詳細は分かりませんでした。また、主要人物以外の登場人物が誰か、また状況についても分かりませんでした。ただ、「気付き」が充分ありました。
・過去生で分かった状況(3回やって総合的にわかった事です)・登場人物 現在での私・・・ルーシー18歳〃 彼・・ペーター28歳 あとは、ルーシーとペーターと一緒に住んでいる老婆、ルーシーとペーターを射殺する男が出てきましたが、これは誰か分かりませんでした。老婆は、おぼろげながら、亡くなった私の母かな?という気もしますが。・概略:ルーシーとペーターは非常に人生を楽しんでいる。二人は一緒に住んでいる。恋人なのか結婚しているのかは不明。赤ちゃんを産んだようだがこの辺もおぼろげ。はっきりしているのは、二人は一緒に食事をしたりダンスをしたりして非常に人生を楽しんでいるということ。原因は分からないが、馬に乗った男(保安官とか町の秩序を守るような男、しかし悪そうな男(笑))に、ペーターとルーシーは町で射殺される。それに抗議した老婆も射殺される。しかし、痛みもうらみも苦しみもなかった。
・光さんや未来の自分との対話で分かったこと ルーシーはペーターとともに非常に人生を楽しんでいた(ほんと、かわいくて活発な子だったんですよ〜)。今の人生での私は、人生を楽しんでいない(実際、人生はつらい、苦しいものだと思ってまして・・)。ルーシーのように今の人生を楽しみなさい。但し、ルーシーは、良い子だけれども、自分よがりすぎて、人の気持ちを考えたことがない、自分だけ楽しければいいという感じだった。だから、ペーターも楽しんではいたけれどもっとペーターの気持ちも考える必要があった。だから、今の人生では私は、ルーシーのように人生を楽しみつつ他人の気持ちを考えることが必要。(今は、他人のことは考えるけれども自分が楽しめてない。悲観的) ペーターとはこれまで30回くらい人生で一緒になっているし、今後もまた出会う
・今の彼と出会った本当の理由:今の人生では私は本当は彼と出会う計画ではなかった。彼といると常に楽しめるけれども、今回は彼がいなくても、自分で人生を楽しめることを学ぶ必要があった。実際彼は彼の人生を幸せに生きていた。でも私が非常に落ち込んでいて、暗くなっているので、彼が手をさしのべに現れて、人生の楽しさを思い出させてくれた。そして、私が過去の何度かの失恋でネガティブになったり、相手を恨んだり、を繰り返してきたことが間違いであったことに気付かせてくれた。人生の楽しさと恋をした相手への感謝を気付かせてくれて、今の人生では彼は私から去っていく。以上です。細かくかけば本当に書ききれないのですが・・奥山先生がHPでおっしゃっているように、多分前世を見ることはほとんどの皆さんにできると思います。私も詳細には見ることができなかったので、前世見える能力?では下のほうでしょう。ただそこから何を気付くかは自分次第で、どんなにはっきり見えても何も気付かないのでは意味がなくて・・。そして「気付く」といっても、すごいたいそうなことを気付くわけじゃないんですね!私なんて「人生を楽しみなさい!」ってこれだけです。言葉にすると簡単だけど、でもこれが難しいんですよね〜。最後に一言、他の体験談の皆さんも「これは自分の願望がもたらしている妄想では?」とおっしゃっていますが、私もそのように感じる瞬間がありました。なぜなら光さんや未来の自分が言っていることは、飯田先生の生きがいシリーズで繰り返し書かれていることと一緒なので、「うーん、これは自分で作った言葉なんじゃないかぁ(?_?)」と思ったり。。しかし、つまり、飯田先生が本でおっしゃられていることは普遍的な真実であり、だから私の光さんも同じことをおっしゃっているんだなぁと考えました。また私の光さんが失恋相手に対して被害者意識を持ってしまう私に対して、「人を恨まず」ともおっしゃっていましたが、それは自分が考えていることと同じことでした。というと、「なーんだじゃあ、やっぱり自分で作り出しているだけじゃないかー」と思われるかもしれませんが、飯田先生がご本でおっしゃられていたように、「人生の問題集の回答は自分が自分の中に閉じ込めているだけで、自分はその回答を知っている」(原文のままではありません)のですから、この催眠状態のなかで、自分のなかから回答が出てきたのではと考えます。いずれにしても、この経験を実際の人生に生かして、ポジティブに楽しく人間らしく生きてゆきたいと思っています。また他のテーマでもチャレンジしたいですし、このテーマでも何度かやると他の気付きがあると思いますので、その際はまたご報告申し上げます。奥山先生、掲示板をごらんの皆さん、ありがとうございました!
ソウルメイトと最も愛し合った過去生へ
奥山先生こんにちは。ビデオテープ届きました。早速試してみました。あなたに一番必要な〜」を一番に試したのですが、うちのわんこ達が一時間くらいのところで寝転んでいる私に顔ぺろぺろはじめてダメ。催眠が醒めてしまいました。それでも懲りずに、今度は自室にビデオデッキ引き込んでイヌを追い出し、オーディオとつなぎ音だけで、「ソウルメイトともっとも愛し合った〜」にチャレンジしました。去年催眠を受けたとき同様、鮮やかに映像でというわけには最初なかなかいかなかったけど、途中からどんどん具体的に実感をともなって見えました!心地よい催眠で、安全な場所に立つあたり、半分寝かけていました。危ない危ない。。。さて、私の見た過去生は、時代ははっきりしないけれど、江戸〜明治初期?の京都。うす紅の白ヌキの梅柄小袖を着ていた「ウメ」さん。裕福な呉服商の二番目の娘でした。小柄で色が白い。目が切れ長。うーん、われながらかわいらしいじゃないですか。一番最初に見えたのは、子供をおぶっているところ。そして、その時は18歳(若っ)子守りの乳母さんにその子(太郎ちゃん)を預けるように言われるんだけど、もうかわいくっていとしくって離せない気持ちがじんじん伝わってきました。私自身は子供はいないのに、子供ってこんなにいとおしいものなのねと驚きました。その子の頬を触るだけで、胸がしびれるように喜びがこみ上げてくるんです。結婚相手は小さなお茶屋さんをしていて、次男坊で親からのれんをわけてもらったみたい。「わかだんさん」とか「だんさん」としか名前が出てこなかったけれど、これがすっきりとしたものすごい男前!そして!間違いない!今の遠距離で付き合っている彼氏です。ウメである私は、彼がものすごく好きなんです。初めて出会うのは、私が16歳の時、お見合いです。お茶屋の次男がのれんわけしてもらって独立するから、お嫁さんが欲しいってことで家に来てくれたんだけれど、姉(この人もちらっと見えました)は既にお嫁に行ってしまっているし、私がよければ、ということで会ったんです。早すぎるしいやなら断っていいと両親(この父親が今の母です)がいうのも聞かず、一目ぼれしてしまいました。すべての人に祝福される幸せな結婚でした。小さいながらもお店の主となった大好きな「だんさん」と生まれてきた子供「太郎」。お茶の買い付けで、家にいないことが多くなった時、私は二人目の子供が欲しくて欲しくて、それ以上に「だんさん」に会えないのがさびしくて、芸子遊びとか浮気とかもしてるかもしれないって勝手に思って辛かった。それで、家に帰ってきた「だんさん」に素直にそれを言うとぎゅっと抱きしめてくれて、「外であそんだりしてないよ。一番ウメがすきだし、太郎にこの店をよりよくした状態で継がせるために色々考えてた。心配かけてごめんね」と言われてしまい、もう滂沱。彼はお茶屋を繁盛させるため、新工法のお茶を考えていたんです。彼の愛する私と子供のために。それで愛している人をとことん信じて尽くそうって思うんです。(ちなみに結局授かった子供は一人きりだったみたいです)確かに暮らし向きは実家の時にくらべると格段に落ちていたけれど、私はものすごく満ち足りていて幸せで、お茶を美味しくする工法とかを考えるだんさんのお手伝いをしました。お店を大きくするために私の実家の両親が時折訪ねてきてお金の援助をしようかと言ってくれるんですが、断って、でもどれくらい自分が今幸せかを親に説明してましたね。両親も見守ってくれました。二人でがんばって、それが幸せだったんで他の人をいれたくなかったのかもしれません。私は太郎とだんさんのことしか考えていません。愛していません。けれど、だんさんと愛し愛されいつも幸せでした。ぜいたくだった娘時代を懐かしむ間もないほど、彼との生活を愛していました。死ぬ場面を見ると、せつなくなってしまいました。店は大きくはなっていませんが、つぶれるようなこともなさそう。そして、どうやらだんさんは先に死んでしまったみたいで、たのもしくなった太郎とその嫁さんが50前くらいで寝たきりの私の世話をしてくれていました。その時のわたしの思いはただ、だんさんに早く会いたいということだけでした。世の中に未練はまったくありませんでした。脳の病気?のような言葉が思いつきました。幸せな人生でした。奥山先生の誘導よりも早くに魂が抜け出しそうでこまりました(笑)。自分の人生をふりかえるよりも早くだんさんに会いたくて、光の中に猛ダッシュって感じですよ。振り返ると、すばらしい人生でした。ただ、私の目は彼と子供にしか向いていなかった、視野の狭い人生だったかもしれないと気づきました。あふれるような愛を持っていたけれど、それは夫と子供だけに注いだんですね。私の人生と並べたとき、私の今の人生の方が障壁も多いのですが、同じように愛に満たされていることに気づきました。彼女からもらったアドバイスは「信じなさい」ということ。愛はそこにあるから、信じるのだと。光さんからは、運命を信じなさいと。私はもう30を過ぎているのに、いつかもういちど「太郎」を授けてくださるって。あの震えるような喜びを、今生の私にも与えてくださる!太郎にもう一度会える!感激で泣いてしまいました。ウメは愛することをマスターしたけれど、多くの人の役に立つとかそういう愛に広げられなかったことが次の目標。つまり、私は愛し愛され、さらにそれを他の人にも与えられる人生を歩んで欲しいって言われました。実は、私はここ数ヶ月は転職のための勉強もやめてしまいたく、専業主婦願望が強かったんです。彼のところに親の反対しても行ってしまおうかと。また、彼が仕事に打ち込み忙しいと不安になったりもしました。愛されている実感はあったけれども、先がない感じがしていました。でも、彼とは運命だとはっきり悟ったし、私の今生での課題は愛し愛されるだけではなく、それを多くの人に分かち与えることだと、それもまた運命なのだと言われたとき、驚きました。そして喜びが沸きました。今のままで順調な人生なのだと言われ、また涙。いつか太郎をもう一度この手に抱かせてもらえるのですし、今の遠く離れた彼を信じることもそんなに不安はなくなりました。見せていただいた将来の私は、やはり「太郎ちゃん」を抱きながら人のために仕事してました。彼女とも握手し、「がんばって」と言われました。運命を切り開いて、と。今ががんばり時なんだと実感しました。光パワーもおなじようなことを私に諭すもんですから。ウメ以上にすばらしい人生を歩む試練を課されているんですね。ただ、彼女のようにもっと素直になろうと思いました。いたずらに彼を不安がらせるのはやめます。あんなにスキだっただんさんにもう一度会えた、そのことですら奇跡のように感じるのですもの。ところで、初めて催眠を受けた時、私は古代ローマ時代の貴族の戦士でした。そして人生の挫折に会い、あっけなく残りの人生を棒にふるような逃げた生き方をしてしまって、誰にも感謝せず、後悔だけをしながら死にました。その時のイメージとは今回、一人でしたのもあるのでしょうか?テーマのせいでしょうか?全然違いました。あのとき、自分の今生の人生で何が起っているのか、乗り越えられる障壁を与えられているのだと分かり、がんばろうと思い直しましたが、今回はパワーをもらった感じがありありとします。あと、どの人生にも辛い試練や課題があるのだと思い込んでいましたが、幸せだけの人生もあるんですね〜。ハッピーハッピー気分です。作ってるかな?と思いながら誘導に従っていましたが、子供を抱いたとき、ほお擦りしたとき、びっくりするような感激とあふれくる愛情を実感できて、これはやっぱりタダの妄想ではないと「信じます」。(笑)よいビデオをありがとうございました。長くなってしまってすいませんでした。
とっても明るくなれる過去生へ
とっても明るくなれる過去生へ
過去生の体験談です :光のトンネルを抜けてまず出てきたのは、海辺のようでした。しかし、以前に書いた「ホーン」の時とは感じが違います。どうも、母方の実家がある町のようです。しかも、過去生ではなく、私の小学校3年生の時のようです。「こんなの過去生じゃない!」と抵抗しようとしたのですが、自然に見えてくるんだから仕方ないなーと気を取り直して、そのまま続けました。そしてそのまま、高校2年の時の場面に移りました。通っていた高校の最寄り駅の近くで、学校帰りに友人達と騒いでいるみたいです。その日の夕食の場面では、父親と不登校になった友人のことを話していて、「わしだったら叩いてでも殴ってでも学校に行かせる。不登校になるのはたるんでいるからだ。そういう根性のない人間は親がたたきなおさないとだめだ。」と父親が話しています。「ああ、この人は全然わかっていない」という失望と、自分の大切な友人を悪く言われて怒りを感じましたが、父親は逆らうとすぐ怒り出すので黙って聞いています。もちろん、これは実際にあったことです。
一番幸せな場面は、38歳になった自分で、イギリスに招かれてDJをしています。たくさんのお客さんが僕のDJで踊り狂っています。その日の食事の場面は、今つきあっている恋人とディナーを食べていました。
私が最も明るい場面では、私は58歳になっています。何かの事業(イベント?)を立ち上げ、テキパキと仕事をこなしているようです。自分からあれこれ話すというより、相手の話をじっくり聞ける人間になっているようです。だから、部下も安心して話してくれるし、充実した毎日を送っているようです。
わたしの死の場面では、仕事の過労で寝たまま二度と起きてこなかったようです。心不全というところでしょうか。63歳のようです。現在の平均寿命よりは短いかもしれませんが、本人は満足しています。体から抜け、天高く上がって、今の自分の人生と比べる場面になりました。どうして過去生でなく今の自分が見えるかなとずっと思っていたのですが、この場面にきてやっとわかりました。これまで見た過去生では、人間嫌いがもとで、いつも決まって中年以降に世捨て人になってしまう人生を歩んでいたのですが、今生でそれを変えることができるから、過去生ではなく、今の私の人生が見えたのだと。そして、話し上手な人を見ると、「あの人、明るくていいなー。人生が楽しそうで羨ましいなー」と思っていたのですが、「話し上手=明るい」ではないのだと気づきました。私の場合は「聞き上手」になって、「あの人なら絶対私の話を聞いてくれる」と信頼されるようになる道を選ぶ方が合っていることに気づきました。過去生の自分からのアドバイスは、当然のことながら、将来の自分からのアドバイスになってしまいました。「今、(自分を変えようと)努力していることは必ず実る。そして必ず自分を変えられる。だから、決してあきらめないでそのまま続けなさい。」と言われました。未来の自分は、自信に満ちているようでした。何も話さなくても、そこにいるだけで、存在感があるような人です。すごいパワーというか、オーラのようなものを感じました。その将来の自分にぎゅっと抱きしめてもらいました、ものすごいパワーを感じました。人生の杖言葉はもちろん「聞き上手になりなさい」でした。これまで、口下手なのに無理やり話そうとして、失敗したりすることが多かったのですが、話す必要がない時は無理して話さなくてもいいのだと気づきました。これまで、口下手で内向的な自分のことがとてもイヤで、何度か人に相談した時に、「聞き上手になりなさい」と言われたことがあったのですが、やっとその本当の意味がわかりました。そして、私は今、「前世療法ビデオ」や「バッチフラワー」、そして家の近くの病院でヒプノセラピーを受けたりしていますが、正しい努力をしているのだという確信が持てました。これからも、さらに努力を続けていきたいと思っています。ありがとうございました。
羊年にやるべきことがわかる過去生へ
出てきたのは、髪の毛がぼさぼさの女の子。年は、13〜15歳くらい・・・みすぼらしく、着ている服だけを見ていると、原始時代かと思ってしまいました。はだしです。手には、たて琴・・・ハープみたいなものをもっています。丘の上にたっていると、何かにおびえながら、逃げてくる子供達の姿が。小さい子もいれば、私よりも年上の男の子もいます。その子達の服装を見た時、南のほうのヨ−ロッパ、イタリアのあたりで、今から、200〜300年くらい前のような感じでした。私は、心が純粋で、食べる事に困っていても、ぜんぜん平気。歌う事が好きでした。半分、天使・・・のような感じ。その、何かにおびえている子供達に、歌って聞かせてあげました。鈴のなるような澄んだ声で、子供達が癒されていくのがわかります。子供達に笑顔が戻り、事情を聞いてみると、戦争か何かがおきていて、家庭の中に、兵隊か役人か、なにか取り調べをするような人たちがはいってきたので、両親をおいて、子供達だけ丘の上に逃げてきていたようです。夕食の場面では、その子達の家に招待されました。食事が並んでいるのに、天使みたいな私は、何が珍しいって、ふかふかのベット。なんどもなんども、ジャンプしていました。冷静なもう1人の私は、げらげら笑い、もういいかげんに、お食事もらいなさいよ−って思っていました。が、その子は、そんな柔らかいベットがはじめて奪たので、嬉しくて嬉しくて、何度も、跳ねていました。父も、母もなく、1人でふらふらしていたその私は、そのお宅で、お世話になる事になりました。音楽家の一家で、珍しく、ピアノがおいてあります。私は、ハープや歌は得意でしたが、ピアノは弾いた事がありませんでした。その家の長男から、ピアノの手ほどきをうけ、みるみる腕は上達し、人前でも演奏するようになりました。歌も披露し、それはそれは、人々の心を癒し、不思議な音色にみんなが私に期待していました。ところが・・・24歳の時、病に倒れ、とうとう死んでしまったんです。音楽仲間の悲しみは、想像以上のものでした。私を看取ってくれたのは、ピアノを教えてくれていた長男です。兄のような存在でした。みんなが悲しむ中、私は、たくさんの天使達に迎えられ、高く高く昇っていきました。その時思った事は、音楽は、一部のお金のある家庭だけでなく、広く一般の人たちも、楽しむべきである。一般の人たちにも、音楽を伝えたい、わかってもらいたい。底辺の音楽活動をしていこう。そんなふうに、感じました。そして・・・羊年にやるべきことは、私は、音楽の仕事を現在していますが、地方なのでなかなか勉強するチャンスがありません。交通費と、時間をかけて、東京まで行くしかないのです。他の同僚達もそうです。そこで・・・「東京から、先生を呼んで、先生達の勉強会をひらくこと」というイメージがでました。ところが、前にそういう事を試みた事がありますが、人が集まらなくて、残念ながらできませんでした。そして、その、東京から呼ぶ先生は・・・あの、私に手ほどきをした、長男です。私を妹のように可愛がり、ピアノを教えてくれた長男が浮かびました。だれだろう・・・?すると・・・去年の年末に、出会った、1人の大先生の顔が浮かびました。え・・・・・っ?いつもなら、そういう先生とは、一回の講座とかでお世話になっても、電話番号とかの交換は絶対にした事ありませんでしたが、その先生にかぎり、電話番号を聞いていました。何日か後、思いきって連絡をとってみる事にしました。「田舎のほうにきて先生達に音楽を教えてくれませんか?」「はい、是非行きたいです。」・・・・・・いいですよとも、考えてみますとも言われず、「行きたいです。」というものすごく前向きな返事がかえってくるのにはびっくりでした。本部に相談してみても、雲の上の人のような大先生が私の職場に行くのは信じられないと言われました。疑ったのか、直接お電話いれて確認したところ・・・やっぱり、行きたいですと言う答えがかえってきたようです。しかし・・・問題は、日程と、人数です。集まるのかどうか・・・でも、私は催眠で見たビジョンを信じていたので、思いきって、職場に提案してみました。もちろん否定的な意見もありましたか、それ以上に、受けてみたい人たちの力が圧倒的に強かった。そして・・・羊年のビデオを見てから4ヶ月。今日、大盛況のうちにその講座がスタートしました。今、第1回目が終了し、過去生の兄のような人と、食事をして、新幹線の駅まで送ってきたところです。なんか・・・4ヶ月の間に色んな事がありました。今日は、充実感でいっぱいです。奥山先生、素敵なビデオ本当にありがとうございました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
トンネルを抜けてまず感じたのは、海辺のようです。バイキングのような服装で、26歳の男性。名前は「ホーン」だったと思います。盗賊?海賊?よくわかりませんが、そんな感じでした。まずいきなり現れたのは、ショッキングな場面でした。たいまつを囲んで仲間と夕食をしている時に、ささいなことで言い合いになり、ついに決闘になってしまったようです。その相手は、前の職場の上司のようでした。同じ職場だった時は私に対してとても冷たい態度だったので、なるほどと思いました。そして、私は相手にナイフで刺され、命からがら逃げ出したようです。夕食の場面では、決闘の翌日の夕食でした。私は心優しい奥さんに看病してもらいながら、ベッドで夕食を取っていました。
一番幸せな場面は、結婚式でした。私は20歳の青年でした。美人で気立てが良いと町中で評判になっていた女性に、猛烈にアタックしてゴールインしたみたいです。花嫁はウエディングドレスを着て、私は黒いタキシードにシルクハットでした。「バイキングの時代にこんな服装はないだろう?」と自分にツッコミながら、見えるがままに任せていました。私達が乗っている馬車に町の人がおしかけ、祝福の言葉をかけてくれます。その中の一人は、今お世話になっているクラブの店長さんでした(申し遅れましたが、私は仕事の傍らDJをやっています。)。家での食事の場面は、結婚式が終わったその日、妻と一緒に夕食を取っていました。夢にまで見た彼女と結婚できて、これ以上の幸せはない!と思っているようでした。しかにその幸せは長く続かなかったようです。それまではちゃんとした職業に就いていたようでしたが、何かがきっかけで、盗賊(海賊?)の世界に足を踏み入れてしまったようです。それでも妻は忍耐強く、私に尽くしてくれたようで、最初に出てくる決闘の時も、甲斐甲斐しく看病してくれました。しかし、この事件をきっかけに、人間不信に陥ったのと、盗賊をやっていたことに対する自責の気持ちから、だんだん人を避けるようになり、ついにはあんなに優しかった妻をも捨てて、乞食同然の生活をするようになります。わたしの死の場面では、寒い夜に街の民家の陰で凍死するようです。ただ、あまり寂しいという気持ちはなかったです。魂が体からぬけ、上から自分を見た時、「大変な人生だったが、やっと終わったな」と思いました。さらに高く上がって、今の自分の人生と比べた時は、今の自分はその時の人生よりも幸せだと思いました。まだまだ見込みがあると思いました。そして一昨年亡くなっている祖父が現れ、「大変だったな。まずはゆっくり休みなさい」と言ってくれましたそして未来を少しだけ見せてもらいました。未来の私は職場の人や友人と会話がはずんでいます。何よりも表情が豊かで、生きていることそのものが楽しそうです。未来の私からのアドバイスは、「同じ人間なんだから恐がらずに人の中に入っていきなさい。やってみればどうってことないから。」でした。実は、私は近くの先生の所でセラピーを何度か受けています。その中で、私の過去生のほとんどが、中年以降に出家したり隠居したりして一人で死んでいくものだったのですが、その理由がわかりました。どうやら、「決闘」になってしまったのは、些細な言葉じりのことが原因だったみたいで、それから、人と接するのが恐くなって、それ以降の過去生においても自然と人を避ける人生を歩んでいたみたいです。そして今も、対人恐怖に悩んでいます。年を取ったら田舎に引っ込んで花を作っていたいと思っていたのですが、これまでの過去生を忠実に再現しているのだなーと思ってしまいました。これまでのセラピーの中でも、何度か過去生の自分から、「人の中に入っていきななさい」と言われているのですが、どうにもできず困っています。
愛に満ちた過去生へ
光の入り口をぬけ、景色がみえだすと、わたしは白い薄物のドレスをきてきれいな緑の草の上にたっています。先生の誘導にしたがって、自分の姿をみていくにつれ、とっさにこれは生まれる前の自分だ!って思いました。おこがましいのですが、名前はアフロディーテ。年齢はありません。女性のような姿です。手には魔法の杖?のようなものを持っています。髪はとてもながく・・・顔ななぜか、好きな女性タレントに似たような感じでした。まわりにはなにもなく、雲の上・・・・といったような感じ。建物も、しきりもありません。光の意識体というような球?人?に途中であって挨拶してみたり、小さくこどものように感じる魂が集まっているところでは、またまた、おこがましくも女神さま、と呼ばれ「こんど、僕は生まれることになったんだよ!」などと、みんなに囲まれて報告を受けています。わたしは、「よかったね、がんばってね」というふうに声をかけています。食事の風景のときは、さすがに食事はとらないのか、身近な人たちと座って話しをしています。今の従姉妹がいました。もっとも幸せなときは、ソウルメイト(男の姿)と出会って、両手を取り合って喜んでいました。背が高く、精悍な感じでいきいきと若い感じです。「また、生まれて一緒になろうね!」って約束しあっています。その人の顔をじーーっとみて、だれだろう・・・と今、知っている男の人をいろいろとあてはまてみましたが、どうやらしっくりくるのはまたしても元婚約者・・・・・。しばらく手をつないで、空中散歩?のような感じで飛びまわっています。(ピーターパンのよう・・・)そして、お互いが光の球のようなものになって、いったんひとつになり、また分かれる・・・というのもみえました。もっとも愛に満ちたときは、そのソウルメイトが、生まれるために旅立つという場面でした。さきほどのちいさな魂たちのいるところにいます。わたしたちは、また融合して、いったんひとつの魂となり、そしてまた分かれ、「いってらっしゃい、また会おうね、一緒になろうね」とまたまた約束し、見送っています。ほかにもたくさんの光の魂が生まれるために流れ星のように降りていっています。愛をもって、見送っている・・・っていう感じでしょうか・・・??わたしも行こうとしたら、神様のような大きな存在から「まだ待ちなさい、今じゃない」と止められました。(年齢差をつけるためなのかなぁ・・・・なんて勝手に思ってました)そこで、わたしは、とてもひとりぼっちになったようなさみしい気持ちに襲われます。いま実際のわたしに、なにか満たされない寂しい部分があるのはここからきてるのかな・・・と思いました。そこで、さみしいと思っている魂のわたしに、「さみしくないよ、大丈夫だよ」と光で包んであげたりしていました。死の場面となったときは、今度はわたしが人として生まれるために、母のおなかにはいっていくところでした。わたしは、母のおなかにはいって、小さく胎児のまるくなったポーズをとっています。だんだん、育っていっています。母がおなかのなかのわたしに声をかけたり、おなかを優しくポンポンとたたいたりしています。死を通り越したところで、わたしは生まれました。暗く狭いところから、明るいところへと出て行きました。生まれると彼に会えると思っていたのにいないから淋しく思いました。おぎゃあおぎゃあといっぱい泣いています。カラダが自由に動かない、って思っています。(彼のところに飛んでいこうと思ったみたいです)現在の両親が嬉しそうにわたしを覗きこんでいます。そして、すやすや眠ったところで、赤ちゃんのわたしはカラダをぬけだし、光さんに会いにのぼっていきました。光さんは、アフロディーテの姿のわたしでした。ハイアーセルフだと思いました。「ソウルメイトに会えますか?」ってたずねたら、「大丈夫、会える」って教えてくれました。ただ、「彼はソウルメイトじゃない」っていいました。わたしはびっくりして「ええ!!ソウルメイトじゃないの??」って聞き返しました。「まだ、お互いに気づいてない、これから、本当の彼に出会う・・・」って教えてくれました。いまの元婚約者は、まだまだ本当の姿の彼ではないようです。本当の彼のことを好きっていうわけじゃないのかな?って思いました。これからお互いに変化があって最終的には結ばれるのかな、と思いました。「どうしてたらいいですか?」ってたずねると、「大丈夫、自信をもっていなさい」って教えてくれました。また、「ひとりじゃない、さみしくない。わたしがついてるから」といってくれました。握手すると、うわーーー!!という感じで光に包まれ、アフロディーテさんに抱きしめてもらっていました。そしてそのまま、戻ってきました。。。今回は手足が自由に動き、寝返りをうって、胎児のときは赤ちゃんポーズをしていたり、びっくりしたときは、手がうごき顔をおおいました。また、生まれる前を見ていたので、死ぬときが生まれるとき・・・となんだか設定が逆なのもおもしろいな・・と見ていました。こんな過去生もみてしまうのかぁ・・・・と不思議に思いながら、物語が進んでいった今回の体験でした。ありがとうございました。
あの人と出会った本当の理由がわかる過去生へ
奥山先生の誘導で降り立ったのは、フワフワとした草丈20センチくらいの緑の草が生い茂る草原でした。そよ風が吹いており、それが頬をかすめていくのを気持ち良く感じたような気がします。その場面にいる自分と思われる人間は女性でした。白い布のような袖が短く、丈は長く、腰の辺りで紐でしばったような服を着た
栗毛色のような髪の若い女性でした。今まで見た過去生では、すべて現在の性と同じ男だったのですが、今回は初めて異性として現れました。足は革の紐のようなもので編んだようなサンダルのようなものを履いていました。その場面を動かしていくと、その草原を気持ち良く一人で歩いていました。誰か他に存在するかと思ったのですが、たった一人で心地よい風を感じながら散歩を楽しんでいるようでした。次にその日の夕食の場面に移ると、自分がいろりのような所で吊るした鍋で料理をしているものが見え、その後、夫と思われる人と一緒に食べていました。その夫と思われる人は、今の人生では全く知らない人でした。私は、当然のように現在のソウルメイトが現れると思っていたのですが・・・それから、その人生で最も幸せな場面になどと奥山先生の誘導があったのですが、結局死ぬ場面まで特に何も現れませんでした。“あの人に出会った本当の理由がわかる場面”にも行けませんでした。不安に思いながら、結局、死を迎える場面になり、死を通り越えました。そのとき思ったことは、「ああ、終わったな・・・」ということでした。決心したことは特に思い浮かびませんでした。その人生を振り返ってみて感じたことは、「平凡な人生だったな・・・」ということでした。しかし、考えてみると、以前、ソウルメイトと出会わなかった過去生体験でのとても寂しい思いというのは感じませんでした。ただ満たされない気持ちは無いけれども、平凡な人生だったという感想を持ちました。それから光に向かって上って行きました。途中、人生を線に例える場面に来ると、その過去生は一本の線だったのに、現在の人生は長さの違う2本の線になって見えました。それからさらに光に向かって上って行き、光の中に入りました。そのとき、今までは感じたことがあまり無かったのですが、「帰ってきた・・」という感覚を覚えました。過去生体験を重ねると、光の存在に対してある種の親しみがわくのかもしれません。そしてそこに現れたのは、今までの過去生体験で毎回現れてきた老人でした。当たり前のようにそこにいました。私はその過去生でソウルメイトが現れなかったので、不安な心が大きく、奥山先生の誘導が耳に入らず、自分で勝手にその老人にいろいろ尋ねてしまいました。老人は、私のその過去生では私とソウルメイトは一つだったと言いました。(ひとつでいた・・なんてそんなことがあるのでしょうか?)でも、一つになっても幸せだとは限らないし、楽しいものとも限らないと言いました。今、私はソウルメイトの女性のことが愛しくてたまらず、体も心も一つだったらばと心の底から思っていました。もしかするとその気持ちがあったためにそのようなものを見たのかもしれませんが・・。人生を線に例えて見たときに2本の線があったのは、私とソウルメイトのものだっただと思います。長さが違っていたのは、2歳の年齢差があるからでしょう。今回、こうやって出会ったことは、絆を確認した上で、お互いに別々に生まれてきたことを幸せと感じるためだということでした。今までの人生が順調であるかを尋ねると、「順調」だそうです。そして「一言、言葉をもらってください」という奥山先生の指示で思い浮かんだのは、「慌てず、騒がず・・」というものでした。そして、私とソウルメイトが一緒になることは、何度聞いても、老人も過去生の私も揃って「当たり前のこと」と言っていました。未来の様子を見る場面では、ソウルメイトと穏やか過ごしている映像が見えました。とても落ち着いて安らかな生活をしているようでした。おそらく障害があるにも関わらず、流れに身を任せて順調に一緒になることができたのだろうと思います。以前の過去生体験のときも、未来に二人でともに散歩をしている場面を見たのですが、今回、同じように二人の一緒になった場面を見たことで、これから当たり前のように一緒になるように進んでいくのだろうという確信をもてるようになりました。私は過去生を見るたびに、自分が何かわからない大きなものに満たされていくのを感じます。今の自分や今までの自分、それはすべて当たり前のもので、自分をしっかり持っていれば、あるがままの状態でもより良い方向へ進んでいくものだという感覚になるようになりました。私はソウルメイトの女性に対するものは、自分なりの確固たる信念があるので、おそらくこのまま流れに身を任せることによって、ソウルメイトと計画した今回の人生は順調に進んでいくのだろうと信じることができるようになりました。きっと私のソウルメイトには、私と一緒になる前に一人でするべきことがあるのでしょう。私は彼女をしっかりと支えながら、いつまでも待つつもりでいます。今回の過去生は思ってもみなかったものを見ることになりましたが、私にとって一つ大きなものを得る機会となりました。“愛は一体になることよりも共鳴し合う事でより大きな幸せを生む・・・
あなたにソウルメイトを招く過去生へ
二度目のチャレンジのテーマです。光の出口をぬけて、まわりが見え始めたときにすでに、「江戸」という言葉が浮かびました。わたしは、げたをはいて着物をきて日本髪を結ってて時代劇でみる町娘のようでした。1709年か、1719年だかと数字もうかびました。そのときは「おきく」という名前で18歳。呉服屋の娘で、となり町まで仕立てた着物を届けに町を歩いています。手には風呂敷包みをもっています。町はとてもにぎやかで、ざわざわと活気だっています。途中、お店のおばちゃんなんかに挨拶しながら、橋を渡って隣り町へ向かいます。荷車を押すのにであったりしました。そんなに遠くなく歩いていける隣り町の薬屋さんに届け物でした。そこのお母さん(元婚約者の母親)に着物を渡して、雑談をしています。「いい娘だねー、うちの嫁にどう?」なんていわれ、「きゃー、おかあさん、いやだわぁ」なんていって照れているおきくちゃん。そうすると奥からそこの息子さん(元婚約者)が登場します。どうやらおきくちゃんはその人が好きなようでした。なぜか「おにいさん」とその人のことを呼んでいて、そのおにいさんにもからかわれて、「もー、おにいさんまでーー」と照れながら薬屋をあとにしました。帰り道は、おにいさんに会えたことでどきどき、うれしはずかし状態です。(単純)その日の夕食は、呉服屋の家で、家族みんなでお膳を囲んでいます。祖父や父が上座にいます。
その人生でもっとも幸せなときは、おきくちゃんとおにいさんの祝言の席でした。わたしは白無垢・わたぼうし姿です。薬屋と隣り町の呉服屋との結婚ってことで盛大に祝ってもらっています。薬屋の奥のお座敷のようなところでの宴でした。なんと、おにいさんとおきくちゃんの初夜!までみえてしまいました・・・・。(なんてことだぁ・・・) ソウルメイトに出会う場面では、おきくちゃんは妊婦で、まさに出産しようとしていました。りきんだあと、男の子(わたしの母)が生まれまして、実家の父などが喜んでいる声が聞こえ、産湯につかったわがこにおっぱいをあげるおきくちゃんがいました。おにいさんとは年が離れていたようで、とても愛されかわいがられたおきくちゃんでした。死の場面では、48歳で、おにいさんと息子(しんのすけ)や医者に看取られました。はやり病・・・だとか。死にそうなときも、「とっても愛されてしあわせだった」と思っています。カラダから離れて、自分の顔に白い布がかぶせられたのをみていたときも、「幸せだった」と思っていました。どうやら裕福だったようで、お手伝いさんがいて不自由なかったようです。高くのぼっていって振り返ったときも、幸せ・・・・と思っています。さらにのぼって今の自分の人生とくらべたとき、いまの自分のはふらふらしているのがみえました。上をふりかえって、まぶしい光の中にとびこみました。人のような形をしていますが、光が大きすぎてまぶしすぎて、はっきりだれとは感じ取れませんでした。光さんからのメッセージをもらうときには、なお光輝いてとてもまぶしく、思わず涙ぐみました。「愛すること」って教えてもらいました。そして、ソウルメイトには「すでに会っている」といわれました。おきくちゃんにも「すでに会っている」といわれました。(うーーーーーー、、だれーーーー???)未来のわたしについては、ソウルメイトである人がみえたような、みえなかったような・・・という感じでした。だけど、光さんもおきくちゃんもこれからのわたしを見守ってくれるとのこと。光さんにだきしめられたとき、また涙があふれてきて、体中が光につつまれ、体の中にもしみこんでいく感じがしました。とても感激しました。それで、光さんとおきくちゃんと一緒にいまの自分に戻ってきました。今回、初めて途中で眠らず、おきくちゃんにもなりきり(?)、場面がすすんでいきました。感動しました。いつも元婚約者が登場してしまっています。やはりソウルメイトなんでしょうか?「すでに会っている」といわれ、その彼しか思いあたらないのです。だったら、なぜ今、別れてしまったのでしょうか???また、復縁する可能性もあるってことなのかなぁ・・・・と不思議に思うのでした。楽しい過去生への旅でした。ありがとうございました。
羊年にやるべきことがわかる過去生へ
ビデオは福袋の分も入れて計10本持っているのに、なかなかトライできませんでしたが、未年になって,もう3ヶ月ですが、先日やっと三夜に渡り挑戦できました。先生の誘導が始まってすぐ、足元は,革のサンダル、白い服を着たギリシャ時代のいかめしい顔と体つきの男性が見えました。手には、皮製の表紙の書物を持っています。(ここで、ありがちなシチュエーションだぁと思うもう一人の私)名前は、「ロキュータス」(絶対作ってるぞ!!と又思う私)仕事は、哲学?詩人?というような言葉が浮かぶ。場所は、イスキアの丘の上で、(それってどこやねん??と又もや思う私)切り立った崖の島のようなものが浮かび、名前は定かではありませんが、恋人らしき女性ジュリアが、(今付き合っている男性)いて、話をしています。彼女は、優しそうで、ふんわりとした雰囲気をもつ面長な顔立ちの、ブロンドの女性でした。彼は,彼女の事を決して愛して無い訳では無いようですが、と言って,自分は哲学的な問題を抱えているので、彼女が結婚して欲しいというのが疎ましいと思っているようです。美しい丘の上から海をじっと見つめて、自分が世界を救い、問題を解決せねばならぬと思い込んでいるロキュータス。絶望したジュリアは、丘の上から身を投げて死んでしまいます。彼女の求愛を受け入れられなかったのですから、結果的には、ロキュータスが突き飛ばしたのかもしれません。そこからは、やはりフリーズしてしまい、眠ってしまいもう余り覚えていません。ここから先は、やはり個人的に、先生のワークを受けて見たいと思っています。ただ、仕事と育児で疲れているシングルマザーの私には、今付き合っている彼が、愛してると言うたびに、時に疎ましく感じてしまう原因が分かりました。この彼とは、去年10月に先生のワークを受けた時、第一次世界大戦の頃、戦地へ送ってそのまま帰ってこなかった夫だったときもあり、なぜか、結ばれても、先立たれたりと、今もなぜか結婚には至らないのかな等と思っている自分もいます。私の『羊年にやるべきことがわかる過去生へ』は、真実の愛を追究する事かなぁ。前は、起伏のある恋愛を求めていたのですが、ここ数ヶ月、安定した感情の愛を育てたいと思う自分がいます。いろんな愛(親子の愛.男女の愛・友達との愛.世界平和の愛・自然環境への愛)もロキュータスのように、自分の中で抱え込んで想うだけでは、伝わらないのかもしれませんね、相手に表現しなくては。という、なんだか支離滅裂な体験談でした。
今、あなたに一番必要な過去生へ
今回で3度目になります。回を重ねるごとに本当にその時その時の私に合ったものが体験できている気がして、また徐々に癒されていっている気がしますので、お礼かたがた報告します。今回は全てにおいて、先生の誘導の声に反応して言葉のイメージがうかび、映像がそれに続くという具合でした。トンネルの光の出口を抜けると、そこは平原でした。アメリカ中西部のようで、私はインディアンで44歳のがっちりした男性でした。周りに人を探して左後ろに振り向くと、そのインディアンの男性の娘がいました。16歳のかわいらしい娘でした。彼女は、昨年病気で亡くなった今の私の妻でした。その場面はあまり動かず、平原やテント村が見えたくらいでよくわかりませんでした。夕食は家族と一緒にテントの中でとりました。男の子の子供がもう一人いて、あと奥さんも一緒だったと思います。
一番幸せなときは、その今の私の妻であった娘が産まれたときでした。私は28歳で、娘を腕の中に抱いていました。
今、私に一番必要な場面は、なかなか見えませんでしたが、その娘が結婚するときでした。あまりよくわかりませんでしたが、言葉のイメージが飛び込んできて、その後に映像がぼやんと浮かび上がるような感じでした。私が死ぬ場面は、どうやら狼かコヨーテかそういうものに襲われて死んだようです。夜でした。そのときの感想は、”こんちくしょう!!”上に上がって見下ろすと、その狼が私の体に群がっていました。(だから、今の私は犬があまり好きではないのかもしれません??怖くはないんですが、犬に触るのも好きではありません。猫は好きなんですけど…)もっと上に上がって人生を見下ろし、今の私の人生とそのときを見比べると、そのときは自然を愛して、大地を愛して、生き物達を愛して生きて、だから今の私も自然が好きなように感じました。そこから上を見上げると、前回までとは違い光があるようなないような感じでしたが、無理やり光らしきものの中に入っていきました。すると、私の妻がいました。光の存在はおじいさんでした。今、私に一番必要なことは何ですかと問いかけましたが、うまく会話はできませんでした。そのときの人生のインディアンだった私も光の中にきてくれていました。彼からのアドバイスは、送り出すこと、それと自分の人生を生きるということでした。光の存在から、人生の杖になる言葉をいただきました。「忍耐」ということでした。未来の私からもアドバイスをいただきましたが、やはり自分の人生を生きるということでした。その未来の私は、亡くなった私の妻ではなく、別の女性と暮らしているような感じがしました。光に戻って、私の妻と抱き合って、光の存在に抱きしめてもらったら涙が出てきました。私の妻とは会話をした、というよりも無理やり私が話しかけていたばっかりでした。”待っててくれるんやんな”とか”ずっと一緒にいてくれるんやんな”とか。その後、今の私に戻っていきました。今、私に一番必要なこと、インディアンだった私が娘を嫁に送り出したように、妻を送り出すこと、そして自分の人生を生きること。おっしゃることはごもっともです。私の潜在意識は正しいし、今の私にぴったりなのでしょう。このビデオの解説にあったように、目からウロコという感じです。けど、今はとても複雑な心境です。妻を送り出し、私の人生を生きるということがとても寂しく感じられます。しかし、妻を失った失意や悲しみから、この過去生を見ることができるくらいにまで私の心は這い上がってきたんだなぁとも実感しています。いつかまた妻に会えると信じて、自分の人生を生きていくことができるよう、気持ちを整理していければと思います。どうもありがとうございます。
あなたの天職がわかる過去生へ
光りの出口を出ると、遠くに山が見える道にいました。石畳でした。私は、黒いブーツをはき、学生のようで、グレーの制服(宝塚音楽学校?の制服に似た)を着、その道にたっていました。道に沿って、大きなお屋敷がならぶ、住宅地のようでした。名前は、キャシーかヘレン、どちらかわかりません。二つの名前が同時に出てきました。年は、13歳。場所は、イギリスのようで、時代は、映画のマイフェアレディと同じ頃だったと思います。私はその道を勢いよく歩いていました。なんだか、とても希望に満ちているようでした。食事の場面は、りっぱな飾り付けのあるお部屋で、食器もりっぱ。でも他に人がいたようなのですが、姿がおもいだせません。
一番幸せなときは、子供を産んだ時でした。髪を後ろで三つ網にし、白いガウンを着ていました。腕には赤ちゃんを抱き、横に夫がいて、窓から街を見下ろしていました。街のみんなが、祝ってくれていました。
天職がわかるところでは、子供を産む前、家の屋根につくった、バルコニーのようなところで、スケッチをしていました。今の私が絵を描くのが好きなのが、わかったような気がします。
死ぬ時は、一人でした。大きなベッドに横たわり、老婆となった私は、誰もいない時に死にました。厳しい人だったようです。家や名誉を守る為に、自分の好きなこと、大事な物を犠牲にしてきたみたいです。おかげで、お金はあったけれど、寂しい人生でした。死んで、体からスーッとぬけて、高いところに吸い込まれるように上って行きました。光りさんとは上手く会話はできませんでしたが、光さんの横に、私の二人の祖母がにこやかにすわっていました。父方の祖母は手芸に、母方の祖母は縫い物にとてもすぐれた腕をもった人でした。今でもそれぞれの作品は私の宝物です。私も小さい時から、針や糸を持つことが大好きでした。それが、大人になるにつれて、こんな儲からない事してても仕方がないや、と熱中することが減ってきました。それを双方の祖母が、そうじゃない、家族のために役立つ事がいいのよ、と教えてくれました。自分のために、家族のために、自分のちからを出しなさいと。今回の過去生では、好きな絵を描くことが、できなかった。だから、今度は好きだったことを普通にやればいいんだな。儲けようなどということは考えずに。こんな身近なことが天職だなんて・・・という気持ちもありますが、時間がたつにつれて、やっぱりこれかな、という思いが強くなってきました。光さんも最後に、「がんばれ」と言ってくれました。又、祖母たちが見守ってくれていると思うととても嬉しいです。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
住んでいる街で、ピプノセラピーを受けたことがあり、その方の紹介で飯田先生の「人生のしくみ」を知り、そして、奥山先生のことを知りました。HPを読んで大変嬉しくなり、今回ポジティブなテーマにてビデオを購入し体験してみました。途中、眠っていたときもあったようであまり上手な催眠ではなかったように思いますが、先生にご報告を兼ねて体験談といたします。一番安心する場所・・・ということで最初は、自分のベッドで毛布に包まれているのをイメージしていましたが、だんだんと草原となり、はだしで草を感じていました。トンネルの中の階段をおりているはずが、いつのまにか塔の中でらせん階段を降りているようになっていました。そして、そのときのわたしは、すでにいまのわたしの姿ではなく、髪が金髪でながく、ギリシャ神話にでもでるような薄手の白いドレスをきた女の人となって階段をおりていきました。トンネルをぬけると・・・わたしは男の子でした。ひざくらいまでリボンをあみあげたサンダルをはき、白く薄手でウエストで切り替えのあるワンピースのようなものを着ていました。腰に小さな剣のようなものをさしています。髪は金髪で短く、眼はブルーでした。名前はペーターか、ピーターかといったようでした。羊飼いなのかなんなのか緑の山の中腹にいました。ただ、着ていた服はそのときだけのようで、あとは普通の男の子の洋服で家では、家族と食事していました。
一番幸せな場面では、わたしの結婚式の様子でした。わたしは26歳の青年となっていました。となりに白いウェディングドレスを着た花嫁がとても嬉しそうにしています。たくさんの村人に祝ってもらっています。そのときはなぜか、となりにいた花嫁が今の自分のように見えてしまいましたが、自分がふたり???ってことはないよねぇ・・・と頭の中で思っていました。家で食事の場面になると、妻となった人は、つい1月の始めまで一緒に住んでいた彼でした。性別が変っていたけれど、過去生で夫婦となっていて、娘もいました。
わたしの死の場面では、肺炎で高熱があるようで、「はぁはぁ・・」と息苦しくしているところを妻と娘が心配そうに付き添ってくれていました。このとき、実際の自分も「はぁ・・はぁ・・」と息が荒くなっていました。死んで、魂が体からぬけ、上から自分や妻をみたとき「もっとやさしくすればよかった・・」と思いました。高くあがって、自分の人生をみたとき、2本の線が螺旋をかいたようにのぼっていて、きらきらとしたものがそれについていましたが、今現在の自分の人生は、平たくまっすぐで、きらきらしたものの量が少なくみえました。そしてもっと高いところにのぼったとき、亡くなっている祖父母がわたしの前に現れました。「愛だ」と教えてくれました。少し未来をみたとき、わたしと別れた彼と子供と3人でいるのが見えました。ここでも「愛すること」と教えられ、しばらくして、催眠からさめました。*****今、彼と別れたことをとても後悔していて、つらい日々を過ごしているわたしには、これはただわたしの願望がでてきたんじゃないんだろうか???と不思議に思っています。彼には、すでに新しく婚約者がいる状態でもあり、とてもとても今のわたしはココロが穏やかではない状態です。だけれど、それでも「愛すること」・・・というのでしょうか? そうしていたら、彼との幸福な未来があるということなのでしょうか? 今回の人生の目的は「愛すること」。たしかにこれまでわたしは両親から多くの愛を注いでもらっていることに気づかず、また当たり前のことと思っていました。そして自分から人を拒絶し、多くの愛に気づかずにいたのです。自分から「愛すること」「愛を与えていくこと」としてなかったことに気づいています。この体験で、なおいっそう、「愛すること」を自分への課題と心得て、周りの人々へ懺悔と感謝をし、愛をまける人になりたいと思いました。きっとまだまだほかにもこの人生の目的はあったのでしょうけど、眠ってしまったこともあり、思い出せないところがあります。また、次回にご報告させていただきます。ありがとうございました。
あなたにソウルメイトを招く過去生へ
: これも途中、眠ってしまい完全とはいきませんがご報告にまで トンネルの中の階段を降りていって光の中にはいったら、わたしは豪華なドレスをきていました。ドレスの裾から、先のとがった靴先がみえます。年齢は、20代前半くらい。。。鹿鳴館時代でしょうか? 建物の廊下の部分と思われるところに立っていました。正面に扉があってその中で、パーティが開かれているようです。(・・・途中、記憶がない・・・眠っていたようです)わたしは、大きな車にのって大きなお屋敷に到着しました。玄関に使用人らしき人が出迎えてくださっています。わたしは、再婚したようです(前の夫とは死別のようです。パーティで知り合った人と結婚したようです。)その再婚相手は、現在従姉妹の夫でした。そして、わたしは子供を二人連れていたのですが、そのこたちは、その従姉妹夫婦の子供でした。再婚相手との間に、またひとり子供が生まれました。再婚相手の夫は、実業家か資産家のようで大きな家に住まわせてもらい、楽しくすごしていました。しばらくして、わたしは夫の友人を紹介されます。それは、このあいだまで結婚するつもりで一緒に住んでいた彼でした。それからよく家にも来るようになり、その彼がわたしに好意があるのを感じるようになっていました。(・・・ここで、また記憶がないのです・・・)死の場面へと向かうと、車の事故にあったのか襲われたのか、わたしはひどい雨の中をふらふらと歩いていました。後ろのほうに事故現場がみえ、夫はそこで亡くなったようでした。わたしもどこか怪我をしているようで、痛みは感じませんでしたが、雨にぬれ、びしょびしょで体も冷たく、意識もうすれ、もう倒れこみそうでいました。そんなとき、夫の友人であるところの彼が現れ、わたしを抱きかかえてくれました。そのときに「あぁ、この人はわたしを愛してくれていたんだ」とココロに感じました。体から魂がぬけ、上昇していったあたりで、なぜか自分から催眠をさましてしまいました。途中、眠っていたこともありやり直したいと思ったのか、またはみていたイメージがわたしの潜在意識のつくりものであるような気もしたからです。彼との復縁を願っている部分のわたしが、やたらと彼をひっぱりだしているのでは?と感じたのです。現実のわたしは、眠っては先生の声で覚め、また眠っては覚め・・といったこの過去生への旅でした。また何度か挑戦しようと思います。ありがとうございました。
今回の目的がわかる過去生へ
奥山先生の案内でまず辿り着いたのは、雨に濡れた石畳の道の上でした。そしてそこに立つ自分の姿はまるでシャーロック・ホームズの時代のような服装をした男でした。ヒゲを生やしてコートを着て、革靴を履いていました。その私は夕方に帰宅している途中のようでした。それからその日の夕食の場面に移りました。そこにはその人生での妻と思しき女性が居て、共に食事を摂っていました。しかし、その場面で私が感じたものは“とにかく寂しい”というものでした。訳が分からないのですが、とにかく寂しさが心の底からこみ上げてきました。そして、心が満たされていないということを感じました。その“満たされない”ということが、寂しさの原因だったのでしょうか・・その後、その人生で最も幸せだった場面にいきました。そこは舞踏会のような場所で、多くの着飾った人々が居て、賑やかで華やかな場面でした。そこでの私はまだ結婚していないようでした。その場面では、先ほど感じたような寂しさは感じませんでした。そして、その場面に現在知っている人がいるか探してみました。そうすると、前回“ソウルメイトと出会えた過去生”でわかった私のソウルメイトである女性が居ました。そしてたくさん居る人々の中で、彼女の顔だけがはっきりと見て取れました。彼女は黒い瞳に黒い髪で、緑色のドレスを着ていました。彼女の居る周囲だけがキラキラと輝いて見えました。その時に感じたのは、彼女とはその場面ですれ違っただけで、その人生では共に暮らすことも、話をすることも無かったということでした。次にその人生の終焉の場面に移りました。私の横たわっているベッドの横には妻と思われる女性が椅子に座っており、私を看取っているようでした。その場面に移ったとき、最初の食事の場面で感じたと同じ“とても寂しい”という感情が再び溢れてきました。「心が満たされない・・・その人生に何の意味も感じない・・・」そういう感覚でした。横に居る妻であろう女性も私の死に関して何の感情を持っていないような感じでした。それから死を迎え、光の存在に向かって上がっていきました。その途中、自分の人生を振り返ると、その人生を線のようにしてみても灰色で寂しいという感じに見えました。そして光の存在に辿り着きました。そこに居たのは前回に過去生体験で現れた長いヒゲをたくわえた老人でした。私はその老人に尋ねました、「今回の人生の目的は何ですか?」と。そうすると彼は「絆を学ぶことじゃ」と言いました。私は何のことか分からなかったので再び聞きました、「それはどういうことですか?」と。そこで彼が言ったことは「ソウルメイトとの絆を学ぶこと」でした。その時私は気付きました、その人生では私は最愛のソウルメイトとすれ違ったものの、その大切な存在に気付かずにすれ違ったままに人生を送ってしまったから、あのように一生、満たされない、そして寂しい思いをし続けたのだ・・と。そして、今回の人生ではそのソウルメイトと共に生きていく人生を得られたのですが、常にその関係を大切にすることが出来ているかと言うとそうでもなく、時にはぶつかり合ったり、自分のわがままが大きくなったり、まだソウルメイトの絆を完全にできていないことを思い出しました。そして私は老人に再び尋ねました、「そのような小さな目的で良いのですか?」と。そうすると彼は「それで良いのだ」と言いました。私は“人生の目的”というと、もっと大きな“愛を学ぶ”とか“人を救う”とかそういうものを想像していたので、“ソウルメイトとの絆を学ぶ”というような極めて個人的な目的で良いのだろうかという不安が出てきたのです。しかし、老人の言葉でソウルメイトとの絆を学ぶだけの人生でも自分にとってとても大きな意味のある人生だという自信がつきました。私の過去生のように、多くの人はソウルメイトに出会ってもその長く深い永遠の関係に気付かずに人生を終えていくのだろうと思います。時にはソウルメイトであることに気付かずに、それを大切に出来ずにせっかく出会えても離れていく場合もあるでしょう。しかし私はふとしたことから過去生という存在を信じるようになり、ソウルメイトという存在も信じるようになって、自分がどれだけ幸せな運命を手に入れたかを分かったので、これから今回見た過去生を忘れずに、彼女を心の底から大切にしていきたいものです。しかし、自ら人生の目的にしたくらいですから、困難な道のりであることも確かでしょう。でもソウルメイトであるという確かなものがある限り、この人生の目的を達成することは不可能では無いと信じています。
とっても元気が出る過去生へ
光の出口を抜けると、砂地に立っていました。足には革製のサンダルを履き、服は膝あたりまでの長さの布製で、腰に革のベルトをしていました。26歳の青年です。名前はピエロといったと思います。その場面が動き出し、その青年は街に出て行きました。イタリア北部のようです。夕食は家族皆でとりました。その人生でもっとも幸せだったのは、街の酒場で飲んで騒いでいたときです。恋人とダンスもしました。その恋人とは後に結婚したようです。その女性は、昨年病気で亡くなった現在の私の妻でした。その日の夕食の場面も同じ酒場で飲んで恋人とダンスをしていたので、その夜が最も幸せだったのでしょう。恋人とダンスをしながらいろいろ会話をしていました。
その人生で最も元気が出た場面は、その青年が30代になり、大勢の人に取り囲まれていたときです。なにかの大会に優勝して、パレードのようなものをしていたような気がします。ずっと奥さんも一緒にいました。死ぬ場面は、だいぶ年をとった老人になっていました。ベッドに横になり、奥さんはじめ家族に囲まれていました。死ぬときには、「楽しかった」と思いました。そこから上に上がって人生を見ました。そうすると、起伏があってとても活動的、エネルギッシュだったという気がしました。それに比べ、今の私の人生は平坦というか、ずっとおとなしい感じです。そこから上をみると太陽がありました。その中に入っていくと、白髪・白髭のおじいさんがいました。スターウォーズにでてくるオビワン・ケノビのような服を着ていました。そのおじいさん(神様?)が私に「もっと活動的に、外へ出て行け」とおっしゃりました。ピエロも上に上がってきていて、握手をしました。とても熱く感じました。物理的に熱いのではなく、エネルギッシュで熱いという感じです。そして元気のエネルギーを分けてもらうと、私の上半身にエネルギーが満ち満ちていくのがわかりました。ピエロもおじいさんと同じように「活動的に、外へ出ろ・・・」と言っていました。元気になった未来の私の姿も少し見せていただきました。週末は趣味にいそしみ、平日は一生懸命働いていました。その私からのアドバイスは・・・執着せずに、外へでろ・・・最後にまたおじいさんに抱きしめてもらい、元気のエネルギーをもらいました。すごくあたたかくて、心地よくて、気力が充実していくような感じでした。光から出て、下へ降りていくと、私の妻が出てきました。二人で腕を組んで、妻が私に昔とおりの口調で「なぁなぁ、次どこ行く?」って言ってました。光のシャワーを浴びている間もそばにいてくれてました。元気になるキーワードは「活動的に、アクティブに、外へ出て行く」ということなんだと思います。昨年妻を亡くして以来、私はずっと家に閉じこもりがちで、自分の中に、思い出の中に閉じこもっています。ここから脱却していくことが大切なんだと思います。また少し心が軽くなりました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
以下のことは私の願望が作り上げた物かもしれません。でも、私にとって非常に大きな意味を持つ体験だったので、ビデオ体験談として報告します。光の扉を抜けると、そこはジャングルでした。私は女性で、南米アマゾン辺りにすむ先住民の女性でした。裸で、腰のあたりに何かを巻いていたような気もしますがはっきりしません。時代はわかりませんでした。名前はガン?のような気がしました。そのときの旦那さんは、昨年心臓の病で急逝した今の私の妻でした。その人生で、一番幸せなときは子供を産んだときでした。その子は今の私の母親のような気がしました。今回の人生の目的がわかるときは、その旦那さん(今回の私の妻)が亡くなるときでした。年齢は30代だったと思います。私は子供が2人くらいいました。その後再婚したような気もしますが、しなかったような気もします。そして死ぬときは、子供たちに看取られて家の中で亡くなりました。そのときの感想は、「子供たち幸せに…」ということと、「いい人生やった…」ということ。死んで体から離れると、昨年なくなった私の妻が迎えにきてくれていて、「ご苦労さん」「さあ、次は…」と言ってました。ずーっと上に上がって、そのときの人生と今の私の人生を見比べると、そのときの人生の方がずっと大変だった気がしました。私もこんなに大変な人生を経験したことがあるんやと思いました。今の人生はそのときに比べて歩みやすい代わりに、今の方がさびしい、孤独という気がしました。そこから上を見ると、光がありました。太陽でも星でもない、光でした。その光にすいこまれるように入っていくと、私の妻がいました。妻に、この俺の人生の目的を教えてと頼むと、なかなか教えてくれませんでしたが、乗り越えて、寂しさや孤独に耐えることと教えてくれたと思います。また、今回のこの人生は誰が決めたの?という質問に、妻は「2人で決めたんやん」と言っていました。今回の人生の目的を達した未来の私にも少し会いました。私はバリバリ働いていました。その私からのアドバイスは、「捨てろ…」といっていたと思います。私はそれを「執着するな」と理解することにしました。最後に、光の中の妻が「待ってるからね…」と言ってくれました。これらのことは、もしかしたら私の願望が私に見せてくれた物かもしれません。でも、今私は、過去にも愛する人と別れたことがあり、そのときもいい人生だったと思えたこと、今回の私の人生の目的は悲しさ・寂しさ・孤独に耐えて乗り越えること、そしてそれを達成したときにはまた妻と会えると考えることができ、この体験前より心が軽くなった気がします。
この人生のソウルメイトがわかる過去生へ
私がこれまでの人生で最も不思議かつ神秘的な体験をしたのがこのビデオを見た時でした。今までの人生で一般に科学で説明できないことを信じてこなかった私でしたので、退行催眠の最初の段階では疑心暗鬼であったことは否めません。しかし奥山先生の案内に従って階段を下りて行き始めると、自分がまるで実際に階段を下りるように足が交互に動いているのにはたと気付きました。それは自分で止めようと思っても止まりませんでした。その後、入り口を入ったのですが、当初は懸命に「何か見えないか?」と周囲を見渡してみても何も見えてこなくて、自分には見えないかもしれないと思って諦めて力を抜くと、おぼろげながら周囲の景色のようなものが見えてきました。その場所は足元が露に濡れた草原で、時間は朝方のようでした。少し遠くに石造りの建物がいくつか見えました。自分の姿を確認すると、足は皮ひもで作られたようなサンダルのようなものを履いており、服は白い布を身体に巻きつけたようなもので、丈は太ももが隠れる程度のものでした。その白い服の腰の部分には皮のベルトが巻かれており、そこにはナイフのような物がぶら下げてありました。先生の案内に従って「何か持っているだろうか」と考えてみましたら、なんとなくヤリと楯のようなものを?,持っている感じがしました。その格好はあたかもギリシャ時代の人のような感じでした。しかしこの段階でも疑心暗鬼な気持ちを拭い去ることが出来ていなかったので、「これはどこかテレビででも見たことのあるものを想像しているだけだ」という風に考えてしまいました。それから場面をその日の夕食の時間に移すと、石造りの家の中で木のテーブルに向かって食事をとっている姿が見えました。食べている物はポトフのような野菜を煮込んだものでした。そして、「そこに誰か他の人がいますか?」という案内に従って周囲を見回してみると、誰か女性が食事の準備をしている姿が見えました。「その人が今の自分が知っている人かどうか?」という先生の質問があったので、よくその女性を見てみると、顔は全く今とは違うのですが明らかに今現在の最愛の人でした。その時点で何故か急に涙が溢れてきました。まるで長い間会っていなくて、やっと再会したような感覚でした。前日に会ったばかりだったのですが。あの懐かしいという感覚は今でもなんとも言えない不思議さと共に心に残っています。それから、その人生で最も幸せな場面に移るのですが、その映像は最愛の人と一緒に気持ち良く晴れた草原を二人で肩を並べて散歩をしているところでした。まるで実際にその場面に居るかのように、そこにいる登場人物になったかのように、幸せに満ち足りた気持ちを感じました。その時思ったのは、「そうだ。今も二人で一緒に運動公園などを散歩しているじゃないか・・昔から一緒に歩いていたんだな・・」ということでした。それから自分が死を迎える場面にいきました。そこにはおそらく病気だろうと思われる自分が寝床に横たわっており、その寝床の横には最愛の人がじっと私を見ていました。その彼女の顔は笑顔で満ちており、「大丈夫だからね。心配ないからね。ありがとう、今まで。」と言っていました。私は彼女に向かって「ごめんね・・・ごめんね・・・」と先立つことを謝っていました。その後、死んだ後の自分になって、上から死んだ自分を見る場面にいきました。そこには、私が死ぬまで気丈に笑顔を見せて感謝の言葉を死に際の私に言っていた彼女が号泣している姿がありました。その姿を見て、私はとにかく申し訳なくて仕方ない気持ちで一杯になりました。彼女を一人にさせてしまったことをとても後悔していました。そして、空に向かって上がっていき?,、自分のその人生を見たとき、それはとても光り輝いて幸せそのものでした。今の人生をその人生に並べて見ると、ある時点から幸せに満たされたように光っていました。それはおそらく彼女と出会って心を通じ合わせるようになったときに当たると思います。それから光に向かってさらに上がっていき、マスターと呼ばれる人?に出会いました。その人は長いひげを生やしたおじいさんでした。その方は、私の今までの人生を「順調」と言ってくださり、私の人生の目的を「絆を学ぶこと」とおっしゃいました。そして「とにかく愛することだ」と言われました。そのソウルメイトである彼女を愛することなのだそうです。「たった一人の人を愛せなければ、多くを愛することなど出来ない」と言われ、私が「彼女だけを愛せば良いのですか?」と尋ねると、「とにかく愛しなさい。たった一人でも」と言われました。私はとてもとてもその言葉に勇気付けられました。その彼女とはこれからいくつかの障害を乗り越えなければ一緒になることが出来ないので、「自分がどのようにこれからやっていけば良いのか」ということに若干の不安がありました。そのおじいさんのおっしゃった言葉はその不亜waを一気に吹き飛ばしてしまうものでした。「とにかく愛せば良い・・・・たった一人を」。この言葉は私の心にある種の確かなものを確立してくれました。それから、未来の自分の姿を見るという場面になったのですが、なんとそこには、自分と彼女が手を繋いで散歩をしている後姿がありました。前に回りこんで未来の自分に尋ねました「今まで順調かな?」。答えは「順調だよ」。そして「これからどうすれば良いのかな?」と尋ねると、「気をつけろよ」と言われました。一緒になるためにはこれから気をつけていかないといけないのだろうと思いました。
これが私が見た過去生です。とにかく最後まで疑心暗鬼が抜けきらなかったのですが、不思議なことに周りの全ての状況がはっきりとわかるけれども、過去生と呼ばれる場面に確かに自分が居るのを感じました。まるで映画を見ているような感じでした。そして、何故かわかりませんが、終わってからもしばらく涙が止まりませんでした。僕の彼女に対する愛しいと思う気持ちはビデオを試す前にも尋常でないと言う風に感じていましたが、見終わった後、その愛しさはさらに強くなりました。今では、この人生が終わってもまた一緒になるという確信をも持つようになりました。自分にこのようなソウルメイトが存在することに感謝をしています。そして二人が出会えたことに奇跡を感じています。
生まれてきた意味がわかる過去生へ
最初の場面は、森に、スコットランドの民族衣装を着た、ブラウン・ヘアーの若者がいる場面でした。1番楽しかったのは、みんなで集まって、歌と踊りの野外大パーティーをしたことです。彼は、バグパイプを演奏するのが好きでした。生まれてきた意味がわかるのは、50代で、最愛の妻を亡くした後、脳卒中で倒れ、うまくしゃべれなくなり、歩くのがぎこちなくなった時です。彼は孤独でしたが、親戚の若い男性が世話をしてくれていたし、スコットランド自然に、いつも新鮮な驚きを感じていたので、毎日が楽しくて仕方がなかったです。木の葉が舞ったり、湖に魚が光るだけで、「なんて美しいんだろう!」と、うっとりしていました。亡くなるのは2度目の脳卒中で、湖のほとりを散歩していたときでした。死ぬとわかったときは、ようやく妻に再会できると思いました。偶然そこにいた近所の若い女性にみとられながら、美しい自然の中で静かに眠るように死んでいきました。肉体から離れると、妻が迎えにきてくれていたので、一緒に空高く上っていきました。光さんは、ロック・ミュージシャンのような雰囲気の、若くて元気で化粧が濃い女性でした(笑)。私の人生は、とても平凡な人生になるはずだったのに、高校のときの進路変更して、どんどん軌道からはずれていって、全然ダメになってしまったそうですが、奥山先生の催眠療法により、ようやく軌道修正をしているところだそうです。私が生まれてきた意味は、このスコットランド人のように、自然の中に愛を感じて喜びに満たされること、ただそれだけでいいそうです。
この親のもとに生まれてきた意味がわかる過去生へ
福袋のビデオです。頭へホースをつけたあたりから、アダムとイヴが登場して、階段を降りるときには、私の背後にアダムとイヴと、今までの過去生全員がゾロゾロと降りていきました。まず、イギリス・ヨークシャー地方の裕福な家の10歳の少年が、雨の中を帰宅している場面がでてきました。家には、やさしい両親(現在の両親)と、弟、数人の召使がいました。夕食は、20人くらい座れる大きなテーブルに、家族4人が座って、召使が運んでくる料理を食べていました。一番嬉しかったのは17歳で、大学入学の時でした。過干渉な両親から離れて寮生活を送れると思うと、開放された気分でした。この親の下に生まれてきた意味がわかる場面は、居酒屋で働いていた女性に恋をしたので、、まだ学生の身分でしたが、結婚の許しをもらいに両親のところへ行った時でした。当然、両親は大反対。彼は大学を中退して働くつもりでいましたが、彼女に「貧乏生活は嫌」と言われてふられてしまったので、また大学へ戻り、卒業して就職しました。その後は、親が薦めた女性と結婚して、愛がない妥協した生活をして、70代で死にました。彼が死ぬ時、妻がみとってくれましたが、妻は「こんな愛のない男性と結婚しなければよかった」と怒っていました。肉体を離れてから「親に遠慮せずに、自分がやりたいことをすればよかった」と後悔しました。彼の人生の道は、現在の私の道よりも悲惨でした。光さんは、初老の男性でした。「親のことは気にしないで、自分の人生なのだから好きなように生きなさい」と言って、ハグしてくれました。私は親にたくさん迷惑を掛けているので、もしも親がこの過去生を知ったら、「今まで、さんざん好きなことをしておいて…。どうぞどうぞもっと好きなことをしてください!」と言うと思います。先生、次回は「最も親孝行ができた過去生へ」というようなビデオをリクエストしたいです。
これから進むべき道がわかる過去生へ
昔、アルプス近くの平和な村に、ジェリーという金髪碧眼の3歳の少女がいました。両親は貧しい農民でした。やがて美しく成長した彼女は、親が決めた青年と結婚して子供を2人産み、幸せな家庭を築きました。夫のことは、まあまあ愛して、子供のことは、心から愛しました。67歳で病死する時は、子供から熱心に看病してもらっていました。夫は、ずっと前に亡くなっていました。光さんは、今までとは違う女神さまでしたが、いい感じの女神さまでした。私に、結婚・出産に対しての自信をつけさせてくれました。ジェリーは私を、まるで自分の子供に対するような眼差しで見て、親身になって心配してくれたので、私の中にあった「親にいじめられて傷ついた子供の部分」が癒されていきました。私が奥山先生のワークで1番最初にみた過去生も、オーストリア南部のジェリーという女性で、彼女は戦争に巻き込まれて10代で処刑されてしまいました。今回の過去生のジェリーは、オーストリア西部の女性で、最初の過去生のジェリーが処刑されなければ、未来はこうなっていたという人生をみせるために、あえて名前を同じジェリーにしたそうです。
とっても心が自由になれる過去生へ
はだしで小川に足をひたして遊んでいる。ふんわりしたスカートと、ブラウス。ブラウンのロング・ヘアーの18歳の女性。美しい森のなかにいて、遠くに家が1軒見えている。彼女はクロアチアのピアニストで、エリナという名前でした。夕食は、パン、チーズ、ハム、ワインの軽い食事を、ピアノの先生と食べました。最も嬉しかったのは、20歳。ピアニストとして認められたときでした。ベートーベン、ショパン、そしてクロアチアの作曲家の作品を弾きました。夕食は、音楽関係の人たちとパーティーでした。最も心が自由になれたのは、30歳。ピアノの練習室で、音楽のニンフ(妖精)に出会いました。ニンフは、ミケランジェロの彫刻のダヴィデのような大きな姿で、「天上の音楽」の響きを教えてくれました。彼女が死ぬのは、80代。孤独で、病院でナースとドクターが看取ってくれただけでした。ピアノに夢中になりすぎた彼女は生涯独身で、人間関係をおろそかにしていました。ピアニストとしての彼女を長い間、慕っていた男性からも見捨てられてしまいました。死んで魂が身体から出たときは、「これからは人間関係を大切にしよう」と決心しました。彼女の人生の道は、苦労したらしくデコボコでしたが、私の道は、もっとひどいです。光さんは神様でしたが、その前に、古代エジプトのクチバシがついた神様(名前はイシス)と音楽のニンフがいました。過去生のエリナとクチバシのイシスは、原因不明ですが、仲良しなのです。神様は、宇宙の美しさと音楽は深い関係があると言っていました。そして、宇宙の秩序全体と私の意識が溶け合った感じを、少し体験させてくれました。私の心は、自由に楽しく宇宙を飛び回っていました。宇宙旅行が終わりに近づいたとき、過去生のエリナは、イシスも一緒に連れていってほしいと頼みました。私がイシスの手を握ったとき、嫌な感じではないのですが、無機質な変な感じがしました。でも、神様と私の過去生15人が、イシスに賛成したので、イシスも一緒に連れてきました。最後に、エリナが「ブラームスのコンチェルトがお勧めよ」と言いました。今、実際にブラームス作曲のバイオリン・ソナタやピアノ・コンチェルトを聴いていると、私の心は、いろいろなユウウツから離れて、ニンフと一緒に、宇宙を漂っているような軽やかな気持ちになってきます。
最も美しい過去生へ
福袋に入っていたビデオです。最初に出てきたのは、パリのようなファッショナブルな街に、きらびやかな服を着た、ものすごいハンサムな30歳の青年貴族でした。彼の名前はジェイムズです。夕食は、社交界の晩餐会。私が聞いたこともないような珍しくて美味しい料理を食べていました。超ハンサムでリッチで謙虚で誠実で優しい彼は、全女性の憧れの的でした。両親はイギリスの公爵で、美しい妹と4人家族でした。
最も幸せだった時は、郊外の、噴水がゴージャスな池のそばで、社交界の友人たちとおしゃべりしていた時でした。彼は、聞き上手・話上手で、人間関係に悩むことは1度もなかったです。最も楽しかった時は、パーティーで、たくさんの人とおしゃべりしていた時でした。彼は、おしゃべりしながら、私の方を向いて、(彼の中にすっぽり入っているはずの私と目が合いました。)「本音でしゃべってごらん」と言って、私とおしゃべりをはじめました。いつもの私は、本音を隠してしゃべっていますが、本当の私は、ずるくて、嘘つきで、自分勝手で、自分が嫌いな代わりに人を批判して、まるで悪霊のようですが、そんな私の中から、彼は、私が子供だった頃の純粋性を、引き出してくれました。彼が死ぬ時は、老衰で、肺が苦しくなって、すぐに死にました。寝室は20畳くらいあり、キングサイズの高級ベッドでした。そこに、たくさんの召使が涙を流しながら最後のお別れに来ていました。光さんは、中年の太ったオバサンでした。面白くて楽しい女性でした。心の楽しいモードのスイッチを入れたり消したりして、とても楽しかったです。催眠がさめた今でも、ジェイムズは、私を心から楽しませてくれています。まさに「白馬の王子様」そのものです。王子様は、私の過去生だったのです。奥山先生、福袋係のスタッフの皆様、本当にどうもありがとうございました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
「何も見えないかもしれない」・・こんな気持ちでビデオのスイッチを押しました。想像していたよりもずっと優しくて暖かい奥山先生の声が流れてきて、「不思議な声だな」と思いながら指示に従っていきました。最初、私が見たものは、裸足で粗末な身なりをした若い女性でした。その女性(私)はある男性をとても恨んでおり、復讐しようとしています。時代はわかりませんでしたが、場所はアメリカで、目が大きく、彫りの深い顔をしていました。誘導に従って進んでいくと、私は恨んでいる男性を殺す機会を伺っていました。あるパーティにその男性が出席することがわかり、私は緑のドレスを着て、かつらをかぶり(でも足は素足のままだった)、
刃物をドレスの中に隠し持ち、パーティに忍び込みました。その男性はたくさんの人に囲まれていました・・・よく見えなかったのですが、たぶん今の夫だと思います。その後ははっきりしたものは見えませんでした。私は権力を持った憎い男を殺す、という目的を達成できたのかどうかわかりませんでした。
一番幸せな時に・・という場面では、私が赤ちゃんで、今の長男、次男が私のお父さんお母さんで、3人で仲良く暮らしている情景が浮かびました。家はやはりとても貧しく、食べ物もなく、土の上で暮らしているような感じでした。
死んだ時に・・という場面では、私は全身傷だらけで、岩や石ででこぼこな地面の上にあお向けに寝ていました。周りには柵があり、観客のような人が柵の外で私が死んでいくのを眺めていました。私はどうやら、身体に縄をまかれ、馬とか牛のような動物に引きずられ、見世物にされてひとりぼっちで死んだようです。26歳でした。
死んでから思ったことは、「考え方を変えていれば、もっと違う人生だった」ということでした。
奥山先生の「今回の人生の目的は・・・」という言葉には、「許すこと」という言葉が頭に大きく浮かびました。
私と夫は非常に仲が悪く、憎しみあっています。私は許すことを学ぶために、前世で自分の人生をかけてまで
復讐しようとした(あるいは殺した)男と結婚したのでしょうか・・?私は今でもいつも素足でいます。
過去生で私がいつも素足でいたように・・。「許すこと」について、少しづつ考えてみようと思います。
ありがとうございました。
羊年にやるべきことがわかる過去生へ
ビデオ体験をするまえに、3回催眠療法をうけました。はっきり言いってビデオでは、催眠状態に入るのは難しいし、過去生もはっきり見えず、光の存在とも会えないと思っていました。ところが、実際は違いました。
私の降り立ったところは、村の教会のようでした。芝生の上にレンガを敷き詰めたような床で道ができていまいました。そこの教会では結婚式がおこなわれるようで、私はそこでピアノかオルガンを弾くために来ていたようです。名はオズワルドという17歳の少年で既にコンサートホールのようなところで演奏会をしていたようです。
食事の場面では3歳位で、母と薄暗い石造りの家で、じゃがいも、人参、玉葱の入った薄そうなシチューのようなものを飲んでいました。その場で、「僕ピアノをやりたいんだ。」と母に告げてました。そこには父親の姿はなく、貧しそうな家でした。
一番幸せだったときは、25歳位で、もくもくとピアノを弾き、ピアノと一体化している自分を感じている時でした。
死ぬ前の場面では、27歳で若い(多分10代)女の子になぜか声楽の指導をしてました。曲はモーツァルトのアリアのようでした。女の子は、なかなか自分の思ったようには歌ってくれなくて、ついには自分からぶち切れてしまい、女の子は、泣きながら家にかえりました。彼女が帰った後、自分も「僕の音楽を誰もわかってくれない。」と自暴自棄に陥り(この時すでに身も心もぼろぼろだったみたいです。)、ストーブに片手を載せ自ら自分の手を使えなくしました。そのまま外に走っていき、海辺を全力疾走し、道路を渡り、電車の来るところまで行き、飛び込み自殺しました。
死んだとき決心したことは、次からは絶対に人生に悔いを残さない、ということでした。光さんからのアドバイスは、とにかく人を愛しなさい、触れ合いなさい、ということでした。この時の生では、ピアノと音楽に夢中になりすぎて、人と触れ合うことを忘れて突っ走った挙げ句、最後はとても孤独のうちに終わってしまいました。今生でも私は13の時から舞台に立つことだけを考えて27歳まで生きてきて、(実際に東京に行き、全国巡業してました)疲れてしまい、今は何もしたくない、人にも会いたくない、という状況に陥っています。今生で、同じ事を二度と繰り返さないためにも、今年は少しでも、人と触れ合うことを恐れずに生きていけるようにしようという気になりました。
羊年にやるべきことがわかる過去生へ
船から下りている。手には、大きめのスーツケースを持っている。港は、霧で視界が悪く、足元は滑りやすかった。背は、175cm程で、革靴にパリッとしたスーツ、丸めがねをかけ、「カイザー髭」をたくわえている。私は、ヨーロッパの視察から帰ってきたばかりだった。場所は横浜。時は、1827年。名は、岩倉具視。年は、今の私と同じ34歳。岩倉使節団として、ヨーロッパを見聞し、日本の近代化を痛切に感じている。友人が馬車で迎えにきた。その友人は、現世での会社の同僚で、あとで知ったことだが、大学も同じだった。その日の夕食。私は、その友人と帝国ホテルのレストランで食事を摂っていた。日本の近代化を具体的にするためのプランの話し合いをしていた。
私が最もうれしかった時。それは、54歳で、自宅の和室でお茶を飲み、外の庭を眺め、若かりし日を回想している時だった。ヨーロッパに追いつこう、と道路を整備し、鉄道を敷き、政治を民主的にした。様々な軋轢にも屈しなかった。そんな波乱の日々が、今では、なつかしく感じられる。
私が亡くなるのは、それから20年後の74歳の時だ。私は政界の黒幕的存在になり、それがもとで、敵対勢力に狙われ、暗殺された。馬車に乗っているところを銃で撃たれたのだ。病院のベットでは、不思議と傷みはなく、ただ息が苦しかった。そのことよりも、こんな姿で死んでいく自分がわびしかった。自分の輝かしい実績よりも、妻や子とこんな形で、別れを告げなければならないのが、つらかった。
死ぬときに思ったことは、今度は、しっかりと自分の寿命で死ぬということだった。だから、今世で、臆病者で小心者の自分を選んだ。警戒心をもっと持ちたかったから。
死んでから、どんどん天上に上っていった。はじめに、エンジェルが「ご苦労様」と微笑みかけ、マリア様、そして、宇宙の中心の太陽のように、まぶしい光の中におられる、髭をたくわえた大天使様のところに行った。
羊年の私の使命は、「整理・精算」ということ。今まで、棚上げにされてことを整理し、しかるべき形に加工し、精算すること。今年は『人生のターニング・ポイント』になる年。まさに、明治維新の時のような価値観の逆転が起こる。私は、みんなが気づく前に、先陣を切って、価値観の変換をしなければいけない。今の私と「岩倉具視」だった時の私の人生を比較して、明らかに私の人生のほうが長かった。実績ではとてもかなわない。だた、今世は、無念を抱えて死なないだけ、ずっとましな気がする。大天使に抱かれた時、私はこの上ない安らぎを感じ、自分の使命に邁進する自分を感じた。
母との関係がわかる過去生へ
最初、過去生に降り立った時、私は少年になっていました。地面は砂が広がっていて家々は石で作られた町が見えました。石で出来た階段に座り、足をブラブラさせており誰かを待っている様子でしたが、先生の誘導に従いながら自分の足や顔などを見ていくと、少年だった私は成長した青年に変わっていました。ワンピースの様な白い服を着ており、日に焼けた肌をしていました。
青年は家を作るのを仕事にしていました。母親と二人で生活していましたが、少年は母親とは一切口もきかず逃げるように仕事ばかりしているようです。その母親は今世での私の母でした。
幸せだった場面に移ると、一番始めに見た少年に戻っており、少年が待っていたのは母親でした、買い物に出かけた母を「お母さん、お母さん」と心の中で歌を歌うように繰り返し呼んでいました。母親が大好きでしかたがない少年の心が私に伝わってきました。青年の家庭は事情があり、父親がいないようでした。成長しその事を知り母親に対して心を閉ざしてしまったようです。何度も母親は説明をしようとしますが、聞こうともしませんでした。青年自身でもこのままではダメだ、と分かってはいましたが、どうすればいいのか分からなくなっているようでした。
母親との関係がもっとも分かる場面では、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている母親の姿が見え、赤ん坊を抱いている姿は愛情で満ちていました。困難な状況の中でも母親は子どもを生み育てる事を決心したようでした。
青年は仕事の事故で死んでしまいました。死の直後に「なんで許してあげなかったんだろう、ちゃんと話を聞いてあげればよかった」自分の頑な態度を深く後悔し反省していました。それから上にあがり光の中に入っていきました。
今世での母親との関係で学ぶことは「相手の立場、事情、気持ちを理解することを母親との関係から学び、そして許すことを学ぶ」ことだそうです。理解するのには相手の話を十分聞くことが大切で、そして大きな視野で物事を捉えることなのだそうです。許すことを学ぶことにより深みを得る事ができるのですよ、と話してくださいました。最後のアドバイスでは、「母親を愛していることはもう十分わかっていますね、、愛とは思いなのですよ」とアドバイスをいただき帰ってきました。
自分の中で漠然としていたものが光さんとの会話で整理されたように感じます。過去生で母親が赤ん坊を抱いている姿には涙が止まりませんでした。ありがとうございました。
最もがんばった過去生へ
私が始めて見えた過去生です。年齢は40半ばぐらいの男性で、「松っつぁん」と呼ばれていました。年号は分かりませんでしたが、江戸時代中頃のわりと平和な感じの時代のようでした。東北地方の山奥のほうで、川で、投網のような網で鮎や鯉を獲って生活している漁師のようでした。
その人生で最も頑張ったときは、鮎183匹という記録を出したときで、その鮎を買い取ってくれた料理屋さんの生け簀(庭の池のような所)に移して、かなりのお金をもらっているところでした。本人はものすごい達成感と満足感でいっぱいで、そのときの満足感が私にも伝わってきました。しかし、私は、「これが最も頑張ったとき?思いっきり普通のおっさんやん!!」という思いで眺めていました。
彼は結婚はしていましたが、子供は居なかったようでした。また、彼は、ものすごく頑固で、意地っ張りで、素直になれず、そのため、奥さんと折り合いが悪くなって、あまり家に寄り付かなかったようでした。いつも飲み歩いているようで、家に帰ると、奥さんと喧嘩ばかりしていました。その奥さんは、私の知らない人でした。ソウルメイトが分からなくて残念です。
その後、そんな松っつぁんでも、奥さんに看取られながら死んでいきました。死因は分かりませんでしたが、酒で体を壊したようでした。そして、体から抜けて、周りを見渡しましたが、迎えにきている存在を感じられませんでした。とにかく頑固すぎたと反省しているようでした。
しばらく上へ昇って行くと、ようやくソフトボール位の光の珠に出会うことが出来ました。とても暖かく、なにかもの凄い力がある感じがしました。光との対話は、あまりうまく言ったとは思えませんでした。私が、他力本願だった為かほとんどの質問に答えてもらえず、ただ、ニコニコしていらっしゃるだけでした。ただひとつ、「私の人生は順調なのですか?」という問いにだけは、「ほぼ、順調だよ。」と答えてくださいました。そして、握手したときに、凄くたくさんのエネルギーを私に送ったくださいました。
終わってみて、ノートにまとめてみたのですが、「思いっきり普通のおっさんやん!!」というのが私の印象でした。実際に奥山先生のワークを受けたとき、「これが一番とは限りません。極端に言えば、5番目とか、10番目とかの場合もありえます。」といわれて、初めて「ほっ」としました。また、実際のワークもそうなのですが、「自分で作った物語では?」という思いに、いまだに捕らわれています。
この人との関係がわかる過去生へ
現在おつきあいしている彼との関係がわかる過去生を見てみました。時代は1629年。場所はフランスのパリ。私は36歳の、ジョールかヨールという男性で全身に甲冑をまとっていました。甲冑の腰に、黒いビロードの、金の糸で縁が縢られた紐を巻いており、その先端には十字架に白い薔薇が刺繍されていました。戦争からかろうじて生き延び、故郷に帰ってきたばかりのようです。石畳の町中にいます。周りにはお店がたくさん並んでいますが、一つとして開いている所はありません。古い小さな宿屋を見つけ、そこに泊まります。
宿屋にはマティエンヌという女主人がいました。一人できりもりしているようです。容姿は地味ですが、とても優しい人でした。ジョールは彼女と会話する内にどんどん心を開いていき、夜が更けるのも忘れ、やがては自分の身の上についてまで話が発展していったようです。ジョールの実家はフランスの北部で農家をしていました。たくさんの山羊を飼って、とれる乳からチーズを作ったりしていたようです。また畑で小麦やその他の作物も作っていました。ジョールの両親、兄、兄嫁と5人家族で暮らしていました。戦争が始まり、自分と父、そして兄が出兵することになりました。父と兄は別の戦場で亡くなりました。母と兄嫁はその農家を追われ、ちりぢりに逃げたようです。今は実家も畑も荒れ放題で、誰もいないようです。
宿屋で暮らす内に、マティエンヌと愛し合うようになり(彼女が現在の彼でした)、やがて男の子が一人生まれました。男の子にジャン・ジャックという名前を付けました。二人は幸せに暮らしていましたが、ジョールは彼女と結婚はしませんでした。ジョールが20歳の時に幼なじみと婚約していて、彼女への思いが断ち切れなかった為です。マティアンヌは、子供までできたのにどうして結婚してくれないのだろうと、とても悲しく思っているようでした。
ジョールは72歳になりました。一軒家のベッドの中で、マティエンヌとジャン・ジャック、そして彼の二人の息子に看取られて、喉頭ガンでこの世を去ろうとしています。最後に伝えたいことはたくさんあるのに、病気で声が出なくなっています。
そして魂が肉体を離れ、光の国に旅立つと、光の存在が言いました。この生で学ばなければならなかったことは、どうしても叶えたい夢があったとしてもそれがどうにもならなかったり、叶わないとわかった時点で、目の前の手に入る幸せを掴みとれということ。「こうでなければならない」と自分を型にはめて考えず、柔軟な態度でいること。そして、愛情を示すこと。それは、相手に奪われてしまうということではなく、愛情を示せば示すほど、相手も同じように返してくれるということ。だから、人を幸せにしようとすることで自分も幸せになれるんだということに気づきなさい、と。
私は自分の生と現在の生を並べて見て気づきました。ジョールの生で、マティアンヌに自分の愛情を充分に示してやらなかったことを・・目の前に彼女がいて、彼女を幸せにすることもできたのに、最後まで、彼女の望む幸せを与えてやらなかったことを・・そしてこの生での気づきは、今の彼との関係に重要なメッセージを伝えてくれました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
足元は石を敷き詰めた道でした。皮で作ったサンダルのような靴をはき、服も皮製でした。男性で、背が高くがっちりとした、体格でした。時代は、中世より少し前、場所は外国で、高台にあるお城のようでした。外にいて、周りの景色を見渡すと、眼下に森がとても美しく広がっていました。歩いて建物(石でできていて、洞窟を上手くりようしたような)の中に入ると多勢の人が食事をしていました。
一番幸せな時に飛ぶと、少し年がいっていて、27歳だったみたいです。そばにはとても美しく、かわいい女性がいました。二人で食事をしていました。普段よりごちそうでした。どうやら、二人は夫婦になったところだったみたいです。とても彼女を愛していました。今でもそのときの感情が残っています。彼女と夫婦になれてとても幸せでした。
ところが、あるとき外を一人で歩いていて、地すべりに会い、けがをしました。その時のけがが原因で死んでしまったようです。私の亡骸にしがみついて泣いている彼女を見て、もっと愛したかった、子供もいなかった、彼女をひどく悲しませてしまった、と思いました。その時、私の今回の人生は夫を愛し、子供を持つことなのだとわかりました。ただ、その時の彼女が、現在の夫かどうかは、わかりません。でも、今、私は夫をとても愛していますし、3人の子供にも恵まれました。
光さんとはしっかりと会話できませんでした。でも「大丈夫」とメッセージを言ってくれたように思います。
今回始めての体験で、なんだか夢のなかにいるようなそんな感じでした。光さんとの会話がモヤッとしていたのは、残念でした。それから、もっとドラマチックな人生の目的があるのかな、と思っていましたが、以外と平凡でした。しかし、その日を境に、前以上に夫や子供達のことが愛しく思えてきたのには、驚いています。実は愛を学ぶうえで、とても大事な人生の目的なのかもしれません。
ソウルメイトがわかる過去生へ
最初、自分の周りに赤い土の地面が広がっているのが見えました。足元を見ると動物の毛皮で出来たブーツを履いているような感じがして、洋服も同じように毛皮で出来ているものを着ているようでした。髪は黒で三つ編みをしており目も黒の幼い少女の自分を感じました。年齢を聞かれたとき4という文字が浮かんできたので4歳なのだと思います。テントを住まいとしている村の住人で、少女は父親と母親と3人で暮らしています。その父親は今世での父でした。とても優しい両親のもとですくすくと育っています。テントにはよく村の人達が遊びにきていて、その村人の一人が今世での私の知人でした。彼はその時代でも面白くお茶目な人柄で一目でその人とわかりました。
次の場面では、15歳になり男性とデートをしている場面が見え、二人ともとても初々しく深く愛し合っているようでした。
ソウルメイトが最もよくわかる場面では、私の結婚式で、村中の人達がお祝いに来てくれていました。デートシーンで出てきた男性と結婚しており、夫とは幼馴染だったようです。披露宴のような宴の中で今世での母親や姉、そして学生時代の塾の先生、初恋の男の子と知っている人達が沢山いて驚きました。
死の場面では夫と子どもに見送られ、とても落ち着いて死を迎えていました。体から離れたとき「花のような人生だった」と思い、迎えに来てくれた光達と共に上に上がっていきました。
光さんには「出会う人達みんなソウルメイトなんだよ」と教えられました。ソウルメイトとは愛を知る為に出会っているそうです。今回結婚した人と今世で結婚するのですか?と聞いたところ、今世では違う人のようです。結婚に対しては消極的な私なので「大丈夫かなぁ?」と心配したら「大丈夫だよ〜」と笑って答えてくださいました。
最後に光さんとハグをした時、幼い頃に母親に抱かれたような安心感、満足感で一杯になり、その安心感を持って帰ってきました。ステキな催眠旅行でした。光さんから教えを忘れずに、出会いや人との繋がりを大切にしていきたいと思います。
この人生の天職がわかる過去生へ
足下を感じると大きな石を感じるところから始まりました。石畳だったのだと思います。
男性で名前は「ペトロ」、がっしりとした筋肉質の男性です。目の色は緑色と青色が混ざったような感じで、髪の毛は栗色と金髪の中間の色で短くてクリクリしていました。ゆったりとした服に紐のようなベルトをして、ギリシャなのかなぁ、と感じました。戦争へ行って兵士として戦って、その後たくさんの孤児たちを町で見掛けて、「戦争なんて馬鹿なことをなぜやっているんだ!この子供たちを守らなければ」と思い、教会のようなところへ孤児たちを集めて、その子たちの世話をしました。
人生の最後の時には、自分が育てた孤児たちが大人になって、自分たちの家族を連れてお見舞いに来てくれていました。「人との繋がりが大切なんだ。こんなにたくさんの人が集まってくれてうれしい。よかった」と思いました。70才で亡くなったようです。
この過去生でのパートナーとして妻がいて、黒い髪の静かな落ち着いた感じの、一緒にいるととても安心できるような人が出てきました。今の人生ではまだ出会っていないようです。
私は今、保育士さんになろうと保育士試験にチャレンジ中なのです。今世でも、子供を守るというのが私の天職なのかなぁと感じました。
過去生のペトロと私の人生の似ているところは、人生の前半で体験したことを愚かなことだと気付き、弱い立場の子供たちを守りたい、と思ったことです。今目指している仕事が天職として出てきて、これからがんばってみようと思いました
この人生のソウルメイトがわかる過去生へ
私がこれまでの人生で、最も不思議かつ神秘的な体験をしたのが、このビデオを見た時でした。
今までの人生で一般に科学で説明できないことを信じてこなかった私でしたので、退行催眠の最初の段階では疑心暗鬼であったことは否めません。しかし奥山先生の案内に従って階段を下りて行き始めると、自分がまるで実際に階段を下りるように足が交互に動いているのにはたと気付きました。それは自分で止めようと思っても止まりませんでした。その後、入り口を入ったのですが、当初は懸命に「何か見えないか?」と周囲を見渡してみても何も見えてこなくて、自分には見えないかもしれないと思って諦めて力を抜くと、おぼろげながら周囲の景色のようなものが見えてきました。その場所は足元が露に濡れた草原で、時間は朝方のようでした。少し遠くに石造りの建物がいくつか見えました。自分の姿を確認すると、足は皮ひもで作られたようなサンダルのようなものを履いており、服は白い布を身体に巻きつけたようなもので、丈は太ももが隠れる程度のものでした。その白い服の腰の部分には皮のベルトが巻かれており、そこにはナイフのような物がぶら下げてありました。先生の案内に従って「何か持っているだろうか」と考えてみましたら、なんとなくヤリと楯のようなものを持っている感じがしました。その格好はあたかもギリシャ時代の人のような感じでした。しかしこの段階でも疑心暗鬼な気持ちを拭い去ることが出来ていなかったので、「これはどこかテレビででも見たことのあるものを想像しているだけだ」という風に考えてしまいました。
それから場面をその日の夕食の時間に移すと、石造りの家の中で木のテーブルに向かって食事をとっている姿が見えました。食べている物はポトフのような野菜を煮込んだものでした。そして、「そこに誰か他の人がいますか?」という案内に従って周囲を見回してみると、誰か女性が食事の準備をしている姿が見えました。「その人が今の自分が知っている人かどうか?」という先生の質問があったので、よくその女性を見てみると、顔は全く今とは違うのですが明らかに今現在の最愛の人でした。その時点で何故か急に涙が溢れてきました。まるで長い間会っていなくて、やっと再会したような感覚でした。前日に会ったばかりだったのですが。あの懐かしいという感覚は今でもなんとも言えない不思議さと共に心に残っています。
それから、その人生で最も幸せな場面に移るのですが、その映像は最愛の人と一緒に気持ち`良く晴れた草原を二人で肩を並べて散歩をしているところでした。まるで実際にその場面に居るかのように、そこにいる登場人物になったかのように、幸せに満ち足りた気持ちを感じました。その時思ったのは、「そうだ。今も二人で一緒に運動公園などを散歩しているじゃないか・・昔から一緒に歩いていたんだな・・」ということでした。
それから自分が死を迎える場面にいきました。そこにはおそらく病気だろうと思われる自分が寝床に横たわっており、その寝床の横には最愛の人がじっと私を見ていました。その彼女の顔は笑顔で満ちており、「大丈夫だからね。心配ないからね。ありがとう、今まで。」と言っていました。私は彼女に向かって「ごめんね・・・ごめんね・・・」と先立つことを謝っていました。
その後、死んだ後の自分になって、上から死んだ自分を見る場面にいきました。そこには、私が死ぬまで気丈に笑顔を見せて感謝の言葉を死に際の私に言っていた彼女が号泣している姿がありました。その姿を見て、私はとにかく申し訳なくて仕方ない気持ちで一杯になりました。彼女を一人にさせてしまったことをとても後悔していました。そして、空に向かって上がっていき、自分のその人生を見たとき、それはとても光り輝いて幸せそのものでした。今の人生をその人生に並べて見ると、ある時点から幸せに満たされたように光っていました。それはおそらく彼女と出会って心を通じ合わせるようになったときに当たると思います。
それから光に向かってさらに上がっていき、マスターと呼ばれる人?に出会いました。その人は長いひげを生やしたおじいさんでした。その方は、私の今までの人生を「順調」と言ってくださり、私の人生の目的を「絆を学ぶこと」とおっしゃいました。そして「とにかく愛することだ」と言われました。そのソウルメイトである彼女を愛することなのだそうです。「たった一人の人を愛せなければ、多くを愛することなど出来ない」と言われ、私が「彼女だけを愛せば良いのですか?」と尋ねると、「とにかく愛しなさい。たった一人でも」と言われました。私はとてもとてもその言葉に勇気付けられました。その彼女とはこれからいくつかの障害を乗り越えなければ一緒になることが出来ないので、「自分がどのようにこれからやっていけば良いのか」ということに若干の不安がありました。そのおじいさんのおっしゃった言葉はその不安を一気に吹き飛ばしてしまうものでした。「とにかく愛せば良い・・・・たった一人を」。この言葉は私の心にある種の確かなものを確立してくれました。
それから、未来の自分の姿を見るという場面になったのですが、なんとそこには、自分と彼女が手を繋いで散歩をしている後姿がありました。前に回りこんで未来の自分に尋ねました「今まで順調かな?」。答えは「順調だよ」。そして「これからどうすれば良いのかな?」と尋ねると、「気をつけろよ」と言われました。一緒になるためにはこれから気をつけていかないといけないのだろうと思いました。
これが私が見た過去生です。とにかく最後まで疑心暗鬼が抜けきらなかったのですが、不思議なことに周りの全ての状況がはっきりとわかるけれども、過去生と呼ばれる場面に確かに自分が居るのを感じました。まるで映画を見ているような感じでした。そして、何故かわかりませんが、終わってからもしばらく涙が止まりませんでした。僕の彼女に対する愛しいと思う気持ちはビデオを試す前にも尋常でないと言う風に感じていましたが、見終わった後、その愛しさはさらに強くなりました。今では、この人生が終わってもまた一緒になるという確信をも持つようになりました。自分にこのようなソウルメイトが存在することに感謝をしています。そして二人が出会えたことに奇跡を感じています。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
以下のことは私の願望が作り上げた物かもしれません。でも、私にとって非常に大きな意味を持つ体験だったので、ビデオ体験談として報告します。
光の扉を抜けると、そこはジャングルでした。私は女性で、南米アマゾン辺りにすむ先住民の女性でした。裸で、腰のあたりに何かを巻いていたような気もしますがはっきりしません。時代はわかりませんでした。名前はガン?のような気がしました。そのときの旦那さんは、昨年心臓の病で急逝した今の私の妻でした。
その人生で、一番幸せなときは子供を産んだときでした。その子は今の私の母親のような気がしました。
今回の人生の目的がわかるときは、その旦那さん(今回の私の妻)が亡くなるときでした。年齢は30代だったと思います。私は子供が2人くらいいました。その後再婚したような気もしますが、しなかったような気もします。
そして死ぬときは、子供たちに看取られて家の中で亡くなりました。そのときの感想は、「子供たち幸せに…」ということと、「いい人生やった…」ということ。死んで体から離れると、昨年なくなった私の妻が迎えにきてくれていて、「ご苦労さん」「さあ、次は…」と言ってました。
ずーっと上に上がって、そのときの人生と今の私の人生を見比べると、そのときの人生の方がずっと大変だった気がしました。私もこんなに大変な人生を経験したことがあるんやと思いました。今の人生はそのときに比べて歩みやすい代わりに、今の方がさびしい、孤独という気がしました。
そこから上を見ると、光がありました。太陽でも星でもない、光でした。その光にすいこまれるように入っていくと、私の妻がいました。妻に、この俺の人生の目的を教えてと頼むと、なかなか教えてくれませんでしたが、乗り越えて、寂しさや孤独に耐えることと教えてくれたと思います。また、今回のこの人生は誰が決めたの?という質問に、妻は「2人で決めたんやん」と言っていました。
今回の人生の目的を達した未来の私にも少し会いました。私はバリバリ働いていました。その私からのアドバイスは、「捨てろ…」といっていたと思います。私はそれを「執着するな」と理解することにしました。最後に、光の中の妻が「待ってるからね…」と言ってくれました。
これらのことは、もしかしたら私の願望が私に見せてくれた物かもしれません。でも、今私は、過去にも愛する人と別れたことがあり、そのときもいい人生だったと思えたこと、今回の私の人生の目的は悲しさ・寂しさ・孤独に耐えて乗り越えること、そしてそれを達成したときにはまた妻と会えると考えることができ、この体験前より心が軽くなった気がします。
とっても元気が出る過去生へ
とっても元気が出る過去生へ
過去生の体験談です: : 光の出口を抜けると、砂地に立っていました。足には革製のサンダルを履き、服は膝あたりまでの長さの布製で、腰に革のベルトをしていました。26歳の青年です。名前はピエロといったと思います。その場面が動き出し、その青年は街に出て行きました。イタリア北部のようです。夕食は家族皆でとりました。
その人生でもっとも幸せだったのは、街の酒場で飲んで騒いでいたときです。恋人とダンスもしました。その恋人とは後に結婚したようです。その女性は、昨年病気で亡くなった現在の私の妻でした。その日の夕食の場面も同じ酒場で飲んで恋人とダンスをしていたので、その夜が最も幸せだったのでしょう。恋人とダンスをしながらいろいろ会話をしていました。
その人生で最も元気が出た場面は、その青年が30代になり、大勢の人に取り囲まれていたときです。なにかの大会に優勝して、パレードのようなものをしていたような気がします。ずっと奥さんも一緒にいました。
死ぬ場面は、だいぶ年をとった老人になっていました。ベッドに横になり、奥さんはじめ家族に囲まれていました。死ぬときには、「楽しかった」と思いました。そこから上に上がって人生を見ました。そうすると、起伏があってとても活動的、エネルギッシュだったという気がしました。それに比べ、今の私の人生は平坦というか、ずっとおとなしい感じです。
そこから上をみると太陽がありました。その中に入っていくと、白髪・白髭のおじいさんがいました。スターウォーズにでてくるオビワン・ケノビのような服を着ていました。そのおじいさん(神様?)が私に「もっと活動的に、外へ出て行け」とおっしゃりました。ピエロも上に上がってきていて、握手をしました。とても熱く感じました。物理的に熱いのではなく、エネルギッシュで熱いという感じです。そして元気のエネルギーを分けてもらうと、私の上半身にエネルギーが満ち満ちていくのがわかりました。ピエロもおじいさんと同じように「活動的に、外へ出ろ・・・」と言っていました。元気になった未来の私の姿も少し見せていただきました。週末は趣味にいそしみ、平日は一生懸命働いていました。その私からのアドバイスは・・・執着せずに、外へでろ・・・最後にまたおじいさんに抱きしめてもらい、元気のエネルギーをもらいました。すごくあたたかくて、心地よくて、気力が充実していくような感じでした。
光から出て、下へ降りていくと、私の妻が出てきました。二人で腕を組んで、妻が私に昔とおりの口調で「なぁなぁ、次どこ行く?」って言ってました。光のシャワーを浴びている間もそばにいてくれてました。
元気になるキーワードは「活動的に、アクティブに、外へ出て行く」ということなんだと思います。昨年妻を亡くして以来、私はずっと家に閉じこもりがちで、自分の中に、思い出の中に閉じこもっています。ここから脱却していくことが大切なんだと思います。また少し心が軽くなりました。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
奥山先生の案内でまず辿り着いたのは、雨に濡れた石畳の道の上でした。そしてそこに立つ自分の姿はまるでシャーロック・ホームズの時代のような服装をした男でした。ヒゲを生やしてコートを着て、革靴を履いていました。その私は夕方に帰宅している途中のようでした。
それからその日の夕食の場面に移りました。そこにはその人生での妻と思しき女性が居て、共に食事を摂っていました。しかし、その場面で私が感じたものは“とにかく寂しい”というものでした。訳が分からないのですが、とにかく寂しさが心の底からこみ上げてきました。そして、心が満たされていないということを感じました。その“満たされない”ということが、寂しさの原因だったのでしょうか・・
その後、その人生で最も幸せだった場面にいきました。そこは舞踏会のような場所で、多くの着飾った人々が居て、
賑やかで華やかな場面でした。そこでの私はまだ結婚していないようでした。その場面では、先ほど感じたような寂しさは感じませんでした。そして、その場面に現在知っている人がいるか探してみました。そうすると、前回“ソウルメイトと出会えた過去生”でわかった私のソウルメイトである女性が居ました。そしてたくさん居る人々の中で、彼女の顔だけがはっきりと見て取れました。彼女は黒い瞳に黒い髪で、緑色のドレスを着ていました。彼女の居る周囲だけがキラキラと輝いて見えました。その時に感じたのは、彼女とはその場面ですれ違っただけで、その人生では共に暮らすことも、話をすることも無かったということでした。
次にその人生の終焉の場面に移りました。私の横たわっているベッドの横には妻と思われる女性が椅子に座っており、私を看取っているようでした。その場面に移ったとき、最初の食事の場面で感じたと同じ“とても寂しい”という感情が再び溢れてきました。「心が満たされない・・・ その人生に何の意味も感じない・・・」そういう感覚でした。横に居る妻であろう女性も私の死に関して何の感情を持っていないような感じでした。
それから死を迎え、光の存在に向かって上がっていきました。その途中、自分の人生を振り返ると、その人生を線のようにしてみても灰色で寂しいという感じに見えました。
そして光の存在に辿り着きました。そこに居たのは前回に過去生体験で現れた長いヒゲをたくわえた老人でした。
私はその老人に尋ねました、「今回の人生の目的は何ですか?」と。そうすると彼は「絆を学ぶことじゃ」と言いました。私は何のことか分からなかったので再び聞きました、「それはどういうことですか?」と。そこで彼が言ったことは「ソウルメイトとの絆を学ぶこと」でした。その時私は気付きました、その人生では私は最愛のソウルメイトとすれ違ったものの、その大切な存在に気付かずにすれ違ったままに人生を送ってしまったから、あのように一生、満たされない、そして寂しい思いをし続けたのだ・・と。そして、今回の人生ではそのソウルメイトと共に生きていく人生を得られたのですが、常にその関係を大切にすることが出来ているかと言うとそうでもなく、時にはぶつかり合ったり、自分のわがままが大きくなったり、まだソウルメイトの絆を完全にできていないことを思い出しました。
そして私は老人に再び尋ねました、「そのような小さな目的で良いのですか?」と。そうすると彼は「それで良いのだ」と言いました。私は“人生の目的”というと、もっと大きな“愛を学ぶ”とか“人を救う”とかそういうものを想像していたので、“ソウルメイトとの絆を学ぶ”というような極めて個人的な目的で良いのだろうかという不安が出てきたのです。しかし、老人の言葉でソウルメイトとの絆を学ぶだけの人生でも自分にとってとても大きな意味のある人生だという自信がつきました。
私の過去生のように、多くの人はソウルメイトに出会ってもその長く深い永遠の関係に気付かずに人生を終えていくのだろうと思います。時にはソウルメイトであることに気付かずに、それを大切に出来ずにせっかく出会えても離れていく場合もあるでしょう。しかし私はふとしたことから過去生という存在を信じるようになり、ソウルメイトという存在も信じるようになって、自分がどれだけ幸せな運命を手に入れたかを分かったので、これから今回見た過去生を忘れずに、彼女を心の底から大切にしていきたいものです。しかし、自ら人生の目的にしたくらいですから、困難な道のりであることも確かでしょう。でもソウルメイトであるという確かなものがある限り、この人生の目的を達成することは不可能では無いと信じています。
今回の人生の目的がわかる過去生へ
住んでいる街で、ピプノセラピーを受けたことがあり、その方の紹介で飯田先生の「人生のしくみ」を知り、そして、奥山先生のことを知りました。HPを読んで大変嬉しくなり、今回ポジティブなテーマにてビデオを購入し体験してみました。途中、眠っていたときもあったようであまり上手な催眠ではなかったように思いますが、先生にご報告を兼ねて体験談といたします。
一番安心する場所・・・ということで最初は、自分のベッドで毛布に包まれているのをイメージしていましたが、
だんだんと草原となり、はだしで草を感じていました。トンネルの中の階段をおりているはずが、いつのまにか塔の中でらせん階段を降りているようになっていました。そして、そのときのわたしは、すでにいまのわたしの姿ではなく、髪が金髪でながく、ギリシャ神話にでもでるような薄手の白いドレスをきた女の人となって階段をおりていきました。
トンネルをぬけると・・・わたしは男の子でした。ひざくらいまでリボンをあみあげたサンダルをはき、白く薄手でウエストで切り替えのあるワンピースのようなものを着ていました。腰に小さな剣のようなものをさしています。髪は金髪で短く、眼はブルーでした。名前はペーターか、ピーターかといったようでした。羊飼いなのかなんなのか緑の山の中腹にいました。ただ、着ていた服はそのときだけのようで、あとは普通の男の子の洋服で家では、家族と食事していました。
一番幸せな場面では、わたしの結婚式の様子でした。わたしは26歳の青年となっていました。となりに白いウェディングドレスを着た花嫁がとても嬉しそうにしています。たくさんの村人に祝ってもらっています。そのときはなぜか、となりにいた花嫁が今の自分のように見えてしまいましたが、自分がふたり???ってことはないよねぇ・・・と頭の中で思っていました。家で食事の場面になると、妻となった人は、つい1月の始めまで一緒に住んでいた彼でした。性別が変っていたけれど、過去生で夫婦となっていて、娘もいました。
わたしの死の場面では、肺炎で高熱があるようで、「はぁはぁ・・」と息苦しくしているところを妻と娘が心配そうに付き添ってくれていました。このとき、実際の自分も「はぁ・・はぁ・・」と息が荒くなっていました。
死んで、魂が体からぬけ、上から自分や妻をみたとき「もっとやさしくすればよかった・・」と思いました。高くあがって、自分の人生をみたとき、2本の線が螺旋をかいたようにのぼっていて、きらきらとしたものがそれについていましたが、今現在の自分の人生は、平たくまっすぐで、きらきらしたものの量が少なくみえました。
そしてもっと高いところにのぼったとき、亡くなっている祖父母がわたしの前に現れました。「愛だ」と教えてくれました。少し未来をみたとき、わたしと別れた彼と子供と3人でいるのが見えました。ここでも「愛すること」と教えられ、しばらくして、催眠からさめました。
今、彼と別れたことをとても後悔していて、つらい日々を過ごしているわたしには、これはただわたしの願望がでてきたんじゃないんだろうか???と不思議に思っています。彼には、すでに新しく婚約者がいる状態でもあり、とてもとても今のわたしはココロが穏やかではない状態です。だけれど、それでも「愛すること」・・・というのでしょうか?そうしていたら、彼との幸福な未来があるということなのでしょうか?
今回の人生の目的は「愛すること」。たしかにこれまでわたしは両親から多くの愛を注いでもらっていることに気づかず、また当たり前のことと思っていました。そして自分から人を拒絶し、多くの愛に気づかずにいたのです。自分から「愛すること」「愛を与えていくこと」としてなかったことに気づいています。この体験で、なおいっそう、「愛すること」を自分への課題と心得て、周りの人々へ懺悔と感謝をし、愛をまける人になりたいと思いました。
あなたの天職がわかる過去生へ
光りの出口を出ると、遠くに山が見える道にいました。石畳でした。私は、黒いブーツをはき、学生のようで、グレーの制服(宝塚音楽学校?の制服に似た)を着、その道にたっていました。道に沿って、大きなお屋敷がならぶ、住宅地のようでした。名前は、キャシーかヘレン、どちらかわかりません。二つの名前が同時に出てきました。年は、13歳。場所は、イギリスのようで、時代は、映画のマイフェアレディと同じ頃だったと思います。私はその道を勢いよく歩いていました。なんだか、とても希望に満ちているようでした。食事の場面は、りっぱな飾り付けのあるお部屋で、食器もりっぱ。でも他に人がいたようなのですが、姿がおもいだせません。
一番幸せなときは、子供を産んだ時でした。髪を後ろで三つ網にし、白いガウンを着ていました。腕には赤ちゃんを抱き、横に夫がいて、窓から街を見下ろしていました。街のみんなが、祝ってくれていました。
天職がわかるところでは、子供を産む前、家の屋根につくった、バルコニーのようなところで、スケッチをしていました。今の私が絵を描くのが好きなのが、わかったような気がします。
死ぬ時は、一人でした。大きなベッドに横たわり、老婆となった私は、誰もいない時に死にました。厳しい人だったようです。家や名誉を守る為に、自分の好きなこと、大事な物を犠牲にしてきたみたいです。おかげで、お金はあったけれど、寂しい人生でした。
死んで、体からスーッとぬけて、高いところに吸い込まれるように上って行きました。光さんとは上手く会話はできませんでしたが、光さんの横に、私の二人の祖母がにこやかにすわっていました。
父方の祖母は手芸に、母方の祖母は縫い物にとてもすぐれた腕をもった人でした。今でもそれぞれの作品は私の宝物です。私も小さい時から、針や糸を持つことが大好きでした。それが、大人になるにつれて、こんな儲からない事してても仕方がないや、と熱中することが減ってきました。それを双方の祖母が、そうじゃない、家族のために役立つ事がいいのよ、と教えてくれました。自分のために、家族のために、自分のちからを出しなさいと。今回の過去生では、好きな絵を描くことが、できなかった。だから、今度は好きだったことを普通にやればいいんだな。儲けようなどということは考えずに。こんな身近なことが天職だなんて・・・という気持ちもありますが、時間がたつにつれて、やっぱりこれかな、という思いが強くなってきました。光さんも最後に、「がんばれ」と言ってくれました。又、祖母たちが見守ってくれていると思うととても嬉しいです。
今、あなたに一番必要な過去生へ
今回で3度目になります。回を重ねるごとに本当にその時その時の私に合ったものが体験できている気がして、また徐々に癒されていっている気がしますので、お礼かたがた報告します。
今回は全てにおいて、先生の誘導の声に反応して言葉のイメージがうかび、映像がそれに続くという具合でした。
トンネルの光の出口を抜けると、そこは平原でした。アメリカ中西部のようで、私はインディアンで44歳のがっちりした男性でした。周りに人を探して左後ろに振り向くと、そのインディアンの男性の娘がいました。16歳のかわいらしい娘でした。彼女は、昨年病気で亡くなった今の私の妻でした。その場面はあまり動かず、平原やテント村が見えたくらいでよくわかりませんでした。夕食は家族と一緒にテントの中でとりました。男の子の子供がもう一人いて、あと奥さんも一緒だったと思います。
一番幸せなときは、その今の私の妻であった娘が産まれたときでした。私は28歳で、娘を腕の中に抱いていました。
今、私に一番必要な場面は、なかなか見えませんでしたが、その娘が結婚するときでした。あまりよくわかりませんでしたが、言葉のイメージが飛び込んできて、その後に映像がぼやんと浮かび上がるような感じでした。
私が死ぬ場面は、どうやら狼かコヨーテかそういうものに襲われて死んだようです。夜でした。そのときの感想は、”こんちくしょう!!”上に上がって見下ろすと、その狼が私の体に群がっていました。(だから、今の私は犬があまり好きではないのかもしれません??怖くはないんですが、犬に触るのも好きではありません。猫は好きなんですけど…)
もっと上に上がって人生を見下ろし、今の私の人生とそのときを見比べると、そのときは自然を愛して、大地を愛して、生き物達を愛して生きて、だから今の私も自然が好きなように感じました。
そこから上を見上げると、前回までとは違い光があるようなないような感じでしたが、無理やり光らしきものの中に入っていきました。すると、私の妻がいました。光の存在はおじいさんでした。今、私に一番必要なことは何ですかと問いかけましたが、うまく会話はできませんでした。そのときの人生のインディアンだった私も光の中にきてくれていました。彼からのアドバイスは、送り出すこと、それと自分の人生を生きるということでした。光の存在から、人生の杖になる言葉をいただきました。「忍耐」ということでした。未来の私からもアドバイスをいただきましたが、やはり自分の人生を生きるということでした。その未来の私は、亡くなった私の妻ではなく、別の女性と暮らしているような感じがしました。光に戻って、私の妻と抱き合って、光の存在に抱きしめてもらったら涙が出てきました。私の妻とは会話をした、というよりも無理やり私が話しかけていたばっかりでした。”待っててくれるんやんな”とか”ずっと一緒にいてくれるんやんな”とか。その後、今の私に戻っていきました。
今、私に一番必要なこと、インディアンだった私が娘を嫁に送り出したように、妻を送り出すこと、そして自分の人生を生きること。おっしゃることはごもっともです。私の潜在意識は正しいし、今の私にぴったりなのでしょう。このビデオの解説にあったように、目からウロコという感じです。けど、今はとても複雑な心境です。妻を送り出し、私の人生を生きるということがとても寂しく感じられます。しかし、妻を失った失意や悲しみから、この過去生を見ることができるくらいにまで私の心は這い上がってきたんだなぁとも実感しています。いつかまた妻に会えると信じて、自分の人生を生きていくことができるよう、気持ちを整理していければと思います。どうもありがとうございます。
あなたにソウルメイトを招く過去生へ
二度目のチャレンジのテーマです。
光の出口をぬけて、まわりが見え始めたときにすでに、「江戸」という言葉が浮かびました。わたしは、げたをはいて着物をきて日本髪を結ってて時代劇でみる町娘のようでした。1709年か、1719年だかと数字もうかびました。そのときは「おきく」という名前で18歳。呉服屋の娘で、となり町まで仕立てた着物を届けに町を歩いています。手には風呂敷包みをもっています。町はとてもにぎやかで、ざわざわと活気だっています。途中、お店のおばちゃんなんかに挨拶しながら、橋を渡って隣り町へ向かいます。荷車を押すのにであったりしました。そんなに遠くなく歩いていける隣り町の薬屋さんに届け物でした。そこのお母さん(元婚約者の母親)に着物を渡して、雑談をしています。
「いい娘だねー、うちの嫁にどう?」なんていわれ、「きゃー、おかあさん、いやだわぁ」なんていって照れているおきくちゃん。そうすると奥からそこの息子さん(元婚約者)が登場します。どうやらおきくちゃんはその人が好きなようでした。なぜか「おにいさん」とその人のことを呼んでいて、そのおにいさんにもからかわれて、「もー、おにいさんまでーー」と照れながら薬屋をあとにしました。帰り道は、おにいさんに会えたことでどきどき、うれしはずかし状態です。(単純)その日の夕食は、呉服屋の家で、家族みんなでお膳を囲んでいます。祖父や父が上座にいます。
その人生でもっとも幸せなときは、おきくちゃんとおにいさんの祝言の席でした。わたしは白無垢・わたぼうし姿です。薬屋と隣り町の呉服屋との結婚ってことで盛大に祝ってもらっています。薬屋の奥のお座敷のようなところでの宴でした。なんと、おにいさんとおきくちゃんの初夜!までみえてしまいました・・・・。(なんてことだぁ・・・)
ソウルメイトに出会う場面では、おきくちゃんは妊婦で、まさに出産しようとしていました。りきんだ後、男の子(わたしの母)が生まれまして、実家の父などが喜んでいる声が聞こえ、産湯につかったわがこにおっぱいをあげるおきくちゃんがいました。おにいさんとは年が離れていたようで、とても愛されかわいがられたおきくちゃんでした。
死の場面では、48歳で、おにいさんと息子(しんのすけ)や医者に看取られました。はやり病・・・だとか。
死にそうなときも、「とっても愛されてしあわせだった」と思っています。カラダから離れて、自分の顔に白い布がかぶせられたのをみていたときも、「幸せだった」と思っていました。どうやら裕福だったようで、お手伝いさんがいて不自由なかったようです。
高くのぼっていって振り返ったときも、幸せ・・・・と思っています。さらにのぼって今の自分の人生とくらべたとき、いまの自分のはふらふらしているのがみえました。
上をふりかえって、まぶしい光の中にとびこみました。人のような形をしていますが、光が大きすぎてまぶしすぎて、はっきりだれとは感じ取れませんでした。光さんからのメッセージをもらうときには、なお光輝いてとてもまぶしく、思わず涙ぐみました。「愛すること」って教えてもらいました。そして、ソウルメイトには「すでに会っている」といわれました。おきくちゃんにも「すでに会っている」といわれました。(うーーーー、、だれーーーー???)
未来のわたしについては、ソウルメイトである人がみえたような、みえなかったような・・・という感じでした。
だけど、光さんもおきくちゃんもこれからのわたしを見守ってくれるとのこと。
光さんにだきしめられたとき、また涙があふれてきて、体中が光につつまれ、体の中にもしみこんでいく感じがしました。とても感激しました。それで、光さんとおきくちゃんと一緒にいまの自分に戻ってきました。
今回、初めて途中で眠らず、おきくちゃんにもなりきり(?)、場面がすすんでいきました。感動しました。いつも元婚約者が登場してしまっています。やはりソウルメイトなんでしょうか?「すでに会っている」といわれ、その彼しか思いあたらないのです。だったら、なぜ今、別れてしまったのでしょうか???また、復縁する可能性もあるってことなのかなぁ・・・・と不思議に思うのでした。楽しい過去生への旅でした。ありがとうございました。
あの人と出会った本当の意味がわかる過去生へ
奥山先生の誘導で降り立ったのは、フワフワとした草丈20センチくらいの緑の草が生い茂る草原でした。そよ風が吹いており、それが頬をかすめていくのを気持ち良く感じたような気がします。その場面にいる自分と思われる人間は女性でした。白い布のような袖が短く、丈は長く、腰の辺りで紐でしばったような服を着た栗毛色のような髪の若い女性でした。今まで見た過去生では、すべて現在の性と同じ男だったのですが、
今回は初めて異性として現れました。足は革の紐のようなもので編んだようなサンダルのようなものを履いていました。その場面を動かしていくと、その草原を気持ち良く一人で歩いていました。誰か他に存在するかと思ったのですが、たった一人で心地よい風を感じながら散歩を楽しんでいるようでした。
次に、その日の夕食の場面に移ると、自分がいろりのような所で吊るした鍋で料理をしているものが見え、その後、夫と思われる人と一緒に食べていました。その夫と思われる人は、今の人生では全く知らない人でした。私は、当然のように現在のソウルメイトが現れると思っていたのですが・・・
それから、その人生で最も幸せな場面になどと奥山先生の誘導があったのですが、結局死ぬ場面まで特に何も現れませんでした。“あの人に出会った本当の理由がわかる場面”にも行けませんでした。不安に思いながら、結局、死を迎える場面になり、死を通り越えました。そのとき思ったことは、「ああ、終わったな・・・」ということでした。
決心したことは特に思い浮かびませんでした。
その人生を振り返ってみて感じたことは、「平凡な人生だったな・・・」ということでした。しかし、考えてみると、以前、ソウルメイトと出会わなかった過去生体験でのとても寂しい思いというのは感じませんでした。ただ満たされない気持ちは無いけれども、平凡な人生だったという感想を持ちました。
それから光に向かって上って行きました。途中、人生を線に例える場面に来ると、その過去生は一本の線だったのに、現在の人生は長さの違う2本の線になって見えました。それからさらに光に向かって上って行き、光の中に入りました。そのとき、今までは感じたことがあまり無かったのですが、「帰ってきた・・」という感覚を覚えました。過去生体験を重ねると、光の存在に対してある種の親しみがわくのかもしれません。
そしてそこに現れたのは、今までの過去生体験で毎回現れてきた老人でした。当たり前のようにそこにいました。私はその過去生でソウルメイトが現れなかったので、不安な心が大きく、奥山先生の誘導が耳に入らず、自分で勝手にその老人にいろいろ尋ねてしまいました。老人は、私のその過去生では私とソウルメイトは一つだったと言いました。(ひとつでいた・・なんてそんなことがあるのでしょうか?)でも、一つになっても幸せだとは限らないし、楽しいものとも限らないと言いました。今、私はソウルメイトの女性のことが愛しくてたまらず、体も心も一つだったらばと心の底から思っていました。もしかするとその気持ちがあったためにそのようなものを見たのかもしれませんが・・。人生を線に例えて見たときに2本の線があったのは、私とソウルメイトのものだっただと思います。長さが違っていたのは、2歳の年齢差があるからでしょう。今回、こうやって出会ったことは、絆を確認した上で、お互いに別々に生まれてきたことを幸せと感じるためだということでした。今までの人生が順調であるかを尋ねると、「順調」だそうです。そして「一言、言葉をもらってください」という奥山先生の指示で思い浮かんだのは、「慌てず、騒がず・・」というものでした。そして、私とソウルメイトが一緒になることは、何度聞いても、老人も過去生の私も揃って「当たり前のこと」と言っていました。
未来の様子を見る場面では、ソウルメイトと穏やか過ごしている映像が見えました。とても落ち着いて安らかな生活をしているようでした。おそらく障害があるにも関わらず、流れに身を任せて順調に一緒になることができたのだろうと思います。以前の過去生体験のときも、未来に二人で共に散歩をしている場面を見たのですが、今回、同じように二人の一緒になった場面を見たことで、これから当たり前のように一緒になるように進んでいくのだろうという
確信をもてるようになりました。
私は過去生を見るたびに、自分が何かわからない大きなものに満たされていくのを感じます。今の自分や今までの自分、それはすべて当たり前のもので、自分をしっかり持っていれば、あるがままの状態でもより良い方向へ進んでいくものだという感覚になるようになりました。私はソウルメイトの女性に対するものは、自分なりの確固たる信念があるので、おそらくこのまま流れに身を任せることによって、ソウルメイトと計画した今回の人生は順調に進んでいくのだろうと信じることができるようになりました。きっと私のソウルメイトには、私と一緒になる前に一人でするべきことがあるのでしょう。私は彼女をしっかりと支えながら、いつまでも待つつもりでいます。今回の過去生は思ってもみなかったものを見ることになりましたが、私にとって一つ大きなものを得る機会となりました。
“愛は一体になることよりも共鳴し合う事でより大きな幸せを生む・・・
愛に満ちた過去生へ
光の入り口をぬけ、景色がみえだすと、わたしは白い薄物のドレスをきてきれいな緑の草の上にたっています。先生の誘導にしたがって、自分の姿をみていくにつれ、とっさにこれは生まれる前の自分だ!って思いました。おこがましいのですが、名前はアフロディーテ。年齢はありません。女性のような姿です。手には魔法の杖?のようなものを持っています。髪はとてもながく・・・顔ななぜか、好きな女性タレントに似たような感じでした。まわりにはなにもなく、雲の上・・・・といったような感じ。建物も、しきりもありません。光の意識体というような球?人?に途中であって挨拶してみたり、小さくこどものように感じる魂が集まっているところでは、またまた、おこがましくも女神さま、と呼ばれ「こんど、僕は生まれることになったんだよ!」などと、みんなに囲まれて報告を受けています。わたしは、「よかったね、がんばってね」というふうに声をかけています。食事の風景のときは、さすがに食事はとらないのか、身近な人たちと座って話しをしています。今の従姉妹がいました。
もっとも幸せなときは、ソウルメイト(男の姿)と出会って、両手を取り合って喜んでいました。背が高く、精悍な感じでいきいきと若い感じです。「また、生まれて一緒になろうね!」って約束しあっています。その人の顔をじーーっとみて、だれだろう・・・と今、知っている男の人をいろいろとあてはまてみましたが、どうやらしっくりくるのはまたしても元婚約者・・・・・。しばらく手をつないで、空中散歩?のような感じで飛びまわっています。(ピーターパンのよう・・・)そして、お互いが光の球のようなものになって、いったんひとつになり、また分かれる・・・というのもみえました。
もっとも愛に満ちたときは、そのソウルメイトが、生まれるために旅立つという場面でした。さきほどのちいさな魂たちのいるところにいます。わたしたちは、また融合して、いったんひとつの魂となり、そしてまた分かれ、「いってらっしゃい、また会おうね、一緒になろうね」とまたまた約束し、見送っています。ほかにもたくさんの光の魂が生まれるために流れ星のように降りていっています。愛をもって、見送っている・・・っていう感じでしょうか・・・?
わたしも行こうとしたら、神様のような大きな存在から「まだ待ちなさい、今じゃない」と止められました。(年齢差をつけるためなのかなぁ・・・・なんて勝手に思ってました)そこで、わたしは、とてもひとりぼっちになったようなさみしい気持ちに襲われます。いま実際のわたしに、なにか満たされない寂しい部分があるのはここからきてるのかな・・・と思いました。そこで、さみしいと思っている魂のわたしに、「さみしくないよ、大丈夫だよ」と光で包んであげたりしていました。
死の場面となったときは、今度はわたしが人として生まれるために、母のおなかにはいっていくところでした。わたしは、母のおなかにはいって、小さく胎児のまるくなったポーズをとっています。だんだん、育っていっています。母がおなかのなかのわたしに声をかけたり、おなかを優しくポンポンとたたいたりしています。
死を通り越したところで、わたしは生まれました。暗く狭いところから、明るいところへと出て行きました。生まれると彼に会えると思っていたのにいないから淋しく思いました。おぎゃあおぎゃあといっぱい泣いています。カラダが自由に動かない、って思っています。(彼のところに飛んでいこうと思ったみたいです)現在の両親が嬉しそうにわたしを覗きこんでいます。そして、すやすや眠ったところで、赤ちゃんのわたしはカラダをぬけだし、光さんに会いにのぼっていきました。
光さんは、アフロディーテの姿のわたしでした。ハイアーセルフだと思いました。「ソウルメイトに会えますか?」ってたずねたら、「大丈夫、会える」って教えてくれました。ただ、「彼はソウルメイトじゃない」っていいました。
わたしはびっくりして「ええ!!ソウルメイトじゃないの??」って聞き返しました。「まだ、お互いに気づいてない、これから、本当の彼に出会う・・・」って教えてくれました。いまの元婚約者は、まだまだ本当の姿の彼ではないようです。本当の彼のことを好きっていうわけじゃないのかな?って思いました。これからお互いに変化があって最終的には結ばれるのかな、と思いました。「どうしてたらいいですか?」ってたずねると、「大丈夫、自信をもっていなさい」って教えてくれました。また、「ひとりじゃない、さみしくない。わたしがついてるから」といってくれました。握手すると、うわーーー!!という感じで光に包まれ、アフロディーテさんに抱きしめてもらっていました。そしてそのまま、戻ってきました。。。
今回は手足が自由に動き、寝返りをうって、胎児のときは赤ちゃんポーズをしていたり、びっくりしたときは、手がうごき顔をおおいました。また、生まれる前を見ていたので、死ぬときが生まれるとき・・・となんだか設定が逆なのもおもしろいな・・と見ていました。
こんな過去生もみてしまうのかぁ・・・・と不思議に思いながら、物語が進んでいった今回の体験でした。ありがとうございました。










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